戴冠式が終わった。
その在位を望む者は多かったが、女王はそれを拒んだ。
“私はやるだけのことはやった。そして全てをなし終えた”
そう言って、自らが退くことを最後の仕事となした。
個人が長く権勢を誇れば、それは老害の始まりとなる。
力を持つ者の義務を忘れ、国を導くはずの権力を自身の為に振るうことに慣れ始める。
自分はそうはなりたくない。美しい王でいたいという虚栄でもない。
国を思うからこそ、なのだ。
そう放たれた女王の言葉は、すがりつく臣下を黙らせるには充分だった。
そしてその日から、王城は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
礼典の準備、国民への公布。
新王を巡っての下らぬ派閥争いに睨みを聞かせ、時代の変わり目とばかりに増える事変に心を砕き、そして新王即位に合わせた恩赦の程度を吟味する。
ガロ・リキュアをただの専制独裁国家にさせぬべく、特に人材育成に力を注いで来たレスティーナだったが、それでも優秀な部下に囲まれながらも、自分が撒いた最後の種を刈り取るのは並ではない苦労だった。
しかし、それもつい最近までの話だ。
今日、戴冠式は終わった。
彼女は王座を離れ、彼女の息子がやや緊張気味に国民に説を演ずる陰で、自分の部屋へと帰っていく。
人気はない。式典で王城のものはすべからく仕事に駆り出されている。老いてはいるがもうろくはしていない、無駄な手間をかけさせる必要はない。
だから彼女はただ一人、腹心の部下だけを連れて自室への道を歩む。
慣れ親しんだ、彼女を包む大きな我が家の廊下を。
「お疲れ様でした、陛下」
王家の家具にしてはやや質素なテーブルの上に、エスペリアがカップを置く。
彼女自慢のハーブティーだ。
ふわりと、柔らかな香りがレスティーナの鼻腔に届く。
彼女はそれを手にとると、静かに一度、口に含んだ。
この日の為に、エスペリアが特別の準備をしてくれていたのだろうか。
その味はこれまでに何度も慣れ親しんだようで、それでいて初めて味わうようでもある。
ただ一つ確実に言えることがあるとすれば、それは、間違いなく美味しいということだ。
レスティーナは消え往く香を惜しむように、新たにカップを口元に運ぶ。
知らずに溜め息が漏れた。
最後の大仕事を終えて飲むお茶は、どこか特別な味に感じる。
まるで体の中の疲れが、どこかに溶け去っていくような感覚があった。
少し、寂しいような気もする。
それは、果たして今日の式典の疲れなのか。
それとも、この何十年間、常に勤め上げてきた女王としての疲れなのか。
そんなことを思いながら、彼女はゆっくりと、静かに、カップの中身を味わっていく。
やがて、底が見えた。
「ありがとう、エスペリア。とても美味しかったです」
「恐れ入ります、陛下」
「もう一杯頂けるかしら」
「はい、只今」
そう告げて、傍らに立つエスペリアは、手持ちのポットから琥珀の液体を注ぐ。
音は静かに、飛沫がこぼれることもなく、それは彼女の心を感じさせる動作だった。
やがて杯が満たされると、レスティーナはそれを手にとり――
そして、口に含むことをせず、元の場所に戻した。
「……陛下? どうかされましたか? もしかして香りが落ちていたとか……? 申し訳ございません、すぐに淹れ直して参ります……!」
「そうではありません、エスペリア」
レスティーナは、ポットを手にして踵を返そうとするエスペリアを見やった。
「とても美味しいお茶です。ですが、一人で飲むとやっぱり味気なくも感じます。傍に誰かがいるのなら、なおさら」
「…………」
「一緒に飲みましょう?」
「ですが、陛下……」
「大役を終えた年寄りのわがままにくらい、付き合ってくれてもいいでしょう。それとも……命令した方がいいですか?」
自分は部下であり、給仕である。主君と同席してお茶を飲む――そんな大それたことなどできようはずもない。
困惑するエスペリアに、しかしレスティーナはそう言って、悪戯めいた微笑を浮かべる。
エスペリアはどう返答したものかと迷っていたが、やがて観念したように同じく微笑を浮かべた。
「かしこまりました、陛下。では私のカップも用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」
