作者のページに戻る



「力無きが語る正義なんてものは、所詮悲劇でしかない。」


   「・・・乗り越えてみせろ・・・。」
   

「それまでは、俺が守るから・・・・。」


    「勘弁してくれ・・・。」







イレギュラーズ・ストーリー

第四章 思いを胸に


《ラキオス訓練場》

「ふっ!はぁぁ!!ぬんっ!」
シンは上半身裸になって【真実】を振っている。
 外は既に日がおちており、闇を纏わせている。

「なぁシン。お前、毎日訓練してるけど、なんでだ?」
近くで同じように訓練していたユートが、剣を振るのをやめて聞いてくる。

「これは戦争するための訓練なんだぞ?もっと言えばスピリットたちを殺す訓練だ。俺はカオリを守るために仕方なくやってるが、お前までやる必要は無いんじゃないか?スピリットたちを殺すんだぞ、解ってるのか?」
 カオリの為とは言えスピリット達を傷つけてしまう事に嫌悪感を持ってるユート。どうしてもその感情を拭えない。

シンはラキオスに身を置いて既に一ヶ月近くが立っているが、その間訓練を欠かした事はない。
武器の訓練だけじゃなく、体術の訓練もしている。そのかわり、兵法や戦術などの指揮官に必要な訓練はやった事がない。そういったものは実際に隊長であるユートやエスペリアに全て任せてある。そのおかげか、シンはかなり強くなっていた。もはやユートでは到底適わないぐらいだ。
 もともと団体行動が苦手なシンは、ラキオスに留まる条件の通りに、戦争時においては自由に行動するつもりである。故に兵法などの類は必要ないのだ。

「・・・殺しの訓練なんかじゃないさ。むしろ殺さないようにするための・・・、戦わないで済むようにするための訓練だ。」
シンは【真実】を振るのをやめ、独り言のように呟く。

「?」
どう言う事かよく解らないといった顔になるユート。
少し考えればわかりそうなものだが、やはり後にボンクラと言わしめたユート。そこまで頭は回らない。

「その内解るさ。」
気にするなといった感じで苦笑するシン。

【真実】を振るのをやめ、地面に置いておいた服を取り、訓練場を出ようとするシン。
 ちなみに着ている服は制服ではない。ファンタズマゴリアに来た時はユートと同じ制服だったが、ラキオスに身を置いてからはこちらの世界の服を着るようになっていた。
 シン曰く「制服は動きにくい」からである。

「あぁ、そういえばシン。今日は新しいスピリットたちが配属されるらしいんだ。面会わせするらしいから、後で館の居間の方に来ておいてくれってさ。」
思い出したように、エスペリアからの伝言を伝えるユート。
 本来こういうのは隊長が知っておくべきだが。まだ慣れないユートに代わって、実務的な仕事のほとんどはエスペリアが行っていた。

「分かった。一時間後に行く。」
そう言って訓練場を出て行くシン。
廊下で一人になるシン。否、【真実】と二人になる。
「さーて今宵も風呂に入らせて頂こうかなぁ。」
『そうしましょう。風呂は命の洗濯ですっ。』

【真実】と二人になると途端にさっきまで纏わせていた、冷めたような雰囲気を振り払い素の自分に戻るシン。
【真実】との二人の空間は、シンにとってこの世界での安らぎの場所だった。


ザッパーン
水の弾ける音が広い空間に反響する。
スピリットの館にある、日本の銭湯を思わせる作りの風呂である。

【真実】を手に持ち、風呂の中で足を伸ばし、ほぐす。訓練後のマッサージのようなものである。
同時に【真実】も念入りに洗う。

最初入った時は、錆びるのではないかと心配したが、【真実】は大丈夫だと言った。
よくよく考えてみれば、永遠神剣が水に浸かったくらいで駄目になるわけが無い。

「ハァ・・・。気持ち良過ぎだぁ・・・。」

もとの世界にいた時でもこれほど気持ちのいい風呂に入った事は無かった。
そもそも家の風呂自体がこんなに大きくなかった。
その反動だろう。この風呂に初めて入った時は大いに感動したものだ。それから毎日最低二回は入ってる。
何を隠そうシンは風呂好きなのだ。しかも温泉だとか露天風呂だとかの類には眼がない。

『ハァー。気持ちよすぎですぅー。』

【真実】も、やたらと人間くさい趣味と言うか、感覚を持ってる変わった神剣だ。

「そういえば・・・、そろそろ開戦が近そうだよなぁ・・・。」
『そうですねぇ・・、確かに最近、慌しいようですし、準備も整いつつあるようですねぇ。』

そう。バーンライトとの開戦が近い。その事は最近のエスペリアの動きを見てればよく分かる。
ほぼ毎日城まで足を運び準備をしているのだ。
新しいスピリット達がくるのも、開戦が近いからだろう。戦力増強といったところか。

