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 白銀の心 〜想いと力〜




 第一章 契約、そして始動


「ふぅ……」

とある館の一室に、少年『葛綿樹流』の溜め息がこぼれる。
これで何度目だろうか。その問いに大した意味などない。
しかしそのような無意味な問答をしていなければ、樹流はこの状況を受け入れることが出来なかった。
ここは彼の住む世界とは違う世界、異世界だと知らされたのは昨日の夜だ。
まだ痛む頭を抑えながら、出会ったばかりの少女を樹流は問い詰めた。
思えば随分と焦っていた様な気がする。

………………

…………

……

「お体の方はもうよろしいのですか?」

それが少女の第一声であった。
気遣うように見つめてくるその瞳を、なぜか樹流は正面から見ることが出来なかった。

「…ああ」

とりあえず簡単な返答をする。
いくら見ず知らずの間柄でも、それは礼儀だと考えたからだ。
だが少女の次の言葉に樹流は耳を疑った。

「!……こちら側の言葉がお解りになるのですか?」

空気が凍りつく。
それほどまでの冷ややかな視線を樹流はしていた。

コチラノコトバガワカルノカ

似たような言葉なら何度も耳にしてきた。
だが問題なのはその言葉を発したのが目の前にいる可憐な少女だということだ。
久し振りに感じた怒り。
普段の樹流ならばそれも抑えることが出来ただろう。
だが今の自分が置かれている異常な状況が、彼に冷静さを失わせていた。

「悪かったな……こちらの言葉を理解していて」

静かな部屋に響くその声に少女が震える。
樹流の言葉が、瞳が、少女に対する明らかな敵意を剥き出していたからだ。
少女は唐突に理解する。
目の前の少年がなぜこれ程までに怒っているのかを。
咄嗟に頭を下げる。そして後悔する。
私はなんということをしてしまったのだろう。
『人』である少年に、『人』ではない自分が大変失礼なことを。

(っ……!)

しかしその行為が、今度は樹流の後悔を煽る。
見ず知らずの少女に自分は激情をぶつけている。
普段ならば考えられない。大きく息を吸う。
らしくない。
冷静な自分はどうした。
こんなことはもう慣れた筈だ。

「こちら側、と言ったな。ここは日本ではないのか?」

口調を普段のものに直し樹流は少女に問い掛けた。
そう口にして彼はようやく気付いた。少女から感じる違和感に。
その美しい外見につい気をとられ、服装の方にまで考えが回らなかった。
少女は俗に言うメイド服を着ていた。だが問題はそこではない。
外国での暮らしが長いため、そういった服装には多少免疫があった。
だがこの場所とそれがあまりに不釣合い過ぎた。
ここは日本、そして彼女が着ている服はメイド服。
一般家庭にそんな服を着ている少女は恐らくいないだろう。
だがこの部屋には恐ろしく釣り合っている。
自分でも解らなくなってきた。
釣り合ってはいない、だが釣り合っている。

「ここは……」

………………

…………

……

「簡単なことだな」

樹流の口元に浮かぶ僅かな笑み。
簡単なことだった。
日本としては釣り合っていない、だがこの場には釣り合っている。
その疑念を打ち消すための条件は限られてくる。
そう、この場が日本でなければいいのだ。

「さて、どうしたものか」

最初にその話を聞いたときは当然信じることが出来なかった。
だが少女の真剣な口調と周りの空気が、ここが日本ではないということを示していた。

コンコン……

「失礼します」

控えめなノックの音とともに、物思いに耽っていた思考が現実に戻される。
昨夜の少女が音をたてないように部屋に入ってきた。
それは樹流の隣で寝息を立てている少年への配慮だろう。

「おはようございます、キリュウ様」
「おはよう」

少女はニッコリと微笑むと隣の少年の傍へと歩み寄る。

「昨日はお休みになれましたか?」
「昨晩煎れてもらったハーブティーのおかげかな。ぐっすり眠らせてもらったよ」
「それはよかったです。あのお茶は気持ちを落ち着ける効果があるんですよ」

なぜだろうか、と樹流は考える。
まだ会って間もない少女に名前を呼ばれることを不快とは感じない自分がいた。
そもそも、普通の会話すら最近ではしていなかったというのに。