「ありがとう、エスペリア」
「陛下のお頼みとあっては、そうそう断るわけにもいきません」
「それでは、もう一つお願いを増やそうかしら」
「はい、なんでしょう」
「私はもう、『陛下』ではありません。カップを持ってくる間まで、何か別の呼び方を考えてもらえますか?」
やはり微笑のままそう告げるレスティーナに、エスペリアはハッとして口元を押さえる。
そして逡巡の末、彼女は改めて微笑み、こう言った。
「かしこまりました、御王母様」
そうして一つ礼をして下がって行くエスペリアに、レスティーナは、今度は少し寂しそうな笑みを浮かべる。
待つ間、カップの中身が減ることはない。
しばらくして、エスペリアは自分のカップを持って戻ってくる。
冷めて香りが落ちている、淹れ直そうという彼女を押さえて、レスティーナは自らポットを手に取った。
ひたすらに恐縮するエスペリアのカップに、するするとお茶が注がれていく。
杯が満たされると、二人はカップを手に取り、静かに飲み始める。
初めの一杯と同じ様に、ゆっくりと、静かで、そして穏やかな時間。
やがて示し合わせたように2つの杯は空になり、2人の老女はこれまた示し合わせたように一つ、溜め息を付く。
その様子に、どちらからともなく、笑みがこぼれた。
「お茶を飲んで溜め息を付くなんて、私ももうすっかりお婆さんなのですね」
「そんなことはありません。御王母様はお綺麗でいらっしゃいます」
「お世辞はいりません、エスペリア。顔だってほら、もうこんなにしわくちゃです」
「お世辞ではありません、御王母様。その皺は、御王母様が苦労して手に入れられたもの……御王母様によって導かれた、この国が歩いて来た道です。私達が誇りとするべきものです」
エスペリアは穏やかな、力強い口調でそう言いきった。
その言葉に嘘はないのだろう。それを言う彼女自身が、誇らしく胸を張っている。
レスティーナはしばし、呆気に取られたようにカップを抱えていたが、やがてまた微笑んでそれを置いた。
「本当に、お疲れ様でした、御王母様」
「ありがとう、エスペリア。良く私を支えてくれました」
「お礼を申し上げるのは私の方です。御王母様がいてくださったから、私はこんな時間をもつことができるのです」
エスペリアはふと、胸前で大切な何かを掲げる仕草をしてみせる。
「私の『献身』……私の存在。私の意味。私はかつてそれを戦うために振るっていました。その度に心が引き裂かれる思いでした。御王母様が導いて下さらなければ、いずれ心を失い、『献身』の道具になってしまっていたことでしょう。ですが、御王母様は道を示して下さいました。私に戦う意味を教えて下さいました。『献身』が儀礼用の飾りとなった今、私はとても幸せです」
そう告げるエスペリアを前に、レスティーナは表情を曇らせる。
「……貴女は、優しいですね、エスペリア」
「……?」
「元を正せば、貴女に剣を握るよう命じたのは私の父王……私はずっと不思議でした。何故、貴女がこの城に留まって私を補佐し続けてくれていたのか」
「それは……」
「本当なのです、エスペリア。剣を手放したと言え、王城での激務はまた別の戦場です。剣を握ることも、その前に身を曝すこともありませんでしたが、それでも貴女は……スピリットである身をなじられ、臣下は皆、私に言えないことは貴方にぶつける……」
とつとつと、昔語りをするには、その口調はやや重さに過ぎるところがある。
「私は子をなしました。今民に謁見している王を初め、その子達は貴女が乳母となって育ててくれたものです、エスペリア」
「……はい、よく覚えておりますとも」
「あの時の貴女は生き生きとしていました……私の補佐として雑事に当たるときより、よほど」
「御王母様……」
「よいのです。私もそれが嬉しかった。貴女の楽しそうな姿を見るのが好きでした」
「私も、光栄でございます。勿体無いことに、王女殿下などははまだ小さかった頃、私をエスペリアお母様と呼んで下さったこともありました」
「ふふ。そうでしょうとも。貴女はあの子達を愛してくれた。……だから判らなかったのです」
「何が、でございましょう」
「貴女は……本当は、ずっとその様にしたかったのではありませんか? 子供に囲まれ、お洗濯をし、食事を作り、子守唄を歌う……私にはそんな生活こそが、王城で腹の探り合いをするよりずっと、貴女が望んでいたものであるように見えました」
