スリハの月 黒みっつの日 昼 ラキオス レスティーナの執務室
 
 
 
 
俺たち四人のエトランジェはレスティーナに呼ばれていた。
内容は光陰達の処遇について、だ。
敵方のエトランジェであった二人の立場は、今となっては非常に微妙な位置にある。
レスティーナの判断一つでは、俺と悠人はこの二人を・・・・・・。
・・・・・・そんなことはハッキリと言ってしたくはないのだが。
しかし、レスティーナの選択は・・・・・・。
 
「お二人のお話をお聞きしておきたいのです」
 
・・・・・・だってさ。
人払いされた執務室に集められ、悠人・光陰・今日子はレスティーナの前のソファーに。
俺は少し離れた位置の壁にもたれ掛かり、意味もなく警戒をしている。
光陰はいつのも調子でいるが、今日子は少し小さくなっていた。
心なしか俺には悠人が一番緊張しているように思えるのは気のせいだろうか?
まず口を開いたのは光陰。
 
「俺は麗しの佳織ちゃんを助けて、こいつらと一緒に還れりゃ文句はない。ただ、アンタは悠人のそれに賛同しているらしいし・・・・・・。俺はその約束さえ守れりゃいい」
「それは我々に協力して頂けると受け取っても?」
「ああ。そう思うなら、そう取ってくれて構わない。行くところもないしな」
 
レスティーナは優雅に一つ微笑み、光陰はそれに対応するようにニヤリと笑って見せた。
おもむろにレスティーナの視線は今日子に移され、小さくなっていた今日子が、さらに三センチくらい縮む。
何というか、怯えている様にも見える。
こんな今日子は今まで見たことは無かった気がする。
 
「キョウコ殿は、いかかがでしょうか?」
「あ、その、私は・・・・・・。いえ、私も戦います。光陰達が戦うのに、私だけ後ろで見ているなんて出来ません。それに、佳織ちゃんも心配だし」
「今日子・・・・・・佳織の事は気にしなくて良い。それは俺が何とかする問題だ。だから、戦いたくないというお前を、レスティーナも無理に戦場に立たせるとは言ってないんだぞ?」
 
悠人は今日子を心配そうに見つめている。
今日子がさきの戦いで負った心の傷は大きく、すぐに癒えるものとはいえない程だった。
俺たちエトランジェの中では最も戦闘には不向きで、優しすぎると言っていい心が罪の意識に苛まれ続けている。
しかしそれでも、今の今日子は気丈にも笑っていた。
 
「あたしが心配なだけ!悠とか関係無しに、あたしが佳織ちゃんのことが心配なの!」
 
その様子を静かに見ていたレスティーナが、少しだけ笑った。
俺は軽く咳払いをし、二人を正面に向かせる。
慌てて二人はレスティーナに向き直り、俺と光陰は顔を見合わせ、呆れることくらいしか出来なかった。
 
「ふふふ・・・・。ユートは良い友人に恵まれていますね。・・・・・・お二人のお気持ちは良く解りました」
「っと、言いますと?この二人についてはいかが致しましょうか陛下」
 
すかさず俺はレスティーナに質問を返す。
レスティーナは軽く咳払いをし、やがてゆっくりと、晴れやかに口を開いた。
 
「我がラキオス王国はお二人を歓迎します。・・・・・・ようこそ、ラキオスへ」
「それじゃあ・・・・・・!!」
 
悠人が身を乗り出す。
 
「お二人は、私の客人・・・・・・いえ、私の同志の一人として、ユートの指揮下に入って頂きます」
 
レスティーナは小さく息を吸い込み、少しだけ微笑んだ。
 
「ようこそ、ラキオスへ。我が親愛なる同志のお二人」
 
 
 
 
 
 

        創世の刃
               永遠のアセリア another if story
                act 16 温もりを明日に

 
 
 
 
 
 
ラキオス 昼 大和の部屋
 
 
 
 
俺は戦時中に溜まった庶務雑務を片づけてしまおうと、自室に籠もっていた。
籠もっていた・・・・・・のに。
籠もろうと思ったはずなのに・・・・・・。
 
「何で君達が俺の部屋に居るんだよ」
「やっほー。お邪魔してるわよ、大和」
「本当に何も無い部屋だな。あるのは本と・・・・・・剣の手入れ用具、筆記用具っと」
「おい。人の部屋のモノを勝手に漁るな」
 
元マロリガンの稲妻部隊長と空虚さんと我がスピリット隊隊長が、俺の部屋に電撃作戦を敢行していやがりました。
しかも三人そろって。誰一人欠けることなく。
ええ、それはもう仲良く、電撃的に且つ備えは完璧に。
ティーセットと茶菓子etcが、すでに俺の執務机の上に展開されている。
・・・・・・完璧な布陣だった。
お前らは二次大戦期のドイツか!!
 
「・・・・・・用件は?何か用があって俺の部屋まで来たんでしょう?」
「おっ、物分かりが良くて結構。悠人じゃこうはいかねぇよな」
「ほっとけ!」
 
 
 
執務机から椅子だけ引っ張り出し、自分の座る場所を窓際に確保する。
相変わらずの調子の三人に圧倒され、俺は初めて自分の部屋に居づらいと思った。
ベッドの上に寝そべり、ゴロゴロと転がっている今日子。
執務机にドッカリと座り込み、優雅にお茶なんぞ嗜んでいる光陰。
俺の蔵書の一部に手を出し、頭を抱え込み始めた悠人。
そしてやがて三人の間で始まる同窓会のような雑談の数々。
考えてみればとても久しぶりのような気のする日本語の会話。
心が落ち着いていくというのがわかる、この何処までも安らいだ雰囲気。
この三人にとっての日常が、俺にとっては非日常だった。
思い返せば不思議なものだと、そんなことを思い俺は小さく口元で笑ってみせる。
高校に上がるまで、友達と呼べる人間はほとんどと言っていいほど居なかった。
・・・・・・と言うより、俺の特異な家系のお陰で近寄ってくる同年代の人あまりがいなかった。
例外は過去何人かいたが。
 
