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これはラキオスと呼ばれる国で起こった物語―

それは拷問とも至福とも思える時間だった―

例え其れが戦争の為の準備だったとしても―

其処には何かに囚われている者はいなかった―

それがこの場だけの夢幻だとしても―

彼女達は運命の楔をまた一つ解き放つ―

これは彼女達が奏でる訓練と云われる練習曲―







永遠のアセリア〜if〜

永遠から始まる叙事詩

第一章 其れは指し示す未来への道程

最終話 訓練と云う名の練習曲






―聖ヨト暦330年 エクの月 黒四つ 昼間―
―ラキオス王国 王都郊外特設野外訓練場 仮設訓練所前―


ラキオス王国―北部に広がる天高く聳えるリクディウス山脈や南北に渡って広がる二つの森―
リクディウスの森とリュケイレムの森、そして清浄な水が流れるヴァーデド湖畔―
最北端の国家でありながら温暖で雪も少なく肥沃な国土を持つ―
国境付近には西から南に広がるモジノセラ大湿地帯が広がる―
この国に無いのは渓谷と砂漠と豪雪地帯だけと戦闘訓練には持って来いの地形だった

その日は雲ひとつ無い青空で涼しげな風が吹き暖かな陽気で小鳥が囀っていた
王都ラキオスから少し離れた場所にソレは作られた
簡易的に作られた幾つかの隊舎とグラウンド、門柱には看板が掲げられていた
『ラキオス王国第一管区二国間混成旅団駐屯地合同特設演習場』と
そして隊舎前には人間の兵士とスピリット隊が集まっていた
ガヤガヤと騒がしく、スピリット隊の年少組は落ち着きがなさそうにソワソワしている
人間の方は、たまにスピリットを見て嫌そうに顔を背ける
そこに二人の男が歩いてきた
両方とも英陸軍の夏季軍装でグラウンドに現れて数段高い場所に立った
「…全員整列!………グズグズするなぁ!さっさと並ばんかぁ!」
ウォルターは、大声で怒鳴り上げ騒いでいた兵士達とスピリット達を黙らせる
元々は軍の下士官上がりなので手馴れた感じで怒鳴り散らしていく
「オラオラァ!イースペリア軍を見ろ!貴様等は彼等に無様な所を見せるのか!」
ラキオス勢が集まるその隣では、イースペリアの軍人とスピリット達が整然と並んでいた
「彼等は今回の為に人員を割き!スピリットを防衛に貸し出して頂いたんだぞ!
教えを請う側の貴様等がグズグズしてたら全てが無駄になるだろうがっ!」
そうどやされ渋々整列をするラキオスの兵士達とスピリット達
「人間の部隊は直々に鹿島将軍とイースペリアの教導隊が指導する!」
そう言ってウォルターは鹿島に譲り鹿島が前に立つ
「…鹿島だ…諸君等、ラキオス軍を指導する事になった……初めての事が多く、動揺や疑問が諸君等を包んでいる事と思う
が、やってもらう……反抗や反対には命令違反と王族侮辱罪が適用される…以上だ」
そう言って人間の部隊を連れて訓練に向う

ウォルターは残されたラキオススピリット隊の前に向った
「君達には私とイースペリアから来たこの二人で訓練に当たる…紹介を」
と告げてレナとサリアに顎で自己紹介を促す
可愛らしくニコニコと笑顔を振り撒きながらピョコピョコと腰まで届くポニーテールを揺らすブルースピリットと
長い髪を簡単に後ろで束ねただけだが美しさが際立つイースペリア1の胸囲のグリーンスピリットが(ォィ
ウォルターの隣に立ち各々自己紹介を始める……のだが
「え〜っとぉ…い〜すぺりあおうこくこくぼうぐんのぉ〜…」
「将軍直属第一近衛部隊ですよ…」
「あ〜そうそう!しょ〜ぐんちょくぞくだいいちこのえぶたいのレナだよぉ〜よろしくネッ♪」
と相も変わらずニコニコとノンビリ自己紹介をするレナ
ラキオスの妖精達は可愛い娘を見て驚きを隠せなかったが次の発言で驚愕に変わる
レナは神剣を取り出し何が楽しいのかニコニコと続ける
「このこはねぇ〜私の神剣で『第六位 氷雪』だよ〜」
その瞬間、見た目に騙されていた事を殆どのスピリットが悟る
よくよく注意して見ればマナはラキオスのスピリット達より強く実力差もある事が感じられていた
「まさか彼女が……これは…アセリア以上だなんて…」
「…ん…強い」
エスペリアが漏らした呟きにアセリアが律儀に答える
年長組はレナのポテンシャルに驚嘆し驚きを隠せないでいたが…
年少組は暢気にキャイキャイとレナとはしゃいでいた…一人を除いて…
「…ふん…」
小さなグリーンスピリットの女の子はプイッとそっぽを向いてしまった
「私はイースペリア王国国防軍、将軍直属第二近衛部隊長を勤めさせて頂いてます」
と一礼をしてから名乗る
「サリアと申します、宜しくお願い致します」
そして背中の神剣を取り出す
「この子は私の神剣で『第五位 豊饒』です」
その言葉が出た途端ラキオススピリット隊の年長者の誰もが畏怖の目でサリアを見る
「では…貴方達があのイースペリアが誇る『守護女神』……!」
エスペリアは驚愕で二の句が告げないが何も知らない悠人は暢気に聞き返す
「何だ其れ?第五位って事は強いんだろうけど…そんなに驚く事なのか?」
エスペリアは悠人に向き直り説明を始める
「ほんの数年前からこの世界には三強と呼ばれるスピリット達がいるんです」
「三強?」
「はい、一人は悠人様も御存知ですよ?その三人には二つ名があるんです」
「二つ名?」
「はい、一人はラキオスにいるブルースピリット『ラキオスの蒼い牙アセリア』
二人目は南方、マロリガンに所属するグリーンスピリット『碧風の稲妻クォーリン』
三人目は帝国のブラックスピッリト『漆黒の翼ウルカ』の三名です」
「アセリアって凄かったんだな…」
呆然とアセリアを見る悠人だが当のアセリアは、ぼ〜っと前を向いている
「イースペリアには『鉄壁のイースペリア』を象徴する将軍直下の近衛部隊『守護女神』がいるんですが…
その近衛の中の四人が新たに二つ名を冠する程の強さを誇るとされる四女神と呼ばれるスピリット達…
イースペリアで四つの系統の頂点に立ち、他を圧倒する実力を持つとされる最強の四名、
『翠壁のサリア』、『紅蓮のマイア』、『蒼氷のレナ』、存在を確認されてはいませんが『神速のクレア』…
この四名が要塞王国『鉄壁のイースペリア』の中核…将軍直属近衛部隊での最強の四名です」
「そんな凄い人達なのか…?」
「真実は判りませんが…帝国のウルカ率いる部隊を犠牲も出さずに退けたとか……」
悠人は二人を交互に見比べるが、サリアは恐縮し照れた様に否定する
「あの時も、実際はかなり危ない所でした…地理的優位と数的優位のお蔭で負けずに済んだだけですから…」
と恐縮しきって受け答えするサリアにエスペリアは問い掛ける
「でも、実際にウルカ部隊を退けるだけの力をお持ちなら、『二つ名』も理解出来ます…」
「いえ、それは鹿島様の方針でして…ハッタリも抑止に繋がるとかで色々と手を打たれた結果ですよ」
実際はそこまで強く無いですよ、と謙遜する
そこにウォルターが口を挿んで来た
「あ〜、そろそろ私の紹介…いいかな?」
二人は顔を真っ赤にしてウォルターに向き直り平謝りだった
「私が君達を統括し、訓練するウォルター・C・ドルネーズだ。一応軍事顧問兼客分将軍だ、よろしく」
と、ウォルターは片手を上げて軽く挨拶したがエスペリアが疑問に思っていた事を聞いた
「あの、ウォルター様の神剣は…その腰のナイフなんですか?」
「いや、これは強化しただけのナイフだ。俺に神剣は無いぞ?大体、俺からマナを感じるか?」
飄々と嘯くウォルターにエスペリアは驚愕を隠しきれない
「しかし、あの武器の数々は?」
「あれは悠人達の世界の武器さ、それをちょいと強化しただけのな」
イースペリアの二人以外は驚きを隠せなかったが、ウォルターの次の発言がもっと彼女達を驚愕させた
「まぁ、そんな物無くてもお前達相手なら負けんよ。後で其れを証明しよう」
誰もが驚きを隠せずにザワザワと落ち着かない雰囲気がそ其処に流れた

