エハの月も最後の週の四日目を向かえた今日。
俺はファーレーンに頼まれ、一緒にニムの稽古に付き合う事と相成った。
性格同様に太刀筋も意地っ張りかと思えば、なかなかどうして真っ直ぐな良い剣だった。
ファーレーンに対して攻撃をする訓練。
今度は俺の攻撃をかわすなり、防ぐ訓練と目白押しで流石に疲れたようだ。
ニムは休憩を入れるなり、ファーレーンに膝枕してもらい寝息を立て始めている。
 
「・・・・まだ辛かったんじゃないか?流石にここまでやれば、大概の連中はへばるだろ」
 
手近な岩に腰を掛け、本当の姉妹のように仲睦まじい二人の様子を眺める。
柔らかそうなニムの頬を撫でながら、仮面の奥の瞳が愛らしげに細められていた。
 
「うぅ〜ん・・・・おねえちゃん・・・・」
 
ファーレーンの手を握りながら眠るニムは、夢でもファーレーンと一緒らしく、時折お姉ちゃんと寝言で口走っている。
 
「ヤマト様は・・・お疲れじゃないんですか?」
「うん、まぁ、これぐらいなら。向こうの世界ではこの五・六倍稽古させられてるから、今日のこの訓練はまだウォーミングアップぐらいかな?」
 
座っていた岩から立ち上がり、詰め所の方に歩き出す。
 
「ちょっと飲み物でも持ってくるよ。・・・・起きたらニムも喉が渇くだろうし」
「あ、それなら・・」
「私が、ってのは無理でしょう?・・・・いいよ、そのままでいてあげて。起こすのも可哀想だろ?」
「申し訳ありません。では、お願いします」
 
軽く手を振り、そのまま詰め所の厨房へ向かう。
何となくだが、俺が過去を語った日からファーレーンの俺に対する接し方が変わった気がしている。
いや、接する雰囲気・・・・かな?
とりあえず、それを嬉しく思いながらも、少しだけニムに嫉妬してみる俺だった。
 
 
 
 
 
 

       創世の刃
             永遠のアセリア another if story
               act9 欲望の行く末

 
 
 
 
 
 
俺が二人の許に戻ると、そこには悠人がいた。
 
「悠人、どうしたんだ?」
「おす、大和」
 
軽く挨拶を交わし、とりあえず悠人の近くに腰を下ろす。
 
「何の話してたんだい?」
「い、いえ、ニムについてちょっと・・・・」
 
突然ファーレーンの顔が曇り、ニムを眺める目にも力がない。
悠人に目を向けると、困ったような笑みを浮かべていた。
 
「ふぅ・・・・・私は、教育係としては失格です・・・・・」
 
悠人が反応し、少しだけ身を乗り出す。
 
「そ、そんなことないって。誰にだって悪い一面はあるし、その反面、良いところだってあるんだろ?」
「はい!少しだけ意地っ張りですけど、本当はとっても優しい良い子なんです」
 
声が大きくなり、少しだけ俺も悠人も驚く。
 
「ファーレーン、ちょっと声大きくないか?」
「あ・・・・」
 
俺の指摘に慌てて口を押さえるが、もう遅い。眠っていたはずニムが目をこすっていた。
 
「んう・・・・んん・・・・くんれん?」
「もう少し、眠っていていいわよ」
「んぅ〜〜♪」
 
ニムは気持ちよさそうに、ファーレーンの太ももに頬ずりしている。
その様子を見ながらファーレーンは静かに笑っていた。
その後もしばらく手に頬ずりしたり、じゃれついていた。
やはりその様子を見ていて、俺は小動物(子猫)あたりを想像した。
 
「確かに、可愛いもんだなぁ」
「はい」
「悠人、なんかおっさんくさいぞ」
「・・・・・・ほっとけ」
 
こんな会話を繰り広げているとようやく意識が覚醒してきたようで、むっくりと起きあがると眠たそうに目を擦り、やがて伸びを始めた。
 
「んむぅ〜・・・・・」
「おはよう、ニム」
「おはよう、お姉ちゃん・・・・・ふぁぁぁ・・・・・」
「おはよう。大きなあくびだな」
「ふふふふ・・・・・おはよう、ニム」
「んぅ?」
 