(古くから続く公家の流れを継ぐ一條家。俺の身体にはその血が流れているらしいしね)
 
そのため、高校に入った当初も友達などは出来ず、ただのうのうと月日は流れていった。
別に俺はそれで全く構わないと思っていたし、そんなものだろうと納得もしていた。
一般的な考えからしてよく分からないもの、特に俺の様な特異点に積極的に関わろうと思う人間など居ないのが普通だ。
が、そんな俺でもやっぱり良心というものは存在している。
そんな意味で俺と悠人達を繋いだのが、佳織だった。
 
(確か俺達が一年の時・・・・・・。街中で秋月に絡まれて困っていた佳織ちゃんを助けたのが始まりか・・・・・・)
 
ボケーッと三人を色の違う左右の目で眺めながら、俺は過去の思い出に浸っていた。
あの時から、不思議な関係が続いていた。
友情とは違うと思いこんでいた。俺には友達なんて要らないと思っていたから。
俺はそれまでの暮らし同様、剣術の稽古をし、兵法を学び、その他諸々の作法などを学び、一條家の人間として一條の敷地から外と隔離されながら生きていくと思っていた。
初めてこの関係が友達なんだと認識したのはここ最近。
特にコッチ・・・・・・ファンタズマゴリアに来てからだ。
 
(悠人にダーツィで遇い、レイアとエルが死に、佳織ちゃんに会った)
 
闇雲に剣を振るい、闇雲に強がっていた。
意味が解らないからとりあえず生き延びたい、意味が解るまでは生きていたかった。
死にたくなかったから、強い自分という虚像を作り上げようとしていた時期。
 
(ファーレーンと会い、みんなと会い、共に戦い抜いてきた)
 
無理矢理戦うことに意義を見つけ、自分がしてきたことを転嫁してきた。
その意志に意味は無いと知りながらも、それが無ければ戦えなかった。
戦えなかったからこそ、自分が弱い者だと思いたくない。
そんな強がりの中を生きていた。
 
(時深に誘われ、自分の本当の闇に向かい合った)
 
つい先日、俺は気づいた。
自分の弱さ、自分の脆さ。虚勢を張り続けることの虚しさ。
レイア達と向き合い、自分の罪から眼を逸らし続けた俺と向き合った。
今ここにいるのは、本当に一條大和なんだろうか?
一條大和の皮を被った別の誰かなのかも知れない。
だけど・・・・・・。
 
俺を“大和”と見てくれる。
 
俺を“大和”呼んでくれる友が、今は俺の近くに居ること。
これこそが俺が求めていた戦う理由だったんだ・・・・・・。
 
 
 
 
「俺たちと離れて、大和は何をしてたんだ?」
「・・・・・・ある人に会って、零から鍛え直して貰ったよ」
 
今日子がベットから興味深げに身を起こす。
同様に光陰もティーカップを机に戻し、俺が口を開くのを待っているようだ。
悠人は悠人で不思議そうに首を傾げ、悩んだ末に口を開いた。
 
「・・・・・・ある人?俺たちも知っている人か?」
「ああ、ある人としか言えないけど。・・・・・・そうだね。すこしその時の話をしようか」
 
椅子に深く座り直し、窓の外へと目を向ける。
彼女たちと再び出会えたあの場所を思い出すために・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
大和の回想
 
 
 
 
「俺はここに居るから!悠人、みんな!」
 
強く握りしめた柄から、再び俺の身体を満たす暖かな力。
暗闇だと思いこんでいたこの空間は、実は眩いばかりの光に包まれていた。
全身から吹き荒れるオーラフォトンの奔流に身を任せ、ゆっくりと正眼に構えをとった。
レイアとエルを正面に見据え、銀光を放つ刀身に力を込める。
 
《貴方が私たちを殺した・・・・・・》
「ああ、そうだ。俺たちはそうして、人の死の上に俺たちを成り立たせている」
《そんなモノ詭弁だろう?アンタはそうやって自分を正当化しているに過ぎない》
「そうかも知れないね・・・・・・。だが、君たちもそうやって生き抜いて来たはずだ。他のスピリットを斬り、それを力に変え、自分が生き延びてきた」
《それが私たち。スピリットだから》
 
何度聞いただろうか。
スピリットだから。それが私たちだから。
もう聞き飽きた。
 
「ああ、そうさ。君たちはスピリットだ。それだけは変えようのない事実だよ」
《だったら・・・・・・》
「だけど何故いつまでもそこに甘んじているんだ?それで全てが正当化されるのか?」
《えっ?》
「結局は、誰が悪いわけでも無いんだ。悪いとすれば・・・・・・何とも向き合わず、全てから逃げ続けていた俺達自身が悪かった・・・・・・」
《ヤマト・・・・・・。お前は何を言っている?》
 
オーラフォトンの奔流が収まり始め、俺の身体へと定着していく。
ゆっくりと瞳を閉じ、俺は今まで出会った全ての人、今まで殺めてきた数え切れない命達を思い起こす。
全ては俺の罪。
生きとし生けるものすべて、罪の上でしか自分を成り立たせる事で自らの存在を立てる。
ならば・・・・・・。
 
「これが君たちに送る、俺の二度目の、そして最後の罪だ。せめて俺の手で・・・・・・眠ってくれ!」
《ならば私たちも・・・・・・》
《アンタに向けた餞だ。アタシ達の手で殺してやるよ・・・・・・》
 
弛緩していた身体に力を込め、疾風の如く身を弾ませる。
今までに無かったほど身が軽く、力が漲っていた。
同時に動き出した二人を見つめながら、俺は何故だか笑っていた。
恐らく二人も笑っている。
そこにあるのは、単純な喜び。
 
 
 
