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 ※注意  この小話はオリジナル要素が強く、なおかつ某ゲームのかっこいい場面を意図的に無許可で流用しています。その上無闇に男臭く、燃えは多少あるかと思われますが萌えだのオチだのは例によってありません。  以上をご了承くださる心の広いお方のみ、画面をスクロールして文章をお読み進め下さい。















 あんた、勇気ってもんを信じるかい?
 いやいや、別に変な宗教じゃねえ。
 俺か? 俺は……信じて、なかった。
 いや、違うな。勘違いしてたんだ。
 気がついたのはちょっと前さ。
 ところであんた、ちょっと俺の身の上話でも聞いてくれねえか?
 おいおい、そんなに嫌がるなよ。ここは酒場で、俺は酔っ払い。あんたもそうだろう?
 まあ今日は変なやつに絡まれたってことで、観念してくんな。
 なに、別に金取ろうってんじゃねえんだからよ。
 そうだ、名前くらいは言っとこうか。
 俺はハシュラフ。
 あ? どっかで聞いた?
 まあよくある名前だからな。
 とにかく話すぜ。

 俺はな、デオドガンで育ったんだ。ああ、あのオアシスさ。
 俺の生まれた頃はそりゃあ綺麗なところだったらしいが、今じゃあんたの知ってるあの砂漠だ。
 そうそう、シージスの呪いで綺麗サッパリ砂になっちまったあそこだよ。
 それでも商業組合って昔からの名残で、大陸中の売りもんが集まるでかい市場。
 道を歩けば屋台のダミ声がやかましい。初めてのヤツは軽い難聴にもなるってな。
 埃っぽくて、薄汚くて、クソ暑い上に野郎どもは血の気が多い。
 挨拶代わりに喧嘩してるようなとこだ。
 それでな。その土地柄ってのか、あそこじゃいろんなもんがあるんだよ。
 その最たる例が馬車レースだな。
 ありゃ今でこそそこら中でやってるが、元はといえばデオドガンが元祖なんだぜ。
 昔から、商品を運ぶのは馬車だったろう? その上今じゃ砂漠だ。
 来るにも出るにも、人の足じゃあおぼつかねえ。
 それで一層馬車が盛んになったって訳さ。
 で、ただ馬車転がすだけじゃ面白くねえ。人生は楽しくなくちゃいけねえ。そうだろう?
 それで始まったのが馬車レースさ。
 重りをつんだ馬車で、誰が一番速いかを競う。
 これには二種類あってな。一つは遠くの道のりを、何日かかけて走破するやつ。
 こいつは難しい。何しろ馬の体力やらなんやらって、色々考えてペース配分が難しいからな。
 でも生粋のデオドガン野郎が好きなのは、断然別の方だな。
 何って? 決まってるだろう。短距離走だよ。
 コースなんてどこでもいい。どこだって同じ様な砂漠なんだからな。
 だけどそれを猛スピードで突っ走るんだ。
 砂漠ったってどこまでも綺麗な砂ばっかりじゃない。
 石だの岩だのがゴロゴロしてる。
 素人が乗ったら、まあ良くてむち打ち、悪けりゃ馬車から振り落とされる。
 間抜けに口なんて開いてて、舌噛んじまった野郎だっている。
 それだけ危険なレースなんだ。これで燃えるなけりゃデオドガン子じゃない。
 俺ぁな、自慢じゃねえがその御者だったんだ。これでも結構稼いだもんだぜ?
 俺は商隊の生まれでな。馬車の振動が俺の揺りかご、車輪の軋みが子守唄、てなもんさ。
 そんなだから、俺がレースで勝つようになってから、親父は喜んだ喜んだ。
 お袋は一貫して止めろって言ってたけどな。
 所詮お袋も女だな、なんて俺は思ってたけどよ。
 まあ……後から考えたら、そこだけはお袋が正しかったのかもしれねえけどな。

