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─目覚めてから4日後、朝・・・
 少女の部屋

 「そういえば・・・」
 まだ少女が部屋に来ていない朝、闘護はポツリと言った。
 「俺たち、彼女の名前を知らないんだよな」
 「・・・ああ」
 闘護の言葉に悠人が頷く。
 「今日は、名前を伝えよう」


 コンコン
 「どうぞ」
 「“失礼します”」
 ドアが開き、少女が食事を持って部屋に入ってきた。
 「“朝食です。お口に合えばいいのですが・・・”」
 少女が食事をテーブルの上に置く。
 「“そちらの方はまだ起きあがらない方がいいでしょう”」
 少女は一人分の食事を別の桶に入れ、悠人の寝ているベッドのそばに置いた。
 「ありがとう」
 悠人の言葉に、少女は小さく笑った。
 「“起きあがれますか?”」
 悠人は食事をしようとムクリと起きあがった。
 「高嶺君、大丈夫か?」
 「ああ」
 闘護に返答し、悠人は器を少女から受け取った。
 「いただきます」
 悠人はそう言うと、食事を始めた。
 闘護も席に着くと、自分の食事を始める。

 「ごちそうさま」
 悠人が空になった最後の食器を桶に入れた。
 「“お粗末様でした”」
 少女は桶をテーブルの上に置く。
 既に闘護は食事を終えていた。
 「・・・」
 食器を片づけている少女を見ながら、闘護は呟いた。
 「やってみるか・・・すみません」
 闘護は少女を呼んだ。
 「“?”」
 少女は、作業を中断して闘護の方を振り返る。
 「えっと・・・自己紹介、させてもらえるかな?」
 闘護は立ち上がると悠人のそばに来る。
 「俺は、神坂闘護・・・かん・・」
 『待てよ・・・名字と名前を一緒に教えるのは面倒じゃないのか?』
 闘護は悠人を見た。
 「高嶺君。まずは名前だけを伝えないか?」
 「どうして?」
 「両方だと、呼ぶのが面倒だろう?それに、名字だけじゃ君と佳織ちゃんの区別が付かない」
 「・・・」
 「どうだろう?」
 「いいんじゃないのか、それで」
 悠人の了承を得ると、闘護は再び少女の方を向き直った。
 「俺は、闘護」
 そう言って、自分を指さす。
 「俺は、悠人」
 続いて、悠人が自分を指さして言う。
 「・・・?」
 少女は首をかしげた。
 「闘護、闘護」
 闘護は自分を指さしながら言った。
 「悠人、悠人」
 悠人も自分を指さしながら言った。
 「“・・・トーゴ、様?”」
 少女はまず、闘護を見ながら呟く。
 「“そちらがユート、様?”」
 続いて、悠人を指して呟く。
 「そうそう」
 闘護と悠人は頷く。
 「“トーゴ様とユート様ですね”」
 少女は頷くと今度は自分を指さした。
 「“私は、エスペリア、です”」
 「・・・?」
 「???」
 少女の言葉に二人は首をかしげた。
 「“エスペリア、エスペリア”」
 少女は何度も自分を指さしながら言う。
 「エスペリア・・・さん?」
 闘護が呟く。
 「“そうです。エスペリア”」
 少女が頷く。
 「エスペリア・・・エスペリア・・・?」
 ユートが少女を指した。
 「“はい、私の名前は、エスペリアです”」
 「エスペリアさんか・・・」
 悠人が繰り返すように呟いた。


