エクの月 青よっつの日 昼 客室
 
 
 
 
悠人とエスペリアが帰ってきたらしく、しばらくして俺の許に一報が入ってきた。
 
「客人がヤマト様に会いたいと仰っていました」
 
人払いされたエスペリアが俺を呼びに館まできた。
件の客人がこの客室に居ると聞き俺はここまで来た訳だが・・・・・・。
緩んでいたネクタイを締め直し、手櫛で髪を軽く直し身だしなみを整る
軽くドアにノックをすると、中から大声で罵倒された。
 
「遅いぞボケナス。いつまでこの天才を待たせれば気が済むんだ」
 
それを返答と受け、ドアを開けるとあの時の白き麗人。
そしてその後方にいたのはマッドサイエンティストよろしくの女性。
頭は爆発し、白衣はだらしなく着崩されている。
 
「あなたがお客人・・・・・・でしょうか?私は・・・・」
「ああ、自己紹介は要らないよ。イチジョウヤマト。【精進】のヤマト。ユート同様、別の世界<ハイペリア>から召喚されてきたエトランジェ。以前はダーツィ大公国の所属エトランジェだったが、戦争でダーツィが滅んでからはラキオスの剣術指南役に就任。で、・・・・・・あってるだろう?」
 
ニヤリと笑うこの女性を、光陰以来の食えないヤツと認識した。
 
「いえ、私はそれほど有能ではありませんよ。私が有能だというならば、ここのスピリット達は私などよりよっぽど有能ですよ。・・・・ヨーティア・リカリオン様?」
「・・・・・・・・・・・・あんたも食えないヤツだねぇ。まあいい。知っているなら自己紹介は要らないな?」
 
少しだけ苦笑を浮かべ、世紀の大天才は興味深そうに身を乗り出してきた。
 
「ええ。論文もいくつか読ませて頂きました。とても興味深い方ですから、一度お会いしてみたいと思っていたところです」
「そうかい。なら話は早い。イオ!コイツ、中庭まで連れてきてくれ」
「はい。ヨーティア様」
 
何が起こるのか解らないまま、俺は何故か天才殿の研究のために中庭まで連行される羽目になった。
 
 
 
 
 
 

       創世の刃
            永遠のアセリア another if story
             act 11 砂漠の国

 
 
 
 
 
   
             同日 中庭 昼
 
 
 
 
中庭に出るとなぜだかヒミカ・ナナルゥ・オルファ、その後ろにはエスペリア・ハリオン・セリア・ネリー・シアーが集結していた。
みんなは俺たちが現れると一礼をし、神剣を手に立ち上がった。
 
「よーし、実験を開始しようか。サンプルも来たことだし」
(サンプル・・・・・・って、俺のことか)
 
納得いかないが、このメンツを見れば何となく予想はついている。
イースペリアでマナを切り裂き、消失を局地的にでも回避した俺の【精進】の能力の研究だろうとは安易に予想がつく。
 
「要するに、俺が森羅万象の太刀を使って、その原理を解明したいと」
「おおー。その通り。どこぞのボンクラとは違って察しが良いな・・・・・・まぁ、暇だったようだし構わんだろう?」
 
けらけらと屈託無く笑う大天才殿の顔を見ながらガックリと肩を落とし、相棒に話しかけてみた。
 
「なあ【精進】。何発くらい行けそう?」
『そうですな・・・・五、六発は耐えられるかと』
 
冷静な【精進】の声に何故だか不安を感じてしまう。
 
「さー始めようか。ヒミカ、ナナルゥ、オルファ、本気でやってくれ」
 
ヨーティアが控えている三人に声を掛け、自分は用意してあった椅子に座って紙とペンを構えた。
傍に控えるイオが申し訳なさそうに頭を下げて来ているが、強制的に中庭に連れてこられ、尚かつこれから起こるであろうことを考えると、正直身が持つかどうか・・・・。
でもとりあえず手を振って大丈夫、とアピールしてみた。
しかしガックリと項垂れている俺を見たのか、イオの顔が何となく申し訳なさげに歪んだ。
 
