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「・・・約束どおり無事に戻ってきたぞ。」


      「いや〜、しかし俺としてはもうちょっと胸があった方が・・・。」


「此処から出たいと思わないか?」


      「・・・ん・・・ありがと【真実】。」






イレギュラーズ・ストーリー

第六章 続・思いを胸に


《イースペリア・ランサ》

現在ユート達はイースペリア領、ランサへ来ている。
ヒエムナでサルドバルトの同盟破棄の情報を聞き、急ぎキロノキロへ進攻。
そしてダーツィを落とす事に成功していた。
今はイースペリアへと進軍を開始したサルドバルトからイースペリアの救援のためにイースペリアの首都へと向かっているところである。
・・・イースペリアの救援。・・少なくともユートはそう思っていた。


「エスペリア、特別指令って何なんだ?」
ヒエムナでエスペリアの言っていた特別指令の言葉を思い出し、尋ねる。
その問いに眉をひそめながらエスペリアが答える。
「・・・・ イースペリアのエーテル変換施設を機能不能にせよ、との事です。」
辛そうな顔をしながら、さらに続ける。
「最優先事項です。あらゆる救助活動は行うな、と」
訝しげな表情で命令を伝える。
「何でそんな事を・・・そんな事よりもイースペリアの人達を保護するのが・・・・、救援に行くんじゃないのか、俺達は?」
指令に納得のいかないユート。
「そんな命令聞けるか!俺達は保護を優先・・」
「ユート様!これは・・・」
ユートに最後まで口にさせずにエスペリアが割り込む。
「これは・・・・王の命令なのです。」
察してください、と言うような目である。
・・・・そう。逆らってはいけないのだ。
そうしないとカオリもエスペリア達も・・・・どうされるか判らない。
「っく!」
そうだ。カオリのために、自分の心を殺そうと決めたのだ。
・・・迷ってはならない・・。


《ミネア》

シン達は今イースペリア領ミネアに来ている。
神剣の力も使い、シン達はここまで二日日足らずで来ていた。

北側の方はまだ侵略されて無いらしく、ここまでサルドバルトのスピリットに会う事は無かった。
だがここからは、直接イースペリア王都へと続く街道のある、ダラムへと向かう道だ。
スピリット達も配置されているだろう。

ユート達も伝言を受けて、イースペリア王都へと向かっている筈だ。
このままいけば、時間的にいって、ダラムで合流できる可能性は高い。
ラキオス王が何かを企んでいるのだ。このままでは多くの命が意味も無く消えていくかも知れない。
そうさせないためにも、急がなくてはいけない。

「もう少しでダラムに着く。多分敵も待ち構えてるだろう。二人とも気をつけろ。」
新たに仲間となった二人のスピリットを気遣う。
「はい、わかりました。大丈夫です。」
「ヘーキ、ヘーキ。お姉ちゃんも一緒だし。」
頼もしい返事を返してくれる。



《ダラム》

ユート達は、サルドバルトに占拠されたダラムを攻めていた。
さすがにここはスピリットが多い。
それでも徐々にラキオス側が押し始めている。

「居合いの太刀!い、いきますっ。!」
ヘリオンが一体のブラックスピリットに向かって攻撃を繰り出す。
敵スピリットは既に神剣に飲まれている。
その分神剣の力も引き出しており、ヘリオンの攻撃はあっさりと受け止められてしまった。
いや、むしろカウンターで逆にダメージを受けてしまう。
「きゃあ!」
衝撃で後ろに下がる。
「・・・ハァー!」
その隙をつき、追撃を仕掛けてくる敵スピリット。
刀に手をかける敵スピリット。
ヘリオンはまだ体制を崩したままだ。
「あっ・・・。」
ヘリオンの脳裏に死がよぎる。

・・・・が、敵の刀はいつまで経ってもこなかった。
見上げるとそこには、ヘリオンと敵スピリットの間に割って入った、シンの姿があった。
シンが敵の攻撃を受け止めている。
「シ、シン様・・・。」
ポロっと口からでる。
「おう。無事か。・・・約束どおり無事に戻ってきたぞ。」
敵の攻撃を受け止めたまま答えるシン。
そして敵の剣を弾き返し、一気に攻撃を仕掛ける。
「・・・・・画竜点睛の突!」
その一撃で敵スピリットをマナの霧へとかえる。
「すまん・・・・。」
その光景を見ながら呟くシン。

「何とか間に合ったようだな。」
ヘリオンを見ながら口にする。
「あ、は、はい。」
まだボーっとしている。
「よし、他の救援に行くぞ!」
ファーレーンとニムントールは町の入り口で別れている。
ユート達も大丈夫だと思うが、この目で確かめるまで判らない。
「シン様っ!?」
その時になり、ようやく我に返ったのか、ヘリオンが大きな声を上げる。
「な、なんだ・・・。」
その勢いに押される。
立ちすくむヘリオン。
そして、涙を流す。
「・・・無事でよかったです。」
嬉しそうに笑うヘリオン。

(むっ!・・かわいい・・。)
抱きしめたくなるくらい、かわいい。
いや、いっそ抱きしめてしまえ。
思わずヘリオンの腕を引いて、抱きしめる。
ギュッ。
「あ、えっ!」
急に抱きしめられて顔を真っ赤にするヘリオン。
「あ、あの。」
モジモジ、モジモジ。
ギュギュッ。
もっと抱きしめる。
(むぅ。抱きしめるっていうのは本当に落ち着くな・・・・・。)
抱きしめる事の気持ちよさを堪能しまくる。
ギュッ。
やめられない。

(『おーい。』)
「あっ!」
【真実】の声に我に返るシン。
「わ、わわわわわ、悪い!」
慌ててヘリオンを離す。
もう、そりゃぁ無茶苦茶焦るってもんだ。
「//////////」
なおも顔を真っ赤にさせるヘリオン。
「//////////」
同じくシンも。

お互い何も言わないまま暫くして
「・・・・・い、行こうか?」
シンから口にする。
「//////は、はい。」
ヘリオンもそれに答える。
そして二人して皆の救助に向かった。


