「悠人とアセリアが戻ってない?」
 
突然慌ただしく一報が第一詰め所から入った。
何でも、悠人とアセリアが昨晩哨戒任務に就いたものの、今朝になっても戻っていないらしいのだ。
昨日と言えば俺が悠人達と話し込み、そう言えば悠人が哨戒任務があると言っていたっけなどと思い出してみる。
昨晩同じく哨戒にあたっていた第二詰め所のメンバー、セリアとハリオンの話では巨大なマナの流動を感じたのでその場所に向かった所何もなく、気配も消えていたとのこと。
恐らくそれは何らかの戦闘で、その戦闘に関係して悠人とアセリアが消えてしまったのではないか、という推測が出来るがこれは推測の域を出ない。
 
「とにかく、エスペリアは陛下に報告を。他のメンバーは周辺の捜索だ。ウルカの指揮でブルー・ブラックは空から、レッドとグリーンは周辺の聞き込みなんかをしてくれ。指揮は今日子に任せるから。光陰は二人の気配を探してくれ。あと、イオに協力を要請して神剣に呼びかけてもらってくれ」
「お前はどうするんだ?」
「どうするも何も、俺は昨日戦闘があったとか言う場所を調べてくる。何かあったら知らせるから」
 
皆突然のことに戸惑っているのか俺の言葉にただ頷くだけの者もいれば、心配を隠しきれない者と様々な反応を示している。
 
「みんなもよく知ってる通りあの二人は強い。だから、今は二人を信じて捜すんだ。いいね?」
「そうだぜ。悠人もアセリアも、そう簡単にくたばったりしない。心配しなくても、どっかその辺にいるって」
「そうね。とにかく今は探してみましょう!・・・・・・あのバカ、見つけたらハリセンで思いっきりひっぱたいてやるんだから」
 
青筋を浮かべている今日子の周囲をパリパリと電撃が奔る。
触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに俺と光陰はソッと距離を置き、そして改めて皆の顔を見渡す。
一様に不安を隠しきれないでいるが、ウルカやエスペリア、セリアがリーダーシップを発揮して仕事にかかろうと全員が動き出した。
 
「セリア、君は俺と来てくれ。昨日何処で戦闘の気配がしたのか案内してくれ」
「了解しました」
「それじゃ、みんな頼む。行動開始だ!!」
 
(この時期に悠人が消えるってどういう事だ?何があったんだよ悠人)
 
言いようもない焦りと最悪の状況が俺の胸の中に渦巻いているが、とにかく動き出さなくては何も始まらない。
何かに追われるような俺の気持ちを察しているのか、光陰が俺の肩を強引に掴み自分の方へと引っ張る。
 
「何か?」
「焦るなよ大和。暫定的にお前がトップなんだ。いつも通り、冷静に頼むぜ」
「頼りにしてるわよ、大和」
「・・・・・・了解。なるべく心がけるよ」
「オーケー、それじゃ行きますか」
 
逸る気持ちを抑え、俺たちはそれぞれ行動を開始した。
 
 
 
 
 

       創世の刃
             永遠のアセリア another if story
               act 17 剣と力

 
 
 
 
ラキオス 昼 第二詰め所 大和の部屋
 
 
 
 
あれから一日がかりで周辺を捜索したが、ラキオスの国土内に悠人とアセリアらしき人物を見かけたという者はなく、今は周辺各国に情報提供を呼びかけている最中だ。
各地に駐在しているラキオス国軍から次々とあがってくる報告書を見ても、該当はなし。
完全に姿を眩ましてしまっていた。
 
「全く悠人は。こんな時に消えるなよな・・・・・・」
 
光陰が神剣の気配を探っても【求め】【存在】のどちらもラキオス付近にはない。
何度かイオにも呼びかけてもらったが、悠人からの返答が帰ってくることはなかった。
呆れ半分の俺のつぶやきに反応して光陰が何度か頷き、今日子に至ってはハリセンの素振りをしている。
纏う雰囲気に鬼気迫るものがあり、俺と光陰は再び静かに距離を置いた。
 
「しかしまぁ、我らが隊長様はアセリアを連れて駆け落ちかオイ」
「アイツにはまだやるべき事がある。それにそれは考えられない」
「だよな・・・・・・」
「まぁ、悠人にそこまでの甲斐性も度胸もないさ」
「そこまで言うか・・・・・・?」
 
軽口を叩いてみるのだが、やはり頭の中はスッキリとしない。
答えの見つからないまま、俺たちはレスティーナの待つ謁見の間へと重たい体を引きずりながら歩いた。
 
 
 
 
          同日 ラキオス 城 謁見の間
 
 
 
 
事の次第をレスティーナに一通り報告を終えると、小さく溜息を吐くレスティーナの言葉を待った。
謁見の間全体の空気が重々しく感じられ、何とも言い難い雰囲気だ。
人払いされた謁見の間はシンと静まりかえり、静寂が周囲に染み渡る。
 
「今のところは帝国は様子見なのか宣戦もないですし、小規模な戦闘はあっても本格的な戦闘には入っていません」
「ええ。ですが、戦闘がないとはいえ今の時期に悠人・アセリアの二名が抜けるのは私としてはどうかと思うのですが・・・・・・」
「幸い、我が国にはエトランジェが三人いると言うことを考えればある程度の事態には対応出来るでしょう。今のところはコウイン殿に隊長代理を・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待て。普通そこは大和に代理を任せるんじゃ!?」
 