─目覚めてから5日後、昼・・・
 少女の部屋

 「ふぅ・・・」
 「はぁ・・・」
 闘護と悠人は同時にため息をついた。
 『何とか、感謝の気持ちを伝えたい』
 闘護は食器を片づけているエスペリアを見る。
 『でも、言葉がわからないとなかなか・・・』
 悠人も食器を片づけているエスペリアを見る。
 『それに、佳織のことも・・・』
 『佳織ちゃん、どうしてるかな。大丈夫だと二人に言ったが、ほとんどハッタリだったし・・・』
 尋ねたいことは山ほどあるが、言葉の壁が二人の前に立ちふさがる。
 「ふぅ・・・」
 「はぁ・・・」
 二人はまたため息をついた。
 「“お口にあいましたか?”」
 エスペリアが食器を片づけながら言った。
 「えっ?えっと・・・」
 「その・・・」
 二人は顔を見合わせる。
 「ど、どうする、神坂?」
 「れ、礼を言えばいいんじゃないか?」
 「礼って・・・どうやって?」
 「・・・とにかく、感謝の気持ちを示せばいいんだ。日本でやってたことと同じ事をしよう」
 「そ、そうだな」
 二人はエスペリアの方を見た。
 「ごちそうさまでした」
 「ごちそうさまでした」
 そう言って手を合わせて頭を下げる。
 すると、エスペリアはニッコリと笑って頭を下げた。
 「つ、通じたみたいだな」
 「多分・・・あ」
 悠人は自分の前にあったコップをエスペリアに差し出した。
 「これ・・・?」
 「“ありがとうございます”」
 エスペリアはそう言って頭を下げると、悠人からコップを受け取る。
 「ど、どうも・・・」
 悠人もつられて頭を下げる。
 『料理はいろんなものがあったけど・・・味覚は変わらないみたいだな』
 悠人はふと考えた。
 『佳織もちゃんと食べてるかな・・・』
 「高嶺君?」
 「な、何だ?」
 考え事をしている最中に闘護に呼ばれ、悠人は慌てて聞き返す。
 「どうした?具合が悪いのか?」
 「え・・?」
 「沈んだ表情をしてたぞ」
 「あ・・・」
 佳織のことを心配しているうちに、いつの間にか表情に心配が表れていたのだろう。
 悠人は首を振った。
 「いや、大丈夫だ」
 「そうか・・・ならいいが」
 その時、エスペリアが水差しとコップを持ってきた。
 「“これはお薬です。少し辛いですが・・・ゆっくり召し上がってください”」
 そう言って、水差しの中身をコップに注ぐ。
 「?」
 『黒い液体・・・なんだろう?』
 闘護はコップに注がれていく液体を見た。。
 エスペリアは八分目まで液体の入ったコップを悠人に渡した。
 「“どうぞ”」
 悠人はコップを受け取ると、中身を見た。
 「何だろ・・・これ?」
 「さぁ・・・?」
 二人とも首をかしげた。
 「まぁ、毒じゃないだろうけど・・・」
 闘護がポツリと言った。
 「そうだな」
 『水差しに入ってたし・・・案外、コーヒーかも』
 闘護の言葉に納得して、悠人は中身を一気にあおった。
 「“ああ、いけませんっ!!そんな一気に飲んではっ!!”」
 エスペリアが突然叫んだ。
 と、同時に
 「ふ、ぐふっ!ゴホッ、ゲホッ!!」
 「た、高嶺君!!」
 「な、なんだこれ・・・辛い!!想像してた味と全然違う!!」
 「辛い!?」
 悠人の言葉に闘護は目を丸くした。
 「“だ、大丈夫ですか!?”」
 エスペリアが慌てて別のコップを悠人に渡す。
 悠人は中身が水であることを確認してから、黒い液体の入ったコップを闘護に渡し、一気に水を流し込む。
 「ゴク、ゴク、ゴク・・・ぷはぁ」
 悠人は水を飲みきってから、漸く一息つく。
 「た、助かったぁ・・・」
 「・・・なんだこりゃ?確かに、辛い」
 黒い液体をほんの少し口に含んで闘護がボソリと言った。
 「な、何なんだ、それ?」
 悠人は闘護の持つコップを見た。
 「わからない・・・けど」
 『えっと・・・何が起こったか整理して考えてみるか』
 闘護はふむと呟く。
 「・・・俺にはすすめず、高嶺君にはすすめたよな」
 闘護はコップをエスペリアに差し出す。
 「これ、何なの?」
 闘護の問いに、エスペリアは困った表情をした。
 「“えっと・・・それは、薬です。と、言っても・・・通じないわよね。困ったわ”」
 「何を言ってるかさっぱりだけど・・・」
 闘護はコップをテーブルに置くと、悠人を見た。
 「君にだけすすめた液体だ。俺と君の相違点・・・食後に出すもの・・・ん?食後に出す?」
 『まさか・・・』
 闘護はある答えを思いついた。
 「それって・・・薬か?」
 悠人がポツリと呟く。
 「もしかしたらね。それだと、納得がいく」
 闘護は頷くと、エスペリアを見て笑顔で言った。
 「これは、薬だね?」
 そう言いながら、闘護は薬を差した。
 「“えっと・・・”」
 闘護の言葉がわからないので、エスペリアは困惑の表情をしている。
 「だったら・・・」
 闘護は、苦しげなポーズを取った。
 「苦しいときに・・・」
 続いて薬を差して、飲む仕草をする。
 「飲んだら・・・」
 最後に、ガッツポーズを取る。
 「元気に、なる・・・」
 闘護は再度エスペリアを見た。
 「そうでしょ?」
 闘護の意を理解したのか、エスペリアは頷いた。
 「“そ、そうです。元気になる薬です”」
 「通じた・・・みたいだな」
 悠人が言った。
 「多分・・・」
 闘護も頷く。
 「“お体は大丈夫でしょうか?”」
 エスペリアはそう言うと、悠人を見た。
 「えっと・・・」
 「多分、元気になったかどうかを聞いてるんだよ」
 「あ、ああ。元気だよ」
 悠人はガッツポーズを取った。
 「“大分回復したみたいですね・・・どこか不調なところがあったら、遠慮無くお申し付け下さい”」
 エスペリアはそう言ってニコリと笑った。
 「何だろ?」
 悠人が闘護に尋ねた。
 「さぁ?とりあえず、君が元気だって事は通じたみたいだよ」
 闘護はエスペリアを見た。
 「世話をしてくれてありがとう、エスペリア?」
 闘護が頭を下げると、エスペリアは会釈して部屋を出ていった。


