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其処は紛れも無く普通の戦場だった―

血と焼ける脂の臭いと火薬と硝煙の臭い―

周囲には天に昇る大量のマナとグシャグシャになった『元人間』だった物が散乱していた―

『彼』には普通の光景で普通の臭いだった―

しかし少年少女達は知らなかった―

産まれてまだ一度も体験した事の無かった事を知る―

これは『本物の戦場』を初めて体験した『彼等』の物語―

其れは悲劇の如く、死者達の行進曲が鳴り響いていた―







永遠のアセリア〜if〜


永遠から始まる叙事詩


第二章 其れは迫り来る悲劇の如く


第一話 鳴り響く剣撃の行進曲







―聖ヨト暦330年 コサトの月 緑四つ 夜半―
―ラキオス王国領 エルスサーオの町 ラキオススピリット隊宿営地―


一週間前のコサトの月赤四つ、ラキオス王国軍は軍再編成と、演習を終えてエルスサーオに集結していた。
演習を終えたイースペリア軍は大半は本国へと、一部はラキオスの後方支援の為に、アキラィスへと後退して行った。
ラキオス軍は再編成を終えて、守備隊は各町に戻り警戒と警備を引き継ぎ、元の任務に戻って行った。
そして軍本隊である第一詰所と第二詰所の面々はエルスサーオで集結、部隊編成を行っていた。

「悠人、それとエスペリア、セリアとヒミカも作戦会議をするから、私の部屋まで出頭する様に。」
エルスサーオにて、宿営地に当てられた宿屋で、夕食が終わると、ウォルターはそう切り出して二階へ上っていった。
「作戦会議かぁ…俺には難しい事は分からないんだけどなぁ、まぁしょうがないか。」
頭を乱暴に掻きながら悠人は立ち上がる。
「敵の総数は私達の数十倍です…無策で立ち向かえば、返り討ちにされてしまいますから。」
悠人の愚痴に困った様に微笑みながらエスペリアがフォローする。
「私達もって事は、相当大掛かりな作戦になりそうね…」
「どうやらその様ね…演習明けでどれだけ出来るか…そこが問題ね。」
セリアとヒミカはお互いのこれからの苦労に苦笑いをして立ち上がる、その時…
「ん〜もぅ〜、私も一緒に行きますよぅ〜?除け者はぁ〜、めっめっ!ですよぅ〜?」
と眉を八の字にして、プリプリした様子でハリオンが、お茶を持って来ながら奥から出てくる。
「あのねぇ〜、遊びでも何でも無いのよ?これは作戦会議!分かってるの?」
「……セリア…ハリオンに何を言っても無駄よ…この娘はかなり頑固だから…」
セリアは怒りながら、ヒミカは呆れて諦めながらハリオンを見て、各々がぼやく。
階段部分で三人を待っていた悠人達が小さな声で呟いた。
「なぁ……そろそろ行かないか…?」
「三人とも……仕方無いですね…」
作戦会議前の緊張感は完全に台無しだった…

「漸く来たか……って、ハリオンまで……いや、分かった…だから何も言うな…」
ウォルターが十数分待って、やって来た悠人達の疲れた表情と、ハリオンの嬉しそうな顔を見た瞬間に理解した。
暫くの間、ウォルターは眉間を揉んでから溜息を付いて、煙草に火を点けてから全員に着席を促す。
「それでは、『バーンライト、ダーツィ連合殲滅作戦』第一段階の作戦概要を説明する。」
漸く、ブリーフィングが始まる、ハリオン以外は神妙な顔で説明を聞き始めた。
「先ず、全員に告げておく事がある…私は今後、暫く別行動を取る…故に主力は君達の部隊だ。」
全員が目を丸くして驚きを隠せなかった。
そんな全員の状況を、無視してウォルターは話を先に進める。
「君達は全員で、ラセリオに向って封鎖されたサモドア山道を突破、サモドアを強襲して貰う。」
更に全員が絶句した、つまり現在、目と鼻の先にいる、敵の主力を無視しての迂回強襲を持ち出したのである。
「その際、サモドアへの侵攻後、城門を突破したら合図で信号弾を揚げろ…これが信号弾だ。」
腰から取り出してテーブルに置いたのは、信号弾仕様のパンツァーファウストだった。
「これはパンツァーファウスト型高高度到達仕様の信号弾だ…これなら私の場所からでも視認出来る。」
どんどん話を進めるウォルターに、漸く悠人達が声を上げる。
「ちょ!待ってくれ、一体何なんだよ?俺にも理解出来る様に話してくれ!」
「敵の主力に背を向けるなど…自殺行為です!説明を!ウォルター様!」
「貴方…!私達を置いて何処へ行く気なのっ!」
「ウォルター様…どうして…」
「あらあらぁ〜、悪い子はめっめっ!てしちゃいますよぅ〜。」
五人が一斉に声を出し、何を言っているのか滅茶苦茶な状態だった。
ウォルターはウンザリしながら煙草を吸い続けて、どーしたもんかと考えていた。
「あー…全員落ち着け……まだ話は終わって無いから……だから落ち着けと……貴様等……!」
それでも全員が我先に言葉を発し、ヒートアップして誰も聞いていなかった
そして、何度かウォルターが落ち着けと繰り返すが、誰もが落ち着きを取り戻せなかった…そして……

