「これで・・・・最後だ!!」
 
斬ッ!!
【精進】がスピリットの身体を切り裂き、金色の霧が空へと昇っていく。
その金色の霧を見るたび心が痛み、また何故か気が昂ぶっていくのがわかる。
それでも右手にある重さは、心地の良い物だった。
慣れてきた【精進】の重さ、そしてマナという麻薬の効力が俺を少しながらも心に作用していく。
しかしながら一刀を振るう度に、俺は虚しさを感じずには居られなかった。
自己満足のために刃を振るい、その目標を切り倒していく。
ここに自己矛盾を感じずには居られない。
 
「これは・・・・本当にスピリットたちのため、なのか・・・・?」
 
天を仰ぎ、誰にとも無く小さな声で呟く。
誰にも聞こえていないと思っていたヤマトだったが、ファーレーンはヤマトを見ながら少しだけ悲しげな瞳をしていた。
それに気づいたヤマトは顔を上げ、ニコリと笑顔を向ける。
 
「どうしたのファーレーン?・・・・なにかあった?」
 
その笑みは悲しげに見えて、ファーレーンは何とも言い難い複雑な気持ちになった。
(またこの人は何かを抱え込んでいる・・・・。少しは吐き出してくれても良いのに)
ファーレーンは自分がスピリットだからと思い、少し寂しくなる。
またニムントールはそんな姉の姿を見て、ヤマトに対して不思議な怒りが湧いてきた。
 
「ちょっとヤマト何にかあっ・・・ムグっ!」
 
ファーレーンは持ち前の素早さで妹の口をふさぎ、羽交い締めにしてその先を止める。
 
「い、いえ何でも無いんです!お気になさらず」
「??そう?なら、悠人たちと合流しよう」
「はい!」
「んー!!んんーん〜、うんんん!!(あー!!お姉ちゃん〜、離して!!)」
 
ジタバタと暴れているニムが何かを言っていたが、ファーレーンは絶対にその手を離すことはなかった。
 
 
 
 
 
 

               創世の刃
             永遠のアセリア another if story
               act 6  争いの代償

 
 
 
 
 
 
      救援戦開始一日後 昼 ラキオス軍本陣
 
 
 
 
突入に向け、俺たちは再び作戦会議を行っていた。
簡易に立てられた会議場に悠人以下、小隊長、エスペリアが集結していた。
 
「まずよく無事で集結してくれた。ありがとう」
 
とりあえず俺はねぎらいの言葉を述べる。
 
「さて、ここまで来たわけだけど・・・どう攻める。大和、アドバイス・・・」
「失礼ですがその前にユート様、ラキオスから命令書が届いています」
 
エスペリアが悠人の話を遮り、口を開いた。ラキオスからの命令書なんて正直聞いたこと無く、それも王直々の命令書のようだ。
あの髭面がほくそ笑む顔が思い浮かび、俺は何だか無性に胸を掻きむしりたくなった。
王の手の上で踊り続ける戯曲を演じる俺。
そんな莫迦らしい話は無いだろう、と思いながらそれをやっている俺。
なんだかそんな自分がとても馬鹿らしくなってきた。
 
「そんなもの、いつ来たんだ?」
「いえ、先ほど伝令が来まして、何でも・・・・イースペリアのエーテル変換私設を破壊せよ、とのことです。それと・・・あらゆる救助活動は行うなとも」
「変換私設を?何で?」
(ちょっと待て!あらゆる救助活動は行うなって・・・・・どういう意味だ!)
 
エスペリアの話を聞き、納得いかないとばかりに質問をする悠人。
逆に怒りがわき起こる俺。しかしここで俺が何を言っても無駄と言うことは判っている。
王直々とあっては一兵卒に過ぎない俺が何を言ったところで意味を成さない。
(あの下衆オヤジ・・・・・何を考えてやがる!!)
俺は必死で自分を落ち着かせ、悠人の疑問点に対する答えを考える。
と言っても、俺としては今破壊するメリットというものを考えても、デメリットの方が大きいと思う。
 
「それなのですが・・・極秘事項と書かれています」
 
・・・まあ極秘事項となっているが、いくつかの可能性が考えられる。
可能性としてあるのは、サルドバルドに渡す前に破壊すると言うこと。
または、制圧後の事を考えて、敢えて今ここで破壊しておくと言うこと。
 
