作者のページに戻る

亡者に捧げる輪舞曲
第2章:目覚めに向かうアンダンテ - 第2部

《夢の中:不明》

ああ、夢だな。
気付いた瞬間、そう思った。
理由はないけど、まぁ、夢なんてそんなもんだろう。
俺と、俺じゃない誰かの意識がごちゃ混ぜになる。
俺の名前は■■■。
自分の頭の中で考えていることなのにノイズがひどい。
きっと、これが夢だからだろう。
そんなことには構わずに、第一■■所の廊下ゆっくりと歩く。
特にやることもなかったので、キッチンにお茶を飲みにいくのだ。
ドアをくぐると、茶髪の少女がうたた寝をしていた。
----------クゥ?
いや、似ているけどクゥではない。
髪は三つ編みではなくボブカット、顔立ちも幼い彼女ではなく、もっと大人びていた。
エスペリア、それが彼女の名前だ。
エスペリアは入ってきた俺に気付いた風もなく、こっくりこっくりと頭を上下させている。
起こすのもなんだし、近くに置いてあったタオルケットをそっとかけてやる。
そしてそのまま、彼女を起こさないようにお茶を淹れる準備に取り掛かった。
エスペリアの見よう見まねだから、あまり上手くは淹れられないけど・・・。
苦笑しながら、彼女特製のハーブを使ってお茶を淹れる。
もぞもぞ、とエスペリアが動く。どうやらこの音だけで目が覚めたみたいだ。
「・・・あ・・・れ?■■■、様・・・?」
彼女は寝ぼけ眼で俺の名を呼んだ。
眠そうに目を擦っているけど、意識はまだ寝ているみたいだった。
「おはよう、エスペリア。」
「・・・!お、おはようございます。」
寝顔を見られたのが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしている。
恥らう姿を思わず可愛いと思ってしまった。
「最近働き詰めで疲れてるんじゃないか?少しは休んだほうが・・・。」
「いえ、大丈夫です。ご心配には及びません。」
まだ気にしているんだろう、顔を朱に染めたまま答える。
エスペリアがそう言うんなら大丈夫だろう。
俺はさっき淹れたお茶を口に運んだ。

【・・・打ち止めだ。】
バカ剣の声ではない、何者かの声が聞こえた瞬間、意識が反転した。


《宿屋:直樹の部屋》

朝。
まだ多少暗い時間に、俺は目が覚めた。
またうなされていたのか、服が汗でべっとりと濡れていた。
相変わらず夢の内容はうろ覚えだ。
ただ、うなされるほどの夢じゃなかった気がするんだけど・・・。
ぼんやりとした頭を抱えて、湿って冷たいシャツを脱ぐ。
汗でべっとりと濡れたシャツはずっしりと重い。
こんな風にうなされているのは一度や二度の事ではない。
たまに心配したイーシャやクゥが横にいるときがあるほどだ。
まぁ、うなされていると分かっていても、肝心の夢の内容が思い出せないんじゃどうしようもない。
もそもそとベッドから起き上がって、クローゼットから服を引っ張り出す。
こっちの世界に来てから借りているクゥの父親の服だ。
少しダボついているけど、そこまで気にはならない。
「・・・そういえば。」
思わず日本語で呟く。
今まで忙しくてすっかり忘れてたというのと、言葉が通じなかったということで訊く機会がなかった質問を思い出した。
彼女らの両親について、だ。
言葉の練習ついでに年齢を訊いたんだけど、想像通り俺と近い年齢だった。
俺の元いた世界と社会観念が違うとはいえ、他の村の人を見ている限りでは、この年齢でひとり立ちするのはかなり早いはず。
ここで暮らしてもう一ヶ月近くになるけど、両親らしき人物は一度も見たことがない。
別居でもしているのか、それとも・・・。
・・・考えすぎか。
ふと思いついた、あまり考えたくない考えを頭の隅に追いやる。
「ふ・・・ぁ・・・。」
欠伸をするときにチクリと喉が痛んだ。
その痛みで初めてのどがカラカラに渇いているのに気が付いた。
汗をかなりかいていたみたいだからなぁ。
うー、唾すら出てこない・・・。
人間というのは不思議なもんで、さっきまでは気にもならなかったモノゴトも、一度認識してしまえは妙に気になってしまうことがある。
水、飲みにいくか・・・。
部屋の鏡(加工技術が低いみたいで、少し曇って見える)を見ながらさっと寝癖を直して、食堂に向かうことにした。