ファーレーンの太ももに頭を横たえ、しばらく俺と悠人をぼうっと眺めて、意識が覚醒するにつれて慌てて起きあがった。
 
「・・・・・・・ッ!」
 
その表情は驚き。そして精一杯のトゲを含んだ視線。
 
「なんでユートがここに!?・・・・・ヤマトは解るけど」
「こら、お二人を呼び捨てにしてはいけません」
「う・・・・・えっと」
「構わないよ。ほら、アセリアも俺の事呼び捨てだし」
「ですが、けじめが・・・・」
 
難しい顔をするファーレーンに、俺が助け船を出す事にした。
 
「なに、隊長だけど今は隊長じゃない。戦闘のときだけきっちりすればいいさ。俺だって君たちの上司じゃないって、言ってるだろう?」
 
軽い気持ちで悠人にも同意を得る。
悠人は頷き、ニムに対し「呼び捨てで構わない」と言った。
 
「まぁ、よろしくやろうぜ、ニム」
「・・・・ニムって言うな!!」
「え、でも、みんなそう呼んでるんだろ?大和だって呼んでるし」
「お姉ちゃん以外にはそう呼ばれたくない」
 
口をとがらせてそっぽむくニム。
 
「せっかくユート様もヤマト様も気を使ってくださってるのに」
「気を使うというか、ニムのほうが短くて呼びやすい」
「・・・・・・む」
 
そっぽ向いていた顔を悠人に向け、上目遣いでむくれてみせる。
 
「ふふふふ、でも、意外だったよ。詰め所の館長やっててニムのあんなに甘えた姿は初めて見た・・・・」
「!!!甘えてない」
 
今度は俺を睨みだす。
 
「いや、甘えてたよ。多分、オルファより甘え上手だよな」
「・・・・・二人揃ってムカつく」
 
きっと今できる精一杯のトゲを含んだ視線。
ちくちくと刺さってくる視線を受けて、俺は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
 
「さて、ニムも起きた事だし・・・・再開しようか、ファーレーン?」
「あ、はい。・・・・ユート様はどうなさいますか?」
 
スクッと立ち上がり、ズボンに付いた汚れを払いながら悠人は満足そうに頷いた。
 
「ん・・・・部屋に戻るよ。目的は果たせたし」
「目的?」
「あ、気にしないでくれ。ニム、次の作戦の時もよろしく頼むな」
「・・・・ふん」
 
ツンとした態度に笑顔を浮かべ、立ち去っていく悠人。
俺は【精進】を手に立ち上がると、準備を始めた二人を促し訓練を始めようと言った。
 
「さて、こっちも始めようか?」
 
俺はその訓練の間中、ニムにちくちくと痛い視線を向けられていた。
 
 
 
 
 
 
        同日 夕方 食堂
 
 
 
 
「う〜・・・・ちょっと疲れたな・・・・」
 
かなりの時間をニムの訓練に付き合い、なかなか疲れた今日この頃。
窓の外が夕焼けに染まっているため、時間がやっと夕方になった事を知った。
食堂には今日の夕食当番であるへリオン、そして登城していたヒミカが帰ってきていた。
 
「どうされたんです?今日は訓練は無かったはずでは・・・・?」
「あ、あははは・・・・ファーレーンに頼まれてニムの稽古に付き合ってたんだ」
 
俺の引きつった笑いに少しだけヒミカに引かれてしまった。
台所の方からトントンと不器用な音が聞こえてきて、一抹の不安、さらには懐かしい気持ちにさせてくれた。
突然その音が止み、パタパタとへリオンが食堂、しかも俺の横に来た。
あまりに突然だったので、どうしていいか解らずヒミカを見てみた。
ヒミカは首を傾げ、「さぁ?」と目で語っていた。
 
