イレギュラーズ・ストーリー
第二章 冷徹なる一撃
・・どこか別の世界で・・
「・・・・・ふふふっ。どうやら上手く【真実】と接触して、契約を果たしたみたいね。時深も気づいてないようだし。」
一人の髪の長い女性が、嬉しそうに呟く。自分の思惑通りに事が運んだのがうれしいのだろう。側のテーブルにおいてあった、グラスの中身を飲み干し、のどを潤す。
「ふぅー。大体、時深は自分の能力に頼りすぎなのよね。未来視に出てこなかったぐらいでイレギュラーとして片付けてしまうなんて。まだまだ甘いね。」
まるで出し抜いた、とでも言いたげな声色で口に出す。
確認すべき事は終わったのだろう。女性は静かに立ち上がり、部屋を出て行く。テーブルの上に置いてあった永遠神剣であろう物体を持って・・・・・。
「さて、彼はどう動くのかな?しばらくは様子を見させてもらおうかな。」
最終的に自分のシナリオ通りにいけばいいので、細かい部分までは気にしない。大きく外れるような事があれば、手を出せばいいだけの話だ。自分の力に絶対の自信があるのだろう。それゆえの楽観さだった・・・。
・・イースペリアとラキオスの国境付近・・
「・・・ラキオス領に入るまで後四、五キロってとこだな。」
一人の男が街道の端にある岩に腰かけ、目を瞑りながら口に出す。手には一本の槍が握られている。
槍がわずかに光る。
『どうやら力には大分慣れたようですね、シン。』
「あの日から十日も経つんだぞ、いい加減慣れもするさ。言葉の方も大分慣れてきたしな【真実】。」
互いの名を呼び合う。とっている形は人間と槍。他人から見れば奇妙に見えるだろうとは言え、お互いがパートナーである事を自覚し信頼しているのだろう。だからこそ世間話のような感覚で互いの会話が成り立つ。
「うーん・・。とは言え今の俺の精神力じゃあ、遠見はいいとこ十キロが限界だな。」
『初めてでそれだけなら十分でしょう。・・・しかし無理しすぎではないですか?この十日間他に何もせずに、ほとんど戦闘訓練に費やしてるみたいですが・・・。ほとんど寝てないのでしょう?』
事実だった。シンがこの十日間で寝たのは合計しても三十時間ほどだった。しかしそれだけ無茶をしなくてはいけない、シンなりの理由もあった。
「しかたないだろ。早く力をつけないと、手加減の具合が判らないんだからさ。」
シンにとってこれは譲れない問題だった。
そもそも【真実】もシンも戦闘の類は好きではない。別に嫌いな訳ではないが、戦う事自体にあまり興味がないのだ。それゆえに、意味もなく誰かを傷つけたりはしないし、できもしない。もっともそれがイコール優しさにはなりえない。なぜなら裏返せばそれは、シンは自分さえ納得できるだけの理由や意味があれば、逆にどこまででも冷酷になれるからである。たとえその理由が世間では受け入れられなくともだ。別の言い方をするなら、シンは善悪に頓着が無いということだろう。自分が素直に感じ、行動した事こそが正しい事なのだ。
そしてこの思い故に【真実】に選ばれたのである。
しかしそれには力が必要だった。それも同じエトランジェでも圧倒できるくらいの力がである。
戦争に巻き込まれれば、戦いたくない人、傷つけたくない人とも戦わなくてはいけない時がくるだろう。その時、圧倒的な力の差を見せれば戦わずして相手も制する事も可能なのである。シンや【真実】の、意味も無く戦うときの戦い方はあくまでも、むやみやたらに相手を傷つけずに、なのだ。
それゆえに【真実】を使ったシンのスキルは、その多くが相手を制する為のものである。
『それはそうですが、戦いになる前に倒れてしまっては本末転倒ですよ。』
【真実】がちょっと怒ったように言う。
「わかってるさ。だから今日は移動だけで、後は休むつもりだからさ、だいじょーぶだって。」
シンは最近になって気づいたが、【真実】はやたらと人間くさい。もっともシン自身そこが気に入っているのだが。