 あの頃俺は絶頂期だった。
 出るレースは全部勝ちレース、何にも怖いことなんかなかった。
 どれだけ危険なコースでも躊躇うことなく乗り込んで、女房と、生まれたばかりの娘が待ってる家に賞金を持って帰る。
 それが当たり前の生活だった。
 仲間内からは勇敢なるハシュラフっても呼ばれたよ。
 ……なに?
 なんだ、あんたその名前で知ってたのか。
 そうだよ。俺がそのハシュラフだ。
 やめてくれよ。握手なんてガラじゃないのは知ってるだろ?
 話戻すぜ。
 それで、あの頃の俺は絶頂期だった。
 あの事故まではな。
 よくある……ってレースじゃなかったな。
 いつまでも俺が勝ち続けたんじゃ面白くない。
 誰だってたまにはヒーローが負けるところを見たいもんだ。そうだろう?
 そのレースはそういう理由で組まれた。
 コースは飛び切りの荒地で、相手はその当時結構売れてきていた新人。
 そのレースで俺に勝てば、一層人気も出るって理由さ。
 普通のレースじゃ勝ち目がねえから、プロモーターがそう仕組んだんだ。
 俺は躊躇うことなく受けたよ。何しろ俺は勇敢なるハシュラフだ。
 どんなコースだって、その上相手が格下の若造とあっちゃ、断る理由なんかありゃしねえ。
 馬車に乗り込む前にも余裕を見せて強い酒をあおってやった。
 それで、レース開始だ。
 合図と同時に全力疾走。石でも岩でもお構い無しに馬車を走らせた。
 大抵のやつはそこで諦める。誰だって賞金より自分の命の方が惜しいに決まってるからな。
 でもその若造は違った。
 いつもみたいに止まってる馬車を見ようとして振り返ろうとした。
 でもその必要はなかった。そいつは、俺の隣にピタリとつけてやがったんだ。
 そいつは必死の形相で、まだ手綱を握ってた。
 俺はカチンと来たね。
 そりゃ猛スピードで飛ばしたさ。
 この商売舐められたら終りだ。下馬評でも若造が上回ってやがった。
 どうあっても負けられなかったのさ。
 それでもそいつは食いついてくる。
 そのうちゴールが近くなって、目の前に結構でかい岩が出てきた。
 俺と若造の、丁度真ん中あたりのところさ。
 あいつはそれを右に切って避けようとした。チャンスだった。
 乗り越えられない高さじゃない。俺は最短距離を突っ切ることにした。
 迂回した若造と距離が少しずつ開いていって、そしてゴールが目の前に迫る。
 まず最初に馬が岩を飛び越え、次に車輪がそれに乗り上げて……
 それで、この様さ。

 この足を見ろよ。その事故の時に無くして。片っぽは作りもんだ。
 気がついたら、俺は地面に転がってた。馬車も馬も横倒しになってて、そいつが俺の上にのっかってやがった。
 俺は何がなんだかわからなかった。それでも馬車の下から抜け出そうとして……できなかった。
 左足が折れてて、右足はなかったんだよ。
 馬車の角に潰されて切れちまったのさ。
 それからは最悪さ。
 溜まってた金も、俺の酒代で底をついた。
 馬車なんてのは、片足がなくたって乗れる。
 回りのやつはもう一度頑張って馬車に乗れって言った。
 でも、俺は乗らなかった。
 いや、乗れなかったんだ。
 どうしようもなく怖かったんだ、馬車に乗るのが。
 いろんな人に言われたよ。
 どうした、勇敢なるハシュラフ。
 勇気を出してくれよ。俺はあんたの走る姿から勇気をもらったんだ。
 たった一度の失敗で諦めるつもりか。
 あんたはそんなもんか。
 どうやらハシュラフは落馬のショックで玉無しになっちまったらしい。
 あいつは勇敢だったんじゃない。ただの馬鹿だっただけだ。
 反論もできなかった。実際その通りだったからな。
 ……いや、いいさ。別に慰めてもらいたいわけじゃない。
 それにあんたの知ってるハシュラフなら、こんなところでくだ巻いたりしなかっただろうさ。
 あの事故で、勇敢なるハシュラフは死んだ。
 まず初めに馬車と馬がなくなった。
 その次に、それを10セットは余裕で買えるだけあった貯金がなくなった。
 その次は名声、その次は豪華な家具と内装、その次は土地と家。その次は酒。
 女房は俺を支えてくれた。今ならよくわかる。
 もう一度馬車に乗れ。勇気を出せ。
 俺にはそれがうるさくてたまらなかった。
 家もなくなって働きに出るようになってからは、レースでなくてもいい、普通の荷馬車だっていいじゃないか、そんなことも言った。
 普通の荷馬車? ふざけるな。
 賭け馬車のヒーローがチンタラ商隊なんかやってられるか。
 そう言って俺は女房を……殴った。
 ああ。殴った。
 最初は女房だけだったが、そのうち腹が減ったと泣く娘も殴るようになった。
 最低の男だな、まったく。
 酒に溺れて、口だけはでかくて、その上家族に暴力振るってウサを晴らす。
 そんな男にいつまでもついていられる訳がねえ。
 ある日部屋に帰ったら、紙切れが一枚置いてあった。
 さよなら。それだけだ。
 とうとう家族もいなくなった。
 それで俺は、本当に全てを失った。