ダラムは、ほどなくしてサルドバルトから解放された。
その後急いでイースペリア王都に向かう。
王都ではいまだにイースペリア兵とサルドバルト兵が戦っており、まだ民衆の避難もすんでなかった。
町のいたる所で、火の手が上がっている。
そんな中、シン達はエーテル変換施設へと向かっていた。

エスペリアから命令を聞いたときは、これはいよいよもって怪しい、とシンは感じていた。
ただ何が起こるか判らない以上は、警戒するぐらいしかやる事がなかった。
ユート達は危険だと判っていても、王の命令である以上、それに従うしかないのだ。
それ以外の選択などありはしない。
ユート達だけに背負わせる必要はない。
王が何を企んでいるのか、その真実を確かめるためにも、シンはユート達と共に変換施設へと向かっていた。


変換施設にたどり着いた時は、既に城の一部は炎上し始めていた。
急がなくてはいけない。
今は俺とユートとエスペリアだけで行動している。
アセリア達は陽動をかけている。それと同時にハリオンやヒミカ達は俺の頼みをきいて、イースペリアの民の避難の誘導してる。
少しでも被害を抑えなくてはいけない。命令に背く事になるが、そんな事知った事ではない。

「くそっ。」
ユートが悪態をつく。
周りではイースペリア兵とサルドバルト兵が交戦しているが、圧倒的にサルドバルト兵の方が優勢である。
このままではイースペリアの全滅は必至だ。

「エスペリア。何故変換施設を機能不能にする必要があるんだ?」
ユートが疑問を問いかける。
「理由は簡単です。敵側に利用されないようにするためです。動かせる状態で落とされては直ぐにでもラキオスに攻められてしまいます。そうなればいくらラキオスでも・・・・。」
最後は言葉を濁す。
考えれば当たり前の事だ。
侵略する者も、それを阻止する者も、実際に戦う者達の事など考えてはいないのだ。どちらから見ても、俺たちはチェスの駒と同様なのだろう。
まったく気に食わない話しだ。


「それにしても変だな・・・。」
周りを警戒していたシンが呟く。
「ハイ。・・・おかしいです。」
エスペリアもそれを肯定するように頷く。
「何がだ?」
ユートが、何故とばかりに問いかける。
「エーテル変換施設は、国の中枢だぞ。言ってみれば最後の防衛線だ。それなのに何故こんなに防衛が手薄なんだ・・・・。」
「前面にあれだけ部隊を集中させてるからじゃないのか?」
ユートはそう言うがいまいち納得できない。
エスペリアも納得がいかないといった顔で周りを見渡していた。


「ここです。」
エスペリアが言う。
そこには、宙に浮かぶ巨大な水晶のようなものに、巨大な永遠神剣が刺さっている光景が見られた。
周りは青い石に囲まれ、無理やりつけたような機械が駆動音をたてている。
この部屋全体が機械のようになっているらしい。
シンもユートも黙ってそれを見上げている。

「驚きましたか?これが変換施設の中心です。」
淡々と説明するエスペリア。
(「これが、変換施設・・・。それにしてもこの機械群は、俺たちの世界の機械とそれ程変わらないじゃないか。この世界の文明水準からすると、無茶苦茶違和感あるな。」)
(『真実とは、えてしてそう言うものです。所詮人の理解など超えてるのが当然なのです。』)
【真実】が悟ったように言う。

「こんなのどうやって機能不能にするんだ?」
ユートがエスペリアに尋ねる。
「マナ吸引装置を破壊すれば、マナを吸引できなくなり、全ての機能が停止します。」
そう答えるエスペリア。
「ユート様、シン様。警戒をお願いします。」
「気をつけろ。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言って、制御版で何か操作し始めるエスペリア。


暫くしてシンは、僅かだが神剣の気配を感じて、【真実】を構える。
「どうしたんだシン?」
その問いにシンは、顎を入り口の方へしゃくって答えた。
そこにはいつの間にやら、黒い人影があった。
「敵か!いつの間に。」
ユートが【求め】を構える。

(「こ、こいつ・・・・、強い・・。」)
相手から伝わる、力に冷や汗を流すシン。
(『かなりの強さですよ、このスピリットは・・。今の貴方と同等くらいでしょうか。いえ、上かも・・・・。』)
(「ユートじゃ無理だな。」)
(『ですね。』)

「ユート下がってろ・・。エスペリアを頼む。」
冷や汗を流しながらユートのそう伝えるシン。
ユートもシンの強さは知っている。強さはアセリアよりも上なのだ。そのシンがこれほど緊迫した表情になるって事は、このスピリットはそれ程の強さなのだ。
悔しいが自分じゃ足手まといにしかならない。
「解った、気をつけろ。」
そういってエスペリアのところまで下がる。何かあってもエスペリアだけは守るつもりだ。

ユートに言葉を残すと、シンは一気に敵スピリットへと切り込む。
敵スピリットは僅かに前傾姿勢になり、剣に手をかけ・・・・・・消えた。
ギンッ!!
刹那、剣が弾ける。
「グッ。」
ギンッ!!
ガキーン!!
何度か剣を交える。
(は、速い・・・。まずい、しゃれにならん。)
焦るシン。
ブラックスピリットとは言え、こいつの速さは破格だ。
「ほう・・・。」
敵スピリットが僅かに驚きの声をあげる。

