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亡者に捧げる輪舞曲
第1章:現実(いま)とは違う世界で - 第1部

《夢の中:祖母の病室》

「直樹、これを貰って頂戴」
そう言っておばあちゃんが僕に差し出したのは、いつも大事に首にかけているペンダントだった。
かなり昔から持っていたそうで、おばあちゃん自身もいつから持っているかは覚えていないらしい。
なぜかは分からないけどとても大事なものだそうで、よっぽどの事がないと外そうとはしなかったものだ。
そんなペンダントを、おばあちゃんは僕の手の平に載せた。
「え、これって・・・。」
「私のとても大事なものだよ。」
「それじゃ、やっぱりおばあちゃんが持ってたほうが・・・。」
僕がそう言うと、おばあちゃんはゆっくりと首を振った。
「直樹に持っておいて貰いたいの。」
とても穏やかな声で、おばあちゃんはそう言った。
その声からは、普段のおばあちゃんからは想像できない力強さを感じた。
「分かったよ。大事にするね。」
僕は大きく頷いてペンダントを首にかけた。

それから2日後、おばあちゃんは穏やかに息を引き取った。
もう長くないと自分で分かっていたのかもしれない、と両親は涙ぐみながら言っていた。
幸せそうな顔をした、もう動くことのないおばあちゃんを前にして、ペンダントが青白く光ったような気がした。