「・・・・とりあえず、考えても仕方ない。その作戦は第一小隊でやってくれ。その間に他の隊で陽動を行う。・・・・これでどうだろう?」
 
俺はなるべく考えを表情に出さぬよう、理性を総動員してやっと言葉を放った。
悠人はしばらく考えていた。
そして答えが出たのか、顔を上げ力強く頷いた。
 
「あ、でもオルファは置いていってくれ。」
「どうしてだ?」
「そっちの任務は極秘。つまり隠密。だから、派手にやる必要がないだろう?だが、外組は派手に行く必要がある。・・・・敵の目を外に引きつけるためにも、ね」
「なるほど。解った、オルファは大和に任せる」
「畏まりました。お任せください、隊長殿」
 
執事の用に恭しく、かつ仰々しく礼をしてみせる。
苦笑いを浮かべる悠人だったが、やがて表情を引き締め立ち上がった。
立ち上がったときに大きく揺れたのか、左手は【求め】に添えられている。
 
「それじゃ、今回はそれで行こう。みんなそれで構わないかな?」
 
異存はないようで、エスペリア、セリア、ヒミカは頷き返してくる。
それで会議は終了し、俺たちは身体を休める事無く戦場に向かった。
 
 
 
 
     同日 首都イースペリア
 
 
 
 
「さて・・・と、みんな準備はいいか?」
 
辺りを見回せば、力強く頷くスピリットたち。
その表情(一部無表情)を見て心強く思う。
 
「俺たちの役目は陽動だ。派手にやってくれて構わないが・・・少し考えてくれな?特にオルファ、ナナルゥ。派手にって言ったって限度はあるから。破壊はしないようにな?ここに住む人たちだっているんだから」
「は〜い!オルファ頑張っちゃうよ〜!!」
「了解・・・。出力は押さえます」
 
何故か一抹の不安を感じながら、俺たちは作戦行動を開始する。
 
「よし、行こうか。各隊!散開!!」
《了解!!》
 
 
 
 
 
 
    三十分後 イースペリア城 エーテル変換施設周辺
 
 
 
 
「そろそろ、かな?どうエスペリア?戦闘を開始した様子はあるか?確か・・・狼煙を上げると言ってたけど」
 
エスペリアは空を眺める。
城壁の切れた空から、一条の白煙が立ち上っているのを確認し、悠人に確認を取る。
 
「あれでしょうか・・・・・?あれだとすれば、大丈夫です」
「よし、行こうか。二人とも・・・走るぞ」
「かしこまりました」
「ん・・・」
 
俺は大和たちの行動開始から三十分後、行動を開始した。
狼煙でスピリットをおびき出した(らしい)と合図が上がり、一気に城内の変換施設まで走り抜けようと試みている。
イースペリア城の変換施設まではそれほど時間は掛からないらしく、俺たちは神剣を手に走り続けた。
 
 
 
「・・・・おかしいです。」
 
走りながら、エスペリアは周囲を見て訝しげに呟いた。
それでも足を止めることはなく、悠人たちは広い廊下を駆け抜けている。
悠人は横を走るエスペリアに首だけを向け、その表情を覗った。
 
「何が?」
「どの国でも大概、変換施設というものは最終防衛線のはずです。ですから、これほどまでに警備が手薄というのは・・・正直、考えられません」
「施設だし、また作ればいいって思ってるんじゃないか?」
「ですが・・・・」
 
だがそう言われれば、確かにそう思えてきた。
確かに悠人たちはまだ一度もサルドバルトのスピリットはおろか、イースペリアのスピリットに接触していなかった。
イースペリア側は敵襲で混乱しているとは考えにくく、サルドバルト側もここを落とせばほぼ勝ちが決まるという場所を、わざわざ後回しにするとは考えにくい。
何より、交戦した形跡すら薄いのだ。
 
「とりあえず急ごう。ここで俺たちが議論してても仕方ないよ」
「はい・・・」
 
何とも腑に落ちないといった感じのエスペリアだったが、当面は変換施設に向かうことを最優先した様だった。
 
 
 
 
巨大な鉄扉を根こそぎ【求め】で吹き飛ばすと、中には不思議な空間が広がっていた。
巨大な八面体の結晶に、これまた巨大な永遠神剣と思われるものが突き刺さっていて、天井から機械がぞろぞろとその結晶に繋がれている。
 