「・・・・どうしたの?」
「あ、あの、わたしが淹れたので美味しいかは解りませんが・・・それでよろしければ、その、お茶を・・・・お持ちしました!」
 
お盆の上にのせられたカップを俺の前に置き、不安げな視線をくれている。
(飲んで・・・感想を言えってことか?)
運んできたお盆を胸に抱き、座った俺が少し見上げるくらいのところから俺を見下ろしている。へリオンが俺を見る視線、それは[心配+好奇心+緊張÷3=視線]。
丁度のどが渇いていたので、ありがたく頂戴することにした。
持ち上げた木製のカップの中に琥珀色のお茶と氷が入れられていた。
ミントのような清涼感のある香りと、少し甘めお茶だった。
 
「あの、どうですか・・・・?」
「うん、美味しいよ。・・・でも、三点」
「ふぇ!?何か至らないところでも?」
「俺には少し甘かったかな。たぶん、気をつかって甘くしてくれたんだろうけど」
 
そう言って頭を撫でてやると、しょんぼりしているのか喜んでいるのか判断に迷う表情浮かべた。
この娘はこの娘でまた判りづらいところのある娘だ。
 
「でも十分合格だよ。今日の夕食も楽しみだね」
「はっ、はい!がんばります!!」
 
パッと顔を明るく戻し、へリオンはキッチンに急いで戻っていった。
なんだかよくわからない内に終了し、取り残された感たっぷりの俺。
 
「一体、何だったのでしょう?」
「知らん。・・・俺に聞かれてもなぁ」
 
ポリポリと頬を掻く俺と、ポカンとした表情をしているヒミカ。
(う〜ん・・・・よくわからん)
 
 
 
 
なんだかボンヤリしている内に時間が経ち、ファーレーンとニムが浴場から上がってきた。
 
「お待たせしましたヤマト様」
「・・・・・ふん」
 
まだ昼の事を根に持っているのか、ニムはむくれたままで俺とは目も合わせようとしない。
それでも二人とも風呂上がりで、ほんのりと肌が桜色に染まっていた。
 
「お先にお風呂を頂いてしまって、申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ。・・・・さて、俺もパッと汗を流して来ようかなっと」
 
【精進】を手に椅子から立ち上がり、着替えを取りに部屋へと戻ろうと思ったとき、事件は起きた。
 
 
 
 
 
カンカンカンカンカン!
敵襲を知らせる鐘が響き渡り、食堂にいた面々が立ち上がる。
 
「敵!?・・・【精進】!何で気づかなかった!」
『・・・・神剣の気配が巧妙に隠蔽されていて、解りづらかったのです』
 
ドタドタと上階からセリア達残りのメンツが降りてきて、食堂に集合する。
その手には手甲が嵌められ、神剣が握られて、すでに戦闘準備は万端だった。
 
「敵は何処だ【精進】!」
『王城、それからこの館の周辺にも多数』
 
それを確認するなり、机に立てかけてあった【精進】を掴み全員に命令を下す。
疲れたなどと言っている場合ではなく、俺は瞬時に頭を戦闘用に切り換えた。
 
「館の周囲を取り囲まれたらしい。・・・とりあえず俺たちは周囲の敵を一掃する!準備が終わっている者から組になって出てくれ!俺もすぐに行く!!」
 
命令するなり、俺は急いで自室に戻り戦闘服を探す。
何処かに置いた記憶もなく、そもそも部屋に有ったっけ?などと少しだけぼけてみた。
そして結論にたどり着き、俺は自分を呪った。
 
「そうだ・・・・イースペリアでボロボロになったんだった・・・」
 
何も防具になるものが存在せず、どうしようかと悩んでいると、仮面を着けたファーレーンとニムが飛び込んできた。
 
「ヤマト様、これを」
 
手渡されたのは悠人が着ているラキオスの戦闘服だった。
 
「これは?」
「ヒミカが登城していたのは、これをレスティーナ様から受け取りに行っていたんです。ダーツィの戦闘服はただ今修繕中ですので、代わりにこれをと」
 
なるほど、と頷き、ファーレーンの腕に掛かった戦闘服を受け取り、身に纏う。
白を基調としていて、帝国の流を汲んでか黒に近い色のダーツィの戦闘服とは真逆の戦闘服。【精進】を腰に佩き、準備を完了した。
 