《はぁぁぁ!フレイム・レーザー!!》
「そんなモノ・・・・・・。森羅万象の太刀!!」
 
居合いで刀を振り抜き、マナ霧へと変わる炎の光線を一瞥する。
ほぼ同時にレイアが俺の頭上から、剣を大上段に構え躍りかかって来た。
 
《行きます・・・・・・!》
「ちぃ!ミラージュ・スフィア!!」
 
球形の障壁が俺を包み込み、レイアの【展望】の刃を受け止める。
ミシリと悲鳴を上げるが、障壁には傷一つ付いていない。
守護の障壁を展開する一方、別の詠唱に入った。
風の加護を得るために。
 
「マナよ。疾きこと風の如く、我を包み、風の加護を!アクセラレイター!!」
 
身体の軽さが異様なものとなり、まるで羽が生えたかのような錯覚。
普段からかけ離れた速度で動ける様になった身体に、静かに力を込める。
膝を沈め、ゆっくりと下肢にに力を貯める。
障壁を解除し、レイアの刃が俺の脳天めがけて落ちてくる。
瞬時に力を解放し、横に跳び、初撃の回避に成功すると同時に態勢の整っていないレイアへと刀を翻す。
右手に握られている刀を、身体を引き戻す反動で薙ぎ払う要領で一撃を繰り出す。
 
「はぁっ!!」
 
鋭い剣閃に反応したレイアが後方へと飛び退く。
虚しく空を切る刀が白銀の軌跡を描き、やがて止まる。
刀を左の逆手で握り直す。瞬時に刀を引き戻しつつ、刃へとオーラフォトンを流し込んでいく。
 
「征け、虚空ノ太刀。・・・・・・切り裂けっ!」
《きゃっ!》
 
レイアは咄嗟に剣で防ぐも、俺の乗せたオーラフォトンの量の方が大きく後方へと吹き飛ばされていく。
その光景を流し見つつ、動き出していたエルへと視線を戻す。
 
「でぇぇぇぇぇい!」
《ムッ・・・・・・!!》
 
振り向き様に右手に握り直した【開眼】を横薙ぎに振りぬく。
すでに俺の後方へと迫っていたエルは苦もなく三歩ぶん飛び退き、その間に詠唱を完了させていた術式を解放する。
左手が俺に向けられ、そこにマナが収束していく。
やがてマナは炎を纏い、巨大な火球を構成する。轟々と燃えさかる炎に照らし出された俺は、あまりにも無防備過ぎた。
 
《ファイアボルト!!》
「!!」
 
ある程度の予想はしていたものの、これほど近距離で放ってくるとは思っても見なかった。
自分にも少なからず飛び火するため、戦場では一度も使わなかった戦術だ。
咄嗟に【開眼】を身体の前へと構え、障壁を張るも効果は薄い。
神経が全身に痛みと灼熱の温度を伝え、脳細胞から全身の神経が焼き切れるのではないかという程のダメージを伝えてくる。
後ろに倒れ込みそうになることを必死に堪え、俺は尚もエルに突撃を試みる。
背後にいるレイアが動き出したことを感じつつ、それでも俺は足を止める気はない。
【開眼】を携えた両の手をだらりと左下段に下げ、切っ先を地面に引きずりながら駆ける。
 
「疾っ!」
 
裂帛の気合いと共に、俺の太刀はエルの足下から掬い上げるように襲いかかる。
 
《くっ!》
 
俺の一撃を受け止めたエルの神剣を力ずくで跳ね上げる。
がら空きになった胴体と、俺の頭上にある【開眼】。
その一瞬を俺は待っていた。
 
「すまない。・・・・・・さよならだ、エル!」
 
【開眼】を翻し頭上から必殺の一刀を見舞う。
・・・はずだったが、俺の神経が異様な冷気を感じ始めていた。
その感覚が徐々に確かなものとなり、慌てて後方に飛び退く。
同様にしてエルも飛び退き、俺とエルの間を冷気の塊が飛び抜けて行った。
 
「氷のマナだと?レイアか・・・・・・」
《外しましたか。さすがはカンの鋭い事です》
《うまく惹き付けておけたと思ったんだけどなぁ》
 
エルはレイアに駆け寄り、神剣を構え直す。
それは二人が似たような構えをとり、同時に神剣に冷気と炎を纏わせる。
 
《同時に行きます。しくじらないでくださいねエル?》
《慌てんじゃないよ。アンタこそ、凡ミスすんじゃ無いよ》
《大丈夫ですよ》
《上等。行くよ!》
 
徐々に大きく成りゆく力。
その危険度はビリビリと俺に伝わり、やがて俺は幾ばくかの恐怖を覚える。
 
《荒ぶる氷原よ、死者を抱きて永久の棺となれ・・・・・・眠れ・・・・・・死を持って》
《劫火よ、裁きの日は訪れ、全てを灰燼と化せ・・・・・・死の制裁は、我が手中に》
 
増大を続ける二人のマナ。
正直、これを切り抜けられるだけの力は残っているだろうか?
(いや・・・・・・泣き言は止めだ)
そんなことを言っている位なら、俺は身体を動かす。
 
「負けてられるかよ・・・・・・!」
 
小さく呟き居合いの構えを取り直す。身体から一切の力を抜く。
大技のぶつかり合いの果ては一体どちらが立っていられる事やらと、そんなどうでも良いことが頭に過ぎる。
 
「行くぞ【開眼】。一意専心・・・・・・乾坤一擲!!」
 
『アイス・コフィン!』
『ジャッジメント・フレア!』
 
それまで無形であったはずの炎がやがて何かを形成する。
周囲の大気をチリチリと灼きながら、俺の周囲を取り囲むように収束していく。
反射的に感じた危機感に体を後ろにと退かせようとするが、足下はいつの間にか氷で地面と同化していた。
(なん・・・・・・だと!?)
もがいてみるが動くに動けず、ただ形を作り上げていく炎を見据え、ハラを決めて俺の持てる技に賭けることにする。
森羅万象、ありとあらゆるモノを切り裂けるであろう技に。
 
