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 イレギュラーズ・ストーリー

 

 

第十六章 胎動

 

《ラキオス》

「・・・ん・・。」

眠りから覚め、眼をパチパチさせるシン。

まだ辺りは薄暗い。

眠そうに眼をこすり、上半身を起こす。

裸である。

何で裸なんだろうと考える。

ふと横を見ると、そこには同じ様に裸で眠るヘリオンの姿がある。

「・・・・・・・・そうか・・・昨日は・・・。」

ボンヤリと昨日の事を思い出す。

「・・・・・むぅ///////

思わず顔が赤くなる。

ほのかに残る情事の匂い。

ヘリオンの顔をジッと見る。

暫く眺めて、そして再び布団の中に潜り込む。

そしてヘリオンを抱き寄せ、ギュッと抱きしめる。

「・・・・・・ん・・・。」

シンの動作にヘリオンが、うっすらと眼をあける。

「・・・・ん・・・・シン・・様・・・。」

ヘリオンはシンに抱きしめられてる事をおぼろげに確認すると、同じ様に抱きしめ返した。

ヘリオンに抱きしめ返されたシンは、安心した。

シンにとって、大切な人に抱きしめられる事は本当に気持ちが良かった。

そして二人は再び眠りに落ちた。

 

 

《ラキオス王城》

謁見の間に、ユート、コウイン、キョウコ、そしてシンの姿がある。

「キョウコ殿。コウイン殿。二人を、ユートを隊長とするスピリット隊に正式に配属します。私にとって、この大地の未来の為に戦う者は、全て同志です。」

レスティーナがキッパリと宣言する。

その顔に、敵だった事への恨みの表情は無い。

「俺達はユートと同じ目的だ。帝国の秋月から、カオリちゃんを取り戻す。そして元の世界に帰る。それが達成されるように、そっちが協力する。それなら俺らも全力で協力させてもらうぜ、レスティーナ。」

「アタシも同じ気持ちよ。帝国がどうとかじゃない。カオリちゃんを助けてユウ達と帰る。その為なら何でもするから、こき使ってちょうだい。」

コウインとキョウコも全面的に協力する事を約束する。

「ありがとうございます、二人とも。いよいよ、帝国との直接対決になります。新しいエトランジェの力に期待します。」

「正直俺一人じゃ、帝国と戦うのはきつかったんだよ。でもこいつらがいてくれたら随分楽になると思う。よろしく頼む、二人とも。」

「まーかせないって。ユウこそアタシの足を引っ張らないでよ。」

ユートの言葉にコウインとキョウコが軽く返事を返す。

 

「さて・・・・・。」

そう言ってレスティーナは厳しい眼でシンを見る。

シンも柱に寄りかかりながら、レスティーナをジッと見る。

その表情は何を考えているのか解らない。

「・・・・【真実】のシン。あなたのやった事は、そう簡単に許される事ではありません。どんな事情があったにせよ、仲間を裏切り、傷つけた事は罰に値するものです。」

レスティーナが静かに口を開いた。

「ま、待ってくれレスティーナ。シンは・・・。」

ユートが思わず口を挟むが、

「黙りなさい、ユート!」

レスティーナが一喝する。

コウインとキョウコは静かに見守っている。

シンが身体をユックリと柱から離し、口を開く。

「・・・・別に許してもらうとは思っていない。俺は後悔してないし、チャンスがあれば何度でも同じ事をする。邪魔だというのなら此処を出て行こう。どちらにせよ、やる事は変わらない。・・・・俺の目的はただ一つ。【真実】の復活だけだ。」