「…………」
「アセリア、ウルカ、そして貴女……エスペリア。貴女達は、あの大戦を生き抜き、鎮めた英雄です」
「勿体無いお言葉です」
「アセリアとウルカは、戦いに向いていました。ウルカは純粋に戦いを楽しむ節がありますし、アセリアも剣を持つことを誇りにしているように見えます」
「…………」
「ですが貴女は違いました、エスペリア。貴女はいつも、剣を握ることを心のどこかで強く拒んでいました」
「御王母様」
「いえ、そうではありません……剣を握る戦いなどよりもっと、貴女は本質的に人と争うことを嫌っていたように見えました」
「陛下」
「優しさは時に残酷です。貴女がもし、そんな自分を殺して私を助け続けて来てくれていたのなら、私は……」
「レスティーナ様!」
一体なんと詫びたらよいのだろう。
うわごとのように悔恨の念を述べようとするレスティーナを、エスペリアは強く遮る。
「そのようなことはございません。レスティーナ様。私の、献身のエスペリアの名にかけて。確かに私は争うことが嫌いです。人と同じように考えながら、人ではないこの身を思って心がなくなればいいと思ったこともあります。ですが、私は守る為の力の使い方を知りました。剣を握る意味を知りました。殺すのではなく、生かすために私の戦いをする。誰かの力になる、そう思えば、私は強くあれることに気づいたのです。私はレスティーナ様にお仕えする為に心を殺したことはありません。私がレスティーナ様にお仕えしてきたのは、全て私の意志です」
「エスペリア……」
「一つだけ、わがままを申し上げさせて下さい、レスティーナ様。先程レスティーナ様は、私が優しいと仰りました。ですが、本当にお優しいのは、レスティーナ様。貴女です。ですから、そのように悔いることはお止めください。私の為にも、レスティーナ様御自身の為にも」
誰もいない部屋に、エスペリアの凛とした声が響きわたる。
他の者は皆、広間で忙しく走り回っている。ドアを挟んだ廊下にも、誰もいない。
静寂の中でレスティーナはその言葉を噛み締め、目を閉じ、やがて静かに口を開いた。
「エスペリア……ラスフォルト」
それで充分だった。その言葉が指す気高さは、二人のわだかまりを消すには充分だった。
人に仕える為に心を殺すのなら、それは隷僕と変わりない。
エスペリアは自分を信じて付いて来てくれたのだ。それに謝罪の言葉を投げかけるのなら、それは彼女に対する何よりの侮辱に過ぎない。
しばらく、時間が過ぎた。
「ようやく、名前で呼んでくれましたね、エスペリア」
「そう言えば……し、失礼いたしました」
「よいのです、エスペリア。ここには私達しかいませんし、何より私がそれを望んでいます」
「レスティーナ様……」
「日々の政務、変わらぬ貴族の体質。この城の中には、いつも敵しかいませんでした。協力的な者も、その大半は見返りを希望するばかり。私には、本当の友はいませんでした、エスペリア。貴女達を除いては」
「レス、ティーナ、様」
「いえ……特に貴女は友というだけでは足りません。食事も貴女が配慮してくれたし、体調を崩せば貴女が看病してくれました。私の産んだ子は、貴女が育てた子です。エスペリア。私にとって貴女は、ずっと前から家族の一人なのです」
レスティーナはエスペリアを見つめ、エスペリアは視線を合わせることなく俯く。
やがてお茶が冷めた、と、エスペリアは席を立つ。
レスティーナは今度は止めない。
ただ、立ち去る背中に向けて「ありがとうございます」と小さく呟き、頭を下げる。
エスペリアは歩みを止めない。
ここで振り返ればきっと、涙の重さが、ポットを落としてしまうだろうから。
新しくお湯を沸かすのには、少し時間がかかる。
化粧を直すのには、丁度いい時間だろうか。
新しく入ったお茶は、また別の味だった。
二人の間に言葉はない。そんなものは必要とされない。
ゆっくりと、それぞれが思い思いにそれを味わい、カップの中身が減って行く。
そして、二人は同時にカップを置いた。
「私は、死にます」
「レスティーナ様、何を」
「事実です、エスペリア。生きている限り、誰も永遠であることはできません」
「それは、そうですが……」
「私が死に、私の子も死に、そして孫も死に……時代が流れれば、いずれこの国も消え去るでしょう」