慌てた様子で光陰がレスティーナの言葉を遮る。
俺の方に振り返り、そして俺が意外と平然としていることに驚いていた。
俺は肩を竦ませてみせた。
 
「おい大和!お前何で平然としてるんだよ!普通はお前が」
「いや、いい人選だと思うよ。俺は悠人の様に皆を率いる自信はないし、その気もない。裏方が一番似合ってると思う。それに、俺には一応剣術指南役って役職もらってるし。まぁ、まだらしい事なんてしたことないけどね」
 
レスティーナの判断は正しいと思うし、特に俺としては異存はないのだ。
それに俺は本当の意味で上に立つ人間ではない。俺には裏方が丁度いいと思っているのだ。
 
「しかしよぉ・・・・・・みんなが納得しないだろう?」
「いや、俺がみんなに話すよ。俺よりも隊長職の経験が長くあり、マロリガンで嫌って言うほど光陰の手腕は思い知らされてるから。俺としては納得してるし、みんなも文句なんてなと思うけど」
 
俺の言葉に渋々ながらに頷き、光陰は無精髭を撫でながら何かを考え始めた。
本音として、俺が隊長代理になってしまったら自由に動けなくなると言うところが非常に大きく存在している。
 
「今のところはそれでいけると思います。最悪の状況を考えながら動いていくことになると思うけど、悠人達が帰る場所ぐらいは俺たちが守ろう」
 
俺の言葉に光陰、今日子とも頷き、レスティーナに至っては微笑んでいた。
 
「強く、なりましたね・・・・・・」
 
小さな呟きは俺たちの耳に届くことはなく、その小さな一言を最後にこの場はお開きとなった。
 
その後詰め所に戻った俺は全員を集め、これからの活動と光陰が隊長代理に就くことをみんなに説明した。
みんなも光陰の手腕は知っているので異存はないようであったが、何名かは納得がいっていない様子ではあったが俺はそれをあえて無視した。
俺たちエトランジェとて一人で全てをこなせるほど万能ではない。適材適所というヤツなのだ。それ以上でも以下でもない。
とにかく、俺はこの決定に納得して貰えるように説明を続けるしかないのだ・・・・・・。
 
 
 
 
ラキオス 昼 詰め所付近 大和の訓練場
 
 
 
 
悠人達が消えてから、既に一週間が経過していた。
何の音沙汰もない二人の事を心配ではないと言えば嘘になる。
しかし、信じることもまた戦いなのだろう。
俺はアイツらが戻ってくることを信じて、アイツらの居場所を全力で守ることしか考えないようにすることにした。
そんなわけで特にすることもなく自室で本を読んでいた訳だが、何だか無性に体が動かしたくなり、俺はコートを纏い神剣を手に良く訓練に使っている場所を目指した。
たまにファーレーンやウルカと共に訓練するが、今日は誰も居ないだろうと思っていたのだが予想に反し先客がいた。
先刻話の中に登場したウルカとファーレーンだ。
どうやらファーレーンがウルカと訓練をしているらしい。
俺は歩きながら二人の一挙手一投足を眺め、邪魔にならないようにとゆっくりと二人の近くへと歩いていく。
その間も続くファーレーンとウルカの訓練。
両者ともすばらしい動きで戦いを繰り広げ、訓練なのか実戦なのかというほどだ。
巧みな刀捌きで攻撃を受けつつ、鋭い攻撃に切り返すウルカ。
ウルカの攻撃に反応し、素早い動きで絶妙な間合い取りをしているファーレーン。
どちらもこの大陸屈指のブラックスピリットであり、その実力は俺自身がよく知っている。
しかし何合か打ち合っているうちに、目に見えて異変が現れてきた。
 
「ファーレーンの動きが落ち始めた・・・・・・?」
 
その動きは今までと違い、どことなく精細さが欠けていた。ちらちらと何かを伺いながらウルカと刀を交えているのだ。
揺れる視線と迷走する太刀筋。
俺は彼女の視線を追い、やっとその正体に気付いた。
彼女の妹(のような存在である)ニムントールが建物の影からこちらを伺っていたのだ。
 
「・・・・・・っ」
 
一瞬、ファーレーンの動きに隙が生まれる。
ほんの一瞬ではあったが、ウルカはそれを見逃すことはしなかった。
ウルカの右腕が奔り一瞬ブレたように見えると、ファーレーンの握る【月光】がはじき飛ばされ、俺の前の地面に突き刺さる。
 
「あっ」
 
その剣を呆然と眺めてから、ファーレーンはウルカへと向き直る。
 
「ハァハァハァ・・・・・・ありがとうございました」
「基本がしっかりしていらっしゃる。基本的にはかなりの腕だと思います」
「そうですか?ウルカさんにそう言って貰えると自信がつきます」
 
【月光】を引き抜き、それを手に話をしている二人の許に歩み寄る。
 
「いい戦いだったよ、二人とも」
 
【月光】ファーレーンへと手渡し、俺も話へと参加する。
 
「はい。手前もそう思います」
「ヤマト様、いつから・・・・・・?」
「俺には気付いてなかったんだ?」
「あ、あの、すいません」
 
申し訳なさそうに項垂れるファーレーン。その姿を見ているとコッチまで申し訳なくなってくる。
俺には気付いていなかったが、ニムントールには気付いていた。そんなことを考えながら別の事へと意識を向けていた。
(何でニムはコッチに来ないんだ?いつもなら誰よりもファーレーンに近いところにいるはずなのに)
そんなことを考えているその間にも二人は会話を続けているようだ。
 
「確かに、絆は何物にも代え難いものですが、時としてそれは弱さや隙を生み出すものとなります。・・・・・・例えそれが何であろうと、雑念は雑念。戦場では、最悪命を落とす危険を同時に持ち合わせていると言うことをお忘れなく」
「捨て去るのは罪悪感だけでは足りませんか・・・・・・」
「捨てねばなりませぬ・・・・・・。手前の部下も、それで命を落とした者もおります故。これはヤマト殿にも言えること」
 