キッパリと言い切るシン。

その答えにレスティーナは、暫く何も言わず、シンの眼を見続けた。

「・・・・・・・・。」

シンも眼を逸らそうとはしない。

暫く無言で視線をぶつけ合う二人。

そして、静かに口を開いた。

「・・・あなたには此処に留まってもらいます。此処を出て行って、いたずらに被害を増やしたくありません。それに貴方がいる事で得られるものもありますし。」

レスティーナは若干顔の表情を緩める。

「・・・・言っておくが、戦力として俺を見るなよ。今の俺は戦場では役に立たん。」

「それは、聞いています。貴方には連絡役に徹してもらいます。」

レスティーナは静かにそう言った。

「・・・素直にその役を果たすと思うなよ。・・・・俺は【真実】を復活させる事を優先するからな。」

シンはそっぽ向きながら答えた。

「構いません。それではシン。これからもよろしくお願いします。」

レスティーナはニッコリ微笑んで、そう答えた。

「・・・・・ああ。」

素っ気無く答え、後ろを向く。

そして・・・、

「・・・・・・レスティーナ・・・・・・・・感謝する。」

シンは小さな声でそう呟いた。

ユートやコウイン、それにキョウコも、その決定にホッとため息をついた。

「それからシン。ヨーティア殿が呼んでいました。【真実】の事で何か解ったのかもしれません。行ってみるといいでしょう。」

レスティーナは最後にそう付け加えた。

「そうか!?分かった。すぐに行ってみる。」

シンはそう言うと、慌てて謁見の間を出て行った。

「まったくアイツも素直じゃないんだから。」

キョウコがポツリと呟いた。

「仕方ないさ。それだけアイツにとって【真実】の存在は大きかったんだろう。」

キョウコの独り言に、コウインが静かに答えた。

 

 

バタンッ!

シンは勢いよくヨーティアの部屋の扉を開けた。

ヨーティアは座っていたイスをユックリ回転させ、シンを見据えた。

「ようやくきたねぇ、このボンクラ。言いたい事がたっぷりあるよ。」

ジト眼でシンを睨むヨーティア。

シンとヨーティアが直接会うのは、随分久しぶりの事だ。

シンがヨーティアの家を出て以来だ。

もう何ヶ月も前の話になる。

「説教を聞くつもりは無い。結果だけ聞かせてもらおうか。」

シンは用件だけをズバッと言い放った。

「お前が役に立たないんなら、俺は此処を出て、もとの方法でやらせてもらう。」

さらに続けるシン。

「この天才に向かって役に立たないとは何だ!単純な方法しか思いつかない、どっかのボンクラと一緒にするんじゃないよ。」

シンの言葉にヨーティアが反論する。

「フンッ。・・・・・・それじゃあ聞かせてもらおうか・・・その方法とやらを。」

腕を組みイスに座るシン。

「・・・・・・・方法は、あるにはある。・・・・・・だがかなり危険な方法になる。」

ヨーティアは眼を瞑りながら答えた。

「何でもいい。早く言え。」

「・・・・・・・・。」

暫く考え込むヨーティア。

そしてスッと眼を開く。

「・・・・・・考えても仕方ないね。取りあえず教えるが、実行できるかどうかは難しい所だよ。」

「それは俺が決める。とにかく早く言え。」

シンは焦ったように急かす。

「・・・ふむ・・・。その方法とは、エーテル変換施設のマナ吸引装置を【真実】に直結させるというものだ。直結させる事で、大気中のマナを直接【真実】に送り込む事が出来る。」

ヨーティアのアイディアに、流石にシンはビックリした。

「そんな事が可能なのかっ?」

「理論上は可能さ。ただ問題がいくつもある。」

ヨーティアは再び腕を組み、眼を瞑る。

「・・・・なるほど。確かに厄介だな・・・。」

自分なりに問題点を考えたのだろう。シンは納得するように頷いた。

「その様子じゃ、ある程度は予想できてるみたいだね。」

ヨーティアは立ち上がりその問題点を述べ始めた。

「まず第一に、【真実】を直結させてる間は当然、マナをエーテルに変換する事はできない。機能ストップだ。そうなれば甚大なる被害が予想される。」

変換施設が使えないとなると、国中がパニックになるだろう。

帝国との戦争が近い今、それは致命的になる。

「ラキオスのエーテル変換施設は使えないって事だな・・・。イースペリアのは吹っ飛んだし、バーンライト、ダーツィ、サルドバルトのは既にラキオスのものと併合しちまったんだよな・・・・。・・・・・じゃあ、マロリガンのものを使うか・・・。」