《不明:とある一室》

・・・む。
朝日が目にチカチカとあたってまぶしい。
言うことを聞かない体をゆっくりと動かして朝日が当たらないように寝返りをしようとした。
・・・ん?朝日?
寝ぼけていた意識が一気に覚醒する。
俺は確か・・・そう、いつもの人気のない神社でギターの練習をしていたはずだ。
何時の間に家に戻ったんだ?
いや、そもそも俺のベッドの近くに窓なんてあったっけ・・・?
とりあえず、起きよう。
寝足りない、と主張する体の節々の訴えを次々に却下して無理やりにでも起き上がる。
見たことのない天井、見たことのないベッドと布団、見たことのない内装、・・・そして、見たことのない女の子。
「・・・はい?」
俺はゆっくりと目を閉じる。
あれは夢だあれは夢だあれは夢だ・・・。
一通り自分に言い聞かせた後、恐る恐る目を開けてみた。
見たことのない天井、見たことのないベッドと布団、見たことのない内装、・・・そして、見たことのない女の子。
・・・どうやら夢ではないらしい。
俺の横に座った女の子は驚いたような顔してこっちを見ている。
まだ少し幼い顔立ちは、三つ編みの髪が一層幼さを際立たせている。
その髪の色はブラウンで、染めた風でもないごく自然な色合いだ。
そしてその驚いた表情をしている瞳は深い緑色をしている。
カラーコンタクトかな・・・、緑色の瞳なんて見たことも聞いたこともない。
服装は、何と言うか、ゴスロリ?だっけ。そんな感じ。
俺が住んでいる地域ではまずお目にかかれない服装である。
数々の異常事態によって活動を停止した頭は「考える」という行為を放棄してしまい、どうでもいいことを観察しているようだ。
そのままぼーっとしていると、何とか気を持ち直したらしい少女は、俺に向かって何かを言ってきた。
だけど、不幸なことに、最も重要な「何を言っているか」が全く分からない。
彼女が喋っている言葉は俺が知っているあらゆる言葉とも一致しなかった。
・・・神よ、俺は何か悪いことをしましたか。
なおも言葉らしきものを続ける少女をぼんやりと見ながら、普段信じているわけでもない神を呪う。
どうやら彼女は言葉が通じていない事に気付いたらしくとても困った顔をしている。
いくらかの思考能力を取り戻した俺は現状を把握しようと試みた。
「えー・・・っと。言葉、通じる?」
返事が返ってくる・・・訳もなく、少女は今にも泣き出しそうなほど困った顔をしている。
くそぅ、俺が泣きたいよ。
少し気まずくなって彼女の方から目を離すと、すぐ近くに洗面器のような容器があって、その中に水が半分ぐらい入っていた。
もう一度彼女の方を見てみると、手に濡れたタオルを持っている。
もしかしてと思い額に手をやると、かすかに濡れた感触がする。
どうやら、俺は病人か何かに見える状態だったようで、彼女は看病してくれていたようだ。
「ありがとう。」
言葉だけだと判らないだろうから、何度も頭を下げて感謝の意を表現してみる。
何度か続けているうちに彼女にも伝わったようで、困った表情から一転してにっこりと笑ってくれた。
可愛いなぁ・・・。
それにしても、俺は何で看病されていたんだろう。
神社で練習している間に寝てしまったのかな。
でも、そんな遅い時間だった訳でもなし、気付かない間に寝てしまうなんてありえない気もする。
そもそも、そのときの記憶自体が曖昧で・・・。
そういえば、俺のギターはどうしたんだ?
と、今まで忘れていた事を思い出した。
あれは必死にバイトをして貯めた金で買ったもので、そうそう安いものでもない。
俺はきょろきょろと辺りを見回した。
あった、入り口のドア付近に立てかけられている。
ひとまず安心。
とりあえずそれを手に取ろうと思い、起き上がった。
が、何故か足に上手く力が入らずに立ち上がった瞬間倒れこみそうになった。
彼女はあわてて体を支えようとしてくれたが、何とか踏みとどまることが出来た。
体を起こすときは気が付かなかったけど全身に上手く力を入れることが出来ない。
疲れている、というより、力の入れ方を忘れてしまった、みたいな・・・。
上手く言えないけど、疲れは全くといっていいほど感じない。
俺の体、どうしたんだろう・・・。
彼女がまたおろおろとし始めたとき、ドアが開いて別の女の子が入ってきた。
今度の女の子は鮮やかなブロンドの髪をポニーテールにしている。
俺の住んでいる住宅街ではほとんど見かけることはない髪の色だ。
髪の色も結構珍しかったけど、一番目を惹かれたのはその独特の瞳だ。
オッドアイ、つまり片方の瞳ともう片方の瞳の色が違う。
その少女は向かって右が赤色、反対が青色をしていた。
彼女もカラーコンタクトなのか?
瞳の色とかそういう以前に、オッドアイというものを見たことがない。
ちなみに服装は彼女もゴスロリ調のものだったが、飾りつけが少なく、少しすっきりとしたデザインだ。
そのオッドアイの少女は、緑の瞳の少女に「クゥ」と呼びかけながら何かを話している。
クゥと呼ばれた少女も入ってきた少女の方を見て、同じ言葉で受け答えをしている。
本人達には通じているようだけど、俺にはさっぱりだった。
同じ国から来た留学生なのかな。
会話を聞き取ることを諦めた俺は、ふと窓の外に目をやった。
・・・あれ?
窓から見える風景に違和感を覚え、それを確かめるために窓にゆっくりと----------やはり体は上手く動いてくれない----------近づいた。
何とか窓に近づいて、外をよく見てみる。
やっぱり、見間違えじゃなかった。
その窓から見える風景・・・それは完全に日本のそれじゃなかった。
鉄筋作りのビルは全く見えず、木造の家がちらほらと見えるぐらいだ。
地面も土を露出していて、窓から見える限りだとアスファルトの道なんてなかった。
少し遠くには馬のような動物を飼っている牧場みたいな広場が見える。
それら全ては少なくとも俺の住んでいる町では見ることが出来ないし、日本でこういうところを見ようと思ってもそうそうお目にかかることが出来ない。
一体何がどうなっているんだ?
俺は確かに日本にいたはずだし、外国なんて出た覚えも無い。
なのに、周りには見たこともない風景、そして聞いたことも無い言葉を喋る少女たち。
一体ここは、どこなんだ・・・?
もう一度彼女達に声を掛けてみよう。
もしかしたら後から入ってきた少女には通じるかもしれない。