「・・・・・・よし、行こう」
「はい、では急いで正面へ・・・」
 
駆けていこうとする二人を呼び止め、窓を指さしてニコリと笑う。
 
「そんな時間はないよ。出口はここにもある」
 
二人の顔が驚きに染まっているが、あまり時間のない今、玄関に戻ってる時間が惜しい。
俺は窓を開けると、そのまま階下に向かって飛び降りていった。
 
「・・・・なんて無茶苦茶なヤツ」
「もう、ニム。・・・・仕方ありません。行きましょう」
「・・・・はぁ、めんどくさい」
 
ファーレーンもニムを伴い、窓から飛び降りるのだった。
 
 
 
 
 
 
「・・・・・」
 
襲撃スピリット達に表情はなく、感情というものが全く感じられなかった。
刃を交えながら、俺は若干の戦慄を覚えた。
(なんなんだこのスピリットは!?斬ることにも斬られることにも全くためらいがない。コイツはまるで・・・・)
イースペリア戦の終盤、俺に五人掛かりできたスピリット達を思い出す。
それに近い・・・いや、同じものを感じる。
ガッ、と火花を散らし西洋剣と【精進】の刃がぶつかり合い、少女の顔が眼前にくる。
 
「!!」
 
顔には感情・表情どころか生気すら感じられず、ただの戦闘マシーンのようだった。
 
「くっ」
 
普通のスピリットからは考えられない力で、【精進】を押し返してくる。
自分の感情だけに、未だに自分の中に迷いと恐怖があるのを感じた。
(迷うな!俺は・・・今度こそ彼女達を守るんだ!)
心を殺し、手に持った【精進】に力をかける。
全力を持ってスピリットを押し返し、剣を弾いた瞬間に刀を鞘に戻す。
 
「〈居合いの太刀〉」
 
一刀のもとに胴から真っ二つに斬れるスピリット。
その顔には苦悶の表情はなく、あるのはただ虚しさだけだった。
見送る俺の心に、少なからず罪悪感がのし掛かる。
 
「次!」
 
一瞬よぎった罪の意識を押しのけ、叫ぶことで敵に向かう気力を起こさせる。
駆け出す足が今日ほど重いと感じたことは無かった。
 
「おおぉぉ!」
 
ファーレーンと戦闘していたスピリットを、駆け抜けざまに居合いで切り伏せる。
左脇腹から入った刀が全てを切り裂き、右脇腹から抜け、霧へと還る。
その光を横目に見ながら、館の前に集結し始めた敵前へと体をさらけ出す。
 
「来いっ!俺が相手になってやる・・・・!!」
 
そう叫ぶと敵スピリットは待っていましたとばかりに俺に殺到する。
前方から聞こえる足音に、俺は刃を持って答えることにした。
神剣にオーラを宿し、全てを刈り取る爪牙へと変換する。
 
「〈虚空の太刀〉!」
 
居合いに要領で繰り出される刃から、横一直線に伸びるオーラフォトンの鎌鼬が放たれる。
その刃に怯むことなく突撃してくるスピリット達は、一人、また一人と霧に還っていく。
凄まじい光景を横目に見ながら、後ろに振り返り、みんなを見渡す。
 
「全員無事か!?」
 
どうやら戦闘は終了していて、全員が神剣を鞘へと収めていた。
その表情はまた全て驚きで染められていて、俺もなんだか驚いてしまう。
 
「ど、どうした?」
「・・・・あ、いえ。なんでもありません」
「そうか?じゃあ、城の救援に向かおう。さぁ、行こうか」
「り、了解!」
 
全員がハッとしたようすで返事を返す。
そのまま俺たちは暗い森の中を城を目指し、走り出した。
 
 
 
 
「セリア」
 
ヒミカが横を走るセリアに小声で話しかける。
その表情を横目で確認しながら、セリアは走り続けた。
 
「何?」
「ヤマト様、ってあんなに強い人だったけ?」
「・・・・そうね。でも、以前の戦場の時から比べると、何だか気迫が感じられるわ」
 
それはヒミカも納得のようで、うんと頷き、しかし納得いかないという表情を浮かべている。無論、それはセリアも同じだった。
エトランジェとはいえ、こんなに短期間で強さが変わるものなのかと。
 
