─聖ヨト歴330年 エクの月 青 みっつ日 夜
リーザリオ付近の森


尊は森の中をリーザリオに向けてただひたすら走っていた。
今日は曇りらしく月の光は無いためあたりは真っ暗だ。
普通の人間ならば何があるかさえわからないであろう森の中を尊は苦も無く走っていく。
もちろん木に当たったりしない。
尊の目は人間の域を越えていた。
幻想の力で視力を上げているのでもなく純粋に尊の目がいいのだ。
捨て子ということに加えて疲れず痛まない体、そしてよすぎる六感など尊の正体は謎に包まれている。
そのことは尊の悩みのタネなのだがそんなことを今は気にしている暇は無い。
今だけはそんな不思議な体に感謝しつつ尊はさらに速度を上げる。
そして走りながらさきほどまでの事を思い出していた。





─聖ヨト歴330年 エクの月 青 みっつの日 夜
 謁見の間


国王「よくぞ、あの魔龍を打ち倒した!エトランジェの名は伊達ではないようだ。ふぁっはっはっは。」

王座に座るラキオス王は満足そうに頷く。

国王「これで我が国は龍が保持していたマナを大量に得たわけだ。」

王は心底愉快に笑う。

国王「守り龍などとは所詮は名ばかり。こんな事ならば、もっと早くからスピリットどもをぶつけておくべきだったな。」
ミコ(身勝手な人ですね。しぐさの一つ一つさえ癇に障る。おそらくユートさんの負担の大半の原因はこの方なんでしょうね。)

尊は悠人が使えている国王を見定めようと思っていたがその必要は無いようだ。
一目見れば国王がどんな人物なのかが分かった。

ミコ(これではラキオスの現状が厳しいのは当たり前ですね・・・・・・・・・ん?)
レス「・・・・・」

王の隣には、笑う王を冷めて見るレスティーナがいた。

ミコ(・・・・・・・・。)

レスティーナの事が気になったがとりあえず尊は国王の話を聞く事にした。

国王「エトランジェよ。今回の働きを高く評価している。非力なスピリット共を率い、あれだけ大量のマナを得たわけだからな。これまで何の役に立っていなかった分を取り戻せたわ。」
ユー(俺じゃない・・・・お前はただそこにいるだけだから何も知らないんだ!)

悠人は唇を強く噛み締める。

国王「今日よりエトランジェよ。」

王は悠人を見た。

国王「そなたをスピリット隊の隊長に任命する。スピリット達を使い我が国の先兵を務めるのだ。」
ユー「・・・」
国王「これからはあの館を好きに使うがよい。ある程度の自由は認めよう。スピリット達も好きにしろ。」

王は悠人の様子にも気づかずに続ける。

国王「大切な道具だからな。使い物にならないようにはするな。ふはっはっは。」
ユー「ハッ・・・。」

悠人は無表情で返事をする。

ユー(また戦わなくちゃいけないのか・・・くそっ)
レス「そなたの義妹のことは任せよ。」

その時、レスティーナが口を開いた。

レス「働きには報いよう。悪いようにはしない。」
ユー「・・・ハッ」
レス「全てはそなたの働きにかかっていることを忘れぬよう。」
ユー「・・・」
レス「隊長の任については、エスペリアに聞くように。前任者の仕事を知っています。」
ユー「承知しました。」

悠人は、努めて冷静に答える。

国王「さて、聞いたところによればお前は竜退治に大きく貢献したようだな。」

国王は今度は尊のほうを向く。

国王「そして我がラキオスに仕官したいようじゃが・・・・・・」
ミコ「はい。その通りです。」
国王「あくまで仕官させてやっているということを忘れるな。わしの言う事には絶対服従じゃ。よいな?」
ミコ「はい・・・・・ですが・・・」