が、現実とはかくも儚いものであった。
 
「!?線が・・・ないだと!?」
 
見据えた炎には今までの神剣魔法とは違い、明確な線が存在しなかった。
ただうっすらと見える線はあるが、それでは恐らく全てを消すことは出来ないだろう。
いや、それもあるが俺の擬似魔眼が弱くなっていると言う事もあるのかも知れない。
焦りが危機感をさらに高め、やがてその危機感は確信に変わった。
・・・・・・直撃を避けることは出来ない、と。
 
「ぐああぁぁぁ!!」
 
周囲の大気を灼いていた炎が体を包み込む小型の嵐となる。
炎と相反するはずの氷の棺が包み込み、その棺の中で炎は激しく俺の体を焼いていく。
(合わせ技・・・・・・!?やられた!!)
 
 
毒づきつつ両目を閉じ、意識を【開眼】の鋒にまで通すイメージを広げる。
吹き付ける熱波や身体にまとわりつく炎に俺の存在を否応なしに灼かれている。
肌を灼く灼熱の炎が【一條大和】として意識をそぎ取っていく。
痛みに耐えながらもなお俺はイメージを広げ、シンクロを続ける。
【開眼】と極限までシンクロし、初めてコイツの握ったときのように境界が曖昧になり始め、一体どちらの意識が身体が動かしているのかが解らない。
その一時の刹那の内、身体の内側に感じる何か目を醒ました。
獰猛で破壊的でありながら、その芯にあるモノは優しく懐かしげに思える何か。
力の奔流が渦巻く中心にある存在とでも言えばいいだろうか、俺の中になのか開眼の中にあった力なのかは今となっては分からないが、俺の全てがその意志に喰われる様な錯覚すら覚える。
俺はその声に耳を傾け、全てはここにあると直感的に判断していた。
 
 
 
 
 
「貴様か・・・・・・私の力を宿し、再び運命の輪に囚われようとするのは」
(何だお前は?)
 
内に響く声は男の澄んだ声で俺に語りかけてくる。
その声からは威厳と力強さ、それと同時に潜在的な恐怖を呼び起こしていた。
俺は純粋にこの声の主を“恐ろしい”と感じていたのだ。
 
「私は貴様、貴様は私。私は貴様の中に眠る力とでも言っておこう。貴様の過去を知るもの、貴様に全てを与えられる者。人は、私を“調律者”と呼ぶ」
 
聞き覚えのある言葉に記憶を巡らせ、一つの疑問を投げかけた。
 
(“調律者”?お前がメダリオの言っていた[タケル]か?)
「そうであるとも、そうで無いとも言える。ただ、私はお前自身だ。貴様が望むなら、私の力の片鱗を貸してやる」
(力の片鱗?俺はそれをどう使えばいい?)
「それは貴様次第だ。貴様がそれを破壊に使うのであれば、それは暴力になる。それを正しい方向に使うのであれば、あるいは抑止力になるのかも知れないな?」
 
声が暗示していることは“道を過てば驚異にしか為り得ない”と言うことだ。
だが、俺は約束した。
悠人達に、俺の仲間に、友に帰ると。彼らは俺を今も待ち続けてくれているはずだ。
ならば、俺は彼らの想いに答えたい。
 
(何でも良い。俺はアイツらの・・・・・・ファーレーンの元に返ることが出来れば!!)
「その純粋なまでの暴力的な想い、気に入った。私の力をくれてやろう」
 
 
会話が一方的に打ち切られ、俺の意識は一瞬の時の狭間から現実へと戻される。
が、体の奥底、俺の根幹とでもいうべき場所に大きな、とても強大な力の嵐を感じる。
 
(キィワードは簡単だ。呼べ【メサイア】、だ)
 
 
 
 
 
体を蹂躙する炎に焦がされた右腕が動き、心臓のある位置を強く握る。
爛れた掌から赤い血潮が吹き出て、Yシャツを赤く染め上げる。
状況は二つに一つ。
このまま炎に焼かれ、この氷の棺の中で永遠の眠りに就くか。
あるいは、ワケの解らない声を信じて、自分の中の“何か”を開放するか。
 
(決まってるだろう?迷うことはないじゃないか。俺は・・・・・・)
 
焼け爛れた皮膚から嫌な匂いが立ち込め、残り時間の少なさを告げる。
瞳に映し出された映像は、仮面を外し、俺に微笑みかけてくれるファーレーン。
 
(俺は・・・・・・帰るんだ!!みんなの待つ、あの場所に!!)
 
強く強く握りしめた右の手が、鼓動を感じるかのように優しく開かれた。
ゆっくりと開かれた瞼の向こうでは、レイアとエルの無表情な顔が映し出された。
二人に静かに微笑みかけ、すぐに大和の表情は一気に引き締まり、意識は別の場所へと向かう。
 
「俺は帰る!絶対に!!・・・・・・メサイア!!」
 
瞬間、光が弾けた。
 
 
 
 
 
(繋がった・・・・・・)
内から響き渡る声は何処か感嘆の響きが込められており、そして同時に悲しみを感じ取ることが出来る。
(長かった・・・・・・。我が呼びかけに答えし者は過去幾人も居たが、私を解放するには至らなかった)
体の中からの変革に、俺は瞳から光を失っていた。
深い深い暗闇の中、一人取り残された俺の意識は俺の内へ内へと潜り、力の中心部へと俺を誘う。
(我が力は汝の力、汝が力は我が力。過ぎ去った過去は取り戻せずとも、これより訪れる終焉は防ぐことができる)
 