「だから落ち着けと言っているだろうがぁ!(♯゚Д゚)ゴルァ!!」

最後の最後で怒鳴って漸く全員が沈黙する。
ウォルターは息を整えてから、椅子に座り直してから続きを話し始める。
「いいか?今までは時間を稼いで来たが、これからは時間との勝負に変る。」
地図を広げて全員に戦域図を指差し、説明を続けていく。
「先日、サモドア山道が敵の手で開通、突破される事態があった、だがそれは私と大佐で片付けた。」
サモドア山道の場所を指で×になぞる。
「君達には、再封鎖したサモドア山道を突破、敵本隊への強襲をかけて貰う、迂回路は見つけてある。」
と詳細なサモドア山道の地図をエスペリアに渡す。
「私はその間にリーザリオを強襲、制圧してその先のサモドア盆地で野戦築城し、遅滞防御戦闘をして時間を稼ぐ。」
「「「「「野戦築城??」」」」」
聞き慣れない言葉に全員が疑問の声を上げる。
「我々世界では、少し前の野戦で、幾つかの陣地を築いて戦闘をしていたんだ。」
砲兵陣地やトーチカ、塹壕等の事だな、と付け足す。
「銃火器が発達した世界は点の制圧では無く、面単位での制圧が重要だったんだ、戦術レベルの事が戦略を左右していた。」
兵力よりも、戦略拠点と総合的な火力が戦略的、戦術的優位を決めていったんだと話続ける。
「更に時代が進めば、遠距離大量破壊兵器の保有の有無で、戦争の成否が決まってしまう様にもなった。」
「何故ですか?兵力が無ければ戦争など出来ないでしょうに…」
エスペリアが当然の疑問を差し挟むが、ウォルターはあっさりと返す。
「サーギオスから直接、ラキオス王都を含む付近一帯を一瞬で蒸発させる兵器でもか?」
悠人以外の全員が絶句する。
「まぁ、実際は通常戦力が劣れば、それを打つ前に決着は着いてしまうし、国力は大幅に低下してしまう。
被害やその後の処理も甚大なので、使用は効果実験と、二回の使用、まぁこれも実験だったがそれだけだ。」
誰もが何も言えないでいる状況の中で、ウォルターは更に続ける。
「そしてその後、発達したのが長距離弾道弾や航空兵器、誘導弾だな、更に陸海空全ての部隊運用の総合戦になって行く訳だ。
今回、私がリーザリオを落す事に使用するのはその長距離誘導弾、つまりはミサイルと呼ばれる物だな。」
今度は、悠人も含めた全員で?マークが頭に浮かんだ。
「まぁ…効果は実際見てからの方が早いから省略する、君達はリーザリオまでは同行する。」
「何でだ?さっさとサモドア山道まで進めばいいじゃんか。」
悠人は普通に答えるが、
「馬鹿タレ、リーザリオには敵の連絡員や情報員が居るから、その目を欺く為だ……」
悠人以外の全員が溜息をこっそりついたのだった。