「ではラキオススピリット隊の諸君も自己紹介を、私や悠人と初面識の娘らもいるからな」
とウォルターはラキオススピリット隊の面々を見る
「え〜っと、俺は悠人。高嶺悠人です、悠人でいいよ、エトランジェでこの馬鹿剣は『第四位 求め』だ、よろしく」
まずは悠人から始める、やや緊張気味でぎこちなくも挨拶をする
「私はエスペリアと申します、宜しく御願い致します。神剣は『第七位 献身』です」
エスペリアは正面の3人に向けて礼儀正しく挨拶をした
「ん…アセリア・ブルースピリット…神剣は『第七位 存在』…ん、よろしく…」
アセリアは言葉少なめでぶっきら棒にだが挨拶を交わす
「オルファリルだよ〜、でも長いからオルファって呼んでねっ♪神剣はぁ〜『第八位 理念』だよっ、よろしくね♪」
オルファは明るく元気良く少々、飛び跳ねながら挨拶する
まずは第一詰所のメンバーが自己紹介をして、エスペリアが第二詰所のメンバーに目配せする
「では次は私達ですね。私はヒミカと言います、神剣は『第六位 赤光』です』
第二詰所のメンバーは互いに目配せをしながらヒミカから自己紹介を始めた
「私はぁ〜、ハリオンですぅ〜。ちゃんとか付けたらメッメッですよぅ〜?この子はぁ〜『第六位 大樹』ですぅ〜」
おっとりと挨拶をするハリオン、頭を上げ下げした時に揺れる大きな実りに悠人は顔を赤らめていた
「……私はセリアです、これは『第七位 熱病』です…」
セリアは頭を下げるも悠人とウォルターに厳しい視線を向ける
「……ナナルゥと申します、神剣は『第七位 消沈』です」
感情を出さずに淡々と自己紹介をこなすナナルゥ
「あ、あのファーレーンと申します、宜しくお願いします。神剣は『第六位 月光』です」
挙動不審にモジモジしながら挨拶するのは覆面を被ったファーレーン
「ちょ〜く〜るなネリーだよっ☆よろしくぅ〜。この子は『第八位 静寂』だよっ」
何か意味不明な事を言いながら胸を張って挨拶したネリー
「…え〜っとぉ、シア〜だよぉ…よろしくね?この子はぁ〜『第八位 孤独』なの……」
少し怯えながらもゆっくり挨拶したシアー
「え、えっと!へ、ヘリオンですぅ!よろしくお願いします!神剣は『第九位 失望』ですっ!……へぶっ!」
挨拶を終えて、勢い良く頭を下げて転んだヘリオン
「………二ムントール……『第八位 曙光』……」
興味無さそうに必要な事だけを言ってファーレーンの後ろに隠れソッポを向いた二ムントール
そしてその後はラキオスの各町に配備されたスピリット達が挨拶を続ける

何故今回、イースペリアの部隊を招いての合同演習が行われたか
それは今後の為に必要な事でもあったし、一種の実験的試みだったのである

ラキオスとイースペリアは、連合王国結成へ向けての組織の試験運用を考えていた
その結果、軍事面、技術面では遥かに進んでいるイースペリアの運用システムへの変更を決めた
結果、ラキオスは国境付近をイースペリアに任せて全軍を再訓練を決定し
人間主体の軍は人事刷新で半数以下まで人員が減ったので志願兵を募って再編成され
そしてラキオス軍は鹿島率いるイースペリア防衛軍との二国間混成軍編成での強化を図った
人事面では演習総司令官をイースペリア国防軍元帥、鹿島神一郎
スピリット部隊演習指揮官兼、演習副司令官をラキオス軍軍事顧問、客分将軍、ウォルター
軍本隊演習指揮官はイースペリア国防軍、参謀本部から2名、諜報部から2名、後方支援部から2名選出された
ラキオスの旧主流派からはラキオスがイースペリアの下に付いた形になって批判もでたが
現実問題として、時代と現在の技術レベルに合わせたとは形ではあるが、近代システムを組み込まれ
軍としての機能をファンタズマゴリアの中でもトップクラスに押し上げた
その経験とシステムを簡易的、即時的にラキオス軍へ組み込む為の演習であった

演習人員はラキオス軍、人間部隊は八割超の10,000人
スピリットはスピリット隊と各町の守備隊を合わせた32人

イースペリア国防軍、人間部隊は四割の3,500人
スピリットは演習参加は二名だがラキオス軍の演習の為、各町と国境の部隊との入れ替えで八割が参加している

ウォルターは今後の訓練の内容と概要を話始める
「古今東西、軍隊の兵士に求められる事は判るか?」
誰もが何も言えない中、悠人やエスペリアがお互い近い事を言う
「それは強い兵士なんじゃないのか?」
「同感です、強く負けない人材が求められるのでは?」
それを聞いてウォルターは軽く笑う
「それは戦場の一部分、局地的や限定的な問題で戦術以下の問題だ」
それを聞いて押し黙る二人
「実際は違う、答えは統率の取れた部隊だ」
それを聞いても理解出来ないラキオスの面々
「はぁ…いいか?戦場で最も危惧される事は兵士の勝手な判断だ、各々が各々の意思で戦ったらそれは戦闘では無い
現代も古代も軍はその一点をまず最初に教え込むんだよ。
自分の意思を持たず、反抗させずに運用する事に先ずは重点を置く、
ある意味、一部分だけを見ればスピリットの意思を奪ってやるやり方が正しく見えるが…
古代ではこれが必ずしも正しい運用とは限らないんだ。
理由は簡単、小部隊単位での同時複数運用は出来ない事、大部隊になればなる程に動きが取れない事だ。
何故だと思う?答えは情報、通信、指揮官の問題だからだ」
そう言われても未だ理解出来ない面々はじっと話を聞いていた
「情報は直に劣化してしまう足の速い物だ、時間を置けばそれはゴミ同然に変わるんだ、だから通信が必須何だが…
しかし通信がしっかり確保されてても、古代では速度が遅く不確実な物に頼らざるを得ない事がネックだった
それに指揮官は素質だけで決まらずに、賄賂や血統で決められてしまってた為に柔軟な運用が効かなかった事だ」
それを聞いてアセリアを除く年長者は理解が出来て感心して口が開いていたが
悠人と年少組は完全にオーバーヒートして頭を抱えていた
「故に!君達に教えるのは其等とは違う形での運用方法だ!各自の力が試される、気を引き締めて事に係れ!」
その一言で皆の意識が切り替わり整然と整列する
「戦略の基本は情報と補給と移動経路だが、これは君達の管轄では無い為に除外する
君達に教えるのは、戦術と戦闘方法と集団戦闘の三つだ。部隊運用に関してはサリアと私が夜に座学をする
では各自、準備を始めろ!愚図愚図するなっ!」
「「「「「はいっ」」」」」
バラバラと散って各々準備に入るラキオスのスピリット隊の面々
ウォルターはレナとサリア向き直る
「君達にも色々手伝って頂くよ?君達には守備隊の訓練を一任してもいいかな?」
「はい、構いませんが私達が教えられるのは防衛だけですよ?」
「構わないよ、守備隊は防御主体で動くからね…本隊は私が直接指導するよ」
「分かりました、レナは如何しますか?」
「ん〜、レナ君かぁ…彼女は魔法専門だしね、それを教える時に借りるとしよう」
「了解です、では私達は守備隊の訓練に向います。レナ?行きましょうか」
「お〜?……はぁ〜い♪じゃあね〜いってきまぁ〜〜す」
それまで虫の観察をしてたレナを呼び、守備隊の訓練場へ二人は向って行った

―同年 同日 午後―
同合同演習場内 特設第一訓練場

演習場の中には様々な施設が隣接されている。その中でも最大級の大きさを誇るのがこの第一訓練場だった
内部は様々な環境が再現されていて中央は広い広場になっている
川や小さい沼、丘や岩場、林森等様々な状況での訓練が可能な大型訓練場である
その中央広場でウォルターとラキオススピリット隊の面々は向かい合っていた
「さーて…ではまず最初は君達一人一人と戦闘訓練した後、君等のチームと戦闘訓練をしようか」
ウォルターがそんな事を言うと皆が驚きを隠せずに動揺した
「ルールは大規模魔法の使用禁止以外何も無い、殺す気で来いよ?」
とウォルターは腰から一本ナイフを抜き左手に持ち右手にはオーストリアGLOCK社製グロック17Lを持っていた
「では順番を決めてかかって来なさい」
弾の確認と動作確認をした後に軽く屈伸運動をして相手を待つ
エスペリアや悠人達は順番を決める為に話し合いをしていた
「ウォルター様の実力は高いと思いますが、武器使用の中長距離タイプでは接近戦はそれ程得意では無いのでは?
謁見の間でも接近戦に持ち込んだ時は、決定打を持っていらっしゃらなかった様ですし…」
エスペリアは不安げに悠人を見たが悠人はウンザリした顔で答える
「馬鹿言うなよ…師匠は近接戦闘のプロだよ……あの人は元々特殊部隊出身だって言ってたし…
実際、エスペリアも戦って判っただろ?あれは本気には程遠いさ…」
そんな事を言っている間に、アセリアがウォルターの前に立ち神剣を構える
「ほぅ…最初はアセリアか…遠慮は要らない、さぁ来い!」
「…ん、行く!」
ぶわぁっ!と土煙と共にウィングハイロゥを展開して高速で突っ込んで来る

「てぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

高速で飛びながら身に纏うマナが神剣に集まりオーラフォトンへと変わり神剣が蒼く光る
神剣を振り下ろし強烈な一撃『ヘブンズスウォード』を放つ、が、ウォルターは半身ずらして一撃を避ける
「スピードは上々、力も申し分無いが…単調だな」
アセリアの振り下ろした神剣を踏み付け動きを止める
「だが零距離接近戦の場合、不用意な振り下ろしは危険だぞ?」
アセリアの頭に銃を突き付けトリガーを引く

タンタンタン!