熱を帯びる体から抜け落ちていく『何か』を感じるが、抜け落ちていったモノは俺の体の周囲に螺旋を描きながら輝きを増していく。
 
(終焉に抗え。それを良しとしてはならない。愛する者を失った、愚かな私の罪を繰り返すな)
声は俺の意識と同化し、やがて完全に消え去った。
めまぐるしく回り続ける世界に翻弄され、取り残され、駆け抜ける。
(目覚めた力の名は【メサイア】・・・・・・。【世界】を終焉より救える力、真の救世主となるか。もしくは【世界】に終焉をもたらす驚異、只の破壊者となるかは貴様次第)
悲しくも暖かみのある男の声はすでに俺の内、直接俺という世界に響き渡ってくる。
未だに戻らない視界でそっと頷き、再び男の声に耳を傾ける。
(やっと君に会えるのか・・・・・エリス)
「!!待て、お前は・・・・・・」
(良いか?コレは契約だ。貴様は、貴様の大切なモノを命を賭けて、否、貴様の存在を賭けて守り抜いて見せろ)
「お前は誰なんだ?お前がタケルなのか!?」
(俺の過ちを繰り返すなよ・・・・・・ヤマト)
「・・・・・・!!」
 
声は遠くに響き、俺の意識は急速に現実へと復帰させられていった。
俺は、今でもあの悲しげな声の響きと、最後に俺を呼んだ優しい兄のような声を覚えている。
 
 
 
 
 
 
光が収まり始め、周囲に闇が舞い降りた。
俺は辺りへと首を巡らせ、やがて背後に何者かの存在を感じ、慌てて振り向く。
遙か後方、数十メートル先にレイアとエルが倒れている。
右手に握られた【開眼】にベッタリと付く血糊がまだ新しく、何かを斬った直後であることを物語っている。
 
「これは・・・・・・一体・・・・・・」
 
俺の時間は空白の数秒間を持ち、さらには違和感すら覚える。
両の手へと視線を落とすと怪我は消えているが、明らかに何かで出来た裂傷が起きている。
と同時に背中に違和感を覚えそちらに視線を向ければ、青黒く大きな翼が目に飛び込んできた。
 
「な、何が起きたんだ」
 
訳も解らないまま俺の身体に起きた変化だけが全てを物語っていた。
あの時交わした契約。その結果がこの今の俺を創り上げたのだろう。
血を払い、鞘へと刀を戻しつつ二人に歩み寄る。
 
「レイア・・・エル・・・」
 
声を掛ければ二人は苦痛に顔を歪めつつも身体を起こし、その場に座り込んだ。
何故かその身体に傷は無く、服すらも斬った形跡はない。
ならば俺は何を斬ったというのか?
 
「いってててて。容赦ないね」
「まったくです。ヤマト様と戦うのはもう嫌だったのですが、仕方ありませんよ」
 
自然な口調で話し始めた二人だったが、今の俺には生憎話しかける事ができなかった。
語りたいことは多くあった。
だが、俺にはそれらの言葉を紡ぎ出す勇気が無かった。
 
「何シケた顔してンのさヤマト」
「そうですよヤマト様。貴方は、ご自分の闇に打ち勝ったのですよ」
 
口を開いた二人は初めて出会った時同様、優しく微笑んでいた。
その顔に先ほどまでの暗い淀んだ雰囲気は無く、俺を見る二人の目は暖かく澄んでいた。
滲んでくる視界が邪魔をして二人の顔が見えなくなるが、俺はそれを拭おうとも思わなかった。
 
「何泣いてるのさ?アンタ、そんな格好してさ」
 
エルは相変わらず男勝りでぶっきらぼうな感じはするが、その奥に秘められた優しさと気高さ、美しさは相変わらずだった。
その勝ち気な笑みは俺の右の瞳を熱くさせる
 
「ふふふ、お変わりないようですね?それに・・・・・・こんなにお強くなられて」
 
優しげなレイアの言葉を、いつぶりに聞いただろうか。
優しく見守っていてくれる母のような瞳、レイアの魅力はその瞳と見る者を癒してくれる微笑みだ。
彼女の優しげな笑みは俺の左の瞳を熱くさせる。
 
「そんな格好って・・・なりたくてこうなった訳じゃない」
 
流れているだろう涙をそのままに、俺は純粋に心が晴れていくの感じていた。
それまで蟠っていた罪の意識が雪が融けるように静かに消えていく。俺の心の大半を埋め尽くしていた意識が音を立てて崩れていく。
その時俺は気づいた。二人の身体から静かにマナが解放されていくことに。
 
「お、おい!エル、レイア」
 
微笑みを浮かべたまま、二人はあの時同様また黄金のマナに包まれ、その姿が薄れつつあった。
 
「時間・・・・・・か」
「ええ。もう、残りは少ないですね」
 
事も無げに言ってのける二人を見て、何故か俺も少しだけ笑って見せた。
が、強がりもそこまでだった。
溢れる涙が一層の熱を帯びて俺の頬を伝う。
 
「消えるなよ・・・・・・。もう、俺の前からさぁ・・・・・・!!」
「仕方ないだろ?アタシ達は本当はもう死んでいるんだから。今此処にいるのだって、アンタが今まで苛まれ続けた罪の意識の集合体のようなモノなんだし」
「貴方の全てを鈍らせていたモノ、それは過去に囚われていることだったのですよ。だから、その楔を断ち切るために用意されたのがこの場所なのです」
 
俺の楔を断つため、俺はまた二人を殺さねばならなかったのか?そんな疑問がふと過ぎるが、俺には今そんなことはどうでも良かった。
重要なのは今、また二人が消えそうになっているという事実のみだ。
 
「何でも良いから!消えるなよ!!せっかくまた逢えたのに・・・・・・こんなにすぐに、消えるなよ・・・・・・」
「貴方は、新たな仲間達の許へ帰る事を強く望んだ。その結果、貴方は貴方の中でくすぶっていたモノに火を付けた」
「それは新たなる意志、そしてアンタが望んでいた大切なモノ守る力だ。それを得た今、アンタはアンタの居るべき場所へ、アタシ達はアタシ達の還るべき場所へ戻るのが道理ってもんさ」
 