 エスペリアが去って、部屋には闘護と悠人の二人が残った。

 「なぁ、神坂」
 「何?」
 「やっぱり・・・言葉が通じないのは不便だな」
 「そういうこと。だから、ここに残る選択をしたんだ」
 闘護は少し得意そうに笑った。
 「・・・こっちの言葉を覚えるのか」
 悠人は渋面になった。
 「出来るかな?」
 「出来ない限り、いつまでたってもコミュニケーションがとれない・・・とまではいかなくても、その度に疲れるよ」
 「疲れる?」
 「ボディランゲージ」
 「ああ・・・」
 闘護の言葉に悠人は納得したように頷く。
 「疲れるぞ、これは」
 闘護は苦笑した。
 「そうだな」
 悠人はため息をついた。
 「覚悟を決めるんだな。郷には入れば郷に従え、だ」
 闘護はそう言うと、悠人の肩を叩いた。
 「とりあえず、身体を治そう。勉強はそれからだ」
 「はぁ・・・勉強かぁ」
 悠人の大きいため息に、闘護は肩を竦めた。
 「ま、覚悟するんだね」


─目覚めてから10日後、朝

 「いい天気だねぇ・・・」
 闘護が窓の外を眺めながら呟いた。
 「いい天気だなぁ・・・」
 悠人がベッドに腰掛けながら呟いた。
 「洗濯物を干してるねぇ・・・」
 庭で洗濯物を干しているエスペリアを見ながら闘護は呟いた。
 「洗濯物を干してるなぁ・・・」
 窓の外で動き回っているエスペリアを見ながら悠人は呟いた。
 「のどかだねぇ・・・」
 闘護があくびをしながら呟いた。
 「のどかだなぁ・・・」
 悠人があくびをしながら呟いた。
 「ふぅ・・・」
 闘護はテーブルの上に置いてある本を見た。
 「少しは読んでみるか」
 そう言って、本を手に取る。
 「神坂、読むのか?」
 「どうせ暇だし」
 闘護はそう言って本をパラパラとめくる。
 「暇って・・・読めないだろ?」
 「まあ、何が書いてあるかはさっぱりだけど」
 悠人の言葉に闘護は頷く。

