今の私は、幸福に満ちている。
かつて失われた器。ひどく冷たい心のあの娘。
あの娘はもう、いないけれど…今は代わりにあなたがいる。
さあ、一緒に、行きましょう。全ての敵を蹴散らして。
今こそ目覚めの時なのです………
リュケイレムの森 北部
「ん……………」
一人の少女が目を覚ました。
青い髪に青い目。生まれたままの姿で、唯一左手には、白く、氷のような剣。
剣は彼女のことをミアと名付け、自身のことを永遠神剣『冷淡』と名乗った。
「………………『冷淡』」
神剣から流れる首肯を感じさせる波動。
剣は伝える。少女が為すべき事。マナを集めること。その方法。
「……………………そう」
ミアは聞きながすかのような反応を示す。
少し不服そうな様子の剣。
剣は、自分たちに近づく二つの気配についても伝える。
そして、それがスピリットであり、マナを奪うべき敵だとも言う。
それを聞いてもミアは特に反応しない。
敵だとも、味方だとも思わない。
「………………………」
意思はある。考えることも出来る。ただ、それを表に出せない。否、自分のものとして主観的に理解できない。
それ故に、彼女はその神剣の主としてふさわしい存在だった。
そう、他ならぬ彼女自身が『冷淡』なのだから――――――
「あの子ですかね〜。起きてるみたいですけど〜」
緑色の少女――ハリオンは目的の少女を見つけると、そう言った。
確かに、少女は目覚めている。彼女らが眠っていると思ったのはその本質故か、あるいは本当に眠っていたのか…。
「そうみたいね。とりあえず行きましょう。急に戦うことにならないといいんだけど…」
赤い少女――ヒミカは、それに答える。
「そうですね〜でも、おとなしい子のような気がしますよ〜?」
「確かにそうね………でも、ここまで大人しいと逆に警戒するわ。こっちに気付いては…いるようね」
「そうですね〜。こっち、見てますから〜。じゃあ〜、油断だけはしないように、気をひきしめて行きましょう〜」
「……その言葉、あなたにそのまま返すわ……」
「あら〜?なんでです〜?」
二人の会話はどこか抜けている。緊張感がまるでない。
それでも二人は目的の少女――ミアに近づく。
近くには3人の気配以外、何もない。
「え〜っと、お名前は、なんですか〜?」
「…………………ミア」
赤、青、緑の3人の少女。戦いにはならなかったようだ。
今は簡単な自己紹介の最中。主導権を握っているのはやはりというかハリオンだ。
ちなみに、ミアは彼女らが持ってきた服を着ている…だがブカブカだ。サイズが合っていない。
「ミアちゃんって言うんですか〜。お姉さんは〜、ハリオンっていいます〜」
「……………ハリオン」
「はい〜。それで、こっちが〜」
「ヒミカよ。よろしくね、ミア」
「………………ヒミカ」
素直というよりは何も感じていないかのような反応。
「……………」
少し考えるような仕草の後、ミアは自分の中でよりわかりやすく憶えるため二人の違いを端的に言う。
「…緑で、大きいのが……ハリオン。赤くて、…小さいのが、ヒミカ」
ピシッ
何かが割れる音がした…ような気がした。
「ん〜?大きいって、何ですか〜?ヒミカ、わかります〜?」
「………………………」
ヒミカは固まっている。
「……あら〜?ヒミカ、どうしたんですか〜?」
「……………え?……な、なに?」
「…大きいってどういう意味か、わかります〜?」
「……さ、さあ……」
あきらかにヒミカは挙動不審。かなり精神に衝撃を受けたようだ。
「…じゃあ〜、ミアちゃん、大きいって何のことですか〜?」
「あ…………!」
聞きたくない一心で止めようとする。が、時既に遅し。
あどけない少女から放たれたのは、禁断の一言。
「………………………胸」
パァーン
今、確実に、何かが砕け散った。
「………あら〜、恥ずかしいです〜。ヒミカも、恥ずかしいですよね〜」
顔を少し赤く染めるハリオン。だが……
「………………………………………………………」
無言で胸を抑えうずくまるヒミカ。いや、無言ではなかった。微妙に唇が動いている。
「…あら〜どうしたんですか〜?」
聞き耳を立てるハリオン。すると、
「私達はスピリット…戦う為の存在…胸なんて邪魔なだけ…そう…いらないの…不必要…問題ない…私が理想…フフフ…」
なんかブツブツ呟いてる。
「ヒ、ヒミカ〜?どうしたんです〜?」
珍しく慌てた様子のハリオン。
「…………マインドに重大な影響…」
ミアの冷め切った声は誰にも届かない…。
ちなみにヒミカが復活したのは数十分たってからだった。
「それじゃあ、いきましょうか〜」
「………………どこに?」
「私たちが住んでる、宿舎です〜。ちょっと遠いですから急がないといけませんね〜」
「……そういうこと。急ぐわよ」
少し疲れているようなヒミカ。完全復活はまだ先のようだ…。
