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 初陣だ。
 以前から小競り合いが続いていたバーンライトが、ついに積極的な軍事行動を開始した。
 みすみす見逃すほど、ラキオスも愚鈍ではない。エトランジェと古参のスピリットによって莫大なマナが得られた今、こちらも総力を上げて迎え撃つ。
 そして召集されたスピリット達。
 美しい少女達の姿をとる妖精種だが、過去の事件で成長したスピリットが壊滅した中、この戦争での編成は自然、今だ育成も充分とは言いがたい、幼いと言えるスピリットがその大半を占める。
 寄せ集め、と言っても、否定はしきれない。
 ヘリオン・ブラックスピリット。彼女もそうした一体だ。
 ラキオス軍の最年少はオルファリル・レッドスピリットだが、彼女はその年齢に見合わず強力で、先の所属不明スピリット撃退や、龍討伐にも参加している。
 だが、ヘリオンは違う。これが正真正銘の初陣だ。
 もちろん軍に投入される以上それ相応の訓練は受けている。
 が、訓練と実践は違う。いくら厳しいとは言え、よほどの事故でなければ訓練で死ぬようなことはない。
 今から向かうのは本当の戦争。こちらが手傷を負ったからと言って、相手は刃を止めてはくれない。むしろ弱ったものから先に殺されていく、そう言う場所だ。
 背筋に冷たいものが走る。剣を持つ手が震えていないのは、むしろ僥倖だ。
 昨日の夜もあまり眠れなかった。
 そんな彼女の心境を嘲笑うかのように、空はどこまでも、突き抜けるように蒼い。

「ヘーリオン!」
「わひゃっ!?」

 突然肩を叩かれ、ヘリオンは奇妙な声を上げて飛び跳ねる。
 振り返った先にいたのは、ネリー・ブルースピリット。剣の名は静寂。
 ヘリオンより少し長いくらいの育成期間で、歳も近い。自然よく話もする。
 剣と一つであるスピリットは多かれ少なかれその名と性格が似通うことがあるが、彼女の場合には何がどう間違ったのか、と疑問に思いたくなるようなところがある。そんな少女だ。

「どしたの? もう集合時間だよ。早く行かないと、またエスペリアに怒られちゃうよ?」
「あ、あ……」
「ん? どしたの? 私の顔に何かついてる?」

 何かついてるか、ではない。
 そういう張本人が、言うなればヘリオンの寿命を縮めさせるような真似をしたのだ、とは、今だ心臓が踊る彼女には言えない。ただ無邪気な笑顔を浮かべるネリーを見ながら、ヘリオンはどうにか動悸を鎮めることで手一杯だった。

「ヘリオン、息が上がってるよ? 体調でも悪いの?」
「そ、そうじゃないけど……」
「あー、もしかして」

 そこでネリーは笑顔を、にまっ、と意地の悪いものに変えた。

「緊張してる?」

 再びヘリオンの心臓がはねる。
 当たり前だ。初陣、初めての殺し合いを前にして、緊張しない者があるだろうか。
 ……いや、もしかしたら目の前の少女はしていないのかもしれない。
 それどころか自分と同じ初陣だと言うのに、どこかワクワクしているようにすら見える。
 そんな陽気に促されるように、ヘリオンはおずおずと答える。

「う、うん、ちょっと……」
「ちょっと?」
「ぅ……実は、かなり……」
「もー。ヘリオンは考えすぎ!」

 明るく言うネリーに、ヘリオンはムッとする。
 なんだか馬鹿にされているような気がした。

「じゃあ、ネリーは怖くないの?」

 やや険のたった声に、ネリーは答えず、どこか柔らかい微笑を浮かべる。

「ヘリオン。ちょっとハイロゥ出して」
「え? な、なんで?」
「いいからいいから」

 そして言いながら、ネリーは瞬時に翼を広げて見せた。
 唐突で意味不明な言葉。訳がわからないながらも、ヘリオンも自分のハイロゥを展開させる。
 力を解放するイメージ。髪をくすぐるように、白い翼が背中から生える。

「出したけど……これがどうしたの?」
「気合だよ、気合」
「気合?」

 尋ねた声に、ネリーは答えずに空を見上げて、

「ネリーだって怖いよ、もちろん」

 返ってきた言葉は、ヘリオンを拍子抜けさせた。
 言動と表情が一致していない。
 ……怖いのなら、どうしてそんなに無邪気でいられるのか?
 そんな心境を図ったのか、ネリーは明るく続けた。

「怖くて、それでガチガチになって、何もできなくなりそうになる。でもそのまま死んじゃったら嫌でしょ。だったらがんばらなきゃ。戦う以外は何もできないけど……でもせめて、翼を羽ばたかせて飛ぶことくらいは、できるよ」

 言い換えれば、虚勢を張っているということだ。
 そしてネリーは翼で浮かび上がり、日差しの中をちょっとだけ泳ぐ。
 しばらく風を楽しむと、ヘリオンの前に降り立ち、ね、と微笑ってみせた。
 ヘリオンはただ、その様子を眺める。

「がんばろうよ。もうこうなったら、やらなきゃならないんだから。それになんとかなるって。こっちにはエトランジェさまがいるんだし」
「う……うん」
「こーらっ! 声が小さいぞー!?」
「うんっ!」

 やられっぱなしではいい気分もしない。半ばやけになった様に大きく頷くヘリオンを見て、ネリーは満足したように笑った。

「よーしっ。それじゃあ、気合入れて、いっくよー!」
「うん!」

 飛び出したネリーを追いかけて、ヘリオンも地面を蹴る。
 そうだ。怖いのは当たり前。これから向かうのは戦場。きっと楽しいことなんてない。
 それでも、いくら剣の名が失望だからと言え、始める前から希望を捨ててしまってはいけない。
 何もできない、けど、せめてこうして翼をはばたかせることぐらいは。
 白い翼が風を起こし、マナの飛沫が後に流れていく。
 気合入れて、行こう!



 結局集合時間に送れ、その上はしゃぎすぎだと、エスペリアにお小言をもらった。

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