「・・・・・・・・・・・・はぁ。良いよ。さあ、やろうか」
 
ある程度の危険を伴うため緑と青の皆さんが控え、赤の三人が前方に構えをとる。
 
「出来るだけ本気で頼むよ。線が見えないと困るから」
 
正座をして居住まいを正す。本当の居合いの構えを取る。
神剣に手を掛け、目をこらす。
顔を引き締め、まずはヒミカが詠唱を始める。
ヒミカの手にマナが集中していき、周囲の温度が上昇していく。
 
「行きます。フレイムレーザー!!」
 
右手に集まった光球が一層の光を発し、幾筋かの光線が放たれた。
周囲の空気を焼きながら接近してくる光線、これがあの時俺の右脇腹打ち抜いたもの。
すぐさま【精進】にマナを流し込み、片膝を立て、柄にゆるりと力を掛ける。
マナの集中する一点を見極め、うっすらと視えた線をなぞるように刀を振り抜く。
瞬間そこにあったはずのマナの塊、しかしその存在そのものが消える。
消えた瞬間にラキオス研究者陣から、「おお!」などと驚きの声が上がった。
 
「次!」
 
続いてオルファの詠唱が完了される。
 
「マナよ、無形の力となれ。疾く、かの敵をなぎ倒せ!」
 
【理念】が地面に突き立てられ、俺の周囲、特に足下に赤のマナが高密度に収束し始めた。初めての魔法で少しだけ焦ったが、地面の一点、俺の足下に丁度点があった。
マナを【精進】の刀身に再収束し、足下に突き立てる。
途端に集まり始めていたマナが雲散霧消していった。
刀を引き抜き、瞬時に鞘へと収めて呼吸を整えつつ立ち上がる。
 
「はぁ、はぁ・・・次!」
 
最後と言うばかりにナナルゥが詠唱を完了させる。
 
「マナよ、炎獄の世界となれ・・・」
 
オルファ・ヒミカの時とは比べものにならないほどのマナが収束される。
全身に悪寒が走り、同時に神経が異常な熱を感じてピリピリと痛み出す。
 
「まじか・・・・」
「アークフレア」
 
圧倒的な破壊力を持った魔法。
最強の魔法では無いにしろ、俺一人を消すくらい何でもないほどの熱量を含んだもの。
しかし、だからこそ線が視易いということもある。
 
「うおおおぉぉぉぉぉ!!森羅万象の太刀!!」
 
大気を焼き払い、城の中庭の気温が一気に高まる中、俺は少し力を多めに込めて刀を振るう。鯉口を切る音が響き渡り、気合いと共に【精進】を振り抜く。
ドゴーン!!
 
「あっ!ヤマトお兄ちゃん!」
「ちょっとナナルゥ!少しは手加減しなさい!!」
「・・・・いえ、出来るだけ本気でとの事でしたので」
 
爆煙が周囲を包み込み、周囲に騒然とした空気が流れる。
 
「虚空の太刀、っと」
 
真空の刃でその場から煙をなぎ払い無事だと言うことをアピールしようと思ったが、体の至るところから煙が上がっていて、凄まじ破壊力と熱量を含んでいたと解る。
与えられたラキオスの戦闘服もボロボロになり、ただの布きれと化している。
 
