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 『心は燃えても肉体は弱い』

 ――新約聖書、マタイによる福音書第二十六章より抜粋――

 

 

 想いだけでは何も守れない。

 力だけでは何も救えない。

 だが、二つを併せ持つことはとても難しい。

 力は、純粋な想いを蝕む。

 炎は、その本質だ。

 何かを燃やし、その炎を力とすれば、燃やされるものは想い。

 力を求めれば、想いは消えてゆく。

 さて、あなたには炎に耐えうる想いがあるか?

 答え――是《イエス》

 ならば示せ、その意思を、想いを、証を!

 

 

 

 朔夜、初の戦闘訓練から3日後

 

 「疲れる…………」

 いきなりだが、夜。

 朔夜は自分の部屋でベッドに倒れ、突っ伏していた。

 完全グロッキーってカンジである。

 何が起こったのか。

 …机の上に紙を束ねたレポートのようなものがある。

 少し、その中身を覗いて見よう。

 

 

……………………………………………………………………………………………………………………

 

  朔夜日記in異世界(日本語版)

 

 スピリットの館で目を覚ましてから5日目

 

 今日も訓練をした。年少組と一緒に。死ぬかと思った。

 なんでも、俺は全然なっちゃいないらしい

 ヒミカの一言「勘はいいんですねぇ…」

 ……暗に勘以外全然ダメといわれているような気がする。

 微妙に気を使われているのが逆に切ない。

 

 ネリーに「へたくそー」と言われたときは危うく自分を見失いかけた。

 率直過ぎるのも考え物だな。

 とりあえず、ヤツとの決着はいずれ付けなくては……。

 

 そうそう、訓練中は『灼熱』が超スパルタになるんだ。巨○の星クラスに。

 『気を抜かない、それでも男ですか!』とか剣に言われたのは初めての体験だった。

 ちくしょう、剣は剣らしく俺に振り回されてればいいんだよ…!

 あ、俺、ちょっとうまいこと言った気がする。

 

 スピリットの(以下略)6日目

 

 今日、ネリーとの戦いに勝利した。

 機嫌がいいので少しその詳細を。

 

 おやつの時間、ネリーの好物が出た。

 俺は『自分の分』に激辛タレを忍ばせ、トイレに行った。

 そう、ただそれだけだ。決して悪意ある行動じゃあないぞ!

 なんせ『自分の分』だからな!

 俺は辛いものが好きなんだ。

 それはともかく、俺がトイレから戻ると、ネリーが悶絶してた。

 心の底から笑ってやった。

 「からあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!」

 今日はすごくいい天気だった。

 明日も今日のような日であることを切に願う。

 

 スピ(ry 7日目

 

 …なにか、ミアがおかしい。

 なぜか、気がつくと近くにいる気がする。

 あの訓練以来か?

 今日一日で何度後ろをとられたことか。

 まあ、それだけならいいが、ハリオンがそれを見て嬉しそうなのが気になる。

 それに、『灼熱』とヒミカの冷たい目線or態度は精神的に痛い。

 

 『…朔夜、別に真人間になれとは言わない。けど、せめて人の道は…』

 ……そんなことを可哀想な人を見るような口調で言われても、困る。

 

 「サクヤさま、まだあの子は幼いので…その……ほどほどに………」

 ……お前等、俺をなんだと思ってやがる!?

 

 ……あ、なんか『灼熱』が『ロリコン』とか言ってやがる。

 ちくしょう、俺は無実だ……!

 俺は光陰とは違うんだ!

 ……ねえ、神様、俺何かしましたか………?

 

 

…………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 …彼の日常がわかった気がする。

 世間はロリコンに厳しいらしい。

 

 「もう、今日は寝よう……………………」

 思い出すだけで鬱になりそうな出来事の数々を一刻も早く忘れるために、眠りにつく。

 そして、一度寝ると朝まで熟睡の朔夜は迫り来る脅威に気付かなかった。

 

 「…………………」

 謎の影。

 ちょんちょん

 無言で朔夜の服の裾を引っ張る。

 だが、朔夜は起きない。

 「う〜〜ん………オラッ!!」

 それどころか、寝ぼけていたのかその「無言で朔夜の服の裾を引っ張った存在」を逆に引っ張った。

 「……………………あ」

 ポテ

 結果、「その存在」は朔夜のベッドに倒れ込む。

 こうして罰を受けるのに十分な行動をしてしまうのだ。不可抗力で。

 「少女」は少し驚いていたが朔夜が寝ていることに気付く。

 「「…………………」」

 そして、悲劇の序章がはじまる。

 「………………………zzz」

 「少女」が、あろうことかそのまま一緒に眠り始めた。

 そして、朔夜はそのことにも全く気付く様子がなかった。

 

