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 鞘鳴さやなりがして、淡い剣閃が静謐せいひつな空気を断つ。
 刀を戻して、鍔鳴つばなりがこだまする。
 一通りの型を演じ終えて、残心。
 そのままで微動だにせず、呼吸を整える。
 たかぶった血流を無理に押さえることはせず、自然なまま治まっていくのを待つ。
 張り詰めた空気の中に、自分のほの白い呼気が消えていく。
 薄紫の夜明けの呼吸。

 森の中。自分以外には誰も見当たらない。
 当然だ。まだ日は昇っていない。皆館で寝ている時間帯だ。
 こんな時間に起きている者など、誰もいないだろう。
 私達の種族を除いては。

 黒スピリット――月の守護を受けた、夜の妖精。
 気配を殺し、近づき、隙をついて敵をほふる。
 光あるところに陰を誘い、恐怖を以って敵を支配する。
 夜の鼓動は独特で、陰を縫って走るその力は青スピリットの干渉も寄せ付けない。

 皆が起き出して、騒ぎ、一緒に過ごす時間。
 それも嫌いではないけれども、やはりこうして夜の中に身を置いたほうが、不思議と落ち着くのも事実だ。
 やはり、黒スピリットということなのだろう。
 手に握り、腰に添えた剣の名は月光。
 そのものずばりで、少し苦笑してしまう。

 そして今、月は沈んだ。もうすぐ夜が明ける。
 ――曙光、差す。
 朝日は昇り、この森をまた照らすのだろう。
 あの子の時間。
 木々を育む土の匂い。その枝葉を渡るそよ風の香り。
 そして大地に実る、数限りない草花。
 ニムントール……グリーンスピリット。
 争うことの虚しさ。悲しさ。
 それでもそれを乗り越えた日に、彼女が泣かなくて済む日がくるのなら。
 朝日が差しても、森にはかならず木陰ができるように。
 沿って立ち、守っていきたい。強くそう願う。

 残心を解き、静かに剣を抜き払う。
 曙光を浴びて輝く月光。
 そのまま、薄明かりの中で踊った。
 剣の型。先程までの攻撃ではない、ただ剣を躍らせる、それだけの動き。
 敵を倒すために生み出された動きを、柔らかく繰り返す。
 ふうわりと、柔らかに、曙光を歓迎するように、沈まない三日月が森のマナをくすぐる。
 傷つけるためにと教え込まれた技量。
 それでも今こうして静かに振るうと、それだけではないのでは、とも思いたくなる。
 自分で思うのもなんだが、こうして美しい動きができるのならば、剣を握る意味は、戦い以外にもあるのではないだろうか。
 ……そう思うのも、やはり自国のスピリット隊長に感化されてしまっているからだろうか?
 苦笑し、剣を鞘に戻す。
 息は乱れていない。
 薄紫の夜明けの呼吸。

 やがて揺らしたマナに起こされるように、鳥達が朝のさえずりを始める。
 もう、充分に森は明るい。
 少し霧のかかった森。今日もきっといい天気だろう。
 鳥達に答えるように兜を脱ぎ、翼を広げる。
 夜の闇では冷たく光る、白い翼。
 だがこの朝の中では、優しくも見えるのだろうか?
 試しに一度、はためかせてみる。
 ……鳥が応えてくれた、ような気がした。

 ふわ、と欠伸が漏れ、慌てて口を塞ぐ。
 もう、館に戻ろう。
 夜通し起きていたのだ。少し眠い。
 もうあの子は起きているのだろうか。
 だとしたら少し厄介だ。
 きっと「寝坊なんて、お姉ちゃんらしくない」などと言われるのだろう。
 それでもやっぱり、少しは眠らせてもらおうか。
 お姉ちゃんだって寝坊したいときがあるのよ、なんて、駄々をこねて見るのも面白いかもしれない。
 今までそんなことをいったことはない。目を丸くするあの子の顔が浮かぶようだ。
 同時に自分の顔にも、微笑が浮かんだ。

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