「………うん………ヒミカ………」
「………なに?」
「…………………ゴメン」
「……………………」
あやまりながらもどこか感情が希薄なミア
それでも、悪いことをしたかも、という考えがなんとなく感じられる。
そんな様子を見せられれば年長組の二人が少しでも嬉しくないはずがない。
「ううん…気にしないで、ミア」
「そうですよ〜ヒミカは、そんなウジウジしてませんよ〜ねぇ〜?」
「そうそう、ハリオンの言うとおりよ」
「……うん…………」
二人には心なしかミアが少しだけ安心したような……気がした。
「さ、早く行きましょう」
「そうですねぇ〜」
「………うん」
3人は目的地に向かって歩く。
「………………変な、感じ」
突然ミアが立ち止まり、呟く。
その目はずっと先を見つめていて、他の二人には何もわからない。
「……何か、感じる?」
「いえ〜。特に何も〜」
「……………まだ、弱い。でも、もうすぐ強くなる……そんな気がする……」
「「……………………」」
二人共が困ったような顔をする。
ミアの言っていることが信じられないわけではなく、どうすればいいのかがわからないのだ。
「……それは、どっちから感じるの?」
「………こっち」
そう言って指差したのはちょうど彼女らが帰る方向。
それは、ミア以外の二人にとってそれは都合が良かった。
無視するにしても確認するにしても取る行動は変わらないからだ。
「じゃあ〜、このまま、向かいましょう〜。近くになったら、教えてくださいね〜」
「…………うん。わかった…………!?」
異常を感じたかのようなミアの様子。
そして、それは他の二人も一緒だった。
「…この大きな気配、何ですか〜?」
「……突然現れたわね。さっきミアが言ってたのはこのことね」
「………うん。…………………私、行かなきゃダメな気がする」
ミアは今にも飛んでいきそうなほどウズウズしている。
「…一人で行っては駄目よ」
「そうです〜危ないですよ〜」
「…でも………!」
初めて見せるミアの様子に二人は驚く。
そこでハリオンはミアをなだめるように、言う。
「落ち着いてミアちゃん〜、『一人では』ダメです〜。だからみんなで行きましょう〜。ヒミカもそれでいいですね〜?」
「ええ、もちろん。さ、行きましょう。」
「うん………………行く」
走る3人。距離は、そう遠くない。
「………近いわね。そろそろ見えるんじゃないかしら」
もう、距離にして300メートルもない。
だが、森の中は見通しが悪く視認することはできなかった
「樹が邪魔です〜。ミアちゃん、わかります〜?」
「……わからない……ただ……」
「…ただ?」
「………この感じ、惹きつけられる…みたい」
「……惹きつけられる…?」
「………そう。私の…反対の存在……そんな感じ」
「「…………」」
二人には何のことかわからなかった。
そして、それはミアも同じだった。そう、実際には誰一人理解していなかった。
「…ん〜、よくわかりません〜……」
「…そうね………………………………ッ!!何!?」
赤い光。
「あ……………………」
ハリオンでさえ声がでない。
それほどの脅威が、彼女たちの目の前に迫っていた
突然、前方が赤く染まる
それは、赤スピリットの神剣魔法と同じようで、しかし決定的に規模が違った。
逃げられない。防ぐことも出来ない。
絶対的な威力。
それが一瞬でわかるほどの圧倒的な力。
だからこそ、二人のスピリットには何もすることが出来なかった。
そして、それの対象となった存在にも…
「…………………………」
一人、神剣を構え立つ存在――ミア。
小さなその体はその巨大な炎の前ではあまりに脆弱に見えた。
「「…………」」
二人は何も言えない。言うことができない。
ただ、恐れるだけ。
それなのに、ミアは違った。
ミアの眼にあるのは恐れでも絶望でもない、一つの意思。
――――すなわち、生きる。
「………全ての熱量を無に帰す…」
そう呟き、破滅を止めるための彼女にとっての最高の神剣魔法を放とうとする。
誰も知らない、少女だけが使える…否、使い方を知っている
それは、全てを凍らせる最高の技。
全てを燃やし尽くすあの炎に対抗する唯一の方法。
たとえ、剣自体のマナを多く失うとしても――
――やめなさい!
神剣の声すらも無視する。一つの決意を胸に。
そして、救いの光は放たれた。
「………アストラル・フリーズ」
それは本来、世界の全てを凍らせる技。
そして世界は赤から白へ――――
――――熱源、炎の中心
「あ…………………………!」
放ってから気付いた。
この技は、強すぎる。
目の前のスピリットを一瞬で消滅させ、その威力は周囲に影響を及ぼす。
破滅が始まる。
その時、偶然視界に入ったのは見知らぬ3人のスピリット。
一人は恐れ、一人は絶望し、そして最後の一人は―――
(危ない…………!)