考えてみればラキオスにはスピリットの数が圧倒的に少なすぎる。
エスペリア、アセリア、オルファ、それにエトランジェであるユート。シンを含めても、たった五人しかいない。実際にはシンは単独で動くわけだから戦力としては四人だ。
よく戦争を仕掛ける気になったものだと思う。相手側も似たようなものなのかも知れないが、不安は募る。
今日やってくるスピリットたちに期待がかかると言うものだろう。

『シンはどうするつもりなのですか?単独で動くと言ってましたが、何か予定があるわけではないのでしょう?』
「うーん、そうなんだよな。自由に動かせてもらうと言ったのはいいんだが、何かする事がある訳じゃないんだよな。はっきり言ってあの条件はついでに言ったようなものだからなぁ。」

そう。生活の保障さえしてくれれば、後は別に大した問題ではない。残り二つの条件は主導権を握らせないために言ったとはいえ、別にそれが、どうと言う事はない。ユートとは立場が違うのだから、命令に背いて自由に行動したからと言って、何か不都合があるわけではないのだ。

「まぁ、取り敢えずはユート達と足並みを揃えようと思ってる。一応この眼で見ておきたいからな・・・・いろいろとな。まぁ、極力戦闘は避けたいけどなぁ。」
『今のあなたなら、おそらく並みの相手なら圧倒できるでしょう。下手に死なせるような事は無いと思います。』
「あぁ、でも相手が神剣に飲まれてたら・・その時は容赦しないつもりだ。」
『・・・・解ります・・・。』

人形として神剣と共にあるくらいなら、死を与えた方が、相手にとって幸せだろうととシンは考えている。自分勝手な考えかも知れないが、そもそも神剣に飲まれた相手にはその「考え」という概念すら存在しない。

「まっ、考えても仕方ないな・・・・。」

水の滴り落ちる音がやけに大きく響いていた・・・・。



《スピリットの館・居間》

シンが居間に入った時には、既にユートたちはきていた。
奥にいるのが今回配属されたスピリットたちだろう。五人の女の子が佇んでいる。

「待たせたな。」

「ではシン様も参りましたので、今後ラキオスに配属されるスピリットをご紹介いたします。」
エスペリアが進行役を勤める。

「まず、左側より、ブルースピリットとなる、【静寂】のネリーと【孤独】のシアーの二人です。」
エスペリアがそう言うと左にいた、二人の少女が前に出てきて挨拶をする。

「ネリーだよっ!よろしくね。」
「シ、シアーです。よろしくお願いします。」

ネリーはオルファのような元気な感じで、挨拶を送る。シアーの方は緊張しているのかモジモジしながら、挨拶をする。
二人ともオルファと同じくらいの年頃で、まだまだ幼さが残る。

(おいおい、まだ子供じゃないか。オルファもそうだけどこの国の連中は解ってのか?)
まだ子供と言える二人に憤りを隠せないシン。

オルファの時も思ったが、子供を戦場に送ろうとするこの世界の人間には嫌悪感が募る。
もっとも、シンもまだ社会的には子供とされる年齢だが、オルファたちとは精神的な成長が違う。
(むぅ・・・、それにしてもヤッパリかわいい・・・。)

「次にグリーンスピリットとります、【大樹】のハリオンとレッドスピリットとなります、【赤光】のヒミカです。」
シンの場違いな内心とは関係なくエスペリアは話を続ける。
次の二人はおそらくシンやユート達とさほど年は変わらないだろう。

「ハリオンですー。よろしくお願いしますねぇー」
「【赤光】のヒミカです。これからどうぞよろしくお願いします。」

(喋り方からしてハリオンは天然系な人だな。やぱっり美人だし・・・、おっとり系お姉さんタイプかぁ・・・。ヒミカの方は期待できそうだ。喋り方もしっかりしてるし、実直な感じだ。・・・・キリッとした小ぶりな顔立ちがグッドだな。)

「最後にわが国に初めて配属される事になります。ブラックスピリット、【失望】のヘリオンです。」
エスペリアの最後の言葉に眉をピクっとあげるシン。

(【失望】のヘリオン?関所の子か?)
ラキオス領に入る時、関所で戦ったブラックスピリットの少女の事を思い出す。
黒髪の女の子が、後ろの方からポテポテと前に出てきて挨拶をする。

