亡者に捧げる輪舞曲
第1章:現実(いま)とは違う世界で - 第2部
《夢の中:不明》 マナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせ マナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせ マナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせ マナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせ マナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせマナをよこせ 足りぬ、マナが足りぬ!マナを、マナをよこせぇぇぇ! 《不明:とある一室》 ・・・うわっ!? 得体の知れない恐ろしさに駆られて、勢いよく起き上がる。 息は荒く、服が汗でベトベトしてとても気持ち悪い。 ・・・はぁ、・・・はぁ。 深呼吸を何度かして気持ちを落ち着かせる。 どうやら、うなされていたらしい。 夢の内容はほとんど覚えていない。 誰かが、何かを言っていた気がするんだけど・・・。 ダメだ、全く思い出せない。 と、ある程度落ち着いてきたところで、普段と周りが違うことに気が付く。 しばらく呆然としていたが、気を失う前の出来事を思い出した。 不可解の連続、どうやら夢ではなかったようだ。 窓の外を見てみると、空は鮮やかな朱色に染まっている。 あれから長い間気を失っていたみたいだ。 コンコン ノックの音が響き、緑の瞳の少女----------クゥが入ってきた。 「あ・・・、おはよう・・います・・・。」 ・・・あれ? ところどころ、ノイズが走ったように言葉が不鮮明になる。 いや・・・耳ではしっかりと聞こえている。 その聞こえている言葉が、上手く変換できずにそのままの言葉で頭が理解するからノイズのような感じになってしまうんだ。 どうやら、気を失う前にいきなり言葉が解るようになったのは一時的なもののようだ。 呆然とした俺を見て不審に思ったのか、「大丈夫ですか?」と尋ねてきた。 「大丈夫、寝起きで頭がぼーっとしているみたいだ。」 頭ではそう言おうと思ったけど、口が上手く動いてくれない。 お陰で、えらくたどたどしい言葉になっているのが自分でも分かった。 不自然さにクゥも気付いたのだろう、表情に疑問の色が浮かんでいる。 なるべくそのことを悟られないように「大丈夫だから」と念を押すように言った。 それでとりあえずは納得したのだろう、何も言わずに引き下がってくれた。 「え、と・・・。これ、私の父のも・・すが、よ・・ばどうぞ。」 大丈夫、まだ完全に通じなくなった訳じゃない。 彼女が差し出している服を受け取りながら、自分にそう言い聞かせる。 言葉が完全に解らなくなる前に対策を考えないと・・・。 あれこれと考えながら、びっしょりと汗に濡れたシャツを脱いで彼女の父のものだというシャツに袖を通す。 ん?何か忘れているような・・・って、まだクゥが部屋の中にいるじゃん。 恐る恐る彼女のほうを見ると、案の定顔を真っ赤にしてうつむいている。 初めて見たとき、純朴そうな子だと思ったのは正解だったようだ。 「あ・・・それと、夕食が出来て・・すので・・・。」 最後まで言う前に足早に部屋を出て行く彼女。 む・・・、やってしまった・・・。 俺には、考えながら他の事をしたりすると全く周りを気にしなくなってしまう癖がある。 ひどい時なんか他人にぶつかっても気付かないことなんかもある。 小さな罪悪感を感じながらベッドから這い出る。 そして、この部屋を出る直前彼女の言葉を思い出した。 晩飯、って・・・どこで食うんだよ。 《不明:廊下》 あの部屋の中にいても何も始まらないのでひとまず廊下に出てみた。 廊下は意外に広く、大きい窓から入ってくる夕日の朱にうっすらと染まっている。 ドアも結構な数があるから、いくつも部屋があるみたいだ。 