「ここが変換施設中心部です」
 
エスペリアがはしごを登り、操作盤と思しきものに近づいていく。
 
「ユート様とアセリアは警戒をお願いします」
「あ、ああ」
「ん・・・・」
 
エスペリアが操作を開始し、俺とアセリアは扉に向き直り警戒を始めた。
しかし、俺にはなんだか言いようもない不安と疑問が生まれていた。
どうしてこんなものがこの世界にあるのか、全く理解できなかった。
俺は考えをそこで中断し、アセリアとともに警戒を怠らないように気を引き締めた。
 
 
 
 
 
 
ほぼ同時刻 首都イースペリア内 主戦場
 
 
 
 
主戦場となった城下町は凄まじい状態になっていた。
被害を極力押さえるように戦っているラキオス・スピリット隊と、対照的に関係なく戦火を広げるサルドバルト・スピリット部隊。
民家は崩され、往来は穿たれて、もし戦闘が終わり住民が戻ってきても、すぐに生活を再開することはほぼ不可能と言えるほどに破壊されていた。
 
「クソッ!奴ら関係無しかよ」
 
毒づく俺の横にはファーレーンがいて、後ろにはオルファとニム、ネリーがいた。
抜き放たれたままの【精進】は、月光を浴びて鈍く輝いている。
接近してくる青スピリット二人。
 
「チッ!ファーレーン、片方頼む」
「はい!・・・・行きます!!」
 
それぞれ戦闘体勢を取ると、眼前の敵へと駆けだした。
俺は逃げるスピリットを追い街の広場の方へ、ファーレーンはその場に残り戦闘を開始した。年少組はとりあえず俺の方を追ってきたようだと、何となくの気配を感じ取っていた。
 
 
 
「はあぁぁ!!」
 
ファーレーンの気合い一閃、繰り出された刀にスピリットが反応し、ギリギリのところで刃を防いでいる。
 
「・・・・くっ」
(止められた!?ならば・・・・)
ファーレーンは冷静にヤマトとの訓練を思い出していく。
あの時、自分はどういう動きで敗北したのかを。
瞬時にステップバックで距離を取り、突きを放つべく正眼に刀を構える。
緩めの、しかし鋭い突きを敵に向け放つ。
やはりあの時の自分と同じように、剣の鍔もとに刃を受けた。
そしてヤマトの動きを冷静に思い出し、その動きをトレースする。
踏み込んだ左脚で急制動、後にその足を軸に身体を捌き・・・・。
 
「はっ!」
 
重心を低くとらえながらの当て身。
がら空きになっていた胴体に直撃し、身体が吹き飛ぶスピリット。
普通ならハイロゥを展開するところが、あまりに突然の事に反応仕切れずにそのまま地面に叩き付けられる。
そのまま追い打ちを掛けるように距離を詰め、
 
「てやぁ!」
 
肉を切り裂く確かな手応えと感触。
振り抜かれた刀と、マナ霧となって消えるスピリット。
夜の闇に輝くそれは、何故だか不思議と幻想的だった。
鈍く輝く鋼鉄の銀、そして儚き命の象徴マナ。
俯くファーレーンは、一体仮面の下でどのような表情を浮かべているのだろうか?
 
「ふぅ・・・・。完了です・・・・」
 
【月光】を鞘に戻しながら、ヤマトが戦っているであろう方向をみるファーレーン。
(向こうではヤマト様が戦っていらっしゃるのね・・・・)
スピリットを斬った後のヤマトの悲しげな表情が思い出され、ファーレーンは胸に小さな痛みを感じた。
不意に何人かの足音が聞こえ、ファーレーンは慌ててそちらを振り向く。
(・・・敵・・・かしら?)
油断無く振り向くと、ヤマトに着いていったはずの三人がこちらに向かって駆けてくる。
駆け寄ってくる三つの小さな影その顔には笑顔は無く、ただ泣きそうな顔があった。
(何かあったのかしら?)
 