「ヘ、ヘリオンですぅ。あ、あの、よろしくおねがいします。」
シンからは影になっていて今まで見えなかったが、間違いなく関所にいたブラックスピリットの少女だった。

あの時と同じように緊張しているのだろう、モジモジしている。全く変わってなかった。
(あの子も戦争で戦うのか・・・。あんなに無垢そうな感じなのに・・・。いや今でもそれは変わらないか・・・。これから変わっていくんだろうか・・・。)
一度戦ったことのある少女が、今度は仲間として一緒に戦う事に、複雑な思いがあった。

「次に、我がラキオスのスピリット隊の隊長を勤められる【求め】ユート様と、副隊長であるわたくし、【献身】のエスペリアです。それから既存のスピリットである、【存在】のアセリアと【理念】のオルファリルです。」

次にユートとエスペリア自身、アセリア、オルファのことを紹介する。
もっともこの四人はもともと知られた存在なので詳しい紹介は必要ない。

「そして最後に遊撃隊として【真実】のシン様です。」

シンはスピリット隊ではなく、遊撃隊としてラキオスに滞在する事になった。
もっとも隊とは言っても、シン一人しかいない。
扱いはユートやスピリットたちと変わらないが、戦時中においては、自分の判断で行動出来る、自由人としての立場を持っていた。

「あっ・・・。」
ヘリオンがシンに気づいて小さく声を上げる。
「久しぶりだな。」
シンも組んだまま手を軽くあげて、それに応える。
「ひ、ひさしぶりですー。」
ヘリオンは照れたようにモジモジしている。

「ん?知り合いなのかシン?」
ユートがそれに気づいて聞いてくる。
エスペリアや他のスピリットたちも、二人に注目する。

「あぁ・・・。ラキオス領に入る時、戦ったんだ。不法入国だったし・・・。まぁ、それで俺の事がラキオスにばれて、お前達が来た、というわけだな。」

「戦ったって割には、なんか和んだ感じがするけどな・・・。」

「まっ、色々と言うほどじゃないが、あったからな。大した事じゃないさ。」
照れからだろう。ヘリオンを助けたという事を、適当にごまかすシン。

「ところでエスペリア。そろそろ開戦が近いのか?」
気を取り直して、シンが尋ねる。

「あっ、はい。おそらく明後日までには開戦する事になると思います。ですから、皆さん体調を整えておいて下さい。では今日来た皆さんはわたくしについてきて下さい。第二詰め所の方に案内します。」

ゾロゾロト部屋を出て行くスピリットの女の子たち。
それにあわせてシンも出て行く。シンの部屋も第二詰め所にある。もともと第一詰め所は部屋数が多くないし、これからも人が増えるだろうという事でシンが自分から言い出していた。
シンとしては、ラキオスからは、その内出て行く事になると思っているので構わないのだ。

《第二詰め所》

「ではこちらが、第二詰め所となります。各人、部屋はどの部屋を使ってもかまいません。何か分からない事があったら、わたくしか、シン様に聞いてください。」

シンはこの詰め所に一ヶ月は住んでるので大抵の事は把握している。
エスペリアはそれを知ってるのだろう。

「では失礼します。」
エスペリアが第二詰め所から出て行く。


「一応俺は、皆よりは長くこの第二詰め所に住んでる。何か分からない事があったら遠慮せずに聞いてくれ。」

シンは、この第二詰め所の長みたいな役割を果たしている。第一詰め所はエスペリアが中心となって動いている。
その事を踏まえて皆に改めて挨拶する。

「分かりました。よろしくお願いしますシン様。」
ヒミカが礼儀正しく挨拶を返す。

「あー、別に様をつける必要はないんだが、まぁ、好きに呼んでくれ。」
やはり様などと呼ばれるのは何処か抵抗がある。シンはスピリットたちの主ではないのだ。

「わかりましたぁー。」
ハリオンが気の抜けるような声で返事を返す。

「えーっと、じゃぁシンさん?なんか変ですね。・・・シン。呼び捨てはまずいですよね?」
ヒミカがどう呼べばいいか困惑している。

「ん、シンでいいぞ。」
確かにシンさんでは何か変だ。呼び捨ての方がいいだろう。

「分かりました。それと一つ聞きたいのですが、シンは遊撃隊という部隊に所属してるんですよね?あの、遊撃隊というのはどういう役割を持った隊なんですか?」
「あっ、それネリーも聞きたい!」
「私も聞きたいですねぇー。」
ヒミカ、ネリー、ハリオンが聞いてくる。
今まで遊撃隊など無かったのだから気になったのだろう。
シアーとヘリオンはモジモジしている。聞きたそうな素振りだが、なかなか言葉にできないところが可愛らしい。