(居合いを使うのか・・・。)
・・・そう。刀を抜く動作は見えるのに、抜いたと思ったら次の瞬間には、また鞘に収まっている。
「少しはできる・・・・ならば!!」
そう言って、再び刀に手を伸ばすスピリット。
ギンッ!
「ぬん!」
シンは力強く弾き返す。
そして、
「フォース!!」
左手からフォースを放つ。
「フッ!」
横に飛んでかわす、スピリット。
そのまま地を蹴り、シンに攻撃を仕掛けてくる。
相変わらず速い。
シンもそれに向かって突進する。
相手ほどではないが十分速い。
ユートは目でついていくのがやっとだ。
「ハッ、タッ!ハァァァァ!」
「おぉぉぉ!!」
激しく剣がぶつかり合う。
しかし小回りの効く刀と、中距離用の槍。接近戦では分が悪い。
シンはついに刀をその身に受けてしまった。
「ぐっ!」
右肩口から血が流れ出す。しかし深くはない。
流れる血は金色のマナとなって霧散していく。
苦痛で表情を歪める。
だが斬られながらもシンはフォースの魔法を零距離で打ち出していた。
流石にその距離では避けられなかったようで、敵スピリットも吹っ飛んでしまう。
とは言っても、フォースには殺傷力はほとんど無いだ。もともと敵の技を相殺したり、敵のバランスを崩すために編み出したものなので、それ程威力がある訳ではないのだ。

「シン!大丈夫か」
ユートが叫ぶ。
「あれは帝国の。」
エスペリアが制御盤から顔をそらして口にする。
「あいつは帝国のヤツなのか?」
ユートが聞く。
「ハイ。あれは漆黒の翼ウルカ。サーギオス遊撃隊員最強のスピリットです。」

シンが立ち上がる。同時に漆黒の翼ウルカも起き上がる。
「シン様気をつけてください!!」
エスペリアが叫ぶ。
外から足音が聞こえてくる。敵か味方か解らない。どちらにしても、こんな所でグズグズしてられない。
「エスペリア急げ。」
ユートが命じる。
「・・・もう終わります。」
エスペリアが操作する間にも二人の戦いは続く。
二人の戦いはほぼ互角と言える。
お互いかなり消耗しているようだ。
「・・・・終わりましたユート様。早く退避しなくては。」
「シン!撤退するぞ。」
ユートの声を聞き改めて、相手のスピリットを見る。
相手もシンを見てくる。
にらみ合う二人。
暫くしてシンは後ろにとんで下がる。
(強かったな・・・。こんなヤツもいるんだな・・・)
ギリギリの攻防だったと思うシン。

「悪いが今回はここで引かせてもらう。」
シンがスピリットに言う。
「エトランジェか・・。良い腕をしている・・・。」
お世辞ではないのだろう。口は微笑を浮べているが、目は真剣だ。
「手前の役目は終わりました。これ以上戦うつもりはありませぬ。」
「そう言ってくれると助かるな。」
再び睨みあう二人。
そして、
「手前の任務は攪乱、首尾はよく・・・・戦う理由も消えました。」
簡単に自分の目的を話すウルカ。
「手前はウルカ。サーギオスの遊撃隊員。・・・貴殿の名前を教えてもらえませぬか。」
「・・・俺はシンだ。」
「感謝いたします。・・・・ではまた戦場で・・。」
「ああ、またな。」
シンは軽く返事をする。
ウルカは少し笑って、その場を去っていった。



外に待機していたアセリアたちと合流し変換施設を離れる。
現在は郊外だ。変換施設からはかなり離れている。

「っ!!」
一瞬背中がゾクリとする。
どうやらユートも同じだった様で嫌な顔をしている。
「今の感じたかシン?」
「ああ、嫌な感じだ・・。」
その時【真実】から緊迫した声が聞こえてくる。
(『シン!急いでこの場から離れて下さい!』)
(「どうしたんだ?」)
(『変換施設の神剣が自ら、滅びを選ぼうとしています。ここにいては巻き込まれてしまいます。急いでください!』)
イースペリアの人達をもっと救助したかったが、現在の自分の状況を考えると無理だと判断する。ウルカにやられた傷はまだ癒してないのだ。

「直ちにイースペリアから全力で撤退する。」
突然皆に命令するユート。
おそらくユートも【求め】から警告を受けたのだろう。
皆きょとんとしている。
「急ぐぞ!」
シンも皆にそう言う。
皆ユート達の真剣さを解ったのだろう。直ぐに撤退を開始した。
シンは傷口を押さえながら、撤退していった。


今はイースペリアから離れ、だだっ広い草原にいる。
ユートは物思いに耽っている。
そんなユートにエスペリアが近づく。それを遠巻きに見るシン。
なにやら手帳を見て話し込んでるようだ。
「っ!!」
その時先ほどの背中が凍りつくような感覚が再び襲う。
さっと立ち上がる。ユート達も同様に立ち上がる。
マナが異常なのだ。
(「何が起きている!」)
(『神剣が死を選んだんです!マナ消失がきますよっ!皆と力を合わせてください。』)
エスペリアも同じ事を皆に言っている。
「みんなイースペリアの方角に全力で防御を!マナ消失がきますっ!」
そして・・・・・

ゴォーーーー!!!!!!


あってはなら無い事だろう。
動物も人間もスピリットも分け隔てなく死が襲う。
一体どれだけの命が失われるのだろうか。

膨大な量の力が皆を襲う。
みんな声にならない叫びを上げる。
「・・ぁぁぁ!!!」
「・・・くぅぅぅうぅぅ!!!」

・・・・いつまでも続くのかと思われたそれは、急に音も無くやんだ。
みんな何とか無事だった。
しかしシンはもともと怪我していた事もあって、相当に弱っていた。
(これはまずいな・・・。はやく治癒してもらわねば・・・。)


「シン様、大丈夫ですか?」
ヘリオンが心配そうに聞いてくる。マナ消失を耐え抜いて急に倒れたシンを見て、初めてシンの怪我に気づいたのだ。
それまでは癒す時間も無い事もあって、ほったらかしにしたままだった。
「無理をしてはいけませんよぉー。」
ハリオンが近づいてくる。癒すつもりなのだろう。
ビクッとするシン。
(まさかまた前の様に・・・。)
前に癒してもらった時の事を思い出し、少し赤くなる。
(『・・・・・・ジトッ』)
【真実】が睨んでる・・・。
(「まだ何もしてない!」)
慌てて言うシン。
(『・・・・・・まだ?』)
(「俺は無実だ!」)
(『私は【真実】です!』)
(「だぁー!ボケるんじゃない!」)