「そいつは危険だね。マロリガンのエーテル変換施設は一度臨界近くまで暴走している。ここでまた下手に弄くったら、また暴走してしまうかもしれない。・・・・・そしてそれが二番目の問題点だ。」

ヨーティアがタバコに火をつけながら答えた。

「例え万全の状態の変換施設があったとしても、マナ吸引装置を弄くるのは危険ということか・・・。下手をすればイースペリアの二の舞って事だな。」

「その通り。そして現在使える変換施設がラキオスのものと、帝国のものしかない。当然アンタが言ったように、今ラキオスのものを使うわけにはいかない。【真実】が復活するのにどれくらい時間がかかるか判らないが、それまで帝国に隙を与える事になっちまうし、国自体が稼動しなくなっちまうからねぇ。」

「だったら、帝国をさっさと倒して、帝国の変換施設を使う。」

あっさり答えるシン。

「言っただろ、このボンクラ!下手に弄るのは危険だと。」

「どの道危険はつき物だろう。それ以外の方法は、お前が言ったとおり単純なものしかないんだからな。俺はどっちでもいいんだぞ【真実】が復活するならな。」

イスから立ち上がり、シンは答えた。

「むぅ・・・。しょうがないねぇ。アタシの方で出来るだけの事はしてやるよっ。」

「サンキュー、ヨーティア。」

そう言って、ヨーティアの頭をヨシヨシするシン。

「こ、子供扱いするんじゃないよ!このボンクラ!!」

手を払いのけ再び机に向かうヨーティア。

「ふむ・・・。じゃあなヨーティア。」

シンは片手を上げてヨーティアの研究室から出て行った。

 

 

シンは部屋へと戻った。

部屋のドアを開ける

中ではヘリオンが俯いて座っていた。

シンが入ってきた事を知るとヘリオンはガバッと顔を上げる。

「シン様!!何処に行ってたんですかぁ〜。起きたらシン様がいなくて・・・それで・・・あぅ。」

そう言ってシンに抱きついてきた。

いきなりの事で面食らったシン。

起きた時レスティーナに呼ばれて謁見の間へと向かった。

その時ヘリオンはまだ熟睡していたから、起こすのは可哀相だと思い、そのままにしておいたが、それがダメだったらしい。

どうやら起きた時に、隣にいたはずのシンがいなくなっており、不安だったらしい。

ひょっとしたら、また捨てられたと思ったのかもしれない。

「す、すまん。ちょっとレスティーナとヨーティアに会いに行ってた。」

しどろもどろに答えるシン。

「・・・ん・・・・・・いいです。」

顔を上げるヘリオン。

「何処にも行きはしないさ。・・・それに出て行ったら、今度は着いてくるんだろ?」

そう言ってヘリオンを抱きしめる。

「・・・・・そうでしたね・・・。」

ニッコリ答えるヘリオン。

コンコン。

その時ドアがノックされた。

「ちょっとシン。居る〜?」

キョウコだ。

「何だ?」

ドアを開けるシン。

「あ、いたのね。今後の事で話し合う事があるから、ユウが居間に集まってってさ。」

「分かった。すぐ行く。」

シンは部屋の中に戻り、【真実】を持つ。

「あら?・・・・ヘリオンも居たのね・・・・。ちょっとコイツ借りるわね。」

「あ、はい。分かりました。」

「・・・・相変わらず仲いいわね、あんた達・・・。」

キョウコが感心したように言う。

「え、え〜〜!!そ、そう見えますかぁ〜?・・・えへへ。」

素直に喜ぶヘリオン。

実に可愛らしい。

「んじゃ、行こうかキョウコ。じゃあヘリオン行ってくる。」

「はい。行ってらっしゃい。」

そんなやり取りをして、キョウコとシンは部屋を出て行った。

 