 結局俺は荷馬車に乗ったよ。それしかできることがなかったからな。
 来る日も来る日もちんたら馬車を転がして、ようやく食っていけるだけの金を手にする。
 そんな毎日だった。かつての栄光に比べたらなんとも貧しい生活さ。
 でも、それでよかった。
 臆病で落ちぶれた男には、似合いの生活さ。
 俺は思ったんだ。
 勇気ってのは、もって生まれた量があるんじゃないかってな。
 俺はレースでそれを使い果たした。
 岩を乗り越えるために最後のそれを使って、失敗した。
 だから俺はすっからかん。そう思ってた。
 本当に怖かったんだ。馬車に乗ってて、ちょっとでもスピードが上がると手綱を持つ手が震えた。
 まったくつまらない男になっちまってた。
 そんな男のままで何年も過ごした。
 ……ついこの間まではな。


 二ヶ月前、俺はリレルラエルにいた。
 あんたも知ってるだろ?
 そう、あの事件さ。
 帝国の残党が、リレルラエルで反乱起こしやがった。
 反乱って言うより、テロだな、テロ。
 何が理由かなんて知らねえよ。そんなのはガキの理屈と同じさ。
 頭に来ることがあって拳を振り上げたら、それを降ろさなきゃ気が済まねえのさ。
 まあガキと大人の違いは、本当にそれをしなきゃならねえか考えることができるかどうかってやつだが……
 人間、一端頭に血が昇ったら理屈なんて通じねえからな。
 それで、俺は運悪くそれに捕まった。
 やつらが言うには、自分達の要求を飲まなかったら、街全部吹っ飛ばすってことだった。
 そんなことできると思うか?
 俺はできねえと思って、鼻で笑ってた。
 回りのやつらも同じさ。
 エーテル技術がなくなって、スピリットも人の言うことを聞かなくなった。
 街一つ吹っ飛ばすなんて、よっぽどの爆弾でもなきゃ無理さ。
 ……普通はな。
 やつらは普通じゃなかった。
 どこに隠してやがったのか、物騒なもんを持ち出したんだよ。
 何って? スピリットさ。
 帝国時代に鍛えられてて、今でもやつらの命令に従い続けるやつらがいたんだ。
 それで、やつらが本気だってのはわかった。
 目の前で人が死んだからな。
 小さな女の子の母親さ。
 街中の人間が集められた前で、その母親は斬られて死んだ。
 スピリットにだ。
 最初に右腕、次に左腕、腹に剣を突き刺して、止めとばかりに首を撥ねる。
 で、最後は魔法の火の玉でボン! さ。
 これでもかってくらいにひでえやり口で、誰も、声もなかった。
 ……殺された女の、娘以外はな。
 丁度、俺の娘と同じくらいだ。
 消し炭にしがみ付いてわんわん泣く娘を引っぺがして、それから俺達人質は分けられた。
 老人、女、男、子供。
 体力があって、逃げたり抵抗しようとしそうな男は特に厳重に集められた。
 俺か? 俺は別さ。
 この体だからな。女子供のグループに入れられたよ。
 その中にはあの子供もいた。

 俺達は倉庫みたいなとこに閉じ込められた。
 みんな怯えきってたよ。ガタガタ震えてな。
 俺か? 俺は別にそうじゃなかった。
 ……いや、肝っ玉が据わってたわけじゃねえ。
 俺は別に、どうでもいいと思ってたんだ。
 人生全てがつまらなくてな。いつ死んでもいいと思ってた。
 むしろ、早く死にてえとさえ思ってたのかもしれねえ。
 だからひっきりなしにすすり泣きが聞こえるその倉庫で、俺はただじっとしてたよ。
 いつスピリットが俺達を殺しに来るんだろうってな。
 それで、そのまま大体一日くらい過ぎた頃だ。