―聖ヨト暦330年 コサトの月 黒一つ 深夜―
―サルドバルド王国領 リーザリオ郊外 連合軍野営駐屯地―


サルドバルド、ダーツィ連合軍はリーザリオ郊外で、野営陣地を敷いて敵を待っていた。
リーザリオの町には、後方部隊が待機してはいたが、事実上の侵攻軍先遣隊本隊はこの部隊だった。
後に発見された連合軍公式文書にはこう記されている。
「ダーツィ・サルドバルド連合軍、第一混成軍先遣隊」と、
混成師団の総数は人間20,000人、スピリット150体とされていて先遣隊はその半数を割いていたと言われる。
それだけの部隊では、エルスサーオの収容力を遥かに超えていた為に、郊外に野営駐屯地を設けていた。
先遣隊の隊長は、サルドバルドの貴族で王国騎士、サミュエル・コークウッド男爵だった。
彼は指揮官用のテントで、参謀や他の随伴貴族達と寝酒を飲んでいた。
「明日になれば…我々『解放軍』が、ラキオスの王族を名乗る下賎な女王を、神聖な玉座から引き摺り落してくれるわ!」
誰も彼もが酔い、明日から始まる攻勢に、その成功を信じて疑わなかった。
確かに普通なら連合軍の勝ちは確定である。
イースペリアは、事実上の後退でラキオスには殆ど居らず、侵攻を食い止めるのはラキオスの軍勢だけなのだから…
更に、連合軍は密かに帝国軍からも増援部隊を貰い、マロリガンは静観を決め込んでいた。
その状況では、ラキオス単独の戦力では如何ともし難い状況で、敗北は必死だった。
だが、彼等は知らなかった。
ラキオスには、無慈悲な戦場の鬼神が存在している事に―

その時だった、遠くから聞いた事も無い爆音が複数聞こえて来たのは―

それは光だった―

オレンジ色の光が地表スレスレの所を物凄い速さで飛んで来ていた―

誰もが『ソレ』を理解出来ずに、ただ光に見入っていた―

そして急上昇して『ソレ等』は彼等の頭上に降り注ぐ―


―聖ヨト暦330年 コサトの月 黒一つ 深夜―
―サルドバルド王国領 リーザリオ郊外 ラジード山脈の麓―


そこには、ラキオスのスピリット隊の皆が集まっていた。
「さて……目標確認…距離20kmって所か……」
ラジード山脈の麓に位置する小高い丘の上で、其処から遠くに微かな灯りが見える。
ウォルターは、ズーム付き暗視ゴーグルで敵本陣の位置を確認していた。
「で…数は……お〜、揃えたな…8…9…100ちょいか…一個軍丸々持ってきやがったな…」
その顔は何故か、とても楽しそうにして、咥えた煙草を燻らせながら笑う。
それを聞いたスピリット隊の皆は、不安そうにひそひそと話し始める。
「あの…ウォルター様……それだけの数を本当に?…」
エスペリアがおずおずと不安そうに聞いて来た。
「あぁ…問題無い……目と耳は塞いでおけよ?…じゃないと大変だぞ?」
そうウォルターが答えると、前方から淡い光と共に、二基のコンテナ収納式のミサイルポッドが出現する。
「無線誘導…熱源探知…マナ探知…サーモバリックと多弾頭HEAT弾で構成……信管…時限信管とVT信管……よし…」
地対地巡航ミサイルのセッティングが終わり発射体制に入る。
ポッドが地面に油圧式ジャッキで固定され、方向と仰角を合わせカウントダウンが始まる―

シュ〜〜〜〜〜〜〜………

「さぁて……ロケット技術の粋とエレクトロニクスの結晶である鋼鉄と炎の顎門……味わうがいい……」
今、現代技術の粋を極めた最新鋭兵器、96式多目的誘導弾が発射されようとしていた。

バシュッ!バシュッゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

コンテナポッドから、勢い良くサーモバリック爆薬搭載弾が爆音と噴射煙を上げて飛んで行く。

バシュッ!バシュッゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

それを追う様に、十数秒後にもう一つのコンテナポッドから、多弾頭HEAT弾が爆音を上げて飛び立って行く。
「さて……皆、良く見てろよ?これが本当の『戦争』と云う奴だ…」
ウォルターは、そう呟くと振り返って冷たく兵士の目で全員を見詰めていた…
「慈悲も寛容も存在しない、憎しみと怨嗟の声が木霊する『戦場』へようこそ諸君…」
遠く離れた場所から太陽の様に眩しい光が見える、サーモバリック爆薬が爆発して、爆音と閃光と熱衝撃波が支配していた…
その数十秒後…多弾頭HEAT弾の着弾する爆音が、20km離れたこの場所に響くのだった……