「今のは・・・・辛かった」
 
立っていることもままならず、腰が抜けたようにストンと地面に座り込んでしまった。
 
『大丈夫か?主殿』
 
地面に突き立っている【精進】が心配してくれているが、どうも足腰に力が入らない。
立とうとしても膝が笑って立つことが出来ない。
 
「やるね〜。その技はどんなカンジなんだい?」
 
全く心配もせず俺が生きていることしか考えていなかったのか、ヨーティアはケラケラと笑い拍手をしながら近づいてくる。
 
「少しは俺の心配もしてくださいよ」
 
少し恨みがましげに睨み付ける。
しかし、ヨーティアはコロコロと笑っているだけだった。
 
「何言ってんだい。アンタがコレくらいのコトで死ぬ弾かい?」
 
・・・・そう言われれば、まぁ、何も言い返せないけど。
 
「大丈夫ですか!ヤマト様」
 
慌てて駆け寄ってきて俺の安否を確認するヒミカ。
片手を上げて見せると安心したのか、ホッと胸をなで下ろした。
 
「ナナルゥ、少しは手加減してくれよ」
「いえ、ですから私が使える中でも威力的には第二のものを」
「そう言う意味じゃないって。申し訳ありませんヤマト様」
 
ケロッとしているナナルゥと、横で頭を下げているヒミカを見ると何故か笑いがこみ上げてきた。
 
「どうしたのヤマトお兄ちゃん?」
「いや、くくく・・・・気にしないで良いよ」
 
オルファは俺が笑っている姿を見て安心したのか、俺の体に飛びついてきた。
悠人にしていたように胸に飛びつき、そこから俺を見上げるようにしている。
ネリーやシアーにも良くされる事だが、普段一緒にいない娘なので少し新鮮に感じる。
 
「ふう、少し休憩。あっ、エスペリア、ハリオン。治療してくれないか」
「かしこまりました。それでは、少し失礼しますね」
「はい〜わかりました〜。お任せください〜」
 
ニコリと微笑み身体を介抱するようにするエスペリアと、間延びする話し方をするハリオンに治療を受けながら、俺はヨーティアの取材(尋問?)を受ける羽目になった。
 
 
 
 
 
 
    同日 夕方 ヨーティアの研究室
 
 
 
 
「なるほど・・・・・・マナの集中する線が視えるのか・・・・・・・・・・・・。それでそれを斬った後の効果は・・・・ぶつぶつぶつぶつ」
 
一頻り説明を終わるとヨーティアはレポート用紙にまとめながらなんたら理論がどうの、なんたら効果がどうのだとぶつぶつと呟きだした。
 
「申し訳ありません。ヨーティア様は熱中し始めると周りが見えなくなりますので。ヤマト様、お茶はいかがでしょう」
「あ、どうも」
 
イオから冷たいお茶をもらう。
幸い怪我のほうは軽い火傷だけですんでいたので、すぐに治療は終わっていた。
 
「美味い」
 
イオが淹れてくれたお茶は絶品だった。
今まではセリアやファーレーン、ヒミカ、ハリオンが淹れてくれたお茶を飲んでいたが、そのどれをも凌駕するぐらい、こんなにもお茶は美味しいものかと思えるくらいそのお茶は美味しい。
 
「ありがとうございます。そう言って頂けると淹れた者としても、淹れ甲斐があります」
 
クスッと優雅に微笑み、イオはみんな(ヒミカ・オルファ・ナナルゥ。それ以外は俺を置いて帰りました)にお茶を配る。
スピリットはみんな綺麗な存在だが、初めてみたイオ、つまりホワイトスピリットは中でも群を抜いている気がする。
自然とイオを目で追っている自分が居て、慌てて頭を振って視線を逸らす。
 
「??ヤマト様、私の顔に何か付いていますか?」
 
・・・・・・遅かったようです。少しキョトンとした顔で俺を見ているイオ。
 
「いや、白スピリットって初めてみたけど・・・・・・、まぁスピリット全体に言えることだけど凄く綺麗だなっておもってさ」
「そうですか?・・・・ありがとうございます」
 
白磁器のような頬を少しだけ朱に染め、目を瞑りコクリと頷くイオ。
よく見るとヒミカも若干頬を染めていた。
・・・・オルファはお茶菓子を食べることに夢中で、ナナルゥに至っては聞いているのかすら怪しい。
こう言うときまともに反応を返してくれるヒミカとイオが嬉しかった。
 
 
 
 
それからイオ、ヒミカと他愛ない話をしていたのだが、ヨーティアは自分の世界にのめり込んだまま、時折大声を上げたりするが研究に没頭していた。
窓の外を見ると、夕焼けが赤々と輝いている。
時間が経つのは早いもので、もうそんな時間かと驚いてしまった。
 
「さてと、そろそろ引き上げよう。みんな、いこうか?」
「そうですね。そろそろセリア達が夕食を作って待っているはずですし」
「は〜い。オルファも帰る〜」
「・・・・了解しました。撤収します」
 