この廊下だけでもこれだけ大きいのだから、この建物はかなりの大きさになるはずだ。 イーシャやクゥの他にも人が住んでいるのかな? やけに大きな窓から外を見渡す。 見る限り、ここは俺がいた日本じゃないのは確かだ。 あまりにも建築様式などが違いすぎる。 西欧の建築様式に似ている気もするけど、俺は生憎そっち方面の専門じゃないのでどういう分類になるのかは分からない。 そして、その西欧風(偏見)の町並みの中で暮らす、これまた現代の洋服とは違う感じの服。 中世の農家、というイメージがぴったり合いそうな服のデザインだ。 そういえば、窓から牧場らしき土地が見えたっけ。 この辺は農業が主産業・・・とすると、経済の発達は遅れている部類に入るのかな。 機械も全然見当たらないし、産業革命云々以前の問題なんだろう。 イギリスで産業革命が起こったのは18世紀のはずだから、工業レベルはそれ以下、ということか。 それにしても、今まで無駄だと思っていた社会科関係の知識がこんなときに役立つとは思ってもみなかった。 マジメに勉強するもんだなぁ、うん。 難しい考察はともかく、中世ヨーロッパにタイムスリップしました、と言われても信じてしまいそうな、そんな風景。 一体ここはどこなんだろう、とその風景を見ていて幾度と無く考えてしまう。 もちろん、答えは出ない。 あまりにも不可解な事が多すぎる。 その答えの出ない問いを忘れるため、俺は窓から目を背けた。 と、目を背けた先には赤と青の色をした、やや怒りを湛えた瞳。 ・・・え? あまりに唐突な出来事に頭がフリーズする。 そんな俺に構わず、その瞳の持ち主---------イーシャは顔をほぼゼロ距離に近づけたまま俺の目を睨む。 「ちょ・・、・つまで歩き回って・・つもり?早く、ご飯食べるよ。」 言うが早いか、むんず、と俺の手を掴んでずるずると引っ張っていくイーシャ。 思っていたよりも力は強く----------いきなりだから踏ん張ることも出来なかったけど----------思いっきり体勢を崩してしまい、上手く歩けない。 「お、おい!そんなに引っ張らなくても自分で歩くから!」 やはり、思い通りに口が動かずにたどたどしい言葉が口から飛び出す。 が、彼女は無視しているのか本気で気付いていないのか、そのまま引っ張っていく。 何度か懇願したけど、イーシャは聞く耳を持たないようだ。 小さく嘆息し、我が身の不幸を呪う。 ペンダントの時も引っ張られたし、もしかしてここにいる間はずっとこんな役回り? 《不明:食堂》 結局イーシャに引っ張られたまま、一際大きい造りのドアのある部屋に入る。 部屋の中には少し大きめのテーブルと、その上に乗せられた大量の料理、そしておとなしくちょこんと椅子に座っているクゥの姿。 彼女は俺がイーシャに引っ張られて入ってきたことを知ると、ちらっとこっちを見たけど、すぐにうつむいてしまった。 心なしか、頬が赤い気がする。 ・・・そーいや、着替え持ってきてもらったときにいきなり脱いだからなぁ。 クゥの顔を見て、さっきの罪悪感が蘇ってきた。 なんとなく気まずい雰囲気のまま空いた席に座る。 円形の形をしたテーブルの周りには3つしか椅子が準備されていないので、これで全員なんだろう。 「いただきます。」 俺が席に着いたことを確認すると、彼女らは手を合わせ、そういってから食べ始めた。 へぇ・・・こういう習慣は同じなんだ。 キリスト教の圏内では食事前に神に祈るんだっけ・・・とか思い出しながら、俺も食べ始める。 よく考えてみればこの日初めての食事を、イーシャ達の会話に耳を傾けながら味わう。 2人とも楽しそうに会話をしている。まるで姉妹のように。 苗字に当たりそうな部分がお互い違ったし、見た目も似ていないから、本当に姉妹ではないだろう。 幼馴染みたいなものなのかなぁ。 こうしている間にもノイズになる部分は少しずつ増えている。 初めは焦ったものの、今はプラス志向で考えることにした。 このノイズ部分の単語を、現在理解している文章から類推して意味を当てはめていく。 