そんな事を言い合っている間にもハリオンは近づいてくる。
「うふふふふふ。」
ハリオンはニコニコしている。
「お、お手柔らかに・・・。」
シンがハリオンの顔を見ながら、微笑を張り付かせたまま言う。
「・・うふっ。・・・・えーい!」
ハリオンがニコニコしながら飛びついてくる・・・・・が、その動きがガクンと止まる。
「あらあらあら・・・。」
どゆこと?みたいな顔で後ろを見るハリオン。
そこには、ハリオンのやろうとする事を予測していたのか、その行為を邪魔しようとするヘリオンの姿が。
「あ、あははははは。」
笑ってごまかすヘリオン。実際にはハリオンはシンを治癒しようとした訳であって、それを邪魔した自分は笑うしかない。
あら?といった顔で、ヘリオンとシンの顔を交互に見比べるハリオン。
「「////////」」
顔を赤くするヘリオンとシン。
やがてハリオンは、ムフッと笑ったかと思うと。
「まあまあまあまあ。」
「ち、違うんですハリオンさん。これは、そ、その・・・・・・。」
何が違うのか、モジモジしまくるヘリオン。
「・・・・・・えーい!」
ヘリオンの態度を見たハリオンは再びシンに飛びかかってる。
「モガッ!」
案の定ハリオンの豊かな胸に埋もれるシン。
「「「「「あーーーーー!」」」」」
大声を上げるヘリオンとシアー、ネリー、ファーレーン、ニムの五人。
ヒミカは一度見てるし、ナナルゥとセリアはそんな事にいちいち反応しない。
「ウフッ。とっちゃったぁー。」
ヘリオンを見ながら、子供みたいに声を上げるハリオン。
「むぅーーー!!!!」
怒るヘリオン。
それでもハリオンは、しっかりと治癒はしている。
(むぅ・・・。それにしてもこの感触はどうだろう・・・・。こう・・ポヨ〜ンとして・・・なかなかに味わい深い一品である。)
完全にオヤジ化しているシン。
(『・・・ギロッ』)
(「ははははは・・は・・・は。」)
【真実】の事を忘れてた。後悔しまくりのシン。
今度からはエスペリアかニムに頼もう・・・・・・。
その後ハリオンとヘリオンとの間を揺れていたシン。
「・・・サイテー。」
そんなシンの姿を見たセリアがボソっと呟いた・・・・・。


《ラキオス》

イースペリアのマナ消失から既に一週間近くが経過している。
マナ消失が起こったとはいえ、それでもラキオスは大量のマナを獲得した事になる。
そして混乱に乗じてイースペリアを完全に掌握した。
今回の事を正式にサルドバルトに抗議。
そしてサルドバルトとの開戦へとつながっていく。

しかしイースペリアのマナ消失のため、ラキオス、サルドバルト双方とも、事後処理に忙しく、今すぐに戦が始まると言う事は無かった。暫くの間はのんびりできそうである。ダーツィ戦からずっと休み無く動いていたのでいい骨休めと言ったところだろう。


「あの髭ジジイめ、最初からマナ消失を起こすつもりだったんだな。」
シンは部屋の中で一人ボヤク。
『何を考えてるんでしょうね。マナ消失などイタズラに被害を拡げるだけでしかないと言うのに。』
「目先の事に縛られすぎてんだよ。・・・・・やっぱりあいつじゃ駄目だな。何とかしてレスティーナに王権を移さないと・・・。このままじゃ、意味の無い被害がどんどん増えていくばかりだな。」
今回のマナ消失で失われた命は百や二百ではすまない。
それが、あの王の身勝手な考えからきた被害なのだ。
ハイ、そうですか、と納得できるもんじゃない。

「クソっ!」
上手く考えがまとまらない。
「散歩でも行ってくるかな。」
気分転換に散歩に行こうとする。
『夜の九時ですよ?』
「月夜の散歩もたまにはいいもんさ。別にお前は待っててもいいぜ、適当にぶらつくだけだから。」
『では、そうさせてもらいます。』
そう言うとシンはは静かに部屋をでた。

適当にぶらつく。
第一詰め所のほうに行ってみると、ユートの部屋の明かりがついている。
「あいつは、人一倍悩むからなぁ。今回の事で落ち込んでんのかな?」
カオリの為とは言え、マナ消失を引き起こし、多くの命を奪ってしまったのだ。
あのユートが罪悪感を感じてないわけが無い。
ユートだけではない。
実際に暴走させてしまったエスペリアも、気丈に振舞っているが、たまにふさぎ込んでることがある。
もともと争いを好んでないエスペリアなのだから当然なのだが。もう少し弱味を見せてもいいと思う。
きっとユートもそう思ってるだろう。

街外れの方に行ってみる。
街外れは大きな湖があって、シンは、たまに気分転換に散歩に行っている。
今夜は満月なので、より一層、湖は綺麗に見えるだろう。

「先客がいるな・・・。」
湖につくと、そこには女の子が一人、湖を見ながら佇んでいた。
自分と同じくらいだろうか。静かに湖を見ている。

「女の子がこんな時間に一人は危ないんじゃないか?」
女の子の後ろから声をかける。
「えっ?」
団子頭の女の子が振り返る。
(あれ?こいつは・・・・)
見た事のある顔だ。
「あっ!?あー!!あ、あ、あ、あははは。」
大げさに驚く女の子。
「そんなに大きな声を出すなんじゃない。捕って食いやしないよ。」
「あっ、あ、そう・・だよね。あははははは。」
笑ってごまかす少女。
「で、何やってんだ?危険じゃないのか、こんな時間に女一人で。」
「わたしはただの散歩。今日は月が綺麗だから。・・・・ここ、私のとっておきなんだ。」
改めて、湖の方を見る少女。
「わたし、レムリア!この街に住んでるの。」
少女が自己紹介をする。
(はっ!?レムリア?何言ってんだこいつ?)
「君はエトランジェ君だよね?有名だもんねぇ。」
「・・・・ああ、そうだが。・・・シンだ。」
(ひょっとして・・・変装してるつもりなのか?レスティーナのヤツ・・。)
どっからどう見ても変装だと丸判りだが、どうやら本人は他人になりきってるつもりらしい。
髪型と服装を変えたくらいで変装してるつもりなのだろうか・・。顔は変わらないし、声も同じだ。
こんな変装に騙されるのは、ユートくらいのもんだろう。