それぞれが立ち上がり、ヨーティアの研究室を後にする。
イオが「申し訳ありません」と頭を下げてきたが、天才とはこういう者なのだろうから気にしなくていいと言っておいた。
途中、オルファを送っていくと言ったヒミカと別れ、俺とナナルゥは第二館へと帰ることにした。
館への道中、何の会話もなくとても気まずかった事を覚えている。
 
 
 
 
 
 
         エクの月 黒ひとつの日 昼 修練所
 
 
 
 
日本にいたとき、師匠に嫌と言うほど教え込まれた型を繰り返し行う。
単純な剣舞になってしまうのだが、この剣舞が俺の流派の大本になる型なのだ。
型を終え、今度は薄い鎧を目の前に置く。
鎧の前に片膝を立てて座り、意識を集中していく。
 
(居合い、意志を鞘走らせろ・・・・刃に意志を乗せろ。無駄な力はいらない・・・・・・雑念を捨てろ)
 
幼い頃からの修練によって自然と頭が真っ白になっていった。
俗に言われる[無我の境地]てヤツかもしれない。
 
「!!」
 
キンッ!
鋭い抜刀音とともに目の前の鎧に刀を通す。
ゆっくりと刀を鞘に戻し、キンッと甲高い鍔鳴りが響く。
カラン・・・・・・。
乾いた音を立てて目の前の鎧が、丁度右脇腹から左肩にかけて真っ二つになる。
 
「ふぅ・・・・・・斬鉄成功、と」
 
近くに置いておいた手拭いで汗を拭き取り、壁際まで移動する。
壁に寄りかかるとひんやりとした石が、火照った身体に心地よかった。
広い空間にただ一人でポツンと佇んでいると、やはり様々な事が思い返されていく。
 
(レイア・・・・・・エル・・・・・・俺は生きてるよ。君たちに貰った大切な命の灯、次のみんなに繋いでいくから。安心して、眠ってくれ)
 
そのまましばらく黙想をしていると、誰かが訓練所に入ってくる気配を感じた。
 
(一・・・・いや、二人・・・・か)
 
ゆっくり目を開くと、悠人の顔がドがつくほどアップで俺の視界を占領した。
 
「うおっ!!」
 
慌てて横に飛び退き、【精進】に手を添えてしまう。
瞬時に体からオーラフォトンが迸り、俺が戦闘態勢に入ったことを知らせる。
そのまま鯉口を切る音が小さく響き、悠人の前髪が数本宙に舞う。
 
「ま、まて!悪かった!・・・・ちょっとからかっただけだって」
 
ぶんぶんと両手を振り、悠人は慌てて弁解を始めた。
悠人を睨め付けつつ納刀しながら、ふと悠人の後ろに目がいくと、そこにはファーレーンがいる。
俺と目が合うとすぐに目を逸らしてしまい、顔を真っ赤にしている。
・・・・・・以前、突然ファーレーンにその・・・・えっと、キ、キスされた日から、ファーレーンは俺を意識的にか避けるようになっていた。
話そうとおもってもわざとらしく俺を避け、向こうから話しかけてくる事もない。
 
「ファー・・・」
「さ、さあ、ユート様!始めましょう」
 
こんなカンジですよ。
ファーレーンに促されるまま、二人は訓練所の中央までいくと模擬戦を開始した。
 
 
しばらく俺はそのまま二人の模擬戦を何をするでもなく眺めていた。
模擬戦が終了すると二人で何やら話し始めたが、いかんせん俺からじゃ距離が遠いため何を話しているかなど、皆目見当もつかない。
二人が背中合わせになって話している姿・・・俺はそれを見て悠人に少しだけ嫉妬していた。ファーレーンを『好き』と認識してから、どうも独占欲が強くなってきている気がする。なるべく二人を見ないようにタオルを被り、俺はその場で少しだけ目を閉じた。
 
 
 
 
 
 
      エクの月 黒よっつの日 ヘリヤの道
 
 
 
