赤みっつの日 第二詰め所 厨房
台所に立つ年長組四人は夕食の準備に取りかかっていた。
その中で一人、やけに嬉しそうに料理に勤しむ者が約一名。
珍しく仮面を被っていない、【月光】のファーレーンその人である。
「うふふふ・・・」
「何かあったのファーレーン?朝から随分と嬉しそうじゃない」
ヒミカの問いに慌てて緩んでいた頬を引き締めるも、時すでに遅し、ハリオン・ヒミカ・セリアに取り囲まれてしまった。
自分の失態に気付き、顔を赤らめてしまうファーレーンに、友人三人は疑いというか、興味というか、好奇の視線を向けていた。
「え、いえ・・・なにかあったわけでは・・・」
しどろもどろになり、手を忙しなく動かすファーレーン。
調理場に立つ四人は、すでに夕食の準備どころでは無くなっていた。
ハリオンがポンっ、と手を叩きすこぶる幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ああ〜昨日の夜、ヤマト様と何かあったんですね〜」
その言葉を聞き、カァァっと耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
迂闊にも昨夜の事を思い出し、少し幸せに浸ってしまった自分を呪いたくなった。
そして約三名、それを肯定と見なす。
「昨日の夜・・・もしかして、カップ取りに来たのも・・・」
「そう言えばあなた、お茶をヤマト様に持って行ったきりだったわね」
「そ、そそ、そんな。な、何もありませんでしたよ?」
慌てて弁解するも、三人にはすでに効果はなかった。
更に言えば、先ほど少し笑っていたのだから何もなかった、と言う事は無いだろうと三人は鋭く感づいていた。
窮地に立たされた時、マナの導きか、突然鍋が吹きこぼれ始めた。
「あ、お鍋が吹きこぼれてます!」
「あ、本当ですね〜。みなさん、先にお夕食の準備をしちゃいましょう〜。ファーレーンさんのお話はそのあとで、ということで〜」
「ふぅ・・・・そうね。そうしましょうか」
「賛成。さぁ、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうか」
ハリオンの一言にファーレーンが固まり、残りの二人は頷くとテキパキと料理を仕上げ始めた。
(お鍋が吹きこぼれたのは、逆にピンチに追い込まれただけかしら?)
ファーレーンは放心状態のまま、そんな事を考えていた。
創世の刃
永遠のアセリア another if story
act 8 非日常の日常
エハの月 赤みっつの日 夕方 悠人の部屋
「で、なんで大和がここにいるんだ?」
「ひどいな・・・。第一声でそれかよ?」
俺はエスペリアに呼ばれ、早速剣術指南役としての役目を果たしていた。
「お兄ちゃんが聖ヨト語を読めないし、書けないって言うから一條先輩に来て貰ったってエスペリアさん言ってたよ」
佳織の補足にガックリと項垂れる悠人。
最近になり、戦場の恩賞という形で佳織がスピリットの館、悠人達の許に戻ってきた。
悠人は思いっきり喜んで、またそわそわして、見ているこっちまでもが焦ってくるほどだった。
まあ、帰ってきた時の二人の喜び様や、嬉しそうな笑顔を見れば、そんなことはどうでも良くなったけど。
エスペリアなどは少し泣きそうになってたし・・・・。
とりあえずそんなシスコン気味の兄を無視して、悠人の前に羽根ペンとノートを置く。
「で、どれほどなんだ?まず自分の名前でも、書いてみなよ」
「・・・・・・書けない」
「はっ?」
急に小さくなり、心なしかどんよりしたオーラを醸し出す悠人。
俺は小さな声で悠人が言った一言で、危うく椅子からずり落ちる所だった。
横でお茶を淹れていたエスペリアの表情が、唐突に暗いものに変わる。
俺は今信じられない言葉を聞いたような気がしてきた。
Q, 書けない?誰が?何を?
A, 悠人が。聖ヨト語で自分の名前を。
「あの・・・高嶺悠人くん?・・・佳織ちゃんは書けてるぞ?」
「えっ!ウソっ!!」
地球で言うところの平仮名を使い、スラスラと自分の名前を器用に書いていく佳織。
兄と妹でここまで頭の出来が違うのか・・・・・?