語り出したレスティーナの言葉に、しかしその内容とは裏腹に、悲壮感は微塵もない。
「人が生きるように、国も生物です。無論私が目を閉じるまでそのようなことはさせないつもりですが、いずれこの国は別れ、また争い合う時代が来るでしょう」
「……はい」
「エスペリア、私達は歳を取りました。時代を生きる者達よりは、死に近くあります。……貴女は今、何を思いますか?」
唐突な問いかけに、エスペリアはしばしたじろぐ。
そして逡巡するしぐさを見せたあと、躊躇いながらも口を開いた。
「私は……少し、怖い気がいたします。私達の命はずっと、戦場で散るものでした。恐らく私達は、この世界でもっとも長く生きたスピリットでしょう。再生が失われた今、マナに還った私達は、二度と生まれ出でることはありません。……私も、再び生まれ来ることはありません。欲深いとお思いになるかもしれませんが、私はそれが怖いのです」
レスティーナは目を閉じてそれを聞いていたが、エスペリアの言葉が終わると、静かに瞳を開いた。
「……人は、死ぬとハイペリアに行くそうです」
「はい、存じ上げております」
「私は、ハイペリアになど行きたくありません。スピリットがマナの霧となってこのファンタズマゴリアに留まるのなら……私は、いっそスピリットになりたいと思います」
「何故、そう思われるのですか?」
「私がこの大地を変えたからです。貴女達スピリットという種に終止符を打ち、戦乱を潜り抜けてこの大地を統一しました。欲深いと思うかもしれませんが、私はその行く末を、私達の子孫が紡ぐであろう愚かで、切ない歴史を、最後まで見届けたいのです。いえ、見届ける義務があるのです。死ぬことによって、私はその義務から切り離されたくありません」
カップの底を見つめながら、レスティーナは半ば自分に言い聞かせるようにして言葉を紡いでいく。
エスペリアは、その様子をただ静かに見守っていた。
「……私は幸せです、レスティーナ様」
「……エスペリア?」
「かつて私が信じ、お慕い申し上げたレスティーナ様は、今になってもやはり、私が信じ、お慕い申し上げるレスティーナ様でいらっしゃいます。その様な主君にお仕えできる私は、きっと誰よりも幸せ者でしょう」
一度矢を放ったレスティーナは、今度は面と向かったその言葉に、今度は逆襲をくらうことになる。
「本当に、そう思いますか?」
「思いますとも。こうなったら、命終えたとしてもレスティーナ様にお仕え申し上げる所存です。マナの霧になるならそれでよし、例え門番がいて私をハイペリアに入れないと言ったとしても、私にはここでの経験があります。敏腕政務補佐官として、門番だって言い負かしてご覧に入れます」
おどけたエスペリアの口調に、二人は合わせて、笑った。
「それに、レスティーナ様。必ず戦が起こるというわけでもありません。現陛下は……あの子は、私達の子供なのですから」
誇らしげに言うエスペリアに、レスティーナは力強く頷いた。
そして、今度はお互い、何の躊躇いもなく空になったカップにお茶を注ぐ。
「先のことはわかりません。ですがいずれ終わる短いものとしても、私達にはまだ時間があります。そのことを考えるだけでなく、まだまだ楽しむ事だってできるはずです。……レスティーナ様。今度一緒に、街にお出かけいたしませんか?」
「街に?」
「はい。私達が守ってきた街です。報告書では見られない活気が味わえます。ヨフアルの美味しい店も存じておりますし……ああ、そう言えば」
そこでエスペリアはクスリと笑う。
「レスティーナ様はご存知ないかと思いますが、私がまだ若い頃、こんな噂を聞きました。時折街に、ヨフアルが大好きな、快活な女性が現われたというのです。名前はレムリアと言って、見た者の中にはその方がレスティーナ様に似ている、という者も……」
「エスペリア!」
最後まで聞く必要はない。レスティーナの顔は、既に耳まで赤くなった。
だが、エスペリアはやめず、意地悪に、楽しそうに噂の続きを聞かせる。
「それでですね、レスティーナ様。そのレムリアという方が現われる時は、決まって私達がレスティーナ様をお探しして王城や街を駆け回っていた時なんだそうです」
「ああ、もう許してください、エスペリア……知っていたのですか?」