 
ヨーティアの開発したエーテルジャンプシステムはすばらしく、徒歩なら何日と掛かる道のりを大幅に短縮してくれた。
そのお陰もあり、俺たちは一気にスレギトまで攻略することとなった。
部隊編成は以前のまま、俺とファーレーンは微妙な距離を保ったままの戦闘となった。
変わったこと言えば、俺の戦闘服がダーツィの物に戻ったこと。
しかし左胸のプレート部に小さな十字架が彫り込まれた。
これは俺がダーツィの戦没者に送る、精一杯の追悼の儀式だった。
 
 
 
 
俺たちはヘリヤの道を敵に襲われることなく順調に進んでいた。
途中ウルカが悠人に一騎打ちを仕掛けてきたが、それ以外は難なく進むことが出来た。
とりあえずみんなはそれぞれバックパックを背負っての行軍となっている。
バックパックには必要な水、食料などが詰め込まれている。
若干重量はあるが、生きるためには仕方ない。
戦闘に若干の支障は出るのだが・・・・・。
想像を絶する暑さのなか、重量が増えるのははっきり言って勘弁してもらいたいと言うのが本心だが、砂漠での戦闘は何が起こるか解らないだろう。
用心に用心を重ねて置いた方が身のためでもあった。
砂漠の行軍は容赦なく全員の体力を奪い、顔にも疲労が見て取れる。
悠人は悠人でオルファたちに心配され、力なく苦笑いを浮かべている。
 
「ヤマト様〜暑いよ〜」
「暑い〜」
「だぁー!もう、暑いのはみんな一緒!暑いんだから飛びついてくるなよ」
 
本当に暑いと思っているのか、存外元気な青姉妹に飛びつかれて砂漠の暑さがさらに暑く感じられる。
 
「ネリー、シアー、ヤマト様に負担を掛けない。みんなだって暑いんだから。少しは我慢なさい」
 
天の助けかセリアが二人のちびっ子をなだめ、俺から引きはがしてくれた。
かく言うセリアもなかなか辛そうで、青スピリットたちにはこの砂漠は辛いのかも知れない。
・・・・・・キィィン
突然、何かに反応する【精進】。
それにつられって周りを見渡すも、岩肌に昇るトカゲを遠くに発見したくらいだった。
なんだか不思議な違和感が俺の体を貫いていく。
どこか肌寒くなってくるような雰囲気を醸しだし、突き刺さるような殺気に近いものを本能的に察知している。
 
「どうしましたヤマト様?」
 
突然黙り込み、岩場を凝視する俺を不思議に思ったヒミカが俺に声を掛けてきた。
悠人を見ると同じように岩場を見ながら、厳しい表情を浮かべている。
ヒミカ達も俺と同じところを眺めて居るが、不思議そうに首を傾げるだけ。
・・・と、いうことは・・・気づいていない・・・のか?
周囲の空気がピリピリと張りつめ出す。
神剣魔法が発動する前にマナが集まり出すそれだった。
 
「ッ!!悠人!!」
「ああ!!解ってる!!!」
 
とんでもない量のマナが岩陰に集中していき、黙視できるほど強力な光となって周囲をさらに明るくする。やがて光の線を引いて魔法陣が描かれ、一カ所に収束されていく。
光の輪郭の色が青紫色の変わっていき、エトランジェ特有のオーラフォトンだと解る頃には破壊の意志をもったものに変容していた。
その矛先は間違いなく、俺と悠人。
 
「狙いは俺と悠人だ!みんな急いで散開しろ!」
 
叫ぶなり悠人に駆け寄り、同時に新たに使えるようになったオーラを展開する。
悠人と俺は同時に大きなオーラフォトンを展開させた。
 
「間に合えよ、バカ剣!防げ!レジスト」
「オーラよ!幻影に彩られし世界を築け!幻想の楯よここに!ミラージュスフィア!」
 
相手の魔法完成よりも早く、俺たちは障壁を展開することに成功した。
周囲に張り巡らされたマナの障壁で魔法の威力は殺げるはず。
どれほどの威力かは知らないが、全力で展開すればおそらく相殺出来るはずだ。
ビリビリビリビリ・・・・・
周囲の空気が震えだし、高周波が空気中にぶちまけられているかのようだった。
 