「申し訳ありません・・・。私が会話を教えただけで満足してしまい、それからは何もしていなかったので・・・・」
見ているこっちが申し訳なくなるくらいの顔をしたエスペリアが、俺と佳織に謝ってくる。さながら、出来の悪い息子を持った母親が教師に対して謝っているようにも見える。
「いや・・・エスペリアが悪い訳じゃない。悪いのはこのボンクラ隊長だ・・・」
「なっ、ボンクラとは何だよ!俺だって覚えようとはしたさ」
「言い訳しない。見苦しいぞ」
「ごめんなさいお兄ちゃん。・・・こればっかりはフォローできないよ」
「ぐっ・・・・・そう言う大和はどうなんだよ!?」
苦し紛れに俺に切り返してくるのだが、生憎自分が呼んでいた報告書は何で書かれていたか、よく考えて欲しい。
「ふぅ・・・。おい、お前は報告書を何語で読んでいるんだ?」
「えっ?何語って・・・・日本・・・・語」
そこまで言って気づいたか、悠人の顔は蒼白になっていた。
心なしかふるふると打ち震えていた。
「う、嘘だ・・・・。お前と俺が召還されたのは同時期のはず・・・・」
エスペリアが震える悠人の肩に手を置き、静かにため息を吐いた。
悠人は悠人で、逃れがたい現実から目を逸らすかのように目頭を指で摘んでいた。
「セリアや・・・私の提出した報告書をヤマト様が追記して、ハイペリア語に直されてから、ユート様に提出なさっているんです・・・・」
「そ、そんな・・・・・」
「俺の所は・・・教官が厳しかったからね」
レイアの鬼のような授業をひたすら受け続ければ、少なくともこの程度だったら造作もなくこなせるような気がする。
少しだけそれを思い出し、軽い身震いと懐かしさが俺を襲った。
それから黙り込み、悠人は訓練に疲れた体に加え、頭までくたくたに疲れ果てさせる事になった。
結構な時間が経ち日もすっかり暮れた頃、悠人の勉強会は幕を閉じた。
最終的には、第一詰め所に遊びに来ていたネリシアや、オルファ。果てには俺たちを呼びに来たへリオンやニムまでもが参加して、学習授業が行われていた。
もちろん悠人は別で、エスペリアの特別授業を受けていた。
「いいかい?神剣魔法を使う際、ハイロゥから流れ込む自然界のマナを体内に蓄え、それを集中させるイメージを持つ。さらに詠唱によってそれ世界に固定する」
神剣魔法について学ぶ時間。即席で用意された食堂の教室。
その一番前方で、俺は黒板に図と文字を書いていく。
俺はだてに本を読みあさっている訳じゃなく、歴史書などや、今使われているスピリット達の教科書なども読んでいるのだ。
「自分がどれだけ強い魔法をイメージ出来るか、それだけでも威力とや射程が変わってくるものなんだ。・・・・つまり、精神修養は必要って事だね。それを忘れないように」
今日は神剣魔法を放つまでの課程をざっと勉強した。
「はい、今日の授業は終了。次の授業までの予習をしておくように、・・・・ああ、悠人は宿題な・・・」
本当は悠人に文字を教えるはずが、幼いスピリット達の授業になってしまった。
しかし、事前に計画もしてあったので、悠人に宿題をだす。
「次俺が来れる日までに、そうだな・・・・スピリット隊全員の名前を書けるようにしておく事。・・・・ああ、エスペリアはあんまり手伝わないようにな?」
エスペリアに釘を刺し、悠人にも逃げ道をなくす。
最後の希望を絶たれた悠人は、某ボクシング漫画の主人公よろしく、真っ白に燃え尽きていた。
「ほら、みんな帰るぞ。セリア達がご飯つくって待ってるだろうし」
「「は〜い」」
「は、はい」
「はぁ・・・・めんどくさい」
それぞれがそれぞれの返事をし、俺の後に続いて第一詰め所を後にする。
すでに外は暗くなっており、空気も冷たかった。
じゃれついてくるネリシアをなだめながら、俺たちは自分の家へと帰る。
もちろん、俺たちは詰め所についた瞬間、年長四人にお説教を頂いたのだった。
赤いつつの日 昼 訓練所