語りかけられる言葉は俺の中に響き、俺の目には今も戦い続ける悠人達の映像が鮮明に浮かび上がってくる。
しかし過去の罪悪感からか、まだ語り足りなかった。伝えたい言葉は山ほどあるのに、それを伝える時間は無いのだ。
膝から力が抜け、立っていられなかった。俺はその場に座り込み、右手で顔を覆った。
 
「ごめん・・・・・・本当に、ごめん。守ってあげられなくて・・・・・・俺が弱かったから、俺が迷っていたから・・・・・・俺が・・・・・・!!」
「ははは、まだ泣いてるのか?いい加減止めろよ。」
「私たちは貴方を恨んでなどいませんよ。初めて、私たちのために涙を流してくれた方なのですから」
 
そう言って二人は俺を静かに抱き竦めた。
消えて無くってしまいそうなはずの二人からは、そこに確かな温もりを感じる。
俺は、それだけでも十分だった。
 
「今まで、アンタがやってきたことをアンタの中からずっと見てた。アタシはアンタは間違っちゃいないと思うよ」
「ご自分の思うままに、貴方が思うままに生きて良いんです。もう、私たちに囚われないで今をもっと愛してください」
 
顔を上げ、二人を見上げる。
そこにはダーツィで見た様々な思い出に溢れていた。
辛く苦しかった事も、三人で笑い合うことが出来ていた楽しい時間も。
 
「ラキオスの黒スピリット、ファーレーンだっけ?アイツのこと、好きなんだろう?だったら、もっとしっかり向き合ってやれよ。過去にいつまでも心縛られたままじゃ、アタシ達だって浮かばれないよ」
 
薄れ始めるエルの笑顔、そこにはただ一つ、気高さが溢れていた。
 
「私達はいつまでも、どんな時でも貴方をお守りしています。そして貴方の大切なヒトもお守りしています。だから、泣かないで、諦めないで、俯かないでください。いつも貴方を見守り、いつも支え続けていますから・・・・・・」
 
薄れゆくレイアの笑顔、そこにはただ一つ、全てを包み込む慈愛に満ちていた。
 
「だからもう」
「貴方はもう」
『心を解き放ち、自分を縛る鎖など無いと気づいて』
 
 
 
 
その言葉を最後に、再び二人は消えてしまった。
まるで今までの出来事は幻想であった、そう世界が俺に囁いている様にも思える。
俺はその場に立ち尽くし、温もりの残る自分の身体を静かに抱きしめた。
その温もりだけが今二人がそこにいた事をハッキリと認めさせてくれる。
未だに溢れてくる涙は止まってくれそうにもない。
だけど二人が残したこの温もりを、今度は俺が別の誰かへと繋いでいこう。
俺はそう心に決めた。
そして今、あの時言えなかった言葉を・・・・・・。
 
「ありがとう・・・・・・。大好きだったよ・・・・・・レイア、エル」
 
 
 
 
 
 
 
語り終えた俺は外を見ていた視線を下へと移す。
不意に一滴溢れた涙は気にせず、悠人達へと視線を向ける。
 
「と、こんな感じかな。・・・・・・その後は急いで傷に包帯を巻いて、マロリガンまでその“ある人”に送ってもらったって訳さ」
 
悠人と今日子は黙り込み、光陰はやはりいつもの調子で一口お茶を啜るとやがて口を開いた。
 
「それで空白の時間と力の謎につては解った。じゃあ、その瞳は何なんだ?以前は俺たちと同じ黒の瞳だっただろ」
「コレ?コレはそう、二人の置き土産ってやつさ」
「いや、それもあるが、何でお前が来たときに包帯を巻いてたんだ?」
「あぁ、あれは生まれ変わった瞳に脳が追いつかなかったらしく、しばらく目は使わないほうが良いって言われてね。実際、血涙が流れ出たほどだったし」
 
そっと右目の上に手を当て、蒼く染まる左の目で三人を見る。
 
「それでこの左の目はね、マナの動きをより詳しく見れるようになっているんだ。森羅万象の太刀を使うときに現れる擬似魔眼の完成形と言ってもいいね」
 
生まれ変わったこの左の瞳から見えているモノは線、そして覆っていた手を離し右の瞳に映るのは・・・・・・。
 
「右の目には、左とは別に特別な力があってね。例えるなら北欧神話のオーディーンの瞳みたいな感じかな」
「片目と引き替えにユミルの知識と未来を見通す瞳を手に入れたって言うヤツか」
 
光陰の切り返しに頷き返し、納得いかないと言うばかりに首を傾げる悠人と今日子にはとりあえず曖昧に笑いかけておいた。
つまりは、コンマ零秒単位の未来を予知できる能力が右の目に付いたと言うことだ。
コレは俺の力量次第では本当に遠い未来が予知できるのかもしれない。
最も、先の戦闘において極限状態であったからか、はたまた集中力が極端に高まっていたからか解らないが、事実俺はあの白スピリットの魔法を切り裂く自分の姿を右目に見ていたのだ。
ただし、この力は絶対ではない。外れることの方が多いと教えられた。
しかし、同様にこの世界についての知識はそれなりに増えた。
それもこの目の効果だ。
 
「そう・・・・・・。彼女たちの残してくれた大切な力であり、俺が彼女たちから赦しを得られた証だとも思っている。だから、この瞳は彼女たちの色なのさ」
 
そう言った俺は泣くつもりなど無かったが、俯いてみれば静かに涙は溢れていた。
俯くまで気づきもしなかったなんて、ちょっと鈍感だな、俺。
 
「大和・・・・・・」
 
心配そうに声を掛けてくる今日子に笑いかけ、溢れていた涙を拭う。
そして何を思ったか今日子はおもむろに俺に近づくと頭を撫でだした。
 
「ったく、何泣いてんだよ大和。その娘達がいなくても、俺達やここのスピリット達が居るじゃねぇか」
 
意地悪そうに笑う光陰を見て俺にも笑いがこみ上げてくる。
確かに、こいつの前で泣くなんて一生分の弱みを握られたのと同意義なのでは無いだろうか。先ほどの笑みはそれか?
 
