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それはとても小さな変化だった―

それはロウ・エターナル達ですら予想し得なかった小さな変化だった―

それは小さな奇跡を呼んだ―

それは守り龍との契約――

それは幼き少女との契約―

ラキオスと呼ばれた北方の小国に小さな奇跡は舞い降りる―






永遠のアセリア〜if〜

永遠から始まる叙事詩

第一章 其れは指し示す未来への道程

第二話 陰謀と云う名の狂想曲




―聖ヨト暦330年 エクの月 青一つ 昼間―
―ラキオス王国 リクディウス山脈 守り龍の寝床―


ウォルターはゆっくりと目を開ける…
「門」を抜けると其処は暗闇が支配する洞窟の中だった
「どうやら無事に到着したか……作戦は第二段階の詰めか…」
パックからライトを取り出し辺りを照らす
「早急に大佐と連絡を取り、龍とコンタクトを取らねばな……」
ウォルターは懐からマップとスケジュールを出す
「此処は…?場所が分かればやり様はあるんだがな…」
出口を探す為に行動を開始しようと腰を浮かせたその瞬間、声が響いた

「人間よ……我の寝床に何用だ…?
我を滅ぼしにでも来たか…?」

振り向くと其処には蒼い龍が此方を見ていた
「ほぅ…此処は貴方の寝床でしたか…龍殿、貴方の名は?」
「我はサードガラハム…リクディウスの守護者にて世界を繋ぐ門番である…」
「サードガラハム…!そうか…此処はリクディウス山脈か!私は運が良い…」
「して人間よ…貴様は此処に何用だ…?」
「私はウォルター、契約を果す為にこの世界へ来た…サードガラハム殿…契約の時は来た…」
サードガラハムは驚愕し言葉を失う
「第一位たる「運命」の眷属よ、盟約の時は来た…我等が命に従い契約を成せ」
そう、ウォルターが告げるとサードガラハムは全身を光に包まれ人型に変化する
それは青年の様な少女の様な不思議な顔立ちで
蒼い髪と蒼い瞳…吹き抜ける蒼天の様な姿をしていた
そしてウォルターの眼前で膝を着き頭を垂れ鈴の様な声を出す
「我、サードガラハムは主との盟約により貴殿等に御力添え致す事を此処に契約する…」
それを聞いたウォルターはニヤッと笑ってサードガラハムに手を差し伸べる
「そろそろ硬い話はヤメにしようか、サードガラハム…作戦の確認をしたいのだが?」
サードガラハムは手を取り立ち上がる
「ふっ…構わん…我は何をすれば良いのだ?」
「取敢えず何もするな…門の管理もだ……数日中にはラキオスから討伐隊が来る…
そこで貴方のダミーを用意して奴等への囮に使う…」
サードガラハムは考える仕草でウォルターを見る
「我が滅ぼされると…?相手は四神剣の使い手か…」
「あぁ、それに貴方には他にもやって戴く事があるのでね…」
二人は今後の作戦を確認し行動計画表を作成する
そしてラキオスに奇跡と事件が舞い降りる事になる…

―同日 夕方―
―守り龍の寝床入り口付近―

煙草を吸いながら懐から通信機を取り出す、其処には人型になったサードガラハムが傍に控えていた
「ケルベロス2からケルベロス1へ―ケルベロス2からケルベロス1へ―」
ザザッ!っとノイズが切れて通信が繋がる
「―久し振りだな…ウォルター」
「大佐もお元気そうで」
「まぁな…此方は既に第三段階の準備に入った…其方はどうだ?…」
「此方は第二段階の最終段階へ入りました。現在、門番のサードガラハム殿と活動してます」
ウォルターはサードガラハムに通信機を渡す
「御初で御座います。リクディウスの守護者、門番サードガラハムで御座います」
「今回は面倒をかける…宜しく頼む、サードガラハム殿」
「はっ…微力ながら貴殿に御力添え致します、カシマ殿」
「貴方には世界各地の門番や守護者に話を通して戴きたい…」
「私に交渉役を…?」
「お願いしたいが…如何だろうか?」
「分かりました…交渉役の任、承ります」
「折衝が終わったらミライド山脈に向かって戴きたい」
「ミライド…シージスの守護していた場所へですか?」
「うむ…そこにシージスの欠片が眠っている……シージスの復活を行って戴きたい、マナ結晶は容易してある」
「了解致しました…では直にでも行動致します」
「御任せ致します、それからウォルターから各龍達や貴方の補給用の結晶を受け取って下さい」
「有難き心遣い……感謝致します…ではウォルター殿にお代わり致します」
『はい……今年中に私もミライドへ一度向かいますので今後の事は其方で…』
サードガラハムは通信機をウォルターに返し洞窟内へ戻って行く
「大佐、これで此方も作戦の第三段階へ移行致します」
『…了解した、今日中にはラキオス制が其方に侵攻する予定だったな?』
「はっ!現在エルスサーオで遅延戦闘を確認しておりますので恐らくは…」
『そうか…たしか高嶺君だったな……』
「はい……彼には自らの運命の縛鎖を断ち切って、乗り越えて貰います」
『…永遠者の素養が有るが未だ子供だ……程々にな……』
「程々にですか?私個人としてはじっくり可愛がりたいですが…」
『その辺は任せる…』
「了解です、ではそろそろ準備に入ります」
『宜しく頼む…今月中には一度会える筈だ…その時今後の検討をしよう』
「了解です、では!」
通信を終えてウォルターも洞窟内へと戻る

其処には蒼い龍の巨体が立っていたが意識は無く目に光も無かった
「ほぅ…上手く作りましたね…」
その巨体の前に佇むサードガラハムに声をかける
「我の複製か…これに記憶を植え付けて意識を持たせるのか?」
「いえ、貴方の声を飛ばします。遠隔操作ですよ」
「ふむ…傀儡か玩具の類だな…」
「これで準備は終わりましたね…先にお渡し致しましょう……これが補給物資です」
ウォルターは側らに置いていた荷物袋を渡す
「……確かに戴きました…これから如何なさる御積りで?」
「ダミーが倒されたら彼等と共にラキオスへ向かいます」
サードガラハムはそれを聞いてウォルターを見据える
「どうか世界と愛しき妖精達の未来を御願い致します…」
「貴方にも手伝って戴きますよ…サードガラハム殿」
二人は握手して笑い合う
こうして門番と守護者達は動き出す…世界を取り戻す為に…