 その本は、数日前にエスペリアが持ってきた物だった。
 二人に言葉に慣れてもらおうと、文字が少なく、絵が大きい童話を数冊選んでくれたのだ。

 「大体、何なんだ、その文字は?ミミズがのたくったみたいにしか見えないぞ」
 「文字なんて、わからない人間から見たらそんなもんだろ。実際、外国人が日本語を見たら同じように感じると思うけど」
 「それにしたってなぁ・・・」
 悠人は苦い表情を浮かべた。
 「確かに、象形文字が基本というわけでもなさそうだし・・・覚えにくいけど」
 闘護は童話を見た。
 「それでも、これを覚えない限り読み書きできないからね。努力するしかないな」
 「はぁ・・・俺には無理だよ」
 悠人の弱音に、闘護は苦笑する。
 「おいおい、まだ初めて数日経ったばかりだろ」
 「いいって。文字が読めなくたって、話せればいいんだから」
 悠人はそう言って目を閉じた。
 「全く・・・」
 闘護は呆れ気味に呟くと、童話に集中した。


─目覚めてから15日後、昼

 闘護は椅子に座ってボケっとしている。
 悠人はベッドに横になってボケッとしている。
 「佳織は・・・どうしてるかな?」
 悠人がポツリと呟いた。
 「佳織ちゃんか・・・無事だろうけど・・・」
 闘護は難しい顔をした。
 「ちゃんと食事、してるかな・・・」
 「大丈夫だと思うけど・・・」
 「ちゃんと寝てるかな・・・」
 「大丈夫だと思うけど・・・」
 「ちゃんと・・・って」
 悠人は闘護を睨んだ。
 「“大丈夫だと思うけど”って繰り返すばかりじゃないか」
 「仕方ないだろ。それぐらいの返答しか思いつかないんだから」
 「・・・くそっ」
 悠人はふて腐れてそっぽを向く。

 ここへ来て15日が過ぎ、二人のやりとりはずいぶんと砕けたものになっていた。
 お互いに敬語は使わなくなり、言いたいことははっきりと言い合うようになった。

 コンコン
 その時、控えめなノックがした。
 「エスペリアか・・・どうぞ!!」
 闘護の言葉に、エスペリアが中に入ってきた。
 「“ユート様、トーゴ様。そろそろ昼食にしましょう”」
 エスペリアがスプーンを口に運ぶ仕草をする。
 『その仕草は昼食か・・・』
 「ああ、いいよ」
 悠人が答えた。
 「しかし・・・」
 闘護はエスペリアを見た。
 「“正直、暇なんだけど・・・何かすることはない?”」
 片言の言葉を繋げて、闘護はエスペリアに意志を伝える。
 「“いいえ、お二人とも休んでいてください”」
 エスペリアはそう言って食事の乗った盆を運んできた。


 食事が終わり、部屋に二人きりなる。

 「さて・・・」
 闘護は椅子に座ると本を開いた。
 「神坂・・・もう、始めるのか?」
 悠人がウンザリした表情で尋ねる。
 「仕方ないだろ」
 闘護が苦い表情で答える。
 『まぁ、実際・・・この文字を理解するのは時間がかかるだろうなぁ』
 闘護は心の中で呟く。
 「正直、こんな物を見てると眠たくなる」
 悠人は本を開いて呟く。
 『俺・・・読み書きは無理だ。こんなの絶対に覚えられない』
 悠人は心の中で呟く。
 「無理だろうとそうでなかろうと、やるしかないだろ。言葉を覚えるには、文字を覚えた方が楽なんだ」
 闘護は本に目を向けつつ言う。
 「ちぇっ・・・ん?」
 「どうした?」
 「下が騒がしくないか?」
 悠人が言った。
 「下・・・?」
 闘護は本を置くとドアを開けて外をのぞき込んだ。

 「“そ、そんな・・・”」
 「“これは決定だ。スピリットごときが不満を口にするな”」
 「“そんな事って・・・”」

 「・・・また、兵士が来たぞ」
 闘護は悠人を見た。
 「あいつらか・・・」
 悠人は吐き捨てるように言うと、立ち上がった。
 「行くか」
 「ああ」
 二人は部屋を出て階下へ向かった。