基本に忠実に三点バーストをし、アセリアを撃ち抜くがアセリアは神剣を引き抜き離脱していた
「ん…ちょっと痛い…」
少しだけ頬をかすっただけで直撃は無かった
「流石だな…仕方無い、サイドアームは不便だな…此方を使うか…」
ウォルターはグロックを消し体術基本の体制へシフトする
「さぁ、来い…程々に遊んでやるよ……」
と力を抜いて構えるウォルターに対して前傾姿勢で神剣を構えるアセリア

ドンッ!

爆音と共にウィングハイロゥを展開して超高速で駆けるアセリア
神速に届かんとする程の三連突きを放つがウォルターを襲う
大気を切り裂き空間を断つ、真空を作り全てを切り裂く必殺の一撃が放たれる
神速の連撃と真空の刃をウォルターはたった半歩分ずれて避ける
真空の刃がウォルターのボディスーツを掠めるがスーツには傷は付かない
アセリアは行動限界と一撃に置ける最大攻撃数の限界で一瞬、動きを止める
それを見逃さずにナイフの柄で鳩尾に『徹し』を当て、蹴りで弾き飛ばす
吹き飛ばされたアセリアは、受けたダメージを強制的に無視する
なんとかウィングハイロゥを使い空中で体制を整えて神剣を引き、溜めていたマナを言霊に乗せて放つ
「一時の静穏…マナよ、眠りの淵へと沈め」

「エーテルシンクッ!!」

凍結の意思を持つ深蒼の一撃がウォルターを襲う
「ちッ!…厄介な魔法を……ならっ!」
ウォルターは腰からもう一本のナイフを引き抜きウォルターも言霊を紡ぐ
「其は撃ち砕く者、其は貫き透す者也…我が真言に応え喰らう者と成せ!」

               グラトニー・ザ・バンディッド
「穿て!強奪する暴食者」

言霊に反応してナイフに力場が形成される、ウォルターはアセリアが放った魔法に向けて投擲する
本来、神剣魔法を持たないウォルターは幾つかの魔法対抗策を持っていた
その一つとしてデバイスにコード化された暗号を放ち、力を解放していく
ナイフに宿るのは『全てを喰らう者』と呼ばれるマジックキャンセラーだった
魔法に触れると、その魔法を増幅、反転させて消滅させる技であった
アセリアが放ったエーテルシンクもナイフが触れると同時に膨れ上がって制御が利かずその場で反転消滅する
その影響で、空間に歪みが発生し気圧が下がり空間に振動が走る
「…くっ!…ちょっと動けない…」
アセリアは影響を受けて片膝を付いて動きが取れなくなっていた
その瞬間、何処からとも無く現れて、アセリアの首筋にナイフを当てる
「チェックメイト…60点ってとこだな」
アセリアは負けを認めて神剣を落す、皆は呆然としてポカーンとしていた
ウォルターは首をコキコキ鳴らしながらゆっくりと皆の方へ歩いて行く
「さぁて……次は誰だ?遊んでやるからかかって来い…」

その後の戦闘結果は当然ウォルターの圧勝だった
アセリアとの戦闘を見て年長組は手を変え品を変えて戦いに挑んで行ったが
最も長い間戦っていたのはセリアとエスペリアで五分間だった
年少組は当然持つ筈も無く開始僅か十数秒程度しか持たなかった
チーム戦闘も魔法を真っ先に潰されてしまい、戦闘技術で劣る彼女達では勝てなかった

―同年 同日 夕方―
同合同演習場内 特設第一訓練場

ウォルター以外グッタリして倒れこんで息が上がっていた
「な、何であれだけ戦闘訓練したのに師匠は息一つ切れてないんだよ……」
悠人も草むらに体を投げ出し仰向けで倒れていた
他の面々も多少の差はあるが疲れきって倒れたり木に寄り掛かっていた
「よーし、今日の訓練は此処まで!君達の実力は大体理解した…明日から本格的な訓練に入るぞ」
ウォルターは煙草を燻らせながら彼女達を見渡す
「風呂と飯の用意はされているから心配するな、っと来た来た……」
ウォルターが見ていた方向からレナとサリアがやって来る
「お〜〜〜〜〜〜い、おっまったせぇ〜〜〜〜♪」
「済みません、少々遅れてしまいました」
二人は背中の背嚢から冷えた水筒と手拭いを取り出し皆に渡して回る
ウォルターはその間に手にしたチェック表に書き込んで行き、レナとサリアに指示を飛ばして行く
そして倒れこんでる連中を見て回っていた
「んっんっん…はふぅ〜〜、助かりましたぁ〜」
「………ふぅ…流石にキツかったわね」
「……はぁ…何なの?あの男は化物なの?」
そんなウォルターを見てセリア、ヒミカ、ハリオンは誰とも無く話し始める
「あの男は本当に神剣を持って無いの?あの強さは異常よ?」
「魔法は効かない、戦闘技術は私達より上、どう考えても普通じゃ無いわよね?」
「それにぃ〜、ウォルターさんはぁ〜、殆ど動いて無かったですよねぇ〜」
「それにあの武器…何かを射出する物みたいだけど……あれも厄介ね」
「一撃一撃であれば問題無いけれど、雨の様に降って来るから迂闊に動けないわね」
「近づいても避けられて流されてぇ〜、カウンターで弾かれて終わりでしたものねぇ〜」
「やれやれ、人を化物扱いか?君達が未熟なだけだよ」
三人の後ろからウォルターの呆れた声が聞こえて、三人は驚いて後ろを振り向くとウォルターが立っていた
「あらあらぁ〜?何時の間にぃ〜?」
「申し訳ありません!気付かずに失礼な事を…!」
「ふんっ!趣味が悪いわね?コソコソと盗み聞き?程度が知れるわね」
三者三様の反応を返す三人にウォルターは溜息をつきながら答える
「やれやれ…今さっき君等の後ろに居たし、そう呼ばれる事にも慣れてるし、盗み聞きとは人聞きが悪いな
あんな普通に話していれば、どうしたって聞こえるだろ」
と腰を落して三人の前に座る

「さて、君達の疑問に幾つか答えるとしようか?…まずは戦闘技術に関してはだけど
パワーと速度は圧倒的に君達が上だぞ?神剣の加護がある者と無い者の差があるからな
だが君達は正しい使い方をしてないからな…それに私は合気柔術も学んでいたしなぁ」
三人が頭の上に?マークを浮べた感じで
「「「合気柔術?」」」
ウォルターは煙草の火を消して水を飲んで新しい煙草に火を点ける
「悠人のいた国の古代から続く徒手空拳の戦闘技術だよ、相手の力に自分の力を乗せて返す業…
気を練り呼吸を整え力を抜いて相手に合わせる事……極意はあるが…」
と立ち上がり気を練り呼吸を整えてから呼吸を変える
三人は其処にいるウォルターを見てはいたが見れない、否、感知出来なかった
『其は大地にして空、其は海にして山、其は星にして宇宙、其は陰にして陽
意志無くして想い無く、想い無くして力無く、力無くして業成らず…
汝は我にして我は汝也、我、神成らざる者にして神成る者也、身体は神に心は無我に
故に敵は敵に非ず、故に我の前に敵は無し……之ぞ鹿島流合気柔術極意也……』
真言を唱え終わると同時に錬気も終えて世界との合一を果す
其処に在って其処には無く、世界其の物でありながら世界から隔絶した存在に成っていた
三人の誰もがウォルターを見失っていた、理解の範疇を超えていて思考がパンクしていた
「とまぁ、これが技術を超えた『業』と呼ばれる程までに昇華した物を身に付けた存在だな」
合一を解き錬気を抜いて神を還す、世界から人へと戻っていく
そこで三人は漸く息を吐き力を抜く、見ていた現象を現実と認識しきれずに未だに呆然としていた
「はぁ〜、凄かったですねぇ〜」
「今のは一体…?」
「…何なの?貴方は本当に人なの?」
「達人と呼ばれたり覚醒者と呼ばれる人達のクラスになればこの程度は出来る方々も多いさ……
俺の業は所詮、児戯に等しいさ…大佐…いや、鹿島殿であればもう十数段階上だな」
「カシマ様はもぉっと、凄い方なんですねぇ〜」
「イースペリアが強くなるはずだわ…まさか其処までとは…」
「信じられないわね…どれだけ人外魔境なの?」
呆れと感心がごちゃまぜになった顔で、各々の感想が口から漏れたのを見てウォルターは軽く笑った