午前中の訓練の後、へリオンの特別練習に付き合う事となった。
訓練終了後、突然「私に剣を教えてください!」などと言われ、結果的に付き合っている。
俺だけでは心許ないので、スピリット隊切り込み隊長ヒミカ、同じ黒スピリットであるファーレーンに同席して貰っている。
「まずは・・・・少し素振りを見せて」
「は、はい!」
何故に、と突っこみたくなるほど緊張しているへリオン。
がちがちに固まったままの素振りでは何も解らない。
「へリオン、緊張しないで普通に素振りしてくれればいい」
俺がそう言うと、さらに力が入ってギコギコと音が聞こえてくるような気さえする。
「・・・・・・あの、ヘリオンさん?」
かなりの時間を費やし、やっと肩から力が抜けて良い感じの素振りを見せてくれる。
見たところ振り方などには問題なく、後は無駄に掛かる肩の力を抜ければ問題ないと思う。
(ふむ・・・・)
おっちょこちょいの割には鋭い剣筋だと思える。
鋭いが・・・・それはたまにで、ほとんど気の抜けるような剣閃だ。
(少し打ち合ってみるか)
「よし、じゃあ実技だ。俺と少し打ち合ってみよう」
「えっ!あ、あぁ、はい!よろしくお願いします!」
ブンッ、と音がするほど力強く礼をするへリオンが少しだけ笑ってしまった。
「ふぇ?」
「ふふふ、いや、気にしないでくれ」
俺は模擬刀を手に取り訓練場の中心に向かう。
「あ、二人は見ててくれ」
壁際に座る二人に声を掛け、そのまま歩いていく。
へリオンは居合い、俺は正眼と構えは別だったがほぼ実戦と同じ空気が漂う。
「さあ、どこからでも」
前傾だった姿勢をさらに前傾にし、突っこんでくるとすぐに解った。
「では、い、行きます!」
案の定、凄まじい速さではあったが容易に見切る事ができた。
(そのまま懐まで飛び込んできて、居合い、と)
わかったならさせてやる必要もないと、こちらからも突っこむ。
気づいたときにはへリオンの顔が眼前にあった。
柄を握っている右手を掴み、勢いを利用して投げを打った。
腕を軸に、軽い体はくるりと宙を舞い、そして地面に落ちた。
「っ!!・・・・げほっ、げほげほ」
「まだまだ・・・甘い」
のど元に模擬刀を突きつけ、咳き込むへリオンにチェックメイトかけた。
打ち合うまでもなく、模擬戦は終了をみていた。
かなりの高速戦闘だったため、ヒミカは目で追いきれず、ファーレーンだけが現状を理解して拍手をしていた。
手を貸し、立ち上がらせようとするも、打ち所が悪かったか足に力が入っていなかった。
すぐに崩れてしまい、地面にぺたんと座り込んでしまう。
「あー、と、すまんへリオン。俺が力を入れすぎたようだ」
ふるふると首を振ってはいるものの、相当痛いのか腰をさすりながら涙目になっている。
立てないなら仕方ないと、俺はへリオンの体を抱える。
・・・・・・いわゆるお姫様抱っこ。
「ふぇ!ふぇぇぇぇ!!」
へリオンが上げる頓狂な声に驚きながらも、抱えたまま二人のもとに歩いていく。
ヒミカもファーレーンも口を開けたまま俺の行動を見ていたが、俺がとりあえず帰ってハリオンに治療して貰おうと促すと立ち上がってついてきた。
「あわわわ!ああああの、歩けます!大丈夫です!」
「だめ。俺の責任だから俺が運んでいく。・・・君は黙って運ばれなさい」
ぴしゃりと言い切り、へリオンを黙らせる。
だが俺は知らなかった。
少しだけ焼き餅を焼くファーレーンと、その横でくすくすと笑いを必死に堪えているヒミカがいる事を。
顔を赤くしてをちらちらと俺の顔を確認するへリオン。
俺と目が合った瞬間に目を逸らし、またちらちらと確認を始めるへリオンがどうにも気になり、運びながら課題を話そうと思っていたが結局話さないまま館に着いてしまった。
同日 午後 市場
食後、今度はハリオン・ネリシアと一緒に市場に買い出しに来ていた。
訓練で疲れた体を癒やそうと考えていた矢先、ネリーに手を引かれ、シアーに服引かれ、ハリオンのペースに巻き込まれ、こうなった。