 ――以上の経緯からして、彼は純然たる被害者であることが証明される。

 だが、その事実を知るものはいない。――「少女」以外は。

 ああ、無念。冤罪は近い。

 ………波乱の予感を含みつつ夜は更けて行く…………。

 具体的に――制裁まで残りわずか6時間。

 

 

 翌日、朝

 

 「あ…………」

 朔夜は目を覚ました。

 そう、目を覚ましてしまった。

 彼は後に語る。『朝が来なければよかったのに…』

 

 (…………あったかいな………)

 平時、決してない感覚とその心地よさを感じる。

 何故かは考えていない。

 そしてそれをより深く感じるためその『あったかい何か』を胸に抱く。

 ふにゃ、

 と、それはやわらかく、心地よかった。

 安心する、満たされるようないい匂いもする。

 人は寝起き、母のようなぬくもりを求める。それは朔夜も例外ではない。

 (……なんだ…これ………?……まあ、いいか………きもちいいし……)

 と、それを抱きしめながらまどろんでいるのも束の間、

 「……うん……………」

 という声と、絶妙な吐息。

 

 「!?」

 一瞬でまどろみは消え去り、思考回路は覚醒する。

 ミアだ。

 ミアは朔夜が抱きかかえる形で眠っている。

 その寝顔は、唯一の宝物を手にした少女の幸せを内包しているように幸せそうで、はじめて見る表情。

 「…………はあ……」

 それは朔夜に全てを忘れさせ、見とれさせる――――

 

 バチィィィィィィイィン!!

 「ギャアァァァァァァァァ!!」

 突然の激痛―過去最大級だ。誰がやったかは言うまでもあるまい。

 『朝から何やってるんですか!』

 「何って……ナニ?…………………冗談です、もういいませんから許してください」

 『当たり前です!』

 『灼熱』の敵意…否、殺意に等しい意思が伝わり、朔夜は何もできない!

 『とりあえず、そのコを離してください………そうじゃないと……』

 「そうじゃないと………?」

 何か含みのある気配を感じ聞き返す。

 『他の子達が……』

 「「「どうしたの(です、か〜)!??」」」

 『入ってきますよ?』

 (もう、遅い!!!!!!)

 心の叫びは届かない。

 (俺、人生の何を間違えたんだろう…)

 ……人生について考え直したほうがいいかもしれない、と現実逃避する朔夜だった。

 

 

 ――起床から2時間、普段なら楽しいはずの朝食で――

 

 「「「「「「…………………」」」」」」

 重い。空気が重い。

 かつてこれほど苦しい雰囲気の朝食タイムがあっただろうか。

 いや、あったはずがない。(反語表現)

 朔夜はヒミカと『灼熱』からの冷たい視線で既にグロッキー。

 ネリーは朝食の時間が遅れて不機嫌。ネリーほどではないがシアーも同じく。

 ミアは当事者のわりに普段と変わらない。(普段から無口)

 ヒミカは恐ろしく冷めた眼で朔夜を見ている。(朔夜の監視)

 ハリオンは、その雰囲気に「あら〜…」ってなカンジで少し困っている。

 そう、全てはアレが原因なのだ…。

 

 

 …………回想…………………………………………………………………………… 

 

 「「……………………」」

 絶句。

 そう、一言で言うならそれだ。

 もしくは、ザ・ワールド。時が止まっている。

 

 状況――

 朔夜の凄まじい叫びを聞き、心配して(気になって)部屋の中に入った少女たち。

 そこで彼女たちが目撃したのはすやすやと眠るミアとそれを抱きかかえる朔夜。

 誰もが連鎖的に勝手な想像(妄想ともいう)をしてしまった。

 だが、賢明な少女たちはさっきの叫びはなんなのか、という疑問に辿り着く。 

 その疑問と勝手な想像が彼女らの中でぶつかり合い、それがこの沈黙を生み出していた。

 

 「……えっと…」

 そして時は動き出す。

 「…弁明、してもいい?」

 「……どうぞ」

 答えたのは、ヒミカだ。

 「…えっと、ありのまま話す。朝起きたらミアがいた。俺は何も知らない。以上、俺は無実だ」

 ヘタレっぽい弁明だ。

 「…それは…なんというか…本当ですか…?」

 「ああ、本当だ。俺は本当に何も知らない」

 だが、これは紛れもない真実だ。

 だから、朔夜もそうひどいことにはならないはず、と思っていた。

 実際、みんな半信半疑とはいえ、少しは信頼しているのだ。

 そう、なんとか場はいい雰囲気に傾こうとしていた。

 だが、恐ろしいことがこの後、起こった。

 ミアの目覚めとともに。

 