「・・・・もしかしたら」
「何かあるの?」
「いえ、今はまだ推測の域を出ないわ。だからこの戦闘が無事終わったら、ファーレーンに確認したいことがあるから・・・そのときにまとめて話すわ」
 
自分だけ少し納得してしまい、ヒミカに悪いと思いながらも話を打ち切る。
 
「わかった。じゃあ、戦闘が終わったら・・・覚えておいてよ」
「ええ、無事に終わらせましょう」
 
こつん、と手甲をぶつけ合うと、二人は黙々と走り続けた。
 
 
 
 
森の中をラキオスのスピリット隊が駆けていた。
目指すは第一詰め所。
しばらく走った俺たちは、悠人達と合流し王女が第一詰め所に向かったと聞かされた。
・・・それと、あの殺しても死ななそうな強欲な王が殺されたことも。
駆け抜ける森の中、突然【精進】が神剣の気配を察知した。
それは悠人も同じ様で、先ほどからきょろきょろとあちこちを見回している。
 
「!!・・・・神剣の気配。上かっ!」
 
先頭を走る悠人が俺たちを手で制し、木々の間を降りてくる何かを睨み付ける。
それは悠然と俺たちの前に降りると、閉じていた双眸を開き、悠人・アセリアを見据える。
月光と炎のくすぶる光を浴び、長い銀髪が鈍い輝きを放つ。
 
「ウルカっ!」
 
紅い目が悠人を捉え、そして軽く俺にも目を向けてくる。
 
「再びまみえることになるのも、また縁」
 
一度離れた双眸が再び俺を捉え、強く見据えてくる。
 
「なぜこんなことを!お前も神剣に操られてるのか?」
「神剣の声は手前には聞こえぬ・・・・」
 
一瞬ウルカの瞳に浮かんだ哀しみ、しかしそれもすぐにかき消え、俺たちを見据える。
 
「それゆえに戦う意味を探している。この剣、どこに向かえば良いのかと・・・・・」
「なにを言ってやがる!これだけの人が死んだんだぞ!?」
 
悠人の叫びに一瞬眉をひそめ、そしてまたすぐに無表情にもどる。
 
「ラキオスのもう一人のエトランジェ殿、手合わせ願いたい」
 
突然話は俺にふられ、ウルカが俺を睨み付けてくる。
視線がぶつかり、不思議と体が昂揚していくように感じられた。
やはり俺は何処か狂ってしまったのかもしれない。
あふれ出す高揚感に身を任せ、俺は悠然と一歩を踏み出す。
 
「・・・・悠人、どうやら俺のことをご指名のようだ」
「お前はまだ病み上がりだし、それにヤツの強さを知らないだろ?だったら・・」
「なおさらだな。なまじ強さを知ってるヤツをぶつけるより、俺が行った方がいい」
 
悠人の手をどけ、悠人の前に立つ。
何か言いたげなエスペリアやアセリアが近づこうとするが、俺が手で制すとその場に立ち止まった。
 
「あ、おい、大和!」
 
今度は俺が悠人を手で制し、名乗り上げる。
視線をウルカに向けたまま、意識を後ろに向け、誰かが出てくることに気をつける。
 
「指名、ありがとう。俺はラキオスのエトランジェ・・・【精進】のヤマトだ」
 
名乗り上げるとほぼ同時に、【精進】の鞘から淡い光が漏れ出す。
どうやら【精進】も猛者と戦えることを喜んでいるらしい。
鞘の中から漏れだしてくる光が俺を包み、俺の感覚器官の全てが加速されていく。
俺は再び無意識のうちに、〈アクセラレイター〉を発動させていたようだ。
 