「んー、遊撃隊と言っても、今のところ俺一人しか居ないんだが、まぁ、戦時に置いて任務に従って動くんじゃなくて、独自の判断で自由に行動するんだ。皆と足並みを揃えてもよし、敵側に何らかの工作するもよし、観察だけにとどめて置くもよしと、色々だな。」

「あっ、それずるーい。ネリーも自由に動きたいっ!」

「んー、俺が申請すれば可能だろうが、それだと表向きの戦力がガタ落ちしてしまうからな。今は駄目だ。それに一人で行動するわけだから、危険も多い。敵に囲まれても一人で対処しなくてはいけない訳だからな。」

「一人はいやですー。」
ヘリオンが呟く。
前に一人でシンと戦って、負けて、暴力を加えられた事が、そう思わせているのだろう。

「取り敢えず、今回俺は皆のサポートに回るつもりだ。危なくなったら助けに行くから安心しろヘリオン。」

「その時はよろしくです。」
安堵の表情を浮べるヘリオン。
シアーとネリーも似たような顔だ。

「ヒミカとハリオンも、俺が間に合わない時は、他の三人の事を頼む。」
年長者で訓練期間も長かった二人には存分に動いてもらうつもりだ。

「任せてください、シン。」
「わたくしに、お任せくださぁーい。」
二人とも頼もしい返事を返してくれる。
ユート達の方は実践経験豊かなアセリア、エスペリア、アルファがいるので問題ないだろう。

「じゃぁ、皆ゆっくり休んでくれ。エスペリアが言ったように開戦が近いからな。」
皆返事をして、各部屋と帰っていった。
シンも自分の部屋へと帰る。



「さて、と。」
ベットの上にあった【真実】を手に取り、目を瞑る。
瞼の舌では眼がキョロキョロと動いている。
暫くして眼を開ける。

『行きますか・・?』
「ああ。戦争が始まる前に話しをしておきたいからな。お前は此処に居てくれていい。」
『危険ではないですか?ラキオス王は貴方を排除する事を考えてるのですよ。』
「大丈夫さ。多少離れてても、お前からの加護はある程度は受けられる。それにこの世界の連中は脆弱だしな。」

この世界の人間達は、争い事は全てスピリットたちに背負わせてきたため、肉体的にも精神的にも脆弱な者がほとんどなのだろう。
もっとも本当に強い者も存在するのだろうが・・・。
少なくともこのラキオスには存在しない事は確認済みである。

「武器は持って行くさ。」
そう言って、壁にかけてあった棍を手に取る。

【真実】と同じくらいの長さで使いやすいし、刃が無いため、もし誰かと戦うような事になっても、相手を死に至らしめるような事は無いだろう。最も戦い方次第では可能ではあるのだが・・・・・。

「じゃっ、行ってくる。」
『いってらっしゃい。』
そう言葉を交わして、部屋を出て、第二詰め所も出るシン。
そしてある方向に向かって歩き出す。

日本の時間で言えば既に夜の十時近い時間帯である。周りは暗くあまり見えないが、シンの目線の先にはハッキリと目的地が浮かびあがっていた・・・・。




「・・・・ふぅ。流石に警備の兵士が多いな。・・・・だがあと少しだな。」
確かに警備のため巡回している兵士は多かったが、目的地に入りさえすれば逆に人は少なくなるだろう。
少しずつ足を進める。見つかっても強行突破すればいいわけだが、わざわざ問題を大きくする必要はない。

上手く警備をくぐり抜け目的地に侵入するまで後一歩という所までくる。
やはりこの世界の人間は危機感、緊張感がまるで足りない。
こうもあっさり国の中枢にまで進入を許してしまうようでは、話にならない。

「むっ!」
後一歩と言うところで、警備の兵士が居る事に気づく。回避したいところだが、どうしても此処を通らざるをえない。
・・・相手は一人・・・
「それならば・・・・。」
気配を殺し素早く後ろに回りこむ。

兵士の肩をポンと叩く。
「っ!?」
慌てて後ろを向く兵士。
ズゴッ!!
「ハウっ!!・・・・・。」
振り向いたところを棍で一突き。
兵士は悶絶して気絶する。暫くは起きないだろう。
その間にさっさと建物に侵入する。

建物に侵入して、奥へと足を進めていく。
「ふぅー。此処までくればもう大丈夫だろう。・・・さてと・・、確かこっちだったな。」
迷いの無い足取りで目的地へと向かう。


「ここだな・・・。」
目的地の部屋の前で立ち止まる。
途中で何人か人間がいたが、上手く切り抜けてきた。

コンコンッ
ドアをノックする乾いた音が廊下に響く。

「誰ですっ?」
中から女の声が聞こえてくる。
その問いには答えず、シンは扉を開ける。
無用心にも鍵はかかっていなかった。いや、此処に来るまでが鍵の役目を果たしている。普通の人間には入れない場所なのだ。