ネリシアが俺の両脇で腕を組み(しがみつき?)、ハリオンがニコニコと笑いながらその横を歩いていた。
やはりここではスピリットや俺は人ではなく、汚らわしい物を見るような目で見られる。
それは腹立たしいが、少なくとも今は三人の笑顔に囲まれていて少しだけ和んでいた。
「さて、何を買うのかな?」
「はい〜。当面の食料は大丈夫なので〜」
ん?俺は何かトンでも無い事を聞いた様な気がしたぞ。
「食料は大丈夫・・・・?じゃ、何買うの?」
「はい〜。お菓子の材料を買おうかと思いまして〜」
とっても幸せそうな笑顔を浮かべ、馴染みの店といっていた場所に入っていく。
確かに、ここはお菓子の材料の専門店ですね・・・・。
「おっ菓子、おっ菓子!」
「お菓子〜」
あぁ・・・あなた達がついてきたのもこういう訳ね・・・・。
俺も後を追うように店の中に入る。なんとも甘い匂いに包まれていて、何となく居づらい。
中に客は俺たちしかなく、完全に貸し切り状態だった。
「おや、アンタは見ない顔だね?アンタは誰だい」
「私たちの剣術指南役さんで、エトランジェさんです〜。とっても優しい人ですよ〜」
「あはは、そうかいそうかい。アンタも大変だねぇ、あんな子を押しつけられちまって」
「は、はぁ・・・」
「女将さん〜。あんな子とは〜、どんな子のことですか〜?」
ものすごく面食らった。
このお菓子の材料屋の女将さんは、スピリットだからといって差別をする事も無く、どちらかというとフレンドリーな感じがした。
「お、アンタ達も来たのかい?ほれ、今日はキャンディあげようね」
ちいさなあめ玉を何粒かもらい、一つ口に放り込むと幸せそうな顔をするネリシア。
女将さんの顔はとても嬉しそうだった。
「ほら、二人ともお礼言いなさい。・・・・すいません、ありがとうございます」
「ありがとー女将さん」
「ありがとー」
「あははは、いいっていいって。今はアンタ達に貸しきりなんだし、周りの連中に遠慮する事も無いからね。・・・・それに」
女将さんの顔が奥で材料を吟味するハリオンをみて、それから俺の腕に絡みついてる二人の子供を見ると、少しだけ目は細められた。
「それにこんないい笑顔で笑えるこの子達に、悪い子や汚い子なんているはず無いのにね。・・・・あたしゃウチの店に来る子を差別したりしないよ!」
バンバンと背中を叩かれ、少しだけ息が詰まった。
しかし、この街の中にもこんな人がいてくれた事を嬉しく思う。
「では女将さん、今日はこれでお願いします〜」
「はいよ!あんたは、いいお父さんになれるよ。こんなにこの子達になつかれてるんだからね!!」
俺の顔を見ながら、いいお父さんになれるなんて言われて、気恥ずかしくなって顔を俯けてしまった。
「あははは、初初しいねぇ〜」
「か、からかわないでくださいよ・・・・・」
代金を払い、俺たちは女将さんに見送られて店を出た。
少しだけこのラキオスの城下町に住む人たちに対する見方が変わった。
第二詰め所に帰る道中またあの目で見られたが、今の俺にはどうでも良かった。
「いい人だったな・・・・」
「うん、キャンディくれるしー」
「ヤマト様一粒あげる〜」
シアーの差し出す小さな手に乗るあめをもらい、口に放り込む。
「うん、美味いな」
「はい〜。あのお店はあまり私たちを差別しないですし〜。それに、材料も安いですし〜」
ハリオンの幸せそうな顔を見ながら、俺たちは館に帰る。
その後ハリオンが焼いてくれたケーキを食後に貰ったが、とても美味しかった事を覚えている。
同日 夜 大和の部屋
レスティーナに報告を義務づけられている、スピリットの体調・マナバランスに関する報告書をまとめていると、今日は三人の少女の訪問を受けていた。
「で、どうしたのかな?」
右からセリア・ヒミカ・ニム。とても珍しい組み合わせだった。
「はい・・・・・」
「その・・・・・」
