(・・・・・ここは何処だ?)
 
気が付くと暗闇の中を漂っていて、五感の全てが失われていた。
全てがあやふやで、また全ての存在がはっきりしていて、何が何だか解らない。
ただ一つ、そんな中で一つだけ解る事があった。
 
(・・・あぁ、これは彼の心なんだ)
 
【精進】、つまり俺の持つ永遠神剣。
そのため全てがあやふやで、全てがはっきりしていた。
俺は暗闇の中を漂っていて、【精進】の中心にたどり着いた。
五感がないのに何故解ったかというと、ただ何となく、ここが彼を形成する中心であり、これが彼の心の中心、つまり想いの結晶だと解ったから。
そこで俺は【精進】を形作るものに触れた。
それはとても穏やかで優しく、また同時に獰猛で冷酷な意識の集合体だった。
しかし、中心の更に中心、それは近視感を覚える人物がいた。
 
(・・・・・誰だっけ?この女の子・・・・何処かで見た事がある。それに・・・)
『その者が我の力の中心であり、主殿の戦う全てでもあるのです・・・・』
 
突然、暗闇の中に【精進】の落ち着いた声が響き渡る。
『その者を守りたいと・・・その者のために力を望みなさい。それが主殿の全て・・・。主殿の思い人です』
 
思い人、いまいちピンと来ない単語に、俺は首を傾げたような気がした。
 
(何言っているんだ?まだ彼女とは出会ったばかり・・・・)
『それでも、主殿は彼女のためなら・・・・命も惜しくないとお思いでは?』
(・・・・・)
 
的を得ていて何も言い返せなかった。
確かに、あの時ああしてしまったのは、彼女が気が許せた人物だったからだったから。
 
『さあ、どうです?主殿・・・自分の心に正直で在れ。さあ、そろそろ頃合いであろう。主殿のいるべき場所へ、帰るのです』
(な、ま、待て!彼女は・・・彼女は俺を待っていてくれているのか?)
 
その問いに答える者は無く、俺の意識はもと来た闇の中を凄まじい速度で戻り始めた。
 
 
 
 
 
 

                創世の刃
              永遠のアセリア another if story
              act 7 目覚めた想い・大切なヒト

 
 
 
 
 
 
    聖ヨト歴三三一年 ルカモの月 黒いつつの日 
    夜 スピリットの館第二詰め所 大和の部屋
 
 
 
 
「う・・・・・ん・・・ん?」
 
暗い部屋の中で意識が覚醒し、周囲を見回してみた。
 
「ここは・・・・俺の部屋・・・・か?」
 
疑問形なのは、来てすぐに戦場に行ったため、確認も整理もしてなかったはずが、綺麗に整理整頓されていたからだ。
窓から照らす月明かりだけが照明で、部屋の中を薄暗くライトアップする。
ベッドから立ち上がり、窓を開け新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。
冷たい空気だったが、そのおかげで俺の目は完全に覚めた。
 
「何か・・・前にもこんなことあったような・・・・」
 
来たばかりの時、言葉も知らない時、失われた国で俺は彼女たちに出会った。
そしてここでも・・・・・、コンコンと、控えめなノックが聞こえてきた。
 
「・・・・はい、どうぞ」
 
廊下で誰かが息を呑むの気配が、部屋の中にいる俺のところまで伝わってきた。
そしてすぐ、ドタドタと走って階段を駆け下りる音が聞こえてきて、俺は一人取り残された感が溢れてきた。
 
「・・・・・・なんだかな〜」
 
と、一人ごちる俺だった。
さらにまたすぐ、ドタバタと、今度は大人数の足音が部屋に接近してくる。
そしてドアを蹴破るように誰かが進入してきた。
 
「ヤマトさま〜!!」
「さま〜!!」
 
スピリットの年少組(内二人)のタックルが俺を襲い、そして床にたたき付けられるように押し倒される。
 
「・・・ぅごふ!」
 
少しだけ頭を打ち、再び頭がボーッとしてくる。
身体を起こし、頭を振り意識をはっきりさせる。
 
「いててて・・・・おはよう、みんな」
 
扉の向こうには、館に住むみんなが俺を迎えてくれていた。
 
 
 
その後、食堂に俺たちは降り、みんなと話をすることになった。
と言ってもかなり遅い時間で、年少組(+ナナルゥ)は寝てしまった。
しばらく状況を聞いてから俺は愕然とした。
何でも、俺はイースペリアでマナ消失を切り裂いた後から、かなり長い間眠っていたらしく、もうしばらく眠っていたら王が処刑するつもりだったらしい。
 