木々が生茂る中に出来た広場にも宵闇がやってくる
四人は立ち上がり隊舎へ向って歩き始める、他のスピリット達は既に帰還し始めていた
「それで?私は君等の眼鏡に適ったかね?」
「「っ!!」」
「あらあらぁ〜?」
ヒミカとセリアは驚きでウォルターを見る、ハリオンは驚いたのかおっとりとした声を出す
「私は人だが信頼に値するかね?私は君等の実力を知り、意志を感じた……
それに応えるだけの器量は持っているつもりだが?」
ウォルターの言いたい事は理解出来ていたが、感情では理解したくなかった
相手は憎むべき『人間』、自分達を道具としか見ないで冷たい視線に晒されて来た
意思はあっても黙殺され自分の言葉は誰にも届かなかった
「私は人間だから駄目かね?なら悠人はどうだ?」
「そぉ〜ですねぇ…」
「そ、それは…」
「…あの人も人間ですから」
ハリオンは判らないが、二人は明らかに拒絶の意思を表情を表に出す
「ほぅ…?悠人も哀れだな…人からは『来訪者』と忌み嫌われ、共に戦う君達に『人間』と忌避される訳だ…
じゃあ悠人は一体『誰と共に一体何の為に戦う』んだろうな?道具以下じゃないか」
ハリオン以外の二人は初めてその事実に触れたかの様な衝撃を受ける
「エスペリアにも言ったがな…今の悠人は君等と同じく、構成素体はマナで神剣を持つ君等と同質の存在
しかも普通の世界から来た普通の子供…それが戦争に巻き込まれて、今は君等の為、自分の為に戦っている
悠人は未だ未熟だがそれでも意志を持って戦おうとしている…それでも足りないか?」
「そ、それは…」
「………」
「そぉ〜ですねぇ…」
三人は一様に考え始めていた、そんな事は今迄に考えた事が無かった
彼女達にとって人は命令するだけの存在だった、奴隷以下物以上程度の扱いが彼女達の日常
常に従順な兵器である事を求められ、場合によっては貴族や兵隊の異常性愛か捌け口の対象にさえなる
人々に忌み嫌われながらも人々の為に戦うと云う合判する矛盾の中で生きていた日々は忘れられない
だが『それ』と戦う為に立ち上がり、悠人や敵だった人々と向き合えと言う

その時、ハリオンがのんびりとしながらも瞳には確固たる意思を宿してウォルターに聞く
「ウォルターさんはぁ〜、私達が本当に皆さんに受け入れて貰えると思いますかぁ〜?
凄惨で陰湿な過去の因縁を断ち切ってぇ〜、新しい未来を手に入れられると示してくれますかぁ〜?」
ハリオンにも辛い過去がある、今はソレを感じる事は微塵も無いが黒く染まったハイロゥがその片鱗を覗かせる
笑顔を絶やさず、涙も見せずに泣き言を一切言わずに周囲に気を配るハリオン
その優しくも何処か淋しげな笑顔の仮面の下は『昔』のままの、臆病で泣いてばかりいた少女の頃と変らない
何も出来ず、助けも無く、ただ翻弄され、蹂躙され、其処ではただの人形だった
ハリオンはずっと待っていた、きっかけを、変革を、皆を、自分を解放してくれる英雄を……
質問を受けてセリアとヒミカも二人の事をじっと見詰めていた
何処か不安気な様子を瞳に映す、瞳は揺れていた―不安、猜疑、期待、希望、動揺に揺れていた
二人も心の何処かで求め、待っていたのかもしれない―
この世界に神は無く英雄もいない、だから救いも無いと諦めていた―
だけど、だけど……本当は、助けて欲しかった、救って欲しかった、『愛』が欲しかった―
封じ込め、消していた筈の思いが顔をあげる、その思いは今、目の前の男に問い掛ける―
『貴方は私達全員の想い、願いを受け止め、助けてくれるのか』と―

「示す?私は困難な茨の道を照らす一条の月明かり。月下に舞うコッペリア達に捧げるギャロップを奏でる楽師……
私は進む術を教えるだけさ……己が進む道は己が手で切り開け、多少の手助け位はするさ」
それを聞いてハリオンが本当に嬉しそうに笑う
「じゃあ大丈夫ですねぇ〜。そんな素敵な人達なら皆、信じてくれますよぉ〜」
悲しみと苦しみの過去に決別し、自分達の手で新しい未来を創る為に立ち上がる事が出来る
その道は例え様も無い程に厳しく辛い道程だろう、だけど先導してくれる人がいる
切り開くのを手伝ってくれる人がいる、道を照らし、示してくれる人がいる
その事実が三人に勇気を与える、夢を与える、希望を与える、力をくれる……
自分達三人だけでは無い、全てのスピリット達に共通する永久より長く刹那より短い間、焦がれた願い、想いを…
私達は変る、変れる、変って行ける…道は開かれた、それは死んでいった同胞、殺してしまった同胞への贖罪…
やっと彼女達の魂に、マナに、想いに報いる事が出来るのだ、と三人が感じていた
それを思った瞬間、彼女達三人の瞳からつぅ…と一筋の涙が流れ落ちる…ハラハラ、ハラハラと……

涙が流れた事すら理解が追いつかない…自分が何故涙を流しているのかさえ…
積年の想いが、幾星霜の年月の願いが、消していた罪の意識が、これからの未来が…喜怒哀楽の感情が溢れていた
ヒミカは仲間の為、家族の為に戦って来た想いを乗せて尋ねる
「私達は…ネリーやシアー達を救えるんですか…?スピリットの皆を救えるんですか…?」
ウォルターは指先でそっ…と、ヒミカの涙を拭って優しく答える
「其れを願い、信じて立ち上がれ……道は其処にある…俺達が照らし、示してやろう…」

セリアはその優しくも繊細な心故に、倒して来た敵だった娘達の事を想いながら尋ねる
「私は…私達は……あの娘達に赦して貰えるかしら…?赦されていいのかしら…?」
ウォルターは優しくゆっくりとセリアの髪を、頭を撫でて瞳に慈愛の色を映して優しく答える
「それは誰にも判らない…けれど全てが終わった時、彼女達の犠牲は無駄じゃ無かったと信じられる…
だからその時、彼女達に謝ろう……そして報告しよう、尊い命の上に立った平和と平等を……」

ハリオンは小さな頃に散ってしまった願い、想った小さな幸せな夢を思い出しながら尋ねる
「私達はぁ〜……夢を願ってもいいんですかぁ〜…?幸せになってもいいんですかぁ〜…?」
ウォルターは小さな子供をあやす様に、優しく抱きしめて背中を擦りながら安心させる様に答える
「当然だ……泣いて悲しんだ以上に幸せになる権利は誰にでもある…夢は、希望は其処にあるのだから……」
三人はそれぞれの想いを胸に涙を流す、声を上げ咽び泣く、それは歓喜、懺悔、希望、贖罪が流させる涙
ウォルターにしがみ付く様に、縋る様に、親を見つけた子供の様に泣き続けた

それを少し離れた茂みの中から見ていた影達もひっそりと涙を流す
彼女は星空を見上げてウォルター達の言葉と自分の思いが心を駆け巡る
それは世界で一番大切な妹を守ると決意した日から続いて来た想いを思い起こさせる
彼女にとって、この地獄の様な世界の中で家族と同じ唯一無二の宝物…
「……ニム…お姉ちゃん、頑張るよ…貴方の為、皆の為に…頑張れるよ……二ム……」
彼女―ファーレーンもその瞳から止め処なく溢れる涙を拭いもしなかった
想いのままに流れる涙が、生まれて初めて流す歓喜の涙が嬉しかった

もう一つの影は何故、自分が泣いているのか理解出来なかった
否、理解出来ないのではなく理解する感情が希薄だったからだ
彼女は余りにも長い間、神剣との同調を続けていた。それを望まれた故に…
だから彼女は『感情』と云う物が理解出来ずにいた、それは遥か遠い向こう岸の存在だった
そんな彼女も心の中に小さな、ほんの小さな想いがあった
春の木漏れ日の中―新緑が薫る初夏の森の中―全ての色が黄昏に変る秋の落葉舞う中―冬の舞散る粉雪が輝く中―
心穏かで安らかな日々、小鳥の囀り、子供達の楽しそうな笑い声
「私は―…、私は―……」
グルグルと小さな想いが彼女の―ナナルゥの心を駆け巡る
「私は守りたい……そう感じている様です……」
そう呟くナナルゥの瞳からも細く一筋の涙が流れ続けた…

暫くしてから涙を拭った二人は、ウォルターの方へ向き直りゆっくりと頭を下げる
「ありがとう御座います……これで私達は迷わない…信じて生きて、戦って行けます…自分の想いの為に」
ファーレーンが小さく呟き、お礼と決意を言葉に乗せる。彼に届かなくても良い、ただ言っておきたかった…
顔を上げるとウォルターと視線が合う、ウォルターは静かに、優しく頷いた

満天の星空の元、彼女達は長い間、ずっと背負っていた重く苦しく辛かった荷物を漸く置けたのだった…
涙を拭き顔を上げた時、彼女達の瞳は明らかに変っていた
悲壮な決意、冷徹な意志、微笑の仮面、壮絶な覚悟、意志無き瞳は消えていた
あるのは明日への希望、未来への展望、幸せな笑み、生きる決意、力ある瞳が浮かんでいた
それは世界にとっては、ほんの小さな変革だが彼女達にとっては大きな変化
誰にでも当たり前にある未来、夢、希望、幸せ―
それは初めて彼女達の掌に舞い降りた小さな奇跡だった


「ところで…判ってるでしょうね?」
セリアが真っ赤な顔でウォルター達を睨みつける
「セリア達が少女の様に私に泣いてしがみついて慰められた事かな?」
ウォルターは楽しそうにセリアをからかっていたが…