「まるで夫婦みたいね、あんた達・・・・。」

廊下を歩きながらキョウコがポツリと呟いた。

「ん?そうか?」

今となっては特に意識した事も無い。

「コウインとの間では、今みたいなやり取りは無いのか?」

逆にシンが問いかける。

もう何年も恋人やっているのだ。そんなやり取りがあっても不思議では無いだろう。

「ア、アタシとコウインがぁ〜?そ、そんな恥ずかしい事できるわけ無いでしょう。」

慌てて否定するキョウコ。

「それもそうだな。ユートの手前そんな事出来ないか・・・。」

何気に呟くシン。

しかしそれがキョウコにとっては捨て置けない一言だった。

「ちょ、ちょっとそれってどういう意味?」

シンに詰め寄るキョウコ。

「どう・・って、お前ユートの事も好きなんじゃなかったのか?」

「な、なんですってぇ〜!どうしてそうなるのよ!!」

大声を上げるキョウコ。

「どうしてって・・・・、見てれば解るじゃないか。気付いてないのは当人のユートくらいじゃないか?隠してるつもりなのか、ひょっとして?」

「えっ・・・っと・・・・それは・・・。」

図星を指され動揺するキョウコ。

確かにキョウコはユートの事が好きだ。

勿論、コウインの事も好きだ。

酷い浮気者みたいだが、どっちか選べと言われても、真剣に困る。

だが、キョウコにとってユートは、コウインとは違い、放っておけない危なっかしさがある。

コウインはどんな状況でも一人でも生きていけるだろうが、ユートは近くに支えになる人がいないとダメな気がする。

キョウコはそう考えていた。

だから今はユートに気持ちが傾いている。

「・・・・・・・・俺が言うのもなんだが、自分の気持ちには素直になっておけ。俺達は戦争やってるんだ。これっきりって事もあるんだからな。」

「・・・うるさいわね。解ってるわよ・・・・。」

小さな声でキョウコは呟いた。

そう。自分達は今戦争をやっているのだ。いつ死ぬか分からない。

その時になって、後悔などしたくない。

だからこそ、ユートに抱かれたのだ。

戦で疲れ果てた心身を癒すために、罰と称して想い人との刹那の情事に身を任せた。

恋人への罪悪感を感じながらも、だ。

例え、それが一回限りの逢瀬だったとしても悔いは無かった。

向こうもそう感じていただろうから・・・。

 

 

居間に着いたとき、居間にはユート、コウイン、エスペリア、の三人が集まっていた。

「待たせたな。」

「おっ来たか。それじゃあ早速はじめよう。」

「それでユート。一体何を話し合うんだ?」

コウインがユートに尋ねる。

そもそもユートからこういった話し合いを提案する事は少ない。

今まではエスペリアが行っていた。

「大した事じゃ無いんだけどな。・・・・キョウコとコウインが戦力として今度から加わるだろう?だからさ、機能別に部隊を三つに分けようと思ってさ。」

「具体的にはどう分けるのでしょう?」

特に反対は無いらしく、エスペリアが問いかけてくる。

「ああ。オレを隊長とする攻撃部隊。コウインを隊長とする防衛部隊。キョウコを隊長とする援護部隊の三つに分ける。あとは皆を得意な分野に振り分けるだけだ。エスペリアは今までどおり実務を担当して欲しい。」

「それは構いませんが・・・・。」

エスペリアはそう言ってシンを見る。

「コイツは何のために呼んだのよ?意味ないじゃない。」

キョウコがユートに聞く。

「そうだな。これだけならオレを呼ぶ必要は無かったんじゃないか?俺は戦闘には参加できないんだからな。」

シンがキョウコの言葉に同意する。

「ああ。シンはレスティーナの言う通りに、部隊間やラキオスへの連絡役をやってもらうつもりだ。一応その確認のためにな。それと一応シンは、キョウコを隊長とする援護部隊という事になる。」

「なんだって!?」

「あら♪」

ユートの最後の一言にキョウコとシンが声を上げる。

「コイツの部下になれって事か!?冗談じゃないっ!!」

とんでもない、といった顔になるシン。

「ヘヘ〜ン。大人しく、私の部下になりなさい、シン。」

勝ち誇ったような顔でシンを見る。

「落ち着けよシン。形式上そうするってだけだろう。」

コウインがなだめる。

「フン、まぁいいさ。オレの邪魔さえしなけりゃな。それに同じ部隊にいた方が何かとチャンスも増えるだろうしな・・・・・。」

ブツブツと答えるシン。

「キョウコには手を出すなよ。」

コウインが不敵な笑みを浮かべながら答えた。

「あんたねぇ〜。まだ諦めてなかったわけ?いい加減諦めなさい。」

「そうだぞシン。いい加減に諦めろ。」

キョウコとユートも答える。

「フン・・・。」

素っ気無く答える。

 