そう思った俺は、もう一度話しかけるためによたよたと歩き始めた。
少し歩きやすくはなったものの、やはり思うように力が入らない。
彼女達はまだ話を続けていたけど、さっぱり言葉はわからなかった。
やっぱり通じないのかな・・・、と思い始めた、そのとき。
【・・・・・・・せ。・・・を・・・め・・・。】
っ!?
ぞくっ、と背筋に悪寒が走った。
頭に響くような低い声がかすかに聞こえる。
ほとんど聞き取ることは出来ないけど、同じ言葉を続けて言っているみたいだ。
でも・・・何なんだ?この悪寒は。
とても悪い予感がする。
その低い声はしばらく頭の中で反響して、やがて聞こえなくなった。
そして言葉が聞こえなくなった瞬間、俺の胸元がかすかに青く光り始めた。
まさか・・・。
俺は咄嗟に首にいつもかけてある、祖母の形見のペンダントを取り出した。
やっぱり・・・こいつだ。
普段は何の変哲も無い石のそれは内側から不思議な光を出している。
さっきの声のせい・・・か?
タイミング的に見て間違いないようだけど・・・。
やがてその光も収まったが、不思議な出来事はまだ続いた。
「その光・・・何?」
さっきの光っているペンダントに気付いたのだろう、彼女達はこっちを見ていた。
普通の石に見えるこれがいきなり光りだして驚いたのだろう。オッドアイの少女が不思議そうに声をかけてきた。
だが、俺の頭の中ではさらに不思議な事が起こっていた。
さっきまで全く分からなかった言葉と同じはずなのに、耳に入ったとたんその意味がすぐに分かったのだ。
全く、さっきから次から次へと訳の分からない事ばかり起きてくれる。
「そのペンダントが光ったの?ちょっと見せてよ。」
興味津々とオッドアイの少女はペンダントを手に取る。・・・俺の首にかかったまま。
そこまで紐は長くないので、必然的に彼女が近づくことになる。
結果、ぴったりと体をくっつけることになる訳で・・・。
健全な男子で、恋愛経験も少ない俺がそんなことをされると、何と言うか、その、すっげぇ鼓動が早くなるんですけど。
「むー、何これ。普通の石に見えるのに・・・。」
もっと近くで、とでも言うように彼女はぐいぐいとペンダントを引っ張る。
対して短い紐は伸びる訳でもないので、首がしまって痛い。
「いたた・・・痛いって!引っ張るのは止めてくれ!」
思わず大声で言ってしまったが、驚いたのは彼女達だけじゃなく俺もだった。
彼女達がさっきまで喋っていた言葉がすらすらと口から出てくるのだ。
さっきまで意味すら分からなかった言葉が、だ。
もはや夢のようだった。
「あ・・・ごめん。」
「いや、いいけどさ・・・。そんなに見たかったら、ほら。」
これ以上引っ張られて紐が切れるのも遠慮したいし、あの状態で居続けるのは心臓に悪いので、ペンダントを外して彼女に渡す。
それにしても、どうして言葉が分かるようになったかは分からないけど、これはチャンスだ。
出来る限り情報を集めて整理してみよう。
彼女がそのペンダントを見ている間、もう一人のクゥと呼ばれた少女に話しかけた。
「ちょっと、いいかな。」
「え?」
「俺は、どうしてここに?」
「えっと・・・その・・・、い、イーシャがあっちの森で倒れてるのを見つけて、それで・・・。」
・・・おびえさせてしまった、のかな。
身長が低いほうだから威圧感というものは皆無のはずなんだけど。
「何か変なもの握り締めてたから、それも持ってきておいたよ。」
と、まだ納得していないのかペンダントの方に目をやったままオッドアイの少女が言った。
「変なものって・・・ギターの事?」
「ギター?何それ。君が住んでいるところの武器か何か?」
ギターが、武器だって?
見当違いな言葉に笑うよりも先に耳を疑った。
確かに両手で逆さに握って振り回せば武器にもなるだろうけど・・・。
って、そうじゃない。
俺の持つ常識が通用する世界なら、まずあれを武器なんて言う人間はいないだろう。
「武器、って・・・。」
「森の中を武器も持たずにうろついてたら盗賊団なんかの格好のエサじゃん。他に武器になりそうなものも持ってなかったし、あれがそうなのかなーって思ったんだけど。」
「と、盗賊団?」
「って、ちょっと。盗賊団も知らないなんて言わないよね。この辺荒らしている盗賊団って言えばかなり有名なんだけど。」
はい、とペンダントを俺に返しながら呆れたように言ってくるオッドアイの少女。
緑色の瞳の少女はあれっきり黙ったままだ。
「ていうかさ、何であんなところで倒れてたの?他に荷物も持ってなかったから旅しているって感じじゃないけど。」
「いや・・・、それが俺にもさっぱり。確か神社にいたはずなんだけど・・・。」
「ジンジャ?クゥ、聞いたことある?」
「私は・・・ないけど・・・。」
困った、八方塞りだ。
言葉は通じるようになったけど、価値観というか、常識というか、そんなものが全然違うみたいだ。
「ま、いいや。とにかくそのままにもしておけなかったらこうして連れて来たって訳。感謝しなさいよ。クゥなんてさっきからずっと看病してるんだから。」
「い、イーシャ!」
狼狽しきったクゥ(仮称)を見て、きゃはは、とおかしそうに笑うイーシャ(仮称)。
「あ、自己紹介が遅れたね。私はイーシャ・ラスフォルト・アネシア。そんでこっちがクゥ・ラスフォルト・コルレリオ。見て分かると思うけどどっちもラスフォルトだよ。」
「・・・俺は直樹、高嶺 直樹だ。」
とにかく謎なことだらけだけど、つられて自己紹介をする。
謎なことと言えば、自己紹介で飛び出た「ラスフォルト」だ。
人種か何かだろうか?
そう思いながら彼女から受け取ったペンダントを首へかけ直す。
その瞬間、あの低い声がまた聞こえてきた。
【・・・・よ・・・せ。・・ナ・・・こ・・・。ち・・・も・・・よ・・・。】
そして同時に、激しい頭痛が俺を襲った。
あまりにも急に襲ってきたその痛みに耐え切れずに、思わず膝をついてしまう。
「う・・・くっ・・・。」
「ち、ちょっと!どうしたのよ!」
「あ・・・。イーシャ、ナオキさんをベッドには・・・ぶ・・・って・・・。」
「わ・・・!」
頭痛はどんどんひどくなる。
そして彼女達の声もどんどん遠くなる。
結局俺がどんな状況にいるのかも分からずに、俺の意識は途切れた。

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