─聖ヨト歴330年 エクの月  赤 みっつ日 朝
  尊の部屋


レスティーナ直属の部下になるという話は、レスティーナが全責任を負うと言う事であっさり通ってしまった。
それに伴い肩書きも新鋭隊長になった。
だが一悶着あると思っていた尊にしてみればいささか拍子抜けだった。

ミコ(とは言っても何かたくらんで入るんでしょうけどねぇ)

とは思いつつも別段気にはしないつもりでいる。
今は、今できることをすれば良いし、何より尊は、あの国王ができることなどたかが知れていると思っているからだ。

ミコ(さて、どうしましょうか)

思考を切り替えた尊だったがそれはすぐに停止してしまう。
何もやる事が思いつかないのだ。
要するに尊は暇なのであった。

ミコ(う〜ん。何もしないのはもったいないですし・・・・・)

尊は第二詰所を後にした。







─聖ヨト歴330年 エクの月  赤 みっつ日 朝
  レスティーナの私室


レス「本・・・・ですか?」

ミコ「はい」

尊はラキオス城、レスティーナの私室にいる。
本を読むんで暇つぶしをすることにしたようだ。

ミコ「ありませんか?」
レス「書庫にあると思いますが、どんなものが良いんですか?」
ミコ「そうですね・・・・兵法書なんかありますか?」
レス「人間同士が戦っていた頃のものならあると思いますよ」
ミコ「あとは、技術書とか読んでみたいです。他にも面白そうなものをよろしくお願いします」
レス「わかりました。城のものに見繕ってもらいますので少し待ってください」
ミコ「はい。ありがとうございます」

尊はレスティーナとお茶を飲んで時間をつぶした。








―聖ヨト暦330年 エクの月 赤 みっつ日 昼
 尊の部屋


ドスン

尊は自分の机に城の兵士に丁寧にお礼を言って受け取った本を置いた。
本は袋いっぱいにはいっている。
数十冊はあるだろう。

ミコ「どれから読みましょう?」

そういって本を選ぼうとしたところで尊は固まってしまった。
その日、数十冊の本は一冊も開かれることはなかった。






―聖ヨト暦330年 エクの月 赤 みっつ日
 ヒミカの部屋


ヒミカは部屋で神剣を磨いていた。
なれた手つきである。
しかも曇りは一つもなかった。

ヒミ「よし。これくらいでいいかな?」

コンコン

ヒミ「ん?」

神剣を磨き終えたところで来客だった。

ヒミ「開いてるわよ」
ドアノブを回して入ってきたのは・・・

ミコ「失礼します」

尊だった。

ヒミ「!?ミコト様?すいません。ミコト様だと思わなかったもので・・・」
ミコ「そんなにかしこまってもらわなくても・・・・」
ヒミ「いえ、そういうわけにはいきません。それで、何の御用でしょう?」
ミコ「えっと、ヒミカさんは文字を読んだり書いたりする事はできますよね?」
ヒミ「はい。一応できますけど何故ですか?」

尊は少し考えてから口を開いた。

ミコ「僕に文字を教えてくれませんか?」
ヒミ「はい?」

そう、尊は本を持ってきたはいいが読めなかったのである。
また幻想に知識を送ってもらおうと思ったのだが、幻想いわく、『もう遅れるだけの知識は送ったから、それ以上は自分で身に付けなくちゃだめ』とのことだった。
そして誰に教わろうか考えたところネリーとシアーはなんだか疲れそうだし、ハリオンはあのマイペースさでは教えてもらうどころではなくなりそうだった。
消去法でヒミカかヘリオンになり、ちょうどヒミカが部屋にいたのでお願いしに来たのだ。
尊は事の顛末を話した。

ヒミ「そうですか。ですがそれなら私ではなくハリオンの方が適任だと思いますよ?」

ヒミカから出たのは意外な言葉だった。

ミコ「ハリオンさんですか?」
ヒミ「はい。意外だとは思いますがハリオンは人に何か教えるのがうまいんです。ちなみにヘリオンに文字を教えたのもハリオンだそうです。」
ミコ(失礼だとは思いますが、やっぱり意外ですねぇ・・・・・・)
ヒミ「どうしますか?私でももちろんいいんですが、ハリオンに教わった方が数段早く身につける事ができると思いますよ?私が頼んでもいいですし」
ミコ「では、お願いしてもいいですか?」
ヒミ「はい。おそらく買い物から帰ってきていると思いますので探して見ましょう」

二人は部屋を出た。




―聖ヨト暦330年 エクの月 赤 みっつ日
 食堂


ハリオンはヒミカの読みどおり買ってきた食材の片付けをしているところだった。
ハリオンハ2人に気づいたようだ。

ハリ「あら〜。2人ともどうしました〜?」
ヒミ「ハリオン、今時間ある?」
ハリ「はい、大丈夫ですよ〜」
ヒミ「ミコト様が文字を教えてほしいって言ってるんだけど大丈夫かな?」
ハリ「そういうことはお姉さんに任せてください〜」