「何でも、「使えないエトランジェは殺して、もう一人のエトランジェに神剣を与えれば良い」と、王が申していました」
 
とヒミカが補足してくれた。
俺が眠ったまま殺されたかも知れないなんて、正直ゾッとする。
 
「でも〜ユート様が、絶対にそんな事はさせない〜って、レスティーナ様に抗議してたんですよ〜」
 
台所からお盆にカップを乗せたハリオンがそう言いながら歩いてくる。
机のところまで来ると、一人一人の前にカップを置いていったくれる。
 
「ありがとうハリオン」
「いえいえ〜お姉さんですから〜」
 
だからこの「お姉さんですから〜」って、何なんだろうか?
とりあえず一口カップに口を付けた。
ハーブの爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、とても清々しい気分になった。
 
「しかし、ヤマト様が眠っている間にこの国の事情も変わりました・・・」
 
ファーレーンが重い口を開き、そっと瞳を伏せる。
 
「あの後、ラキオスは正式にサルドバルトに抗議を入れ、戦闘になりました。結果は・・・・言わずとも私たちを見れば理解して頂けますね」
 
セリアの言葉に静かに頷く。
彼女たちが無事という事は、勝利したという事で間違いないだろう。
 
「そう言えば、お体の方は・・・もう何とも無いんですかヤマト様?」
 
ファーレーンが心配そうに俺を見る。
 
「そんなに酷かったのか?」
「はい。信じがたいですが・・・・・マナ消失切り裂いた後、全身の傷が開き、治療もしばらく続いたんです」
「そんな事になってたのか・・・・」
 
服の袖を捲り、腕を見てみると包帯が巻かれていた。
身体の異常はあまり感じられず、痛みもないし動かす事にも支障はない。
答えに渋っていると、ファーレーン達が俺の方に近づいてくる。
 
「大丈夫なんですか?どこか動かしづらいとか、痛みが残っているとかありませんか?」
 
凄く心配げな顔を浮かべるファーレーン。
 
「あ、ああ。問題ない。大丈夫だから・・・そんなに心配しなくても大丈夫」
「そんな事を言ってはいけませんよ〜」
 
ハリオンが少しだけ怒ったような表情を浮かべる。
 
「ファーレーンは訓練や戦闘が終わったらすぐに館に戻り、ヤマト様の看病やお部屋の整理などをしていたんですよ」
 
ヒミカが少しだけ悪戯っぽい表情を浮かべる。
真面目な彼女だけに、こういった表情も出来るのかと感心してしまった。
 
「は、ハリオン!ヒミカも・・・。も、もぅ」
 
顔を真っ赤に染め、困ってしまったファーレーン。
普段あまり見ない表情だけに、少しだけドキッとしてしまう。
 
「みんな、話が終わったなら睡眠を取らないと。ヤマト様だって病み上がりでお辛いでしょうし、みんなも訓練があるんだから」
 
セリアがそこでファーレーンの話を打ち切り、睡眠を取るように促す。
確かに少しだけ身体が辛かった。
 
「あ、ああ・・・そうだね。時間はたくさんあるんだ。後は寝てからにしようか・・・」
 
そこで立ち上がり、俺は自分の部屋に向かおうと歩き出す。
みんなもそこで立ち上がり、それぞれの部屋へと帰っていった。
明日からはきつい訓練が待っていそうだ。
 
 
 
 
      赤ふたつの日 第二詰め所 食堂
 
 
 
 
あれからしばらくして、神剣を握っただけで身体が本調子に戻ったという不思議な状況の中、午前中の訓練も終わり、第二詰め所に暮らす面々は昼食のため食堂に集まっていた。
 
「おお、今日は豪華な気が・・・」
 
意外に豪華な食事に、正直に感嘆の言葉を上げる。
テーブルの上に並ぶ色とりどりの料理。
そのどれもが美味しそうで、そして同時に暖かな家庭料理の数々だった。
 
「どうでしょう?今日ヤマト様にこの世界の料理を召し上がって頂こうと思い、みんなで作ってみたのですが・・・」
 
ファーレーンがはにかみながら料理を並べていく。
最近解ったのだが、彼女は表情全体を見るより目元を見ていた方が感情がわかりやすい、ということだった。
と言うより、仮面を付けているのが常なので、目元で表情を判断しているだけであるが。
 