尊はそういうと立ち上がって王座に歩み寄った。
以前それによっての激痛を経験している悠人は尊を止めようとした。

ユー「やめろミコト!いくらお前でもあの激痛にはたえられない!」

しかし尊は歩みを止めない。
それどころか

ミコ「大丈夫ですよ。」

と、笑みまで見せる。
国王は王座に座ったまま笑みを浮かべている。
もちろんこれからひざまずくであろう尊の姿を想像してである。
尊を激痛が襲う・・・・が、ただそれだけだった。
痛みを感じない尊には意味が無い。
国王の想像に反して尊の歩みが緩む様子はない。
もう尊は王座のすぐ前に来ていた。
国王の表情は薄汚い笑みから驚愕のそれに変わっていた。
悠人やレスティーナ、城の兵士達の表情も同様のものだった。

ミコ「僕がどうなろうとかまわない・・・・・・しかし僕の仲間に何かあった場合は・・・・・」

そういって尊は幻想を取り出し、国王の首に刃を当てる。

ミコ「この首、容赦なく跳ね飛ばします」

尊の声に普段ある優しさは消えていた。
けして大きな声ではなかった。
が、どこまでも冷たい声だった。
それは目にも同じ事が言えた。
その場にいる誰もが恐怖で動けなくなる。
しかしそれは一瞬の事だった。
尊の顔はいつものようににこやかな顔になる。
そしていつもの声で話す。

ミコ「それだけ約束してくだされば僕をどのように使ってくださっても結構です。」
国王「あ・・・あぁ・・・・・・・・・分かった。」
ミコ「ありがとうございます。」

そういうと尊は反転して悠人の方へ歩いていく。
その後姿を国王はにらみつけていた。

国王(あのような若造にこの屈辱・・・・許せん!)

そう思いつつさきほどの恐怖が思い出されて何も言う事は出来なかった。
尊がまたひざまずこうとしたところで謁見の間の扉が開かれた。
そして1人の男が入ってきた。
男は城の兵士だった。

兵士「リーザリオで諜報活動を行っていたブラックスピリットがバーンライトのスピリット隊と交戦中との報告がありました。 どうやら諜報活動中に敵に発見されたようです。」
国王「ちっ。使えんスピリットめ・・・・・・・・・・・。」
国王(ただでさえ腹が立っておるというのに・・・・・。いや、これはこやつを懲らしめる絶好のチャンスかもしれん。)
国王「おい、エトランジェよ。」
ユー「ハッ。」
ミコ「はい。」
国王「お前ではない。新入りの方だ。エトランジェよ。お前には力があるようだが、どの程度のものだかわしは知らない。」

国王に薄汚い笑みが戻る。

ミコ「・・・・・・」
国王「そして、今の報告どおり諜報活動を行っていたスピリットが交戦中らしい。が、おそらく倒されるのは時間の問題であろう。 スピリットなどどうでもよいがスピリットが持っている情報は手に入れなくてはならない。 そこでだ、お前にはそのスピリットの救出に行ってもらう。 しかしこのままでは敵にそのまま攻め込まれてしまう恐れがある。 よって、ついでにリーザリオのスピリット隊の攪乱を行ってもらう。」

国王の言葉にエスペリアが反論する。

エス「そんな!リーザリオには十数体のスピリットがいるのですよ!?1人では危険すぎます。」

スピリットの救出だけならまだしも攪乱までとなると難易度は数段上がる。
国王は尊がこの命令を受け入れるとは思っていなかった。
しかし国王の狙いはそれだった。
なんでもするといった矢先に無理難題を言ってそれを断らせる事で尊に恥をかかせ更に自分を優位に立たせようという魂胆だ。
国王は笑みを浮かべたまま続ける。

国王「それが達成できた暁にはスピリット隊副隊長に任命しよう。どうだ?」
ミコ「仰せのままに。」

尊の答えは国王の予想していないものだった。

ミコ「では時間もおしいので、行ってまいります。」
国王「あぁ・・・・・いくがよい。」

尊は身を翻して扉の向こうへ消えていった。

国王(せいぜいズタボロになって帰ってくるがいいわ。)

尊の背中が見えなくなるまで国王は尊をにらみつけていた。





─聖ヨト歴330年 エクの月 青 みっつ日 夜
リーザリオ付近の森


考え事をしながら走っているともうリーザリオの町の光が見えるところまできていた。
といっても夜も遅いため灯りが点いている建物は少なかった。
目を使って探すより感覚に頼ったほうがよさそうだ。