―同日 守り龍の寝床 最深部 夕方―

「ギャアァァァァァァァァ!」

洞窟内に龍の断末魔が響いた
(悠人君が勝ったか…しかし上手い演技だな…)
ウォルターはサードガラハムの横顔を眺めていた
「我は人は好かんが、妖精達は近くに感じている。そなた達に未来があることを願う」
(どうやら演技だけでも無い…か、優しいな…サードガラハム殿は……)
悠人の戸惑いの声が聞こえた後、膨大なマナを感じ洞窟は光に包まれる
「ご苦労様でした…では今後はお願いした通りに…」
「了解だ、我は貴殿等との約定を果そう…世界の為に」
「暫くの間お別れですな、貴方と過した数日間は実に有意義でした」
「我もだ…貴殿等『世界の創造者』に御逢い出来る日が来るとは夢にも思っておりませなんだ…」
「では我々の作戦の要を宜しく御願い致します」
ウォルターはサードガラハムに敬礼する
「微力を尽しましょう…」
最後にお互いに握手をしてサードガラハムは去る
「さて…悠人君達に合流して私も任務を果すとしようか…」
ウォルターの視線の先には休憩を終えて立ち上がる悠人達の姿があった…

―同日 リクディウス山脈 夕方―

空も大地も黄昏色に染まり守護者の消えた山道は沈んだ様に静かだった
(サードガラハム殿の守護が無ければこれ程までに変わる物なのか…)
内心、ウォルターは龍の存在に驚愕し舌を巻いた
木々からは動物の気配が消え死んだかの様な静けさを持っていた
(聖域も守護する者が居てこそ…か)

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

悲痛な声が山々に木霊する
(どうやら「求め」の干渉に合ってるな…悠人君…無事でいろよ…!)
ウォルターは声のした方向へ急ぎ山道を駆ける
駆け下りて開けた場所が見える、其処には頭を抱え蹲る悠人と緑色のメイド服を着た少女がいた
(見つけた…!どうやら無事の様だな…)
悠人達を発見すると乱れた服と呼吸を調えて煙草を取り出し火を着けて彼等の前に出る
「やれやれ…騒々しいな…一体何事だ?」
緑色の少女は身を硬くして槍を構える
「……貴方は一体何者ですか!…」
「むしろ君こそ何者だ?其処で転がっているのは私の弟子なのだが…」
「……それを信用しろと?」
ウォルターは呆れて紫煙と溜息を同時に吐く
「余程悠人君が大事な様だな……大体煙草と服装で判別付くだろうに…」
「……分かりましたがユート様が目を覚まされるまで、其処で待機して頂きます」
「やれやれ…それは構わないが…で?君の名前は?」
「…何故、私の名前を?」
「其処まで警戒しなくても…一応、弟子の良い人っぽいのでね…知っておきたいだけさ」
そうウォルターが言うと彼女は顔を真っ赤にして否定し始める
「わ、わわわわ私がユート様の!…ち!ちちちち違います!」
「何だつまらん……」
「私はエスペリアと申します、ラキオス王国所属のスピリットです…貴方は?」
「俺はウォルター、ウォルター・C・ドルネーズ…プロの傭兵で悠人君の師匠だ」
「…ウォルター様ですか…貴方にはユート様が目を覚まされるまで待機して頂きます…」
「あぁ、構わんさ…弟子がそんな様になった経緯も知りたいのでね」
と悠人を見る、かなり消耗してるらしく呼吸が荒く意識も戻らない
「しかし…何時まで寝てるつもりだ?」
「……仕方無いのです…ユート様の持つ永遠神剣『求め』の強制力はかなり強いと聞いておりますから…」
「永遠神剣?強制力、ねぇ…それはどうすれば治るんだ?」
「神剣にマナを補給…つまり、私達スピリットを殺すか……その……ゴニョゴニョ…するしか…」
「ふむ…生命の根源…マナが必要なのか……しかしマナとは…?そんな事が補給とは…?」
とウォルターが悠人と「求め」に近づいたらリィィィィンと求めが震え始める
「どうした…?何に反応して……、ん?ふむ…どうやらこれがマナみたいだな」
そう呟くとウォルターは淡く光輝き「求め」に共鳴振動をしてるマナ結晶をポケットから取り出す
「ウォルター様…一体何処でそれを?」
「さっきでかい光の柱が出てな…降ってきやがった」
「なる程…そうでしたか…」
「で?これで治るのか?」
「一時的ではありますが治ります」
エスペリアは結晶を受け取り「求め」の柄で割り、「求め」と悠人にマナを供給する
求めが振動を止め悠人も落ち着いたのか呼吸も戻り汗も引く
その様子を見てエスペリアはホッと一息つく
「さて…そろそろ起きて貰わんとな……っと、あったあった」
ウォルターは小さなピルケースを取り出し錠剤を一錠、悠人の口に投げ込む
「それは…?」
エスペリアが心配そうに悠人を見詰める
「何、ただの気付けだよ…毒でも薬でも無い、心配はいらんよ」
「そう…ですか……」
何故かエスペリアは嫌な予感が止まらない…何故だか判らないがずっと嫌な予感がしていた

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

寝ている悠人の顔が赤くなり汗が吹き出る、眉間に皺が寄ってもがいていた
「あ、あの!ユート様は本当に…!」
「問題無い…ただの気付け、てゆーか普通の激辛スパイスだから」
エスペリアは唖然とした、つまりこれは……

「グギャァァァァァ!」

後ろで何かが飛び起きて地面を転がってもがき苦しんでいた
「水!水!みぃぃぃぃずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
「ユ、ユ〜ト様ぁ〜〜お気を確かに〜」
エスペリアは転がって行く悠人を追っかけて行く
「ぎゃお〜〜〜〜〜−−−−−−!……」
「お待ち下さい!ユ〜〜ト様ぁ〜〜……」
二人はどんどん山を下って行く……と思ったら戻って来て
「み!みふはろこらぁ〜〜〜!」
顔を真っ赤にして涙を流しながら疾駆する来訪者の姿は滑稽にして恐怖の権化だったとか