生真面目な二人からはあまり考えられないほど歯切れの悪い返事。
二人の横に座っているニムが大きくため息を吐く。
そして俺を睨むように見据える。
「・・・ヤマトはニムたちの事信用してるの?だって」
「は?」
信用してるのかと問われれば・・・・・。
「信用はしてるよ。仲間としては頼もしい限りだし」
「・・・・では信頼は?」
突然のセリアの切り返しに少しだけ戸惑ってしまった。
信用と信頼は全く別のモノであり、その尺度に差がある。
それでも今まではこの答えを言う事は難しいところだっただろう。
しかし、今日までの彼女たちの行いや、接し方を考えれば・・・。
俺は執務机から立ち上がり、そのまま部屋の片隅へと足を向けた。
「正直言ってイースペリア戦の中頃までは信頼なんてしていなかった。・・・いや、してやるもんかと思っていた。ラキオスには俺の仲間を殺されてるからね」
部屋の片隅に置かれていた小さな十字架を手にとった。
現場にいてレイアとエルを殺したという事実を知っている二人は、少しだけ表情を曇らせる。
十字架を置き直し、今度は三人の前に足を向ける。
なんのことだか解らない、という顔をしているニムの頭に手を乗せる。
「なっ!なにすんの!」
「はっきり言ってその段階で信頼していたのは、その時現場にいなかったこの子と・・・ファーレーンだけだった」
「ならば・・・・まだ私たちの事は信頼して頂けないと?」
ヒミカが真剣な表情で俺を見据え、真っ直ぐな瞳を俺にぶつけてくる。
横を見れば同様に、俺を信用しないと言っていたセリアまでもが、俺に同様の眼差しをむけてくれていた。
「いや、そのつもりだっただけさ。・・・君たちは信頼に値する人物だよ。悪いのは君たちじゃなく、政治をしている為政者なんだ」
「では・・・・?」
「ああ、君たちになら背中を任せられる」
そう言って机の方へ歩いていき、引き出しのところでしゃがみ込む。
執務机の引き出しを開け、袋を取り出す。
これの中には俺が作ったミサンガが人数分入っている。
起きてからというもの、暇を見つけて地球でやってきた事を繰り返しやっていた結果、人数分できあがってしまった。
ごそごそと袋の中に手を突っこみ、青・赤・緑・黒・白の糸で作ったものを三本取り出す。
手に持ったまま三人の座るところまで戻り、セリアの前に屈む。
「セリア、手出して」
言われるままに手を出し、視線で「何か?」と質問してくる。
その表情に少し笑いそうになるも、細い手首にミサンガを巻いていく。
幸い、サイズ的には全然問題ないようだった。
「これは?」
残りの二人にも同様に巻いてやり、巻き終わると自分の椅子に腰を下ろした。
「それはね、ハイペリアのお守りかな」
「お守り・・・・ですか?」
「そう。ちなみに、糸は君たちの色と、俺たちエトランジェの色で作ってみた」
お守りと聞き、少女たちの顔は少しだけ明るくなった気がした。
「それを絶対に外さないで、自然に切れるまで着けておく。そうすると、願いが叶うって言われてるんだよ」
「これにはどんな願いがかけられているんですか?」
手首のミサンガを見ながらヒミカが口を開いた。
周りの二人も気になるようで、俺の言葉を待っているようだった。
「それには、戦いが終わるまで・・・・いや、戦いが終わってもみんな幸せでいられるようにと、願って作ったつもりだが・・・。とりあえず、それが俺の信頼の証だと思ってくれ」
信頼の証、そう言うと聞こえはいい気がするが、結局は形でも無いと安心できない性格なんだろうか、と自分が少し情けなく思える。
その話を聞き、それまで真剣な表情を浮かべていたセリアが軽く吹き出した。
「わかりました。これがヤマト様の信頼の証だというなら、私たちはその願いに答えて見せます」
セリアがそう言って笑ってくれた。
微笑みと言っていい笑い方だったが、それがセリアにはぴったりで、初めて見るセリアの紛れもない笑顔だった。
