ソネスの月 赤みっつの日 昼 ラキオス 大和の部屋

 

 

 

 

 

 

今日は珍しくラキオスに雨が降っていた。

陰鬱とした空、まるでバケツをひっくり返したかのような雨。

・・・・・・俺には空が泣いている様に思えた。

何かに怯え、何かに戦慄するかのように。

何かを嘆き、哀しみを訴えかけるように。

生まれ変わった相棒【開眼】の手入れをしつつ、窓の外を眺める。

ヤマト隊の面々は第二詰め所に籠もり、マロリガンと前線でにらみ合っている悠人達の変わりに防衛する事になっていた。

 

「さて、っと。手入れ完了。みんなとお茶でも啜りますか」

 

【開眼】を鞘に戻し、腰に提げ直して立ち上がる。

ドアノブに手を掛けた途端、ふと視線を感じ、その場で振り返る。

そこにはいつも道理の整然とした部屋があるだけで、特に変わった様子はなく、窓の外にも人はいるはずがない。

 

「気のせい・・・・・・か?」

 

不吉な音を立てて降り続ける雨に、俺の心は何故か酷く掻き乱された。

 

 

 

 

 

 

そんな雨の旧ダーツィ領に一人、漆黒を体に取り巻く男が来訪した。

 

「さて、彼は何処かな?・・・・あぁ、ラキオスの方でしたか?」

 

男は雨にうたれつつ、嗤っていた。

青年の周囲はクレーターの様に穿たれており、そこにはラキオス兵の鎧などが散乱している。さらに周囲を見渡せば、ラキオス軍一個中隊規模の軍勢が物言わぬ亡骸と化していた。

 

「おっと、いけないいけない。余計なことをしすぎてはテムオリン様に叱られてしまいますからね・・・・。目的はただ一つですね」

 

腰に下がる二本の剣が妖しく輝き、青年の瞳も同様の光を帯びる。

 

「楽しみだな・・・・・・また君に会えるんですね。以前、殺し損ねましたからね。ちゃんと殺してあげないといけませんよね。ねぇ、タケル?」

 

嗤っていた、嗤っていた、嗤っていた嗤っていた。

狂気を放ち、漆黒を纏い、破壊をまき散らしながら。

 

「さぁ、ボクはここにいますよ?早く気づいてください・・・・・タケル」

 

 

 

 
 
 

        創世の刃

               永遠のアセリア another if story

               act 13 空はいつも泣いてた


 
 
 
 
 
 

            同日 ヨーティアの研究室

 

 

 

 

「しっかし、もの凄い雨だねぇ。こう湿気が多くちゃ天才様の頭脳が働かないよ」

「そんなことはどうでも良いんですが、だから何の用ですか?」

「つれないねぇ〜。この水も滴るいい男が」

 

まず明言しておきたい。

水が滴っているのはお前のせいだと。・・・・このマッ○サイエンティスト。

急用だからと言ってイオに俺を呼びに来させ、こんなにずぶ濡れになったんだよ。

打ち震える拳を必死に隠し、俺はイオから貰ったタオルで頭をガシガシと拭いている。

 

「・・・・・・用が無いなら帰りますよ?コレでも庶務が溜まっていて忙しいんですから」

 

そんな事を言っても目の前にいるマッ○は、ケラケラと笑っているだけ。

俺はこの人が女だと言うことも忘れ、何故か必殺の右をくれてやりたくなった。

が、唐突に雰囲気が変わり、マッ○の空気が研究者のそれに変わる。

 

「じゃあ、本題に入るぞ」

「早くしてください」

「お前の神剣、【開眼】だったか?その神剣についてだな、面白い書物が見つかったんでな。お前に渡しておこうと思ってな」

 

机の上に置かれた古びた一冊の本と、真新しい紙に書かれた写本。

そのどちらにも表紙に[創世の書]と書かれていた。

 

「この中にお前の神剣についての記述が見つかった。最近まで出てこなかったいわく付きの代物だが、まぁ読んでみるといい」

「何か気になることでも?」

 

ヨーティアは答えず、変わりに煙草に火を付けた。

独特の香りが室内に充満し、俺は少しだけ居心地が悪くなった。

 