部屋の中に入るシン。
「あなたはっ・・・。」
驚きの表情を浮べる女性。
「部屋には鍵をかけた方がいいんじゃないか?レスティーナ王女様・・。」
苦笑しながら、口にする。

「このような時間に後宮をたずねるなど、失礼ではありませんか・・・?」
眉をひそめながら、口にするレスティーナ。
「無礼は承知のうえだ。勘弁してくれ。」
本当に悪いと思っているのだろうか。軽く受け流す。

「それで、何の用ですか?」
「ああ・・、実は夜這いに来たんだ。」
大した事が無いかの様にサラッと口にする。
「・・・・・・・・。」
沈黙するレスティーナ。
「・・・・・・。つっこめよ!言ったこっちが恥ずかしいだろうっ。」
何も言わないレスティーナに冗談で言った自分の方が赤くなる。
暫く沈黙してレスティーナは、口を開く。
「・・・・・・、夜這いとは何ですか?」
「はっ!?」
ガクっとなるシン。
聡明そうな振る舞いだっただけに流石に知らないとは思わなかった。
しかしよくよく考えてみれば、一国の王女なのだ。夜這いなどと言う俗語を知らなくても不思議ではない。
いや、それ以前に、この世界に夜這いという言葉が存在するかもどうかも分からない。

「知らないならいい。説明するような事でもないしな。」
「そうですか。では改めて聞きましょう。何の用があって、このような時間に私を訪ねてきたのですか?」
もう一度シンの眼を見ながらキリッとした口調で問う。

「特別何か用があると言う訳じゃないんだ。ただ君とは一度ゆっくり話をしてみたかった。戦争が本格化される前にな。」
ラキオスと契約を結んだ時から、レスティーナは気になっていた。明らかにラキオス王とは目の色が違う。それは王のように汚れたものではなかった。またレスティーナのスピリット達を見る眼は、周りの人間のように侮蔑に満ちたものではなかったし、エスペリアと密談めいた事をしてる事は、遠見の能力で気づいていた。
 レスティーナの眼は、そこにハッキリとした意志が感じられる。それが何なのかが気になっていたのだ。

「君の眼は明らかに他の人間達とは違う。スピリット達を見る眼にしてもそうだ。・・・君が何を考えているのか、君が見ているモノは何なのか・・・それが知りたい。」
「・・・・・・・。」
シンはレスティーナから眼をそらさない。レスティーナもシンの視線を真正面から受け止める。
暫くそうして互いの眼を見続ける二人。

一分ほどの沈黙が続いた後、嘘や誤魔化しは通用しないと分ったのだろう。レスティーナは静かに口を開いた。

「私は・・・スピリット達を現在の環境から解放するつもりです・・・・。彼女達も、私達人間と同じなのです。
 同じように物事を考え、同じように豊かな感情があります。・・・今それは、私達人間のエゴによって押さえつけられてしまっているのです。
 ・・・誰が彼女達を奴隷とするのでしょう。・・・誰が彼女達を縛り付けるのでしょう。そのような権利は誰にもありはしません。
 あなたやユートのようなエトランジェも同じです。・・人も、スピリットも、エトランジェも、同じ一つの生命なのです。そこに差別意識を持って接する事などあってはならないのです。
 ・・・・ですが今のこの世界は、それを許さないでしょう・・。スピリットたちだけに痛みを強いてる今の世の中では駄目なのです。私達人間も等しく痛みを受けない限り、いつまでも経っても、何処までもいっても変わる事は無いでしょう・・・・・・・。」

シンの眼を見続けながら、逸らす事無く言い切る。
その口調、その眼には、スピリット達の現状を憂う気持ちと、目的を成そうする強い意志が込められている。

「・・・・・なるほどな。痛みは等しくか・・・。・・それが君の信念・・、正義か・・・。」
やはりこの王女様は只者じゃなかったと再認識する。
今のこの世界の現状で、これほど柔軟に物事を考える事の出来る統治者はいないだろう。事実、ラキオス王がそうなのだ。

しかし、立派な考えとは裏腹にそれを実現するのは非常に困難である。勿論レスティーナもそれに気づいているだろう。そうでなければ、これほど悩んだ顔をする事は無いはずだ。