「手前は帝国・遊撃隊隊長〈漆黒の翼〉ウルカ」
 
刀の柄に手を掛け、前傾姿勢をとるウルカ。
真っ直ぐに俺を見据え睨み付ける目から、身震いをするほど濃厚な殺気が伝わってくる。
 
「みんなは巻き込まれないように下がってくれ・・・・」
 
俺も【精進】柄に手を掛け、体に漲る力を感じながら、前傾姿勢をとった。
そのまま俺たちは動かなくなる。
ウルカは解らないが、俺は目の前の敵の凄まじいまでの剣気に動くことが出来ない。
前傾姿勢のまま動かず、不敵に笑うウルカの声が漏れ聞こえてきた。
 
「これほどの使い手と戦えることに感謝する・・・・」
 
前傾姿勢がさらに低く、力を込められたものとなった。
 
「・・・・・・参る!」
 
瞬時に体が消え、凄まじいまでの速度で俺に迫るウルカ。
普通の奴らが戦ったのなら、確かにやばかっただろう。
だが、今の俺に普通という単語は当てはまらず、感覚器官が加速された俺にはいつもの戦闘と同じ。・・・・・体の運動限界を除けば、だが。
 
「南無三!」
 
その速度になれない体を無理矢理動かし、眼前に迫る敵へと突っこむ。
柄を握る手に力を込め、踏み込みの勢いのままに刀を繰り出す。
 
「はぁっ!!」
「はっ!!」
 
ほぼ同時に繰り出される刃と刃ののぶつかり合い。
ガキィィィン!
嫌な音を耳に響かせ、丁度鍔もとでぶつかり合った姿勢のまま俺とウルカは対峙していた。
その時、ニヤリと再びウルカが不敵に笑う。
ゾクリと背筋を走る悪寒、そして高揚感。
体をぶつけ合うように起こし、鍔迫り合で刃がギリギリと音をたてる。
 
「お前は何を求めて、何のために戦っている!」
「手前にはそれが解らない・・・・ゆえに戦っている」
「そんなもの・・・・ただ力を求めているだけだ!」
「それが手前の宿命、運命ならば・・・それも一興」
「そんなもの・・・・運命に抵抗して見せろよ!・・・・はっ!!」
 
互いに刃を離し、距離を取るように後方へ飛び下がる。
 
「混沌の衝撃・・・・。飲まれる恐怖に震えるか」
 
飛び退きながら右手に力を集中し、黒い闇の塊が右手に出現する。
俺も刀を鞘に収め、放たれる魔法を予見して眼を凝らす。
 
「視えろよ・・・。ここで断ち切る」
 
イースペリアのマナ消滅時視たマナの線、俺はそれを見ようと言うのだ。
地面に叩き付けられるウルカの掌。
放たれた漆黒の奔流を見つめ、その一点にうっすらと浮かぶ線を見つける。
 
「そこ!〈森羅万象の太刀〉」
 
自分でも信じられない速度で体が動き、線をなぞるように刀を振り抜く。
振り抜き、刀を引き戻し、体の正面で正眼に構える。
マナの奔流が断ち切られ、ウルカの表情が少しだけ驚きに染まる。
 
「ほぅ・・・・面白い」
 
すぐに表情が引き締まり、瞬時に前傾姿勢に移行する。
俺はその動きを察知しながら、刀身にオーラフォトンを流し込んでいく。
駆け出すウルカのスピードは獣じみていて、人間の目にはまず捉えがたい速度で俺に肉薄してくる。
いつになく冴え渡る俺の頭が次の動きを予測し、俺の次の行動をくみ上げていた。
今度はこっちから・・・・!!
 
「切り裂け!<虚空の太刀>!!」
 
目を見開き、急制動をかけるウルカ。
素早く刀を抜き放つと、鎌鼬を全力ではじき飛ばす。
鋭い金属音が響き、辺りに木霊する。
衝撃で辺りの木々が揺れ、粉塵が巻き起こり、周囲を覆い尽くした。
 
(・・・・・・やったか?)
 