《宿屋:食堂》

「水ー・・・。」
ぶつぶつと呟きながら食堂に入る。
傍から見れば怪しい人間に即効で認定されるだろう。
どうせこっちには客も来ないし、いいんだけど。
3人で使うには大きすぎるテーブルの横を通り過ぎて、水差しの置いてある棚に直行する。
単なる陶器製のようにみえるこれ、実は少々特殊な造りになっていて、保冷機能が通常の陶器と比べてズバ抜けて高い。
井戸から汲んできた水が数時間しても冷たさを保っていたときには驚いたっけ。
そのときの感動を思い出しながら、水差しを掴む。
む・・・やけに軽いな。
蓋を開けて見ると、案の定見事に空っぽだった。
「あれ、ナオキ。今日は早いね。」
と、後ろからイーシャの声。
朝食の準備をしに来たんだろうか。
・・・ということは、やけに早く目が覚めたみたいだな。
普段は朝食の準備が終わるか終わらないかの微妙な時間で目が覚めるのに。
俺が手に持っている水差しを見て、イーシャは済まなそうな顔をして言った。
「あ、水は私が起きたときに入れ替えようと思って捨てちゃったんだ。そしたら水瓶のほうも空っぽでさ・・・。」
「そうなのか・・・。それじゃ、汲んでくるか。料理にも使うんだよな?」
「え、うん。汲んでくれるんなら助かるけど。朝はそんなに使う訳じゃないから、無理してたくさん汲んでこなくてもいいからね。」
「分かった。手桶に一杯ぐらいで十分かな。」
「うん、大丈夫だと思う。まだ少し暗いから気をつけてね。井戸のほうの道ってゴツゴツしてるから。」
いつも使っている井戸は、宿屋の裏の森に少し入ったところにある。
ちょっと不便な場所に掘ってあるけど、そこの水が一番きれいらしい。
事実、元の世界で一度見たことのある、名水百選の岩清水よりもきれいだ。
それじゃ、朝の散歩がてらに行ってくるか。
食堂の奥の台所から手桶を引っ張り出して、縄をその中に放り込む。
渇いた喉を潤したいこともあり、俺は多少急ぎ足で井戸に向かった。