その後は、細かく人員を振り分けたり、作戦やフォーメーションを決めたりと、夜遅くまで話し合いが続いた。

シンは戦闘には参加できないが、遠見が使えるため、偵察としての役割も一緒に担った。

【真実】の力は大半が失われてしまったが、例え二、三キロ程度でも遠見が使えれば、敵の待ち伏せや伏兵などに対する心配は激減する。

それに、シンがいるのといないのでは、第二詰め所の皆の士気に大きな差がある。

戦闘力がほとんどなくなってしまったとは言え、シンの存在は大きかった。

 

次の日からは本格的な訓練が再開された。

各部隊での連携を取るための訓練や、各々の力を純粋に上げるための訓練など、ありとあらゆる訓練をラキオススピリット隊は行っていった。

シンも力が失われたとは言え戦闘訓練をやらないと言う様な事は無かった。

そして日々は過ぎ、マロリガンを落としてから一ヶ月が経とうとしていた。

 

《ラキオス城下町》

「とまぁ、こんな事があったわけだ。」

話し終えたコウインは、ゆっくり息をつく。

今日は、訓練は無く休息日だったので、ユート、キョウコ、コウイン、シンの四人で町に出ていた。

やってきた場所は、湖を一望できる場所。

今はコウインとキョウコがこの世界に着いた時の事を話していたのだ。

ユートはそれをフンフン言いながら、真剣に聞いている。

シンは聞いてるのか、聞いてないのか湖の見ながらボーっと佇んでいる。

「だけどやっぱりとゾッとするな・・・・本当に皆無事でよかった。」

途中色々と波乱があったが、最終的に皆無事にここにいる。

ユートは心底安堵した。

だがまだ終わりじゃない。カオリを助けるまでは決して気を抜く事は出来ない。

「まぁね。でも過ぎた事は気にしなくていいじゃない。」

キョウコが軽く答える。

「過ぎた事か・・・・。」

キョウコの言葉を聞いて思い出されるのはあの夜の事。

あの日、シンのもとからキョウコを助け出したあの夜にあった事に、キョウコは一切触れない。

それこそ過ぎた事など気にしていないようだ。

(本当に気にしてないのか・・・?)

自分など、キョウコを抱いたあの日以来、常にキョウコを意識していると言っても過言じゃない。

「ん?どうしたのユウ?」

そのキョウコは何事も無かったかのように振舞ってくる。

「あ、ああ。なんでもない。」

いくら悩んでるとは言え、こればかりはいつもの様にコウインに相談するわけにはいかない。

「ちょっと、しっかりしなさいよぉ。」

「あ、いや。この際だから言っとくが、お前はもうちょっと周りに頼るべきだぞ。いつも一人で抱え込んじまうからな。」

軽い口調だが、真面目な表情でコウインがそう言った。

「コウイン、俺は・・・。」

「お前の言いたい事も解るぜ。」

ユートの言葉を遮ってコウインが再び話し出した。

「向こうにいた時から続けていた、自分達だけで生きていこうって決意も本物だろうしな。でも、だからこそ、利用しようとしてくる大人たちを、逆に利用してやらなきゃいけなかったんだ。」