大いに含蓄のあるウルカの重たい一言。しかしこれは憎らしさから出たものではなく、彼女なりの優しさが溢れているものなのだ。
確かに、俺や悠人はそんなことばかり考えながら戦い続けている節がある。
 
「それからもう一つ」
 
ウルカは腰の神剣を閃かせると、ファーレーンの仮面をはじき飛ばした。
 
「あ・・・・・・っ!!」
 
仮面をはじき飛ばされた瞬間、顔を真っ赤にして俺たちに背を向ける。
最近は馴れてきたのかな、なんて思っていたがそうでもないらしい。
 
「そう言った物に頼っていると、不測の事態に対応が遅れること、もしくは対応出来ないこともあるでしょう
「そ、それはそうですが」
 
背を向けながらも、声のトーンが一段落ちる。
視線をウルカへと向けながらも、何処かその目には寂しさのような物が滲んでいる。
 
「ファーレーン殿の強さはかなりの物ですが、今手前が言ったことの全てがファーレーン殿の強さに『基本的』と付けねばならない理由です」
 
ウルカはファーレーンの肩を掴むと、顔を背けぬように前に回り込む。
 
「手前とて絆は重要な物と理解しております。・・・・・・しかし、それが長所を生むこともあれば、短所しか生まない場合もあると言うことを忘れてはなりませぬ」
 
目を背けずファーレーンを見続けるウルカは厳しさを持ってはいたが、その奥底に本当の優しさを感じる。
その瞳に圧倒されたのか、ファーレーンは仮面が外れている事も気にせずただただウルカの言葉に頷くばかりだった。
(ん?ニムは何処に行った?)
ふと気がつくと、建物の影にいたはずのニムントールが消えていた。
今もウルカとファーレーンの会話は続いている。そしてまた神剣を抜き、訓練を始める様だ。つまりは今探しに行けるのは俺だけ。
(探してみるか・・・・・・)
 
 
 
 
探してみると意外に近いところに一人佇んでいた。
以前俺と訓練をしていた詰め所近くのあの場所だ。
 
「やあ、ニム。いきなりいなくなってどうしたんだ」
「・・・・・・ニムって言うな」
「うん、まぁ、思っていたよりは元気、かな」
 
恐らく先ほどの話を聞いていたであろう事を考え、もう少し落ち込んでいると思っていたが、それほどでもなかったらしい。
しかし、いつものように瞳に力がない。
 
「ふぅ。ニムは嘘をつけないな」
 
俺のその声と同時に、泣き出しそうに揺れる瞳と声色。
俺はニムの隣に腰を下ろすと、そのままゆっくりと頭を撫でる。
抵抗もせず、ただ気持ちよさげに目を細めるニムを見るとどうやら寂しさが怒りや悲しみを押しとどめていたらしい。
突然、ぽつりとニムが口を開いた。
 
「お姉ちゃん、ニムがいるから大変なのかな?」
「どうだろうね。それは、ファーレーンにしか解らない」
「ニムが・・・・・・お姉ちゃんの弱点になってるって、言われてるような気がした」
「うん、そう聞こえたね」
 
絶対に否定はせず、ただただ彼女の口から紡ぎ出される言葉を受け止め続ける。
慰めることは誰でも出来る。しかし、それが逆効果になることもあるのだ。
 
「ニムは、お姉ちゃんの側にいちゃ、いけないのかな?」
 
若干涙声のニムは俺を縋るような目で見上げてきた。
ここまで弱々しい彼女は見たことがない。・・・・・・と言うより、今の彼女こそ、本当の彼女なのかも知れない。
 
「じゃあさ、俺からも聞くけど、ニムはどうしたいと思ってる?」
「わからない。でも、お姉ちゃんの弱点にはなりたくない」
「ニム、弱点とは限らないだろう?」
「えっ・・・・・・?」
 
力なく項垂れていた頭を上げ、俺を見つめてくるニム。
 
「少なくとも俺は、誰かを守りたいと思うから力が出てくる。俺としては、この気持ちはファーレーンも一緒だと思ってるけどな」
「でも・・・・・・」
 
再び不安そうに項垂れてしまう。
不安に押しつぶされそうな彼女は今俺がどんな言葉を掛けたところで、その不安は取り除けるものでもないのだろう。
この問題は、どうも当人達が乗り越えるべき問題なのだろう。
(俺は、二人の絆は本物だと信じてる)
きっとすぐにいつものニムに戻ってくれる。
俺はそれを信じてニムが落ち着くまで頭を撫で続けた。
 
 
 
 
しばらくして落ち着きを取り戻したニムは「一人にして欲しい」と呟いた。
正直に言えばまだ心配ではあった。だが考えたいこともあるのだろうと俺は静かにその場を離れた。
少し離れた場所まで歩いたとき、啜り泣くような声が聞こえたが、俺はそれをあえて聞かない振りをした。
心に大きな蟠りを残したまま、俺は当初の目的を果たすべくウルカ達の許を目指した。
 
 
 
 
二人が訓練をしていた場所に戻ると、木陰で休憩をしている二人がいた。
途中で取りに戻った水筒を二人に手渡し、俺もその場に腰を下ろす。
楽しげに雑談をしている二人を見ると、何故だか先ほどのニムの顔が思い出され少しだけ居たたまれない気持ちになってしまう。
 
「どうされましたヤマト殿?体調でも優れませぬか?」
 
俺の表情に気付いたウルカが声を掛けてくるが、俺は笑って曖昧に誤魔化した。
仮面を外したままのファーレーンも顔を赤く染めながら、俺を心配そうに見ていた。
(俺もまだまだだな・・・・・・)
 