「その考えには俺も賛同だよ、レスティーナ。あれだけ無垢な奴等は、人間の中にはそうはいない。その彼女達を道具か何かと勘違いし、虐げるような事は絶対にあってはならい。
 ・・・・だが解ってるのか?今、君が言った事を実現するのは、この世界の事はそれ程詳しくない俺の眼から見ても、難しい。
・・・スピリット達は無垢が故に、何でも受け入れてしまいがちだ。自分達は人間に仕えるものだと、道具のような扱いに疑問を抱いてないスピリットが大半だ。たとえ疑問を抱いていても、従おうとする奴もいる。エスペリアのようにな・・・。そんな彼女達の意識を、根本から改革しない限り不可能だといえる。」

「それは分っています。彼女達自身が本心から望まない限り、真の解放にはなりえません。」
静かに言うレスティーナ。

「ならどうする。ハッキリ言って、スピリット達にそういう風に考えなさい、と諭したところで変わるもんじゃない。」

「それも分ります。・・・・そうなるには先ず周りの環境を変えなくてはいけないのです。いくら彼女達がそう考えても、周りの人間達が差別意識を持って接する限り変わりません。」

「人間にも等しく痛みを受けさせる・・・、か?それこそ簡単じゃない。」
先ほどの言葉を反芻する。

「君は、甘やかされて育ってきた訳じゃないだろう。だがハッキリ言って君の考えは、理想と現実を混同し過ぎてるようにしか見えない。理想を果たそうとする意志は認めるが、今の君には理想を現実に変えるだけの力は無い・・。・・・・無力だ。」

「・・・・分っています。今の私では、残念ながら力不足と言わざるをえないでしょう・・・。」
悔しそうに俯くレスティーナ。

「・・・・それでも私は、・・・止まる訳にはいきません。」
苦しいながらも言い返すレスティーナ。
そんなレスティーナの反応を見て更に続けるシン。

「・・・甘いな。確かにあの王の様な、正義無き力なんてものは、今のような傲慢な支配しか生み出さない。だが君のような、力無きが語る正義なんてものは、所詮悲劇でしかない。口だけなら何とでも言える・・。」
腕を組み、眼を瞑りながら、静かに語る。

「・・そ、それでも・・わ、私は・・・。」
もはや言葉にならない。
それを遮るように再び口を開くシン。

「・・・・君自身が大きな力を持つには、現ラキオス王の退け、君が女王として君臨するしかない。はっきり言おう。あの強欲な王が生きている限り、君の理想が実現する事は無い。」
きっぱりと言い切る。
レスティーナもそのくらいの事は解ってる筈だ。

「そ、それは・・・・。」
勿論レスティーナはその事を考えなかったわけではない。だが、仮にも自分の父親、仮にも一国の王である。やはり手は出せないし、内乱を起こすわけにもいかない。それにいずれは、自分に王位がくる筈だ。
だがそれを言うわけにもいかず、何も言えずに俯くレスティーナ。

「・・そうだよな。所詮はスピリットだもんな。そんなものの為に、いくら強欲な王だとは言え、実の父親に手は出せないよなぁ?」
試すように言い放つ。

「っ!?・・所詮はスピリット、などとは考えていません!!」
シンの言葉に激昂する。

「・・・それとも内乱を起こしたくないのか?それとも、ラキオス王が寿命で死ぬまで待つ、なんて甘い事を考えてるのか?」
それを気にせず、たたみかけるシン。
ズバリ図星を指され、今度は何も言えないレスティーナ。その肩は怒りの為か、震えている。


「・・・・・・・・君が悩んでる間にも、多くのスピリット達が死んでいくだろう。この世界の人間の道具としてな。
 エスペリアのように、本心では殺し合いを望んでいないスピリットも、オルファのような小さな子供も、その手を血で染める・・・。その他の何十、何百というスピリット達が同じように血で染まっていくだろう。
 ・・・・・そんな中で君は、・・・何十、何百ものスピリット達の命を懸けながらも君は、・・・自分だけは汚れずにいたいか?」
眼を伏せ、俯くレスティーナに、シンは容赦なく冷たい言葉を浴びせかける。

「っ!?」
その言葉を聞いたレスティーナは、何も言わずに眼を閉じる。
そして、その両の目から静かに涙を流した。
そんな酷い言葉を言われても、何も言えない自分が悲しかったのだ。