「んっ……うぅぅ……」

と、うめき声とともに横になっていた少年が目を覚ます。
少年は事態が全く把握できていないようだ。
当然といえば当然だが。

「ここは?……!お前、葛綿か?」

起きて早々、その少年は心底驚いた様子だった。
だが驚いたのはむしろ樹流の方だ。

「俺を、知っているのか?」
「知ってるって……あのなぁ」

何かにひどく呆れた様子で溜め息をつく少年。
その態度に対して、怒りは感じなかった。
いきなり自己紹介を始めた少年は『高嶺悠人』と名乗った。
精悍な顔立ちといっていいだろう。
所々はねた髪や真っ直ぐな瞳からはどこか鈍げな雰囲気を覚える。
そして服装は、樹流と同じ制服を着ている。

(!こいつ、あの時の……)

そこでやっと樹流は思い出した。
転校初日にして昼休み。
やっと追い払った女のあとに続けて現れた男だ。
人のことに対して関心を示さない彼にとって、その答えに辿り着くまで数十秒を要した。

「……葛綿樹流だ」

とりあえず樹流も一応は簡単な自己紹介をする。
そして再び訪れる沈黙。

「で、ここはどこなんだ?」

散々迷った挙句に紡がれた言葉がそれだった。
最も、仮に自分が逆の立場でも同じことを聞いたと思うが、と樹流は考える。

「その子に聞け」

悠人にそう言って樹流は少女に視線を向ける。
またも呆然とする悠人だが、何とか少女に話しかける。
待つこと数秒。

「なぁ、葛綿」
「なんだ」
「この子、なんて言ってるんだ?」
「……」

どうやら悠人は少女が何を言っているのかが理解できていないらしい。
無論、普段の樹流ならばこの時点で悠人を黙殺していただろう。

(昨日彼女が言っていたことと繋がる)

しかし、今回だけはそう言うわけにはいかない。
自分には理解できて、他者に理解できていない言葉。

「スピリット、エトランジェはどこいる!」

その時だった。
階下から怒鳴り声が聞こえてきたのは。

「・・・!」

少女が何かに怯えたように扉を、そして樹流たち二人を見つめる。
扉は乱暴に開き、声の主であろう鎧を着た男が少年たちを拘束する。
必死に抵抗する悠人に対し、樹流はあえて抵抗しなかった。

………………

…………

……

(城?)

館の前に待機していた数人の男たちに、この城へと連れてこられた。
そしてここは謁見の間、目の前にあるのはどうやら王座のようだ。
そこに座っていた髭面の男が徐に口を開く。

「貴様等がエトランジェか」

下卑た笑いを噛み殺すように、しかし全く隠せていない様子で王が笑う。
その行為に怒りは感じないものの、生理的嫌悪を感る。
だがそんなことはもうどうでもよかった。

(エトランジェ……)

この世界が本当に異世界なのか。
いや、そこまではいかなくとも日本ではないのか。
それを確かめたかったからこそ樹流は何も言わずに従ってきた。
だが、悠人には理解できなかったこの世界の言葉。
日本にある筈のない中世を思わせる造りの城。
その場の空気、更には『エトランジェ』という単語。
その全てが昨晩の少女の話に当てはまっていた。
しかし不思議と焦りは感じない。
なぜならば、彼は帰りたいなどとは微塵も思っていないからだ。

(さて……)

何気なく周りを見渡す。
すべての人間が樹流たちを見下すように見ている。
だがそんなもので今更怒りが湧いてくるはずもない。
むしろ笑いさえ込み上げてくる。

(どっちにしても同じか……ん?)

するとそれまで黙っていた悠人が突然立ち上がる。
一体どうしたというのだろうか。

「佳織!」
「お兄ちゃん!」

今までなぜ気がつかなかったのだろうか。
そんなことは勿論わからない。
だが現に目の前にその事態が起きているのだから、それは事実以外の何物でもない。
王座の横には鎖に繋がれた少女が一人、悠人に向けて悲しみと恐怖の入り混じった瞳を向けている。
そしてその少女は確かに悠人のことを兄と呼んだ。
そこで樹流は理解する。この男の妹が人質にとられている、と。
悠人は殺気に満ちた瞳を王に向け、そして王座へと歩み寄る。
一度兵士たちに邪魔されるがその妨害を苦もせず、彼らを薙ぎ倒していく。

(すげ……)

だが、またも突然悠人が足を止める。
後僅かで妹に手が届くというのに、何を躊躇っているのか。
だがそれがすぐに考え違いだということを樹流は気付かされる。
その、悠人の表情から。

(何かに苦しんでいる?)

樹流から見て悠人は背を向けている。
しかし、それでも彼が苦しんでいる様子がよくわかる。
息を荒げ肩で呼吸し、膝が笑っている。
恐らくは苦悶の表情を浮かべているに違いない。
それでも尚、必死に立ち続けようとする悠人。

「……!か…おり……っ」

ドサッ

ついに悠人がその場に倒れる。
その様を周りにいた者ちは嘲笑っていた。
唐突に樹流の中に一つの感情が込み上げてくる。

「何がおかしいんだ……貴様等は?」

その一言で空間は静まり返る。
皆何かにひどく驚いた様子で樹流のことを見ている。
その中でも一際驚いていたのは。

(っ!?)