「ネリーも手伝ったよ!」
「シアーも!」
 
タックルをくれた二人が元気よく手を挙げる。
彼女達は「二人で一人」と言う感じで、元気で明るいネリーと静かで少し臆病でおっとりしているシアーで良い感じのバランスが保たれている。
二人の頭を軽く撫でてやると、嬉しそうに眼を細めてニコニコと笑っている。
(何というか、小動物を連想するなぁ)
ニムは自分の席に着き、何となくボーッとしている。
(あれはあれで小動物・・・・・)
怯えと羨望が入り交じった視線でネリシアと俺を見て、よく見ると小さく手が上がっているへリオン。
(・・・・この子達は自己顕示欲が強いのか?)
とりあえず視線がぶつかったので、少しだけ笑いかけてやるとすぐに顔をそらしてしまった。
(いまいちよくわからん・・・・)
 
「さあさあ〜、みんなでご飯を食べましょう〜」
 
ハリオンのこの一言とともに、食事が開始された。
 
 
 
「さて、いただきます」
 
これまでの習慣で、食前にはこの挨拶が無いと始まらない。
挨拶をした後、取り分けられていた野菜スープの芋を口に運ぶ。
ほこほことしていてとても美味しい。
口の中のものを嚥下し、お茶を飲もうと顔を上げたとき、みんなが俺の顔を見て不思議な顔をしていた。唯一、ナナルゥだけが黙々と食事を続けていた。
上座に座っているため、俺は何かあったのかと思った。
 
「な、なに?」
 
一番近くに座っていたヒミカにとりあえず聞いてみた。
 
「その、イタダキマスというのは何なのですか?ユート様もしますが・・・」
(ああ・・・こっちの世界にはこういう風習がないのか)
 
なんと説明したらよいかものかと考えてみると、ファーレーンも口を開いた。
 
「あの、食後も何か言ってますよね?」
「あぁ・・・これは、向こうの世界の食事の挨拶なんだ」
「挨拶?」
 
セリアが食を止め、興味深げに俺の方を見ていた。
 
「うん。食事をするというのは、生きていたものの命を喰らって俺たちはお腹を満たすわけだ」
 
ヒミカがいまいち掴みきれないといった表情をする。
 
「いいかい?要するに・・・だ」
 
そう言って俺は肉をフォークにさして持ち上げてみせる。
 
「この肉は、もとを辿れば生きていた動物の肉だ。それで、俺たちは自分が生きるためにその命を貰ってるんだ」
 
何となく解ったのか、セリアがなるほどという顔をしている。
 
「命は尊いものだ。だから俺はその命を自分の命として貰うために、命を“もらいます”と意味で、“いただきます”と言うんだ。あとは作ってくれた人に対するお礼も込めて」
 
そう言って肉を口に放り込む。
噛みしめると味がしみ出てきて、これも美味い。
 
「では、食後に言うものは?」
「そうさね・・・・。これも同じで、生きとし生けるものから命をいただいたんだ。だから、ありがとうという意味を込め、“ごちそうさま”といって食事を締めくくるんだ」
 
なんとなく解りづらい説明だっただろうか?
しかしセリア以外の年長組も理解できたようで、しきりに頷いていた。
突然ヒミカが手を止め、胸の前で手を合わせた。
何をするのかと見ていれば、「いただきます」と言って再び食事を開始した。
みんなもヒミカに習い、それぞれ手を止め「いただきます」といってから食事を始める。
みんなが地球の習慣に触れてくれて、何となく嬉しく思う。
それから、和気藹々と食事の時間は流れていった。
 
 
 
食後、部屋に戻った俺のもとに意外な人物が訪れてきていた。
 
 
 
「・・・・何かあったのかな?セリア」
 
執務用の机から椅子を引っ張り、それに腰掛けながら声をかける。
執務机を挟んで座るセリアの顔は、どこか沈んでいた。
 
「あの・・・以前のイースペリアの事なのですが・・・」
 
イースペリア・・・・多分、俺が彼女に掴みかかった事だろうか?
 