「君はエトランジェが怖くないのか?」
レスティーナがその気なので、騙されてやる事にした。
普段とは違うレスティーナを見るのも面白いものだ。
「私は別に、エトランジェとかスピリットとか気にしないよ。」
さばさばした声で答えるレムリア。
「そいつはいい心構えだな。」
にっこり笑いながら言うシン。
その表情を見て、レムリアは顔を赤くする。

(おや?こいつもこんな顔ができるんだな・・・。・・・王女とはいえ、女の子ってことか。)
王女の仮面をはずした王女様。
これが本来の素顔なのだろう。
気丈に振舞っているが、女の子なのだ。

「ねぇ、シン君はこの国の事は好き?」
レムリアが顔を赤くしたまま、たずねてくる。
視線は湖に向けたままだ。
「そうだな・・・。なかなか気に入ってるよ。・・・最初この国に来た時はそうでもなかったけどな。」
いままでの事を思い返す。
一人だった時に比べて、この国のなんと居心地のいい事か。
もとの世界にいた時は、一人でいる事を好んでいたのに、いつの間にか仲間と共にいる事が、シンにとってすごく気持ちのいいものにかわってきている。

「よかった。私この国の事大好きだから、好きになってもらえて嬉しいよ。」
屈託の無い、嬉しそうな顔で答えるレムリア。

「・・・・・」
「・・・・・」
お互い黙って夜空を見続ける。
戦争中だとは思えないほど、ゆったりした空気が流れている。
見事な星空だ。
この景色を守るだけでも戦う理由にはなるだろう。

暫くしてレムリアが口を開いた
「シン君は、どうして戦うの?エトランジェというだけで、この国の人達からは蔑みの眼で見られるのに、どうしてこの国のために戦えるの?」
あっさりした口調でレムリアは聞いてくる。
本当は、この国の王女としては、一番気になるところなのだろう。
王女としては聞きずらいから、レムリアとして聞いたのだ。

シンは眼を瞑って答える。
「・・・別にこの国のために戦ってるわけじゃない。でもこの国には仲間がいる。・・・みんな死んで欲しくない。傲慢な思いかも知れないけど守りたいと思ってる。それにこの戦争の先に、彼女達にも幸せが待ってるかもしれない。・・・・彼女達の幸せのために頑張ってるヤツがいるんだ。・・そいつは一人で問題を抱え込んで、一人でどうにかしようとしていた。ホントにバカなヤツだよ・・・。もっと周りを頼ればいいのにな。一人じゃいつか潰れてしまう・・・。・・・・そいつの理想のためにも、戦う。そいつの理想は俺の理想でもあるからな。」

レムリアは顔を赤くして嬉しそうな顔をしている。
勿論このシンのいう奴とはレムリア=レスティーナの事である。
シンもレムリアがレスティーナと知った上で、あえて事実を言ったのである。
これで少しは、一人で抱え込むような事は少なくなって欲しい。
もっと自分達を頼って欲しいと思う。
一人で抱え込むには大きすぎる問題だ。

「すごいねシン君は。・・・よーし!私も自分に出切る事を精一杯やろー!」
顔を赤くしたまま、気合の入った声をあげる。
「何をやるんだ?」
「勿論ヨフアルをおなか一杯食べる事よ。」
眼を輝かせて答えるレムリア。
「こらこら、何だそれは・・。」
呆れるシン。
「あっ!呆れないでよぉー。」
頬が膨れる。
「シン君達が守ってくれた日常を、幸せに過ごすというのが礼儀ってもんでしょ。ヨフアルはサイコーに幸せになれるもん。」
ブーブー言うレムリア。
それを聞いたシンは苦笑して、
「そうだな、精一杯日常ってヤツを噛みしめとけ。後悔のないようにな。」
「うん!」
シンの言葉に、レムリアは笑顔で答えた。


《第二詰め所》

「・・・ってな事があったよ。まぁ、あいつも女だって事だな。」
レムリアと話した後、第二詰め所に帰ってきて【真実】にレムリアとのやり取りを話す。
『ふむ。今回は泣かせなかったようですね。』
【真実】が軽口を叩く。
「当然だ・・あんなのは、二度と御免だからな。・・・・・さてと、風呂に行きましょうかねぇ〜。」
『むっ!ナイスアイディアですね、それは。』
嬉しそうな声をあげる【真実】。

部屋を出て、浴場へと向かう。
浴場へと着き、脱衣所へと入る。
服をスパッと脱ぎ、全裸になる。
この時間なら誰も入ってないはずだから、人目を気にせず入れる。
『ふんふんふ〜ん♪』
【真実】もやけにノリノリだ。

ガラッ。
【真実】を片手に全裸で浴室の扉を上げる。
「いざっ!出陣!!!」
『おーーー!』
手を上げて浴室に入る。
そしてそのままシンは固まった。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
浴室の中には、あがろうと思ったのだろうか、足だけ湯船に浸かったセリアの姿があった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
沈黙が続く。
いや、よく見るとセリアの眼やら口やらがピクピクしてる。
明らかに怒りのボルテージが上がってますよぉ〜、と言わんばかりだ。
裸のセリアと同じく下半身丸出しのシン。
あくまでも事故なのだが、男であるシンの立場が圧倒的にやばい。
加えて相手はあのセリアだ。
性格上、セリアとはよく憎まれ口の会話になってしまう。シンとしては、上手く隠してるつもりだったが、セリアは直感が優れていたようだ。シンの本来の顔は七割方見破られていた。
どうやら、いい加減なシンが気に食わないらしい。
しかもこんな状況下だ、この先の事は用意に想像できる。