「ちょっと・・・ね。内容は読めば判るだろうが、先に言っておく。コレはおぞましいものだ。あたしが今まで読んだ神剣関連の文献の中でも・・・とびきり、ね」

「そんなモノが何故今になって?・・・・第一、こんなものがあったのなら、とっくの昔に出てきててもおかしくないのでは?」

「・・・・問題はそこだ。何故今頃?どうしてコレが?などと言いだしたらキリがない。

だから、とりあえずお前はそれを読んでおいてくれ。まずはそこだ」

「・・・まぁ、納得いかないところもありますが、判りました」

 

煙草を灰皿に押しつけ、いらだたしげにヨーティアはため息を吐く。

その後すぐに、「考え事をする」と言ったヨーティアに追い出され、俺は研究室を後にした。

急に呼び出しておいて、終わったらすぐに帰れなんて・・・・・・。

ちょっとだけ理不尽。

 

 

 

 

 

 

    ソネスの月 赤よっつの日 昼 ラキオス城 謁見の間

 

 

 

 

ランサへと出陣の準備をしていた俺のところに、一つ急報が入った。

=旧ダーツィ首都キロノキロ近郊でラキオス軍第六師団第五中隊全滅=

その知らせを受け、俺と隊の副長であるファーレーンは謁見の間へと呼び出されていた。

 

「・・・・・・由々しき事態です」

「ええ。それで、我々を呼んだのでしょう?」

 

若干青ざめた表情のレスティーナ。今日はその横にいる侍従が俺に書状を渡してきた。

書状を受け取り、素早くその中身を確認すると、次のような事が書かれていた。

 

 

=命令書

スピリット隊・剣術指南役【開眼】のヤマト、列びに【月光】のファーレーン両名は直ちに旧ダーツィ領・キロノキロに向かわれたし。

原因の調査・究明をし、その後可能であればそれを排除すべし。

そして原因の排除まで、ダーツィに駐屯を命ずる。

 

                ラキオス女王 レスティーナ・ダイ・ラキオス=

 

 

「今は前線には赴かずともよい。早急に調査・解明を頼みます」

「了解しました。これよりヤマト・ファーレーン両名はダーツィに向かいます。・・・・が、出来れば前線からエスペリア・グリーンスピリットを同行させる許可を頂きたい」

 

どことなく憔悴しているレスティーナは力なく頷き、そして自分の寝室へと戻っていった。

無理もないだろう。今まで何も起きなかった場所で、一個中隊が全滅したというのだから。

かくいう俺も、これを聞いたときには腑が煮えくりかえりそうになった。

レイアの・・・・・・エルの眠る場所であんな惨劇が繰り替えるされるなどと、正直犯人を今すぐにでも暴き、ブチのめしてやりたい気分だから・・・・・・。

 

 

 

 

ヤマト隊はその後ランサに向かい、悠人に事情を話し、そこでエスペリアを一向に引き入れ、ニム・ネリーと別れ、キロノキロへと向かう事にした。

悠人に前線を完全に任せきってしまうのは申し訳なく思ったが、これも任務と割り切り、俺は悠人に残りを任せることにした。

調査隊のメンバーは俺・ファーレーン・エスペリアそして何故か着いてきていたヨーティアとイオ。

ヨーティア曰く、気になる事があるらしい。

俺もあの雨に日に感じた胸騒ぎが再び湧き起こり、何故だかとても落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

 

    ソネスの月 緑ひとつの日 ダーツィ 昼 キロノキロ 

 

 

 

 

案の定、街の雰囲気は異様な物なっていた。

城門前に穿たれた大きなクレーターに、そこに突き立つ数々の剣。

まるで趣味の悪い映画を見ている様だ。

(まるで中世の戦場に作られた墓場じゃないか・・・・)

そう思えるほど多くの剣が地面に突き立ち、また何かが腐った様な異臭を放っていた。

 

「これは・・・・・・何て事を・・・・」

「こりゃあ思ってたより酷いね・・・・・・。まるで創世の書の一節をそのまま再現したみたいだね。・・・・読んだだろう、ヤマト」

「・・・・・・第二章五節 “流転の墓場”の一節でしたか?」

 