ハリオンは尊のほうを向いた。

ハリ「ミコト様〜、ちょっと待っててくださいね〜。静かに待っていないとメッってしちゃいますよ〜」
ミコ「はい」

律儀に答える尊だったが、不安だった。

ミコ(あの調子で勉強するのかなぁ?・・・・不安です)
ヒミ「頑張ってくださいね。ミコト様」

尊の不安の知ってか知らずかヒミカがそう言った。

ミコ「はい・・・・・・・・」
ヒミ「ま、まぁ勉強が始まれば大丈夫ですよ」

ヒミカは尊が明らかに不安がっていることに気づいたようだ。

ヒミ「私は部屋に戻りますね」
ミコ「はい、ありがとうございました」
ヒミ「いえ、他にも困った事があったらまた来て下さい」

ヒミカは規則正しい足音を立てて二階へ上がっていった。
ヒミカと入れ替わりでハリオンが階段を下りてきた。
手には紙とペンを持っていた。

ハリ「では、頑張りましょうね〜」

かくしてハリオン先生のハイペリア語講座が始まった。










勉強を始めてから2時間ほどたった。
尊の予想は悪い意味で当たり良い意味で外れた。
当たった方は尊が何かできるようになるたびに「ミコト様は偉いですね〜」と頭をなでてくる事。
あまり、いやかなり女性に対して免疫のない尊にとっては恥ずかしくてしょうがなかった。
外れた方は、勉強の内容のわかりやすさだ。
たった二時間で簡単な文は書けるようになった。
自称お姉さんの力は伊達ではなかった。

ハリ「今日はこれくらいにしましょうか〜」
ミコ「はい。ありがとうございました」
ハリ「ちゃんと勉強したご褒美ですよ〜」

ハリオンが出したのはクッキーのような焼き菓子だった。
さくっと食べると甘さが口いっぱいに広がる

ミコ「凄くおいしいです。ハリオンさんが作ったですか?」
ハリ「そうですよ〜♪」

クッキーもどきの味を楽しんでいた尊だがだんだんここまでしてもらう事が申し訳なく思えてきた。

ミコ「あの、お礼に何かしてほしいことってありますか?」

普通ならここでありがとうの一言で終わりなのだが尊はそういう人なのである。

ハリ「そうですね〜・・・・・・・・あ・ミコト様はハイペリアから来たんですよね?」
ミコ「?そうですよ」
ハリ「ハイペリアの料理とかお菓子のつくり方を教えてほしいです」
ミコ「いいですよ。お安い御用です」
ハリ「じゃぁ早速作りましょう〜」
ミコ「え?もうそんな時間なんですか?」
ハリ「そうですよ〜。ミコト様時間を忘れる程勉強を頑張ってたんですね〜」
ミコ(どちらかと言うとなでられたのが恥ずかしくて時間の感覚がなくなっちゃったんですけどねぇ・・・・・・・・)
ハリ「ほらほら、ミコト様〜」
ミコ「え?あ、ちょっと・・・・・」

有無を言わせず尊を引きずるようにして厨房に向かうハリオン。
尊はあいかわらず逆らえないでいる。

ミコ(洋風料理が多かったから和風や中華でいいかなぁ?)

尊はそんな悠長な事を考えていた。









―聖ヨト暦330年 エクの月 赤 みっつ日
 尊の部屋


夕食後、尊は部屋に戻っていた。
今日の夕食はてんぷらを作ってみたのだがこれが大好評だった。
ヒミカやヘリオンも料理を教えてほしいとお願いに来た。
尊の毎日のスケジュールがだんだん増えてくる。
それにしたがって尊もこの生活になじんできている気がしていた。
そんな尊の目に小さなメモ帳が映った。

ミコ(せっかく文字を習ったんですから、日記でもつけましょうか)

ミコとは机についてメモ帳にペンをはしらせた。

ハリオンさんに文字を習い始めた
だから今日から日記もつけることにした
ハリオンさんの教え方は凄くうまい
頭をなでられるのはすごくはずかしいけど・・・・・・
そしてそのお礼に料理を教えることになった
ハリオンさんは料理が上手なので教えるのも楽だ
今度からはヒミカさんとヘリオンさんも加わる
二人の料理の腕前はどんなか楽しみ
この生活にも慣れてきたし楽しくなっていきそう


ミコ(なんだか小学生の日記みたいですねぇ。)

少しあきれ気味に自分の日記を見る。

ミコ(まぁ、まだ習い始めたばっかりですしこんなものですよね)

メモ帳をしまおうと思った尊だが急に咳き込んだ。
咳は数十秒なり止むことなかった。
ようやく咳は止まったが口にあてていた手は・・・・・・







血で赤黒く染まっていた
やがて血はマナになって蒸発していく




ミコ「・・・・・・この世界は血が残らなくて良かった」

尊はしまおうとしていたメモ帳をもう一度開いた。
そして最後に一文を足す。









だけど僕の時間は確実に減っているようだ