『それなら結構です。それじゃ早速移動しましょう。』
【真実】がシンの答えに満足して、移動を促す。
「あいよ。」
いつも通りの返事をしてシンは歩き出した。
・・イースペリア側の関所にて・・
・・ザワザワ ザワザワ。
関所だからだろうか、異様に人が多い。しかもそのほとんどが鎧を身にまとい、剣を腰に帯びた兵士である。
「なんかやけに兵士が多くないか?関所ってこんなもんだっけ?」
(今まで関所なんて通った事がないからなぁ、よくわからん。)
【真実】が答える。
『いえ、こんなに多いのは珍しいですね。ひょっとして私達の存在に気づいたのかもしれません。』
シンと契約を果たしてすでに十日が経過している。その間、戦闘訓練を多く繰り返してきたので、その分神剣の力も多く外に放出しているのだ。気づかれててもおかしくはないだろう。それほどエトランジェの力は大きい。
「かもしれんな。兵士だけじゃなくてスピリットもいるようだし・・。」
【真実】以外の神剣の気配をいくつか感じ、そう答える。
『どうしましょうか?』
「普通に通るさ。」
【真実】の問いに即答する。
『いいのですか?まだラキオスに入ってませんが・・。』
「いいの、いいの。適当にウソでもつけばいいだろう。」
『私はどうするんですか?人間であるあなたが神剣を持っていたらエトランジェだとすぐにばれますよ?』
「むぅ・・・・。・・・・よし!布にでもくるんどこう。あぁ、気配は消しとけよ。スピリットにばれる可能性があるからさ。」
関所を通るだけで、いちいち頭を使う必要はない。これで上手くいけば、それはそれでオッケー。上手くいかなくても、その時はその時である。
『ふむ・・・。確かにこの場合、深く考えても仕方ないですね。なるようになるでしょうし、なるようにしかならないでしょうから。』
事態がどう動いても、やりきれる自信があるのだろう。二人そろって見事なほどの楽天ぶりである。むしろその普通さが、案外上手くいったりするのだ。この程度の事は下手に画策した方が、かえって緊張を促進させ失敗する原因になったりする。
『では行動開始です。』
「あいよ。」
【真実】を布で巻いて関所へと歩き出す。
「止まれ!」
一人の兵士がシンを呼び止める。
「なんだ?」
シンは慌てる事無く堂々と立ち止まり、兵士を見る。
「お前の素性と、何の目的でラキオスにいくのか、調べさせてもらおう。」
予想していた質問なので堂々と答える。
「私は、放浪の訓練師だ。スピリットのな。今度ラキオスでスピリット部隊を編制するということで、ラキオスに招かれたのだ。」
(『何ですかその放浪の訓練師とは?胡散臭いにも程がありますよ。それにいつもと口調が違うような・・・。』)
(「ほっとけ!それにちゃんと根拠はあるぞ。ラキオス王は野心的な人間なんだろう?そんな奴がエトランジェって力を持ったらやる事はひとつだろう。ラキオスには今まで何故かスピリット部隊が配置されてなかったってのは、お前からの情報でわかってたしな。」)
嘘をつく時はある程度、真実を交えて話したほうが効果的であるというのは言うまでもない。もっともこの場合シンが言ってる事は真実ではなく、あくまで根拠に基づいた推論である。
(「口調が違うのは、こういった、芝居がかった口調の方が、相手の反応が判りやすいからだよ。まっ、文字通り芝居だな。」)
【真実】から呆れたようなため息が聞こえる。
(『変なところに気を回すんですね。』)
「本当か?その若さで訓練師をやっているとは到底信じられんが・・。」
兵士が案の定、胡散臭い目つきでシンをにらむ。
「・・・・・・・・確かに私は、訓練師としての力はそれ程ではない。だがスピリットたちを上手く扱うと言う事にかけては一流だ。」
少し考えてシンは、舌で口をなめて答える。
「どういう事だ?」
何かを察したのか兵士は少し睨んで問う?