「あぁ、あの時は・・・」
「申し訳ありませんでした。ヤマト様は私の仲間を守ろうとしてくれたのですよね?」
頭を下げようとした途端、逆に頭を下げられてしまい面食らった。
俺がポカーンと口を開けたままセリアを見ていると、彼女は顔を上げ、語り出した。
 
「あの後、少し私も考えてみました。確かに、私もあの状態ならあの子達を逃げさせたと思います。・・・・ですが、あなたの事を責めるだけで。私に非があった事を認めます。」
 
そういって再び頭を下げるセリア。
 
「なぁ、頭を上げてくれ。・・・俺は別に謝って欲しい訳じゃない。俺の考えを少しでも解ってもらえたなら・・・・それは光栄だ」
「しかし、貴方の理想論までは認めた訳ではありません。私たちはスピリットですし、それは変わる事はないと思っています」
 
やはり気の強い娘だと思った。
 
「ああ、構わないよ。俺も押しつける気は無くなった。・・・・時間を掛けて解ってもらえばいいと思ってる。それに、君の言う事も最もだった。あそこは突出しすぎた俺のミスだ。・・・・・すまなかった」
 
俺も頭を下げ、セリアは困惑の顔を浮かべていた。
 
「何故・・・あなた方はスピリットに優しくできるのですか?・・・スピリットは」
 
それ以上言わせまいと、少し苦笑いを浮かべたまま俺の話を挟む。
もう「スピリットは道具」なんて、聞き飽きていた。
少なくとも、俺と悠人はそんなことを考えたこともないし、露ほどにも思っていない。
 
「俺たちと違うところはない。食事の時にも話したが、命は尊いものなんだ。それを道具扱いして良いはずがないし、それに・・・・」
 
そこで話を打ち切り、セリアをジッと見つめた。
セリアは少したじろぎ、訝しむような視線を俺に向ける。
 
「何より君たちスピリットは・・・その、何て言うか・・・・綺麗・・・だと思う」
 
そう言う俺の顔は赤かった事だろう。
しかし、これは偽らざる本心で、彼女たちは下手な誉め言葉が見あたらない程、美しく気高い存在だと思っていた。
 
「そ、そんなくだらない事!・・・・これで失礼します!」
 
そう言って彼女は顔を赤くして、急いで俺の部屋を出て行った。
すごい音とともに力強くドアが閉められ、少しの間耳鳴りがしていた。
 
 
 
 
一人になった部屋の中、俺は[彼女]の事を考えていた。
【精進】の中心で触れた彼の心であり、俺の心。
その中には[彼女]の優しげで、嬉しそうな笑顔があった。
いつか俺の横で、ずっとあの笑顔を浮かべていてくれる気がしている。
 
『ご自分の思い、気づきましたかな?』
「君の中で・・・まさか自分の心の中を見せられるとは思っても見なかった。確かに、あれからよく考えたら・・・・俺は彼女を大切に思っているのかも知れないね。・・・・まぁ、面影が似ていたってのもあるかも知れないけどね」
 
冷静な【精進】の言葉に苦笑いを浮かべてしまう。
俺の心は確かに[あの時]から、彼女が大部分を占めていたと思う。
今更ながら自分がどれだけ自分を知らなかったか、と言う事を思い知らされた。
何でもっと早くに気づかなかったんだろか?
俺はイースペリアのあの時、もう彼女を悲しませたくないから、あの行動にでたはずだった。そう、だから・・・・・。
 
「俺は・・・・」
 
 
 
 
            同日 夜 大和の部屋
 
 
 
 
湯浴みを済ませ、俺はいつもの日課である読書を開始していた。
この世界の言語、つまり聖ヨト語は、崩して書くとミミズがいるみたいな感じがする。
どこかで見た事があると思い返せば、地球でかなり古い文献を読んだときに書かれていた文字も、だいたいこんな感じだった。
今日読んでいるのは、[伝説の再来]なるものだった。
城下町で割と人気のある文学作品らしく、内容も俺や悠人のように異世界から召喚された人物が国のために戦うという、まあ国が発行したエトランジェ宣伝文書みたいな内容だ。
 
(まったく・・・・馬鹿馬鹿しい。俺たちは広告塔じゃないだろう)
 
読み進めながら思うのは、やはりスピリットは当然のように登場し、道具のように扱われ、そして人間のために戦い抜き、やがて死んでいく。
そうまでしてスピリットを嫌う理由は何なのだろう?
コンコン。
ノックの音が静まりかえっていた部屋に響いた。
 
「はい、どうぞ」
「失礼します」
 
お盆にカップとポットを乗せて、ファーレーンが室内に入ってきた。
 
「寝る前に読書されてると聞きましたので、お茶をお持ちしました」
「ああ、ありがとうファーレーン。・・・と、そうだ。少し話がしたいから、君も一緒にどうかな?」
「??はい、構いません。では、もう一つカップを持ってきますね」
 
カップを取りに階下まで戻っていくファーレーンを見送りながら、カップに一杯注ぐ。
口をつけると、ハーブの優しい香りがリラックス効果を生む。
その香りは、以前感じたファーレーンの薫りによく似ていた。
雑念が頭をよぎり、顔が紅潮していくのが解る。
 