 もう夜になってた。
 皆疲れちまったのか、鳴き声も聞こえなくなってた。
 そりゃそうだ、もともと体力のねえやつらの集まりだからな。
 そん中で、俺はやっぱりじっとしてた。
 それまでの人生を思い返してたのさ。
 面白おかしいっちゃそうだが、やっぱりなんかつまんねえ人生だったなってよ。
 それで、そん時思ってたのは何だと思う?
 俺は、死ぬ時は笑ってると思ってた。やっとこのつまんねえ人生が終わるってな。
 でもな、そん時の俺は多分、自分の人生と同じくらいつまんねえ面してたぜ。
 過去にすがって、早く死にてえと思ってるような男がだぜ。
 それなのに頭に浮かぶのは、レースで勝った時のことでも、想像する自分の死に様でもねえ。
 家族のことだ。いなくなった女房と娘のことさ。
 俺がここで死んだら、誰がそれを伝えてくれるんだろうなってな。
 スピリットの魔法で焼かれたら、そりゃ灰くらいしか残らねえ。
 ギルドの情報で俺がリレルラエルにいたことはわかるだろうけど、どれが俺だったかなんてのはさっぱりわからなくなる訳さ。
 もし、俺が本当にそこでそうなったら……
 そんでもし、女房がそれを知ることになったら……
 そん時、あいつは少しは悲しむんだろうか、それとも大口開けて笑うんだろうか……
 そんなこと考えてた。
 不思議とな。自分が死んじまうってことより、自分が死んで悲しむやつがいないんじゃないか、そう思うことの方が堪えたぜ。
 そうしたら、何か惜しい気がしてきた。
 死ぬ前に、どんな恨み言言われても、ぶん殴られても、それでもせめて女房と娘の面拝みたくなってきたのさ。
 変だろ? それまでいつ死んでもいいと思ってたのによ。
 俺を含めて全員がそれこそ死んじまったみてえに黙りこくってる中で、俺はそんなことを考え続けた。
 そんな時さ、やつが来たのは。

 いきなり、ドアの外で大きな音がした。
 なんかこう……剣を打ち付け合うような音が何回かして、それから何かが倒れるような音さ。
 その次にドアの錠前が壊されて、蹴破るようにして開けられた。
 いよいよ殺されるか……誰も口には出さねえが、皆そう思った。
 でも、違った。
 そいつは俺達を見て、こう言ったんだ。

「大丈夫か? ……助けに来た」


 ソイツは青かった。
 鎧を着て、剣を持って……背中には翼が生えてた。
 そう、スピリットさ。
 ソイツは次にこう言った。
 私はアセリア。ブルーアセリア。
 それで倉庫の中は大歓声さ。
 なにしろアセリアって言ったらアレだ。別名蒼い妖精の、この大陸じゃ誰もが知ってる英雄だ。
 俺なんかと違って本物のな。
 皆ホッとしてた。やれやれ、助かったってな。
 こいつが付いてれば百人力、後は待ってればすぐに生きて帰れる。
 誰もがそう思った。
 でも、次にアセリアが言ったことで、それは打ち消された。

「法皇の壁に、救援隊がいる。みんな早く逃げろ」

 皆何を言ってるのか判らなかった。
 そりゃそうさ。俺達はアセリアが安全なとこまで逃がしてくれるもんだと思ってたからな。
 でも、事態はそう甘くはなかった。
 混乱する俺たちに、アセリアは言った。

「落ち着いて。話を聞いて。
 反乱軍の言ってることは本当。
 マナ結晶を通して、スピリットの力を暴走させると、規模は小さいけどマナ消失が起こる。
 規模が小さいからって、安全じゃない。本当に起これば、この街くらいなら、多分、消える。
 ……ヨーティアは、そう言ってる。
 他の人質はもう助けた。今は皆、法皇の壁に向かっている。
 そこまで行けば安全だから。
 外に輸送用の馬車がある。誰か操れる者はいないか」

