イレギュラーズ・ストーリー

 

第七章 絶つべき憂い

 

 

帝国の力をかりたサルドバルトが宣戦を布告してきた。

イースペリアのマナ消失からおよそ一ヶ月。

短い平穏は終わりを告げる。

 

 

《ラキオス謁見の間》

 

「どうなっておる!」

謁見の間にラキオス王の不機嫌な声が響き渡る。

「サルドバルトごときの戦力が我が国を上回っておるなどありえぬっ!ええーい!情報部は何をしていたのだ。」

喚き散らすラキオス王。

 

 

(まったくピエロだな。)

シン及びスピリット隊隊長ユート、副官のエスペリアも謁見に集まって、ラキオス王の悪態を聞いている。

その中でシンはラキオス王に改めて不快感をあらわにする。

ラキオス王の隣に立っているレスティーナも同じような顔をしている。

父王のあまりの思慮の無さに呆れているのだろうか。

 

(「サルドバルトの後ろに帝国がついてる事をわざわざ調べてきたのに、まるで役に立たなかったな。」)

(『馬鹿ですね。』)

 

【真実】とそんなやり取りを続ける間にも王の話は続いていたらしい。

もっとも今喋っているのはレスティーナである。

ユートに向かって命令を下している。

 

終わったのだろう。

ラキオス王が退室していく、「失敗は許さぬ」と言い残して。

最後の最後までピエロだった。

 

 

 

「俺がサルドバルトまで行って調べてきた意味が無かったな。」

スピリットの館に戻る途中でエスペリアとユートに愚痴る。

「そう言えば、シンが掴んだ情報だったなぁ、帝国の事は。」

ユートがそれに答える。

「頭が悪いんじゃないかアイツは。帝国がバックについたのだから、サルドバルトの戦力が以前のままな訳無いだろう・・・。」

呆れ口調で話を続けるシン。

「そうだなぁ。レスティーナが指揮をとってれば、こんな事にならなかっただろうな。」

「そうですね。イースペリアのマナ消失はイタズラに被害を拡げただけでしたね・・・。」

エスペリアが俯き加減で答える。直接マナ消失を引き起こしたのだ、思うところがあるのだろう。

 

「それにしても・・・、」

シンが急に話題を変える。

「どうしたのですか?」

エスペリアが不思議そうな顔をする。

「・・・ああ。帝国は何故サルドバルトに手を貸すんだろう?イースペリアの変換施設に帝国のスピリットが侵入してた事も気になる。」

「・・・それはわたくしも疑念を抱いています。」

シンの言葉にエスペリアが賛同する。

「何でだ?ラキオスの力をこれ以上伸ばさせないためだろう?」

ユートが二人に向かって答える。

「あのタイミングでわざわざサルドバルトに手を貸す必要性を感じないのです。」

「そう。ラキオスを倒すためなら、サルドバルトである必要はない。属国であるダーツィを強化すればよかったんだからな。地理的な問題からいっても、サルドバルトに手を貸すのは難しかったハズだしな。帝国がそこまでしてサルドバルトに手を貸す理由が解らない。」

ユートは、確かにそうだ、という顔になる。

「わたくしは何だか操られてるような気がします。」

エスペリアが不安そうな顔になる。

「そうだな・・・。事実、帝国がサルドバルトに手を貸した事で、ラキオスとサルドバルトは戦争になったんだからな。」

シンが呟くように言う。

「まさかそれが狙いだったのか?ラキオスとサルドバルトに戦争をさせるのが・・・。」

ユートが二人の顔を見て答える。

「「それはどうかな(でしょう)。」」

シンとエスペリアの声がハモる。

「先ほども言いましたが、そうする必要性を感じないんです。」

エスペリアがユートの顔を見て答える。

「そう。確かにサルドバルトとラキオスは戦争になった。が、それで帝国に何らかのメリットがある訳じゃない。いやラキオスが勝てば、ラキオスの国力はますます増大する。その事を考えればマイナスにしかならん。」

「でもサルドバルトが勝てば帝国にも利益はあるだろう?」

サルドバルトが勝てば、手を貸した帝国にも何らかの利益が上がるはずだ。

「だからおかしいんだよ。何故サルドバルトなんだ?戦力的に見てもダーツィで良かった筈だ。危険を冒してまでサルドバルトである必要はない。・・・・・・・確かに何かに操られてる様な感じだな・・・。」

シンも眉をひそめる。

エスペリアも再び不安そうな顔になる。

 

「今言っても仕方ないさ。俺たちは戦うしかないんだ。失敗は許されない・・・。」

ユートが低い声で、独り言の様に答える。

「ユート様・・・・・。頑張りましょうカオリ様の為にも。」

「ああ。」

力強く返事するユート。

 