数日後、ラキオスやエルスサーオで囁かれる「サードガラハムの怒り」と呼ばれる噂が流れる
曰く「人間に恨みを持った守り龍の怨念が現れる…それは疾駆する真紅の悪魔だった…」
と云う逸話が出来る事になるのは数ヵ月後の話であった

「落ち着いたか?やれやれ…だらしないな悠人君」
ウォルターは悠人を捕まえて水を流し込んんで落ち着かせたのだった
「んっ!んっ!んっ!…ぷはぁ〜!助かったぁ〜…」
ぐったりと力無く座り込む悠人、そして顔を上げる
「いや、助かったよ。有難うな…えっと……どちら様?」
「おいおい…師匠にして素晴らしき隣人を忘れたのか?薄情な奴め」
と笑いながら帽子を取る
「ウ!ウォルターさん!どうしてこんな所に居るんだよっ!」
「喧しいぞ…もう少し落ち着きを持て、と何時も言ってるだろう?」
「あ…あぁ……すんません…」
「で?お前はこんな場所で何してんだ?ちょいと説明しろ」
「え…?何って……分かった、長くなるけど……」
「あーあー、構わんさ、お前に簡素な説明なんぞ最初から期待してないからな」
「グ…!ぅうん!……どっから話したもんか…俺は………」

下山しながら話は続く
佳織が人質に取られている事、今日子や光陰も此方に来ているかもしれない事
そして永遠神剣の事、ついでにウォルターの希望でスピリット隊の事も放した
エスペリアは日本語で話してる二人から離れて先導していた
「ふぅー……、お前も面倒な事になったな…悠人」
ウォルターは煙草を吸いながら悠人の説明を受けていた
「俺だけなら良いんだ…だけどアイツ等、佳織まで…!佳織は関係無いだろ!どうして!」
「軍事的、政治的にお前さんは強力な戦略兵器なのさ…その安全装置が佳織ちゃんって事だろう」
「だからって…!」
「お前は佳織ちゃんの事になると頭が沸騰して思考がブッ飛ぶな……ガキのまんまだな」
「……っ!…だからってどうしろって言うんですか…?」
「別に?俺は現状確認してるだけ。勝手に頭飛んでるお前の事まで責任取れないな」
悠人はありったけの憎しみを込めてウォルターを睨み付ける
「ほぅ…?自分の不幸と苦しみこそ世界で一番で、それを理解しない俺が憎いって面だな?」
「………!」
悠人は激昂してウォルターの腕を掴むが構わずに喋り続ける
「ガキの頃親が死んだ?預けられた家で虐待された?佳織君の両親を喪って二人で生きてきた?
それがどうした?それが世界一の不幸か?馬鹿にするなよ小僧!貴様なんぞぬるま湯の中だよ…
自分の手足を撃たれてゆっくりと死んで行く中…目の前で家族がレイプされ皆殺しにされるのを見た事は?
子供が病に倒れ、薬も買えず医者も呼べない中で、何も出来ずにただ見殺しにした事は?
女、子供、老人を撃ち殺す気分が理解できるか?出来まい?甘えたガキだからな……
悠人…お前の苦悩なんて大半が、自分の醜く凝り固まった執念と意地が生み出した産物だ…
それが苦しいからって世間を怨むのはすじが違うだろ、理解されなくて当然だ
今回、その「求め」の事も元を正せばお前の「求め」に答えたからこその今なんだろ?
なら契約は果せ、契約は絶対だ。何、素直になれば俺も手を貸してやる」

ウォルターは悠人を叱っている最中に別の作業をしていた
(求めのシステムに強制介入……強制と感情操作…これか!)
具現と投影をアクセスラインに使い「求め」を強制修正し始めた
(基本は変えずに…プロコトルを多少変えて……機能の制限をかけて、と…)
「……どうだ?悠人君…少し落ち着いて考えたまえ」
(目に理性の色が戻り始めたか…よし……感情支配と精神支配をカット………完了、と)
「……ぁ、…す、すいません……俺……」
悠人が落ち着いて掴んでいた腕を話した
「何、人間どうし様も出来ない事もあるさ、気にするな……」
「は、はい…あ、あの〜ウォルターさん…」
「どうした?」
「……俺と一緒にラキオスへ来て貰えませんか?…俺を止めたり諌めたりして欲しいんです…」
真っ直ぐウォルターの目を見ながら悠人はそう告げた
「俺はまだまだ未熟だし大人の対応も出来ない…それに佳織の事もあります、だからっ!」
そんな悠人を見てウォルターは、自分の作業が成功した事を確認した
(神剣の支配、頚木さえ外せばもう大丈夫だろう…だが…)
「わかった、一緒に行こうか?ラキオス王国へ…」
「は、…はい!師匠!よろしくお願いします!」
「……ユート様ぁ〜、ウォルター様ぁ〜…そろそろ到着致しますよ〜……」
遠くからエスペリア達が出迎えに戻って来た
悠人は彼女等の元へ駆け寄りウォルターの事を説明している
「さて、どうやら麓の町が見えて来たらしいな…どうなる事かな……」
そんな4人を見詰めながら小さく呟いた……