「いや、大丈夫。それより、もし余裕があれば俺の訓練にもつきあってくれないか?」
「はい。手前で良ければ、お相手務めます」
 
神剣を手に立ち上がる。
少し離れた位置に対峙し、ウルカは居合い、俺は正眼にとそれぞれ構える。
(今だけは・・・・・・今だけでも忘れよう)
 
 
 
 
しばらくウルカと実戦形式の訓練を続けていたが、冴えない気持ちがそのまま刃へと表れ、その事を何度も指摘されながらも俺は刀を振るい続けた。
ウルカに付いて行くどころか一時的に圧倒する場面も見え、自分の腕が上がっている事を純粋に喜びつつも、ニムのことが引っかかり素直に喜べない自分がいる。
俺とウルカの訓練を仮面を外したまま、赤い顔で真剣に見ているファーレーンはどことなく落ち着かないと言った様子ではあったが、それでも何かを吸収しようと食い入るように見入っていた。
 
「ヤマト殿、雑念が多いようですな」
「ああ、すまない。集中する・・・・・・」
 
俺はかなりの時間をウルカとの訓練に費やし、体が悲鳴を上げるまで続いた。
空を見上げればすでに茜雲が流れ、太陽も傾きを見せていた。
そこで俺たちは訓練を切り上げ、詰め所へと戻ることにした。
長い時間を訓練に費やしたが、どうもニムが気になって集中出来なかったせいか疲労感だけが俺の体を満たしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
ラキオス 夕刻 第二詰め所 大和の部屋
 
 
 
 
悠人達が消えてから六日目。
俺の許に一つの便箋が届けられた。先ほどセリアが俺の部屋へと運んでくれた帝国の資料の中に紛れ、日本語で書かれた一枚の俺宛の便箋があったのだ。
悪戯かとも思いながら、俺はその便箋を開き中にあった手紙を読むことにした。
 
[今から二日後の正午、ラキオス近郊の森の中で【開眼】の力を解放し、待ち人の標となるべし。範囲を指定する。それに従いその範囲内に出来るだけ高密度のオーラフォトンを展開させること。
・・・・・・恐らく最初で最後のチャンスとなる。慎重に事を運ばれたし。
                                  倉橋時深]
 
俺は一瞬心臓が止まったかのような錯覚を覚えた。
この手紙には何が書いてある?
二日後の正午?
待ち人の標?
高密度のオーラフォトンの展開?
混乱する頭にこれらの単語が羅列されていき、その内容を頭の中で俺なりに解釈し直す。
(恐らくは・・・・・・二日後の正午に、ラキオス近郊の森の中と何かが繋がる。それで待ち人・・・・・・悠人達か?そうだとして、悠人達がそこに現れると言うことか?それには【開眼】の力を解放して高密度のオーラフォトンを展開して、その場所を知らせてやる必要があるってことか?・・・・・・エーテルジャンプの原理か?)
 
差出人の名には驚いたが、何となく納得出来るところもあった。
以前あったときに薄ら寒い人物であることは重々承知だったからだ。
時深の名は置いておくとして、この際なので考察を続ける。
(と言うことはだ。悠人達は何処かへと飛ばされたと言うことなのか?エーテルジャンプの様に高密度のマナ場を作り出し、その場に悠人達を顕現させると考えればいいのか?まぁ、これは考えても仕方ない。問題は何処に飛ばされたか、と言うことだ)
 
取り留めのなく浮かんでくる考えに流されまいと必死に整理を続ける。
と同時に、俺は階下へと声を発していた。
 
「セリア!ちょっと来てくれ!!」
 
 
 
 
若干のタイムラグはあったが、セリアへと俺の声は届いていたようで既に俺の部屋に彼女はいた。
執務机の前の椅子に座るセリアの前に、先ほどの手紙を広げて置く。
 
「まずはこれを読んでみてくれ。君が運んできた資料の中に紛れていた一枚の手紙だ」
「????これは?このような文字を私は見たことがないのですが・・・・・・」
「あ、すまない。気が動転してた」
 
慌てて俺は手紙をセリアに読み聞かせて見ることにした。かなり要約した内容であったため、伝えることにはあまり苦労しなかったが、内容を聞いている内にセリアの顔にも驚きが浮かび上がる。
しかし、差出人のことについては何も触れていない。
 
「・・・・・・それはつまり、ユート様とアセリアは今は何処か別の場所にいて、その日その時間にヤマト様が力を解放すれば戻ってくるかも知れない、と言うことでしょうか?」
「いや、俺にもよく分からない。さっきからずっと考えていたんだが、セリアと同じ答えしか出てこないんだ」
 
二人そろって考え込んでしまい、しばらくの間沈黙が俺の部屋を支配する。
 
「あのさ」
「あの」
 
二人同時に言葉を発してしまい、どちらともなく譲り合いが始まったが、俺が促すと渋々といった表情でセリアが語り出した。
 
「ヤマト様はどうなさるおつもりですか?この手紙、差出人がよく分からないとのことでしたので罠と言うことも考えられる事ですし・・・・・・」
「まぁ、それはそうなんだよな・・・・・・」
 
時深のことを話せない俺は曖昧に頷きつつ、必死に頭の中で思考を巡らせていた。
どういえばセリアを納得させることが出来るか。
または気付かれずに当日に実行出来るか。
前者ならば秘密裏に行わずともいいが、もし彼女が懸念している様に罠であったら(万に一つ無いとは思うのだが・・・・・・)彼女たちを危険にさらしかねない。
後者ならば、もし罠であったら俺はさようなら、と言うことになるかも知れないが押し問答で留められるよりは遙かにいい結果が出るかも知れない。
そんなことを考えながらふと視線を落とすと、机の上に組んだ手を指が白くなるほど握り込んで小さく振るえているセリアの手が見えた。
 