 

「そー言えば・・・。」

そこにシンが割ってはいる。

「どうした?」

「ああ、エスペリアの言葉で思い出したが・・・、ちょっと前にカオリちゃんと会ったんだった。」

今、思い出した!と言う顔をするシン。

「なんだって!?」

目を大きく見開いてシンに詰め寄ってくるユート。

「どうしてカオリとお前が・・・・、オルファならともかく。」

「どうして・・・って、そりゃ、会いに行ったからな。カオリちゃんの部屋まで。」

サラッと答える。

「なんだって!?」

再び大きな声をあげるユート。

エスペリアもビックリしたような表情になる。

「まぁ人間の警備兵なんて、あって無きが如しだからな、後宮に侵入するのは簡単だった。」

「カオリに何の用があったんだ?」

大きな声で問うてくる。

「別に何か用があった訳じゃない。フルートの音に魅かれてな、そこに行ったらそこがカオリちゃんの部屋だっただけだ。まぁ色々話したのは間違いじゃないが。」

「そんな事よりカオリは元気だったか?酷い扱いは受けてなかったか?」

シンの話はそっちのけで、勢い込んで聞いてくる。

「落ち着けユート。レスティーナが世話してるんだ、大丈夫さ。そうじゃなけりゃフルートなんて吹く余裕は無いだろう。」

興奮するユートをいさめる。

「お前はもうちょっとカオリちゃんを信用してやれ。彼女はお前よりもしっかりしてる。」

シンの言葉に多少落ち着きを取り戻すユート。

カオリが自分よりもしっかりしてるのは周知の事実だ。確かにジタバタしてもはじまらない。

「そ、そうだな。すまんシン。」

「おう。・・・・それとカオリちゃんからの伝言だ。・・・伝言と言うよりは、カオリちゃんの言葉だな。」

その言葉にユートは再び大きく反応する。

しかし先ほどのように勢い込むような事はない。静かにシンの言葉を待っている。

「・・・・・お前が、お前のままで迎えに来るのを信じて待ってるそうだ。」

ユートはその言葉を噛みしめる。

どう言う意味かは解るつもりだ。

(俺は変わらずにお前をちゃんと迎えに行くぞカオリ。待っててくれ。)

「・・・・カオリちゃんを裏切るなよ。・・・前にも言ったが、お前が変わるようなことがあったら、その時は俺が殺すからな・・・。」

「分かってるさ。俺は二度も負けない。」

「そいつは結構なことだ。」

 

そして三人はサルドバルト戦の準備のためその場を離れていった。

 

 

 

 

・・・ついにサルドバルトと剣を交える日がやってきた。

サルドバルトの宣戦布告から二日が経過していた。

 

旧イースペリア領のロンドからサルドバルトへと続く道は、現在封鎖されてしまっているため、先ずはサルドバルトのアキライスを制圧する事となった。

アキライスに駐屯するサルドバルトスピリット隊はかなり多い。

直ぐ近くのラースが落とされるような事になってたら、残りラキオスまでは何も無い街道が続くだけだ。

そうなれば致命的だっただろう。

だがユート達は、手早くアキライスを落とす事に成功した。

直ぐ近くにラースという拠点があったことも大きかっただろう。

防衛戦略としてはあまり期待できない街だったが、それでもラースにいれば補給線等の心配が要らなかったため、やりやすかったと言えるだろう。

 

今度はモジノラ大湿地帯を迂回してバートバルトへと進攻を開始する。

サルドバルト王国の中央に存在するモジノラ大湿地帯は各色のマナが非常に濃い地だ。

双方とも大きなダメージが予測される。

 

 

ラキオス軍の旗の下、ユート達スピリット隊はバートバルトへの攻撃を開始する。

やはり帝国がバックについてるのは大きい。以前に比べてスピリットがかなり強化されている。

特にこの地はマナの恩恵が大きいため被害が大きくなりやすい。

 

しかしラキオス軍は苦戦しながらもバートバルトを落とす事に成功していた。

バートバルトを落とすまでにおよそ一ヶ月。バートバルトを落とせば残りはサルドバルト王都のみである。

バートバルトで二泊ほどして疲れをとった後、サルドバルトに向けて行軍を開始する。

 

途中何度も敵スピリットが襲ってきたが、一度にくる部隊は、一、二部隊程度で、大きな被害も無くサルドバルト王都の近くまで来ることができた。

後僅かでサルドバルト王都が見えてくるだろう。

それがサルドバルト戦、最後の戦いになる。

 

 

ほどなくしてサルドバルトが見えてくる。

それ程多くの神剣の気配は感じない。

スピリットの数はそれ程多くは無いようだ。しかし、神剣から発せられるマナの強さはなかなかのものだ。

どうやら量より質を選んだようだ。

 

「みんな気をつけろ。数は少ないようだが、なかなかの使い手だ。」

シンが最後尾からみんなに声をかける。

「「は、はい。」」

シンの言葉に多少不安そうな顔をするヘリオン、シアー。

 

シンはラキオス軍の旗を見る。

(この旗の下で剣を振るのもこれで最後になるのだろうか・・・・・・。)

(『迷いは捨てなさい。死にますよ』)

【真実】が諭す。

(そうだな、今は俺に出切る事をやるのみ!)