 何人かが俺を見た。
 それで、アセリアは納得したらしかった。

「もう時間がない。早く……!」

 それで、倉庫の中は大騒ぎさ。
 皆我先に馬車に向かって走り出した。
 ……俺以外は。
 アセリアは俺を見て言った。

「お前も早く。皆が待ってる」

 俺はどう答えたらいいか判らなかった。
 だから、ひどく間抜けな事を言っちまった。

「……お前は、どうするんだ? 飛んで逃げるのか?」
「私は逃げない。私はマナ消失を食い止める」

 そう言ったアセリアの目に、迷いはなかった。
 俺は羨ましくなったよ。
 アセリアは勇敢だった。本物の勇者だ。
 一歩間違えば、死ぬ。それなのに、迷うことなく戦うことを選んでる。
 片や俺は……ようやく助かるってのに、馬車に乗ることを考えたら、膝の震えが止まらねえんだ。
 もう一度馬車に乗る。それも、夜中の森を猛スピードで突っ切る。
 そんなことするよりは、死んだほうがマシだって思えるくらいだった。

「……俺が代わりてえよ」
「お前には、お前の役目がある」
「……そうだな。何言ってんだか。俺には無理だ。荷が重過ぎる」
「違う」

 アセリアは、両手で俺の肩を掴んだ。

「あの中の誰も、馬車を運転できない。人質を救えるのはお前だけだ。お前にしか頼めない」

 肩に指が食い込んだ。

「重量オーバーでも何でもいい。壁までたどり着けばいい」

 無理だ、できねえ……そんなことが言えねえほど、強い目だった。
 俺は……頷くしかなかった。

 倉庫を出ると、あちこちでスピリット達がやりあったんだろう、もう火の海だったよ。
 やつは、真っ直ぐその中に飛び込んでいった。
 俺はヨロヨロと馬車にたどり着いて……
 それで、うずくまった。
 馬車の中じゃ、みんなが俺を見てた。早くしろ、早くしろ、ってな。
 でも、ダメだった。
 アセリアに言われて頷いたはいいが、怖かったんだ。どうしようもなく怖かったんだよ。
 足が震えて立てなかった。もげた右足がうずきやがるんだ。
 体中が震えて、吐き気がした。たまらず吐いちまった。
 何度も、何度も。飯も酒も残らず吐いて、それでも吐き足りなくて、腹がからっぽになったらまた胃液を吐いた。
 俺はその場にうずくまったまま、一歩も動けなかった。
 街は燃えてる。火の中からは剣を打ち合う音が聞こえてくる。
 時間は過ぎる。御者のいねえ馬車は動かねえ。いつ爆発するかわからねえ。
 それどころか、その場にいたんじゃ、爆発が起きても起きなくても、死んじまうような状況だった。
 その時、女の子が馬車から降りてきて、俺の傍に来た。
 それで、その子が何て言ったと思う?
 笑えるぜ。
 その子はな、『おじちゃん、お腹痛いの? 大丈夫?』なんて言いやがった。
 それから、大丈夫、大丈夫だから、って、俺の背中をさするんだ。
 信じられるか? 俺の娘と同じくらいの、まだ文字だって読めるか怪しいようなガキがだぜ?
 それでなくても一日前に母親を目の前で亡くしてるってのに、そんで自分も今にも死にそうだってのに、それなのに俺の方を心配してやがるんだ。
 頑張れでも、勇気を出せでもなくて、大丈夫って言葉でな
 まったくもっていい加減で、適当だぜ。
 それで、俺はキレちまった。
 アセリアが戦ってる。アセリアだけじゃねえ。ガロ・リキュアのスピリット達も戦ってる。
 その上、そんなちっちゃなガキまでが、生きることを諦めねえで戦ってる。
 俺は最後にもう一度だけ吐いた。
 胃液も空っぽだった。その時吐き出したのは別のもんさ。
 弱気だよ。
 体中の弱気を全部、全部吐き出して、その後で腹いっぱい意地と勇気を吸い込んだ。
 俺は男だ。俺は父親だ。勇敢なるハシュラフだ。
 ガキが諦めてねえのに、この俺が先に負けを認めるわけにはいかねえ。
 根拠のねえ大丈夫が気にいらねえなら、俺がその根拠を作るしかねえじゃねえか。
 俺は、立った。
 それからまずは女の子に怖い面して、その子を馬車に押し込んでから、今度は中に向かって怒鳴った。