思い出し、ヨーティアに渡された創世の書を開いた。

 

 

 

 

“流転の墓場

 

 

封ぜられし記憶。全てはこの日のために。

そなたがために、我は血塗られた過去を再現しよう。

神に捧げられし数多の魂は闇に閉ざされ、大地に突き立つ剣は煉獄を彷彿とさせる。

語る言葉を知らぬ屍は何ものをも語らず、辿り着きし戦士は何ものをも知らず。

穿たれた大地が全てを物語る。

ただ己の無知を呪うが良い。ただ我が前にひれ伏せ。ただ我が前に壮絶な最期を向かえよ。

舞い降りる翼は汝が為の翼に非ず。剣は汝の手にありて、広げるべき翼は非ず。

汝、怨憎会苦の果てに生を見いだせ。

      【開眼】せし戦士よ     いざ、我と戦わん。

 

             誰がためにか、我よ、我に抗って見せよ。

                  果ての地にて 

                   調律者タケル 此処に記す”

 

読み終えた創世の書をバッグにしまい、その目で辺りを見渡す。

亡骸、剣、鎧。大地に穿たれたクレーター。

まるでこの一節を知っている者がやったかのように見事に再現されていた。

俺はそこに差異を感じるも、確かに俺こそが無知なる戦士なのではないだろうか?と考えていた。

 

「ッ!」

 

突然、頭の中に映像がフラッシュバックしてきた。

・・・・・・男が血だまりの中、愉悦に顔を醜く歪ませながら、迫り来る戦士達を右手にある大きな刃で切り裂き続けている。

地獄を彷彿とさせるその場所の中心で、男はただただ笑っているのだ。

若干の眩暈を覚えその場からよろよろと数歩後ずさり、崩れかけた体を後ろにいたファーレーンに体を支えられる格好となる。

 

「ヤマト様、大丈夫ですか?顔色が優れない様ですが・・・・」

「・・・ん?あぁ、問題ないよ。すまないファーレーン」

「いえ。それなら良いのですが」

 

自らを奮い立たせ、やっとの思いで吐き気を押さえ込みつつ立ち上がる。

エスペリアが俺の肩に手を置き、心配げに声をかけてきた。

 

「それでも、ご無理はなさらないでください。無茶をしすぎて倒れたと、セリアから報告は受けています」

「判ってるよエスペリア。うん・・・・わかってる」

 

小さく頷きつつもこみ上げる吐き気は止めどなく、俺は言い難い感情だけを持て余していた。

 

 

 

 

 

    シーレの月 赤みっつ日 夜 ダーツィ・クレーター

 

 

 

 

俺は兎に角、剣に刻まれた名前をリストアップしていった。

突き立つ本数が多いため、それだけの作業にかなりの時間を費やしている。

中には文字が掠れて判別しづらい物もあった。

その後、その剣を何本かと鎧数着を引き抜き、折れ方・傷つき具合などを調べ続けた。

さらにいくつかの亡骸を調べ、そこから導き出された答えを端的に述べよう。

 

“この世界の物とは思えないほど鋭い切れ味を持った剣に、鉄が寸断された。または、かなりの高出力な神剣魔法により、鎧などごとまとめて引きちぎられている。”

 

と言うことぐらいしか判っていない。

何よりそんなことが出来そうなのはスピリットかエトランジェだと思うが、ラキオス・マロリガンの両国については戦争中と言うことで除外出来る。

・・・後は帝国、秋月だが・・・アイツがこんなところに出てくるとは考えにくい。

そうなると誰がこんな惨劇を巻き起こしたのか、皆目検見当もつかない。

生温い風が大地を凪ぎ、俺は空を見上げながら死者の冥福を祈ることくらいしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です、タケル」

「っ!」

 

突然掛けられた一言。その一言に込められた殺意で、俺は指一本動かすことが出来なくなった。それどころか呼吸までもが苦しい。

振り返る事も出来ず、俺はその場に立ちつくし、ただただ接近してくる誰かの気配を感じ続けるだけだった。

 

「どうしましたタケル?・・・・・・もしかしてたったこれだけの殺気で動けなくなったとでも?ずいぶんと弱体化したモノですね」

「・・・・・・アンタは誰なんだ?それに俺はタケルなんて名前じゃない」

 