 

暫くして敵スピリットの姿が見えてくる。

どうやらこちらを待っていたようだ。

「よし、みんな行くぞ!」

ユートの号令をきっかけに、攻撃部隊の数人が攻撃を仕掛ける。

 

今回は敵側の力が強く、数が少ないため、攻撃・防衛・援護のスリーマンセルではなく、攻撃なら攻撃の部隊、防衛なら防衛の部隊、援護なら援護の部隊という風にチーム分けを行っていた。

これなら全体的に攻撃・防衛・援護の能力が増すのだ。しかしその分戦力を分散させる事ができなくなり、敵が多数いる場合はマイナスになるフォーメーションだ。

だが今回敵は少ない、このフォーメーションを使う時だ。

敵の防衛は強固だが、こちらは攻撃部隊の複数人で攻撃するため、確実にダメージを与えられる。ファーレーンとヘリオンの素早い攻撃で相手を翻弄し、ユート、アセリア、ヒミカの力強い攻撃でダメージを与えるのだ。

逆も同じで、相手側の攻撃は強いが、防衛部隊の複数人で守るためほとんどダメージを受けない。エスペリア、ハリオン、ニムの三人の強固な壁を突破する敵はまずいないだろう。

相手が神剣魔法を使ってきても、援護部隊のセリア、ネリー、シアーの三人で確実にバニッシュし、それと同時にオルファとナナルゥが神剣魔法で攻撃をし返す。

シンはオールラウンダーで、三つの部隊をサポートしていた。

 

この作戦は事のほか上手くいった。

バートバルトから、敵側の神剣の気配が徐々に減っていく。

攻撃を開始して一時間もしない内に敵側のスピリットはほとんどいなくなっていた。

数が少なかったことも幸いした。

 

「みんなもう直ぐだ!気を抜くなよ!」

ユートがみんなを鼓舞する。

その一言にみんなの気合が入る。

 

そんなラキオススピリット隊の前に三人のスピリットが立ち塞がる。

既に神剣に魂を飲まれており、虚ろな瞳でユート達を見る。

その三人のスピリットの出現に皆の動きが止まる。

「つ、強いな・・・。」

ユートがボソッと呟く。

アセリアやエスペリアも気を引き締める。

そう、この三人は強い。おそらく今のユートやエスペリアよりは強いだろう。他のみんなにも同じ事が言える。

太刀打ちできるのはアセリアとシンくらいだろう。

 

「おい、ユートこいつ等は強い。数で攻めても被害が増えるだけだ。俺とアセリアとファーレーンとセリアで仕掛ける。」

シンが冷静に分析して提案する。流石にシンもアセリアも、この強さのスピリットを三人同時には相手にできない。

相手は攻撃能力に優れたブルースピリット一人とブラックスピリット二人だ。下手に攻撃しようものなら返り討ちにあうだけだろう。

攻撃力だけならユートは一番かもしれないが、技術では残念ながら今あげた四人には明らかに劣る。それでは攻撃能力に優れた敵スピリットを相手にはできない。

今上げた四人が一番攻撃技術に優れているのだ。

 

「解った。」

ユートも自分の技術が低い事を認識してるのだろう、特に疑問に思う事もなく返事する。

ユートは自分のできる事をやる。

「みんな!手が空いてる者はアセリアたちの援護にまわってくれ。」

ユートは残っている他のスピリット達に声をかける。

「オネーちゃんが戦うし、当然だよね。」

「・・・了解しました・・・。」

「わ、私も援護します。」

ニムとナナルゥとヘリオンがそれぞれユートに答える。

他のみんなはまだ別の相手と戦ってるようだ。

 

「やれるか三人とも?相手は強いぞ。」

シンが攻撃する三人に声をかける。本人が辞退するなら無理強いするつもりはない。

「・・・ん・・。」

「はい。大丈夫です。いけます。」

「アンタこそ大丈夫なんでしょうねぇ?足引っ張らないでよ。」

アセリア、ファーレーン、セリアがそれぞれ答える。

「はん!そりゃこっちのセリフだぜ。お前こそ足引っ張るなよ。」

セリアの毒舌にシンもなれた口調で返す。

「なんですって!!」

「なんだよ!」

敵を前に痴話喧嘩を始めるシンとセリア。

まったく緊張感がない。

下手に緊張するよりはマシなのだろうが・・。

 

