――これは、誰?
まるで宙に浮かんだかのように、朧な意識。
その自分の眼前に迫る人影。
……信じられないほど、綺麗な少女達。
それぞれが携える剣に、しかしそれほど奇妙さを覚えることはない。
永遠神剣、マナ、スピリット……
知らないはずのことが、当然のように頭に溢れてくる。
そして、自分のするべきことも。
……破壊。
倒せ。壊せ。滅せよ。
斬り付けろ、薙ぎ払え、打ち下ろせ、刺し貫け、吹き飛ばせ、叩きつけろ。
くびれ、殴れ、蹴り飛ばせ、締め上げろ、折れ、砕け、潰せ、踏みにじれ。
…… !
朧な意識が、活を与えられて昂揚する。
そうだ、やれ、今なら出来る。
かつて陸上のトラックで鍛えていた、どんなときよりも速く疾走る。
感じたことのない昂揚感。莫大な快楽。
屠った相手から、自分に流れ込んでくるエナジー……力。
もっと。もっとだ。
全てを我に。
全てを私が。
…… せ!
気がつけばいつも、傍らに異様な影がある。
剣を携えてはいるが、それはそれまでの敵と違って少女ではない。
大柄で、無骨な男だ。
その男の剣からは、他の剣と違って特別に強大な力を感じる。
きっと倒せば、もっと大きな力が自分に流れ込むことだろう。
……誰?
知っている気がする。記憶を探る。
敵だ。
思い出す前に、誰かが教えてくれた。
そうだ。何を馬鹿なことを。
自分以外の剣を持つ者ならば、それは皆敵に決まってるじゃないか。
……殺せ!
さあ、ならば戦おうか。
すぐに仕留める。殺してやる。
振るった剣は、しかし容易に止められた。
目の前の男は、やや困ったようにしながらも、慣れたように笑う。
……不快だ。
今日子? 誰のことを言っている。
我は空虚。力ある四振りが一つ。
倒せぬ敵などない、いや、あってはならないはずなのに。
しかし悔しいがその男の剣もまた、同じ四振りが一つ。
力は拮抗している。
今はまだ、勝ち目はない。
ならば、力を蓄えよう。
幸い前から敵が来た。
獲物だ。力だ。
我に取り込まれるために向かってくる、マナだ。
戦いを前にして気分が昂ぶる。
指の先まで力が満ちている気がする。
殺し合いにもなりはしない。
迎え撃とう。叩き落そう。焼き尽くそう。
絶望を教えよう。分をわきまえずに保有したマナを、残らず吸い尽くしてやろう。
飾り気のない妖精達に、歳相応の血化粧を施してやろう。
唸る。剣が? 私が?
どちらも同じ気がする。どちらでもいい気がする。
どうせ同じ事なのだから。
――やめて!
わずかに残った意識で抵抗する。
やめて、もうやめて!
目の前で人が死ぬ。美しい少女達が死ぬ。
殺しているのは自分。振るっているのは自分の腕。飛び掛っていくのは自分の足。
……望んでは、いないのに。
頭痛。
覚えている。これまでしてきたことを。これまで見てきたことを。見せられてきたことを。
剣を砕かれ、唖然とした表情のまま地面に落ちる首。
苦痛に歪んだまま、霧となって消える美貌。それを見下ろす自分。
這って逃げようとする少女。その背中に生えた自分の剣。
雷撃に撃たれ、滅びる寸前に吐かれた呪いの言葉。
まるで夢の中のような景色。
眠りの間の、散り逝く妖精たち。
もうたくさんだ。もう見たくない。
頭痛。
やめて。こんなことは望んでいない。
どうしても殺せというのなら。
この、血に染まった手を。
貪欲なまでに乾く、この剣を。
それを振るう、弱い自分を。
頭痛!
殺せ!
扱い易く見えて、この契約者は意外と強情だ。
望んでいない。何を馬鹿な。
快楽は充分に与えている。それを望まぬ存在などあるものか。
邪魔が入ったが、闇に落とした意識から、発せられる声はもうない。
さあ、狩を再開しようか。
闇に落とされた意識で思う。
誰か助けて! 誰かやめさせて!
敵を殺して得られる、莫大な力と快楽。
返り血を浴びながら、万能感と快感に恍惚とする自分。
その魅力は抗いがたくて、求めてしまって、でも思い返すとゾッとする。
そんなもの、もう欲しくない。この闇の中でしかいえない本心。
そんなに殺したければ、いっそ私を殺せばいい。
誰でもいい。敵のスピリットでもいい。
……光陰。彼でもいい。だが彼はいつも苦笑をたたえるばかりで、決してその望みを叶えてはくれない。
叶えるはずがない。彼が知っているとは思えない。知っていても……彼は絶対に、それをしようとはしない。それくらい解かっている。
何故なら、彼も自分を殺させようとしているから。
互いに望みあう、残酷な愛情。
それでももう殺したくない。そう思う。願う。
それは紛れもない自分の意思だ。
……弱くて、すぐにかき消されてしまう自分の意思だ。
目の前で、またスピリットが死ぬ。
自分の表情はどんなのだろう。
いつものように無表情なのだろうか……
それとも笑っているのだろうか……
眠りの間の妖精たちへ。
許しは請わない。その資格はない。
でもいつか、私も貴女たちと同じ道を逝こう。
私にはそれしか、償いの方法は思いつけない。
私は諦めてしまったから。屈してしまったのだから。
光陰のように、乗り越えていけるほど強くはなかったから。
……悠。
彼も自分と同じで、剣を振るっていると聞く。
どんな気持ちで敵を斬っているのだろう。
なんでも自分ひとりで背負い込んでしまう性格。
願わくは、私のようになっていないことを。
……殺されるのなら、やっぱり。
そこまで考えて、今度こそ意識は、闇に沈んだ。