「アセリア達がいない今、あなたまでいなくなったらと思うと・・・・・・」
「セリア・・・・・・」
「不安なの・・・・・・。今帝国が攻め込んできたら私たちはどうなるの?コウイン様を信用していないわけでは無いけど、正直なところまだ疑ってる・・・・・・」
 
(あのセリアが取り乱してる)
冷静さを失っている証拠に彼女は今まで俺に対しては敬語であったが、今はそれすらない。
聞いた話によると、セリアはスピリット隊の中で一番アセリアとのつきあいが長いらしかった。
その事も関係して、冷静ではいられない所もあるのだろう。
俺は小さく溜息を吐くと考えることを止めた。
もう面倒になったと言うのもあるのだが。
 
「セリアの心配はもっともだ。だがな、やって見なきゃ分からん事だって多くあるはずだ」
「えっ?」
 
俺は立ち上がり、椅子に座るセリアの横に立った。そして、彼女の小さな手を握った。
 
「君が誰よりもアセリアを心配しているのは周りから見てよく分かる。実際、誰よりもつきあいは長いそうだしね。しかしそれは俺たちだって一緒だ。みんなアセリアのことも、悠人の事も心配なんだ」
 
小さな手が震え、やがて握り替えしてくれる。
その手に温もりを感じながら俺は言葉を続ける。
 
「俺はやってみようと思ってる」
「もしそれで、敵の罠だったら?」
「それでもだ。恐らく俺は【開眼】の力を最大解放してしばらく動けなくなるかも知れない。それでもし罠だったら俺はその場で終わる運命だったって事さ」
 
無表情のようで心配そうなセリアの顔を見ていると、何だか俺が死にに行く兵士になったような気分だ。差詰め、セリアは俺の母親と言うところだろうか?
 
「格好付けるわけではないけど、そこで死んだなら、俺は最後まで悠人達を信じて死ねる。だから、これは俺一人でやることにするよ。エスペリア達には悠人達が戻ってくるだろう時間だけを教えておく。それで、街の外にでも待ってて貰おうと思う」
「危険ですよ?」
「それは承知の上。これは賭けだからみんなを危険な目に遭わせるわけにも行かないし」
「もし最大開放で意識を失ったら?」
「意識が戻り次第、ラキオスに戻ってくる」
 
俺の瞳をそらさずに見上げていたセリアがクスリと笑う。
ワケも判らず俺はしばらく笑い続けるセリアを見続け、そして一頻り笑い終えたセリアは呼吸を整えると再び真っ直ぐ俺を見据えた。
 
「ふう。そんなことだろうと思ってました。こんな事もあろうかと、皆を呼んで置いた良かったわ」
「はっ?」
 
間抜けな声を上げる俺を横目に、セリアは誰かを呼ぶとドアを開けて数人が俺の部屋に入ってきた。
ヒミカ、ハリオン、そしてファーレーン。第二詰め所の年長者四人が俺の部屋にそろった訳だ。
彼女たち四人は俺とセリアの会話をずっと聞いていたらしく、どことなく呆れ顔で俺を見ている。
 
「なんで?」
「貴方が私を呼ぶときは基本的に何かあると思ったほうが良いので」
「・・・・・・これは一本取られたね」
「ヤマト様」
 
ヒミカが神妙な面持ちで口を開いた。同様にしてファーレーンも真剣なまなざしであり、あのハリオンの顔からも笑顔が消えていた。
 
「そんなに私たちが信用出来ませんか?危険なことを一人でおやりになると言うことは、それだけ命の危険も伴うと言うことですよ?」
「こればかりは信用云々じゃない。この手紙に書かれたことをするのはただの自己満足で、ただのわがままなんだ・・・・・・。それに君たちを付き合わせるわけにも行かない」
「なら〜、わたしたちも我が儘言いますね〜」
 
おっとりとハリオンが口を開いた。普段通りに顔は笑っているが、雰囲気が怒っていることを伝えてくる。
俺は皆から顔をそらし、出来うるだけ皆を見ないように務めた。
両手を胸の前で組み、俺を見据えるハリオンの瞳に光が灯る。
 
「わたしたちも我が儘でヤマト様のお手伝いをします〜」
「はっ?」
「そうね。ヤマト様が我が儘でこんな事をしようとするなら、私たちは私たちの我が儘を通します。危険と分かっていてそこに飛び込んでいくなんて、正気の沙汰とは思えないし」
「ええ。私は私の我が儘で、それにお付き合いします」
 
セリアとヒミカが俺を見て悪戯っぽく微笑む。
尚も食い下がろうとする俺を見て、ゆっくりとファーレーンが動き出した。
籠手を外し、俺の目の前へとその手を突き出す。
 
「ヤマト様は、コレがあなたの信頼の証だとおっしゃいましたよね?この証は嘘ですか?偽りですか?見せかけだけのモノですか?」
 
ファーレーンの白く細い左手首に巻かれたミサンガは、以前俺がみんなに渡したモノだった。
エトランジェの白、スピリット達の青・赤・緑・黒の色の糸を紡いで作ったミサンガを、俺は自分からの信頼の証として皆に送ったのだ。
 
「それは・・・・・・」
「その信頼は形だけのモノですか?私たちではヤマト様のお力になれませんか・・・・・・?」
 
普段にはない強い姿勢で俺に詰め寄るファーレーンに圧倒され、俺は一瞬たじろいだ。
しかしその仮面の奥にある瞳を見ると涙が浮かんでいて、今にも溢れ出さんばかりに揺れている。
首を巡らせれば同様にしてセリア達も籠手を外し、それぞれのミサンガを見ている。
 