「そうだぜ大和。俺たちはいつでもお前を待っている。俺たちは、仲間だし友達だから」
 
地べたに座り込む悠人は人懐っこい笑みを浮かべる。
三人のこんな態度に振り回されるのはなれたつもりでいたが、やはりそうでもなかった。
俺は三人に感謝しながら、改めて生きていたいと想いを強めたのだった。
 
 
 
 
 
 
「それより悠人」
「ん?」
 
お茶を啜ろうとして声を掛けられた悠人はとても不思議な表情でかたまり、俺を上目遣いで覗いている。
苦笑いを浮かべつつも、俺は顎で悠人の後ろにあるこの部屋の扉を指し示した。
 
「??」
 
訳が分からないと言った表情を浮かべる悠人に対し、ジェスチャーで「扉を開けて、すぐに横に飛び退け」と送ってみる。
こういった事には鋭いため意図を理解した光陰は声を潜めて笑い、今日子も意味が解ったのかクスクスと笑っている。
まぁ、若干耳を澄ませれば俺の言いたいことは解るのだ。
「よーく耳を澄ませ」というジェスチャーをすると悠人は目を瞑り静かに耳を澄ませ、やがて理解したのか苦笑いを浮かべつつ立ち上がり、ドアへと近づいた。
 
「そうだ、思い出したよ・・・・・・。ハイペリアにはさ、面白い諺があるよな」
 
俺は聖ヨト語で呟く。
悠人も頷き言葉を聖ヨト語に直してノブを握りしめながら口を開いた。
 
「ああ。壁に耳あり障子に目ありって・・・・・・な!!」
「えっ!うわっ!」
「きゃっ!!」
 
言い切ると同時に力一杯ドアを引き、自身は横にヒラリと身をかわす。
そこに支えを失った数名がなだれ込んでくる。
 
「ヒミカにセリア、ハリオンにネリーとシアー、へリオン、ニムントール、ファーレーン。殆ど全員大集合じゃないか・・・・・・」
 
呆れたように俺が呟くと、みんなに潰されていたヒミカがバツの悪そうに笑っていた。しかしまぁ、何とも言えず見事なピラミッド状態だねアナタ方。
 
「重いから・・・・・・みんなそろそろ降りなさい!」
 
一番下に潰されているセリアが一喝すると、それぞれ思い思いに立ち上がる者、降りてから座る者、そわそわとしている者と様々な反応を見せていた。
その中でも特にヒミカとセリア、ファーレーンは決まりの悪そうに俺を上目遣いでのぞき込むようにしていた。
 
「はぁ〜・・・・・・どこから聞いていたんだい?」
 
額に手を置き、俺は少しだけ呆れ気味だった。少々ヤケだったというのもある。
 
「え〜っと、その・・・・・・」
「どこから?」
 
腕を組んでセリアに近づき、少しだけ彼女の整った顔に自分の顔を近づけ、俯きがちな彼女の瞳をのぞき込む。
俺は近すぎてわからなかったが、光陰と今日子曰く「セリアの顔が若干赤らんでいた」そうだ。
 
「各々バラバラでしたが・・・私とヒミカはほぼ最初から・・・・・・」
「申し訳ありません・・・・・・立ち聞きするつもりは無かったのですが、珍しい言葉が聞こえたものですからつい・・・・・・」
「皆さんがお久しぶりに会われたそうなので〜。わたしは〜お菓子でも〜と思いまして。それで〜、ヒミカとセリアが扉に耳を・・・・・・むぐっ」
 
慌てた様子でヒミカがハリオンの口を塞ぎ、抵抗も見せないハリオンはただただ笑っている。何でそんなに笑っていられるのだろうとこっちが不思議になるくらい、彼女はいつも笑っている。
 
「まぁ、いいけどね。でも、話しが聞きたいのなら入ってくれば良かったんだよ。何も立ち聞きなんてしなくても・・・・・・」
「いえ・・・・・・皆様のお邪魔になるかと思いまして」
 
本当に申し訳なさそうにファーレーンが呟き、横にいるニムは何故か怒っているようだった。しかもその矛先は・・・・・・俺?
ネリーとシアーはいつの間にか俺の足下に来ており、喉が渇いていたのか俺の飲み残しのお茶を飲み干し、ティーポッドから汲んでコクコクとお茶を飲み続けている。
光陰はその二人を見ながら、何処か遠い世界へ旅立ってしまったようだった。
 
「いや、邪魔になるなんて事はないよ」
「そうよ。むしろ女の子はあたししか居なかったからちょっと寂しかったのよね」
「女の子〜?何処に居たんだ?」
 
今日子の言葉に反応し、光陰が首を周囲に巡らせる。
そんな態度が頭に来たのか、今日子はハリセンをどこからとなく取り出した。
そのハリセンはパリパリと空気に触れて小さく弾けた音をたてている。
 
「アンタってヤツは・・・・・・本当にもう・・・・・・!!」
 
『主殿、少々危険だ。出来ることならそこのお二人には退室を願った方が・・・・・・』
 
【開眼】が警鐘を鳴らし始めたその時、悲劇は起こった。
目映い光が光陰を包み、凄まじい音と共に圧倒的な熱量を感じる。
 
「ぎゃあぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」
 
遅かったようですね、はい。
光陰は断末魔を残し、本当に何処かに旅立ってしまったようだ。
 
「今日子、頼むから俺の部屋を破壊しないでくれ」
「大丈夫よ。手加減はしておいたから。コレも死んでないし、床も焦げたりしてないはずよ」
「いや、光陰から落ちる煤が・・・・・・」
「お前・・・な・・・部屋より・・・俺の心配を・・・・・・しろっ」
 