―聖ヨト暦330年 エクの月 青三つ 夜―
ラキオス王国 王都 ラキオス王城 謁見の間


ウォルターは遥か先の王座で踏ん反り返り馬鹿笑いをしている髭達磨を遠い気持ちで眺めていた
(…凄いな…品格も風格も器も無い国王とは……俗物の塊だな…)
上機嫌に嫌味ったらしい目で悠人達を眺めながら何事か話している
(どうやら会戦は避けられず…か、予定通りだな……)
「おい!次は貴様の番だ!御前へ向かえ!」
「……了解」
兵士にどやされ王座の前まで進み膝を着く
「ほぅ…貴様が新しい来訪者か…?ふむ…やはり神は我がラキオスの味方なのだ…!」
(うわ…トリップしてやがる…まさか素で電波系か?それともドラッグの影響か…?)
ジャンキーに付き合う気はねぇんだがなと小さく呟く
「来訪者よ!我がラキオスの為にその力を存分に発揮するが「断る」いい…」
謁見の間が一瞬静まる、そして嘲笑が巻き起こる
「偉大なる聖ヨト王の末裔たる余に意見するとは…威勢が良いな?」
ニヤニヤと笑い此方を嘲る
「意見?寝てるのか、呆けたか、どっちだ?俺は拒絶したんだよ」
「ほぅ…我等に逆い、従わぬと?」
「…俺はプロの傭兵だ…無料で奉仕なんぞすると思うか?」
「だが貴様は我等に逆らえまい?我等聖ヨト王の末裔には…」
王はしてやったりと下卑た笑みを強くする
「なら王族以外を殺して此処を去るだけだ、私にはそれが可能だが?」
瞬間、部屋の空気が凍りついた。それは大きな問題だった
王がそれを認めれば臣下は王を許さず、必ず報復される
王が引けば来訪者風情に引いた王として歴史に悪名が残る
それ以外の第三の道を探さねば…と国王の頭は一杯だった
しかし、ふと見ると来訪者は無手で神剣を持っていなかった
(待てよ…つまり奴に神剣は存在しない、奴は何の力も無いゴミだ!)
そう考えて国王は顔を上げ勝ち誇って笑う
「ふ…ふふふ…ふぁっはっはっはっは……強がりも其処までだな!貴様には「神剣ならあるぞ」…は?」
勝ち誇った笑みを固めたまま動けずにいる国王
「見えないだけで私は神剣を持っているが?証拠をお見せしようか?」
と一歩前に出る、瞬間周りが一歩引いた
「そうですね…私の実力を知って貰い、契約金を高くしましょうか?」
「な…何を言っている!貴様!来訪者風情がぁ!」
国王は混乱し怒鳴りつける
「簡単な事ですよ?私の力を試しますか?其処の妖精達か来訪者のどちらかで」
ウォルターは軽く言ってみせた
誰も彼もが混乱し決定を下せない中、一人冷静だった王女が言う
「ならばその力、試しましょう…エスペリア!」
呼ばれたエスペリアは数瞬でウォルターの前に現れる
「あ〜、待った待った…先に契約だ、契約。何事も先手が大事ってね」
「…一体何を何を契約すると?」
「今回の試験戦闘であらゆる全ての被害に対しての無罪放免の保障契約ですよ」
「…それだけの為に?」
訝しげにウォルターを見る王女
「我等、プロの傭兵はあらゆる事態に敏感です…保険が欲しいんですよ…」
「…私のサインだけでよろしい?」
「…いえ、国王、宰相、それと王女の三名に…国璽の捺印も忘れずに…」
「分かりました…暫く御待ちなさい、今用意させます…」
どやどやと何人かの大臣が退出し準備を始める
(やれやれ…これからが一悶着あるが、何とかなるか…)
ウォルターは溜まった溜息をゆっくり吐き出す

半刻後―

ウォルターが用意した契約書に書名捺印を終えて準備が終わる
「確かに…契約は結ばれた…では始めようか?エスペリア」
「…参ります…お覚悟を、ウォルター様」
そう告げるや否やエスペリアが突貫をする
(中々だが…まだ甘いな)
ウォルターは二本のナイフで受け流しカウンター気味に後ろ回し蹴りを放つ
エスペリアはシールドハイロゥで受け止めるもカウンターだったので弾き飛ばされる
お互いの一瞬の攻防が交差する
エスペリアはシールドハイロゥを活かした変則接近戦を
ウォルターはナイフコンバットに合気と柔術を活かした変則CQCを駆使して戦っていた
だがエスペリアが徐々に疲労を蓄積して動きが鈍っていた
そろそろかと王女が考えていた時、変化は起こった

(準備は上々、仕上げは一発いきますか…)
ウォルターは具現と投影に指示を出す
(先ずはエスペリアを擾乱射撃と弾幕で足止めを、と)
そして大火力での敵本隊殲滅がウォルターの作戦だった
(SG550…AN-94…FNC…新型アサルトライフルとは…俺も酷い男だな…)
ウォルターが銃器を思い浮かべるとその銃器が現世に顕現する
淡い光がフロアーに満ちて誰も見た事が無い武器が現れる
ガシャッ!ガシャガシャ!と弾が装填されコッキングの音が響く
エスペリアの周囲には様々なアサルトライフルが浮かび、数十もの銃口が睨んでいた
(っ!不味い!)
エスペリアは本能と神剣の危険信号を敏感にキャッチした
とっさに神剣を構え、シールドハイロウで防御を固めた。そして…
「『献身』のエスペリアが命じる……。風よ、守りの力となれ…」
エスペリアの周りに緑のマナが集まり変換されてゆく
「ウィンドウィスパーッ!」
言霊を唱えるとその意味は紡がれ奇跡を起こす。風が、マナが、エスペリアを守護し始める
だがそれと同じくしてウォルターも発射命令を下す

ダララララララララララ!

数多くのマズルフラッシュが瞬いた、そして防御に当たり地に落ちる銃弾と薬莢…
誰もが何も言えず、動けずにいた…エスペリアさえも……
(圧力が強い…!此処で防御を切れば私の負けは必然……!)
歯噛みしながら事態の硬直を見る事しか出来なかった
だがウォルターは最後の仕上げに入る
(さて、相手は一応国王だ……派手な花火にしてやるよ…)
ウォルターの背後から出てきたのは驚愕の武器だった
ハンガリーMOM社製ゲパートM3対物狙撃銃が二丁、悠然と浮かんでいた
「弾頭、炸裂鉄鋼弾。炸薬、新型HEAT。目標、敵正面後方……」
ガシャ!ガシャ!と弾頭が装填され指示通りに照準が合わさって行く
それを見てエスペリアは覚悟を決めた
見ていた兵士達や貴族達は勿論、国王もエスペリアの消滅を予想していた
危険を感じ、即時中止をしようと王女が口を開きかけた瞬間…
「…撃て……」

ドガンッ!ドガンッ!ドガンッ!……

セミ・オートで数発の14.5mm×114の炸裂鉄鋼弾が数発が連射された
廃莢もコッキングもスライドの音も聞こえずに誰もが目を瞑り耳を塞ぐ
数発がエスペリアの付近に着弾し一発はシールドハイロゥに直撃しエスペリアを弾き飛ばす
エスぺリアが壁に激突して気を失って初めて皆、何が起こったかを認識した
謁見の間の全員が倒されたエスペリアに視線を集中させる
「やれやれ…どうやら少しやり過ぎたらしいな……まだ2割しか出してないが…困った事だな」
ウォルターがそう呟くと視線は一斉にウォルターへ向けられたが
「おいおい、俺に注目してる場合か?大事な大事な陛下の身はどうした?」
くっくっく、と忍び笑いを漏らし煙草に火を着ける
王女は顔を真っ青に染めてイヤイヤをする様に首を振り後退る
王座の上部が消し飛び王の首から上が消失して血を噴出していた