「私たちは、ヤマト様が心配なだけです。ユート様やアセリアさんがいない今、もしこれが罠だったらと考えるだけで・・・・・・」
 
泣き出しそうに揺れるファーレーンの瞳を見ていると正直に時深のことを話して、罠ではないと思うと言うことを伝えたくなるが、俺はその言葉を呑み込んだ。
言葉を呑み込み、代わりに小さく溜息を吐き出す。
(これも、惚れた弱みってヤツ?違う気がするけど・・・・・・やっぱり女性の涙は俺にはファウルだよ)
恐らく、ここは俺の負けだ。
 
「・・・・・・分かったよ。俺の負けだ」
 
両手を挙げて降参のポーズをとる。
一気に四人が俺に詰め寄り、壁際まで追い込まれた。
 
「君たちには協力して貰う。俺が最大開放で動けなくなったときのために、もしもの時の護衛というかたちでね」
「では、約束して頂けますね?ご自分一人に動かないでくださいね」
「ヤマト様はそう言っておきながら抜け駆けすることは重々承知ですから」
「そうですよ〜。これ以上みんなを困らせたらメッ、ってしちゃいますからね」
「ええ。今度は本当に痛い目に遭って頂くかも知れませんよ」
 
矢継ぎ早に投げかけられる言葉に驚きながらも、俺は自分のことを心配してくれる人達がいることは良いことだと改めて噛みしめていた。
俺が潰れそうになったときは、彼女たちが助けてくれる。彼女たちが潰れそうになったら、今度は俺が彼女たちを助ければいい。
そんな持ちつ持たれつでいいんだと思う。
しばらく俺の部屋で当日のことを打ち合わせ、俺は散々皆から釘を刺される事となった。
それだけ無茶なことをしたという自覚がないだけに、俺はこの状況に戸惑っている自分がいることを実感した。
だが、彼女たちが自分の部屋へと帰っていくとき、嬉しそうな、満足そうな笑顔を見た瞬間に心の底から彼女たちを信頼し、また大切に思っている自分がいることにも気付かされた。
勝負は二日後の正午。悠人達が本当に現れるかは分からないが、俺は、否、俺たちは全力を尽くすことに集中するだけなのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
            ラキオス 正午 郊外の森
 
 
 
 
指定ポイントは森の中にある開けたこの場所を中心とした50メートル四方の空間。
俺の周囲には10メートル四方で四人のスピリットが囲んでいる。万が一に備え、既に戦闘準備は整っており、後は約束の時間に俺が力を解放するだけだ。
指定の正午までは後5分ほどだろうか、
 
「セリア、時間になったら右手を挙げてくれ。一気に開放するから、後のことは任せるよ!」
 
俺の言葉に振り返りもせずに手を挙げる。了承とって良いのだろう。
 
「ヒミカ、もし戦闘になったら頼むよ。俺は恐らく動けないだろうから」
 
ヒミカも右手を挙げると、瞬時に切り替え、周囲を油断なく警戒している。
頼もしくもそんなことにはならないだろうと考えたりする。
 
「ハリオン、俺が倒れた後は君に任す。回復してくれるも良し、しばらく放っておくも良しだから、君の判断に任せる」
 
こちらに振り返り、ニコリと笑うと再び向き直る。心なしか彼女の体がゆらゆらと揺れている様に見えるのは俺だけだろうか?と言うより、足下にあるバスケットは何だろう?
 
「ファーレーン、信じてる」
 
言葉短く伝えると、首だけでこちらに振り返る。仮面の奥の瞳が笑っているのを見ると、何故だか安心出来ている自分がいる。
頼もしい四人に囲まれ、俺は正面に位置するセリアが約束通り右手を挙げる瞬間を待った。
 
 
 
【開眼】を引き抜き、力を広げるイメージをする。少しだけ力を解放し、慎重にオーラ展開していく。
薄いオーラの膜がセリア達のいる辺りまで広がったことを確認すると、さらに力を込めてオーラを広げていく。
ここまで精密なオーラの展開を今までしたことがないため、体にかかる負担は普段の倍以上のものなのだ。
戦闘での展開とは違い、闇雲に広げればいいわけではない。
 
『ふむ、主殿もやっと某の扱いに馴れてこられた様ですな』
(話しかけないでくれ・・・・・・気が散る)
 
そんな間にも目算で30メートルは広がっただろうか、引っかかるような感覚が俺に伝わってきた。
 
『主殿、幾分か肩の力を抜くと良いかと。今のままではこれ以上広がりますまい』
(分かった・・・・・・)
 
目を瞑り大きく深呼吸をする。
瞬間、俺の中の世界がいくらか広がりを見せる。
じりじりと広がっていく感覚に引っ張られる俺の意識。何か強い力を感じるが、今展開を止めることは出来ない。今は指定された範囲にオーラを広げるだけだ。
 
『広がったようですな。後は、青の妖精の合図を待つばかりか』
 
【開眼】の落ち着いた声が俺にもある程度余裕を呼び戻す。
そのまま深呼吸を数度繰り返し、合図を待つ。
セリアの右手が動き、その手が上へと伸びる。
 
「行くぞ【開眼】!!おぉぉぉぉ!!」
『承知した。我が力を開放しよう』
 
【開眼】流れ込む力を広げた膜に沿って流す。それを循環させるイメージと、一気に押し広げるイメージを同時に伝える。
周囲の大気が圧縮され、瞬間に開放される。爆発的に広がっていく自らのオーラフォトンに流されまいと下肢に力を込め、吹き荒れる突風に耐える。
俺のオーラが指定ポイントまで広がった事を伝える様に手の中の柄が震え、同時に俺に流れ込む力が若干弱まる。
 
『これほどの開放は久方ぶりだ・・・・・・。某も、これは少々堪える!』
(お前でそれなんだろう?俺はもっときついよ・・・・・・。早くもぶっ倒れそうだよ)
『そう言っていられるだけ、まだ余力が残っている様ですが?』
(お前も・・・・・・な!!)
 