 「…とりあえず〜、ミアちゃんを起こしましょう〜」

 ハリオンの提案。

 そう、この騒ぎにもかかわらずミアは熟睡していた。

 「ああ、そうだな。……おい、ミア、起きろ」

 「……うん………?……朔夜………?」

 ミア、ようやく起床。

 「ああ、そうだ。だからはやく起きろ。というか、いつのまに俺の寝床にもぐりこんだ」

 朔夜にとっては当然の疑問。それが悲劇を呼ぶ。

 「………ううん?……違う、もぐりこんだんじゃない、引っ張られた」

 「「…え……」」

 周囲に怪訝な雰囲気が満ちる。

 ソレにも気付かず朔夜は問う。

 「は?……誰に」

 「……もちろん、朔夜。いきなり、ベッドに引っ張られた」

 「「「「…………………」」」」

 そうして、『冷淡』のミアは温まりかけていた場の空気を絶対零度まで引き下げた。

 

…………回想終了……………………………………………………………………………

 

 

 

 ひどく苦しい食事を終え、いつもなら軽くみんなくつろぐ時間。

 だが、今日は重い沈黙が全てを支配していた。

 もっとも、此処にいるのはハリオンとヒミカと朔夜、そしてミア。

 食事を終えたネリーとシアーは外に遊びに出かけている。

 

 「えっと……ミア、もう一度聞く。昨日の夜、何があった?」

 「だから、朔夜のところへ行ったら、朔夜に引っ張られた」

 ますます雰囲気が暗くなる。

 

 「本当に、俺が引っ張ったのか?」

 「うん……、ちょっと乱暴だった」

 「「「…………………」」」

 氷河期に突入。

 

 「あ、そうだ!『灼熱』は、何か知らないのか?」

 『ミアが来たのは感知しましたが、面倒だったので寝ました』

 「…おい………」

 雪山の小屋で、薪がなくなった。

 

 「サクヤ、一緒に寝るの……イヤ?」

 「い、いや、そんなことはないが………」

 「……よかった」

 安心したようなミアの様子は、世間様からの眼を厳しくさせる。

 『……朔夜……!』

 「あ、ええと……」

 雪崩発生――小屋ごとつぶされそう。

 

 「と、とにかく、俺は本当に何も知らない!」

 「………………?」

 「あら〜。でも〜、どういうことなんでしょう〜?」

 あのハリオンすらも厳しく追及する。

 朔夜の世間体と言う名の印象は落ちるところまで落ちていた。

 「……みんな、なんの話してるの?」

 「サクヤさまがミアをベッドに連れ込んどいて何も憶えてないって言うから追求してるのよ!」

 苛立たしげに言うヒミカ。

 「……?それ、あたりまえ」

 「…………え?」

 「うん、あたりまえ……だってサクヤ寝てたから」

 

 「「「え――――――――――――――!!?」」」

 

 この瞬間、誤解は一瞬にして解けた

 約3時間にわたる朔夜の孤軍奮闘はこうして幕を閉じたのだった。

 ついに、荒野に春が訪れた。

 朔夜は疲れ果て、この日一日ほぼ無気力に過ごした。

 

 

 

 

 

 この日から3日後、朔夜は王都に上るように指令が降りる。

 王都へ出かける前日、朔夜と彼女たちは小さなパーティを開いた。

 パーティは大いに盛り上がり――そしてそれはやがて幕を閉じる。

 

 「明日からは〜、寂しくなりますね〜…」

 「そうね……」

 感慨にふける年長組。

 ちなみに、年少組は疲れきって眠っている。

 「同じ国にいるんだから、すぐ逢えるって」

 そう呟く朔夜も名残惜しそうだ。

 

 「でも、なんで夜に出るんですか?」

 「そうです〜、朝にすればいいじゃないですか〜」

 朔夜は、年少組に内緒で夜に出るつもりだった。

 しかも、みんなが寝静まった後に。

 「朝だと、コイツらがうるさいだろ、それに夜に一人のほうが趣があるんだよ」

 「……そうですか〜」

 「だからお前らもさっさと寝ろ。明日はまかせた」

 「…見送りはいらない、と?」

 「ああ、そのほうがカッコイイ」

 「「……………」」

 「だから、さっさと寝ろ。俺は出発の用意でもしてるから」

 

 二人の少女は頷き、各々の部屋へ戻っていく。

 朔夜も、それを見届けて部屋に戻る。

 年少組は毛布をかけられ眠っている。

 ただ、一人を除いて…。

 

 

 朔夜は、屋敷を出て少し離れたところから10日ほど過ごした場所を見る。

 