「あ…あぁぁ……御父様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「おのれぇい!来訪者如きがよくも陛下を!」
「何と云う事を…ラキオスは…ラキオスは……」
「スピリット共を呼べ!求めの来訪者も使って奴を殺せぇぇい!」
謁見の間は怒号と悲鳴が支配していた、衛兵達が遠巻きにウォルターを囲むが
「おいおい、俺は無罪だろ?元国王と王女、宰相がそれを保障した筈だが?」
ニヤニヤ笑いながら契約書を取り出す
「国璽まで押して国家としての約定は果さないつもりかね?聖ヨトの正当な末裔が聞いて呆れるな」
それを聞いた瞬間、謁見の間の誰もが押し黙り歩みを止める
「国王陛下と王女殿下、宰相殿の直筆サイン。更には国璽も捺印された正式な御免状に何か異議が?」
誰もが顔と武器を下げて項垂れる。ある者は怒りに震え、ある者は茫然自失としていた
「……やれやれ、純粋な事故の結果だが後味が悪いな…仕方ない、破格の条件で雇われてやるよ」
だが誰も動けず、また喋れずにいた……
「俺を雇うかどうか決まったら教えてくれ…それまで悠人君の所に厄介になろう」
ウォルターは武器を戻し乱れた服を直して退出して行く。そして扉の前で振り向きこう告げた
「あぁ…忘れる所だった……馬鹿な真似は考えるなよ?私には制約は無いのだから…な」
その場に居た全員が一斉に硬直し、顔を白く染め上げる
言われて初めて気付いた事が全員に伝わる…即ち「王族すら殺せる来訪者」と云う事実に…
「実行者も…首謀者も残らず全員に、生きたまま地獄を見せて差し上げよう……では、な…」
ウォルターが謁見の間を退出した後、悠人達も後に続いて出て行く
謁見の間は怒号と緊張、混乱と悲壮感で溢れかえっていた
「来訪者は王族に逆らえない筈ではないかっ!」
「来訪者如き下賎の者が我等人間に逆らうなど…!」
「しかし国王陛下が崩御された事実はどうする!バーンライトとの戦争は…!」
「王位継承権の問題も…」
「しかし奴を放置すれば王国の権威が…!」

「…静まりなさい!」

王女が喝を入れて周りの動揺を抑える
「彼の事は暫くの間放置します。今は混乱した国政を建て直しバーンライトとの戦に備えるべきです」
しかしそれでは面子が保てない貴族達は抗議する
「しかし!奴は大罪人ですぞ!このまま放置すればラキオスに仇なすやも…!」
「それで彼が倒せますか?彼は本物の軍人…それも神剣を持ったハイペリアのですよ…?勝てますか?」
「う…ぐ…」
一様に視線を逸らし言葉に詰る
「……では今は父様が宣戦布告を出したバーンライトとの戦に備えましょう…今は、ですが…」
「…分かりました……国王陛下の最後になられた悲願を達成致しましょう…」
そうして謁見の間はバーンライトとの戦争の会議場に変わった

同日 夜半 ラキオス王国 スピリット隊第一詰所

ウォルター、悠人、エスペリアの三人は王城の謁見の間から詰所へ向かった
「やれやれ…どうも面倒な事になって来たな…」
ダイニングで椅子に座り寛ぐウォルターがぼやく
「……ウォルターさん…あんた国王を殺しちまったんだぞ?どうするんだ?」
「どうもしないさ……奴等じゃ俺を殺せないんだしな……」
「そりゃあそうだけど……」
「殺せないなら雇うしか無いな……外へ出せる筈も無い」
そう軽く言って煙草の灰を落す
「まぁお前は気にするな、佳織ちゃんも何とかしてやるよ」
佳織の名前を聞いた途端、悠人が勢い良く立ち上がる
「ほっ!本当ですかっ!」
「あぁ、流石にお前等纏めて…てのは無理だがな…今の人質生活は何とかしてやる」
「そ…そうですか……佳織を……よしっ!」
悠人は新たな決意を胸にウォルターに向き直る
「ウォルターさん……俺に本格的な戦闘訓練して貰えませんか…?」
「ほぅ……言っとくけど、本気でやるなら今迄みたいに甘くも優しくも無いぞ…?」
ウォルターが姿勢を正し眼つきを変える
「俺は此処で死ぬ訳にはいかないんです!佳織や今日子達の事もある…!だからっ!」
それを聞いてウォルターは煙草の火を消す
「戦争に生き残る為…戦争に勝つ為……か」
「はいっ!俺は死ねない……負けられないんだ!」
「今迄のは所詮、遊びの延長だったが……本気なんだな?」
「……はいっ!」
ウォルターが凄まじい笑みを見せる
「なら明日から覚悟しておけ……地獄を渡れる程の訓練が待ってるぞ」
「はいっ!宜しくお願いします!」
ウォルターと悠人が絆を新たにしたその瞬間……

「パパぁ〜〜〜〜♪」

小さな女の子が悠人の鳩尾に豪快なスピアータックルをかました
「がふぅぅぅぅぅ………!」
ゆっくりと膝から崩れ落ち意識が飛びかける
「……悠人…貴様も、淫行同様にロリペ道に堕ちたな……佳織君には悠人は外道に堕ちたと伝えよう…」
ウォルターは冷やかに悠人を見据える
「ま…待ってくれ……これには理由が……」
「ほぅ……ペドに堕ちた理由か…興味深いな……」
床に倒れたまま抱きついたままの少女と悠人を見る
「パパぁ〜♪パパぁ〜♪」
その時、奥から声が聞こえた
「こらっ!オルファ?悠人様にご迷惑をかけちゃ駄目ですよ」
「……ん」
ウォルターが入り口を見るとエスペリアと青の少女が立っていた
「え〜だってだってぇ〜!」
「だってじゃありません!聞き分けが無い子はお仕置きですよっ!」
怒るエスペリアを見て悠人が心配そうに尋ねる
「もう大丈夫なのか?エスペリア」
「え?は、はい。私は大丈夫です…」
チラッとウォルターを横目で見ながら答える
「どうやら手加減して頂いたみたいですので」
「精々2割程度の出力に絞ってポイントもずらしたしな……まさか派手に吹っ飛ぶとは思わなかったが…」
そう言ってウォルターは立ち上がりエスペリアに頭を垂れる
「だが此方のミスだ…済まなかったなエスペリア殿」
頭を下げるウォルターにエスペリアは焦った
「い、いえ!頭を上げて下さい!私達スピリットは人の道具…であればこの様な事等……」
「道具…?」