かすれる声でそう絞り出し、最大限の気力を振り絞って後ろに振り返る。

振り向くとそこには彫刻のような美青年が立っていた。

一対の青い双剣を持ち、切れ長に整った目元に人間とは思えない酷薄な光を灯していた。

心なしか何処かで出会ったことのあるような不思議な印象を覚えるが、対峙する男は凄まじい殺気を俺にぶつけてくる。

 

「やぁ・・・・覚えてますか?ボクですよ・・・・タケル。“水月の双剣”メダリオです」

「メダ・・・・・・リオ・・・・・・?」

「あの神剣は何処に行ったのですか?その神剣は貴方のではないでしょう?」

 

訳の判らないことをひたすら話し続けるメダリオ。

俺の身体はやっと言うことをきくようになり、いつでも刀を抜けるよう構えをとる。

バックステップで数歩分さらに距離をとり、男と対峙する。

その間、メダリオは追い打ちするでもなく、その場に立ったまま俺の行動を眺めていた。

 

「誰だか知らないが・・・あの神剣なんて知らないし、俺はタケルなんて名前じゃ無いって言ってるだろう」

「おや?そう言えば髪の色も瞳の色も違いますが、面影はタケルのものですね。・・・・・・でもこの気配、やはりタケルです。つまり、貴方がタケルです」

「本当に訳の判らない奴だ。何も知らない、タケルなんて名前じゃない。何度言わせる?それにこの髪も瞳も生まれつきだ。悪かったな」

「へぇ?何処でどう生まれたんです?その時の記憶はあるのですか?」

「・・・・・・知るか。そこまで話す必要が無い」

「相変わらず気の強い事です。・・・テムオリン様から記憶を封じられているとは聞いていましたが、此処まで強く封じられたとは。・・・・やりますね、混沌」

 

乾いた笑みを浮かべ、メダリオは柄に手を添える。

俺は精一杯の強がりで自分を奮わせる。

 

「良く喋るな・・・・・・。舌噛むぞ?」

「ご心配なく。以前の貴方ならまだしも、今の貴方に遅れをとることはあり得ませんから」

「以前も何も、俺はお前に会ったこともない。つまり、お前が探しているタケルとか言う奴じゃない」

「・・・・ははは。いやでも思い出してもらいますか。コレでね」

 

男は二本の剣を引き抜き、無為の構えをとる。

だらしなく両手を下げているが、直感的に突っ込んだら危ないと言うことは悟っている。

俺も【開眼】を引き抜き、正眼で構える。

しかしどう足掻いたところで勝ち目が無い、これは対峙しているからこそ理解できる。

男はダンスでも踊るかのように軽くステップを踏み始め、俺の出方を窺っている様だった。

しかし俺も様子を見るため、そこから動かずに相手の出方を待った。

 

「・・・・ふむ。本当にタケルらしく無いですね。じゃあ、こちらから・・・・行きますよ」

 

瞬間、俺の視界から男が消え、何かが風を切る音だけがあたりに木霊する。

まるで鉄球の様な質量を持ったもの突っ込んでくる程の風圧を感じ、俺はとっさに身体を横に跳ばせる。

大地を切り裂くような轟音を轟かせ、メダリオが俺の真横に着弾する。

すると俺が先ほどまで立っていた位置が重機で抉られたかのように陥没し、大規模のクレーターの中に小規模のクレーターを形成した。

それはここで起きた惨劇の痕の様に・・・・・。

 

「この痕・・・・・・貴様か!」

「あぁ、あのゴミ掃除ですか?貴方が居るはずの此処に居なかったので、とりあえず暇つぶしを兼ねたのですが、思い出しましたか?終焉を迎えた世界を」

「なに訳のわからないことをッ!あれだけの人を殺して・・・・何も感じないのかっ!!」

「何を感じるというのですか?まさか死者を悼めとでも言うのですか?・・・はっ!寝言はよしてください。そんな莫迦らしいこと、ボクがすると思いますか?」

「貴様の様な外道、許せるか!」

 