 「いざ、お別れをすると妙にナイーブになるもんだ」

 自嘲したような笑い。

 『あなたらしくないですね』

 いつになくやさしい…気がする『灼熱』の声。

 「は……まったくだ、どうかしてる」

 『……そろそろ行きましょう……ん?』

 「?…どうした?」

 そう言って振り向くと――そこには――ミアがいた。

 

 「……ミア、どうしたんだ?」

 「………サクヤと、一緒に行きたい」

 ミアは少し思いつめたように、言う。

 だが、朔夜は首を横に振った。

 「…………それはダメだ」

 「うん、わかってる……だから、しばらく会えないから、少し話したい」

 「…ああ、そうだな」

 朔夜は適当な場所に腰を落ち着け、手招きする。

 ミアは朔夜と背中あわせに座る。

 二人は互いに体温を感じつつ、話し始める。

 

……………………………………………………………………………………

 

 「……だから、ヘン」

 「そりゃあヘンだな、リクェム地獄だ」

 「…うん、それで……泣き、叫んでた。見てて痛々しい」

 「……まあ、そうだろうな。ミアは平気なのか?」

 「うん、大丈夫…だと思う…」

 「うらやましいな。俺は、ダメだゼッタイ」

 「でも、緑一食は、誰でもイヤだと思う…」

 「すでに食事として規格外だ」

 「制裁措置の一環、らしいけど」

 「あ〜、なるほど……でも………」

 

……………………………………………………………………………………

 

 二人で話し続ける。

 別れるときにするような会話ではなく、普通の日常会話。

 そして、それこそが互いを満たす。

 互いに微笑み、心の一部を共有する。

 それは甘く、幸せなトキ。

 だが、どんな時にも終わりは来る。

 楽しければ楽しいほど、時は早く過ぎていく。

 その終焉は、やがて訪れる。

 

 「そろそろ、行かなきゃな」

 どれくらい話しただろうか、何時間も過ぎたような気がするし、そんなに話していない気もする。

 「うん……、最期に一つ、お願い」

 「…?なんだ、あらたまって。言ってみろ」

 「……キス」

 「…………は?いや、その…なんだ…………」

 「……は冗談で、サクヤの持ってるもの、なんでもいいから一つほしい………あれ、サクヤ、顔紅い?」

 悪戯が成功した子供のような、子悪魔的な微笑。

 「な……!な、なんというキラーパスを……、まあ、いいや。……なんかあったか?」

 朔夜は意外に純情だった。

 

 ガサゴソガサゴソ

 「…ん?これは……!」

 朔夜はゴスロリアイテム、黒いレース縁のリボンを見つけた!

 ――説明しよう、朔夜はこのファンシーアイテムを使って授業中に眠っている馬鹿連中(男)に悪戯を仕掛けていたのだ!

    具体的には男がレースのリボンなんてつけてたらキモイことこの上ないので勝手につけて笑っていただけなのだが。

 

 「うん、いいな、コレ。ミア、あっち向け」

 「?」

 朔夜はミアの後ろに回るとリボンを結ぶ。

 ちょうど大きな蝶々が頭の後ろに止まっているようだ。

 「よし、できた!」

 「……??」

 ミアは不思議そうに頭のリボンをさわっている。

 「これでいいか?俺からのミアへのプレゼントだ」

 「…うん、これいい……」

 そう言って興味深そうにリボンをいじる光景は見ていて微笑ましい。

 それを見て、朔夜は満足そうに頷くと、言った。

 「うん、似合ってる。一生大事にしろよ?」

 「……うん、ありがとう。」

 

 そして、別れの時。

 「…じゃあ、またな」

 「……うん、気をつけて、サクヤ」

 「あたりまえだ。ミアも、気をつけろよ」

 「うん……」

 

 そして朔夜は、今度こそ本当に目的地に向かって歩き出した。

 一人残された少女は呟く。

 「……もし、本気って言ってたら……」

 その言葉は誰にも伝わることなく、闇の中へと消えていった……。

 

 王都には何があるのか。

 そこでの出会いは何をもたらすのか。

 まだ、誰も知らない。

 まだ、何も始まってはいないのだから……。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 すいません、悠人君との出会いは次の話になりそうです。

 それにしても、一回一回の更新の間にアレだけ時間があったのに一話ずつしか更新できなくてすいません。

 やっぱり、受験勉強だとか試験勉強だとか面倒です。

 それでも、可能な限り頑張って書きますので。

 もし奇特な方がいらっしゃったら楽しみにしててください。

 ところで、ミア、しばらく主人公とは絡めません。

 というか出てくるかどうかも危ういです。

 次回はいよいよ本編のメインキャラが登場します。

 御期待ください。

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