訝しげに頭を上げるウォルター。エスペリアは表情を暗くしながら肯定する
「はい…私達は産まれてから『それ』が宿命付けられていますから……」
「…では悠人への態度…『アレ』もかね…?」
「……っ!…はい…その通りです……」
「見下げ果てたな…信頼も信用も無く…差別意識とコンプレックスの塊だな…君は」
「っ!…………」
瞬間、否定と拒絶の意思を顔に表しながらも何も言えないエスペリア
「今の悠人は厳密に言えば人では無く君等に近い……それでもかね?悠人を遠ざけるか?」
「で…でもっ!……」
あまりの事に悠人達は二人を見る事しか出来なかったが、それを聞いて悠人が立ち上がる
「お、おいっ!ウォルターさん!それは…!」
立ち上がりウォルターを止めようとするが、ウォルターはそれを手で静止させる
「君の発言は悠人を追い詰め、君の行動は悠人を傷つけるぞ?それすら理解出来ないか?」
「そ…それは……」
「自分の事だけだな…それが他人の為と思い込み己を哀れと嘆くかね?」
「あ…あぁ……」
「悠人の為と思うなら君は必要では無い……むしろ邪魔だ…その凝固まった心を変えるんだな…」
「……では、私にどうしろと…?私達は人の道具でしか無いのですよっ!」
「答えは二つに一つ。心を潰すか、涙を拭いて立ち上がるか……どちらを選ぶ?」
「……道具なのは変わらないのですね……ならば…」
「変らないのは道具扱いか?君達の意識か?何かを変えるなら、先ず自分を変えろ…」
「……わ、私は……私は……」
エスペリアは目に涙を浮べ手は白くなる程に、服の裾を握り締める
ウォルターはそんなエスペリアを見て紫煙を吐き煙草の灰を落す
「答えは今である必要は無い…が、時間は無いぞ?じっくり考えるんだな…」
「……はい…失礼致します……」
エスペリアがダイニングを出て行った、誰も後を追えずウォルターを見ていた

「……ウォルターさん…何故あんな事を……」
悠人がウォルターに向かって問い詰める
ウォルターはそんな悠人を叱る様に喋りだす
「おいおい…本来は君等の問題だぞ?それをお前がヘタレだから俺が口を出したんだ…」
「お、俺が?」
悠人が驚愕で動きを止める
「そうだ…お前の精神力の弱さと鈍くてヘタレの部分がこの状態を作り出したんだぞ?」
「……」
悠人は俯き思案し始める
「求めの支配があった事は理解出来るがな…それを言い訳に逃げるな…」
「……わかった…今後は求めにも自分にも負けない…!」
悠人は決意を新たに固める…時に
「…パパぁ〜?」
「……ユート…」
所在無さげに二人の少女がポツーン、と立っていた
「あ!ご、ごめん、二人の事忘れてた…」
悠人は頭をかきながらバツが悪そうに苦笑いをする
ウォルターは煙草を消し新しい煙草に火を着けながら悠人に聞く
「そう言えばその二人は?ラキオス近辺で合流した娘達だな…赤い娘はオルファと言われてたが…?」
「あぁ、紹介するよ。こっちの小さい娘が―」
「オルファだよぉ〜♪パパのお友達?」
オルファは不思議そうに首を傾げる
「俺はウォルター・C・ドルネーズ。悠人の…まぁ師匠だな」
悠人を見ながら悪戯っぽく笑う
「そうだな…ウォルターさんは俺の師匠だよ」
「ししょ〜?」
「ん〜…判り易く言うと訓練士と一緒だよ」
「そっかぁ〜、訓練士さんなんだぁ〜」
と納得した感じで嬉しそうにクルクル回る
「こっちの静かな娘は―」
ポンっと青い少女の背を叩いて促す
「……ん、アセリア・ブルー・スピリット……」
チラッとウォルターを見て小さく告げる
「二人共、宜しく」
と二人に握手を求めるウォルター
「よろしくぅ〜♪」
「……ん…」
元気に握手をするオルファと軽く握るアセリア
「さて…エスペリアが出てったから晩飯どうすっかなぁ…」
悠人は完全に参って頭を抱える
「俺の責任だしな…俺が作ろう……どちらかがサポートに付いてくれ」
ウォルターは外套を脱ぎ袖を捲り立ち上がる
「じゃ〜オルファがお手伝いするよぉ〜」
とオルファがエプロンを取り出し二人で台所へ向かう

暫くすると詰所全体に良い匂いが漂い悠人とアセリアの食欲中枢を刺激する
「はぁ〜…腹減った……」
と悠人がテーブルに突っ伏して唸る隣ではアセリアが無表情で座ってるが
『く〜〜〜…』と可愛い音が聞こえる
その時、ウォルターとオルファが台所から料理を持って出てきた
「どうやら随分待たせた様だな…ホレッ!」
次々にテーブルに置かれて行くホットサンドの数々
「クラブサンドにBLTだ…本物に近い筈だし量が多いから問題無いだろ…」
「凄い速さで作ったんだよぉ〜♪オルファも頑張ったよっ」
と二人も席に着く
「喰い終わったらエスペリアに持っていってやれよ?悠人」
「あ、あぁ。分かったよ」
それじゃ、と前置きして手を合わせるウォルターと悠人達
「「「いただきまーーっす!」」」
「いただきます…」
皆が次々にホットサンドと付け合せに手を付ける
「コッチでこんなのが喰えるとは…ん〜〜っ!美味いっ!」
「少し味が濃いけどおいし〜〜っ!ウォルタ〜さんって凄いんだぁ〜♪」
「……ん」
悠人は元の世界の味を堪能し、オルファはハイペリアの味に感心し、アセリアは一心不乱に食べ続ける
「やれやれ…慌てて喰うと喉に…」
「「「…ん〜っ!んん〜っ!」」」
「……やれやれ…」
ウォルターは三人に水を渡しながらも呆れてもいたが、楽しい夕食だった……