そうすることで、少しは早く言葉を覚えれる・・・はず。 必死に頭の中で単語の意味を当てていると、いつの間にかテーブルの上の料理は全て平らげていた。 イーシャがお茶(のような飲み物)を出してくれて、そのまま雑談を再開する。 「ね、ナオキ。」 唐突に、イーシャが俺に話を振ってきた。 「何?」 「これからどうするもり?何かアテでもあるの?」 もはや半分は言葉に聞こえない、ノイズだらけの言葉を頭の中で補完する。 多分、こんな意味だろう。 そういえば、今後の事について考える暇もなかったな。 言葉も通じない、文化も異なるこの世界は、もはや俺のいた日本がある世界とは別世界とでも考えないと説明がつかない。 ・・・まぁ、異世界があるって時点で非現実的だけどさ。 当分はここから元の世界に戻る方法を探さないといけないだろう。 「やることはあるけど、アテはないなぁ・・・。」 「やること?」 「まずは言葉を覚えないと。」 一見的外れな答えに首をかしげるイーシャだったが、クゥは言葉が通じなかったときのことを思い出したらしく、納得のいったような顔をした。 クゥはイーシャに、目覚める前は言葉が通じなかったこと、そしてペンダントが光ってから急に言葉が通じるようになったことを伝えた。 「でも、今喋れてるじゃん。」 「少しずつだけど、言葉が分からなくなってきているんだ。それに喋るのもはっきりしなくなってるし。」 「・・・あ、それ調子が悪いからじゃなかったんだ。」 「私も、調子が優れないからだと・・・。」 確かに、朝からこんな時間まで気を失ってみせて、今はピンピンしているってのは少しおかしいのかもしれない。 調子が悪いと思われてても当然、かな。 「で、話を戻すけど。どこにも行くアテがないんなら、ウチでしばらく働かない?」 「ウチ?」 「そ、私達宿屋やってんの。小さな村だから客はあんまりいないんだけどね。」 へぇ、宿屋か。 だから廊下が広かったり、部屋がやたら多かったりしたのか。 「ちょうど男手も欲しかったところだしね、クゥ。」 「あ・・・、うん。今まで村の方たちに頼んでたけど、何度も頼むのは気が引けるし・・・。」 ・・・というか、今まで女の子2人で経営が成り立っていたっていうのが不思議だ。 いくら小さな村の宿屋だとしても、2人でこなせるものではない気がする。 「そりゃ、俺には願っても無いことだけどさ。俺から頼み込もうかとも思ってたことだし。」 正直、この2人以外に頼りようがないのも事実だ。 イーシャからそう言ってくれるとは思わなかったけど。 「決まりー。これからよろしくね、ナオキ。」 「よろしく・・・お願いします。」 「迷惑かけるけど、よろしくな。」 この後も、イーシャは男手が手に入ったのが嬉しいのか終始ニコニコとしていた。 対照的にクゥは時々だがどこか不安そうな、困ったような顔をするときがあった。 ・・・目覚めたときのこともあるし、クゥに嫌われてしまったのかなぁ。 《宿屋:直樹の部屋》 あれから明日からの手伝いの説明を受けて、ようやく開放された俺は部屋に戻った。 部屋はこのままここを使ってくれ、との事だった。 ボフッ、とベッドに倒れこむ。 疲れた・・・。 かなりたくさんの事を説明されたけど、その頃には意味が分かる単語のほうがノイズみたいに聞こえる感じだった。 だから半分ぐらいは聞き逃しているけど・・・、多分、大丈夫だろう。 それにしても、力仕事って結構あるんだなぁ。 やっぱり男手がないと色々と不便のようだ。 ・・・男手、といえば。 彼女らの両親は一体どうしたんだろう。 イーシャもクゥも、見た目だけで判断するのなら俺と同じぐらいの年齢のはずだ。 そんな2人だけで宿屋を経営するっていうのは、どう考えても無理があるような気がする。 ・・・明日、それとなく聞いてみるか。 ぼーっと考えるのも束の間、すぐに眠気が襲ってくる。 あれだけ寝込んでいた、というか気絶していたのに、体はまだ睡眠を欲している。 やはり本調子じゃないんだろう。 俺はその欲望に身を任せ、静かに目を閉じた。