「あんたの考えてる通りだ。私は妖精趣味だ。」
(『よく言いますね。』)
(「ほっとけ。」)
「っっっ!?・・・・この下衆が。」
兵士が蔑みの目でシンを見る。
「ふんっ。それでどうするんだ?通してくれるのか?」
(スピリットを道具扱いしてる奴らに言われたくないね。)
「さっさと通れ。汚らわしい。」
(お前もな。)
心の中で突っ込む。
「ところでやけに兵士が多いようだが、何かあったのか?」
シンは肝心な事を思い出し尋ねる。
「・・・・ラキオスにバーライトのスピリットが侵入し破壊工作を行ったそうだ。同盟国である我々イースペリアも、用心のために警戒している・・・。」
兵士はいやな顔を見せながらも答えた。ラキオスの訓練師と言うのが効いたのかもしれない。同盟国であるラキオスの人間をムゲにはできないのだろう。
「そうか。感謝する。・・・では。」
シンはそう言い、関所を通過した。
「ふぅー。俺達の事ばれてなかったな。しかし用心していると言ってたが案外あっさり通れたな。甘いんじゃないか?」
『イースペリアを出て行く側でしたからね。入っていく側ならもっと厳しかったでしょう。事実、次のラキオスの関所は今のように簡単にはいかないでしょう。』
「そうだろうな・・・。まっ、どうとでもなるさ。さぁ行こうぜ。」
楽観的に考えるシン。
『・・・そうですね。行きましょう。』
【真実】も深く考えない。
二人はイースペリアの関所を背にラキオスの関所へと歩き出した。
十分ほど歩いただろうか、向こう方にラキオスの関所が小さく見える。
「さて今度は、何も小細工しないぜ。このまま関所を通り過ぎよう。」
何か考えがあるのか、やけにあっさりしている。
『そうですか。ではそうしましょう。』
【真実】も何も疑問に思わないのか、あっさり従う。
「ラキオスに入っちまえばそれでいいからなぁ。人間の兵士程度じゃどうしようもないだろうし。」
『入ったら何処に向かうつもりですか?』
【真実】がラキオス領に入った後の方針について聞く。
「すぐ近くにラセリオって村があった筈だ。そこを拠点にしてラキオスを見て回るつもりだ。まぁ、恐らく近いうちに向こうから接触してくるだろうけど。」
確信めいたように呟くシンに【真実】は問いかける。
『何故判るのですか?』
「ああ。ラキオスの関所でばれるだろうからな。お前の言うとおり今度はさっきみたいにいかないだろうし。まぁ、だからあえて小細工せずに向かうつもりなんだが。別にいいよな?」
『あなたの思うままに・・・。』
【真実】はもともとどんな事態になっても気にしないタイプである。むしろ真実を追究するという目的からすると、様々な物事に対偶し、様々な物事を観る事は歓迎するべき事なのだ。様々な真実を知り、より大きな真実へと近づく。【真実】はその為に存在している。
・・ラキオス側の関所にて・・
シンは【真実】を片手に携え、堂々と通る。
ザワザワ・・・ザワザワ・・・。
関所で兵士や通行人がざわめく。当然の事ながら不思議に思っているのだろう。
永遠神剣はスピリットとエトランジェにしか持てないはず。なのに今関所を通過しようとする男は明らかに永遠神剣であろう槍を持っている。エトランジェがこの国に現れた事は聞いているが、今は王都にいるはずだ。ではあの男は誰だ、と。
「とっ、止まれ!」
一人の兵士が震えながらも自分の役目を果たす。周りには人垣ができる。
「何だ?」
シンは冷静に答える。シンに言わせればこの兵士はビビリ過ぎである。
(エトランジェも同じ人間だぞ?何ビビッてんだこいつ。怖いならほっときゃいいのに・・・。)
「どけっ!」
その時、話を聞いたのか、おそらくこの関所を守る隊の隊長あろう男が人垣を掻き分けてシンの前に姿を現した。隊長らしい男はシンを睨みながら問うた。
「貴様・・、それは永遠神剣だな?」
確かめると言うより、決め付けてるよな口調である。
「そうだが、それが何だ?」
「おいっ。至急王都に連絡しろ。」「はっ、はいっ。」
男はシンを無視して、最初にシンに声をかけてきた兵士に王都への連絡を命じた。命じられた兵士もその場から逃げるようにして立ち去って行った。
「用が無いなら通らせてもらうが・・・。」
「エトランジェが・・、いい気になるなよ。お前は、しばらくここに拘束する!」
男は有無を言わさず言い放つ。
「悪いが・・・、いや悪いとも思わないが、お断りだ。貴様らに拘束される謂れはない。通らせてもらう。」
シンも静かだが有無を言わさぬ口調で答える。
「黙れっ!貴様らエトランジェとスピリットは人間では無い。つまり拒否権はない!汚らわしいエトランジェごときが、俺達人間の権利を口するなっ!!貴様らは俺達人間のための道具なのだ!解ったら神剣を捨てろ。」
シンに罵詈雑言を浴びせる男。シンがその気になれば、自分は瞬殺される事に気づいてないのだろうか。
(『むぅー。この男ムカつきますね。自分が特別だとでも思ってるんでしょうか?』)
(「言わせとけばいいさ、どうせ喚くだけしかできないんだからさ。・・・まっ、でも確かにむかつくなぁ。ちょっと脅しとくか。」)