 「“うるさいと言ってる!!”」
 「“ッ!!”」
 リビングに向かうと、ちょうど兵士がエスペリアをはり倒したところだった。
 「貴様!!」
 「何やってんだ、よせ!」
 二人は兵士とエスペリアの間に割り込んだ。
 「“ユート様、トーゴ様!!何でもありません!!部屋に戻ってください!!”」
 「“ちょうどいい。エトランジェか。さっさと準備をしろ”」
 「“王がお呼びだ。そこまで元気ならば大丈夫だろう”」
 剣に手をかけながら、兵士がニヤリと笑った。
 『来いって事か・・・』
 悠人は兵士の言葉を理解できなかったが、その内容は理解できた。
 「また来いって事か・・・」
 「だろうな」
 悠人の言葉に闘護は頷いた。
 「行ってやるよ!!」
 悠人が叫んだ。
 「“!!ユート様、いけません!!。まだ、お体の調子が!!”」
 悠人の言葉を理解したのだろう、エスペリアが悠人にしがみついた。
 「悪いけど、俺は行く。佳織を助けなくちゃならないんだ」
 悠人はエスペリアに笑顔を向けた。
 「心配してくれてありがとう、エスペリア。大丈夫だ、なんとかなるよ」
 悠人は優しくエスペリアの肩を抱いた。
 「“ユート様・・・”」
 「神坂、お前は?」
 「もちろん、君と同意見だ」
 闘護は肩を竦めた。
 「“行くぞ”」
 兵士が歩き出す。
 「じゃあ、エスペリア」
 悠人はそう言って兵士の後ろをついて行こうとした。
 「待てよ」
 しかし、その時闘護が兵士の肩を掴んだ。
 「“!!さわるな!!”」
 兵士は突然剣を抜いて闘護に向かって振り抜いた。
 ビュンッ!!
 「うぉっ!!」
 「神坂!!」
 「“トーゴ様!!”」


 「・・・てめえ」
 闘護は凄まじい殺気を含んだ視線を兵士に向けた。
 「神坂!!」
 「“トーゴ様!!”」
 二人が闘護に駆け寄る。
 「大丈夫か!?」
 「ああ。問題ない」
 悠人の言葉に、闘護は答えた。
 闘護はバックステップで兵士の剣をかわしたのだ。
 「“トーゴ様!!”」
 エスペリアは闘護の肩を抱いた。
 「問題ない」
 しかし、闘護はエスペリアの手を払いのけると、兵士を睨んだ。
 「てめぇ・・・エスペリアに手を出しただけじゃなく、俺を殺そうとしたな」
 闘護は一歩、前に出た。
 「“き、貴様!!俺に逆らうのか!?”」
 兵士は剣を構えながらも、明らかに恐怖に満ちた表情で闘護を見る。
 「叩きのめす」
 闘護は小さく呟くと、素早く前に出た。
 「“う、うぉおおおお!?”」


 「・・・」
 「“・・・”」
 悠人とエスペリアは絶句していた。
 「調子に・・・乗るなよ」
 片手で兵士の首を掴み上げながら、闘護がドスのきいた口調で呟く。
 「“・・・”」
 兵士の意識は既に無い。
 「おい・・・起きろ」
 バチーン!!
 闘護は兵士の横面をはたいた。
 「“ガハッ・・ゲフッ!!”」
 兵士は嗚咽を漏らしながら意識を取り戻した。
 「ふん」
 ドサッ・・
 闘護は兵士を床に放り投げた。
 「“だ、大丈夫で・・・”」
 駆け寄ろうとしたエスペリアを、闘護は制した。
 「君の出る幕じゃない」
 「“ト、トーゴ様・・・”」
 「か、神坂・・・」
 「問題ない。鳩尾に一発叩き込んだだけだ」
 闘護は肩を竦めた。
 「この世界の人間はひ弱だな・・・この程度で倒れるとは」
 闘護は侮蔑の眼差しを床にうずくまっている兵士に向けた。
 「・・・」
 「おい」
 そして、闘護はうずくまっている兵士を蹴っ飛ばした。
 「“ヒッ!?”」
 転がった兵士は、闘護を見て怯えている。
 「“俺たち、連れて行け・・・”さもないと」
 片言の言葉でそう言うと、闘護は殺気を込めた視線で兵士を睨んだ。
 「殺す」
 闘護は左手の親指を立て、自分の首を切る仕草をする。
 「“ヒッ!!わ、わかった!!”」
 兵士は慌てて起きあがると、逃げるように歩き出した。