ミコ(神剣の気配は・・・・・11かな?)
幻想『12だよ。一つはものすごく小さいけど。でも・・・どうやって探すの?』
ミコ(それが問題なんですよね。)

報告があってから十数分はたっている。
ラキオスに報告が伝わるまでの時間も考えると戦闘がはじまってもう数十分はたっている筈だ。
ラキオスのスピリットを一刻も早く見つけなくてはならない。
この状況で手当たり次第というのはあまりにも効率が悪すぎる。
敵を倒している間に倒されてしまう可能性もある。
しかしなかなかいい案がうかばない。

ミコ(このまま手当たり次第で行くしかないですかね・・・。)






その頃ラキオスのブラックスピリット、ヘリオンは尊からみては一番遠いところにいた。
このまま尊が手当たり次第に探した場合すべての敵を倒さなくてはいけなくなる。
もちろんヘリオンは尊の存在を知らない。
神剣の気配が増えたのは分かったが、敵が増えたと考えていた。
ヘリオンは敵から逃れるために走ってる。
といってもその速度は歩いているのとあまり変わらない。
それほど敵から受けた傷はひどかった。
もう戦う力は残っていない。
だから逃げていたのだがもうそれも限界のようだ。
逃げようと思っても足がいうことをきいてくれない。
ヘリオンはその場に倒れこんだ。

ヘリ(あぁ・・・・・もうここで死んじゃうのかな・・・)

逃げる力さえもなくなったヘリオンの思考は悪いほう悪いほうへといってしまう。
もう逃げる気力もうせていた。

ザッ

目の前の方で足音がした。
ヘリオンは音がした方を向く。
そこにいたのは人の形をした誰かだった。
暗くてよく見えない。
しかしヘリオンはもう自分は終わりだと思った。
が、

??「大丈夫ですか?」
ヘリ「ふぇ?」

ヘリオンに届いたのは斬撃でも神剣魔法でもなく優しい声だった。








優しい声の主はもちろん尊だ。
今はヘリオンに回復魔法をかけている。
なぜ尊がここにいるかというと、尊は手当たり次第に探すのではなく気配の薄いものから探す事にしたからである。
大人数相手に長い間戦闘をしていれば弱っているだろうと考えたからだ。
それにもし違っていたとしても気配が弱いスピリットなら時間をかけずに倒す事もできる。
そして尊が感じる事が出来なかった非常に弱い気配のスピリットから探すことにしたところ見事にあたりだったということだ。
よく状況が飲み込めないヘリオンはとりあえず尊に質問する事にした。

ヘリ「あの・・・・・貴方は・・?」
ミコ「あぁ、自己紹介がまだでしたね。僕はミコト。ラキオスの新しいエトランジェです。」
ヘリ「そうなんですか。あ、私はヘリオンです。」
ミコ「宜しく。」
ヘリ「宜しくお願いします。ミコト様はどうしてこちらに?」
ミコ「貴方を助ける為です。もう大丈夫ですよ。」
ヘリ「・・・・・・・・・・・」
ミコ「どうしました?」
ヘリ「・・・・・・ふえぇぇん。」
ミコ「え??ぼ、僕なんか悪いこといいました?」

突然泣き出してしまうヘリオン。
尊は何がなんだかわからず動揺してしまう。
女の涙は完璧超人尊の唯一の弱点だった。
というか女性全般が基本的に苦手なのである。

ミコ「あ、あの・・・・なんだかわからないけどごめんなさい。」

とりあえず尊は謝っておく。

ヘリ「ひぐ・・・・違うんです。さっきまでは本当に死ぬと思ってたから、えぐ・・・大丈夫って聞いたら何がなんだかわからなくて・・ひっく・・気がついたら泣いてて・・・・。」
ミコ「・・・・・・」

ついさっきエスペリアにスピリットは戦う為だけの存在だ、と教えられていた尊だったがヘリオンの言葉を聞いて やはり納得がいかなかった。

ミコ(少なくともやはりこの涙と感情は戦う為のものじゃないですよね。)