「おい。俺はお願いしてるんじゃないんだ。いやなら力ずくでも通るぞ。・・・・いいんだな・・・?」
最後の一言に殺気を込めるシン。
そう言われて慌てて下がる隊長らしき男。いまさらながら自分が高圧的な態度をとっていた存在の恐ろしさを理解したのだろう。相手は永遠神剣を携えた人間、スピリットよりも強い力を持ったエトランジェなのだ。
シンは男を一瞥して関所と通ろうと歩き出す。
「まてっ!」
男が叫ぶがシンは無視して関所を通過する。
「クソッ。・・・スピリットを連れて来い!今訓練中のブラックスピリットがいたはずだっ!」
男の言葉にシンは反応し立ち止まる。
シンはスピリットの存在は知っていたが、実際に対峙したことは無い。無論戦った事もない。訓練だけで、戦闘自体未だ未経験なのだ。
「しかし、あれはまだ訓練初期段階で、エトランジェに対しての戦力としては全くゼロに等しいのですが?」
命令された兵士が危険性を説く。
「構わん、スピリットは所詮道具だ。変わりはいくらでも沸いて出てくる。さっさと連れて来い!」
男が激昂して命令する。
「わかりました!」
命令された男が走ってどこかへ行く。おそらくスピリットの訓練場が近くにあるのだろう。
シンはスピリットへの興味もあり、その場で待つ事にした。
(「さてどうなるかな?」)
(『スピリットと戦うつもりですか?』)
シンがその場に留まるつもりでいる事を知り、【真実】が問いかける。
(「そんなつもりは無いさ。ただ一度スピリットを見ておきたかったんだ。」)
(『大丈夫なんですか?相手は訓練初期段階とは言え、あなたも似たようなものでしょう?』)
言ってる内容は心配しているようだが、口調には全く緊張感がない。
(「大丈夫さ。それ程大きな力は感じないし、いざとなったら逃げるからな。」)
そうこうしている内に、日本刀らしきものを携えた一人の黒髪の女の子がポテポテとやってきた。
「あれがスピリットかぁ・・・。」
無意識に口からこぼれた。そしてスピリットの女の子が目の前まで来たとき改めて観察してみる。
(「むっ!・・・かわいい・・・。」)
(『スピリットはみな可愛かったり、美人だったりですよ。』)
【真実】が律儀にも答える。
「は、はじめまして。ヘリオン・ブラックスピリットですぅ。あっ、永遠神剣 第九位【失望】の持ち主ですぅ。」
スピリットの少女がいきなり自己紹介を始めた。抜けてると言うか何と言うか、訓練初期段階だと言ってたから、実践は初めてなのだろう。気が動転しているのかもしれない。
とりあえずシンも自己紹介し返すことにする。
「俺は、シンだ。永遠神剣 第四位【真実】と契約している。まぁ、見ての通りエトランジェと呼ばれる存在だ。・・・それからラキオスに現れたエトランジェとは同じ世界から来た事になる。ヨロシクな。」
一通りの自己紹介をすませる。別に正直に素性を話す必要は無いのだが、隠す必要もないので素直に言葉を交わす。
よく考えればこれから戦うであろう相手にヨロシクもクソも無いのだが、それはそれ、これはこれである。相手のスピリットも別段気にした様子も無い。と言うより、気にする余裕が無いのだろう、オドオドしながら聞いている。
「ふんっ!下賎な者同士が言葉を交わしてる暇があるなら、さっさと取り押さえろっ!俺達、人間の為にお前達スピリットは存在できるんだぞ!戦えんスピリットなどいらんわ!」
少し離れたところから隊長格の男が吼える。
(こいつ・・・、殺してやろうか?いい加減うざい・・・・。)
シンに殺意の感情が生まれてくる。それに気づかず男は、まだぎゃぁぎゃぁ吼えている。
「はっ、はいですぅー。」
スピリットの女の子が男の声にビクリと反応し、戦闘態勢をとる。スピリットにとってこの男の、・・・人間の言葉は絶対なのである。戦えるからこそのスピリット、人間の奴隷であるからこそのスピリットである。それがこの世界でのスピリットの唯一無二の価値なのだ。例え人間以上の能力や心を有していたとしてもである・・・。
「俺としては君とは戦いたくないのだが・・・、聞いてはもらえないだろうな・・・。」
シンが悲しそうな顔でヘリオンと名乗るスピリットの少女に話しかける。
「す、すいません。」
スピリットの女の子も幾分辛そうな顔を見せるが、男の言葉には逆らえないのだろう。ゆっくり構えをとる。
「仕方ない・・・。こい!」
シンは本当に仕方ないと言った感じで【真実】を構える。
(『相手の力は大したことありませんが、どうします?』)
(「あの技をためしてみるさ。こういう時の為に訓練してきたんだからな。」)
(『さっさと逃げればよかったですのに・・・。』)
【真実】が愚痴る。
(「そう言うなって。おれ自身戦闘を経験しときたかったんだよ。あの技が有効かどうかも確認する必要があったしな。」)
(『いい実践訓練というところですか・・・。』)
(「そゆこと。」)
「では、い、い、居合いの太刀、いきますぅー!」
スピリットの少女がそう言い放ち、文字通り居合いの構えで飛び込んでくる。
しかし、
(おそいな・・・。ブラックスピリットはスピードが厄介だと聞いてたが・・・、訓練初期段階だからか?)