うがたれた穴からメダリオがゆっくり身を起こし、再び俺に突撃してくる。

殺気は微塵も衰えず、寧ろ爆発しそうな勢いになっている。

俺の限界まで絞り出したオーラフォトンが、夜の闇に染みこんでいく。

その光に共鳴するように輝きを増す【開眼】と、ヤツの双剣。

俺も負けじと足下でオーラフォトンを爆発させた。

 

「今度は・・・・こちらも行くぞ!!」

「良いでしょう。遊んで差し上げます」

 

すれ違いざまに一合。

閃く剣閃がぶつかり合い、重たいメダリオの一撃に右手が鈍くしびれる。

振り向きざまに二合目。

俺の持てる最速の踏み込みから、切り上げるように逆袈裟の一撃。

対応するかの様にメダリオは剣を交差させ、自分の身体を守る。

そのまま一方は俺の刀を押さえつけたまま、もう一方は俺を狙った突き。

身体を捻り、無理矢理の体勢でその突きをよける。

そのまま一刀を捌き、メダリオが体勢を崩す。

 

「おや?」

「貰ったぁっ!!」

 

身に纏うオーラフォトンをフル・バーストする。

身体の周りで何かが爆ぜる小さな音が響き、銀光が俺の身体を包み込む。

捻りと捌きで得た運動エネルギーをそのまま破壊力に純変換し、至近距離から・・・。

 

「虚空の太刀・閃!!」

 

虚空の太刀を応用し、狭い範囲に力を収束した鎌鼬。

この距離で鎌鼬を放てば俺も只では済まないだろうが、俺はそれを顧みずに刀を振り抜く。

甲高い金属音が響き、砂埃を巻き上げてメダリオを吹き飛ばす。

クレーター中央から10メートル吹き飛ばしたところで砂埃は収まり、ゆっくりと砂埃がはれていく。

俺は目を疑っていた。

砂埃が晴れたその場所には壮絶なまでの笑みを浮かべたメダリオが立っている。

 

「いやいや。さすがはタケル、と言ったところですか。腐っても貴方だ。すばらしい」

 

言う声には感嘆の響きすら感じられた。

身体に走る大きな傷から流れる赤いモノなど気にした素振りも見せず、何処か喜びに満ちた笑顔で笑うメダリオ。

流れ出る血すら俺に絶望を植え付けた。

 

(まさか・・・そんな・・・!?)

 

メダリオは神剣を強く握り直し、身体の前で交差させて構える。

身に纏うオーラフォトンは密度を増し、夜に生える蒼が輝く。

 

「さぁ、殺し合いましょう!死合いましょう!!今度は少し本気ですよ、タケル!!」

 

再び姿が雲散霧消し、超高速で接近するメダリオの殺気は確かに身体中に感じている。

突き刺すような、それで居て何処か心地の良いモノ。

 

「認めない・・・・・・!認めたくなど、ない!!」

 

刀を翻し、俺も一陣の風となる。

・・・・・・しかし、風対暴風では勝負は見えていた。

俺が一撃を繰り出す間に、メダリオは五発は攻撃を繰り出していた。

そのどれもが俺の身体を正確に捉え、打ち据えていく。

急所をギリギリはずし、まるで俺を試すかの様な攻撃だった。

最後に喰らった蹴りで、クレーターの端まで吹っ飛ばされていく身体。

鈍い音が俺の耳に届いたときには、漫画さながらに俺はクレーターの壁面にめり込んでいた。

「がっ!・・・くうぅ・・・・・・何・・・だと?」

 

ぶつかった衝撃で呼吸が一瞬止まり、呻くように小さく声を絞り出した。

悠然と中央に立っているメダリオを、俺はただただ呆然と見ているしか出来なかった。

急所を外れているも、的確な攻撃。本気であの剣で斬りに来ていたら、首・胴・腕・両足に見事に寸断されていただろう。

久しぶりにこみ上げてくる血液を口からはき出し、壁面から身体を引きはがす。

 

(こりゃ…あばら何本かイってるな)

 

先ほどの一撃だけですでに足に来ていて、立っているのもやっとな状態になっていた。

制服の袖で口から流れ出てくる血を拭い、かすむ視界にメダリオを捉える。

 