「お前達、ホントに仲悪いな・・。大丈夫なんだろうな?」

ギャアギャア騒いでる二人に、ユートが呆れた口調で言う。

「ち、違うんですユート様。これは緊張を取り除き、士気を高揚させるための儀式というか・・・・・。」

シンとの喧嘩を止め、訳の分からない言い訳をするセリア。

「・・・緊張するようなタマかよ・・。」

ボソッと呟くシン。

シンの言葉が聞こえたのだろう。セリアは振り返って、

「うるさいわねっ!」

と、一言怒鳴る。

「お前の方が煩いわい。」

シンも負けじと言い返す。

 

「ほらほら、二人とももういいだろう。・・・みんなも準備はいいか?」

シンとセリアをいさめ、援護の三人に声をかけるユート。

「こっちは準備オーケーだよー。」

「・・・いつでもどうぞ・・・。」

ニムとナナルゥが返事する。がヘリオンの返事がない。

「ヘリオン?大丈夫か?」

ユートがヘリオンを再び声をかける。

「・・・あっ、はい。」

返事をするが、声に元気がない。

しかしユートはそれに気付かず、ヘリオンの返事に満足し、前を向く。

既に、敵スピリットまで後十数メートルという位置まで詰めている攻撃組みの四人。

スピリットやエトランジェの力ならばニ、三歩で十分届く距離だ。

 

「いくぞっ!」

シンの掛け声で、四人が攻撃を仕掛ける。

「うおぉーー!インスパイア!!」

「ウインドウィスパー!」

ユートとニムが神剣魔法で援護する。

 

二列縦隊で攻撃を仕掛ける四人。

シン・アセリアが前

その後ろにセリア・ファーレーンが続く。

敵も動く。

ブラックスピリット二人が前。その後ろ、二人の間にブルースピリット。

 

刀の間合いに入る前にシンが一突き。

それをなんなくかわし、そのままシンの懐に入ってくる。

居合いの構え。

そして刀を抜く。

ヒュン!

しかし刀は空を斬る。

シンは突いた反動を利用し、そのまま前にジャンプ。敵の頭上を越えていたのだ。

シンが跳んだ後には剣を構えたセリアが、空振りしたブラックスピリットに向かっている。

「はぁ!」

そのままセリアは剣を振る。

相手の刀はまだ、抜かれたままだ。

セリアの攻撃が決まる・・・・・・と思われた。

ガキーン!

「なっ!」

セリアが驚きの声をあげる。

敵は、刀ではなく鞘で受け止めたのだ。

鞘でセリアの剣を受け止めたまま、刀で斬りつける。

「させん!」

しかしそれは、再度、敵の真上に跳び上がったシンが、敵の刀の軌道上に槍を突く事で受け止める。

そのまま敵に向かって落ちるシン。後ろに下がるブラックスピリット。

敵に背を向けて着地するシン。

「・・・はぁぁぁ・・!」

それを狙って斬りかかるブラックスピリット。

その攻撃に対してシンは、後ろを向いたまま柄の方で突く。

突然の突きにも反応し、【真実】を撥ね上げるブラックスピリット。そしてそのまま鞘の方で突いてくる。

「させないわよっ!」

その攻撃を、シンの脇から出てきたセリアが受け流す。

シンがそれに合わせて横蹴りを繰り出すも、相手は咄嗟に刀の腹で受け止める。

衝撃で後ろに下がるブラックスピリット。

 

此処までの攻防、約十秒。

お互い息をつく。

「やるなぁ。」

「強いわね・・。」

シンとセリアが呟く。

相手は力やスピードはそれ程でもない。が、剣術のレベルがかなり高い。

刀と鞘を上手く使って、シンとセリアの二人と互角に渡り合っている。

技術では敵側が上だろう。

 

隣では、アセリアとファーレーンが同じような攻防を展開している。

敵のブルースピリットも隣をサポートしている。

ナナルゥやヘリオンも数の多い隣の二人を援護しているようだ。

 

「いくぞセリア!」

「ええっ!」

シンの掛け声で再び攻撃を仕掛ける。

「・・・・闇に喰われよ・・・カオスインパクト・・・」

ブラックスピリットが神剣魔法を唱える。

するとシンとセリアの下から、黒い衝撃が襲いかかる。

「跳べっ!」

シンが短く言い放つ。

二人は飛び上がるが、完全にはかわせない。

「くっ!」

「あうっ!」

黒の衝撃で体にダメージを受けるが、それを無視してシンは攻撃を仕掛ける。セリアも遅れながらそれに続く。

「はぁぁぁ!」

 

 

剣同士が交わる音が、戦場を響き渡る。

ギンッ!