「戦闘などで切られないようにしないといけませんね?・・・・なにしろ自然に切れるのを待たなければいけないそうですから」
ヒミカがミサンガを見ながら、頷いた。
やはりその顔にも笑顔があって、セリア同様、彼女の笑顔も初めて見た気がする。
というか、俺はまだほとんどのみんなの笑顔というものを見た事がない気がする。
「・・・・でもちょっと意外」
ニムが俺を見ながら悪戯っぽく笑っていた。
「な、なにが?」
「ヤマトって、こんなもの作れるほど器用に見えない」
気にしている事をぬけぬけと、しかもしれっと言ってくれる毒舌娘。
よく見ると年長二人も俺の事を見て、そう言えば以外だ、という顔をしている。
「悪かったな、そう言う物を作るように見えなくて。・・・・・・俺としてはそんな物を作ったりするのも結構好きなんでね」
ぷいっと顔を背け、三人を見ないようにする。
袋をヒミカに渡し、人数分はいってるからと言って、配ってくれるように頼んだ。
三人は俺が自分たちを信頼していないのでは、と思い、どうやら俺に確認に来たようだった。
でも、ニムは真面目な二人がなかなか話を切り出せない時用に連れてこられた、言わば代弁者だったらしい。
そして三人が出ていった後、俺はそんなに不器用に見えるのかと、自分で鏡を見て顔を確認してしまった。
そんな自分が恥ずかしい。
とりあえず、こんな状態では報告書も書けないので俺は少し早いが寝る事にした。
ファンタズマゴリアに来てから、俺は自分の知らなかった自分に気づかされ続けている。
これから先には、どんな自分と出会うのだろうと思いながら眠りについた。
後日、第二詰め所や第一詰め所の面々の手首にミサンガが巻かれ、俺に会うたびに悠人が「似合わないねー」などとからかわれる始末。
でもそのおかげで、他のみんなとの距離がかなり縮まった気がする。
俺はそれを嬉しく思いながらも、俺が作ったという事実をヒミカがばらした時のみんなの顔は一生忘れないと思う。
エスペリアが目を丸くし、ハリオンが珍しく驚き、その他の面々も驚きを隠しきれないといった感じで、俺に好奇な視線をを向けてきたものだった。
それからしばらく、俺には[手芸指南役]なる変なあだ名が付けられた事も追記しておく。
反省:もう絶対にあんな物作らない。
つかの間の日常で、少年は妖精の少女たちと心を通わせる。
いつか訪れるであろう最終決戦を彩る重要な要素として。
これからの戦いを戦い抜くには、少女たちを一つにまとめ上げ、そして少女たちの気持ちを一つにまとめる必要がある。
時として想いは、大いなる力をも凌駕するものとなる事を忘れないでほしい。
心なき力はただ破壊しか生まず、力なき心では何者をも守ることはできない。
少年の征く道に、マナの加護が多からんことを・・・・・。
to be contenued
やってしまいました(苦笑)。
この時期のラキオスに、あの女将さん的な人はいるのでしょうか?
居て欲しいなと希望を持ちつつ、書いてみた一作ですが・・・・・・どうだろう?
しかもかなり豪快・・・・・・やっべーかも知れないです。
でも、こういう人も居ても良いだろうと思いましたよ。
PS2版の本編をやりながら、こんな展開はどうだろう?と考えてみたのですが、本当に胴だろう?な展開になってしまいました。
最後のほうに登場したミサンガについてです。
大和に趣味を持たせる事については二、三話前から考えていたのですか、手芸とは(苦笑)。
・・・・・・きっと文化部なんだよ!うん、そうに決まってる。
などと自分に言い聞かせながら書いていました。
でも、男性でも器用な人は作ったりしている人、居ますよね?
ということで、あまり不自然なものでは無いと思うのですが。
もっともっと、大和の人間性を書いて行けたらいいなと思いつつ、これから先の話の構想を練っている今日この頃です。
ここまで呼んでくださった方々に敬意を表し。
幸村