「待たせてすまねえな! その分飛ばすぜ! 荒っぽくなるから、振り落とされねえように気をつけろよ!」

 一世一代、命懸けの大レースさ。


 俺は御者台に飛び乗って、鞭を振るった。
 まずは街を突破しなくちゃいけねえ。
 俺は炎に怯える馬に鞭をくれて、街の出口を目指した。
 そこかしこで、焼け落ちた家やら何やらが転がってたさ。
 途中で広場も通った。
 消し炭は前の日と同じだった。
 俺は横目でそれを見て、また馬に鞭をくれた。
 絶対に死ねなかったからな。
 街を抜けたら、今度は森だ。
 長いコースだが、ペース配分なんざ気にしてられねえ。
 枝が顔やら腕やらを打ったりもしたけど、それも全部無視した。
 細くて、曲がりくねって、真っ暗な森の道を、ランプ一つで大爆走だ。
 正直気が気じゃなかった。
 俺が出発に手間取った分、爆発に巻き込まれる恐れが大きくなったのもある。
 それに、逃げる俺たちに追手がかかってるかもしれねえ、そうも思った。
 でも、揺れる馬車が怖いとは思わなかった。
 少しでも速度を緩める訳にはいかねえ。
 とにかく壁まで行くんだ。そのことしか頭になかった。
 そんな調子でかなり飛ばしたからな。思ったより早く森の出口が見えた。
 厄介なおまけつきでな。
 でかい木の根が張り出してやがったんだ。
 明るかったらもっと早く気が付いたんだろうが、ランプ一つじゃ見えにくかった。
 それに俺も興奮してたしな。それがあるってことも忘れちまってた。
 スピードはかなり出てる。進路変更は間に合わねえ。
 俺は振り返って、ホロの中に大声で叫んだ。

「でかいのが来るぞ! 歯ぁ食いしばれ!」

 状況はあの時と同じさ。
 前と違うのは、今度こそ失敗は許されねえってことだ。
 俺は汗でびっしょりの手綱を握って、衝撃に備えた。
 最後まで目はつぶらなかったさ。
 まず馬がそれを乗り越えて、次に車輪がそれを噛んで――
 俺は、乗り越えた。
 馬車も横倒しにってねえし、俺も足を折ってねえ。
 後は、平らな道をまた爆走するだけさ。
 しばらくして、ようやく壁が見えてきた。

 壁に着いてからのことは、実際よく覚えてねえんだ。
 結局爆発は起きなかった。そりゃそうだ。起きてたらまだ騒ぎが続いてるだろうからな。
 荷台の連中に例を言われた気がする。捻挫したり、たんこぶ作ってたりしてたけど、皆笑ってたと思う。
 最後に女の子が、俺にありがとうって言った。
 冗談じゃねえ、例を言うのは俺のほうだろう?
 俺は何か気の聞いたことの一つでも言えりゃあ良かったんだが……
 残念ながら、そっから先はほんとに覚えてねえ。
 どうやら気絶しちまったたらしい。
 そこで、この話は終りだ。


 どうだ? 中々いい話だろ?
 ま、つまんねえ男のつまんねえ自慢話っちゃあそれまでだけどな。
 でもまあアレだ。ここまで聞いてくれたんだ。一杯奢らせてくれよ。
 いいっていいって。今日はレースの賞金が入って、ちょいとばかし懐が温けえんだ。
 何のかって? そりゃああんた、馬車の賭けレースに決まってるじゃねえか。
 そう、勇敢なるハシュラフは、今日再起を果たしたんだ。
 つっても、今はまだ無名の新人だけどな。
 そんじゃ、ゆっくり呑ってくれよ。俺はもう帰るけどな。
 ……へへへ。あれ見ろよ。ほら、あの出口んとこだ。
 いい女だろう? 俺の女房だ。抱っこされてるのは俺の娘さ。
 ああそうそう、また近いうちに俺の出るレースがあるんだ。
 あんたレースやるんなら、俺に賭けろよ。
 今はまだちっけえレースしかねえけど、その内大儲けさせてやるぜ。
 本当だ、嘘じゃねえ。
 なんたって俺は。

 勇敢なるハシュラフ、なんだからな。


もう何がなんだか訳がわからんのです。

 いきなりMGS2だったりするのは、元ネタを取ったゲームになぞらえてるからです。
 とりあえずネタはあるので、ガッツ残量によってはMGSもお届けできるかもしれません。
 でもそん時の並びってどうなるんだろう?
 七野さん調整してくれるかなあ……

 何はともあれメタルギアソリッドシリーズ最高ー!

 あ、やべ、ゲーム名出しちった。

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