《レミル村:裏の森》

日が昇り始めた、少し肌寒い空気を胸いっぱいに吸い込む。
カラカラに渇いた喉がまたチクリと痛んだけど、その代わりにとてもすがすがしい気分になった。
チュンチュン、と雀のような鳥の鳴き声もどこからか聞こえてくる。
早起きするのもたまにはいいかもしれないな。
早起きは三文の徳とかいう古い言葉を実感しながら林道を歩く。
それでも喉の渇きを潤したいという欲求が働いて、いつもよりも早足だ。
しばらく足場の悪い道を歩いていくと、前方に小ぢんまりとした広場が見えてきた。
やっと着いた。いつもよりは早いけど。
広場と言っても、元々は周りと同じように木があったみたいで、そのときの名残の切り株が多数残されている。
その部分だけ朝日を遮るものがないので、薄暗い森の中とは対照的に朝日の柔らかい光に照らされている。
急に明るいところに出たから目がチカチカする・・・。
さて、水、水、と・・・。
早速持っていた手桶に縄を結びつけて井戸の中に放り込んだ。
簡単に思えるこの水汲み、実はちょっとしたコツがあって、それをしないと上手く水が汲めなかったりする。
いや、この手桶だけなんだろうけど。
軽い材質で出来ているせいだと思うけど、落とし方が悪いとプカプカと浮いちゃうんだよなぁ。
慣れた手つきで縄をひょいひょい、と動かして引っ張り上げた。
さっきまで軽かった手桶も水をたっぷりと容れてずっしりと重たい。
「水ー。」
早速手桶に手を突っ込んで水を掬い上げ、口に運ぶ。
はぅ・・・生き返る・・・。
思わず夢中になって水を飲む。
気付くと手桶の中の水は半分以上減っていた。
せっかくだし顔も洗って、中の水を使い切ってからもう一度水を汲み上げた。
よし、料理用はこんなもんでいいかな、っと。
宿屋に戻ろうと踵を返すと
「あ・・・。」
何故か、広場の入り口にクゥがいた。
呆然とこっちを見ている。
「あれ、クゥ。どうしたの?」
「あ・・・え・・・、ナオキ・・・さん。」
まだ少し呆然としたクゥが歯切れ悪く俺の名前を呼ぶ。
まぁ、普段から歯切れの悪い喋り方だったけど・・・。
目の前にいる彼女は、どこからどう見ても具合が悪そうだった。
呆然としているし、体はちょっとフラフラしているし・・・。
目がちょっと腫れぼったい気がする。
寝不足かな?
「どうしたんだ?調子悪そうだけど。」
「あ・・・、いえ、大丈夫、です。」
「本当に?見た感じフラフラしているけど。」
「本当に、大丈夫、です・・・。」
喋り方はいつも通りに近い感じまで戻ったけど、相変わらず足元はおぼつかない。
よく見たら顔もちょっと赤いし、風邪かもしれない。
俺はひとまず手桶をその場に置いて、クゥに近づいた。
そして熱がないかと調べるために額に手をやろうとした。
「え・・・?」
「ちょっとじっとしてて、熱あるかもしれないから。」
「そんな・・・、本当に大丈夫、ですから。」
「案外本人は気づかないものなんだよ。ほら、遠慮しないで。」
大丈夫、と呟く彼女を無視して額に手を置く。
ん・・・少し、熱っぽいかな・・・?
顔もさっき以上に赤いみたいだし。
そうしていると、いきなり

ポフッ

クゥが抱きついてきた。
そんなに強くは抱きついてこなかったものの、控えめな双丘の感触が・・・。
とくん、とくん、と規則的に聞こえる鼓動は徐々に早くなっていく。
いきなりのことで、能が上手く反応を示してくれない。
「え・・・あ・・・ちょ、ちょっと、クゥ?」
しばらくしてどうにか我に返り、どぎまぎとしながら声をかける。
心なしか声が震えているのはご愛嬌。
声をかけられて彼女も我に返って、あわてて体を離す。
ほっ、安心したような、少し残念なような・・・。
「ご・・・ごめん、なさい・・・。」
恥ずかしさで赤面して、俯いたまま謝ってきた。
声がどんどん小さくなっていって、最後のほうはほとんど聞き取れなかったけど・・・。
ふと、その顔が「何か」と被ってみえた。