 
 
 
力に乗って開眼の苦しみの感情が流れ込んでくるが、今の俺にはそれを処理するだけの余裕は残されていなかった。
ただ自らの体から放出され続けるだけの力の奔流に耐える。
軋むほど奥歯を強く噛みしめ、うっすらと目を開くと周囲の景色も揺れているのが見え、同時に大きな光の柱を遠くに確認した。
既に開放を始めて10分が経過していた。
 
「まだか・・・・・・悠人!!」
 
柄から流れ込み続ける力を純変換でオーラを流し続け、俺の頭は限界寸前だ。
力と一緒に流れ込んでくる感情に押し流されようとしている意識と、力を膜の中に納め続けるイメージを同時に処理をしている俺の頭の中は焼き切れんばかりにオーバーヒート寸前だ。
悠人とアセリアの神剣の気配が迫ってくる事を感じるが、何故かそれは不安定に明滅を繰り返す様に揺れている。
 
(アイツら・・・・・・!人の気も知らずに何をのんびりしてるんだよ!!)
 
心の中で毒づく俺が、悠人達はこれ以上に大変な目に遭っていると言うことを知るよしもなく、ただただ歯をきつく食いしばる。
 
「やばい・・・・・・意識飛びそう」
 
朦朧としてくる意識の中、神剣が周囲のマナを食い尽くしながら俺に送り込んでくる力を鬱陶しい思い始めている俺がいる。
しかし、悠人が帰還するためには俺の標が必要となるらしい。
ならば、せめてあと少し耐え抜いて見せようじゃないか、と意地と精神力の勝負。
 
(生憎、精神力だけなら、誰にも負けん!!)
「おおおぉぉぉぉぉ!!!」
 
獣じみた雄叫びを上げ、薄れていく意識を限界のところで繋ぎ止める。
爆発的に輝きを増した光の柱を通して悠人とアセリアの力を感じながら、俺は自分との戦いを繰り広げる。
しかし、二人の力が大きく膨らんだかと思えば、アセリアの力が急に収縮を始めた。
悠人の力が大きくなり、アセリアの力が縮む。
異変を感じるが、俺はここから動くことはおろか既に声すら出ない。
(あと・・・・・・少し・・・・・・持ってくれ、俺)
次第に暗転を始める視界を繋ぎ止める術は、今の俺には存在しなかった。
 
 
 
 
目の前に見えていた巨大な光の柱が消え、同時にヤマトの力の解放による吹き荒れる嵐も止まり、辺りは静寂を取り戻しつつあった。
その場から動くに動けずにいた四人にも体の自由が戻り、やっと動けるまでに突風と光が収まり、慌ててヤマトへと駆け寄る。
その場に立ち、【開眼】を握りしめたまま微動だにしないヤマト。
 
「ヤマト様?どうされました?」
「恐らく、ユート様とアセリアは戻りましたよ。二人の神剣の気配僅かながらもを感じますから」
 
ファーレーン、セリアの言葉を聞いても動く素振りを見せず、力なく項垂れた頭からは表情をうかがい知ることは出来なかった。
 
「うっ・・・・・・」
 
突然、呻くような声がヤマトの口から漏れだしたと思えば、突然に異変は起こった。
【開眼】を放り投げ、頭を抱え込むように地面に倒れ込むとそのまま地面を転がり回る。
その顔は青ざめ、血の気というものが感じられず、同時に掻きむしるように頭を振り乱す。
上体を起こしたかと思えば、そのままで地面に蹲り、苦しげにうめき声を上げる。
電撃が奔ったかのように一瞬体が硬直すると、体を起こし獣じみた、しかしとてつもない苦しみを孕んだ絶叫をその口から吐き出すように上げる。
 
「ぐあぁぁぁぁ!!あぁ・・・・・・うあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!?ヤマト様!?ヤマト様!!」
 
さらに慌てたファーレーンがヤマトの体を受け止め、その青ざめた顔をのぞき込む。
蒼白を超え既に白くなっているが体温は異常なほどに高く、受け止めた体はまるで炎を掴んでいるかのようだった。
それでも尚痛みから逃れるように暴れ続けるヤマトを必死の表情で抱きしめ、押さえつけようとしているファーレーン。
ヤマトが腕を振りかぶり、ファーレーンの仮面をたたき落とす。嫌な音共にはじけ飛んだ仮面が地面に落ちて乾いた音を立てるが、それも気にせずファーレーンはヤマトを落ち着かせようとする。
 
「落ち着いてくださいヤマト様!もう、もう大丈夫ですよ」
「や・・・・・・ろ、かい・・・ん」
「何か言ってるわ・・・・・・何を言ってるのかしら」
 
何かをうわごとのように呻く唇にセリアが耳を近づける。
吐き出される吐息すら既に灼熱のように熱く、苦しげに呼吸を繰り返す中から言葉を拾い上げる。
 
「止めろ・・・・・・【開眼】。止めてくれ」
「!?開眼・・・・・・【開眼】!?もしかして!」
 
地面に転がる【開眼】に振り返ると、鍔の文様が鮮血の涙を流しているような錯覚を覚えるが、それは深紅に染まる【開眼】の禍々しい意識の表れであった。
不意に、ヤマトの体から力が抜け落ち、再び微動だにしなくなった。次第に呼吸も安定を見せ、異常に高まった体温も落ち着きを取り戻す。
規則正しく上下を繰り返す胸部と、苦しげな表情が和らぎ、今は眠っているかのように落ち着いている。
 