「いかんいかん。ファーレーンを待つか・・・」
 
窓の外を見ながら、もう一口お茶を口に含む。
ほどよい甘さがあり、ほろ苦いこの味に、やはり何故か彼女を思い浮かべていた。
 
 
 
 
それから、俺は戦場では見る事の出来ない彼女の一面を見ていた。
ファーレーンは戦場で見せる一片の容赦も与えない戦士ではなく、優しく淑やかでとても可愛いらしいと思える女の子だった。
 
「あ、そうです。・・・・ちょっと失礼しますね」
 
言うなり、おもむろに仮面に手を掛け、外し始めた。
突然の行動に面食らい、恥ずかしがり屋なのでは、と想いを巡らせる。
 
「あ、あの・・・セリアやヒミカ達に・・・その、馴れておけと言われまして」
 
俯ける顔には少しだけ朱がさしていた。
 
「うん・・・俺もそうしてもらえると嬉しいね。ここは戦場じゃあないんだ。安心できる場所なんだから、その仮面はなるべく着けない方が良いよ」
「そ、そうでしょうか・・・・?」
「うん。いつまでも着けていたら、それが当たり前になってしまう。だから、逆に外せなくなるんだよ」
 
少しだけ諭すように語る。
俺がこんなに語れる人間だったなんて、今更ながらに驚かされた。
 
「あの、それで・・・・お話とは?」
 
俯いたままの状態で、上目遣いでおずおずと訪ねてくる。
 
「あぁ、そうだね・・・・。ダーツィにいたときの話をしようかと思ってね」
 
“ダーツィ”と言う単語に反応し、ファーレーンの動きが固まった。
心なしか、心配げな表情を浮かべている。
 
「あぁ、心配しないでくれ。俺も・・・誰かに話しておきたいんだよ。・・・・そろそろ踏ん切りを付けなきゃならんし・・・」
 
笑いかけるも、その顔はぎこちない笑顔だったのでは無いだろうか。
 
「俺がこっちに来たとき、ダーツィ領の草原で倒れていたらしいんだ。それで・・・保護、いや、確保・・・かな?された後に、一人のスピリットと戦わされたんだ・・・俺の力を調べるために。それが君に似ていたっていったレイア・・・・レイア・ブルースピリット」
 
だろ外に視線を移し、遠い日々を思い出す。
辛かったことが多かったが、俺には彼女たちがいたからこうして今もここに立っている。そう、それこそが一番の悦びなのかも知れない・・・・。
学事教育の事、戦闘教育の事、部屋を巡っての騒動、ボコボコにされ続けた事、ほぼ毎日のように説教が待っていた事。
様々な思い出が俺の心を駆けめぐり、そして泡が割れるかのように消えていった。
そのどれもに驚き、クスクスと笑い、ファーレーンの豊かな表情にどれだけ心を救われていることだろうか。
最後に・・・・。
 
「・・・・でさ、彼女たちは俺の目の前で死んでいったよ。エルは俺に結構好きだった何て遺言残していくし、レイアは俺を逃がそうとして、一人でここの・・・・ラキオスの部隊に突撃したんだ。・・・・その時の光景が瞼に焼き付いてね。それで、ダーツィの城壁の上で・・・・悠人に会った時に思ったんだ。俺は“エトランジェ”なんて呼ばれて浮かれていただけで、本当は何の力もない、ただの人間なんだって・・・・。実際、俺にそんなに力があったとは思えない。あの時は辛うじて【精進】の声が聞こえていたくらいだし」
 
お茶を飲み一息つく。すっかり冷めてしまって、あまり美味しく無かった。
 
「だからがむしゃらに強がったんだろうね・・・・。強くなくとも、強く見せようと。だからイースペリアであんな行動に出たんだ。俺はただ、みんなに認めて欲しかっただけなのかも・・・・いや、必要だと思われたかっただけかもしれない」
 
首を振り、自分の考えてきた事を全て否定する。
そんなのただの欺瞞でしかないと、今になって気づかされた。
そう思うと情けなくて、何故だか涙がこぼれ落ちた。
小さな染みが点々と机を濡らす。それが今の俺の気分でもあった。
今まで作っていた虚栄という名の壁に、小さい、けれども確かな穴が開いていく。
泣きながらも自嘲が浮かんできて、俺は笑わずにはいられなかった。
 