コウインの言葉に考え込むユート。

この世界で色んな経験をしたからこそコウインの言葉には確かな重みがあったし、自分もそれを理解できた。

「サンキューコウイン。元の世界に返ったらカオリと話してみるよ。」

本当にありがたいと思う。

いつも適当な事を言って、軽い感じを作っているコウインが真面目に忠告してくれるのだ。

「珍しい。コウインがまともな事言ってる。」

そのコウインの態度にキョウコが驚く。

「逆境にあってこそ、人は本質が見えるものだからな。この世界での事は本当にいい経験になったと思うぜ。元の世界に返れば俺達は大きく変わって見えるだろうな。」

コウインが悟ったような事を言う。

「そぉ〜お?あんまり変わってないみたいだけど・・。」

「俺達は当事者だからな。自分達じゃあまりわからないだろうな。」

「そんなもんかな・・・。」

盛り上がる三人。

その時ずっと黙っていたシンが口を開いた。

「・・・・・お前達はカオリちゃんを助けたら、元の世界に帰るつもりなのか?」

その問いに三人はキョトンとする。

「当たり前だろ。勿論帰る方法は、また別に考えなきゃいけないが・・・・・・。お前は帰らないつもりなのか?」

ユートが驚いた口調で聞いてくる。

「ああ。」

シンはその問いにあっさり答える。

「俺は帰らない。この世界に残るつもりだ。」

「どうしてよ!?一緒に帰るんじゃないの?」

キョウコが驚いて聞いてくる。

「生憎、元の世界に未練は無い。ずっと一人生きてきて、待ってるやつがいる訳でもないしな。俺はこっちの世界に残る。レスティーナの作る新しい世の中も気になるし・・・。」

特に迷う事も無くそう答えるシン。

「・・・・もう決めた事なのか?」

「そうよっ!何もそんな急に決めなくてもいいんじゃない?」

ユートがとキョウコが問う。

「急じゃないさ。もう随分前から決めてた事だ。」

冷静に答えるシン。

「まぁ、帰る帰らないの話は全部終わってからでいいだろう。それより今は、帝国戦をどう進めるかが大事さ。」

シンがもっともらしい事を言う。

確かに今言い合ってもどうにもならない。

そもそもユート達にしても、帰る方法が見つかったわけではないのだ。ひょっとしたら二度と元の世界には帰れない可能性もある。

「それもそうだな。」

コウインが頷く。

結局その後は他愛の無い話をしながら、久しぶりの休息を楽しんだ。

 

 

《同日夜 シンの部屋にて》

「ん〜。お茶がおいしいな・・。」

独り言のように呟くシン。

持ったコップからは湯気が上がっており、熱そうである。

そして向かい側には同じ様にお茶を飲むヘリオンの姿がある。

「そ〜ですねぇ。帝国との戦争が近いなんてウソみたいですねぇ〜。」

のほほんと言葉をもらす。

なんとなくだが、ヘリオンはシンといる時はリアクションがシンと似ている。

終始ニコニコ顔のヘリオン。

シンと一緒に居られる事がよほど嬉しいのだろう。

/////ふむ・・・。)

そんなヘリオンを見て、僅かに顔を赤くさせるシン。

普段の態度からは想像できないが、シンは恋愛に関しては恥ずかしがり屋さんなのだ。

 