―聖ヨト暦330年 コサトの月 黒一つ 深夜―
―サルドバルド王国領 リーザリオ郊外 連合軍野営駐屯地―


其処はもう、戦場では無かった。人々から『バルガ・ロアー』と、そう呼ばれるに相応しい場所だった。
サーモバリックの爆発を喰らい、駐屯地は跡形も無く消滅し、所々が炎に包まれている。
地面は抉られ、其処彼処に何かの残骸が散らばる。露出した路盤は、まるで溶岩の様に赤々と燃えていた。
辺りは、急激な酸素消費で外からの酸素を強制的に取り込み、高熱を含んだ空気が渦を巻いている。
未だに炎は、その勢いを衰えさせる事無く、燃え盛り続けていたのだった。
そして周囲の状況は、阿鼻叫喚の地獄絵図すら、幼稚な絵画に見える程に凄惨だった。
悲鳴とも奇声とも区別出来ない声を上げながら、転げまわるスピリットが全身を炭化させる。
それでも、障壁を張ったので中途半端に存命してはいるが、次第に金色に輝きながら消滅する……
先程まで、テント前の護衛をしていた衛兵は跡形も無く焼き尽くされ、溶けて捻じ曲がった甲冑や武具が散乱していた……
ある者は、鎧が溶解して体と同化して、断末魔を叫び、血を吐きながらのた打ち回る……
幸運な者は、蒸発するか炭化して事切れていた…だが『それ』を人間と形容は出来ない惨状だったが……
また、ある者は衝撃波に押し潰され、全身をバラバラに砕かれて圧死していた。
スピリットの1/10は、存命しているが手足か体の一部を炭化させてたり、衝撃で動けなくなったりで戦力とは云い難い状況で、
人間は、酸素不足での窒息と超高熱の熱波、衝撃波による圧死したりして、存命者は極少数だった……
サミュエル自身も、左半分がケロイド状に爛れて足が炭化して、生きている事が奇跡と言える状態だった……
これは奇跡的な確率での出来事で、外で待機状態だったスピリット達のお蔭でもあった。
緑、赤、青のスピリット数名が張った障壁で衝撃と熱波を吸収、拡散したのが存命の理由だが、
流石のスピリット達も『貧者の核兵器』を防げる筈も無く、消滅してしまったのだった……
だが、運悪く生き残ってしまったサミュエルも、次の死神の鎌に狙われていた。
「ぐぅぅぅぅぅ!な、何が起こった…!敵の襲撃かぁぁぁ!お、おのれぇぇぇぇぇぇ!」
呪詛の声を上げ、濁りきって恨みの籠った片方の瞳で、赤々と照らし出された夜空を睨みつめる。
その空からは、全てに終止符を打つ最後の牙が、今、正に振り下ろされる瞬間だった。
「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!殺してやる!殺してやるぞぉぉぉぉ!我が怨み!必ず!貴様等を祟ってくれるぅぅぅ!」
血涙を流し、血反吐を吐きながら、最後の最後まで憎悪を剥き出す、そして顎門は閉じられる……
巡航ミサイルの先端部分が展開し、地表に向かい、多弾頭HEAT弾が次々と着弾して行く……