しかし次の瞬間に、俺は目を疑った。
ウルカはすでに俺の眼前へと迫っていた。
 
「〈月輪の太刀〉」
 
神速の踏み込みから高速で繰り出される居合いの連撃と、突き刺さる殺気と剣気。
馴れない速度での応酬に、体の至る所が悲鳴を上げ始める。
繰り出され続ける刀を受け止めるたびに、関節がギシギシと軋むのがわかった。
俺にかかる負担が徐々に大きくなり、全てが俺の体を蝕み始める。
 
「ぐっ!があぁ!!」
 
最後の一振りに乗せられた力に耐えきれず、刀を横に弾かれ、はじき飛ばされる。
体が近くにあった大木にぶつかり、大木が大きく揺れる。
衝撃で【精進】が手から投げ出され、近くの大地に突き立った。
 
「大和!」
 
悠人が俺に駆け寄り、体を抱え起こしてくれる。
頭を強く打ったのか意識が朦朧としていて、ウルカの顔がぼやけて瞳に映る。
俺を見ながら冷たい視線を放つウルカをみて、俺はニヤリと笑う。
左手の親指で首もとを掻き切る仕草をし、親指を地面に向ける。
 
「ウルカ・・・・・。自分の体、少しだけでも気にしたらどうだ?」
「・・・?・・・・なっ!!」
 
ツッと、左の胸元から肩口を薄く切り裂き、血が滲み始めていた。
 
「・・・どうだよ?油断したな」
 
はじき飛ばされ様に瞬間的に刀を翻し、横に刃を振り抜いた。
そのまま俺は吹っ飛ばされ、そのまま木に叩き付けられたと言うわけだ。
 
「ふふふふ・・・【精進】のヤマト殿。覚えておこう」
 
刀を鞘に収めながら、ウルカは心底嬉しそうに呟いた。
悠人に肩を借りやっと立ち上がる俺を見届けると、ウルカは静かに漆黒の翼を闇夜に広げた。
 
「他に使命もあることだ・・・・。次の機会を、待つ」
 
雄大な翼を翻し、飛び去ろうとするウルカ。
 
「待て!!使命って何のことだ!?」
 
空中で振り返り、悠人を見る目が哀れみを物語っていた。
悠人を見るとその表情に何を感じたのか、何とも言い難い表情を浮かべていた。
ウルカはハイロゥをはためかせるとそのまま第一詰め所の方角に飛び去った。
 
「館の方角です!!ユート様、カオリ様が!!」
「何・・・・まさか!?」
 
肩を借りている悠人からふるえが伝わってくる。
 
「悠人、俺を置いて早く行け」
 
一瞬の逡巡の後、悠人は俺を離すと駆けだした。
 
「すまない!佳織が危ない・・・・・行くぞ!!」
 
体が木にもたれ掛かり、固まったかのように動かなくなった関節を軽く叩く。
走り出そうとするファーレーンをセリアが呼び止めた。
 
「ファーレーン、あなたはヤマト様と来て」
「えっ?」
「敵が来ないとは限らないわ。・・・そうなれば、今のヤマト様では荷が重いでしょうし」
 
セリアの真剣な表情に頷き、俺に肩をかすファーレーン。
セリアはそれを見ると、仲間に追いつくべく走り出した。
 
 
 
 
ファーレーンに肩を借り、やっとの思いで森を抜けると、そこはすでに信じられない光景が広がっていた。
悠人の足下から広がる20メートルに及ぶ魔法陣、そしてその周囲にオーロラのように広がって見える禍々しいオーラフォトン。
後ろからで悠人の表情は窺い知らないが、悠人の周囲には憎悪と言える空気を纏っていた。
 