『主殿、あの岩場の上のようです。巧妙に神剣の気配を隠している』
「なんでもいい!今は全力で!!」
 
ドゴーン!バリバリバリ・・・・・・
尾を引いて消えていく、巨大な落雷音。
凄まじい破壊力を持った一撃が俺たちを襲った。
オーラを使ってなおこの威力、ならば直撃すれば消し炭になっていたかも知れない。
 
「〜〜〜〜〜っ!!くぁぁぁ・・・・・・生きてるか悠人?」
「何とか・・・。体中が痺れて力が入らないけど」
「同感だね。・・・【精進】握ってるのでやっとだよ」
 
防ぎきったのは良いが、エトランジェ二人に多大なダメージを残したのも事実。
慌ててみんなが駆け寄ってきた。
 
「ユート様!ヤマト様!ご無事ですか」
「パパっ!お兄ちゃんっ!大丈夫?怪我してない?」
 
痺れて震える身体に喝を入れ、敵がいるであろう岩場を睨み付ける。
しかし凄まじい力を見せつけられて、正直背中に吹き出る冷や汗が止まってくれない。
 
「・・・・・・次は、殺す」
「!?女の・・・・子!」
 
女の声がかすかに聞こえ、悠人が動揺していた。
かすかに聞こえた声からは感情が感じられず、まるで機械が話しているかのようだった。
といっても、純然たる殺意と敵意は突き刺さるように俺たちに向けられている。
 
「ふふん・・・・やっぱりこの程度じゃ駄目だよなぁ。せっかく【因果】で気配を殺してたのにな。さすがはラキオスのエトランジェたち・・・・ってところか?」
 
いつでも余裕を感じさせて、なおかつ狡猾な雰囲気を醸し出しているこの声にはどこか聞き覚えがあった。
 
「・・・・・・【空虚】よ。永遠神剣の主の名において命ずる。我らを守りし、雷の法衣となれ」
 
感情無く淡々と紡ぎ出されていく言葉。
紫電の、電撃の環が二人の人間の周囲に顕現した。
 
「ま・・・・・・まさか!」
 
悠人の表情が驚愕に染まり、あり得ない、と物語っていた。
 
「今日子っ、今日子かっ!?」
 
マロリガンの戦士を表す代表的な軽装備を身に纏い、俺たちの友人、岬今日子が岩の上に立っていた。
 
「よっ。久しぶりだな悠人、それに大和」
「光陰・・・・・・。お前たちマロリガンにいたのか?」
「なんだ、その様子ならお前は知ってたようだな?俺たちがこっちに来てたってことが」
「俺たちと一緒に居た人間が来てないって事は・・・・まずあり得ないしな」
 
冷静に【精進】を構え、二人の出方を窺おうとしていたところ、悠人が二人に向かって駆け寄ろうと突出した。
 
「なっ!バカっ、よせ!!」
「・・・・・・殺す」
 
今日子は細剣を振りかぶり、天高く掲げた。
ドンッ!!
 
「間に合えよ・・・・。森羅万象の太刀!!」
 
悠人の頭上で俺の斬撃と稲妻がぶつかり、閃光が辺りを包む。
完全に殺すことを狙った一撃をギリギリのところで切り裂いた。
 
「きょ、今日子っ!何するんだよ!」
 
腰を抜かしたのか、砂の上に座り込んでしまっている。
光陰が今日子の肩を掴み、強引に止める。
 
「止めろ今日子。今日のところは挨拶だけだって言われたじゃないか。・・・・・・大将にまだ仕掛けるな、と言われているだろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
「なんだよ?どういう事だよ?どうして光陰達がマロリガンにいるんだ?・・・・今のは何のつもりなんだよ!?」
「落ち着け悠人。現実を見ろ。・・・・・・・・・・・・アイツらはマロリガンのエトランジェ。ようするに、俺たちの敵だ」
 
光陰が少しだけ困った表情を浮かべ、頬をポリポリとかく。
 
「悪いな悠人。こっちにもいろいろと都合があってな。・・・・・・だからさ、俺たちに殺されてくれ」
 
まるで冗談でも言うかのように不敵な笑みを浮かべ、光陰は俺たちを見下ろす。
光陰の持つ神剣から凄まじい量の力が発せられる。
その力は先ほどの今日子のものよりさらに上、俺の持つ【精進】よりも強い力だった。
光陰を中心として突風が舞い、今日子の雷に触れると、パチパチと高い爆ぜた音を立てた。
 