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

この瞬間、地上から一瞬でダーツィ・サルドバルド連合軍、第一混成軍先遣隊は消滅した。

戦争終結後、発見された連合国の報告書にはこう記されている。

聖ヨト暦330年、コサトの月黒一つの深夜に起こった「先遣隊」壊滅の件について調査を致しました所、

大規模広範囲にて炎で焼かれており、更にその後の連続した爆発で生存者は皆無でありました。

現場は、直視も適わぬ程の凄惨な状況で、何が起こったのか推察出来る材料はありませんでした。

ただ、エルスサーオの連絡員や支援隊の証言を聞き、纏めました所、以下の報告がありました。

1:聞いた事の無い轟音が響き、その後、凄まじい閃光と爆音が響いた。

2:オレンジ色の光が幾つも飛んできて、駐屯地を焼き尽くしていった。

3:スピリットの報告で「壊滅現場」周辺ではマナは感じなかった。

以上を踏まえまして、憶測ですが壊滅原因は以下の通りだと推察されます。

敵、ラキオス軍は、長距離からの大規模攻撃魔法で、我が軍を壊滅させた物と思われます。

早急に戦略的見直しと、部隊の建て直しが求められます。

全軍での一斉総攻撃で、エルスサーオに進出した敵部隊の殲滅を上申いたします。

サルドバルド・ダーツィ連合軍調査部 グレミオ・コールマン準騎士

彼の願い虚しく、この上申は握り潰される事になる。
連合軍は、死亡したサミュエル・コークウッド男爵に、全責任を押し付けて責任を逃れてしまう。
結果、この事件は上層部によって記録を抹消され、事実は闇の中へ消えてしまうのだった……
しかし、一部の上級仕官は馬鹿では無かった。
全軍は流石に動かせないが、残存した第一混成軍とサモドアの守備本隊の大半、増援部隊を再統合し、
『第四混成軍』として再編、エルスサーオ一帯の奪回と、敵主力本隊殲滅の任を受けて、サモドアを進発する事になる…
だが彼等はそこに、何者かの意思が介入しているかは知らずに発令したのだった………