ガイーン!

どれだけの時間が経っただろう。

討ちあい始めて既に十分は超えてる。

スピリットやエトランジェの戦闘としてはかなり長い方だろう。

それだけの間敵のブラックスピリットはシンとセリアの二人を相手にしてきたのだ。

賞賛に値すると言える。

だがそれも間もなく終わる。

敵の体力が明らかに落ちてきている。

二人を同時に相手すれば当然の事である。

もっとも、シンとセリアも体力は落ちてきている。が、二対一の差はかなり大きい。

 

少し離れたところで戦っているアセリアとファーレーンの方は、既にブラックスピリットはマナの霧に変わっている。残るはブルースピリット一人。

それも間もなく決着がつきそうである。

 

「シン様!援護します。」

シンとセリアの方にヘリオンがやってくる。

向こうにはユート、ナナルゥ、ニムが援護についてるので充分と判断したのだろう。

「ああ、頼む。・・・・・神剣魔法で敵の動きを少しでも止められるか?・・・」

「やってみます。」

力強く答えるヘリオン。

 

「いきます!・・闇より出でし者よ、かの者に恐怖を与えん・・・テラー!

ヘリオンの魔法の発動で敵スピリットの下に闇が生まれ、そこから黒い手が出てきて、適スピリットをのもうとする。

その魔法にたじろぐスピリット。

その隙をついてセリアが斬りかかる。後ろからはシンがその攻撃にあわせようと【真実】を構える。

「はっ!」

剣を振るセリア、たじろいでいたスピリットはそれを刀で受け止める。

その隙にシンはセリアの頭上を跳び越し真上から攻撃を仕掛ける。

「うぉぉ!!」

シンの攻撃を鞘の方で受け止めようとするスピリット。

(かかった!)

シンの攻撃はフェイント。

「フォース!」

直前で攻撃を止め、がら空きのスピリットの体に真上からフォースをぶつける。

ドォーン!!

威力はないが、真上からの衝撃で敵スピリットは地面に伏していた。

シンは当然その隙を逃さない。

「これで終わりだ!・・・画竜点睛の降!!

落ちながら、画竜点睛を放つ。

そしてそのままブラックスピリットの体を貫く。

 

落下の勢いを利用し、真下に放つ画竜点睛の突の変化版。それが画竜点睛の降。

別に最初から考えていた技ではない。今この瞬間にシンが勝手に命名しただけである。

 

マナの霧に変わっていくブラックスピリット。

暫くして完全に消えさった。

アセリア達の方もどうやら終わったらしい。

他の場所で戦っていた残りの仲間達もどうやら戦闘を終えたようだ。

・・・・この戦闘で事実上、サルドバルト戦は終わった。

 

「っーーはぁぁ。」

「はぁぁぁ。」

盛大にため息をつくセリアとシン。そして、

「「疲れた・・。」」

二人して言葉がハモる。

戦ってた時間は短かったかもしれないが、相手がかなりの強さだったために、普通の何倍もの疲れが二人を襲っていた。

「終わったな・・。」

「そうね・・。」

サルドバルトの陥落。

それはラキオスの北方五国統一を指していた。

 

「さぁ〜てと。さっさと帰ろうぜ。早く風呂に入りたい。」

いつもの調子で口にするシン。

「あんたねぇ〜。もうちょっと節操ってモノがないわけ?」

つっこむセリア。

「お前に節操の無さを指摘されるようじゃ、おしまいだな。」

「ちょっと!それって私が無節操だって言いたいわけ?」

「いえいえ。セリアさんは非常に節操があり、慎み深く、大変気品が高うがざいますよ。もうホントにどこぞの国のお姫様のように。」

無茶苦茶に皮肉るシン。

「アンタ馬鹿にしてんの!」

「やっと気付いたか。」

軽く返すシン。

「なんですって!このスケベ大魔王!」

「なんだと!」

「何よっ、やる気!」

戦闘が終わったのに元気な二人である。

「はん!疲れてんのそんな事するかよ、バーカ!」

「そうね、アンタをまともに相手した私が馬鹿だったかしらね。」

セリアも皮肉る。

「そう。お前がバカだったんだよ。ようやく気付いたか・・・。」

「なんですって!」

「なんだよ!」

終わりそうに無い。

 