「……喋ったらどうなるか……?いいわね?」

気配無く背後に廻り熱病を首筋に当てて、絶対零度のバルガ・ロアーから響く様な声で囁く
「あらあらぁ〜、セリアは照れ屋さんですねぇ。好きなら良いじゃないですかぁ〜」
と、ウォルターの腕を取り身体を寄せてくるハリオン
「ちょ、ハリオン!貴方何をしてるの!」
「わ、私は別にこんな男の事なんて!」
ヒミカとセリアがまるで、某メーカー2,5サラウンドの様な勢いで叫ぶ
「……どうでもいいが、私の耳元で騒ぐなよ…」
ウォルターはやや疲れた表情で煙草を吸いながらぼやくが、当然誰も聞いて無かった
三人は痴話喧嘩とも取れる争奪戦モドキを止める気配は無かった
「えぇ〜?でもセリアもヒミカもさっきの事でウォルターさんを好きになっちゃいましたよね?」
「男女の仲はそんなに簡単に行く訳ないでしょ?それに私達は……スピリットなのよ?」
「誰が!誰を!何時!好きになったって?私はこんな男、好きでもなんでも……!」
「そんな意地を張っても駄目ですよぉ〜、それにこれからは人もスピリットも無い世界を創るんですよ〜?
良いんですかぁ〜?私がウォルターさんを独り占めにしちゃってもぉ〜」
「「……っ!そ、それは…」」
楽しそうに追い込むハリオンに二人は絶句する
「でも、それは、もっと健全な、普通一対一でしょ?それを三人でなんて…」
「だから私はこんな…!で、でも…それじゃあ…どうしろって言うのよ…」
困惑と落胆と希望がごちゃ混ぜになって思考回路がパンク寸前にまで追い込まれた様だ…
「えぇ〜?いいじゃないですかぁ〜、三人で仲良く愛し合えば大丈夫ですよぅ〜。そうですよね?」
と蟲惑的で挑発的な瞳でウォルターに問い掛けるハリオン
「私に振るな……そんな事になったら二人が黙って無いだろうに…」
「でもぉ〜、二人は問題無さそうですよ〜?ほら〜」
ハリオンが二人の方を指すと二人とも、固まってはいたが顔を真っ赤にしてウォルターを見詰めていた
「「………」」
ややジト目で三人を見た後、頭に手をやって軽く首を振る
「やれやれ…私はいずれこの地を去る身だぞ…それなのに…」
「カシマさんはぁ〜、特に気にせずお付き合いしてるみたいですよぉ〜?」
それを聞いてもう逃げられないと悟り、諦観の眼差しで答える
「なら、もう何も言わんよ……君達の好きにすると良い……私も君達の事は好きだしな…」
三人はそれを聞いてパァっと顔を明るくする
ハリオンは益々ウォルターに寄り添い、ヒミカとセリアはそれを引き剥がそうとする
だが、三人共楽しそうに笑っていた。そう、『恋』を初めて受け入れて貰ったのだから無理も無かった
戦いに明け暮れ、最前線で戦って来た戦女神達は…普通の少女達なのだから……

「それじゃあ〜帰ったら四人でお風呂に入りましょうねぇ〜♪そしたらもっと仲良しさんですよぉ〜」

「「「ぶふぅ!」」」

どうやら波乱はまだまだ続く…らしい…


―同年 コサトの月 青三つ 午前―
バーンライト王国 サモドア山道 サモドア側付近―


ラキオス王国との連合王国化への実験段階の一つで合同演習を行っている現在
ラキオス国内は手薄で、その穴を臨時にではあるがイースペリアが穴埋めをしていた
現在、ラキオス、イースペリアの国境線は孤立状態のミネアを吸収、併呑した事で一本になっていた
東側諸国との対決が顕著になり、ラキオス軍が再編成されるまでの間だけイースペリアが両国国境線を守護していた
特に最前線でもあるランサ、ラセリオ、エルスサーオの拠点に重点が置かれたが
エルスサーオは合同演習場が近い事もあって最低限の人員で事足りた
ランサもイースペリア国防軍、ランサ方面軍がそのまま動かずに警護に当たっていた
そしてラセリオにはイースペリア国防軍の最精鋭の一個小隊を派遣していた

一人は真紅のセミロングを軽く纏め上げてスレンダーで、引き締まった身体の女性で
もう一人は黒のショートカットで、大人し目で控え目な白い可憐な少女だった
「クレア、どう?感じる?」
レッドスピリットの女性が高い場所で佇む少女に声をかける
「うん……開通作業は順調っぽいね、大体の目安で明後日には開通するよマイア」
クレアと呼ばれた少女がマイアと呼んだ少女に答える
彼女達はイースペリアが誇る『守護女神』の四女神の二人
永遠神剣第五位『紅蓮』を持つ将軍直属第三近衛部隊長マイア・レッドスピリットと
永遠神剣第六位『刹那』を持つ将軍直属第四近衛部隊長クレア・ブラックスピリットの二人だった
「カシマ様を呼んで正解だったわね…流石に私達二人で強襲部隊全員を相手には出来ないから…」
「だね〜、私一人なら逃げ切れるけどマイアは無理だね、うん」
それを聞いたマイアはピキッ!と動きを止めてギシギシと首を回しクレアを見る
「クレア…?それは何故かしら…?貴方が私を抱えて飛べば良いんじゃないのかしら?」
「うん、それは無理だね……マイアは胸無いのに重いから…飛べない、飛ばない、飛び立てないね〜♪」

「クゥ〜レェ〜アァ〜?覚悟は良いわね?」

マイアの背後からは深紅の炎が立ち上り圧力を増して行く、その眼光は血よりも深い紅に輝いていた
深紅のマナはその意思に答えて形と成る
三叉の槍―炎のトライデントがマイアの両足の太腿から数本ずつ展開していた…(ォィ
「その口…今直ぐに黙らせてあげるわ……」
トライデントを地面に刺し、爆風で上空に跳び頭上からクレアに狙いを定める

「刺し貫けぇ!バル●リーフ●ーク!」

某ラジオの武装の名前を何故マイアが知っているのか…それは永遠の謎なのかもしれない
今、この瞬間にマイアは新しい永遠神剣を手に入れたのかもしれない
恐らく永遠神剣第一位クラスであろう神剣『憤怒』か『嫉妬』を…
そんな危機的状況の中クレアは…
「エル●ガーがエ●ンガーフォー●で襲って来たよ…」
何故クレアも某ゲームのある意味最強キャラの名前を…
きっと作者の執筆してたのが六月後半だったのと関係があるとか無いとか(ォィマテw
怒り心頭で空から最大の一撃を放とうとするマイアにクレアは腰を落し力を溜め空を睨む

「ハラワタを…ブチまけろぉ!」

「飛■■剣流奥義…天●ル龍ノ……」

「二人とも!そこまでだ!」

鹿島がグルカナイフでトライデントを弾き返し二人を止める
「お前等は……色々な意味でやり過ぎだ……方々から苦情が…ゲフン!ゲフン!……ンンッ!
敵に此方の位置と考えを悟らせる気か?私達が仕掛けをしている最中に暴れるとは……」
「「す、すみません…隊長……」」
「いいか?これは隠密作戦なんだぞ?隠密の意味を知っているのか?座学で散々講義をして来た筈だが…?
それともサモドア山道再封鎖作戦の意義が判っているのか?此方から仕掛け無い代わりに向こうも仕掛けさせない事
今はとにかくラキオスの建て直しと再軍備が早急に必要なのだぞ?その為の時間稼ぎを一体何だと………」
二人は鹿島の前に正座させられお説教が続いた……その長さは6時間余りだったそうだ…

完全に夕暮れとなり道の両岸を崖で囲まれている山道は夜の気配が濃厚になっていた
「さて、仕掛けは上々で後は向こうの出方次第……では現状の報告を……何をやってるんですか?」
二人は長時間の正座で足を痺れさせて悶絶していた
「ちょ…待って下さ……ア゛ッ―――!足がぁ〜……」
「くっ…不覚です……某とした事が……」
「だから会社が違うネタは厳禁だと何度言えば……」
コントを続ける二人に聞こえない様に鹿島は小さくぼやいたのだった
「で、状況報告は」
クレアとマイアが居住いを正し、答える
「現在、サモドア側から工事が進んでいる模様です。早ければ今日明日にでも侵攻ルートが開通しますが
補給ルートの確保、人間の部隊の安全性、物資面や人員展開から考えて明後日ではないかと…」
「現段階ではコンディション・イエローではないかと情報部からも報告が上がってます」
鹿島はそれを聞いて煙草に火を点け一服しながら思案を続ける
「部隊の総勢はクラス3相当の力を持ったスピリット隊が五個小隊、後方の人間部隊は未だサモドアで待機状態です
しかし判らないのは、バーンライトもダーツィもクラス3の部隊保有は確認出来てなかった筈ですが…」
「連合軍は先発隊の殆どをリーザリオに展開、バーンライト王家や貴族はキロノキロへ移動されてます
スピリット本隊をサモドアとヒエムナ、キロノキロに三分割して展開してます…サモドアの第一大隊でしょうか?」
「いや……おそらく廃品活用程度だなあの部隊は…」
鹿島が苦い顔で呟く
「それは…?」
「廃品活用とは?」
「連合国の部隊にしては強過ぎるが、帝国の本隊にしては雑過ぎる…マロリガンの参戦はあり得ない……
となると結論は……旧ラキオススピリット隊……まだ残っていたとは驚きだが…」
マイアとクレアは驚きを隠せなかった
数年程前、ラキオスの訓練士がスピリットの大半を連れてラキオスを出奔する事件がおきた
当時のラキオス国王ルーグゥ・ダイ・ラキオスは「龍の魂同盟」に捜索の協力を要請するも
時は既に遅く、訓練士は神聖サーギオス帝国へと逃亡、亡命を図ったのだった
訓練士は逃亡先の帝国で訓練士兼部隊長を勤めていると情報部から報告が上がっていた
その人物の名は―ソーマ・ル・ソーマ、大罪人にして悲しくも哀れなちっぽけな人間―
そいつが此処に居る、その事実はラキオス側には無視出来ない話でもあったが
イースペリア側にも無視出来ない因縁が存在する
確認されてはいないが、先日のロンド強襲戦の折に使われたスピリットが旧ラキオススピリット隊だった
ロンド強襲戦で使い切ったと思われていたが、未だにその保有戦力は残っていたらしい
それを知ったマイアとクレアの顔も思わず強張った