「お姉ちゃん!ヤマトがっ!!」
「ファーレーン、はやく〜!」
「急いで!」
 
慌てた様子の三人がヤマトの事を言っていた。
急いで駆け寄り、肩で息をする三人に問いかける。
 
「ヤマト様がどうしたの!?」
「五人のスピリットに囲まれてるの!オルファたちだけじゃ、どうしようもなくて」
(確か現れた時は一人だったはず・・・・。い、いえ、今はそれよりも!!)
「すぐ行きます!どっち?」
「こっち!早く来て」
駆け出す三人の後を追い、ファーレーンも走り出す。
最悪の状態を考えないようにしながらも、少しは考えてしまっていた。
(まだヤマト様はあまり実戦経験がなかったはず・・・。一対一なら何とかなるだろうけど・・・・。いえ、急がなければ)
ファーレーンは焦燥に駆られ、今にも三人を置いて駆け出しそうな衝動を抑えつける。
「お願い・・・・間に合って」
そう願うばかりだった。
 
 
 
 
 
 
同時刻 エーテル変換施設
 
 
 
 
「はあ・・・はあ・・・はあ。・・・くっ」
 
俺たちは攻撃を受けていた。
相手はサーギオス帝国〈漆黒の翼〉ウルカ。
帝国の誇る遊撃隊最強のスピリットだと、エスペリアは言っていた。
あのアセリアでさえまともに打ち合うことが出来ておらず、逆に細かな傷を多々負っていた。
眼前に降り立ち、崩れ落ちたアセリアを背中に庇いながら、俺はウルカと対峙する。
鋭い剣気を放つ黒スピリットは、しかし攻撃してこなかった。
 
「貴殿が、噂のエトランジェか?」
「だったら何だって言うんだ」
「まだ荒削りながら・・・よい腕をしておられる」
 
感嘆の色さえ帯びたウルカの言葉、俺は少々の戸惑いを覚えた。
緩やかに刀を鞘に収め、やがてウルカは口を開いた。
 
「・・・貴殿らの名を教えていただけぬか?」
「・・・・・俺は悠人。彼女はアセリアだ」
「ほう・・・そこのが〈ラキオスの蒼き牙〉」
 
俺たちの名を聞いたウルカは何処か嬉し気だった。
ふとその時、廊下から数人のスピリットが施設内に飛び込んできた。
 
「ウルカ隊長!」
 
それに気づいたのか、ウルカは少しだけ俺たちに目をくれると大きく力を抜いた。
そして防砂布を翻し、部下達に歩み寄っていく。
 
「手前の役目は終わったようです。これ以上、戦う気はありませぬ故」
「役目?」
 
答えず立ち去る背中に、わずかながら哀愁が漂っていた気がするのは何故だろう。
 
「次の戦場で・・・また相まみえたいものですな」
 
そのまま立ち去るウルカは、最後まで武人然としていた。
 
「ユート様、作業が終わりました!」
 
その時、結晶に突き刺さる神剣の気配が変わった気がした。
それまで無音だった室内に、突然鈍い重低音が響き始める。
 
『契約者よ!急ぎこの場を立ち去るのだ!』
【求め】の声はかつて無いほど切迫していた。
『ここにいては巻き込まれるぞ!!』
「おい、どういう事だ!」
 
瞬間、握る柄を通して装置に突き刺さる神剣のイメージが流れ込んできた。
神剣魔法を発動させるときのように、周囲のマナをかき集めていく映像が俺の頭の中に映し出される。
 
『あの者は自ら死を選ぼうとしている!!』
 
 
 
 
 
 
        遡ること一時間 主戦場 広場
 
 
 
 
「これは、ちょっとマズいかもな・・・・」
 
五人のスピリットに囲まれ、俺には進路も退路も断たれていた。
意志のない双眸、漆黒に染まったハイロゥが俺の周囲を囲み、いたぶるように攻撃を繰り返してきていた。所々に切り傷やら打撲やらがあり、結構痛い。
しかし、俺はそんなスピリット達の行動に人為的差異を感じていた。
(おかしい・・・・。効率を重視するなら、一気に片付けてしまった方が速いはず)
じりじりと壁際に追いつめられ、壁を背に刀を構える。
そんな行動に、次第に焦りを覚え始める。
 
「ちっ!何のつもりだ・・・。まるで俺からの攻撃を待っているかのようだ」
『主殿、誘いに乗ってはいけませんぞ?まずは敵を知らねば』
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ・・・。あの子らにみんなを呼びに行かせたのは失敗かな・・・・?でも・・・・」
(でもこれでいい・・・。あの子たちが生き延びてくれれば・・・・それでいいかもな)
 