「・・・・あ、あの〜。」

そんな二人のジャレ合いを見ていたヘリオンがオズオズと声をかけてくる。

「おっ、スマンなヘリオン。コイツがなかなかしぶとくてな。」

「うるさいわねっ!」

まだ続ける。

「・・・・いえ。・・・・それよりお二人とも怪我をしてるようですけど大丈夫ですか?」

なんだかションボリした表情で聞いてくるヘリオン。

「ん?そうねぇ。ちょっと怪我してるわね。後で治して貰おうかしら。」

確かに二人ともそれなりに怪我をしている。

あれだけ強いスピリットだったのだ。二対一と言えども、流石に無傷というわけにはいかない。

 

「おーい!三人とも無事かー!」

少し離れたところから近づきながら声をかけてくるユート。

どうやら他のみんなもいるようだ。

三人の前で止まるユート。

「おう。俺とセリアが怪我してるんだ。癒してやってくれ。」

「は〜い♪」

シンの言葉に答えたのはハリオン。

やたら上機嫌だ。

「うっ!」

言葉に詰まるシン。

(まずい。セリアの目の前でこのまえみたいな癒し方をされたら何と言われることか。)

そのシンの心を読んだのか、

「ちょっと待って!ハリオン、あなたは私を癒して頂戴。このスケベ大魔王はニムが癒してやって頂戴。」

セリアがぴしゃりと言い放つ。

「ええ〜。」

「別にいいよぉ〜♪」

あからさまに落胆するハリオン。彼女としては珍しい光景だ。

よほどシンを癒したいのだろうか。

それとは反対に軽くオーケーするニム。

ちなみにエスペリアは他のみんなを癒している。

 

「じゃぁ、癒すよシン。・・・え〜い・・!」

その掛け声で一気にシンに飛びついてくるニム。

「モガッ!」

「「「「あっ!!!」」」」

「うふ♪」

ファーレーン、セリア、ヘリオン、ユートが声をあげる。若干一名別のリアクションをするものがいるが・・・・。

そう。その癒し方はハリオンの時とまったく同じで、胸に抱き寄せて癒す。

が、ニムはハリオンほど豊満な胸を持っていないため、埋もれるような事はない。

「ちょ、ちょっとニム!」

ファーレーンがビックリして声をあげる。

「ダ、ダメ〜!!」

慌ててニムをシンから引っぺがすヘリオン。

「ちょっと〜、ヘリオンなにするの?」

「な、なななんで、ニムがそんな癒し方を?」

しどろもどろ言葉にするヘリオン。

「うん?ハリオンさんに、これが正しい癒し方だって習ったし。」

サラッと答えるニム。

「ハ、ハリオンさ〜ん!」

そう言ってハリオンの方に振り返るヘリオン達五人。

「「「「あーーーー!!!!!」」」」

さらに悲鳴を上げるヘリオン達。

何とそこにはハリオンの胸に顔をうずめるシンの姿が。

ハリオンもシンも何も言ってこないと思ってたらこんな事に。

 

「はい〜。終わりましたよ〜♪」

そんなこんなしてる内にどうやら、癒し終えてしまったらしい。

「あー、私が癒したかったのにぃ。」

ニムが獲物を横取りされて愚痴る。

「ウフッ♪またまた盗っちゃった〜。」

上機嫌にヘリオンに言うハリオン。

「むーーーー!!!」

怒って、シンをむしりとり、腕の中に収めるヘリオン。

シンはなすがままである。

「アンタって人は・・・こんの、スケベ大魔王!!!」

セリアがシンをどつく。

「うおっ!何しやがる。俺は何もしてないぞ!」

ヘリオンにしがみつかれたまま答えるシン。

「ハン!言い訳なんて男らしくないわよ!」

「そ、そうですぅ〜。少しは抵抗してください〜。」

ヘリオンもセリアに加勢する。

「うっ。す、すまんヘリオン。悲しき男の性というか・・・・はははは。」

ヘリオンには弱いシン。だがいい訳は無茶苦茶である。

「何が男の性よ!アンタの場合は地でしょう!」

「お前、毎回そんな風に癒して貰ってたのか。」

セリアとユートがつっこんでくる。

「と、とにかくさ。ラキオスに帰ろうぜ。疲れちまったよ。」

話をそらす。

「そうだな。みんなももう大丈夫そうだし、此処の事はラキオス兵達に任せてももう大丈夫だろう。」

上手く話をごまかせたシン。

ユートはみんなを呼び集めてラキオスに帰還する事を告げる。

 

これで北方五国は統一された。

「今回の勝利によって父様の野望は留まること知らなくなっていく。これ以上父様に力を渡してはいけない。私が求めているものを得るためには、今何かをしなくてはいけない。でも今の私には何の力も・・・・・・。」

これからのどうなるのかはまだ誰にもわからない。 

 

 

《ラキオス王城》

 

「よくやった。エトランジェ、【求め】ユートよ。ワシは今とても機嫌が良い。」

事実上、北方五国を統一できたのだ。ラキオス王にとってはこれ以上無いほどの出来事だろう。

だがユートにとっては、このラキオス王の満面の笑みを見るために、今までやりたくも無い殺しをやってきたわけではない。すべてはカオリのためなのだ。

だがその為とは言え、今までどれだけのスピリットを斬った?これからどれだけのスピリットを斬る?