勿論シンは、自分の言葉がレスティーナを深く傷つけてしまう事は分かっていた。それでも敢えて口にしたのだ。
これを乗り越えて強くなって欲しいと思う・・・。

「・・・乗り越えてみせろ・・・。」
そう呟いて、シンは部屋を出ようとする。

分かっていたとは言え、女に目の前で泣かれるのは困る。
しかも泣き止む気配は全く無い。ハッキリと大泣きしてくれた方がいいのだが、レスティーナは必死に声を噛み殺しながら泣いている。
・・・時折口からは、嗚咽が漏れる。
自分が招いた結果とはいえ、居心地が悪すぎる。逃げたくもなろう。
普通は慰めるなり、何なりするのだが、気恥ずかしくてそんな事できるわけがない。


ドアを開いたところで、レスティーナが顔をあげ、涙を拭かないまま涙声で言った。
「・・変えてみせます。必ず・・・・。」

苦笑しながら出て行くシン。
後ろ手でドアを閉める。

部屋の中からは再び小さな泣き声が聞こえてきた・・・。




《第二詰め所》

「ふぅー。参った、参った。あんなに泣かれるとは・・・。」
詰め所の玄関のドアを開けながら、口にする。

(レスティーナの思いは解った。内容はどうあれ、本音でぶつかったんだ。それなりの成果はあっただろう。レスティーナも俺に対しては、嘘や誤魔化しを言う事は無いだろう。本当の顔を見せるハズだ。)
勿論、表立ってそうなる訳ではない。


「さーて、寝ようかな・・・・うん?」
自分の部屋に向かう途中、居間に誰かがいるのに気づく。

「・・・あれは・・。」
寝る前だからだろう。普段のツインテイルではなく、流れるような黒髪を背中に垂らしている。
どうやらお茶を飲んでいるようだ。

後ろに近づく。
「・・・ヘリオン。」
そう言って頭に手をポンとのせる。

「えっ、えっ!?」
何事かと振り返る。
「あっ、・・・シン・・様。」
眼を丸くし、呟くヘリオン。

「どうしたんだ。まだ寝ないのか?」
そう言って向かい側の席に座る。

「えっと、その・・・・開戦が近いって聞いて、寝れないです・・。」
ヘリオンは何かを考えるかのように俯く。

レスティーナに続いてこの子もか、と思う。
自分が、これからやらねばならない事を考えているのだろう。
レスティーナの場合はいろいろと複雑だが、ヘリオンの場合は単純だ。
つまりは『殺す』と言うことに関してだろう。
単純が故に一番難しいと言える。

「怖いか?」
殺される事、あるいは殺す事、がである。

「怖いです・・・。」
震えながら肯定する。
「今まで訓練ばかりしてきて、実践は、関所でシン様と戦ったあれしかないです。それなのに戦争で殺し合いをするっていうのが、自分が他人の命を奪うかもしれないって事が、怖いです。」

ヘリオンの性格からは考えられないほど饒舌に話していく。
それ程緊張しているのだろう。何かを話してないと不安なのだ。
黙っていると悪い事ばかり考える。だから話す。

「殺されたくありませんし、殺したくもありません。」
本音だろう。

「・・・いいんじゃないか、それで・・。」
静かに言う。

「えっ?」

「・・・戦う理由ってのは、人によって違う。ヘリオンが殺したくないって言うなら、無理に刀を抜く必要はないさ。」

「でも私はスピリ「スピリットだからって、それを理由にする事はない。」
遮るように反論する。

「・・・・関所での事を覚えてるか?・・あの時俺は初めて人を殺した。あの男の傲慢な思い上がりが、君がスピリットだというだけで迫害したんだ。俺にとって、神剣を振るには十分な理由だった。
 ・・・・・俺は、ああいう類の人間は、ハッキリ制裁を受けるべきだと思うし、その事で後悔や罪の意識はない。勿論俺だって怖いさ。だけど怖いのは自分の意思に反して、相手を傷つけてしまう事だ。何の理由も、意味も無く神剣を振るような事は、俺にはない。
 今回の戦争にしたってそうだ。戦争だから殺すとか、殺されそうになったから殺すとか、そういう単純なものじゃない。」

「・・・・じゃあ、シン様はどうして戦争に参加するんですか・・?」

「・・・・それはヘリオンを守るためさ。」
サラッと言う。

「えっ、えっ!?」
頬を赤く染める。まさか、そうくるとは思わなかった。とっさの事でどう返事をすればいいのやら、モジモジしている。

「言ったろ、危なくなったら助けるって。・・・ヘリオンだけじゃないさ。ヒミカもハリオンも、ネリーもシアーも、みんな戦争なんかで死なせたくはない。みんなとは今日知り合ったばかりだが、・・・まぁ、ヘリオンは別として・・・、少なくともそう思えるくらい、みんな大切だと思ってる。
 ヘリオン達を守るために、また殺す事になるかもしれない。納得は出来ないだろうが、それでヘリオン達を守れるなら・・・、俺はそれでいいと思ってる。・・・・・・それが俺の戦う理由だな。」