そしてついにセリアが口を開く。
「っこんのー・・・・・スケベ大魔王!!!!!」
そう言って手近にあった桶を、物凄い勢いで投げてくる。
「うおっ!」
間一髪避ける。
「てっ、てめぇー何しやがる!!」
シンも負けじと桶を投げ返す。
セリアもそれを避ける。
「あんたねぇー。女に向かって手を上げるとは・・・、」
怒りのためだろう、体がプルプルしている。
やがて顔を上げ
「さっさと出て行って頂戴!」
「なんだと!俺は今入りにきたばかりだぞ。入れるまで帰れるか!って言うかお前が上がりゃいいだろう!」
『そーだ。そーだ。』
この状況下、普通なら【真実】は文句言ってくるのだが、風呂の時は別らしい。

「私も、今入ったばかりなの!」
「なんだと!冗談じゃねぇ、こっちはもう入る気満々状態なんだ。いまさら引けるか!!」
断固拒否するシン。
「あんたねぇ、これ以上まだ乙女の生肌を見る気なの!・・・・サイテー!」
「な〜にが乙女の生肌だ・・・・ペチャンコだろうが・・。」
ボソッと呟く。
「なんですってぇ〜。」
地獄耳なセリア。
そう、セリアは年はスピリットの中でも上の方だが、いかんせん体はスレンダー系なため、胸は大きくない。
実は本人も気にしていたりする。
「うるさい。とにかく俺は、テコでも核でも動かんぞっ!」
「私も出ないわよ!」
そう言って、改めて湯船に浸かるセリア。

(グッ、コイツ。どうしてくれよう。)
危険な考えがよぎる。
『入らずに帰るなど、あってはなりませんよ。何が何でも、湯船に浸かるのです。』
【真実】がマジ口調で話しかけてくる。
「お、おう。」

「ちょっとぉ。早く出て行って頂戴。大体お風呂に入るのに、何で神剣持ってきてんのよ。馬鹿じゃないの。」
湯船の中から首だけ出して、勝ち誇った様に言ってくる。
『・・・小娘・・・。・・・・どうやらマナの霧に変わりたいようですねぇ・・・・。』
【真実】が暴走しかけている。
「おいおい、落ち着け【真実】。」
シンがなだめる。
(そうクールに行こう。いつもの俺を思い出せ。俺は大人だぁ・・・・。)
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。」
少しずつ、シンも落ち着く。

「何、気持ちの悪い声出してるの?早く出て行って頂戴。」
セリアの言葉に、ムカッとしつつもシンはにこやかに答える。
「まぁ、セリア。ここは穏便に行こうじゃないか。お互い引くつもりはないんだし、いっその事、一緒に入ろうではないか。別にお前を捕って食うわけじゃないんだし。」
(クールだクールに・・・)
「こんな事で喧嘩しても大人げないだけだと思わないか?うん、そうだそうだ。」
きわめて冷静かつ、大人な振る舞いを演じるシン。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったわ。」
セリアも大人げなかったと思ったのか、シンの提案にしぶしぶ頷いた。
どうせ浴槽は広い。離れて座ってれば問題ないだろう。

(「おっしゃー。上手くいったぜぇ〜。どうよ【真実】?」)
(『見事です。パーフェクトです。文句無しです。』)
お互い上機嫌で浴槽に浸かる。
「はう〜。気持ち良過ぎだ〜。たまらん。」
『はう〜。ふに〜。』
お互いセリアがいることも忘れて、だらけモードに入る。

「ちょっと大げさじゃないアンタ?」
セリアが呆れた声で聞いてくる。
「解っちょらんねぇ〜。風呂は命の洗濯なんだぞ〜。」
だらけつつも返事を返す。
それからシンは【真実】を洗い始める。
ゴシゴシ、ゴシゴシ
「何やってんの?」
シンの行為を見てセリアが聞いてくる。
「何って見りゃ解るだろう?【真実】を洗ってるんだよ。」
「何でそんな事するの?」
「何でって、コイツ風呂好きなんだよ。一日一回は風呂に入らないと機嫌が悪くなるし、コイツには世話になってるからな。まぁ、コミュニケーションみたいなもんだな。お前もあるだろうそう言うの?」
柄の部分を磨き、刃の部分も磨く。
その度に【真実】から、『うにゅ』だとか『うにゃ』だとか、気持ちのよさそうな声が聞こえてくる。

「私にはそんなのないわ。【熱病】の声なんて、たまにしか聞こえないもの。聞こえたとしても、多分アンタと【真実】みたいな関係じゃないと思う。ハッキリ言って、アンタと【真実】のような、信頼しあえるパートナーって感じじゃないもの。」
そう言って、少し悲しそうに俯く。
それを見てシンは、
(・・コイツもこんな顔ができるのか・・・。・・・・こいつも女ってことか。)
いつもとは違うセリアの顔を見て、少しドキドキする。
「そんなに気にする事無いんじゃないか?ハッキリ言ってコイツが変わってるだけだしな。ユートの【求め】なんて、ロクなもんじゃないぞ。」
そう。【真実】が変わってるのだ。

「別に信頼するパートナーが一人な訳じゃないだろう?たくさん仲間がいるじゃないか。信頼してない訳じゃないだろ?」
「それはそうだけど・・・・。でも私って、ほらっ、何かいつも憎まれ口叩いちゃうじゃない?・・・・隊長のユート様にも敬語は使ってるけど不遜な態度は変わらないし。・・・私はみんなの事信頼してるわ。でも皆は私の事をどう思ってるのか・・・・、気になる・・・・・。」
低い声で弱々しく呟く。
普段憎まれ口を言い合っているシンに、このような態度をとるのはめずらしい。
あのセリアが、こんな悩みを持っていようとは思ってもいなかった。
いつもの、ふてぶてしい態度の裏にこんな一面が隠れていようとは。