ガキンッ!
シンは【真実】であっさり受け止める。
その後何度も、スピリットの少女は切りかかるが全て受け止められてしまった。
普通の人間からすればかなり高速の戦いで、目でついていくのがやっとだろうが、シンからすればスピリットの女の子の攻撃は、普通の女の子が棒切れを振り回してるのと同じ程度にしか感じられない。
シンも攻撃に出てみる。柄のほうを使って足払いを繰り出す。
どてぇーーん!
「きゃぁ!い、痛い、痛いですぅ。」
女の子は見事に払われる。もはやいぢめにしか見えない。もしくは、変態が少女にイタズラしているかのようだ。
しかしシンは何度も足払いを繰り出し、少女を転ばせた。
その度スピリットの女の子は、叫ぶ。シンもその度言いようの無い罪悪感にかられたが、女の子が向かってくる限り止めるわけにはいかない。もう決着はついてそうだが、女の子は攻撃を止めない。
(そろそろ、使ってみるか・・・。)
【真実】を握り直し、オーラフォトンを柄の先に集中させる。
「きさま、何をだらだらやっとるかっ!さっさと拘束しろ!」
隊長格の男が遠くから叫ぶ。そして、スピリットの女の子が一瞬ビクリとして攻撃が止まる。
(っ!今だっ!)
その隙を突いてシンは一気に少女の懐に飛び込む。
「きゃっ!」
「ハァーー。’白蹄(びゃくてい)’!」
そう言い放ちシンはオーラフォトンを集中させていた柄の方で少女のお腹を突いた。
「あうっ!」
衝撃で少女は豪快に転がったが、ダメージは無いと判断しすぐに起きようとする。しかし、
「んっ?あれっ?あれれっ?」
体が言う事をきかない。どんなに動かそうとしても全く動かない。体中が麻痺しているかのようだ。
握力もきかないらしく、神剣がその手から離れる。
「えぇ、へぇーん。どうしてぇ、動いてよぉ。」
涙声で叫ぶ少女。そこにシンが声をかける。
「しばらくは動けない、体中麻痺してるからな。じきに動くようになる。それまでおとなしくしててくれ。」
(「どうやら上手くいったようだな。」)
(『ほんと、上手くいきましたね。さぁ今のうちに通りましょう。』)
シンは隊長格の男に向き直って話しかける。
「それじゃぁ、通させてもらうぜ。」
「ぬっ、ぬぅうううぅ・・・。」
男は顔を真っ赤にさせながらシンを睨みつける。所詮見るだけしかできない小心者である。男にはむかついていたが、無視してシンは関所を通り過ぎる。
シンが関所を通り、見えなくなると男は、
「くっ、この役立たずがぁ!」
そういって動けないスピリットの少女を蹴りつける。周りの兵士達はハラハラしながら見ている。いくら奴隷とは言えスピリットは国の財産なのだ。この事が問題にならない訳がない。そして見ていた自分達も同罪に見られる可能性が高い。しかし相手は隊長なので強くは言えない。
ドカッ!ドカッ!ドカッ!