囲むように展開していたスピリットのうち、丁度俺から見て左右にいる者が動き出した。二人とも黒スピリット。かなり素早く、俺に対処仕切れるかどうかだった。
(腕の一本は覚悟か・・・・・?)
右から繰り出される突きを、一歩横に出る事でかわし、左の斬撃を持ち替えた刀で受け止める。
その隙に正面から飛び出してきた青スピリットが、ハイロゥを広げ斬りかかってきた。
左側のスピリットが突然、俺の手を押さえつけるように掴みかかる。
突きを繰り出してきたスピリットも同様にに、俺の足にしがみついてくる。
 
「何だと!?」
 
左手と足を封じられ、切り返すことも避けることも出来ない俺に、容赦なく繰り出される斬撃。俺は鞘を自由な右手に引っ掴み、鞘を使い何とか攻撃を受け止めた。
(鞘が鋼鉄製で良かった・・・・なんて言ってる場合じゃないだろう!!)
一時の安心は次の行動で打ち崩された。
斬りかかってきたスピリットも神剣を手放し、前に二人同様、俺の身体に抱きついてきた。
完全に自由を奪われた挙げ句、暴れようにも暴れられず、俺は首だけを動かし残りの二人の赤スピリットを見た。
信じられない光景が広がっている。
神剣魔法の詠唱を完了させ、今まさに放とうとしているところだった。
 
「なっ・・・・」
 
眼前に現れた魔法陣から凄まじい光が溢れ、熱量を持って大気を灼き始める。
放たれた魔法は寸分の狂い無く、俺たちを襲った。
瞬時に抵抗のオーラを張ったが一瞬遅かったか、凄まじい熱波と衝撃が俺の身体を蹂躙して行く。
 
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 
声にならない悲鳴を上げ、俺はスピリットもろとも神剣魔法を食らった。
 
 
 
 
 
 
ドゴォォォォン!
凄まじい爆音とともに大規模のマナ霧が、空に立ち上る。
「あそこ!ヤマトが戦ってた辺りだよ!!」
ニムが上げた声に、私はとても嫌な予感に襲われていました。
 
「ファーレーン!今の音は何!?」
「セリア!ヒミカ!」
 
駆け寄ってくる仲間達を見ても、私はに安心感が生まれませんでした。
私は何も言えず、私の横まで出てきていたネリーが声を張って、二人に説明してくれています。
 
「あそこでヤマト様が戦ってるはずなの!」
「ヤマト様が!?」
 
ヒミカが頓狂な声を上げ、セリアは眼を白黒させている。
 
「それよりも〜、今は急がなくてはいけないのでは〜?」
 
ハリオンがのんびりした声がその場をハッとさせた。
 
「そ、そうよ。今は急がなくてわ!」
 
ヒミカの言葉に全員が頷き、私たちは再び走り出す。
(お願い!無事でいてくださいヤマト様)
私には最初と同じ事を願うことしかできませんでした。
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・」
 
魔法を繰り出した二人のスピリットは、エトランジェが死んだ事を確認すべく、神剣を構え爆心地に近づいていった。
未だに爆煙が収まりきらないその場に、歩みを進めた。
 
「〈虚空の太刀〉!!」
「・・・・・!」
 
突然、爆煙を切り裂き、真空の刃が二人の身体を切り裂いた。
苦悶の表情を浮かべながら、金色の霧に変わっていく二人のスピリット。
満身創痍の状態から放った虚空の太刀が成功したことに、少なからず安堵感を覚える。
 
「・・・・がはっ!げほげほっ。今のは・・・・かなり効いた・・・・ぅ」
 
口の中に鉄の味と匂いが広がり、地面にこみ上げてきた熱い塊を吐き出す。
煙が晴れた場所には、刀を地面に突き立てた大和がうずくまっていた。
身体からは、まとわりついていたスピリットと自身のマナが霧に還っていく。
コートのあちこちに穴が開き、その下には酷い火傷や、痛々しい裂傷が顔を覗かせていた。
 
「さて・・・と。そろそろ・・・みんなと、合流しないと・・・・な」
 
立ち上がろうと身体に力を込めても、帰ってくる反応は全身を駆けめぐる激痛のみ。
意識が途切れそうになるのだが、痛みでまたすぐに意識が復帰するという拷問に近い状態が現状で、俺はさながら生き地獄を体感していた。
その場に倒れ込み、ぼうっと空を眺めていた。
恐らくもうスピリットが襲ってくる心配は無い・・・・・と思う。
さっきのであらかた倒したはず、だからだ。
 