「あいつ等は、お前の信頼に応えようとしてる・・・・。例えばヘリオンは、殺し、殺される事が嫌らしい。そんなの誰だってそうだと思うし、無理にそれをやる必要はないんだが、あいつはそれでも皆と一緒に進みたいから戦うんだそうだ。・・・ナナルゥなんかは、戦闘の時いつもお前の近くに居るぞ。気付いてるか?ナナルゥなりに、お前を守りたいと思ってるんだろうし、いざと言う時セリアなら助けてくれると信用してるんだろう。他のみんなも同じだがな。俺もそんな皆を、死なせたくないから戦ってる。勿論お前も含めてな。」
「・・・・。」
シンの話に黙って聞き入ってるセリア。いつの間にかシンの近くまで来ている。
「信頼ってのはそうやって固まっていくもんさ。」
(『いい事言いますね。十点あげましょう。』)
(「光栄です。」)
「そんなもんなの?」
セリアが解ったような、そうじゃない様な口調で聞いてくる。
「そう言うもんだよ。まぁ、難しく考える必要はないな。お前はいつも通りでいいんだよ。いつも通り、お前らしくあればそれでいい。」
ポンッとセリアの肩に手を置いて、笑って答える。
それに顔を赤くするセリア。

「あれ?どったの?顔赤いぞ?」
(はぁ〜ん、さては・・・。)
ニヤッとするシン。
「さては、惚れたな?この俺に。」
「なっ//////!」
その言葉にハッとするセリア。
「そうかそうか。今の俺カッコ良かったもんなぁ〜。うんうん。いや〜、しかし俺としてはもうちょっと胸があった方が・・・。」
セリアの肩に手を置いたまま、ぶつぶつ呟くシン。
セリアは顔を真っ赤にさせる。恥ずかしいからではないだろう。口の辺りがピクピクしている。
「な、な、何言ってんのよ!!気安く触らないでよっ!このスケベ大魔王!!!!」
バチ〜ン、バチ〜ン。
浴槽に大きな音が響く。
(『無様ですよ、シン。』)
浴槽にプカプカ浮かぶシン。
セリアの往復ビンタは見事に顎を捉えていた。


《シンの部屋》

「まったく、とんでもない目にあった・・・・。」
窓を開けて、顔だけ出して涼む。
「ふ〜、いい風だ。」
ボンヤリする。

その時風に乗って、王城の方から何かの音が微かに聞こえてくる。
♪〜♪〜♪
笛の音だろうか。
音が小さすぎてよく判らない。
「何だろうな・・・。」
部屋に戻って【真実】を手に取る。
目を閉じる。
「・・・・・・・。」
遠見の能力で見えるのは、後宮でフルートを吹いている少女の姿だ。
この世界に来てから見るのは初めてだが、ユートの義妹のカオリだ。

静かに目を開ける。
【真実】を持って立ち上がり、そのまま部屋を出る。
『今から行くのですか?』
「ああ。まだ話した事なかったからな。」
そのまま第二詰め所を出て、城の方へと向かう。

後宮近くまで来る。
今回も警備の兵士が多かったが、今回は【真実】も一緒であり、すんなり後宮に入る事ができた。
後宮に入るまでにも笛の音は聞こえてくる。
ユートの義妹の部屋はレスティーナの部屋の部屋の更に奥にあるようだ。
人質である事を考えれば破格の待遇だろう。
笛の音はまだ聞こえる。


一つの扉の前で立ち止まる。
おそらくここだ。中からフルートの音が聞こえてくる。
静かに扉を開け、気配を殺して中に入る。

中には、窓を開けてフルートを弾いているカオリと、その側のイスに座って演奏を聴いているレスティーナの姿が見受けられた。
二人とも入ってきたシンにはまるで気がついていない。
(レスティーナ帰ってきてたんだな。まぁ、王女が城から長く抜け出るわけにもいかないからな。・・・・・・それにしても、なかなか良い曲だな。)
♪〜♪〜♪
ゆったり、のんびりした音色が部屋の中だけではなく外にまで響きわたる。
♪〜♪〜♪ ♪〜♪〜♪

暫くしてフルートの音が止む。
「良い曲でしたよカオリ。」
レスティーナがカオリに賛辞を送る。
「ありがとうございます。レスティーナ王女様。」
カオリも照れながらそれに応える。

「まあまあだったな。」
シンが扉の近くの柱から声をかける。
「「えっ?」」
その声に反応して、二人一緒にシンの方へ顔を向ける。
そこでようやくシンの存在に気付く二人。
「あなたは・・・。」
レスティーナが最初に口を出す。
「えっ、あっ、あの。」
カオリはまだ状況を把握できていない。

「よぉ。」
片手を挙げて二人に応えるシン。
「貴方は、またこのような時間に女性の部屋を訪ねてきたのですか?」
レスティーナが呆れたように言う。
「無礼は承知の上さ。なかなかステキな音色が聞こえてきたものでね。気になってな。」
ヒョウヒョウと答える。
そしてまだオロオロしているカオリの方へ顔を向けて、
「はじめましてかな、高嶺佳織さん。」
「あっ、はい。・・・・あの如月先輩ですよね?」
おずおずと聞いてくる。
「おっ?知ってるのか?」
「はい。レスティーナ王女様に色々と教えてもらいましたから。あっ、でも、もとの世界にいる時から知ってましたよ。」
「そいつは光栄だ。・・・・・レスティーナ、変な事教えてないだろうな?」
ジトっとレスティーナを見る。
「失礼な。カオリに変な事など教えるハズないでしょう。」

「あの、それで何か用でしょうか?」
カオリがおずおずと聞いてくる。
「そうですよ。このような時間に、私の部屋ならともかく、カオリの部屋に来るとは・・・・。」
「こらこら。そのセリフは色々とヤバイぞ。私の部屋ならともかくって・・・。」
呆れ顔で答えるシン。
「まぁ、いいさ。さっきも言ったが此処に来たのは音色に惹かれたからだ。・・・まぁ、カオリちゃんとは一度話をしたいとは思ってたからな。」
「私と話ですか?」
「そうだよ。色々とね聞いておきたい事があるんだ。いいかな?」
「構いませんけど・・・・。」
特に考える事もなく、カオリは返事をする。
「と、言う事だレスティーナ。ちょっと席をはずしてもらっていいか?まぁ、ダメって言われても聞く気はないが・・。」
レスティーナの方へ顔を向けて口を開く。
「・・・・分かりました。ただし、シン。カオリに変な事をしないように。」
憮然として立ち上がるレスティーナ。
「捕って食いやしないよ。」
「では、私はこれで失礼します。・・・・良い曲でしたよ、カオリ。」
レスティーナは最後にカオリにもう一度賛辞を送り、部屋を出て行く。