 「また、ここか・・・」
 闘護がウンザリした表情で呟いた。
 通された部屋は以前二人が佳織と再会した場所・・・謁見の間だった。
 「・・・神坂」
 「何だ?」
 悠人は恐怖を含んだ眼差しで闘護を見た。
 「お前・・・さっきのは・・?」
 「ああ、あれか」
 闘護は肩を竦めた。
 「少々我慢の限界を超えたんでな・・・ちょっとお灸を据えただけだ」
 「ちょっと・・・」
 「大体、鳩尾の一発だって、わざわざ鎧の上からやったんだ」
 闘護は周囲を見回した。
 やはり王と姫が中央前方に居た。
 以前に比べて身分の高そうな人間が多いが、それ以上に兵士の数が多い。
 「あいつらの鎧・・・めちゃくちゃ装甲が薄い。俺だってそれなりに鍛えてるけど、あの程度のパンチであんなにダメージを食らうとは思わなかったよ」
 「・・・」
 「そんな顔をするな」
 闘護は小さく笑った。
 「“何を喋っている!!陛下の御前だぞ!!”」
 兵士の一人が叫んだ。
 「ふん・・・」
 闘護は鼻を鳴らして沈黙する。
 「・・・」
 悠人も口を閉ざした。
 「“エトランジェよ。体の具合はどうか?スピリットとは仲良くやっているようだな”」
 王は含みのある笑みを二人に向けた。
 『気に入らないな・・・』
 悠人は心の中で呟いた。
 「何かたくらんでるな、あの面は」
 闘護も気づいているのか、吐き捨てるように言った。
 「“そろそろ傷も癒えたようだな・・・では、本来の仕事をやって貰うときが来た、というわけだ”」
 王の言葉には全く興味がないのか、悠人は目線だけで周囲を見回す。
 『佳織・・佳織は居ないのか・・・?』
 「いないみたいだな、佳織ちゃん」
 闘護の呟きに、悠人は苦々しく頷いた。
 「だったら、これ以上ここにいる必要は・・・」
 「“レスティーナよ。例の物をここに”」
 「“はい、父様。誰か、【求め】を”」
 姫がそう言うと、奥から布に包まれた一本の鉄の棍棒・・・いや、剣(?)が運ばれてきた。
 「何だ・・?」
 闘護が訝しげに運ばれてきた剣を見た。
 『あの剣・・・見覚えがある。それに、この感じは・・・』
 悠人は真剣に運ばれてきた剣を見た。
 「どうした、高嶺君?」
 「あの剣・・・俺は、あの剣を知っている・・・」
 「え?」
 「“この剣を取るがいい、エトランジェ・・・本来の力、このラキオスのために発揮してみせよ”」
 剣は二人の目の前に置かれた。運んできた兵士達は、何かを恐れるようにその場を離れる。
 「・・・」
 「何だ・・・この剣は?」
 闘護が呟いた。
 「“取らぬか・・・ならば、やはり戦わせてみるか。レスティーナよ”」
 「“はい。エスペリア、神剣を持ってここに”」
 姫の言葉と同時に、二人の周りを取り囲んでいる兵士達が左右に分かれて道を造る。
 「何だ・・・?」
 作られた道を歩いてきたのは・・・
 身の丈以上の槍を持つ少女・・・それは
 【エスペリア!?】
 二人の声が同時に叫んだ。
 エスペリアは悲しそうな表情で二人を見た。
 「・・・」
 エスペリアは二人から五歩、離れたところで止まった。
 「何だよ、あの槍・・・」
 闘護は訝しげにエスペリアの持つ槍を睨んだ。
 「綺麗だ・・・」
 悠人は見入るようにエスペリアの持つ槍を見た。
 「綺麗って・・・確かに、綺麗だけど」
 悠人の感想に闘護は眉をひそめた。
 「どうしたんだ、エスペリア?何かされたのか?」
 悠人が叫んだ。
 「そうは見えないが・・・」
 闘護はそう言うと、周囲を見回した。
 周りにいる人間は全てニヤニヤと笑ってこれから何が始まるか、楽しみにしているようだ。
 「・・・気に入らないな」
 闘護は周囲の人間を、殺気のこもった眼差しで睨み付ける。
 【“ヒィッ!!!”】
 闘護の気迫に、人間達は一様に恐怖の表情を浮かべる。