ヘリオンを見ながらそう思う尊、何とかできないかとは思うが今はそれよりも先にやる事がある。

ミコ「ヘリオンさん。僕は今から敵の攪乱をしなければならないんですけど・・・・・・・・」
ヘリ「・・・・・・」
ミコ「ヘリオンさん?」
ヘリ「・・・・・・・く〜」
ミコ「え?え!?どうしちゃったんですか?」
幻想『泣き疲れて寝ちゃったみたい。よっぽど疲れてたんだね〜。頼りにされちゃって〜。』
ミコ「からかわないでください!」

尊は顔を真っ赤にして幻想に反論する。
尊には珍しい光景である。

ミコ「と、とにかく早く敵の攪乱をしないと。」

そういって立ち上がる尊。
そしてそれはもう無理だということを悟る。
尊の顔が険しいものに変わる。

ミコ「攪乱だけなら爆発の一つでも起こせばいいんですけど・・・・・・・そうもいかないみたいですね。」
幻想『そうだね。』

尊たちを取り囲んで11体のスピリットが戦闘体制に入っていた。
尊も幻想を構えた。

幻想『ねぇ、ヘリオンはどうするの?』
ミコ「起こすのも悪いですしね。障壁 3 展開。」

ヘリオンの周りに球状のバリアーが張られた。
もっとも下半分は地面の下なのでスピリットたちから見ればドーム上に見える。
このバリアーは前方だけの盾とは違い全方向に対応できるが、基本的な防御力は盾に劣る。
だから尊は保険として余分に3個出しておいた。

ミコ「これで大丈夫でしょう。」

再び幻想を構え直す尊に1体のグリーンスピリットが後ろから突進してきた。
槍の広い間合いを生かしての突きだった。
槍が尊にせまる・・・・・・・

スピ「な!?」

しかし尊に槍が届くことは無かった。
かわりにグリーンスピリットの胴が幻想によって貫かれていた。
戦術としては悪くなかったがそのスピリットの誤算は幻想の間合いが槍の間合い以上だったこと、そして尊の反応速度が人間離れしていたことである。

スピ「う・・・・・・ぁ・・」

1体のスピリットがマナにかえる。
間髪入れず今度は後衛のレッドスピリット2体からファイアーボールが放たれる。
更にブルースピリット2体にレッドスピリット1体が尊に切りかかる。
尊がファイアーボールを避けたところを3体で追撃するつもりなのだろう。
しかし尊はファイアーボールを避けなかった。
もちろんそのままくらう事も無い。

ミコ「反射鏡 展開」

尊の前方に盾の時と同じようなオーラフォトンの壁が出来る。
その壁にファイアーボールが当たると、なんとファイアーボールは跳ね返された。
跳ね返ったファイアーボールは尊に切りかかっていたブルースピリットの1体に当たった。
また1体のスピリットがマナにかえる。
味方が死んだにもかかわらず顔色一つ変えることなく2体のスピリットが尊に切りかかる。
2体の武器は剣と双剣だ。
尊の武器と比べてだいぶ間合いが狭い。
しかし間合いの広い武器は大抵小回りがききにくく、逆に間合いの狭い武器はいったん自分の間合いに入ってしまえば基本的に間合いの広い武器を圧倒する事が出来る。
剣の重い一撃に双剣のすばやい連撃が尊を襲う。
が、そのスピリットたちは次の瞬間には2体とも胴を切られていた。
尊は2体の攻撃が届く前に幻想を横薙ぎにはらっていたのだ。
そのスピードは目でおえないほどの速さだった。
2体のスピリットもなすすべも無くマナにかえる。
敵の攻撃がやんだところを見計らって今度は尊が反撃する。

ミコ「では終わりにしましょう・・・・。爆明 4 始動。」

静かな夜に爆発音がとどろく。
煙がおさまる頃にはバーンライトの7体スピリットは跡形もなくなっていた。
バーンライトの11体のスピリットは1人のエトランジェにかすり傷を負わせることなくこの世から消えていった。