(圧倒的だ・・・・・・何だこいつ・・・・・・)

『主殿!!今はまずい、引かれよ!!!』

(引けって、無理言うなよ)

『某が力を解放する。その力を持って一時逃れよ』

「ったく、無茶言ってくれるなよ」

「何を話しているかは知りませんが、戦場で敵から目を離すなどと・・・・・・最低ですよ」

「ッ!ちぃ!!」

 

あわてて横に跳ぶも、よけ損ねた左足に双剣が掠める。切れ味の良さはすばらしく、血が出る暇もなく力が失われる。着地した先で膝をつき、その頃になって血が流れ出した。

俺は改めて自分の迂闊さを呪った。

 

「ほら、また惚けている。・・・はぁ、殺されたいのですかタケル?」

 

切っ先を俺に向け、余裕を感じさせる声色で俺を挑発するメダリオ。

苛立ちが募り、まともに【開眼】の力を使いこなしきれていない自分を呪う。

弛緩した左足に活を入れ、自らを奮い立たせる。

 

「調律者・・・・・・本当にタケルじゃ無いのですね。がっかりですよ。ミトセマール達に殺させるくらいならいっそのこと・・・・・・ボクの手で引導を渡して差し上げましょう」

「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・はぁ」

 

とぎれそうな意識を必死につなぎ止め、眼前に迫る死の恐怖と戦う。

以前とは違う死の感覚に、俺は恐怖というモノを覚えた。

ザリザリと土を踏みしめ、一歩一歩死神が俺に近づいてくる。

俺の目の前で止まり、長剣を振り翳すメダリオ。

死なないという意志を持っていても、身体がそれに応じてくれない歯がゆさを感じる。

体から力が抜けていき、右手から【開眼】が乾いた音を立てつつ地面を転がる。

力なく膝から頽れてしまい、それでも瞳だけはメダリオから離すことは無かった。

 

「さぁ、サヨナラです・・・・・・タケル!!!」

 

すでに薄くなっている視界に大きく映り込むメダリオは、右手を上に振り上げていた。

振り下ろされる鋭い刃。

 

(あぁ・・・・・・今度こそ俺は死ぬのか・・・・・・な)

 

走馬燈は浮かんでこず、最後に見たのはメダリオの悲しげな瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

「アイアンメイデン!!」

「ウィンドウィスパー!」

 

黒の衝撃が辺りを包み、風の障壁が大和を包み込む。

慌てて刃を翻し飛び退くメダリオ。

粉塵が巻き起こり、ヤマトの居た位置が判らなくなる。

・・・といっても、神剣の気配が動いていないので粉塵の中に居ることは確かだ。

小さく舌打ちをして、身体をゆっくりと起こす。

 

「ヤマト様!大丈夫ですか!?」

「ファ・・・・・・レーン?」

「動かないでください。ただ今治療いたします」

「エスペリア・・・・・・?」

 

俺の身体に再び活力が宿り始め、朦朧としていた意識がすっきりとはれていく。

優しげな大地の光に包まれ、俺は再び立ち上がることが出来た。

転がっていた【開眼】を拾い上げ、杖代わりにしてやっとだが。

 

「助かった。ありがとう二人とも」

 

油断無く構えながら小さく頷くファーレーンと、安心したかのように微笑みを浮かべるエスペリア。二人の頼もしい助っ人を得て、何とか自分を奮い立たせる。

 

「せっかくの機会を・・・・・・。とんだ邪魔者ですね」

 

薄く凶暴な微笑みを浮かべつつ、メダリオは小さく首を捻った。

 

「貴方は何者ですか!?それに・・・・・・許しません!!」

「ここで起こった惨劇は貴方が・・・・・・」

 

居合いの姿勢のままファーレーンは声を上げ、エスペリアは周囲を見渡しながら小さく呟いた。

 

「気をつけろ二人とも。アイツ、普通じゃない」

 

俺も立ち上がり、気合いで今度は下段に構える。

対峙する敵から感じる殺気が大きな波の様に押し寄せ、エスペリア・ファーレーンが一瞬たじろぐ。

そのまましばらく、両者は動かずににらみ合いになった。

 

 

 

 