「笑っちまうだろ?俺は弱い自分を隠す事で、今までこうやって生きてこれた。彼女たちを守るなんて言ってたくせに、彼女たちが俺の身代わりになって死んだとき・・・心の何処かでは自分が生きてるという事に安心していた・・・・」
 
言葉の一つ一つを噛みしめるように、そして絞り出すように震える声で紡ぐ。
静かに俺の言葉を聞いてくれるファーレーンがいなかったら、多分俺はもう発狂してる事う。椅子の背もたれに体を預け、天井を見る。
しかし右手で顔を覆い、これ以上泣き顔を見られまいと最後の虚勢を張る。
 
「・・・・俺は凄く自分が惨めったらしく思えてくるよ。大きな事をいっときながら、それの奥では保身を考えてるなんて・・・もう、本当に・・・・!」
 
突然の事だった。
俺は気づくとファーレーンに抱きしめられていた。
 
「な・・・・?」
「もういいです・・・・。わかりましたから・・・・・。そんなにご自分を責めないでください」
 
ファーレーンの声は震えていて、俺の頬には熱い雫がこぼれ落ちてきていた。
それがなんなのか理解できた時には、心は何故か軽くなっていた。
 
「やっと・・・やっと弱みを見せてくれましたね。・・・・私は、貴方が心配だったんですよ?ご自分ばかりを責めて、周りに吐き出しもしなければ、何かで解消するわけでもない。なんで・・・そんなにご自分ばかりを責めるのですか?」
 
彼女には全てばれていたようだった。
それはとても恥ずかしく、同時に嬉しいものだった。
(こんなにも・・・俺を心配してくれる人がいたのか・・・・)
顔を上げると、涙に濡れた女神の微笑みがそこにはあった。
ただただ美しくて、ただただ儚くて、俺は目を離せなかった。
スカイブルーの瞳と視線がぶつかり、気恥ずかしくなってきた。
 
「ファーレーン・・・ごめん」
「いえ・・・良いんです。・・・・きゃっ」
 
少しだけ腕の力が緩んだ瞬間、俺は逆にファーレーンを抱きしめた。
腕の中にいるファーレーンは小さく、華奢だった。
こんな少女たちが戦っている現実を見つめ直し、俺は抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。
 
「あ、あの・・・ヤマト様?」
「ごめん・・・・もう少しだけ・・・・このままいさせて」
「・・・・・・・はい」
 
それきりファーレーンは俺に身体を預け、ゆっくりと目を閉じた。
 
 
俺の中にはっきり目覚めた気持ち。
(俺は、この子が好きなんだ)
やっと【精進】の中心で見たイメージが俺のなかで繋がる。
【精進】によって気づかされた想いが、やっと現実の俺にも大切なものとして認識できた。
俺は目覚めた想いが無くならないように、強く、本当に強くなろうと決めた。
 
 
 
 
 
 
本当に大切なモノを気づかないふりをして、過去ばかりを見て今を見ようとしなかった。
大切なのは今までを心に留めたまま、これからをどう変えていくだった。
少年は芽生えた想いをなくさないように、少女の華奢な体をきつく抱きしめた。
生きている温もりを感じ、また少女の存在をもっと近くに感じたかった。
いつか夢見た想いに目覚め、少年は本当の強さを知る。
戦う事が宿命ならば、彼女を守り抜く事を宿命とするだけ。
彼女の笑顔を守り、彼女の幸せを守るためだけに刀を握る。
迷いが無いと言ったらウソになる。
しかし、その迷いを抱えたまま、少年は心に生きる。
                           to be contenued
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
あとがき
 
 
と言うことでお送りしましたact 7。
いかがでしたでしょうか?今まででわかっていた方も居ると思いますが、創世の刃のヒロインはファーレーンさんになる予定です。
なんの伏線もなくてゴメンナサイ。
 
少しここでは主人公に傷を抉ってもらいまして、優しさに触れることで自分の気持ち、思いに気づいて貰おうと考えた結果がこうなりました。
が、・・・・・・勉強不足ですね(苦笑)
正直どう書いたら良いかわからず、独白を聞き、やっとため込んだ物を吐き出してくれたヤマトに対して、どういったアプローチでファーレーンを絡ませようかが悩みました。
でも、(あくまで何となくですが)母性的なところがあるファーレーンならば、こうするのでは(?)ということで挑戦させて頂きました。
結果は・・・・・何とも言い難いものです。
それでも、皆様が楽しんで頂けたのなら幸いです。
 
ここまで読んでくださった方々に敬意を表し。
幸村