「光陰!止めてくれ!本気かよっ」
 
悠人も俺も瞬時に神剣を構え、再びオーラを展開した。
「永遠神剣・第五位【因果】の主、コウインの名において命ずる・・・・」
「っ!?みんな、下がれ!俺たちの後ろに早くっ!」
 
集まりだした凄まじい量のマナを感じ、直感的にみんなを後ろに下がらせる。
 
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
 
猛烈な勢いで吹きすさぶ烈風。
 
(このレベルだと・・・・随分だな。・・・・・・斬れるか?)
 
森羅万象の太刀を使うため、【精進】に力を通す。
 
「ふっ・・・・・・止めだ」
 
光陰が笑ったと思うと、烈風が勢いを弱め、破壊の意志が消えていく。
 
「俺たちはお前達の戦闘力を知っている。・・・・すべて見ていたわけだしな。だから、俺たちの能力を教えておく。このままじゃ・・・・・・フェアじゃない」
 
くるりと踵を返し今日子とともに砂漠に戻っていく。
 
「まてよ光陰!どうしても戦わなきゃならないのか?今日子は、今日子はどうしたんだよ?」
「【求め】を持っているお前の発言とは思えないな。大和、お前なら何となくでも予想ついてるんじゃ無いか?」
「呑まれたんだろう?今日子の握ってるその神剣・・・・【空虚】の意志に負けて。以前戦ったことのあるスピリットと同じ症状が出てる」
「はっ!そういうこった。ま、そんなわけだから・・・悠人、大和。次にあったら俺たちに殺されてくれ・・・・。じゃあな」
 
光陰達の周囲に再び高密度のマナが集まり始め、光陰達の輪郭がぼやけていく。
青白い光に飲み込まれ、やがて光陰たちの姿は消えていた。
 
「・・・マジかよ・・・光陰!今日子!」
 
俺は自分では気づいていなかったが、ヒミカとセリアの話では相当冷たい目で悠人を睨み付けていたらしい。
 
 
 
 
    エクの月 黒いつつの日 夜 ヘリヤの道
 
 
 
 
ラキオススピリット隊の面々はもと来たヘリヤの道をランサ方面に向けて戻っていた。
スレギトを目前として、俺たちは訳のわからないマナ嵐に襲われ、それ以上進むことが出来なくなっていた。
やっとの思いで俺と悠人のオーラで凌いだが、今のままではマロリガンののど元に潜り込むことすら出来ないままだろう。
森羅万象の太刀で斬ろうかとも考えたが、それをやれば恐らくマナ消失を斬った時同様になりそうなのでやめておいた。
というか、あそこまでマナの流れが速くては、斬っても斬っても追いつかないだろうが。
そんなことを考えながら悠人と歩いていると、前方ではみんなが立ち止まっていた。
 
「どうしたみんな?先に戻れって言ったはずだろう?」
 
全員が全員「どうしよう?」といった顔をしながら下を向いていた。
俺たちに気づいたヒミカが状況を話してくれた。
 
「い、いえ、ファーレーンが倒れてしまって」
 
足下を見ると確かにファーレーンが倒れていて、少しだけ苦しそうにしていた。
 
「ファーレーンが?・・・・わかった。俺が背負っていくから、みんなは先に戻ってくれ」
「ですが・・・・・・」
「みんなはみんなは疲れてるだろ?・・・・俺はまだ余力があるから大丈夫。それに気絶だけなら下手に動かすのもまずいしね。あ、ウイングハイロゥを持つ者はけが人や幼いスピリット達をを運ぶことを優先してくれ。俺はその後でいい。それで良いだろう悠人?」
「ああ・・・・ならファーレーンもそれで運んだ方が?」
「彼女で二人使ってしまうなら、そのぶん二人を運べる。・・・それまでは俺が背負って進むから大丈夫だって」
 