コンコン。

二人してお茶を飲んでいると、ドアをノックする音が部屋に響いた。

二人してドアの方を見る。

「シンいる?ちょっと話があるんだけど。」

それはキョウコの声だった。

キョウコの方から話をしたいなんていうのは珍しい。

だが別に断わる理由も無いので返事をする。

「ああいいぞ。入って来いよ。」

そう声をかけるとキョウコは、ドアを開いて入ってきた。

そして中にいた、ヘリオンと眼があう。

「キョウコ様、こんばんわ。」

「ヘリオン・・・きてたんだ。相変わらず仲いいわね、あんたたち。」

そう言って、キョウコはシン達と同じテーブルに座る。

それを見てヘリオンがお茶を汲む。

「ありがとうヘリオン。」

キョウコは出されたお茶を一口飲み、ホーッと息をもらす。

「で、話ってのは?」

シンが話を切り出す。

「うん・・・それなんだけど。」

そう言うが、なかなか話し始めない。

「あの、私外に出てましょうか?」

ヘリオンがイスから立ち上がりながらオズオズと言った。

自分がいる為に話せないのだろう、と思ったのだ。

「あっ、えっと・・・そうね。・・・・いや、一緒に聞いてて頂戴。ヘリオンにとっても気になってる事だろうし。」

そう言って、再びお茶をすする。

「そうなんですか?」

話の内容は解らないが、キョウコ様がそう言うなら、と思い再びイスに座る。

「何モジモジしてんだ、お前は?らしくないぞ。早く話せよ。」

シンがせかす。

「分かったわよ。」

そう言って、シンを見るキョウコ。

「あのね、昼間の事なんだけど。あんたさ、全部終わっても本当にこっちの世界に残る訳?」

キョウコのセリフにヘリオンの表情が変わる。

まさかそういう話だとは思わなかった。

確かにシンはこの世界の住人ではない。

当然全てが終わったら、元の世界に帰るという事もあるのだ。

今まで気にもしていなければ、考えた事も無かったヘリオンにとって、キョウコの話は動揺を誘った。

しかし今のキョウコのセリフを聞く限り、シンはこっちの世界に残るという事らしいのだが、直接シンの口から聞かない限り安心は出来ない。

「その事か・・・。」

何かと思えば、たいした話ではなかった。

シンにとって、こっちの世界に残るという事は、至極当然のことで、わざわざ話し合う程の事ではない。

「昼間言っただろ?俺は全てが終わっても元の世界に帰るつもりは無い。こっちの世界に残る。」

キッパリした口調で答える。

その答えを聞いてヘリオンは安堵する。

ようやく一緒になることが出来たのだ。今更離れ離れになりたくは無い。

そんなヘリオンとは裏腹に、何故かキョウコはいい顔をしない。

「どうしてこっちの世界に残るわけ?みんなと一緒に帰ってもいいじゃない。」

どうやらキョウコとしては、シンも一緒に元の世界に帰りたいらしい。

キョウコのセリフを聞き、ため息をつくシン。

「あのなキョウコ。俺に言わせれば、どうして元の世界に帰る必要がある?こっちの世界に残っててもいいじゃないか。という事なんだけどな。」

腕を組みながらそう答えるシン。

「大体、俺が元の世界に戻って何がある?また・・・あのぬるま湯につかったよう、腐った生活を送れってのか?冗談じゃない。」

元の世界での自分の生活を思い返し、嫌そうに答えるシン。

「だからってアンタねぇ〜!此処は私達の世界じゃないのよ?」

キョウコが少し声を荒げる。

シンの答えがどうにも気に入らないらしい。

「いいじゃないですか!もう。」

キョウコの問いかけにヘリオンが少し怒って答える。

「シン様がこちらに残る事を選ぶんなら、それでいいと思います。私はすごく嬉しいです。」

余計な事は言わないでください、とばかりにプンプン怒るヘリオン。

「う〜ん。別にあんた達の仲を裂きたい訳じゃないんだけどねぇ。」

キョウコは頭をかきながら、困ったように答える。

「キョウコ。一つ聞きたいんだが、どうしてそんなにオレを一緒に連れて帰りたがる?別にお前にとってはどうでもいい事だろう?俺がこっちに残ろうが、元の世界に帰ろうが・・・・。」

心底疑問に感じる。

別に自分が元の世界に帰って何かが起きるわけでもあるまいし。

もともと一人だった。

親、兄弟、親戚、恋人、親しい友人達がいるわけでもない。帰らないからと言って誰かを悲しませる事も無いだろう。

周りとは何の繋がりもなかった一人の人間が失踪する。ただそれだけの事だ。

「それは・・・・、その・・・ねぇ?せっかく仲良くなれたんだし、一緒に帰りたいって思うじゃない・・・・・ねぇ?」

しどろもどろになりながら答えるキョウコ。

どうやらキョウコとしては、せっかく繋がりの出来たシンを置いて行きたくは無いらしい。

元の世界にいる時は、シンは誰とも交流を持ってなかったし、持とうともしてなかった。

それがこの世界に来た事で、今までもつ事の無かったシンとの繋がりやその素顔が垣間見え、キョウコとしては結構嬉しかった。

ようやく出来た繋がりを失くしたくない。

キョウコの感じている気持ちは、ようするにそう言う事である。

キョウコ自身気付いていないが、ユートやコウインに対して抱いている恋心とはまた違った、淡い慕情をシンに対して持っているのである。

それは決して恋心ではないのだが、キョウコにとってシンはユートとはまた違った意味で、ほっとけないタイプの男だった。

 