「まぁ、自分等には無関係ですよ。仕事は仕事、因縁も過去も関係ありませんから」
サモドア側から戻って来たもう一人の人物、ウォルターだった
「仕事は終わったのか?」
鹿島は尋ねる
「えぇ、セムテックスとクレイモアの設置は済みましたよ
大佐殿ならこんな方法じゃなくても如何にか出来たんじゃないですか?」
トラップの設置を終えて煙草に火を点けてからウォルターは尋ねる
「可能だ、が、今回はイースペリアが積極的に戦闘参加をする訳にはいかないからな…
それに幾つか気になる報告も来た……どうやら親玉がそろそろ動くかもしれんぞ…?」
ピクッ、とウォルターは一瞬だけ動きを止めたが何事も無かった様に振舞う
「ほぅ……安藤室長からの報告ですか?」
「あぁ…どうやら奴さん、手駒を増やしたみたいだな……連合軍との戦闘時に介入の恐れもある
だからお前の通常兵器を使用してスピリットの戦力や私達の力は奴等には見せない事にした」
二人は灰を落し声を潜めて会話を続ける
「通常戦力よりも私の『ムスプルヘイム』を見せた方が確かにカモフラージュには適してますね
こっちもアレのほんの触り程度…知られても戦力評価は格段に下方修正をされる…ですか」
くっくっく、と噛み殺した忍び笑いを漏らす
「その通りだ、だから設置したのは対スピリット用では無く、通常火器を選びトラップに使用したんだ
暫くはオーラフォトン弾もオーラフォトンコーティングも使えないがな…
今後を考えればエーテルコーティングだけで今は良しとしよう」
話を終えて二人はマイア達と共にラセリオまで後退し突破された場合の迎撃体制に入った

帝国軍別働隊は姿の見えない相手との戦闘を知らずにサモドア山道開通を急いでいた


―同年 コサトの月 青四つ 深夜―
バーンライト王国 サモドア山道 サモドア側出入り口―


帝国派遣軍連合国特別支援中隊―それが隊の名前だった
だが実際は帝国貴族の権力闘争の一環としての作戦で派遣された貧乏籤である
ソーマ隊から一個小隊、ウルカ隊から一個小隊を抜き、帝国軍特務部隊で構成された臨時混成部隊だった
指揮官は今回、皇帝直々に勅命を受けた帝国上級仕官ヒュッター・ハイフマン
参謀にスピリット特別部隊隊長ソーマ・ル・ソーマを加えて
スピリットを纏める統括者にウルカ・ブラックスピリットを据えて
『連合軍支援の為、封鎖されているサモドア山道を開放しラキオス、イースペリア連合王国を撹乱せよ』
それが作戦命令だった
ウルカはその作戦内容に疑問を持っていた
(何故撹乱だけで…殲滅、又は挟撃作戦が正しい筈だが…上層部は一体何を考えている…)
ウルカは自分と自分の部下の命を考えて戦局に応じて正しい選択をしなければならない立場だった
(開通作業は手前の部下とソーマ殿の部下で行って開通は目前……だが)
ウルカは戦域図と展開図の描かれた地図を持って野営テントを出て小さな声で呟く
「これは恐らく……」
「罠だとぉ〜?」
「はっ!敵は主力をエルスサーオ方面に振り分けて訓練をしてますが、配置が余りにも不自然です」
ウルカはその足で指揮所へ進言に来たのだった
ヒュッターはウルカを蔑んだ目で睨んでから馬鹿にしたように答える
「そんなもんありえん!もし、仮にあったとしても精鋭である帝国軍の部隊に負けは無い!
しかもそんな事を一々スピリットの貴様に言われる筋合も無い!立場を弁えろ!」
「そうでありますか……申し訳御座いません」
強気に話すヒュッターを見て諦め、視線を落し謝罪して退出するウルカ
憤り酒を飲み続けるヒュッターにソーマが話しかける
「明日の夜には開通作業が完了しますが…私の部隊とウルカの部隊は後続の補給待ちで宜しいですか?」
「どうゆう事だ?まさかスピリット如きの話を真に受けて怖気づいたか?ハハハハハハハ!」
「ハハハ…まさかその様な…ここ数、日開通作業に昼夜を問わず従事してますからね…戦闘はとてもとても…」
「動けないなら盾や特攻要員として使えるだろう?問題無いな」
「それに私達の部隊は特務部隊のオマケ……ここはヒュター殿の特務部隊でラキオス攻めをして頂いて
大きな武功を立てられたらどうです?私達はサポートとしてお使いになればよろしいでしょう?」
ヒュッターは酒を飲むのを一旦止めて、打算を巡らせる
「しかし元は貴様の連れてきた連中だぞ?貴様が面倒を見ないで誰が見るのだ?
貴様は新しい部隊で新しい妖精で遊んでいればいいだろうが、私のは貴様の中古品だぞ?
それなりに貴様にも責任の一端はあるんじゃないのか?」
それを聞いてソーマは眼鏡を押し上げながら答える
「アレは確かに私が育てた物ですがね、今は帝国の道具です。それに弱い訳ではありません
減っても帝国の戦力に問題はありませんし、使い捨てるには丁度良い機会でしょう?
それに…私はこの後、連合軍の指南に出向きすので後方へ出向かなければ」
それを聞いてヒュッターは押し黙るが次の言葉で態度が変った
「それに…帝国上級仕官の貴方は皇帝陛下から直々の勅命を承りました…
ここで、お一人で手柄を上げれば公爵に取り立てられますよ…」
それを聞いてヒュッターは下品な笑みを浮べ、上機嫌に答える
「うむ………それもそうだな、貴様は立場が判ってるな、貴族たる俺に手柄を立てさせようとは…
よし、良いだろう。明日の進撃は特務部隊だけで動くとするか、ラセリオを取ったら合流しろ」
ソーマはそれを聞いて頭を下げながら不敵に笑う
(馬鹿ですねぇ…そんな甘い敵では無いでしょうに……でもこれで戦力は保持出来ますか)
「では明日、その命令書を頂いても宜しいですか?私の独断だとヒュッター殿にもご迷惑が係りますから」
「判った、明日用意させよう、今日はもう下がれ」
軽く会釈してソーマも退出する
「クックック…馬鹿は扱い易くて良いですねぇ…明日の戦闘、どうなる事でしょうねぇ…」

帝国側も準備を終えて明日の進撃に備えていた
その時、サモドアから閉門を知らせる鐘の音が響いて来た
それは解放呼ぶ福音か、破滅呼ぶ鐘の音か…
ソーマはそんな事を何故か考えてしまっていた……


―同年 コサトの月 赤一つ 深夜―
バーンライト王国、ラキオス王国国境 サモドア山道中腹―


昨日よりの開通作業で夕方には人が二人分進める程度に道が開けていた
そこで夜半〜早朝にかけての奇襲を行う事に決めたヒュッター率いる第四部隊だった
「クククククク………ラキオスの豚共はこれでお終いだ、我等栄光ある神聖サーギオス帝国の前に敵などおらん!」
開通されたばかりの山道を周囲を警戒しながら部隊は進軍する
「ラセリオまで半日程度の行程、奴等の命脈も朝日が昇る前に終わりだ…」
部隊は理路整然と行軍する訳でも無く、周囲の警戒はスピリットの反応に搾っていた
その為、深夜だったのと周囲の岸壁に完璧に偽装され、仕掛けられていた物の存在に誰も気付けなかった

ヒュッターの部隊の進行方向の崖の上で鹿島とウォルター、マイアとクレアは夜間迷彩とマナジャマーで気配を殺していた
「おぅおぅ…結構な数がやって来ましたなぁ……7…15…22…総数29って所か…一個軍を引っ張って来た様ですね…」
「おかしいですね…二個小隊程足りません、ウルカの姿も確認出来ませんし…」
「おそらく二個小隊は後方との合流を優先させて、奴等だけで手柄を立てるつもりだろう……」
「彼我戦力差は一目瞭然……撤退し増援を求めるべきですが…」
四人は敵に集中しながらも声を潜め話し合いを続ける
「その必要は無いな、此処は再度封鎖して下の敵も全滅させるだけの手は打ってある」
「お前達は打ち漏らした敵を狩って行く事が仕事だ…所定の位置へ向え…」
「「了解…」」
マイアとクレアはゆっくりと後ろに下がって作戦地域へと向って行った
「さて…ウォルター、君の実力…久々に見せて貰おう」
「イェス・サー、もう50Mも進めば拝めますよ」
そう言ってウォルターは無線式起爆装置を取り出し下の状況を確認する
「敵の指揮官もご一緒みたいですねぇ…じゃあ盛大な花火を打ち上げないといけませんね」
「やれやれ…サヨナラだ、帝国の妖精部隊の諸君…君達の魂は後の世の礎にさせて頂く…」
そしてスピリット達を見詰め、悲しそうに別れの言葉を紡いだ
「彼女等の魂が主の下へ誘われ、せめて安らかなる眠りを…神と子と聖霊の御名に置いて…Amen…」
「其は大地と成り、海と成り、空と成す…其は血肉に変わり新たな命と成す…其の罪は洗い流される…
那由多の時を超えて無限の先…輪廻転生をし新たな命で還って来い…」
二人は静かに崖下を見下ろしていた