同日 深夜 ラキオス王国 スピリット隊第一詰所 ウォルターの部屋

ウォルターは月夜を楽しみながらグラスの中身を空ける
グラスの中身はスコッチの「ザ・グレンリヴェット」の18年物だった
「やはりスコッチは良い…持って来て良かった……」
月明りの部屋の中、カラン…とグラスの氷が音を立てる
紫煙と甘いスコッチの香りが映画のワンシーンの様な錯覚を抱かせる
北方の為、暑くは無く寧ろ涼しい夜だが窓を開けてゆったりと寛いでいた
「……さて…悠人とエスペリアはちゃんとやってるかな…?」
楽しそうに呟き上の階を見ながら飲み続ける。その時…
ザザッ!とノイズが鳴り聞き慣れた声が聞こえた
「―ウォルター、聞こえるか?」
ナイトテーブルに置いた通信機から呼び出しがかかる
「はい…此方ウォルター、大佐殿どうぞ」
「先程報告が届いた…愚鈍王を問題無く処分出来たみたいだな」
「愚鈍って…あぁ、あの馬鹿ですか?はい、問題無く」
「其方も第三段階を順調に消化してるみたいだな…」
「二、三日以内に私の処分が決まるでしょう…其処からが本番ですから…」
「あぁ……此方でも幾つか掴んだ動きがあった……バーンライトはダーツィとの連合軍で戦う気だぞ」
ウォルターはグラスを置き頭を切り替える
「何故…?法の永遠者共に気取られましたか…?」
「いや…因果律だな。ラキオス王の穴埋めでそうなっただけだ……」
「成る程…他に敵の動きは?」
「奴等の動きが予定より少し早いな…サモドア山道の開通が早まるかもしれん」
「了解です…此方で手を打って置きます…」
「では数日中には会えるだろう…その時に、な…」
「はっ!失礼致します」
ブツッっと切れて部屋にはまた静寂が戻った
ウォルターはグラスの傾け香りと音を楽しみながら思案を続ける
(さて…これで動きは加速する、奴等がどう動くか…見物だな)
そして静かになった二階を見上げる
「おやおや…もう煮詰まったのか?お互い若いって事か……」
やれやれと呟き立ち上がり二階へ向かう

エスペリアの部屋の前に立ちドアを叩き中へ入ると…
浮かない顔をして見詰め合う二人が居た
「お見合いか?…やれやれ…若いってのは面倒だな…」
「「…………」」
二人は黙ったままウォルターの来訪に驚いていた
「いいか?答えは単純明快、悠人はもっと心の機微を学べ…エスペリアはもっと頭を柔らかくしろ…」
「そんな事言われても…」
「私は…如何すれば…」
困った顔でウォルターを見ながら二人は答えた
「お前等は……まったく…」
いいか?と前置きして先ずは悠人に話しかける
「悠人は自分の事が中心だったが、これからは周りの人達の事をもっと考えて行動しろって事だ」
そして、とエスペリアに向き直り話し始める
「エスペリアは自分の中にある人とスピリットの垣根を壊せ、それが出来なきゃ話にならん」
「……分かった、やってみるよ俺」
「ですが…!私は……」
悠人は単純明快な答えが功を添うしはっきりと返事が返ったが、エスペリアはまだ戸惑っていた
「お前は…いいか?常識を常識と思うな。お前の気持ちと考えが大事なんだぞ?」
そう言われて、はっと顔を上げるエスペリア
「こんな歪んだ状況は長くは続かない、時代はスピリットの解放へ向かうだろう…
そんな時、君はそんな状態で後悔しないのか?時は待ってはくれないぞ?
エスペリア…立ち上がるか、立ち止まるか…それは君が決めるんだ…」
エスペリアは考え込んだ後、顔を上げた。そして…
「…私は……今直ぐは無理ですが、必ず…」
ほんの少しだけ目に力を取り戻したエスペリアを見てウォルターは笑う
「お前の抱えてる事は何時か皆で解決すれば良い…先ずはお互いが何を考えているか話し合え…」
ウォルターはそれだけだ、と言い残し部屋を後にした

廊下を歩き、階段を降りながらウォルターは考えていた
(これで彼女達の運命も加速度的に変る…世界の解放へまた一歩…か)
新しい煙草を取り出し火を着ける、ゆっくりと紫煙を吐きながら呟いた
「さぁて、一大叙情詩の幕開けだな…運命はどう転ぶか、見物だな…」
目を細めて自分の部屋のドアをパタン…と閉める
夜は更け月と星が照らす中、優しく祝福の鐘を鳴らすのだった


―聖ヨト暦330年 エクの月 赤三つ 昼間―
ラキオス王国 王都 ラキオス王城 控えの間


先程から慌しく喪服を来た人々が動き回っていた
今日はルーグゥ・ダイ・ラキオス王とラスティア・ダイ・ラキオス王妃の国葬が催されていた
ルーグゥ王は外聞的に問題があるので病死として処理され現在、霊廟に移されて葬儀の準備をしていたのだが
ラスティア王妃は国王の死後、急速に衰弱して後を追う様に亡くなった為に国内は混乱を極めていた
しかし王位継承権を持つレスティーナ王女が事態の収拾を処理して貴族と閣僚達を纏め上げ
そして現在、戴冠を待つレスティーナ王女が陣頭に立ち、葬祭を進めていたのだった
そんな中、王女に召喚され控えの間で待つウォルターの姿があった
(予想より早い収拾だな…それだけレスティーナが優秀だったと云う事か…)
何の気も無しに辺りを見渡す
(現在は同盟各国の要人からの弔問を受けている最中か)
先程、サルドバルドの大使とイースペリアの使者達が入っていった扉を見る
(あの中ではどんな陰謀が渦巻いているのやら……怖い怖い)
と鼻で笑っていると重厚な音を立てて謁見の間への扉が開く
(おや…?出て来たのはサルドバルドの大使だけ…か)
憤然とした顔をしながら大使は謁見の間を急ぎ足で出て行き、ウォルターは衛兵に入室を言い渡された
(さて、鬼が出るか蛇が出るか…それ以上が出て来るのか楽しみだな…)