「キョウコさま・・・・。」

ヘリオンが、むむっと言った感じの顔になる。

ヘリオンはキョウコの言葉に何かしら危険を感じとったようだ。

牽制するようにシンの側にちょっとづつ移動するヘリオン。

そしてシンのすぐ横まで来ると、シンの服の端っこをギュッと握る。

「何が、ねぇ?なのかは知らんが。答えは変わらん。俺はこっちに残る。大体、ヘリオンを置いてはいけない。」

「シン様//////

顔を赤らめるヘリオン。そして同時にホッと安心する。

それを聞いて呆れたのか、納得したのかは解らないが、ホッと一息つくキョウコ。

「まぁ、今日はいいわ。どっちにしても、帰る方法が見つからなきゃ同じ事だしね。」

そう言って立ち上がるキョウコ。

「邪魔して悪かったわね。」

「おう・・・。」

キョウコの言葉にシンは、手を軽く振りながら気にするなと合図する。

「じゃあね。ヘリオンもお休み。」

「はい、キョウコ様。お休みなさい。」

やたら上機嫌でキョウコを送り出すヘリオン。

そしてキョウコは部屋から出て行った。

再び二人になったシンとヘリオンは何事も無かったかのように・・・・いや、ヘリオンは前よりも上機嫌でシンとの時間を楽しんだ。

・・・・・・・

・・・・

・・

 

 

マロリガン制圧から既に二ヶ月が経った。

マロリガンでも一応の落ち着きを取り戻していた。

帝国に動きは無い。

ラキオスのスピリット隊が、マロリガン戦で疲弊していたにも関らず、壁の向こうから動く事は無かった。

不気味な沈黙・・・・・。

だが同時に大きなチャンスでもあった。

帝国が攻めてこないおかげで、ラキオスは余裕を持って、対帝国戦の準備をすることが出来た。

そしてその時はきた。

 

 

聖ヨト暦331年 スリハの月 緑ひとつの日

《ラキオス王城 謁見の間》

「時は来ました・・・・。我がラキオス王国は、神聖サーギオス帝国に宣戦を布告します。あらゆる困難を乗り越えてきた私達ならば、必ず理想を実現できるでしょう。最後の戦いです!」

いまや大陸の半分を統治下に置くラキオス王国。そしてその国の女王レスティーナは、最後にして最大の敵対国家である神聖サーギオス帝国へ宣戦を布告した。

領土全体を守る<法皇の壁>、そして帝都サーギオスを囲んでいる<秩序の壁>という二重の防衛ラインを構築し、まさに国全体が要塞と化している。

まずはケムセラウトから南下し、法皇の壁を穿ち、リレルラエルを攻略しなくてはいけない。

ユート達ラキオススピリット隊は、旧ダーツィ大公国領東南にあるケムセラウトへ全戦力を集結させた。

・・・・間もなく攻撃が始まる・・・・。

 

 

《とある世界》

「ようやく、此処まできたわね。・・・・・・多分今回はトキミも干渉してくると思うわ。」

『おそらく、そうでしょうね。・・・・その時は貴方も出てくださいね。』

「解ってるわ。それが約束だしね。」

『後は・・・彼の決断、意志の強さ、飽く事無き‘真理’への渇望を待つのみです。・・・・此処で途切れてしまうのか、それとも・・・全てを失っても渇望し‘私’を手にするのか・・・。・・・楽しみです。』

 

 

                                                                              続く

あとがき

この後書きを書いてる時が、一番スラスラ打てるねぇ。 

大変長らくお待たせしました(待たせたのか?)。

長い準備期間を経てようやく続きをアップしました。前の更新からかなり時間がたってしまったので、ひとつ前から読む事をお勧めします(これ後書きに書いてもしかたないな・・)。

更新には時間が掛かりましたが、SSの中身についてはほとんど進んでいません。

本格的に帝国戦が始まるのは次からです。

これからは、二、三週間に一回位の割合で更新しようと思います。早ければもっと早いですけど・・・・。

多分遅れる事は無いと思います。

ではでは・・・。

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