その頃、ウルカは何か嫌な予感がして部隊を率いて合流を急いでいた
(何故だ…?手前は何を焦っている?それにこの圧迫感…嫌な感じが収まらない…)
山道の両岸の壁が今にも崩れ押し潰されそうなイメージに襲われて汗が止まらない
「止まれ!…辺りの様子が……違和感がする……一旦止まって場所と先行部隊の様子を探る」
ウルカ率いる部隊は、その能力の高さ故に限定的な特殊任務をこなす為に編成されている
強行偵察、奇襲、強襲任務の先遣部隊、隠密工作任務等、特殊性が高い部隊だった
本来、他の部隊への編入は考えられない程の独自性を持っていたが
(今回に限って何故……手前等の通常任務とは毛色がまったく違う仕事……別に目的が?)
他の隊員達が周囲を警戒し、地図を広げ天測し、神剣の気配を探っていたその時

ドゴォォォォォォン!!

少し先の道から聞いた事も無い程の爆音が轟く、そして崖が崩れる音と地鳴りが止まない
ウルカ達は直にウィング・ハイロゥを展開して後方へ下がる
周囲からは大小様々な石や岩が落ちてきていた
「何だコレは…?敵の神剣魔法…?」
ウルカが呆然と呟くが部下の一人が
「いえ、かなり広い範囲を探索してましたが神剣魔法や敵の気配はありませんでした」
「なんと…!では敵は超長距離大規模攻撃魔法を使った…と?」
「判りませんが恐らく…それ以外にこの状況は説明出来ませんから…」
驚愕しながらもウルカの思考は今後の対策を導き出していた
「ではお前達はこの事をソーマ様へ報告に、私は生存者の救出と付近の探索を…」
「隊長お一人で…!無茶ですよ!せめてもう一人はお連れ下さらなければ…」
部下は困惑してウルカを説得するが
「いや、今の状況では手前一人の方が…判ったら急ぐのだ、今は時間が惜しい」
「……了解しました、ご無事で隊長」
踵を返し、全速力で後退する部下を見送ってからウルカは先を睨む
未だに落石音が止まず、聞え難いが散発的に炸裂音が聞こえ、味方のマナが殆ど感じられなくなっていった
「飛んで行く以外に方法が無い、か…さて…敵の正体だけでも探らねば…」
そう呟きウルカは、漆黒のウィングハイロゥを再展開して飛び上がって行くのだった…


―同年 コサトの月 赤一つ 深夜―
ラキオス領 サモドア山道中腹 再封鎖現場を見下ろす崖―


辺り一面は粉塵が舞い、周囲は1m先も見えない状況だった
未だに断続的な崩落が続き、崖下からは大量のマナが放出され還って逝く…
「どうです大佐?敵の殲滅、及びサモドア山道の再封鎖…完了しました」
「あぁ…生き残ったスピリットもクレアとサリアが叩いている頃だな…」
そう話した後、二人は全感覚を周囲の状況把握に総動員した
「………どうやら指揮官はまだ生きている、か……スピリットが身を挺して守ったのだな…」
「おっと……強い奴が一人、此方に向って来たな…ん…かなり早いな…」
二人はそれぞれの仕事へと動き出す
「私は指揮官を始末してくる…ウォルター、お前には迎撃は任せる」
「了解です、対空迎撃任務、承りました」
鹿島は腰からUSP改を取り出し崖を滑り降りていく
「さて、どうするかな…面倒だが弾幕を張って叩き落す方が早いか…」
そう呟いたと同時にウォルターの背後から銃器が顕現する
だが、『それ』を銃火器と呼んでも良いか、と訪ねられたら誰もが『否』と答えるだろう
現れた三機の『それ』は個人携行出来る代物では無かったのだ
『それ』とは―対空機関砲 VADS1改と呼ばれる牽引式半自動対空機関砲である
ウォルターと鹿島によって幾つかの改良点はあるが『それ』は優秀な対空兵器だった
三機とも顕現した後、地上に固定され索敵、照準を合わせる
「さて、コレで終わってくれるなら楽な相手なんだが…」
砲身のM61A2が軽快な音を立てて回転を始める、そして……

ヴォーーーーーーーーン!!

と三機が放つ連続発射音が響き渡り、排莢口からは湯水の如く20mmの空薬莢が排出される
視認すら不可能な粉塵を付きぬけ毎分6,600発/分の速度で弾丸が発射される
三機のVADS1改はそれぞれに敵を追い、仰角や発射位置を変え続ける
そして…奇妙な音が聞こえ始めた

ギャリギャリギャリギャリギャリン!

「ん?何だ…この音は……まさか……!」
粉塵の中から聞こえるその奇妙な音は次第に近付いて来る、それと同時に周囲に何かが炸裂する音が聞こえ始めた
それは今現在、発射されている20mmAPDS弾が弾き返されて、周囲に飛ばされて着弾した音だった
「冗談だろ…手加減して威力も抑えてはいるが、生半可なスピリットならミンチコースだぞ!…化物か?」
ウォルターは冷汗を垂らしながらも、粉塵の中の見えない相手を凝視する
20mmAPDS弾と風の影響で粉塵がゆっくりと晴れていく……そこに現れたのは漆黒の翼を持つ天使だった…
彼女は空中で静止しながらウィングハィロウを展開して降り注ぐ弾雨からの防御をしていた
それは刹那を超えて神速の域に迄達した達人のそれだった、無駄無く最小限の被害で防いでいた
(超々高速での抜刀と剣捌き、その状況での神剣魔法、更に鞘まで使用して防御してるのか)
腕や足には一部、抉られた後が在ったが致命傷は無かった
それ所か更に剣速は増しキレも上がり始めている、僅かな時間で彼女は成長している最中なのだ
その光景に唖然となるウォルターだったが次の瞬間、嬉しそうにニヤリ、と笑う
「この世にアニメと同じ事が出来る馬鹿がいたとはな…奴は五右衛門か?まったく…楽しませてくれるじゃないか」
ウォルターは『敵』の目を見据える、相手も其れに気付いて動きを変えてきた
(防御から攻撃へと移る気か…だがそれ程甘きは無いぞ…?どうする?)
そう考え構えをとるウォルターに微かだが相手の声が聞こえた

「闇よ、すべてを呑み込みて混沌と化せ。衝撃をもちて、彼の者を打ち倒せ!」

「カオスインパクト!」

真言を紡いだ瞬間、弾丸を弾き飛ばしながら漆黒の衝撃波が襲い掛かる
舌打ちをしてウォルターはそれを避けるが、避けた瞬間後ろから爆音が響く

ドゴォォォォン!!

衝撃波は三機のVADS1改に命中して三機共大破して稼動を止められてしまった
「やれやれ…中々やるじゃねぇか……あの弾幕の中で良く耐え、良く諦めなかったな」
ウォルターは頭を掻きながら少女に賞賛を送る
相手の少女は己の限界以上の力を出し切った性で飛んでいる事すらやっとの状況だったが
「手前は……まだ……死ぬ訳には参りません…死ねぬ理由があるのですから……!」
と力強く言ってから刀を鞘に収めて抜刀の姿勢に入る
「強き者よ…貴殿の名は…?」
ウォルターもハンターナイフとM90-Tow顕現し、それ等を取り出し構えを取る
「俺はウォルター…ウォルター・C・ドルネーズ少佐、現ラキオス王国客分将軍だ……君は?」
「手前は神聖サーギオス帝国、帝国軍第三特務小隊ウルカ隊のウルカ・ブラックスピリットと申します」
お互いの名乗りが終わり剣気が高まる
時間が止まり世界が静止する、お互いの呼吸音以外に何も聞こえない
「参る!」
ウルカが吼え、全速力で突貫してくる
「応!」
と、気迫で返し受ける為に身体を一歩引く

ジャキィィィィン!!

ガン!ガン!ガン!