(【精進】、身体、どれくらいで治りそう?)
『このまま動かなければ、恐らく二、三時間はかかるでありましょうな。しかし、大地の妖精が治癒を施してもらえればすぐにでも』
「誰もいないだろう・・・。ニム達はさっき、みんなを呼びに行かせたし・・・・」
『いや・・・主殿?どうやら戻ってきたようであるぞ』
 
【精進】の声に習い、動くことを拒否している首を無理矢理動かし、みんなを視認する。
それぞれがそれぞれの顔をしている。
 
「ヤマト!大丈夫!?」
 
ニムが俺を発見し、駆け寄ってくる。
それに合わせ、みんなも駆け寄ってくる。
 
「やぁ・・・・ニム。呼んできてくれてありがとう」
「しゃべんないで!」
 
・・・・・・ニムに怒られるとは思っても見なかった。
しかしそう言ったまでは良いが、ニムはあまり回復系の魔法は得意では無かったはず。
それを思い出したのか、ニムは座ったまま何をするでもなく恨めしそうに俺を眺めていた。
 
「ハリオン、貴方は治療してあげて」
「はい〜。ヤマト様、動かないでくださいね〜」
 
セリアに促され、ハリオンは俺の治療を始める。
心地よいマナの流が、俺の身体を包み、俺の細胞の一つ一つを活性化していく。
俺はその心地よさに身体を預け、意識が遠のいていった。
 
 
 
 
あっという間、とは行かなかったが十分後、俺の身体はある程度の回復をしていた。
気絶してしまっていたのか、俺は誰かに膝枕されている様だった。
 
「う、う・・・ん」
「あ、目が覚めましたか」
 
眼を開けると、ファーレーンの顔が近くにあった。
どうやら俺はファーレーンに膝枕されているらしい。
 
「ごめん、もう大丈夫。起きるから・・・誰か手を貸してくれないか?」
 
ヒミカに引っ張り上げて貰って、俺は痛む身体を立たせた。
ハリオンは疲れているのか、少しだけ青い顔をしていた。
 
「済まなかった、ハリオン。それに、心配してくれてありがとうな?ニム」
「べ、別に心配なんてしてない!何でニムがヤマトの心配なんか!!」
「いえいえ〜お姉さんですから〜」
 
ぷいっと顔を背けるニムと、柔らかな笑みを浮かべ、訳のわからない事を言うハリオン。
そんな二人を見ていると、突然セリアが俺のもとまでつかつかと歩み寄ってきた。
俺はセリアに向き直ると、何の前触れもなくいきなりビンタをされた。
自分の身体が支えられず、地面に倒れ込む。
 
「セリア!!」
 
ヒミカが駆け寄りセリアを諫めるも、セリアは全く気にせず俺の襟首に掴みかかる。
未だにはっきりしきらない頭と体が痛みを覚え、そのお陰で覚醒に近づいた。
 
「貴方は!!ご自分がどれだけ危険な事をしたか、自覚がありますか!?もう少しで命を落とすかも知れなかったのですよ!!貴方は人間なのだから、もう少し自重していたただきたいです」
 
今、俺はあまり聞きたくもない一言を聞いた気がした。
人間なのだから?今彼女はそう言ったのか?
その一言に動かなかったはずの身体に力が漲り、突然動き出す。
俺は逆にセリアに掴みかかっていた。
 
「な、何を」
「人間だから・・・・?ふざけんじゃねぇ!なら、幼い彼女たちに敵を押しつけて、俺はどっかに隠れてろとでも言うのかお前は!」
「や、ヤマト様、そんなに興奮されたら傷が」
 
止めに入ってくるヒミカを睨み付け、下がらせる。
すぐにセリアに向き直り、挑み掛かるように睨み付ける。
 
「そうです!貴方は人間で、私たちはスピリットです!!あなたの楯であり、あなた方の剣なのです。それが私たちスピリットです!!貴方の無鉄砲で無自覚な自己犠牲など・・・ただ迷惑なだけです」
 
議題になっている幼い三人のスピリット達は、怯えた様子で俺とセリアを眺めていた。
 
「関係ねぇだろうが!俺は自分の命より、この三人の命を生かすことを選んだだけだ!そこにスピリットも人間も関係ねぇ!!ならお前が同じ状況に立たされたとき、同じ事をしねぇと言えるのか!?答えてみろよセリア!!」
 
