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「ネリー。それにシアーも。何してるんだ?」
「あ、ユートさま」
「こんにちわ〜」
教えて貴方がここに眠る理由を
 ふと通りかかった道端で、双子の青スピリットがしゃがみこんでいた。
 興味をそそられ、ユートははたと足を止める。
 見れば、二人の手には泥がついている。園芸作業でもしているのだろうか?
生まれる前から聞こえていた歌を
「スコップ? なんだ、花でも植えるのか?」
「えへへー。あのね。埋めるのは埋めるんだけど、もっと違うものだよ。ね、シアー」
「うん、ね、ネリー」
心に灯す光は何を照らしている
 そりゃそうかとユートは納得する。
 花壇ならエスペリアが館で管理している。わざわざこんな、誰に踏まれるかもわからない道端に植える必要もない。
 増園したいのなら彼女に言えばいい。まさか無下に断るような度量の小さいこともないだろう。
 なら、何を埋めているのか。
その温もりは時をこえ目覚める
「秘密ー」
「秘密です〜」

 問うても二人の少女は互いに見合って笑うだけで、答えを教えようとはしない。
 どことなく、はぐらかして楽しんでいるようにも見える。
 そうしてじらされると、余計に知りたくなるのが人の性というものだ。
いつかまた生まれた時
「なんだよ、つれないな。俺には言えないようなものなのか?」
この思い忘れないように
 知らずに口調が拗ねるようになる。
 多少大人げない気もしたが、どうにも答えがでなければすっきりしない。
星達を巡る記憶
「そんなことないんだけどね。シアー。ユートさまになら教えてもいいかな?」
「うん、いいと思うよ〜」
「じゃあ、ユートさまに特別に教えてあげる。ジャンッ」
私の中生き続ける
 掛け声とともに取り出されたのは、一枚の白い布。
 飾り気のない地に、なにやら手縫いらしい、刺繍が施してある。

「なんだこれ……ハンカチ?」
「当り! でもね。ただのハンカチじゃないんだよ」
「刺繍がしてあるな」
「ネリーと、シアーの名前を縫ったんです」
教えて貴方が語り続けたこと
 言われてみれば、確かにこの世界の文字のように見える。
 ユートはいまだにそれを読むことは出来ないが、そう言えば何度か書類で見た事もある形に見えた。
天使の形に紡ぎ上げた夢を
「これを……? なんでだ。まだ綺麗じゃないか」
「いいの。記念なんだから」
「記念? タイムカプセルみたいなもんか?」
「タイムカプセル〜? ユートさま、なんですか、それ〜?」
「ああそっか。俺の世界での風習……みたいなもんなんだけどな。皆で思い出の品を持ち寄って、今の二人みたいに地面に埋めるんだよ。それで時間を決めておいて、その時が来たら掘り返すんだ」
「あ、じゃあそれだ! これはネリーとシアーのタイムカプセル!」
「タイムカプセル〜!」
大切なものはすぐに壊れてしまうから
 新たな知識を得たことの喜びか、二人の少女は互いにハンカチを握ってキャイキャイとはしゃぐ。
 ユートはそれを微笑ましく思って尋ねた。
どうか聞かせて星達の祈りを
「それで、これ、いつ掘り返すんだ?」
「え? 掘り返さないよ?」
「それじゃ意味ないだろ。せっかく埋めるのに」
「あるもん! これはね、ユートさま。いつかまた、生まれた時のために埋めるの」
「……何?」

 そして、返ってきた返事に眉をひそめる。
いつかまた生まれた時
「あのね、ネリーたちって、いつ死んじゃうかわからないでしょ? でも、ネリーはここで生きてて、幸せだと思うの」
「だから、その記念なんです〜。もしシアーが死んじゃっても〜、またここに来たときに掘り返せたらいいかな〜って。もちろんまた生まれた時に覚えてるはずはないし、ここに来るかもわからないですけど〜」
「それに誰か別の人かスピリットに掘り起こされるかもしれないし、誰も気づかないまま忘れられちゃうかもしれないけど。それでも、私たちが生きてたっていうことは、ここに残るから」
もう一度貴方に会いたい
 そして続いた双子の言葉に、ユートは絶句する。
 まただ。こんな幼い少女達までもが、死を前提にして行動している。
 自分とそんなに違わないとは言え、まだ無限に未来があるはずの、遊びたい盛りの子供達がだ。
開けずにいたページを
『いつかまた生まれた時のために』
解き放つそのためにも
 それが、そんな悲痛な覚悟を秘めている。

「……これ、俺が預かるよ」
いつかまた生まれた時
 ユートはうめくようにすると、少々強引にそのハンカチを取り上げた。
もう一度貴方に会いたい
「えー、ユートさま、何でー!?」
「誰にも迷惑はかけませんから〜」
「そういうことじゃないんだ……!」
例えすぐ傷ついても
 楽しみを取り上げられたと思ったのか。非難がましい懇願の目を向ける双子の目を覗き込んで、ユートは続ける。
離さないその手を
「死ぬなんて、そんなこと言うなよ。今幸せなんだろ? だったら生き続けろよ。そうすればもっと幸せになれるんだから。なっていいんだから。……ならなきゃいけないんだから。だから、死ぬことを前提にして考えるなよ。これは、その時になったら返す。それまでは俺が預かっておく」
「……でも、その前にネリーとシアーが死んだらどうするの?」
「死なせない!」

 張り上げた言葉に、双子の背中がピクリと震える。
星達を巡る記憶
「確かに俺は弱いし、頼りないかもしれないけど。でもそれでも、お前らを死なせないために頑張るから。だから……頼むよ」
宇宙を駆ける日まで
 諭されたネリーとシアーは顔を見合わせる。
 そして何度めかのアイコンタクトの末、微笑んで「いいよ」と言った。

「ありがとう。変なわがまま聞いてくれて」
「いいよ。そのかわり、ユートさまも約束」
「約束〜」
「ん? なんだ?」
「ネリーたちも死なないように頑張るから」
「だから、ユートさまも死なないで下さい〜」
「……そうだな。ハンカチ、返さないといけないからな」

 その答えを聞き、双子は満足したように笑い合うと、立ち上がる。
 同時にお辞儀をして走り去っていく後姿を見てから、ハンカチに目を落とした。
 戦況は混沌とし、争いの火種は大陸中のどこでもくすぶり続けている。
 幸せになれる、なる義務がある。そうは言っても、この大地で、スピリットの扱いは……

(いつになるかな……)

 だが、弱気になってはいけない。自分にも、カオリの為に生き残るという大前提たる義務がある。
 隊長として、他のスピリット達の命を預かる立場にもいる。
 ユートは手のひらの名前を、その二人の命であるかのように、柔らかく、力強く握り締めた。

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