黒こげで床に倒れ伏したまま光陰は何か呻いているが、とりあえず気にしないことにした。
耳を塞ぎ、目を強く閉じていたみんながこちらに向き直った。
 
「では〜今からでもお話に混ぜていただいてもよろしいですか〜」
 
ハリオンが光陰を一瞬見たような気がするが、華麗にその存在をスルーした。
ポンと手を叩き、誰もが安らぐ無敵のスマイルを一輪咲かせる
華の零れるような笑顔に俺もつられて笑顔になっていた。
 
「あぁ。構わない。みんなで話しをしよう。悠人も、それで良いよな?」
「おう。全く構わない。たまにはコッチのみんなとも交流を持たないと」
「決まり!じゃあ、みんなで食堂に行きましょ!大和の部屋じゃ殺風景過ぎて会話って感じじゃないし」
「放っておいてくれ」
 
 
 
 
 
 
ワイワイと大所帯になってしまった一団に囲まれ、俺は静かにため息を吐く。
みんなが降りていく中、部屋の片隅に作った十字架を手に取り、そっと机の引き出しにしまい鍵をかけた。
もうこの十字架は、俺が背負い続ける必要は無くなった。
俺とレイアとエル。消えてしまったけど、支えてくれる二人と一緒に支えていくのだ。
 
「ほらヤマト様!早く下に行こ〜!」
「行こ〜」
 
ネリーとシアーが俺の手を取り引っ張る。
引っ張り出されて俺はバランスを崩しながらも廊下に走る。
 
「わかった!わかったって!今行くから引っ張らないでく・・・・・・おっと!」
「ぐえっ!」
 
何か「ぐえっ!」と呻く物に躓き完全にバランスを崩してしまい、前傾に倒れ込みそうになる。
しかし訪れたのは床の固い感触ではなく、何か柔らかいものに顔が包み込まれる感触。
 
「ん?」
「あらあらあら〜。ヤマト様、いきなり抱きついてきて〜どうしたんですか〜」
「うぇ!ハ、ハリオン!!ごめん!!」
 
突っこんだのは丁度ハリオンの豊満な胸だったようで、軽く抱きかかえられるようにして俺は支えられている。
ニコニコと笑うハリオンの顔が近くにあり、彼女の柔らかさに包まれ、俺は自分の顔に血が集まっていくことがわかる。
 
「あぁ〜ハリオン、ヤマト様ギュってしてずるい〜!ネリーもギュってする〜!!」
「シアーも〜!」
「そんなことで張り合わなくて良いから!は、ハリオンもいい加減離してくれ!!」
「そうですか〜?残念です〜」
 
心底残念そうにハリオンが俺を離す。
顔の赤さを隠すようにネリーとシアーに手を引かれるまま、急いで階下に降りた。
ゆっくりと付いてくるハリオンは笑っているようだが、後ろを振り向く気にはならなかった。
(うあ〜まだ顔が真っ赤になってる自信がある)
食堂に入れば談笑していたみんなが振り向き、俺を見ている。
 
「ほら、遅いよ大和。早く座んなさい!!」
「どうされたんですかヤマト様?顔が赤いですよ」
 
元気な今日子の声とヒミカの不思議そうな声。
 
「ほれ、お茶飲むだろう?セリアのブレンドしたオリジナルティーだそうだ」
「あ、あの!わたし、カップ用意しますね!」
「お口に合うかどうかわかりませんが、今はコレしかありませんから」
 
悠人のいつも通りの優しげな中にも力強さを感じる笑顔。忙しく慌てているようなへリオン。しかし彼女には何となく癒される。セリアは何故か顔を赤くしながら怒ったように顔を背けた。
 
「突っ立てないで、ヤマトも早く座ったら」
「こらニム。あ、ヤマト様、こちらにどうぞ」
 
相変わらずツンとしたニムと、相変わらず柔らかく微笑むファーレーン。
 
「ああ。ありがとうみんな」
 
俺はファーレーンの横の椅子に座り、みんなの顔をざっと流し見る。
心の中で小さく“ただいま”と言ってみると、横に座るファーレーンが俺の方を向いていた。
悠人と今日子がいるため覆面だけを外した彼女は小さく微笑み、俺の耳元へと唇を寄せた。
 
「お帰りなさいませ、ヤマト様」
 
俺の心を読んだかのような一言に驚きを感じながら、ふっと息を漏らし俺も彼女の耳元へと寄せる。
 
「ただいま、ファーレーン」
 
と一言を言い、そっとその白磁器のような頬に小さくキスをした。
素早く身を戻し、お茶を啜る。
横にいる彼女の顔が真っ赤になっているのを視界の端に確認すると、何だか俺まで顔が赤くなってきた気がする。
幸い周囲は談笑していて今の俺の行為に気づいたヤツは居なかったようなので、ちょっとだけ安心する。
ただ、ハリオンだけが俺の方を見ながらニコニコしていた。
目が合うとニッコリと満面の笑みを浮かべ、悠人達との会話を再開した。
(もしかして、見られた・・・・・・?)
 
 
 
 
その頃、黒こげ光陰はというと・・・・・・
 
「誰か・・・マジでそろそろ・・・助けてください」
 
未だにヤマトの部屋に放置されていましたとさ。
ちゃんちゃん♪
 
 
 
 
 
 
今もその身に残る彼の者達の温もり。
忘れぬようにそっとその胸に抱きしめ、青年は未来へ繋ぐ。
赦された心は軽く、解放は壊れかけたその温もりを再び青年に灯す。
宿る命の意味に出会い、この命を運ぶためにその命を燃やす。
解き放たれた大いなる力は命を燃やし、遙か遠い未来へと青年を導く。
灯した命の火を、未来へと繋ぐために青年は大いなる敵へと挑むだろう。
命という温もりを運ぶこと、それが運命である・・・・・・。
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