(詭弁かな・・・。本当はそう思いたいだけなのかもな・・・。)
自分の本心に気づき、ヘリオンから眼をそらす。

シン自身、今日知り合ったばかりの彼女達にそれ程の絆を感じてるとは思ってない。
ただ、もとの世界にいた時は全てにおいて冷め切っていた。その反面で、大切な何かの為に行動する、そういった強い気持ちに常に憧れていた。
もとの世界ではそれが叶わなかった。いや叶えようとしなかった。だからこそこの世界に来て、それを彼女達に求めたのだ。
結局のところ、相手は誰でもよかったのかも知れない。
そんな風にしか考る事の出来ない自分が、・・・無性に腹ただしかった。・・・許せなかった。

ユートは義妹を守るため、レスティーナはスピリット達の解放のために戦おうとしている。
そしてシンは、自分の本心はどうあれ、今は彼女達の為に戦うつもりだった。

「・・・ヘリオンに戦う理由が出来たら、その時、刀を抜くといい。」
スピリットだからという理由で戦う必要など何処にも無いのだ。これは本心だった。
「それまでは、俺が守るから・・・・。」
もう一度強く決意する。


「・・・・ありがとうですシン様。でもヤッパリ私戦います。怖いですけど・・・・私もシン様やみんなと進みたいんです。」
吹っ切れたように、話すヘリオン。その眼には僅かに涙が浮かんでいる。

「・・・そうか。・・・ありがとなへリオン。」
ヘリオンと話す事が無かったら、いつまでも自分の本心を避けていただろう。
そのきっかけをくれた事に対する礼だ。

「えっ?えっ?・・・お礼を言うのはこっちなんですけどぉ・・・。」
?顔になるヘリオン。

「いや、気にしないでくれ・・。」
苦笑して、席を立ち上がる。
「じゃ、俺はもう寝るよ。ヘリオンも早く寝ろよ。」

「あっ、私ももう寝ます。」
一緒に部屋を出る二人。
ヘリオンの部屋の前までやってくる。

「じゃあ、お休みです、シン様。」
「ああ。お休みへリオン。」
挨拶を交わし、別れる二人。
廊下に残ったシンも自分の部屋へと帰っていった。



「帰ってきたぞー、【真実】。」
『お帰りなさい、シン。』
棍を壁にかけ、ベットに座る。

『・・・・・・泣かせましたね・・・・?』
ズバリ言う【真実】
「うっ・・・・・。」
答えに詰まるシン。
『・・・しかも二人も・・・』
「ううっ・・・。」

『まったく、慰めるぐらいしてあげたらいいですのに。・・・そっと抱きしめて「僕の胸でお泣き」って言うだけでいいんですよ。』
ぷんぷん怒る【真実】。
「そ、そんな恥ずかしい事ができるかっ!」
そんな事、性に合う訳がない。
「それに、レスティーナは悲し涙だったとしても、ヘリオンは嬉し涙だった筈だ!・・・・・・・そうだよね?」
言ったはいいが、自信がない。

『まぁ、いいでしょう。ですけど今度からはもう少し優しく接してあげなさい。そうしないと女の人の心は掴めませよ。』
「おいおいおい、何言ってんだお前は。」
まさか、そんなセリフを神剣から言われるとは思ってなかった。
そしてまさか、そんな事で一時間も説教が続くとは思っていなかった。

『解ってませんねー。いいですか?女性というのは・・・・・・・・・・・・・・・。』
【真実】は嬉々として、女性というのは、曰く、云々(うんぬん)である。と言った感じで、一時間にも及び力説したのだ。
「勘弁してくれ・・・。」
言いたくもなる。

解放されたシンはそのままベットに倒れこみ眠りにつく。
まさに安らぎのひと時だった。


・・・・・そして翌日。バーライトへの進攻が始まった。



                                                          続く


あとがき
ふぇー。やっとアップです。
なんか今回はシリアスな感じになりましたね。
レスティーナとの会話は本当はカオリを交えてやりたかったんですが。力及ばず次回に持ち越しということになります。
今回は何とかレスティーナとシンの内面を書きたかったんです。
レスティーナは現時点ではまだ、エーテルをどうしよう、だとかは考えていません。まだ意志だけが強いだけの存在です。
主人公シンも、ヘリオンとの会話と通して、自分の心の内を見ました。根本は変わらないでしょうが、成長した筈です。

そして、ようやくバーンライト戦に入りました。前回にも書きましたが、展開は速くなると思います。
今後ともよろしく。
                                                        

作者のページに戻る