そんなユートの思惑を無視して王が声をかけてくる。

「エトランジェよ、今回の働きは値千金と言えよう。何か褒美を取らせようではないか。」

(褒美だって?そんなものいらない。好き勝手に使っておいて何勝手な事を言ってやがる。)

でてくるのは罵詈雑言のみ。

 

その時、王の隣に立っていたレスティーナが口を開いた。

「父様。この者の義妹を開放してはどうでしょうか?」

(なんだって!?)

ユートにしてみれば確かに、これ以上無いというくらいの褒美だ。期待で胸が踊る。

だがそんな提案をラキオス王が許すはずが無い。

「何を言ってるのだレスティーナよ。それはできぬな。」

「この者はエトランジェ。この国で戦う以外に、居場所はありません。それに我が王族に逆らう事は出来ないのですから。」

大したことでは無いとでも言うかのように語るレスティーナ。

「お主は昔からエトランジェに興味を抱いておったな。何か勘違いがあるのではなかろうな?」

疑わしそうな目で自分の娘を見るラキオス王。

「私は、聖ヨト時代から連なる血をもつ者。エトランジェに魂を奪われる事はありません。」

断固言い放つレスティーナ。

「どちらにしてもこの者の居場所は此処しかないのです。それならば、下手に縛り付けるよりは、餌を与えて飼いならした方が得策でしょう。」

冷たい目でユートの事を見る。

「ふむ。確かに一理あるな・・・・・・・。」

考え込むラキオス王。

そんな二人のやり取りを、はらはらしながら聞いているユート。期待して次の言葉を待つ。

暫くして王が口を開く。

「よかろう。エトランジェよ、娘を解放してやろう。だが!娘を連れて逃げようなどとは思わぬ事だ。」

念を押すラキオス王。

「エトランジェよ、解っているとは思うが、もし今後の戦果が下がるような事があれば、即座に城に連れ戻す。それを忘れないよう。」

レスティーナが忠告をする。

「はっ!」

ユートは内心小躍りしそうだった。経過はどうあれ、カオリが戻ってくる。少なくとも今までのような寂しい思いをさせなくてすむ。このときばかりはレスティーナ王女に感謝した。

現金な話かもしれないが、先ほどまでの罪の意識は薄らいでいた。

「後で娘を館まで送らせよう。そなたは先に館まで戻っていなさい。」

「はい!」

話は終わったのだろう。ラキオス王とレスティーナ王女は謁見の間から出て行った。ユートとエスペリアも館に戻る。

 

 

レスティーナは、謁見の間から出ると兵士に、【真実】のエトランジェを連れてくるよう命じる。

ほどなくして、シンがやってくる。

「おう。どうしたレスティーナ。お前から呼び出すとは珍しいじゃないか。と言うより初めてか?」

人前でも気にせず、いつも通りに話しかけるシン。レスティーナもそれを気にすることなく口を開く。

「・・・・カオリを開放することが決まりました。」

単刀直入に言うレスティーナ。

「おっ!まじっ!?・・・・・そいつは結構な事じゃないか。ユートも喜んだろう。」

「ええ、表面上変化はありませんでしたが、喜んでるのが手に取るように解りました。」

軽く微笑むレスティーナ。

既に人のいる場所は通りすぎてるので、周りを気にせず話す。

「あなたには、カオリを館まで送ってもらいたいのです。」

「おう、いいゾ別に。」

軽く引き受ける。

「カオリは部屋にいますので、丁重にエスコートしてください。」

「解ってるって。安心しろ。確実にユートのところまで送ろう。」

「では、お願いします。私はまだ用があるので一緒に行けませんが、部屋に入る許可は出してありますので。」

「あいよ。」

そう言って、レスティーナとシンは別れた。

 

 

《カオリの部屋》

 