手を振って悠人達を急がせた。
早くしないと本当にやばいことになり、手遅れになりかねない。
すぐさまスピリット達の面々は行動を開始した。
アセリアが悠人、セリアがエスペリア、ネリーがオルファ、シアーが恐る恐る(残ると言って暴れていた)ニム、へリオンがハリオン・・・・ハリオン!?
へリオンには無理がありそうだが・・・・まぁ、頑張ってもらうしかないか。
それ以外のヒミカ、ナナルゥは比較的暑さに強いと言うことで、俺たちと一緒に居残り。
と言うことで、俺たち居残り組はゆるりゆるりと歩き出した。
 
 
「ん・・・・・・んぅぅ・・・・・・はぁ」
 
何故か悩ましげな吐息が耳に吹きかけられ、背筋がゾクゾクと駆け上がる何かがあった。
背負うと言っておいて何だが、先ほどからこの攻撃(?)を喰らわされ、かなり精神がイケない方向に走りかけている。
 
(ああ・・・・これが青さ)
 
涙が少しだけ垂れ流れる。
俺だって健全な男子なわけで、その・・・・ねぇ?
誰に問いかけるでもなく頭の中で問い、苦笑いが浮かぶ。
背中の少女がもぞもぞと動き出し、首だけ振り向いてみた。
ちなみに暑いだろうと言うことで、仮面は外してヒミカに持たせてある。
スカイブルーの瞳と目が合い、起きたのだと理解した。
 
「おはよう・・・・こんばんはかな?」
「えっ!?ヤマト様・・・・!!」
 
ファーレーンは自分の置かれている状況に気づいたらしく、顔を真っ赤にして少しだけ身をよじった。
 
「あ、あの!・・・・も、もう大丈夫ですから!降ろしてください」
 
言うと思っていた事をあっさり言われると、それはそれで寂しいものだった。
 
「嫌だって言ったらどうする?」
「えっ?」
「背中にファーレーンの胸が当たってそれが心地良いから・・・。もう少し感じていたいかな?なんてね」
 
ぶっちゃけて言えば役得、やっぱりこんな時でも俺は男でした・・・・。
語弊がありそうなので言わせて貰えば、これを狙ってた訳じゃない。
絶対に。
・・・きっと。
・・・・・・たぶん。
・・・・・・・・・・・・恐らく。
 
「や、ヤマト様!!」
 
暴れ出したファーレーンをおろし、向かい合ってみる。
仮面を着けていない真っ赤な顔を隠すこともなく、胸元を両手で隠しながら俺に非難の目を向けている。
 
「あははは。ごめんごめん」
 
ジッと睨まれるが、それが今の俺には嬉しかった。
睨めるって事は外見上だけでも無事だって事でもある。
 
「それにしても驚いたよ」
「・・・・・・何にです?」
 
言うべきか言わないべきか迷ったが、ここまで来たら言っておこうか。
茶化すように、俺は最高のスマイルを浮かべながら口を開いてみた。
 
「ファーレーンって、結構胸大きいんだね」
「!!!・・・えっちですヤマト様」
 
さらに顔を真っ赤にしながら、俺を置いてすたすたと歩き始めるファーレーン。
俺はごめんごめん、と言いながらファーレーンを追いかけたが、彼女は
 
「もう知りません!」
 
何ていってそっぽ向かれてしまった。
こんなに俺は人をからかう事ができる人間だったなんて、この世界に来てからの俺がまた一つ増えた。
 
「あ、起きたのファーレーン。・・・もう大丈夫?」
「体温・・・顔色・・・瞳孔の開き・・・脈拍・・・もう問題はないと思われます」
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫よ」
 
ニコニコと笑っていると思いきや、俺を見るときは常に非難がましい目を向けている。
俺はそんな彼女の表情を見ながら苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
ちなみに俺たちを迎えに来たのは、ランサまでもう一息と迫ったような距離の時だった。
 
 
 
 
乱れた振り子のように揺れる心。
突き刺さってきた友の殺意と言葉が、問答無用で少年を苦しませる。
少年に告げられた「殺されてくれと」いう友に、何故か苦しげなものを感じた。
何かできることをと模索するなか、少年は転換期を迎える。
殺すことの意味、殺すことの理不尽さ。
少年は【開眼】の日を迎える。
                         …to be contenued