声に出す余裕などない。
一人剣を構えた少女。その最期が近づく。
助けたい。死なせてはいけない。
けど、自分には何も出来ない。
力を手に入れ、思い上がっていた自分に気付かされる。
無力感が襲う。
(くそ……………っ、俺は……!)
今度は誰も助けてくれない。
炎の中で視界が紅く染まっていく。
意識も薄れていく。
もう何も見えない。
後悔だけが胸にある。
(……………………)
突然、世界が白く――染まった。
まるで救いの光のようだった。
なにか、救われた気持ちになった。
「あ……………」
我に返る、ヒミカ。
時間にしてみれば一瞬の出来事だった。
「……私、生きてる…………?」
「……はい〜、生きてます〜。安心してください〜」
相変わらずののんびりした声。いや、若干安心しているような声だ。
「………ハリオン」
「はい〜。なんですか〜?」
「一体、どうなったの?あの炎は?どうして助かったの?…何があったの?」
完全に取り乱している。
しかし、誰だってそれは同じ。
ハリオンにも何があったかはわからないのだ。
「……わかりません〜…ただ〜、ミアちゃんが何かしてくれたような、そんな気がします〜」
「………そう、なの…?」
二人の意識はあの時点でほとんどなくなっていた。
だが、少しだけ憶えていることはミアが神剣をかまえ、何かをしていたということ。
全てを知っているかもしれない少女は、今、二人と一緒にはいない。
「……で、そのミアは……何処?」
「………………………」
ハリオンは何も答えない。
「………え、ねえ、ミアは?」
「………………………………………」
ヒミカの問いにも、何も答えないハリオン。
「…………う、うそでしょ?ねえ、ハリオン、うそって言ってよ!」
「…………すいません……………」
「……うそ、うそよ……そんなこと……私達は無事なのに………そんなこと、あるはずない!!」
子供のように、叫ぶ。ハリオンは、眼を伏せるだけ。
「……ミア、何処にいるの……?」
「………ここ」
「キャァァアア!!」
叫ぶヒミカ。
耳元でのいきなりの自己主張は心臓に悪かったようだ。
「……ドッキリ成功」
なんとなく嬉しそうなミア。
「ヒミカは〜、早とちりしすぎです〜。誰も〜、ミアちゃんに何かあったなんて言ってません〜」
「………………」
完全に固まっているヒミカ。
「……………作戦、通り…」
そう呟くミアの隣には、一人の青年――朔夜が気を失っている。
「……つまり、この男が倒れていたのね」
復活したヒミカが言う。
ちなみに、真相は――
ハリオンが目覚めたとき、既にミアはその場にいなかった。
そのときミアは朔夜の所へ行き、彼を二人のいる所まで運んでいた。
戻ってきたミアはハリオンにこの人が近くに倒れていたので運んできた、と言った。
あの時のことについて聞かれたが、ミアは自分が全く覚えていないことを伝えた。
その後、ヒミカが意識を失っているのを見て、この作戦を思いつき、ハリオンと実行したのだ。
「…………全く、勘弁してよ……」
その言葉は二人に対してか、倒れている男に対してか。
どちらも、そう言われるには十分だった。
「じゃあ〜、この人がアレをしたんですか〜?」
そういってハリオンが見るのは一部分何もない場所。
そう、そこには何もない。
直径100メートルほど、キレイに吹っ飛ばされている。
「……たぶん、そうでしょうね……それよりも、この人何者なのかしら……エトランジェ?」
「たぶん、そうでしょうね〜。神剣もありますし、スピリットでもないようですから〜」
「…………エトランジェ」
知ってか知らずか、その言葉を呟くミア。その眼はただ朔夜だけを見つめている。
「あ〜、エトランジェ様っていうのはですね〜異世界から召還された勇者様のことなんですよ〜」
「…………………」
「そう。その力は私達スピリットを凌ぐと言われている………けど、ここまで凄いとは思ってなかったわ…」
「そうですね〜。王都の方でもエトランジェ様が現れたらしいですけど〜、大丈夫なんでしょうか〜」
少し不安そうな顔。
「……とりあえず、行きましょ。全部、それからよ」
「はい〜そうですね〜。ミアちゃん、いきましょうか〜」
「…………………」
返事もせず、ただ朔夜だけをじっと見つめるミア。
無言で、優しく見つめる。
その視線は、まるでいとしい人を見守る女神のようだった……。
あとがき
はい、ミア登場です。
一回の更新で一話投稿できるようにしたいと思っています。
物語の密度が異常に濃いのは、序盤だからです。物語が進めば、サクサクと進みます……たぶん。
もしおもしろかったら笑ってください。
つまらなかったら、愚痴こぼしながら読んでください。
キャラが違うっ!と思ったらBBSにでも書き込んでください。たぶん気付くので。
それでは、また。次の更新時に。