―聖ヨト暦330年 コサトの月 黒一つ 早朝―
―サルドバルド王国領 リーザリオ郊外 連合軍駐屯地跡―


悠人達は絶句していた…
無理も無い事ではある…
そこは、未だに地面が熱を持ち、あちらこちらから煙がまだ上がっていた…
そして、空腹の胃を刺激する肉の焼けた匂いと、脂の香りが彼等をより一層の嫌悪感を増大させていた…
周囲には、バラバラに吹き飛んだ死体や炭化した『人間』だったもの…
体の大半が、ドロドロに焼け爛れて、此の世の物とは思えない程の形相をして絶命した兵士…
実際には、人間の形を留めているのは僅か、数名分しかなかったのだが…
年少組は全員、瞳に涙を浮かべて怯え、震えて周囲を見ていた…
年長組は、顔を蒼白にして周囲の凄惨な状況に息を呑んでいた…
悠人を含む何人かはその現場を見て、戻す物が無いのに吐気を抑えられず胃液を戻していた……
その中で、ウォルターは平然と地獄を歩き、戦果確認と周囲の警戒をしている。
誰もがその姿に恐怖と畏怖を覚える。
そして全員が共通して持ったのは。
―彼は本当の『戦場』を渡り歩いた歴戦の兵士なのだ、自分達とは全く別の生き物だ―
その事実を、否が応にも意識せざるを得ない事を、強く認識してしまったのだった……
「ウ、ウォルターさん……あんた……」
悠人は、思わずウォルターに何かを言おうとしてしまった。
だが彼は何かを言える程、戦争を知らなかった。
一般的な、日本人の未成年である悠人なら当然ではあった…
戦後の歪んだ教育の性でもあるし、自分達が戦って来たスピリットは、消滅して跡形も残らない。
その事が、余計に戦争と云う物の意識を狂わせていた。
その他にも、神剣の干渉や、マナへの渇望と歓喜が影響を与えてはいたのだが。
だが…真実の『戦争』を目の当たりにして悠人は動揺していた。
ウォルターは振り返り、煙草を一吸いしてから答える。
「やり過ぎだ、とでも言いたいのか?まだまだ、平和ボケした日本人の子供だな悠人。」
ウォルターは、可笑しそうに忍び笑いを洩らしてから全員に向き直る。
「俺はな…このイカれた世界に『戦争の残虐性とルール』を教えたいんだよ…」
「ルール…?」
悠人は不思議そうに聞き返す。
「お前は知らないだろうが、現代は国際条約で、戦争にも明確なルールが存在するんだよ…暗黙の了解を含めてな。」
ふぅ〜…と紫煙を吐き、石に腰掛ける。
「スピリットだけに戦わせる戦争は歪だ…人間も平等に死ななければならない、と俺は考える…
簡単に言えば、銃だけ壊されて、兵士だけが生きているって状況はオカシイだろ?現実に在り得ない話だ……
だから、この世界の『人間様』に教えてやるのさ…貴様等は特別でも何でも無い、普通の脆弱な人間だと…な。」
全員は、ウォルターの表情に凍り付いた…ウォルターは酷薄に、凍える程冷たく笑っていたのだった……
「徹底的にやる、一罰百戒って奴だな……そしてこの凄惨な経験を元に、戦争のルールが生まれるだろう…
そして、誰にでも判る形で示すのさ……人もスピリットも変らない一つの命だと、な…
一般人の意識改革は女王陛下達に任せる、が、戦争への意識改革は強制的に戦場で叩き込む方が早い…
『兵隊は死ぬ事が仕事』それは世界の常識だぞ?それをこの世界の奴等に叩き込むのさ。」
そんな中、セリアが恐々としながらも憮然とした表情で答える。
「でも…変らないと思うわ……スピリットは死んだらマナに還るけど、人は還らない……人の死だけが見える現実は…」
「だからだよ。」
セリアの言葉に被せる様に答えを返す。
「周りを見てみろ…死体は見えるか?これが一つの答えだな。」
つまり、強制的にスピリットと同じ『消滅する死』を演出する為の攻撃だったとウォルターは言った。
「人間ってのは愚かなもんでな……恐怖や痛い思いを死ぬ程経験しなければ、学習出来ないんだよ……」
自嘲気味に笑いながら煙草を捨て、立ち上がる。
「それに百年しない内に記憶は薄れて、同じ事を繰り返すのさ……情けない話だがな。」
誰もがウォルターを見詰める、その瞳に恐怖と畏怖の色は無かった。
「だからこそ、敵味方に凄惨な記憶と記録を残す……これを教訓にしてくれると良いんだが………」
ウォルターの真意を知り、誰もが何も言えず、『戦争』を考えさせられていた…
だが、そんな全員をスルーして、ウォルターは新しい煙草に火を点けて話を変える。
「さて…どうでも良い話は此処までだ…今後の作戦を説明する。」
全員が顔を引き締め話を聞く。
「全部隊、このままリーザリオまで進軍する、一泊して後続の偽装補給部隊が到着後、作戦を開始する。」
「補給部隊が来たら俺達は?そのままラセリオに向っていいのか?」
悠人が代表で作戦の確認を始める。
「いや、一旦全員でリモドア方面へ進軍して貰い、敵偵察部隊を叩く…その後にラセリオへ戻って貰う。」
当然、迂回路を使ってな、と付け足す。
「陽動作戦か?本隊は此処に居るぞ!って騙しておいてって…」
「少し違うな、陽動と言うより…撹乱と時間稼ぎだな……敵の全軍を食い止める為の……な。」
「ど〜ゆ〜事だ?うぅ〜、俺にはサッパリだ…」
「敵の認識を狂わせ、戦力を見せず拮抗状態を作り上げる、だが敵の方が消耗して行く…そして動けなくなる、と…」
悠人は完全に頭を抱え込んで唸っている。
そんな悠人を、ウォルターは可笑しそうに見て、一息空けてから話を続ける。
「第一に、この状況が敵の進撃を鈍らせる、第二に、そんな敵がリーザリオ一帯を制圧したらどうなる?
つまり、全軍を相手にする必要は無い、用は敵の首脳部だけを標的に考えれば簡単だ。
つまり、総司令部、幕僚総監部、参謀本部、前線首脳部、この四つの動きを理解出来れば戦争は容易いのさ。」
誰もが意味を掴めないでいる、言語が違って、軍の運用形態もまるで違うのだから無理も無い。
ファンタズマゴリアで置き換えてみると…
総司令部=王族、又は国王から委任を受けた将軍。幕僚総監部=大臣、将軍。参謀本部=将軍、軍高官、である。