「あぅっ!ひー、ごめんさい、ごめんなさい。」
動けない少女はひたすら謝る。
「貴様らスピリットは人間の役に立ってこその生き物だろうが、わかっておるのかっ!この無能がっ!」
再び少女を蹴る。
「い、痛い、痛いですぅ!」
動けないながらも必死に耐える少女。
「貴様等スピリットの変わりなんぞ、いくらでもおるのっ・・・・」
ボンッ!
男は最後までしゃべる事ができなかった。言葉を発する代わりにその口から出たのは、一本の槍だった。
「・・貴様に生きる価値は無い・・・。死ね、クズ野郎・・・。」
男の後ろには、立ち去ったハズのシンが立っていた。
関所を過ぎた後、遠見の能力を使って様子を伺っていたのだ。そして男が少女に対して、身勝手な理由で迫害しているのを知ると、急いで戻ってきたのだ。
槍を引き抜くシン。男はゆっくりと倒れていく。
(『うー。人間はマナの霧に変わらないから、血でべとべとですっ。』)
怒る【真実】。
(「すまんな。・・・どおしても許せなかった。俺はああいう奴がいちばん嫌いなんだ。自分達の権力や立場を理由に他の人間を虐げるような奴がな。」)
(『後で、ちゃんと洗ってくださいね。』)
(「わかってるさ。俺も嫌だしな、お前がこのままじゃ。」)
パートナーとしてお互いを最高の状態にしようとするのは当然の行為だと思ってるのだろう。シンは素直に返事を返した。
「大丈夫か?」
シンは少女に問いかける。
「は、はいっ。このくらいすぐに直りますぅ。」
スピリットなのだから人間から受けた傷など傷の内に入らないのだろう。
「体の方はもう暫く動かないだろうから、ベッドに運んでもらえ。」
「はい・・・。・・・・・・・・ありがとう・・ございますぅ。」
少女は関所の隊長を殺した男にお礼を言っていいものかどうか迷っていたようだが、小さい声で呟くようにお礼を言った。
「あっ、ああ・・。」
そっけなく返事を返すシン。
(『照れてるんですか?』)
「ちっ、違わい!!」
【真実】の言葉に、つい口に出して答えてしまう。
「えっ?」
不思議そうな顔をする、ブラックスピリットの少女。
「いっ、いや。なんでもない。」
そう言って兵士達の方に顔を向ける。
「彼女をベッドに運んでやれ。もしこの男のような、くだらない理由で彼女を迫害するような事があったら・・・、そのときは・・・解ってるな?・・・いつでも見てるぞ・・・。」
脅しをかけるシン。
近くにいた兵士はウンウンうなづいて、スピリットの少女と少女の神剣抱えて急いで部屋から出て行く。
「では、改めて通らせてもらう。」
そう言ってシンは【真実】を手に持ち、関所を後にした。
・・ラキオス領内・・
「ふぅ。疲れた。」
暫く歩いたあと、大きな岩を見つけドッシリと腰を落とす。
『そんなに疲れましたか?』
意外だとでも言うように【真実】が尋ねる。
「体力的にじゃなくて、精神的にな・・・。何だかんだカッコつけても人を殺したのは初めてだったからな。まぁ、後悔だとか罪悪感だとかは全く無いけど。」
『嫌でも慣れる日がくるでしょうね・・・。』
【真実】が独り言のように呟いた。
シンもそれに肯定するかのように沈黙を続けていた。
今まで戦争とは無縁の生活をしていたシンにとって、やはり初めて人を殺すのには若干抵抗があった。故に男を貫くとき一瞬の躊躇いがあったのだ。しかし、これからこの争いの世界を生き抜いていくために心を殺し、冷徹なる一撃を打ち込んだのである。
つづく
あとがき
ふぇーー筆者のシンです。第二章書きました。
戦闘の描写が難しいよぉ。ヘリオンでましたねぇ。
さてついに初の殺しをやりました、イレギュラーエトランジェ・シン。
本当は次のラセリオでの事も書くつもりでしたが、キリが良かったんでここでアップします。
そういえば作中に‘白蹄’と言う技が出てきましたが、これは収束したオーラフォトンを槍の柄の方で突くと同時に相手の体内に送って、一時的に身体機能を麻痺させると言うものです。いずれ新たな設定をおくりまーす。
さて次はいよいよユートたちとの接触です。どうなるんでしょうねぇ。私もまだ解りません。
ではでは次もよろしくお願いします。