甲高い金属音が鳴り響き、そこに銃声が三つ重なる、一瞬の攻防、刹那の瞬間の攻防だった…
「「……………」」
どちらも何も答えず動かない、が、ウォルターがナイフを収め銃を戻す
「見事だ…ウルカ……その技量、最早神域に届くやもしれんな……」
ウォルターのコートの一部が裂け、ボディスーツにも裂け目が出来ていた
「まさかコレに損傷を与えるとはな……さて、此方に増援が向って来ている…どうするかね?」
ウルカは息も絶え絶えになって、腹部には裂傷や弾痕が刻まれていた
「……手前は……今、捕まる訳には……」
片膝を地面に着いてしまい、最早動ける状況ではなかったが…
「………〜ぅ……ゥ…ヵ…ぃ…ぉ〜ぅ…!」
遠くから声が聞こえてくる
「ほぅ…どうやら迎えが来たらしい……運が良かったな、ウルカ」
「…う……あ…?……む…、かえ?」
ウォルターはウルカに近付き、腹部の傷口に小粒のマナ結晶を当てて砕いた
「これで死ぬ事はあるまい……体内の弾丸だけは後で取り出せよ?でないと死ぬぞ」
と忠告して傷口が塞がった事とマナの回復を見て離れる
「何故…敵である手前を?」
ウルカは神剣を杖代わりによろよろと立ち上がり当然の疑問を投げかける
「お前が中々の業を魅せたからな……その褒美程度に考えろ」
と笑いながら簡単に答える、その時―
「……隊長!お待たせしました!」
ウルカ隊の面々がウルカを護る様に立ち塞がる
「貴様…!よくも隊長を……!」
「隊長!ご無事ですか!」
「構うな!急ぎ撤収する!、…いずれこの借りは返させて頂きますので…」
三者三様にそれぞれ勝手に話す面々に向ってウォルターは手を振りながら
「とっとと行け……此方もそろそろ戻って来る頃だ……戦場でまた会おう」
と面倒臭そうにウルカ達を見て言い放った
「では……何れまた…何処かの戦場で……次は負けませぬ…」
ウルカはそう言い残し部下に抱えられて飛び去って行った……

「良かったのか?逃してしまって」
何時の間にか鹿島が後ろから現れていた
「大佐殿……お人が悪い…何時からです?」
ウォルターは振り向き鹿島に煙草を渡し、自分も咥えて火を点ける
「対空機関砲が潰された辺りからな……で、良かったのか?」
「構いませんよ…今は、ね…敵の行動もこれで制限出来ますから」
フゥー…と紫煙を吐き一息つく二人
「どうやら戦線が本格的に動き出しそうですね…」
「我々はそろそろイースペリアへ戻る事になるだろう……統合前だからな、一悶着ありそうだ」
「了解です大佐殿、後一週間程で全て終わりますよ……次はキロノキロで会う事になりますか?」
「だな……そしてサードガラハム殿と合流する事になるだろうな……」
煙草を吸いながら崖を降りていく二人、ブリーフィングはまだ続く
「ところで……安藤室長から気になる通信がありまして……」
「あぁ……そろそろ『法』の永遠者が動き出すと思っていた…今回の作戦が多分……」
「敵の強行威力偵察……我々の存在が敵に感付かれましたかね?」
「うむ……だが実力の十分の一も把握出来はしないさ…
「大佐殿は、どの辺りでぶつかる事になりそうだと考えてますか?」
下に着き煙草を消して、新しい煙草に火を点けながら鹿島は答える
「おそらく…キロノキロで何か仕掛けて来るだろうな……何かは大体想像が付くがな」
「成る程……了解です、其方は大佐殿に一任しましょう、ではそろそろ…」
「あぁ、あの娘達を迎えに行ってそのまま帰還する」
「了解です、まぁ無事でしょう、クレイモアもありますからね」
笑い合いながら戦場を後にする二人だった……


―同年 コサトの月 赤一つ 深夜―
ラキオス王国 ラキオス側サモドア山道出入り口―


時間は少し遡る

クレアとマイアは封鎖領域から離れたラキオス側出入り口付近で待ち伏せていた
「さっきの爆音と土煙……凄かったわね……」
「ね……相手の反応は殆ど消失しちゃったし……こっちには来ないかな」
と二人して呆然としながら敵が来るのを待っていた
「しっかし、うちの隊長も強いけど…あのウォルターって人も中々だね〜」
「普通、神剣魔法も無しにこんな事出来ないわよね」
「さっすが隊長の部下さんだね〜、人外魔境まっしぐらぁ〜☆」
二人で暢気に笑いあっていたその時

ヴォーーーーーーーン!!

聞いた事も無い音が遠くから響いて来た
「どうやら向こうで始まったみたいね」
「だねぇ〜、こっちも来たっぽいよ?」
クレアが敵の神剣の気配を察知し、マイアもそれに備える
「私が切り込んで隙を作るから、後よろしく〜」
「わかったわよ…あんまり無茶はしないでね?」
お互いがマナを溜め、力に変えているその瞬間に「ソレ」は起こった

ドゴドゴドゴォォォォォン!!

何かが連鎖的に爆発した音が響いて幾つもの悲鳴が上がる
そして彼女達が見たのは……
全身を無数の細かい穴を空けて全身から金色のマナを噴出している敵の存在だった
敵はウォルターが仕掛けた赤外線探知式連続同時起爆にセットしたクレイモア地雷に全身をズタズタにされたのだった
「くっ…癒しの風よ……皆を……ハーベスト…!」
敵のグリーンスピリットが瀕死の中、回復魔法をかけて何とか立ち上がる
生き残ったのは僅かに五人……だが全員で挑めば二人なら…と思ったのだろう
だがそれは甘い考えだった
「ごめんね……赦してとは言わない…でも、此処で貴方達を殺した事は忘れないから……いくよっ!」
クレアがウィングハイロゥを展開して超高速でブルースピリットに向う
「我が名を抱いて眠れ!我が名はクレア!神速のクレア!汝等を永久の眠りへ誘う者也!」
名乗りを上げて神速とまで評された速度で敵の間を駆け抜ける
「輪廻の環へ還る道、森羅万象の往き着く先、其れは何時か還る世界への扉!」
グッ!と何か辛い物を飲み込むような顔でクレアは真言を紡ぎ狙いを定める
「咲き誇れ、葬送の一輪華!還りなさい、そして安らかに眠れ…我は其れを望む者也!」
ブルースピリットが神剣を振り上げ最大の一撃で迎え撃とうとする
「眠りなさい悲しき者よ…」

「蓬華蓮華の太刀……」

一瞬の攻防、すれ違う時に六回、斬撃を繰り出したが、体の外側には傷一つ無かった
だが―
「ぐはっ!」
神剣は粉々に砕け散り、ブルースピリットは倒れゆっくりとマナへと還って逝く……
「ごめんなさい……私には貴方を救えない…せめて逝く時は貴方のままで―」
死に逝くブルースピリットを見遣り、せめてもの言葉をかける
「う……あ……あ…りが、と……」
最後にやっと眠れる事を安堵して受け入れた少女の顔は――

嬉しそうに―――

幸せそうに―――

泣いて―――

笑っていた―――

クレアは涙が止まらなかった

何故だろう?

とっくの昔に覚悟は出来ていた

もう何度も見た光景だ

だけど

慣れる事だけは決して無い

「マイア……後、よろしく……」

そう呟くとクレアは上空に退避する

「うん…待たせちゃったねクレア…ごめん」
マイアも泣いていた
だけども「敵」を、あの悲しい少女達を倒す事だけはしなければならない
「マナよ…浄化の炎と成り彼の者達を悠久の地へと誘え……安らかなる眠りを捧げん……」
「天壌の炎に抱かれ逝きなさい…哀しき者よ…」

「ピュリィフィブレス!」

白く輝く炎は誰も焼かない
ただ神剣を焼き滅ぼし所有者のマナ其の物を焼き尽くす
ゆっくりと彼女達は消えて逝く
誰もが解放される喜びと眠れる安堵感に包まれながら
ゆっくりと…―――

ゆっくりと……―――

ゆっくりと………―――

何処からとも無く歌が聴こえる―

鹿島とウォルターがゆっくりと二人の下へ歩む

ウォルターがレクイエムを、いや、レクイエムにも聴こえる賛美歌の様な歌を紡ぐ

マイアとクレアは鹿島に抱きついて泣き震えていた

鹿島はそんな二人を黙って抱きしめる

ウォルターはそんな二人を見た後、空へ還る金色の光を見遣る

そして歌を紡ぐ―――



其処では暗闇が周りを覆いつくしていて―
Where the darkness fill the air

其処は氷の様に寒い―
Where il's icy cold

其処では誰も名前を持ってなどいない―
Where nobody has a name

其処では生きる事は遊びでは無い―
Where living is not a game

其処では、僕は僕の壊れた心を隠す事が出来る―
There, I can hide my broken heart

この必死で生き様としている心を―
Dying to survive

其処では、誰も僕の涙を見る事は出来ない―
There, no one can see me cry

僕の孤独な魂の涙を―
The tears of my lonely soul

僕は心の平和を見つけられるだろう―
I'll find peace of mind

この暗くて寒い暗闇の世界の中でで―
In the dark and coldworld of midnight

midnight…

midnight…………

midnight…………………

midnight……………………………………




そして本格的に戦争が始まる―

龍の大地と少女達の運命を変える戦いが―

悲しみと絶望を超えて―

今―

「永遠戦争」の幕があがる―








































「フフフ……どうやら私達の邪魔をする輩が出て来た様ですわね?」

「はっ……どうやら先日の部隊の仲間の様です」

「そう…「創造者」の一味と云う事ですわね?如何するか、分かってますわね?」

「はっ!必ずや敵を屠って御覧にいれましょう」

「私達の邪魔はさせませんわよ?フフフフ………」











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