掴みかかった手に力を込め、セリアの顔を更に近づける。
 
「私は・・・・」
「同じ事すんじゃねえのか?お前は自分が思ってるほど、冷たいヤツじゃねえんだよ!だからこうやって俺のこと殴って、俺に説教くれてんだろ?」
 
セリアの顔に驚きが浮かび、すぐに怒りの表情に変わる。
 
「何も知らない貴方が・・・・何を言いますか」
「知るわけ無ぇだろうが!俺はまだろくにみんなと話して無ぇんだから、話さないで全てが解るなら、そりゃ神様だろうが」
「ならどうして、私のことで知った風な口を聞くんですか?私はまだ貴方とは」
「あぁ、話してないな!でもな、お前が戦闘終えた後、悲しい顔してんのは何でだ?」
「そ、それは」
 
それっきりセリアは黙ってしまい、俺はセリアを離し黙り込んだ。
何となく気まずい雰囲気が辺りに立ち込め、俺もみんなも黙ったまま時間が過ぎていった。
幼いスピリット達のすすり泣く声が聞こえているが、俺は申し訳ないと思いながらもそれから目を逸らし、耳を背けた。
 
そんなとき、知らせは届いた。
 
「ヤマト様!」
「・・・エスペリア?どうした?」
 
息を切らせ走ってくるエスペリアに、何だか切羽詰まるものを感じた。
 
「はぁはぁはぁ・・・・・。ユート様が、イースペリアを急いで離れるとの事ですので・・・陽動を終了し、急いで離れてください」
「・・・・了解。全隊撤収!悠人と合流する」
《了解!》
 
全員が頷く中、セリアだけが俺を見ながら何とも言い難い、複雑な感情が入り交じった表情をしていた。
 
 
 
 
 
 
     同日 草原
 
 
 
 
あれからすぐにイースペリアを離れ、かなり走り続けた。
何十分と掛かるであろう行程を、俺のオーラの力で走り抜けた。
[アクセラレイター]というのが俺のオーラの名前だった。
加速装置の名を冠したオーラで、その名の通り、身体能力の向上、代謝速度の向上などが主な効果だった。
つい先ほど【精進】から伝わってきたものだった。
 
「こ・・・ここまで来れば・・・・大丈夫・・・・だろう。何!?何だとバカ剣?」
「どうした?悠人」
「ユート様!ヤマト様!」
 
エスペリアの声に俺たちは振り向く。
首都の方角からかなりの量の光が溢れ、凄まじい量のマナが渦巻いていた。
 
「何なんだ・・・・」
『主殿・・・心されよ。今から主殿達の心が試されよう・・・・』
「ユート様、ヤマト様、イースペリア方面に、守りの力を集中してください!」
 
城の方角で集まった光が爆ぜた。
大地が悲鳴を上げ、空が苦悶の表情を浮かべていた。
この日がイースペリアという国が消滅した日でもあった。
 
 
 
 
「みんな踏ん張れ!」
 
悠人が声を張り、スピリット達を励ます。
凄まじいマナの奔流が俺たちを包み、押し流し、破壊せんと吹き荒れる。
イースペリアに存在した全てのマナが集まり、その全てが爆発したようだった。
白い光が眼を眩ませ、視覚を奪い去っていく。
 
『主殿・・・・今から教えるものを使うのだ。これを使えば一時的にでも防げるはずだ』
 
【精進】から力が流れ込んでくる。
 
(こ、これは・・・・)
『力の大きさには比例するだろうが、これの代償は大きいぞ』
(構うか!)
「悠人!ちょっと頼む、俺の位置をカバーしてくれ!!」
「えっ!ちょ、おい!」
 
すぐさま居合いの構えに入り、悠人が俺の抜けた位置をカバーする様に範囲を広げ、オーラを展開していく。
 
「どういう事だ!ヤマト」
「話しかけるな!気が散る!!」
 
マナの奔流に奔る一条の線、(精進の曰く)マナ収束線を見つめる。
直線かと思えば波を打ち、枝分かれする。
かと思えばまた直線に戻る。
 
『主殿。それがマナの最も集中する場所だ。そこを今与えた力で断ち切るのです』
 
【精進】からの声が少しだけ焦っている様に聞こえた。
(それだけやばいって事か?)
柄を握る手がじっとりと汗ばみ、ビリビリと伝わってくる光の力の大きさに、断ち切れなかった時の事を考えると恐ろしくなってくる。
周りを見渡すと、全員がつらそうな顔をしていて、俺の一太刀に全てが掛かっている気がする。
 