「ユート様、いけません!神剣に心を呑まれてはっ!!」
「お兄ちゃんだめぇー!なんだか怖いよ・・・・・そんなのダメだよっ!!!」
 
空の方から響き渡る佳織の声。
見上げると、ウルカに抱えられた佳織が泣き叫んでいた。
 
「殺す!!・・・・【誓い】を・・・・瞬を!!」
 
魔法陣から溢れる方向性の定まらない力が、はけ口を求めて暴れ出す。
バレーボール大の光球が、闇夜に浮かび上がった。
 
「何だか知らんがまずい!・・・・みんな、早く俺の後ろに!」
「ッ!手前のハイロゥの中へ。決して離さぬように・・・・・‥」
「えっ!?」
 
俺、ウルカは危険を察知し、それぞれ無理矢理エスペリア達と佳織を押し込む。
 
「滅びろぉぉぉぉぉ!!【誓い】の僕ぇぇぇぇ!!!」
 
魔法陣から放たれる蒼い光の矢。
その全てが狙いを定めるわけでもなく放たれる。
数本が俺たちに向かい、驚異を振るってくる。
 
「【精進】、全力だ!!俺の体力でも何でも持って行け!!!」
『承知した。主殿の体力全てを消費し、障壁を張ろう』
 
【精進】を握ったまま、大地に突き立てる。
視認できる程の高密度のオーラフォトンが展開され、悠人の力と一瞬拮抗すると、障壁の力が上回ったのか悠人の力をかき消した。
ウルカに迫る光の矢。
 
「憎しみの力か・・・・・だが、甘い!はぁっ!!」
裂帛の気合いを持って光の矢を切り払い、いくらか当たった矢もハイロゥにぶつかると消滅した。
力を一頻り放ち終え、悠人の冷静さが戻ってきていた。
その映像を眺めながら俺の意識が限界を向かえ始め、視界が薄れていく。
 
「やばい・・・。エスペリア、そろそろ限界。体・・・・頼むわ」
「えっ!?あ、はい」
 
体から力を抜け、体が支えられなくなっていく。
トスっ、と誰かの柔らかな体に支えられ、その温かさに安心を覚える。
エスペリアが悠人に向かい走っていく。
 
(誰が俺をささえているんだ?)
 
ぼろぼろの体でなおもウルカを追おうとする悠人をエスペリアが押さえつけ、その腕の中で悠人が暴れている。
視界が暗転していく中、最後に視認出来たものは悠人の体が地面に崩れ落ちる瞬間だった。
 
「ちくしょうっ・・・・・!佳織・・・・佳織ィィィィィィっ!!」
 
俺は意識が薄れる中、悠人の叫び声を聞いたような気がした。
 
 
 
 
 
 
欲望は人を滅ぼす原因となる。
この国の王を襲った不幸、そして来訪者の少年を襲った悲劇。
手に入れたはずの日常が再び、自らの手の中かからこぼれ落ちていった。
望んではいけないものだったのか?
そうでは無かったはずだ。
少年は当たり前を望んだだけだったはずである。
日常を描いていた少年が一瞬にして日常を奪われ、再び非日常へと引きずり込まれていく。
描かれた少年の夢が叶えられる日は来るのだろうか・・・・・。
神に選ばれた少年達は、再び死神の道を駆ける。
                              to be contenued
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
え〜っと・・・・・・登場二話めにして、佳織がさらわれました(汗)。
しかもあんまり喋ってない・・・・・・。
全国の佳織ファンの方、ごめんなさい(平謝)。
 
急ピッチで展開が進み続け、何だかよくわからないうちにマロリガン編突入ですね。
実際、作者自身これからどうなるか今はまだ不明な状態です。
大本の流れは出来ているのですが、肉付けがまだされていないので(オイ)。
現在、自らにツッコミを入れながらの作業が続いております。
 
今回の話では、大和とウルカの一騎打ちをクローズアップしてみました。
戦闘の描写がまだまだ甘いですが、その辺りはご愛敬・・・・・・ということに。
強くなった(?)とはいえ、まだまだ弱い大和とその秘めたポテンシャルを書いてみたつもりです。
悠人が初戦では一太刀も浴びせられなかったウルカに対し、大和はどのようにして一太刀を入れるか悩みましたが、とりあえず形になったのは名付けて・・・・・・!!
《皮を斬らせて肉を断つ!肉を切らせて骨を断つ!!作戦》
って、まんまですけどね。
とりあえず、実力では勝てなくとも機転を利かせて一太刀を浴びせる、という構図になりました。
 
それにしても、大和はコロッコロ気を失うし、よく泣く気がしてます。
こんな軟弱で良いのでしょうか・・・・・・?
これに対し、ご意見・ご感想がありましたら、お待ちしております。
 
ここまで呼んだくださった方々に敬意を表し。
                           幸村