そのとき、世界に声が響いた。

それは少女のように幼く、老婆の様に威厳に満ちた声で。

 

「メダリオ、何を遊んでいるのですか。もう約束の時間は過ぎています」

「しかしテムオリン様!まだ調律者は!!」

「使えぬ駒などいりません。それより、戯れはそこまでにして、もう戻りなさい」

「私は!調律者を殺すためだけに生きている!!なぜだ!!今の力のない状態の彼を殺さなければいずれ!」

「そのときはそのときです。さぁ、戻りなさい。それとも・・・・消されたいですか?」

「くっ・・・・・・!!了解」

 

やがて世界から声が消え、悔しげに毒づくメダリオの足下に魔法陣が生まれる。

光は線を描き、やがてメダリオを包み込んでいく。

神剣を鞘に戻し、俺たち三人を睨み付けるように見ると、少しだけ顔を俯ける。

やがて何かを思い立った様に顔を上げ、静かに口を開いた。

 

「タケル」

「俺はそんな名前じゃない。俺は、一條大和。それ以下でも、それ以上でもない」

「ふふふふ。君の本当の名前はタケル。それだけ覚えておいてください」

 

薄れていくメダリオの身体。そして哀れむよな瞳。

なぜそれを俺に向けるのか?

 

「待て!!お前は誰だ!!」

「ボクは“水月の双剣”メダリオ。それ以下でも、それ以上でもない」

「何だと・・・・・・?」

「君もそういっただろう?ボクもそう言っただけさ」

「答えになっていないだろう!?いったいお前は何を知っているんだ!!タケルって・・・・・・調律者って何の事なんだ!?」

「ならば、君の口癖だったことを言おう。“幻想にすがるくらいなら、そのすがるモノ全てをぶち壊せばいい。それが調律者の役目だ”」

「何訳の判らないことを!!」

「判らなくても、いずれ全て判るときがくるよ。・・・・・・そのときまで、死なないように。・・・・いや、ボク以外に殺されないように・・・・・・フフフフ、ハハハハハ!!」

 

笑い声を残し、男は消えていった。

俺の身体に恐怖と敗北を植え付けて。

再び空から雫が降り始め、やがてそれはとても強い雨に変わった。

空を見上げたまま雨に打たれ続け、制服やワイシャツが気持ち悪くなるくらいベッタリと張り付いてくる。

血を洗い流してくれている雨は、恐らくこのことを伝えようとしていたのだろうか。

しかし音を立てて降り注ぐその雨は、とても悲しい雨だった・・・・・・・。

 

 

 

 

     シーレの月 赤よっつの日 ダーツィ ヤマト達の宿舎
 
 
 
 
昨日から降り続く雨は弱まってきて、今はすでに小雨状態になっていた。
 
「そうかい・・・・・・。騒がしいと思ったらそんなことになってたのかい」
「ヤツは凄まじい強さでしたよ。俺が・・・・・・弱いということもありますけど」
 
俺に割り振られた部屋、ベッドから上半身を起こして座っている俺の横で、ヨーティアは静かにお茶を飲んでいた。
壁に立て掛けられた【開眼】は不機嫌そうに、今は黙り決め込んでいる。
俺はエスペリアに渡された薬を少しずつ飲み下しながら、ヨーティアの取材(?)を受けているところだ。
昨晩、イオがマナ異常を感じ取り、ファーレーンとエスペリアが俺を助けに来てくれたのだとヨーティアは言う。
もし二人が来ていなかったのなら、俺は間違いなくこの場に存在しなかっただろう。
 
「いや、そんなことは無いはずだね。ヤマトがエトランジェの中では間違いなく1・2を争う実力の持ち主だって事は、言えることだ。・・・・まぁ、帝国のエトランジェはどれほどだか知らないけどねぇ」
「それはありがとうございます。しかし、ここまでやられたとあれば何とも言い難いです。・・・・・・ヤツの強さは尋常じゃ無かった」
 
思い出しただけで身震いがする。
ヤツの瞳が湛えていた酷薄な光。絶望的な力の差。圧倒的なスピード。
どれをとってもこの世界の人間とは思えなかった。
俺の知らないエトランジェなのかととも思い、ヨーティアに聞いてみたが。
 