前線首脳部は、下級貴族や騎士、訓練士等で編成されているのが常であった。
大貴族は大抵、大臣や軍首脳部であるので敢えて表記はしないが、やはり古代〜中世の様式ではあったのだ。
この時点で、イースペリア、ラキオス連合は、鹿島とウォルターの尽力により軍組織の改変は済んでいたのだった。
軍での最終決定権を国王にのみ与え、軍事の中央集権化を果した。
そして、旧貴族派将軍や軍高官を解任、大臣の軍部影響力の撤廃し、純粋に国王にのみ最終権力を持たせた。
しかし、国王発令の軍事作戦行動案への否決権を与える事には慎重に対応を迫られた。
つまり、前ラキオス国王ルーグゥの様な愚者に全権を与える可能性を考慮しなければならなかったのである。
そこで議会に否決権を持たせる案が浮上、つまりは立憲君主制への国政移行を前提に進められていた。
これは、最終的な形として、『ガロ・リキュア国防軍』として運用される経緯を辿る事になる。
かなり先の歴史にはなるが、ガロ・リキュア建国30年後に統一女王レスティーナの最終段階の改革として発布された、
憲法を発布、民衆議会の設立、軍機能の最終改変、国王の特殊臨時強行採決決議権を持って発令されるのだが、
それはまた別の話であるので割愛する。
現在のイースペリア、ラキオス連合は最終決定権をアズマリア、レスティーナ両女王が保持、
総軍指令、幕僚総監、参謀本部を鹿島、ウォルターが統括していたのだった。
しかし、他国はそうではないので混乱が収拾される事は少ない、
その状況と効果を狙ってのウォルターの作戦だった。
現段階で、先遣隊全滅の報はリーザリオ後方に待機する本隊は、完全に戦意を喪失し撤退すら論議されていた。
後方の総司令部では、第二次ラキオス攻略部隊を急遽編成、リーザリオに向けて進発させていた。
更に、バーンライト王家と貴族、大臣、将軍、軍高官はサモドアを放棄、ダーツィ大公国首都、キロノキロへ退避していた。
一般兵士や下級貴族、国民はバーンライト王家への敵愾心を募らせて、国内情勢は不安定を極めていた。
戦争心理や国民感情を考慮し、プロパガンダや敵対国への情報操作を行った結果でもあった。
「まぁ、そうゆう事を踏まえてのリーザリオ進駐、後方支援基地設置何だが……理解出来たか?」
ウォルターは煙草を踏み消しながら振り返ると……
悠人は頭から煙を出しながら大の字になって地面に突っ伏してした。
それを年少組が棒で突いて遊んでいる、アセリアがそれを見て真似しているのはご愛嬌、と云う物だろう。
当然ながら慌てふためいて右往左往しているヘリオンと、呆れながら横目でチラチラと見ている二ムントールもだが。
エスペリア、セリア、ヒミカ、ファーレーン、ナナルゥは現代戦の奥深さを痛感、神妙に考え込んでいた。
ハリオンはと云えば……
「それでぇ〜、私達はぁ〜、どうしましょうかねぇ〜?」
と、空気を読まない発言をしていた。
「………ハリオン……貴方ねぇ…」
「お願い……少し黙ってて……」
ヒミカとセリアが疲れきった顔をしながら黙らせようとする。が、
「やれやれ……言うと思ったよ……どうせ言ってもお前だけは聞かないと思っていたがね…」
ウォルターが溜息混じりに呟いてからニヤリと笑った。
「セリア、ヒミカ、ハリオンの三名は予備兵力としてリーザリオでの作戦行動に参加する事、」
それを聞いてハリオンは嬉しそうに、ニッコリと微笑む、
ヒミカとセリアは逆に驚き、戸惑っている。
ファーレーンとナナルゥも驚きはしたが、敢えて何も言わなかった。
「あ、あの!ウォルター様!それは一体どうして…!」
「作戦行動に合わないじゃない!まかさ…私達への温情の積もり?見損なわないで!」
困惑するヒミカ、憤慨するセリア、両者の性格を如実に物語っている反応だった。
「阿呆かお前等?私がそんな個人的な事情で作戦を決めると思ったのか?私も見縊られた物だな……
三人を残す理由はちゃんとある、それも踏まえてこれから説明する…黙って聞いてろ。」
溜息を吐きながら、ポケットから戦域図を取り出し、広げて指差す。
「先ず、敵本隊へのカモフラージュだ、スピリットが此処にいると教えねばならんからな、
次にラキオス本国防衛の為だ…サモドア山脈を麓沿いに北上されたら厄介だからな、
俺は当然ここを動けない、主戦力である悠人、アセリア、エスペリアは動かせない、
それをサポートするナナルゥ、ファーレーンも同様だ、
何より、今後の状況を考えて年少組を、ここで戦場に慣らして戦力の底上げをしなきゃならん。
だがリーザリオには敵本隊に加え、サモドアからの援軍が向うだろう、
ここは激戦区になる、まだ幼い彼女達には耐えられまい…だが防備が手薄になるサモドアならどうだ?」
ここまで説明して五人は漸く納得した表情に変った。
「まぁ、お前達三人が此方に残る事で本隊の戦力低下は避けられないが…今はこれがベストな作戦だ。異論は?」
ウォルターが全員の顔を見渡す……見渡す…が、一人、いや、数人の顔が見えない。
下を見ると…悠人の頭の煙が黒煙になって益々逝っていたのだった……
年少組は完全に悠人を玩具にして遊んでいた。
オルファは背中に乗ってはしゃぎ、それを見たネリー、シアーもダイビングプレスで飛び掛る、
アセリアはどうやらまだ突いて遊んでいて、どうやら楽しくなってきたらしい、
ヘリオンは完全にパニック状態で思考と行動が膠着、機能停止状態で白目を剥いていた、
ニムントールは……どうやら悠人の手を抓ったりと色々思う事があるらしい……
その場所だけ何故か空間が違って見えるのは気のせい……では無いらしい。
炭化した大地と、周囲を粉々になった様々な物体に囲まれた戦場跡とは思えない雰囲気だった……
「……単純脳筋馬鹿と子供は放っておいてだ……うむ、異論は無いな、では各自作戦行動に入る!準備を怠るな!」
そちらを横目で一瞬睨み、踵を返して五人に向って号令を発した。