コンコン。

乾いた音が廊下に響き渡る。

これからは、ユートと一緒にすごせると解ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。

きっと、大喜びするだろう。感動のあまり泣いてしまうかも。

「は〜い。」

中から、カオリの声が聞こえる。

「カオリちゃん。えっと、如月だけど、入っていいかな?」

「えっ!?如月先輩?はい、どうぞ。」

シンはドアを開けて中に入る。

カオリはイスに座って本を読んでいた。

「やぁ。元気か?」

「あ、はい。元気です。・・・・・・・・えっと、それで何か御用でしょうか?」

「うん。今すぐ荷物をまとめてくれ。この部屋を出る。」

「えっ?どういうことですか?」

何の事だか、まるで解らないといった顔になるカオリ。

シンは笑って答える。

「おめでとうカオリちゃん。今日からはユートと一緒に暮らせるぞ。」

「えっ!!??ほ、ホントですかっ!?お兄ちゃんのとこに帰れるんですか?」

期待と不安で一杯の表情になるカオリ。

「ああ。ホントもホントだ。今から、ユートが暮らしてるところまで送るからさ、すぐに準備しようぜ。ユートも、今か今かと待ってるぞ。」

「は、はい〜。」

シンの言葉を聞いて、慌てて準備し始める。準備とは言っても、もともと持ち物は少ない。せいぜいフルートと本、それにいくばくかの小物類だけだろう。

思ったとおり、カオリの準備はすぐに終わった。

「如月先輩、おわりましたー。」

「おしっ。んじゃ行こうか。・・・・そういや、レスティーナにはアイサツしとかなくていいのか?多分これからは、簡単に会えなくなるぞ。」

「あっ!そうですね。」

肝心な事を忘れてたという顔になる。

とはいっても、現時点でも何処にいるか判らない。

と、思っていたその時、ドアをノックする音が聞こえる。

コンコン。

「カオリ・・。わたくしですが・・・。」

声の主は今話題に上っていたレスティーナ。グッドタイミングだ。

「はいー!」

カオリは慌ててドアを開ける。

そこには微笑んだレスティーナが立っている。

「間に合ったようですね。」

準備が終わっているカオリを見て、レスティーナが答える。そして、さらに言葉を続ける。

「これからは簡単に会う事はできなくなるでしょうから、最後にアイサツをと思いまして。」

「はい。今まで色々とありがとうございました。レスティーナ王女様やオルファがいなかったら私きっと耐えられませんでした。」

カオリは寂しそうな顔でレスティーナを見る。

「そんな事はありませんよ。私達が、貴方達にしたことを思えば、決して許される事ではないのです。あなたをユートのもとに帰す事が出来てよかったです。これからはユートを支えてやってください。私達が言うのには、勝手な言い分でしょう。本当に申し訳ありません。」

レスティーナがホントに申し訳なそうな顔をする。

「いえ、いいんです。レスティーナ王女様のおかげで、お兄ちゃんのところに帰れるんですから。今はそれだけで充分です。」

「・・・・・ありがとうございますカオリ。新しい場所に行っても元気で。」

「・・・・・はい。今までありがとうございました、レスティーナ王女様。」

最後に二人は握手をする。

(まるで今生の別れだな。)

シンは思う。

「さて。んじゃ、そろそろ行こうかカオリちゃん。」

話が終わったのを確認し、カオリに声をかける。

「はい。お待たせしました。」

そう言って廊下に出るカオリとシン。

「じゃあな、レスティーナ。」

レスティーナに片手を上げてアイサツするシン。

「カオリの事お願いします。」

「おう。任せとけ。」

そう言ってスピリットの館に向けて歩き出すシンとカオリ。

 

 

《スピリットの館玄関前》

 

「さて、カオリちゃん。此処が今日から君の住むところだ。そしてユートがいる場所だ。開けるといい。」

ドキドキしながらドアに手を伸ばすカオリ。

そしてドアを開ける。

「お待ちしておりましたカオリ様。」

カオリを出迎えたのはエスペリア。

「わたくしは、グリーンスピリットのエスペリアです。以後お見知りおきを。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「さぁ、こちらへどうぞ。ユート様がお待ちです。」

エスペリアの言葉を聞いたとたんカオリは走り出す。

もう我慢の限界だったのだろう。

「お兄ちゃんー!お兄ちゃんー!」 

そういいながら廊下を走っていくカオリ。

「カオリー!カオリー!」

奥からはユートの声が。

そして、静かになる。

「静かになったな・・・。」

「そうですね・・・・。」

シンとエスペリアが言葉をかわす。

廊下を歩いて、ユート達のいる部屋へ向かう。

部屋を覗き込んでみるとそこには、涙を流しながらユートに抱きつくカオリと、それを受け止めるユートの姿があった。

 

(・・・・・・これで憂いが一つ減ったな。)

絶つべき憂いはまだまだたくさんある。

シンの新たな旅路はまだ遠い。

 

                                                                                     続く

あとがき

予想に反して、一話で終わらせる事が出来なかった・・。

思ったよりも長くなってしまいました。

さて、次回こそはシンを旅立たせて見せます!

ラキオスの王の死と、第二館のみんなとの会話を書いて、んで、旅立ちだ!

まだ、どういう旅立ちになるかは判りません。

これからもよろしくお願いします。