樹流自身だった。
見ず知らずの悠人がどうなろうと知ったことではない。
だが、自分のした行為はそれと大きく矛盾している。
それだけではない。昨晩の少女に、樹流は言われていたことがある。
人前では決して話してはならない。
エトランジェが既にこちらの言葉を理解しているということは即ち。

「お前、言葉が……こちらの言葉をもう理解しているのだな。ならば剣とは既に契約を果たしたのか?」
「……さぁな。確かに俺はこちらの言葉を理解出来る。だが剣なんてどこにも持ち合わせてはいない」

王は訝しげに樹流を睨む。
こうなってしまっては仕方がない。
今更わからないともいえず正直に白状する。

「ふむ……スピリットをここへ!」

王は仕官らしき男にそう伝えるとその男は足早に謁見の間を出て行った。
『スピリット』、それが意味するものがひとつしかないことを樹流は知っている。

(……)

………………

…………

……

二つの影が相まみえていた。その一方が倒れる。
これで何度目だろうか。勿論その問いに深い意味はない。
いや、それは周りで見ている人間たちにとってはだ。
その当事者たる樹流には大きな意味が存在する。
生死という大きな意味が。

(く……今のは、やばかった)

まだ痛みのある腹部を押さえなんとか立ち上がる。
衣服は至る所が千切れ、体からは鮮血がほとばしっている。
しかしながら、彼の服が血に汚れることはない。

「はぁっ!」
「ちっ!」

再び襲い掛かる脅威を紙一重で交した、つもりだった。
肩へ走る激痛。
そこから溢れる血の奔流はすぐに大気へと姿を消した。
黄金の霧へとその姿を変えて。
エトランジェは死ねばその亡骸は残らずマナへと還る。
これも昨晩聞いた話の中にあった。
最も、今の彼にはそのことを考えている余裕はない。
立っていることさえ辛い。
だがそれでも立たなければ殺されてしまう。
槍を携え光の篭らぬ瞳で彼を見据える、その少女に。

(エスペリア……)

樹流の視線の先にいる少女。
それは昨晩彼を助けたあの少女だ。
『エスペリア・グリーンスピリット』。
偽名ではない。それが少女の本名。
緑の風貌からそう呼ばれている。
冗談でもなんでもない。
少女はこの世界の緑の妖精なのだ。

「父さま!これ以上は!これ以上続ければ貴重な戦力を失うことになります」
「エトランジェならまだ二人もいるではないか。それに我が国には神剣は一振りしかない」
「しかし!」
「奴が隠し持っている剣を出せば話は早いのだ」

王と姫らしき少女がなにか口論をしている。
樹流は朦朧とする意識のなかでそれを見ていた。
だが今の彼にその内容を聞き取るほどの余裕がない。

(視界がぼやけてきた……)

限界は近い。
既に大量の血を流している樹流に勝機はない。
生き残ることすらままならない。
そして。

「やれ、スピリットよ」

それが死刑宣告であった。
殺気すら篭っていない突き、それは確実に樹流の急所を捉える。

ザシュッ……

鈍い音が左胸近くから聞こえたような気がする。
同時に何かが引き抜かれるような感覚。
体が重力に逆らえぬまま崩れ落ちていく。

………………

…………

……

(終わった……)

あれからどれ位たったのだろうか。
それは樹流には解らない。
一秒かもしれない、一時間かもしれない。
彼にとっては永遠だったのかもしれない。
そんな時間を感じていた。
このまま目を瞑ってしまおう。そうすれば全てが終わる。
間近に迫った死に対し、樹流は不思議と恐怖を感じなかった。
いや、恐怖すら考える余裕がなかったのかもしれない。
彼はゆっくりと目を閉じる。
つもりだった。
目の前に転がっているそれを見つけるまでは。
倒れたときに首から外れたのだろう。
普段から肌身離さず持ち歩いている母の形見。
鈍く光るそれが、今はやけに眩しく感じる。

(か…あさん……)

無意識のうちに手を伸ばす。
だが体は思うように動いてはくれない。
そのことが、今はもどかしくてしょうがない。

「ん?それはなんだ?持って来い」

それが王の声だとは今の樹流に認識はできない。
だがその声に確かに彼は反応する。

「なんだこれは?下らぬ!」

吐き捨てるように言うと、ペンダントを床に叩きつける。
樹流の中で何かが募っていく。それでも、体は動いてくれない。

(くそ……)
『力が……欲しいか?』
(?)