ウォルターが中に入ると既に人払いが成されていて残っていたのはレスティーナとイースペリアの使者達だけだった
しかし当然の事だがレスティーナの顔色が優れない
ウォルターを見る目は複雑で無表情を作るが滲み出る怒りは隠しきれてなかった
(父親が殺されてから泣く暇も無い程の激動…しかも目の前には親を殺した男、か……無理も無い)
「御呼びに因り参上致しましたが…一体何用で御座いますか?」
ウォルターはレスティーナに礼をしてから尋ねる
「それは此方の方々も交えてお話しなければなりませんね」
そう言った途端、二人の使者はフードを取り顔を見せる
「此方はイースペリア王国女王、アズマリア・セイラス・イースペリア様と国防将軍のカシマ様です」
そう告げると二人は礼をして挨拶を始める
「初めまして、ウォルター殿。イースペリア王国、第16代女王を務めるアズマリア・セイラス・イースペリアです」
「久しいなウォルター…イースペリア王国、国防軍大将の鹿島だ……」
(そうか…大佐が私を…)
そう考え鹿島を見ると目で合図して来たのでそれに従う事にした
「初めまして…ウォルター・C・ドルネーズと言うしがない傭兵で御座います」
そう言うと二人に最敬礼をして返す
「しかし大佐殿が来られるとは…護衛にしては豪華過ぎですね……」
「なに…今回の作戦は彼女にも大きく係る事なのでな……」
と鹿島がレスティーナを見て答える
「私にも…?作戦とは…?貴方はイースペリアの将軍では……」
疑問を問いかけるレスティーナを鹿島は手で制し先に言葉を発する
「先に…貴方の御父上であるルーグゥ王を誅した事、此処に御詫び申し上げる」
その言葉でレスティーナとアズマリアは顔の色を無くし言葉も出なかった
「理由と動機は次の通りだ。1つ、ルーグゥのその身に過ぎた野望阻止の為に…
つまりはイースペリアへの侵攻阻止を目的としたカウンターテロだ、証拠は其方の情報部と彼の作戦案に残っている…
レスティーナ王女、君はそれを発見して見たのではないのかな……」
それを聞いてアズマリアはレスティーナを見るが目を逸らし俯いてしまった
「二つ、今後のイースペリアとの関係を考えルーグゥより君が上に立って貰う事が望ましい事だった…
ルーグゥは夢を見過ぎて現実を見てなかったのでね…」
その場を沈黙だけが支配する
「三つ、君とアズマリアの目標…夢の為にルーグゥは邪魔だった…違うか?」
誰もが沈黙し、二人の女性はは俯き鎮痛な顔をしながらも思案していた
鹿島はそんなレスティーナに提案を持ちかける
「君にも情報を提供する、その見返りと思って頂ければ構わない…このウォルターを雇ってくれないか?」
アズマリアとレスティーナが顔を上げる
「雇う条件は……ウォルター」
鹿島はウォルターに促す
「雇う条件、ですか…じゃあ衣食住の確保と兵権の譲渡、それに悠人と佳織君の解放…賃金は将官クラスで頼む」
その無茶な要求にレスティーナは絶句する、普通なら有り得ない条件だった
悩むレスティーナに対して鹿島は優しく諭す 「貴方の父親を殺した男が何をと思うかもしれないが、それを飲み込んで貰いたい…」
レスティーナは顔を上げ鹿島を見つめる
「今後の両国の為にウォルターと君の協力関係が必要なんだ…」
「今後の両国の為…?」
そう呟いたレスティーナに鹿島は頷き、発言をアズマリアに譲る
「イースペリア王国はラキオス王国と同盟を超えた関係…両国の合併…連合王国計画を提案致します」
その衝撃にレスティーナは身動ぎ一つ出来ない中、鹿島が続きを語り出す
「その為に新しい国家の骨子と法案…君の望みの為にウォルターとの契約をイースペリアは望んでいる…」
それを聞いた途端、レスティーナは決意を固める
「分かりました…私も貴方達と共に歩みましょう…!」

その後、深夜を過ぎるまで四人での協議が続いた
彼女達の夢のが、全ての妖精達と世界の解放への道程が開き始める
数日後、国王と王妃の国葬が営まれた後にレスティーナの戴冠が行われた
それに伴い、イースペリアとの連合王国計画とウォルターを客分将軍としてラキオスに招く旨、発表した
レスティーナは渋り反発する貴族、官僚達に対して毅然と言い放った
「彼はハイペリアで歴戦の指揮官だったそうです、その力を存分にラキオスの為に役立てて頂きます!」
ウォルターの力を間近に見ていた彼等は黙るしか無かった…

こうしてラキオスで起こった一連の事件は一応の終結を見る

事件の概要は以下の通りであった

国王、ルーグゥ・ダイ・ラキオスは病死扱いで処理される

王妃、ラスティア・ダイ・ラキオスも王の死後数日で後を追う様に病死

姫殿下、レスティーナ・ダイ・ラキオスが王位を継承し女王へ

傭兵、ウォルター・C・ドルネーズは軍事顧問、客分将軍としてラキオスへ参入

エトランジェ、『求め』悠人の妹、高嶺佳織を解放

各部署の大幅な人員刷新と大規模な内政改革、貴族制度の撤廃をする、結果内政の健全化が顕著になる

ラキオス王国が立憲君主制と各領地の道州制への移行を開始する

イースペリアとの間に「連合王国化前提交渉会議」を発足しアズマリアとレスティーナの共同統治が決定する

イースペリアからのエーテル技術供与を受け入れ技術の刷新を図る

サルドバルド側から「龍の魂同盟」の空洞化だと正式に抗議声明が出されるがこれを却下する

前国王の宣戦布告から十数日後、バーンライト、ダーツィ連合軍との軍事的緊張がピークに達する




こうして時代は確実に新たな一歩を踏み出す―

世界の解放へと確かな歩みを刻み出す―

崩壊への序曲は解放と平和への序曲へと響きを変えながら―

運命の歯車は回り出す―

等しく命を与えられし者達に小さな幸せを掴む為に―









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