 
 
 
「今のは・・・・・・?」
 
小さく呟くファーレーンはヤマトの頭を自らの腿の上に乗せると、吹き出していた汗を甲斐甲斐しく拭い出す。
ヒミカが【開眼】を拾い上げヤマトの側に持って行こうとした時、セリアは大声でそれを制した。
 
「止めなさい!今のは、恐らく【開眼】の強制力よ」
「強制力?でも今までそんな事なんてなかったじゃない」
「そうですよ。ヤマト様の神剣は自ら強制力を押さえ込んでいると、そう聞いたことがあります」
 
ヒミカ、ファーレーンが疑わしげにセリアを見上げ、セリアはヤマトを見下ろすように冷めた視線を向けていた。
不意に【熱病】を抜き放つと、ヒミカがヤマトの許に運んだ神剣に鋒を向ける。
 
「こんな事はしたくないけど・・・・・・。既に乗っ取っているのでしょう?いつまでも眠ったふりなんてしてないで起きなさい。さもなければ、本体を破壊するわよ」
「ふふふ・・・・・・勘の鋭い妖精もいたものだ。いつから我に気付いた?」
 
横たえていた体を起こし、ゆるりと緩慢な動作で立ち上がるヤマト。
否、今は【開眼】である。
その手には【開眼】がしっかりと握られ、刃が妖しく輝いている。
 
「貴方、基本的にはおとなしい神剣の様だけど・・・・・・なぜ今になってその人を乗っ取ったの?目的は何?」
「我は主殿と我を守るために、主殿の体を乗っ取ったまでの事。放出を限界を超えて行っていたのだ。我と主殿の存在のためのマナすら放出するところであったのだぞ?その意味が分からぬそなたらではあるまい」
 
存在のマナの放出。つまり死を意味するが、そこまで放出せねばならないほど限界を超えていたというのか。
鞘へと刃を納めつつ、【開眼】はゆっくりと語り始める。しかし、その瞳に宿る光は優しさや温もりと言うよりも、狂気じみた輝きを帯びている。
 
「我もマナが欠乏すればこうして強制力を使わざるを得ないのだ。どうだ?そなたらの中で我らの糧となる気のあるものは居るか?」
「お断りね。生きて帰らなければ貴方の主が目覚めた時、死ぬほど自分を呪いそうでそっちの方が怖いわ」
「右に同じく」
「まったく、その通りです〜」
「ええ。ヤマト様をこれ以上苦しめる気にはなりません」
「・・・・・・ふむ」
 
四者四様の返答に【開眼】の表情から不意に素のヤマトの表情がにじみ出る。
思案するように【開眼】は腕を組み、そして答えが出たのか軽く頷くと微かに笑った。
そして横目でファーレーンに見ると、再びセリアを見据える。
再び見据えたその瞳に、先ほどまでの狂気は見られなくなっていた。
 
「それもそうであろうな。何より、そんなことを主殿も望まぬし、そんなことをしては我が主殿に叩き折られてしまう。・・・・・・そろそろ主殿が起きたようだな」
 
一つ肩を竦ませて見せ、そのまま興ざめとばかりに大きく溜息を吐く。
冷めた表情でつまらなそうに辺りをぐるりと見回し、【開眼】は再び体を座り込むファーレーンの元に横たえた。
突然の出来事に、その腿の上に頭を横たえられたファーレーンは驚き、しかし抵抗することもなく瞳を瞑る開眼ことヤマトを見ている。
 
「最後に一つだけ言っておこう。我は温和しいのではない。この主に興味が湧いているだけだ。そうでなければとうの昔にこの体を我がモノとしている」
「どういう事?」
「それ以上でも以下でもない。我はこの主の行く末に何が待っているのかを見てみたいだけだ。例えそれが死すべき運命でも、永劫の戦いに赴く運命でも、だ」
 
意味の判らない言葉を言い続け、最後に【開眼】は静かに笑う。
 
「今回の主は恵まれておるな・・・・・・。ここまで案じてくれる者どもがいるのだから」
「それが仲間というものです。私たちは幾度となくヤマト様やユート様に助けられてきた。だから、そのご恩を返す意味も込めてヤマト様達の為に戦うだけです」
 
ファーレーンの静かな言葉に開眼は声を上げて笑い、そして小さく呟いた。
 
「お主はそれだけでは無い様だがな?それほどまでに多くの欲望に惹かれると、本当の意味で引かれる事となるぞ」
「!!!」
「だが、お主を思う者も・・・・・・その欲望の数ほどいることを・・・・・・忘れるなよ」
 
その一言を最後に、【開眼】再び眠りについた。
マナが欠乏状態にある神剣は休眠状態をとり、回復するまでは全力を振るえないだろう。
しかし、今のヤマトには頼るべき仲間の存在がある。
遠い意識の中、ヤマトは誰かに背負われている感覚と温もりを感じる。
瞳を開いたその時、再び彼女たちの笑顔がみれますようにと、友がそこに居てくれますようにと願いながら更なる深淵へと意識を手放した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
剣の心、人の心。
移り変わる全ての心は、とどまることを知らない。
剣の力、人の力。
移り変わりはすれど、限界を感じずにはいられない。
全てがとどまることを知らぬ訳ではなく、とどまることを知るからこそのものが存在していると言うことを忘れてはならない。
主、剣、思い。
全てが揃ってこそ、次の位階へと飛び出せる事もあるのだ。
忘れる無かれ。
人は力を欲す。剣は力を与える。そして、思いがそれを束ねると言うことを。
                            to be contenude