一瞬、死神が迎えに着たのではという現実離れした考えが浮かんだ。
心の中から響いてくるような声、そういった形容が一番解りやすいかもしれない。
そのどこか懐かしいような声は更に続けた。

『汝と我は一心同体。故に、汝は我を知っている……』
(知ってる……)
『そうだ。我と契約しろ。そうすれば汝に力を与えよう』
(契約、だと?)
『全てを憎み、全てを壊せ。それが我との契約だ』
(……)

沈黙で肯定を示す。
その声は僅かに笑ったように言った。
契約成立だと。
体の痛みが引いていく。
霧がかかっていたような視界もクリアになってくる。
そして。

………………

…………

……

初めに気が付いたのは樹流たちを拘束してきた兵士だった。
エトランジェの体から拡散していくマナがピタリと止まる。
何事かと見ていると、それはゆっくりと立ち上がったのだ。
だが、この空間にいる誰もがその事態にまだ気付いていない。
一瞬それと目が合った。
それは、笑っていた。

………………

…………

……

「うぉぉぉぉぉぉ!」
「っ、なんだ!?」

王たちの顔が驚愕のものに変わっていく。無理もない。
絶命寸前にまで陥っていた男がいきなり息を吹き返したのだから。
黒い光を放つサークルが樹流の足元を中心に広がっていく。

「くぅ!何をやっているスピリットよ!早く止めをささんか!」
「……!」

エスペリアもこの光景には息を呑んでいた。
だが王の命令とあらばそれに従わなくてはならない。

「……行きます。やぁぁぁぁ!」

感情を抑え槍を構える。
そして、速さを極めたそれが樹流を襲う。

「主樹流の名において命ず!その力を我の前に示せ……出でよ、【黒金】!」

槍が届く寸前、二人の間に漆黒の剣が姿を現す。

『抜け』
「言われなくとも!」

ガキィィィン!

空間に金属と金属がぶつかる音が鳴り響く。
マナとマナとのぶつかり合いによって生じた塵が目くらましとなる。

(今だ!)

槍を弾き大きく右に跳ぶ。
そのまま転がっているペンダントに手を伸ばす。
しかしあと一歩というところで横合いからエスペリアの妨害が入る。

ギィン!

咄嗟に【黒金】の刀身を盾に受ける。
だがその打撃は想像以上に重い。

(っ!まずはエスペリアを戦闘不能にしないと拉致があかない)
『我の力を使えば造作もないことだ』
(へぇ、じゃあ試させてもらおうか)
『いいだろう』

死と隣り合わせの最中、樹流は恐ろしいほど落ちついていた。
簡単な作戦を決め、一気に少女との距離をつめる。
そこへ渾身の一撃が襲い掛かる。

(槍というのはその形質状、突きを得意とする。そしてそれは戦闘中において最も多用するということ。だが、突きとは平面状において究極的にはただの点!その一点さえ見極めれば、当たることはない)

その考えの通り、次々を鋭い突きを繰り出してくるエスペリア。
だが、一発も樹流を捕らえることはない。
少しづつ、だが確実に距離を狭めていく。

(驚いたな。さっきまではギリギリでかわしてたんだが)
『我の力により、汝の力は飛躍的に上昇している』
(なるほど)

ついに懐に入った。
それは槍においての完全な死角。
渾身の力を込めた右の拳を振るう。

「もらった!」
「くっ!ウィンドウィスパー!」

だがそうはいかなかった。
樹流の拳は見えない風の壁によりその威力を大幅に落としていた。

(鳩尾に入れた。だが……)
「けほっ……」

エスペリアは僅かに表情を曇らせる、だけだ。
それは有効打ではないことを示している。

(ダメージはほぼ無し。決まっていれば確実に気絶させられたと思ったんだが)
『あの者は緑の妖精。防御においては群を抜いている』
(ちっ…面倒だな)

少女はゆっくりを身構える。そしてまた仕掛けてくる。
だが何度やろうとも、それが樹流に届くことはない。

「やめろ!君の攻撃は、もう俺には通じない」
「私は、ラキオスのスピリット。たとえこの身がマナの塵に消えようとも、ラキオスの命は絶対です!」
「……っ」

その言葉が意味するところを、樹流は理解していた。
昨夜聞いたこの世界のこと。
スピリット、エトランジェ、永遠神剣。
その全てを今ならば信じることが出来る。
そして、少女や自分の立場も。