 「ふん・・・」
 闘護は鼻を鳴らすと再びエスペリアを見た。
 「どうしたんだよ?」
 悠人は訴えるように叫んだ。
 「“ユート様・・・剣を、お取り下さい”」
 エスペリアはそう言って、槍を悠人に向けた。
 「な、なんだよ・・・何でエスペリアが!?」
 「“どうした・・・さっさと剣を取った方がいいぞ”」
 王はニヤリと笑った。
 「“このスピリットには、お前達を殺せと命じてある。このままではお前達は死ぬ”」
 王は不愉快な笑みを浮かべて続ける。
 「“むろん、お前が死ねばあの赤毛の娘も後を追うことになる”」
 「!!」
 『嗤ってる・・・俺たちとエスペリアが戦おうとしていることを!!』
 悠人の心の中で、何かが弾けた。
 「は・・はは・・・」
 「高嶺君・・・?」
 悠人の笑みに、闘護は眉をひそめた。
 「“エスペリア・・・戦いなさい”」
 姫がゆっくりと言った。
 「“承知しました・・・ユート様。剣をお取り下さい”」
 エスペリアは悲しみと決意を込めた目で悠人を見た。
 「“私は・・・ユート様とトーゴ様を殺します”」
 エスペリアが何かを呟いた瞬間、槍の刀身から強い緑色の光が発し出された。
 刀身から吹き上がる光の粒子がエスペリアの周囲に集まり、天使の輪のような物が現れる。
 「エスペリア・・・何故、こんな事を?」
 闘護が尋ねた。
 「“・・・”」
 しかし、エスペリアは何も答えない。
 「エスペリア・・・」
 悠人は信じられない表情でエスペリアを見た。
 「“ユート様。剣をお取り下さい。【献身】のエスペリア・・・お相手、します!!”」
 「“エスペリア。そっちのエトランジェは剣を持っていない・・・そちらを先に殺せ”」
 王が闘護を睨んだ。
 「“・・・わかりました”」
 王の言葉に、エスペリアは矛先を悠人から闘護に変えた。
 「エ、エスペリア・・・?」
 「・・・俺から先に、か?」
 闘護は冷静に呟くと、二人の前に置いてある剣を見た。
 「高嶺君・・・その剣、君の物か?」
 「・・・わからない。けど・・・そうかもしれない」
 「そうか・・・」
 闘護は一方後ろに下がると構えた。
 「神坂!?」
 「素手で槍に敵う術はない・・・君が戦わないのなら、まず・・・俺が殺される、か」
 何故か闘護は冷静に言った。
 『おかしいな・・・全然、恐怖心が沸かない』
 「“・・・ユート様”」
 エスペリアはすがるように悠人を見た。
 「“剣をお取り下さい・・・そして、私と戦ってください。そうしなければトーゴ様を・・・”」
 『剣をとれって・・・いうのか?』
 悠人は震える手で剣に手を伸ばす。
 「くっ・・・」
 「“何をしている、エスペリア!!”」
 悠人が迷っていたその時、王が苛立たしげに叫んだ。
 「“さっさとそのエトランジェを殺せ!!”」
 王は闘護を睨み付けた。
 「“・・・はい”」
 エスペリアは再び闘護に視線を向けた。
 『王の言葉でこっちを見た・・・何を言われたか・・・簡単だな』
 「ふん・・・俺を殺せって言われたか」
 闘護は嘲りを含んだ口調で呟いた。
 『不思議だ・・・死が迫っているのに、何故か恐怖を感じない』
 闘護は苦笑する。
 「“トーゴ様・・・行きます”」
 エスペリアは槍を振り上げた。
 すると、槍の周囲に光の粒子が集まる。
 『来るか!?』
 闘護はジリ足で後ろに下がる。
 「“やれっ!!”」
 王の叫び声と同時に
 「“はぁっ!!”」
 エスペリアが槍を振り下ろすと同時に
 パァアアア!!
 緑色の光の奔流が闘護に襲いかかる。
 「うぉおおおおおお!!!!!!」
 闘護は両腕をクロスして光の奔流に飲み込まれていく・・・

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