部屋の中でシンとカオリが二人になる。
「さてと、ズバリ聞こうか。・・・君はユートが戦ってる事は知ってるな?」
「・・・・ハイ。」
少し俯きながら答えるカオリ。
「ユートは君を守るために、その手を汚している。・・・・君はその事に対してどう思ってるんだ?」
カオリの方を見ずに問いかける。
シンの質問にビクッとするカオリ。一番触れられたくない事だったのかもしれない。
自分の大好きな兄が、自分を守るために多くの命を奪っているのだ。とても言葉で表せるようなことではないだろう。
「わ、私は・・・その・・・。」
何も答えられないカオリ。
その声は今にも泣きそうだ。
(『もっと優しく!』)
(「そんな事してたら、本音で語り合えないだろう!いいから見てろ。」)
シンの声にしぶしぶ下がる【真実】
「答えられないか?まぁ、言葉にするのは難しいかも知れないな。・・・・じゃあ、質問を変えよう。此処から出たいと思わないか?」
「えっ!で、でもそんな事できません。私は人質なんです。」
シンの質問に今度は即答する。
「俺が此処から連れ出してもいいんだぞ?それくらいは出来る。そうすればユートだって戦う必要はなくなる。」
「そ、それは!」
シンの答えに今度ばかりは心が揺れるカオリ。
「で、でも私は・・・・、レスティーナ王女様やオルファ達の事を裏切れません。私は人質だけどレスティーナ王女様もオルファも良くしてくれんです。私の立場を考えれば、いつも監視されてもおかしくないのに、レスティーナ王女様の計らいでそれが無いんです。私を信用してくる人を裏切って逃げたりは出来ません。」
カオリは最初は戸惑っていたが、最後はキッパリ言った。
「その結果、ユートが人を殺すとしてもか?」
シンは試すように言い放つ。
「そ、それは・・・・。」
シンの一言で現実に引き戻される。
俯くカオリ。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
お互い沈黙が続く。
暫くして顔をあげた。
「・・・お兄ちゃんは、人殺しなんて出来るような人じゃないんです。・・・私のために・・手を汚したとしても、お兄ちゃんはきっとお兄ちゃんのまま、迎えに来てくれます。・・・だから信じて待ちます。」
キッパリ言い切った。
どうやら迷いは無いようだ。
自分の力では何も出来ないと言う事を理解しているのだろう。いや、何かをしても、迷惑しかかけられないと解ってるのかもしれない。
自分が何も出来ないからこそ、ユートやレスティーナ達を信じているのだ。

「・・・・・そうか。・・・・大丈夫みたいだな。」
シンはポツリともらす。
カオリは、そのシンの一言でようやく自分が心配されていたのだと気付く。
「あ、あの、心配してくれてありがとうございます。」
「ん?ああ。まぁ、その、なんだ。・・・うん、ユートに今の言葉を伝えておくよ。お前の義妹はお前を信じて待ってるぞ、ってな。」
お礼を言われ少し照れながら答える。そして立ち上がり、扉の前に移動する。
「じゃあ俺は帰るから、レスティーナによろしく言っといてくれ。」
扉を開ける。
「ハイ。あ、あの、ありがとうございました。」
部屋を出て行くシンに向かって、もう一度礼を述べる。
シンはそれに手を上げて答え、部屋を出て行った。


《シンの部屋》

『どうなる事かと思いましたが、今回はなかなかでしたよ。』
「そいつはどうも。」
どうやら今回は【真実】からの説教は無いようだ。

「それにしても今日の夜は色々あったな・・・。レムリアとセリアとカオリちゃんか・・。みんな色々と抱え込んでんだな。・・・俺はホントに何もないなぁ・・・。」
シミジミと呟く。
『貴方は何も無いのが良いんですよ。何も無いから客観的に物事を見れるんです。』
「まっ、そりゃそうだな。」

「さて、そろそろ寝るかな。サルドバルト戦も近いしなぁ。」
『サルドバルト戦はどうするのですか?』
「・・・今回はみんなと行動を共にするつもりだ。最後になる可能性もあるしな。」
寂しそうに呟くシン。
『最後ですか?』
「ああ。サルドバルトを落としたら、北方五国は統一される。そしたら・・・・、ラキオスを出ようと思ってる・・・。気になる事は色々と残ってるけどな・・・。」
『・・・・・。』
何も言わない【真実】
「何も聞かないのか?」
【真実】の態度に苦笑するシン。
『貴方が決めた事でしょう。私はシンと共にあります。』
【真実】の言葉に心強くなる。
「・・・ん・・・ありがと【真実】。」

シンと【真実】。
二人は・・・いつでも共に・・・。
                       
                                                            続く


あとがき
ハイ。六章アップです。
今回は色々と話しましたね。カオリだけのつもりでしたがセリアとレムリアも登場しました。
カオリがなかなか掴みづらくて困りました。違和感ありまくりです。ごめんなさい。まぁ、セリアに比べればましですが。ハッキリ言って、セリアはまったく性格が違いますね。エクスパンションのような性格とは一線を画します。納得できない人はこう考えてください。ユートに対してはエクスパンションのような性格です。シンに対してはこのSSのような性格でといった感じで。ホントすいません。

さぁ、シンと【真実】の北方五国統一後はどうなる事やら。
実はまだあまり考えてません。はっはっは。
え〜、次回は、サルドバルト戦及び、シンがラキオスを出て行くとこまで書くつもりです。
その次は、番外編と言うか、サイドストーリと言うか、そういった物を書くつもりです。時期的には、イースペリアのマナ消失が起こって、サルドバルト戦が始まるまでの事です。シンやスピリット達の日常みたいなのを書くつもりです。
では今後もよろしくお願いします。

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