「政務補佐官としては、国中のどんな噂も聞き漏らすことはできませんでしたので、前女王陛下……と言うより、王城関係者は皆、知っておりましたよ。言わば公然の秘密というものですね。慣れてくると大体行く場所はわかるので、せめてヨフアルを食べ終えられるまでは待とうということでしたが」
「ウルゥ……認めたくないものです、若さゆえの過ちというものは……」
本当は判っている、レスティーナの逃避は安全弁だったのだと。
神経が張り詰め、全てが嫌になりかけた時。本当にそうなってしまわないように、レスティーナは街に出て、民の笑顔を見に行っていたのだ。常に傍にあったエスペリアは、そのことを誰よりもよく知っていた。
でなければ王城内部を知り尽くした彼女が、ついうっかり鍵をかけ忘れたりして、逃走経路を示すことなどあるはずがない。
両手を顔に当てるレスティーナを見て、エスペリアはクスクスと笑う。
「それで、いかがなされますか? お望みとあらば、また目立たない服もご用意させて頂きますけれども」
「エスペリア、意地悪ですよ?」
「いいえ、レスティーナ様。この機会に、レスティーナ様のご不在がどれほど私達を困らせて下さったか、万分の一でもお知り下さいませ」
そして、エスペリアには珍しく冗談を言う。
レスティーナはしばらく恨めしげな視線をエスペリアに送っていたが、やがて毅然と顔を上げる。
「ええ、わかりました。その様にしなさい、エスペリア。動きやすくて、目立たない服を。護衛もいりません」
からかわれ続けるよりはいっそ、と開き直ったレスティーナに、もはや躊躇いはない。
エスペリアはその様子に目を開き……そして、すぐに楽しそうに相槌を打つ。
「ということは、また、こっそりと……ですか?」
「ええ、こっそりとです」
そこで、レスティーナは厳しい顔になった。エスペリアもつられて、表情を引き締める。
「そう言えばエスペリア。最近城内の汚れが目立っているように感じます。貴女が直に見回りをして、『清掃が隅々まで行き渡っているか調べて』おきなさい」
「はい、かしこまりました。それでは、『点検が済みましたらお教えに伺います』」
「結構。それからエスペリア。私は歳を取りました。貴女がいなければ、この城のなかでさえおぼつきません。調査が終わったら、引き続き補佐官としての務めを果たしなさい」
「かしこまりました、御王母様」
しかつめらしい顔で命令のやりとりをする二人。
そして、同時に噴出し、破顔した。
「前女王陛下を誘拐するなど、私は反逆者になってしまいます」
「何を。年寄りのわがまま一つも聞いてくれない臣下など、私の権限で不敬罪です」
「あらあら大変。レスティーナ様がご乱心です。人を呼んでこなければ」
コロコロと、二人の老女は、新たな悪戯を思いついた少女のように、声を上げて笑った。
――式典で疲れ果てた王城関係者がさらに顔色を悪くする、3時間前の出来事である。
後書?
えー。読む前にご注意を。今回の作品はオルファリルエンドの約40年後を想定しています。なので幼女とか少女とかピチピチおねーさんとか萌えとかオチとか、そういうのはありません。そういうのを期待してる人は読まないほうがいいです。ちなみにBGMは機動戦士Vガンダムのサウンドトラック、「機動戦士Vガンダム SCOREV」に収録されている「マーベットのお茶」を推奨します。
そんなこと後書に書かないで最初に言えという貴方。
では次からは最初に言って欲しいということを最初に仰ってください。可能な限り善処します。
しかし……エスペリアの話なのに、短いのは何故だ。
おまけ
「いけません、レムリアさん。見つかりました! こっちへ!」
「ああ、エスペリア、置いていかないで下さい!」
「レムリアさん、走って!」
「ダメです、もう走れません。構いません、エスペリア。私を……」
「レムリアさん、しっかり!」
「私を捕まえようとするあの不届きな衛兵達を、神剣魔法で吹っ飛ばしてしまいなさい!」
「…………」
「さあ、早く! このままでは追いつかれてしまいます」
「衛兵ー! 御王母様はこっちです! 早く来て保護して下さい!」
「エッ、エスペリア!? 裏切るなどと、血迷いましたか!?」
「失礼ながら、血迷っていらっしゃるのはレスティーナ様の方です!」
などと言うやりとりが、あったとかなかったとか。
あったとしてもそれは多分、別の話になるのだろう。