『■■■、様・・・?』
『お、おはようございます。』
『いえ、大丈夫です。』

途端に脳内でフラッシュバックするように、会話の断片を思い出す。
・・・なんだ?この記憶は。
ドクン、ドクン、と、さっきとは違う意味で鼓動が早くなる。
俺の頬を冷や汗がタラリ、と流れ落ちた。
その会話と一緒に思い出した、ぼんやりとした面影を思い出そうとしたけど、なかなか上手く行かない。
クゥに似ているけど・・・クゥじゃない。
誰だ、これは。
「・・・?」
俺の異変に気が付いて、クゥはまだ赤みの残る顔で俺を見つめていた。
っと、ついつい考えるのに没頭してしまった。
気持ちを切り替えて、今までの思考を頭の端っこに追いやった。
「とにかく。少し熱があるみたいだから早く帰ろう。イーシャも待ってるだろうし。」
「は、い・・・。」
彼女が頷いたのを確認してから歩き出した。
当然、手桶も忘れずに。
クゥはまださっきのことを引きずっているようで、ずっと下を向いたままだ。
そんな彼女の様子を見て、さっきまで忘れていた恥ずかしさが舞い戻ってきた。
・・・うぅ、気まずい。
さっきまですがすがしく感じていた道のりも、この気まずい雰囲気ですごく居心地の悪い空間になってしまった。
くそぅ、俺が何をしたってんだ。
そりゃ、さっきの感触に少しもやましいことを考えていない、なんてことはないけどさ・・。
「父に・・・。」
一人悶々と悩んでいると、不意にクゥが喋りだした。
「父に・・・似ていたんです。」
「え?」
「さっき、ナオキさんが、井戸の前にいた時、父の面影と重なったんです・・・。」
「クゥのお父さんに?」
「はい・・・。おかしい、ですよね。歳も、体つきも、違うのに・・・。」
ポツリ、ポツリと、ゆっくりと話し続ける。
今朝訊こうと思っていた、両親の話だ。
なんという偶然。
「まぁ、今着てるのってクゥのお父さんの服だしな。遠目から見たら間違うこともあるさ。」
「そう、ですね・・・。それに、父もよく私を連れて、ここに来ていましたから。」
「お父さんもここの水を汲んでたの?」
「はい、私が生まれる前から、ずっと。あの宿屋も、元は父のだったんです。」
「へぇ・・・。それじゃ、今は何してるの?」
「父は、数年前に、死にました。」
「死ん、だ?」
今朝何気なく考えた「あまり考えたくない考え」が的中していたようだ。
そうか・・・、クゥのお父さんは、もう・・・。
「そうだったんだ・・・。お父さんは病気か何かで?」
「いえ、たまたま通りすがった、盗賊団の一員に、殺されて・・・。」
あとは言葉が繋がらなかった。
クゥも黙ったままだ。
かといって、泣いている訳でもない。
嗚咽も聞こえてこない。
何も映し出さない、無表情がそこにあった。
その無表情が妙に痛々しく見える。
「父は・・・。」
その無表情のまま、なおも言葉を続けるクゥ。
「父は・・・、私をかばって・・・。」
そこから先は言葉にならなかったようだ。
さっきと同じ無表情。
下手に泣いているよりも悲しみが伝わってくる気がする。
結局、さっき以上に気まずい状況に陥ってしまった。
「おい、兄ちゃんたちよぅ。」
と、無遠慮にもいきなり後ろから声をかけられる。
聞いたことがない、野太い男の声だ。
振り返ってみると、いかにも「ならず者」風の服を着ている男が三人立っていた。
見ただけで分かる、ここら辺を縄張りとしている盗賊団の一員だろう。
「こんな朝っぱらから元気ねぇな、おぃ。シケたツラしやがって。」
ニヤニヤと笑いながら中央の男。
話しかけてきたのは彼のようだ。
横の二人も、何も言っては来ないけど中央の男と同じようなニヤついた笑みを浮かべている。
・・・この表情がデフォルトでくっついてしまっているんだろうか?
彼らを警戒しながら、少しずつ、気付かれないようにクゥの前に体をスライドさせる。
何かあっても、クゥだけでも護れるようにしておかないと。
「ま、お前らの気分なんざどうでもいいんだがよ。ちょっと話があるんだが、聞けよ。」
聞いてくれ、じゃなくて聞けよ、と命令形。
そこはかとなく偉そうな態度だ。
俺もクゥも何の反応も示さなかったけど、それを気にした風もなく----------元々俺たちの反応なんかお構いなしなんだろうけど----------言葉を続ける。
「ボスがちょいとあの村に野暮用でな、悪いが付いてきて貰うぜ。」
そういって彼は、にやりと口を吊り上げて笑った。


(続く)

作者のページに戻る