(世界は変わっても、俺を見る人の目は変わらずか……そして彼女も)

【黒金】のオーラフォトンを瞬間的に爆発させる。
咄嗟にエスペリアは数歩分の距離を空ける。
それがこちらの狙いだとも知らずに。
【黒金】の力で飛躍的に上昇した身体能力。
だがそれを持ってしてもエスぺリアは互角以上の戦いをしている。
戦闘訓練を積んだ彼女には技術では歯が立たない。
それならば、力で捻じ伏せるしかない。

「行くぞ。次で決めてやる」

大きく息を吸い上段に構える。
エスペリアもまた、それに呼応するかのようにハイロゥを展開する。

(【黒金】、ありったけの力でいく)
『案ずるな。汝と我は一心同体と言ったはずだ』

あたりのマナが高まっていく。
【黒金】の刀身からオーラフォトンが溢れ出す。
黒と緑のオーラはそれぞれ限界まで達した。

(よし!)

これで終わる、そう思った時だった。

「そこまで!」
(!?)

凛とした声が鳴り響く。
とたんに緑のマナが収束していく。

「父さま、もうよろしいでしょう?初めての実戦でこれほどまでの戦いをしたのですから」
「確かに、これならば十分に使える!エトランジェよ、その力大いに役立ててもらおうか」

王はさも嬉しそうに樹流を見る。

『どうやら、汝が言い成りになると考えているらしいな』
(ふざけたことを……)

いきなり殺し合いをさせられて、使えなければ殺される。
使えると解れば今度は自分の手駒として利用する。
そんな王の考えに、樹流は心底呆れた。
だから彼は、静かに答えた。

………………

…………

……

コンコン

「どうぞ」
「失礼します」

ここはスピリットの館の一室。
エトランジェ『黒金のキリュウ』に与えられた部屋である。

「どうしたんだ?」

部屋の主たる樹流は扉の近くで佇んでいるエスペリアに視線を移す。
先程までの人形のような眼ではなく、何か悲しげなものを秘めた瞳。
少女は何か言いたげな表情をしている。
最も、何を言いたいのかは樹流もよくわかっていた。

「なぜラキオスに従ったか、かな?」
「……はい」

あの時、樹流はラキオス王の前に跪き答えた。
この力を必ずや役立てる、と。
その答えに周りの者は勿論、王自身でさえ驚いていた。
だがすぐに王は上機嫌になり、王座を後にした。

「俺には俺の考えがある。それだけさ」

少し含みのある解答にエスペリアは納得できていない様子だ。
それでいい。今はまだ彼女に気付かれるわけにはいかないのだから。

「俺のことより、高嶺の心配をしたほうがいいんじゃないのか?」

ピクッ、とエスペリアの肩が震える。
樹流が言う心配とは決して悠人の心配などではない。
自分と同じエトランジェである悠人にも、同じような試しがあるのではないか。
その考えはどうやら当たっていたようだ。
暫しの沈黙が部屋を包む。
やがて少女は一礼すると部屋を後にした。

『本気か?』

見計らったかのように【黒金】の声が静かに胸の内に響いてくる。
何が、という問いは必要ないだろう。
だから沈黙で肯定する。
樹流と【黒金】は一心同体。
なぜ彼がラキオスに下ったのかも、【黒金】は無論知っている。

「ああ。俺はスピリットたちを、その運命から解放する」
『険しい道程になるぞ?』
「構わない」

強い意志を秘め、即答する。
スピリットの解放、それが樹流の成し得ようとしていることだ。
今まではそれでもよかった。いや仕方がなかった。
だが、今の樹流には力がある。絶大な力が。
【黒金】暫く思案し。

『では今一度問う。汝は何を憎む?何を壊す?』
「俺はこの世界を憎む。俺は、哀れな妖精たちを壊す!」
『……よかろう。我の力、汝に委ねる』

契約、そして始動。
樹流の戦いが始まろうとしていた。




あとがき

かなり内容変えました。理由は簡単です。前のデータが消えちゃったからですwというわけで新装『白銀の心 〜想いと力〜』第一章はどうだったでしょうか?前よりは幾分マシになったかなぁと自分では思っとるんですが……最後の辺りがちょっと無理やりだったかも?一応今回は樹流と【黒金】との契約をはっきりさせとこうということで書いたつもりです。心技体、この中で樹流がエスペリアに勝っているのは今のところ心、体ですね。ちゃんとした目標があるわけですから。今後どうなっていくかはちゃんと決めてるんで、次回は『葛綿樹流』について書いていきたいと思います。それでは皆さんこれからもどうぞよろしく。ここまで読んで頂いてありがとうございます。

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