「ミスるなよ・・・俺。落ち着け、落ち着け・・・・・よし」
 
柄を握る手に力を込める。
俺は声を張り上げるため、狂風が吹き荒れる中、肺に酸素を送り込んだ。
 
「みんな、障壁をゆるめろ!!」
 
全員が驚愕の表情を浮かべ、言葉を疑っているようだった。
 
「良いから、俺を信じてくれ!頼む!!」
 
俺の必死の願いを聞いてくれたのか、徐々に障壁が弱くなっていく。
障壁に見えていた線が薄くなっていき、はっきりとマナの嵐の線が浮かび上がってくる。
枝分かれ、波打ち、直線。枝分かれ、波打ち、直線。・・・・・・
一瞬を見極め、俺は太刀を振り抜く。
 
「〈森羅万象の太刀〉!!」
 
光の波に浮かぶ線をなぞるように刀を振り抜く。
柄を通して、何かを断ち切った手応えを感じた。
風が弱まっていくのを肌で感じ、俺はほっと胸をなで下ろす。
ゆっくりと暗転していく意識の中、俺は突如全身に痛みと熱を感じた。
また痛みで意識が戻るのかとそんなことを考えていると、今度はその瞬間に、瞬く間に俺の意識は闇に落ちてしまった。
 
 
 
 
 
 
少年達がこの戦いで得たものは何なのか?
失ったもののほうが大きく、それは計り知れなかった。
少年は少女達からの信頼を得たのだろうか?
それも今は解らない。
一人で何もかもを背負い込もうとする少年と、少年を心配する少女。
少年を認めたくはない少女。
様々な思いを乗せたまま、世界は回り続ける。
小さな意志など関係ないという、世界の理不尽さを浮き彫りにしながら。
                          to be contenued
 
 
 
 

 
 
 
      あとがき
 
ついに六話め、早くもイースペリア終了ですね(汗)
展開が本当に早すぎるのかな?
・・・・とりあえず、自分のペースでいかせていただきますね。
 
と言うわけでお送りしました六話め。・・・いかがでしたでしょうか?
ここでは少し、ヤマトをセリアやヒミカ達と言ったメンバーと絡ませてみました。
と言っても、ほんの少しですが。
でもとりあえず、絡ませることには成功したようですので、私としては少々満足です。
 
セリアとの話になりますが、どうでしょうか?
やはり同胞を斬ると言うことは辛いことなのでは?と思い立ち、あのようなことを思いつきました。
「戦闘が終わったとき、悲しそうな顔をしているのはどうしてだ?」
このセリフがそれを顕しています。
三話で書いたエルのセリフ。コレでもその苦悩を書いてみましたが、全く別の苦悩だと思って書いてみました。
普段はクールで冷たい印象のセリア。本当は人一倍心が優しいからこそ、ああいった態度を執っているのではないでしょうか?
・・・これは私の勝手な妄想でしょうか?
 
 
 
今回のヤマトの成長。
 
アクセラレイター、森羅万象の太刀を使えるようになりました。
・・・・使っておいて何ですが、森羅万象の太刀、卑怯かもしれませんね。
なんて言うか、マナ消失を斬るって・・・・・。
んなでたらめな、と思う今日この頃です。
 
 
 
アクセラレイター
 
加速装置の名を冠したヤマト特有のオーラ。
その名の通り、感覚器官の認知レベルの向上・代謝速度の向上・身体能力の向上などが主な効果である。しかし、体力・運動限界が強化される訳ではないので、疲労は普段の二倍と言っても良いほどのものが、効果時間を過ぎた直後に襲ってくる。
ある意味使いどころの難しいオーラである。
 
 
森羅万象の太刀
 
森羅万象、この世の理が存在する以上、何らかの条件が付くものである。
この世界においてはマナという絶対存在がそれである。
そのマナを断ち切り、マナで構成されたモノを無効化できる太刀。
しかし、主だって魔法しか消すことが出来ないため、青スピリットのバニッシュ系と同じ働きをする。
青との違いは、バニッシュ出来ない魔法がほぼ無いと言うこと。
マナの集中する一点、または線を見つける擬似魔眼がヤマトの瞳に発現し、その線をなぞるように刃で切り裂くことで完了する。
強力であればあるだけ、線や点が発見し易い。
エトランジェの魔法なども、一部をのぞいて消すことが出来る。
 
 
 
此処まで読んでくださった方々に敬意を表して。
                      幸村