「「「「「了解!」」」」」

それから1時間後、ラキオス軍はリーザリオを制圧、スピリット隊は数時間の休息を取る、
そして味方後方部隊の到着を待ち、後方補給陣地設営後にリーザリオを進発。
リーザリオとリモドアの中間である、ラジード山脈の麓に夜戦築城陣地を形成、
数キロ先のバーンライト、ダーツィ連合軍を牽制する構えを見せていた。
そして日も沈み、闇夜が周囲を覆い尽した時、ラキオス本隊はリーザリオを避けながら西進、
封鎖されたサモドア山脈を迂回路で踏破し、王都サモドアを攻略する為に行動を開始する。
時を同じくして、サモドアから増援部隊が進発する。
バーンライト軍上層部はこれを国家存亡の危急として全軍投入を緊急決定する。
理由は王族、貴族、大臣、将軍が全て国外へと撤退した事による危機感であった。
その時点で、バーンライトは中級貴族達が軍、政権の両実権を掌握、支配下に置いた。
これを機にバーンライトでの地位向上と主導権確保が主な狙いであった。
実は連合軍参謀本部は、サモドアの兵力を後退させ、ヒエムナに展開中の部隊と合流、
その後、ケセムラウトの部隊と帝国からの増援部隊、合流させた部隊とで一大挟撃作戦を考えていたのだが、
この瞬間、その作戦は消滅し参謀本部は、ランサ方面との睨み合いに戦力を割かねばならなくなった。
その結果、サモドアが陥落しようとしまいと、作戦案を大きく修正せざるを得なくなった。
サモドアが陥落すれば迎撃作戦を、陥落せずラキオス軍を倒せば、バーンライト軍を逆賊として討伐する、
この二つの作戦以外の道が消え、結果、戦略的幅が消え、厳しい状態に追い込まれたのだった。
そして短絡的にバーンライト国内の勢力を奪取した中級貴族達は「一大総反攻」として全軍に拠る敵殲滅を決定。
余剰兵力を全て投入し、王城の最低限の警護部隊を残して出発した。
スピリット200、人間2,000の大部隊で実質のバーンライト全軍がリモドアに集結する事になる。

今、バーンライトとラキオスの存亡を賭けた戦いの幕が上がろうとしていた……

だが―

その影で―

陰謀が巡らされ―

その戦火は益々、拡大の一途を辿る事になる―

だが、それはまだ誰も気付かない……

血と硝煙は世界を覆い尽さんと勢いを増してファンタズマゴリアを駆け巡る―
















































―シャラン――

「フフフ……そろそろ目障りですわね……少し遊んで差し上げますわ……フフフフ……」

―シャラン――

















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