「それはない。あたしの知る限り、エトランジェ用の神剣は【求め】、【誓い】、【空虚】、【因果】の四本と、例外として確認されているのはアンタの【精進】・・・・・・今は【開眼】だっけ?とにかく、それだけだ。・・・・・・まぁ最も、あたしの知らない物があるかも知れんがな。それでも、それら以外が確認された話は今のところ聞いたことがないしねぇ。それに・・・・」
「それに?」
 
タバコに火をつけてゆっくりと吸い込み、大きくため息と同時にはき出す。
何か答えを渋るような、そう言った感じに思えた。
珍しく難しい顔のまましばらく時間が過ぎ、ヨーティアは唐突にきりだした。
 
「今この世界に存在する神剣の中では恐らくだが、【開眼】と【四神剣】が最も力のある神剣のはずなんだよ。それぞれすでに契約者がいる。それを超える神剣となると・・・・・・さらに上位の神剣しか考えられない・・・・・・が、そんなシロモノがここにあるとは思えない」
「・・・・・・つまり?」
「お手上げさ。生憎この天才の頭脳を持ってしても判らないモノがあるって言うことだね」
 
両手をひらひらと振ってみせるヨーティア。
すっかり温くなったお茶を一口啜り、「イオにお茶を持ってこさせるよ」と言って部屋から出て行った。
 
 
 
 
一人になった部屋は、いつになく静けさを感じる。
行き場のない怒りを持て余し、ベッドサイドの壁を思い切り殴りつけた。
鈍く痛む右手だけが敗北と恐怖を実感させた。
噛みしめた奥歯が軋み、口の中に鉄の味が広がる。
俺は認めたくなかった。
光陰に負けたこと、そして今回の敗北。
 
「ちく・・・しょう・・・。畜生ぉぉぉ!!」
 
降り続く雨が静かに窓を叩き、空にかかる雲が見えない明日を映しているかの様だった。
 
 
・・・・・・オレニハ、ソラガナイテイルヨウニミエタ。
 
 
 
 
ドアの前に立ちつくし、ファーレーンは俯いていた。
先ほど聞こえてきた大きな音は、恐らくヤマトが何かを殴ったのだろう。
しかし、その後に聞こえてきた叫びは震え、今まで感じていた強さや優しさなどは微塵も感じられず、そこにあったのは憎悪そして、恐怖。
 
(やはり・・・・・・私じゃお力になれないのかしら?私はこれ以上の力を望めない・・・・・・あなたの傍にいることは・・・・・・出来ないの?)
 
悲しげに呟くファーレーンの手は堅く握りしめられ、白い肌がさらに白くなる。
自分の無力さに歯がゆさを感じながらも、離れていくヤマトに追いつくことの出来ない自分に嫌悪感が溢れてくる。
 
(ヤマト様が落ち着かれたら、お薬とお食事を運びましょう・・・・・・。それまでは、私も笑えそうもない)
 
静かに背を向けた扉の向こうがあまりにも遠く思え、ファーレーンは踏み出す勇気が無かった。
辛いときは支えてあげようと、そう思っていたはずだったが今の彼女には彼の心に踏み込む勇気が出せずにいる。
寂しげに階下へと戻っていく背中に小さくハイロゥが浮かぶ。
羽を模したそのハイロゥの色は、純白のそれでは無くなっていた・・・・・・・。
 
 
 
 
『覚悟召されよ主殿。あれは只の余興に過ぎませぬぞ』
 
黙り込んでいた【開眼】が静かに独り言の様に呟く。
静かに、力強く、何処か諦めを感じさせる様な声で・・・・・・。
 
 
 
 
 
 
圧倒的な力を感じ、そしては恐怖を覚える。
恐怖は全ての感情を凌駕し、そして全てを麻痺させるもの。
汝、迷いたもう事なかれ。
汝が前に道は開け、汝の剣が道を創る。
汝、畏れたもう事なかれ。
その畏れは【世界】の畏れ。その畏れは刃の迷い。
・・・・・・我は此処にいる。
呼び声聞こえしその時、我が力は目覚めよう。
血塗られた古の記憶と共に・・・・・・。
 
                           ・・・to be contenued