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〜第五章 動き出した時間〜

<〜夕刻〜>

カン・・・・・・・カンカンカンカンカン

 孤児院の裏では、リースと子供たちが木の棒を持って打ち合いをしていた。
 いや、正確には一対五の勝負をしていると言った方が正しいだろう。
 子供たちは、一時後ろに下がり、勢いをつけて青年に飛び掛って行く。
 
「てゃーーーーーーーーー!」

「・・・いっちゃえ・・・」

「行きますよ。リース先生!」

「今回は俺達の勝ちだ」

「でも、このままじゃ、・・・・前と同じでリース兄ちゃんに、カウンターされてお終いだぞっ!」
 
 子供たちの中の一人の少年が不安的な発言をしていた。
 
「ライの言う通りだ。・・・・お前らの攻撃は単調すぎるし、五人で突っ込んでくるのは、一気に叩かれやすいぞ」

 リースが、飛び掛ってくる子供たちを薙ぎ払っていく。

「そのぐらい、わかってますよ。・・・・・・だから、こうするじゃないですか!」
 
 イストが叫ぶと同時に、木の棒をリースに向かって投げた。

「その程度は、お見通しだ・・・・・そして、これで終了」

 投げられた木の棒を叩き落とし、イストの首に後一歩の距離で木の棒が止められた。

「クッ、今回も負けですか。・・・・・・」
 
 悔しそうな顔をしながらイストは、座り込む。
 近くに居た、アルミスがイストに話しかける。

「だから、言ったのに。・・・リース先生に飛び道具、それも正々堂々と投げるんだもん。交わされるに決まってるでしょう」

「僕は、不意打ちが嫌いなだけです」

「まったく、イストは変なところで几帳面だな。それだから、リース兄ちゃんに負けるんだぞ」
   
 少し怒り気味のライが会話に介入してくる。

「ライ、お前の言うことも一理あるが、イストの言っていることにも一理あるんだぞ」

 リースが二人の少年の対比的な意見を上手くまとめる。
 〔落魄〕との戦いから既に半年が経過し、リースにも先生としての自覚が生まれていた。
 
「いいか、イストのしていることは騎士道。卑怯な事は、一切しないということだ。ライの言ったことは、生きるのに必要な卑怯。自分が生き延びるためには、どうしても必要な時がある」

「だったら、どっちが正解なんですか?」

「答えてくれよ。リース兄ちゃん」

「・・・・・・・・・・正解はない。・・・・どちらも必要な事だし。・・・・・・大切な宝物を守るためには、そのどちらにも属さない決意も、必要になってくる」

 少年二人の問いかけに、少し悲しげにリースは語った。
 
「・・・属さない決意?・・・・なんですか、それは?」

「・・・・俺にもわからない。・・・・・だから、俺は放浪しながら、その意味を探してる」

「だったら、オイラも連れて行ってくれよ。・・・・・その意味を探してみたい!」

「そうだな〜、俺について来るには、最低でも俺に対等にならなきゃ・・・無理だぞ」

「絶対になってやる!今から、ついて行っても大丈夫だよ!!」

 リースの冷やかし的な態度に、腹を立てたライが頬を膨らませ拗ねている。

「そうか?・・・だったら、俺と一対一で勝負してみるか?」

「望むところだ。絶対に兄ちゃんに勝ってやる!!」

(《・・・・フッ・・・・全くお前は、精神年齢が子供だな。・・・そんなのだから、いつまでも、セリウスに言われるのだぞ》)

 樹の側に置かれた〔放浪〕がリースの態度に、笑っているような声で思念を飛ばす。

(・・・・グッ、セリウスの話は、また今度にしてくれ。・・・・・思い出しただけで、悪寒がしてきた)

 この映像をセリウスが見てるとは知らずに、リースはセリウスの愚痴を言いまくる。

(初めて会ったときにも、なんていうか嫌な予感したんだよな。・・・・見た目はいいんだが、性格が年増っていうか、おばさん的だよな)

(〔・・・・・どこで聞かれているのか、わからんのだぞ。・・・そんなことを言ってもいいのか?〕)

(・・・いいんだよ。心の中だったら、何度でも、この年増、おばさん、って繰り返し言えるからな)

 愚痴を聞いた。セリウスの怒りは既に頂点に達していた。

(悪寒・年増・おばさん・・・・・・・・リ〜ス、この記憶から戻ったら、覚悟していて下さいね♪)
 
「リース兄ちゃん。もういいか?」

 木の棒を下に構えた。ライの姿は準備万端の様子だった。

「・・・・ああ、いつでもいいぞ」

 リースも木の棒を真正面に構え、真剣な顔つきになっていく。
 〔落魄〕の状態ではないが人型永遠神剣なのだから、普通の人に比べて身能力が優れているのは明白だ。
 一抹の不安定要素を取り除けば、最強であろう。
 不安定要素・・・・・それは、壊れた感情を持っていること。
 普段は子供だから、大丈夫だが。リースは常に子供達と対峙する時は、身構え隙を見せない。

「だったら、いくよ」 
(リース兄チャンには、小細工が通じない。だったら、・・・・・・一撃、もしくは速さで真正面から行くしかない!)

 ライの目がリースを睨みつけ、一呼吸し、下段の構えから自然に斬りかかっていく。
 体重に速さを加え、渾身の一撃を切り払う。
 
(・・・・速いな・・・・だが、〔放浪〕の加護を受けて無くても、これぐらいなら、流せるな・・・)

 渾身の一撃を棒で受けると同時に、力のベクトルをコントロールしながら、ライの後ろにリースは回り込む。
 
「どうした?ライ。・・・・・・俺と一緒に来るんだろ?この程度じゃ、無理だぞ」

リースは悪戯っぽく笑っている。

(・・・・それぐらい、・・・わかってるよ。一撃がダメなら、・・・・速さにかける)

 影が段々と揺らめいていく。
 薄く引きの伸びていくように、ライの姿が消えた。
 
「おっ、今度はスピードかっ。・・・・・それぐらいなら、俺も出来るぞ」 
 
 そう言うと、リースの影も揺らめき、消えていった。


シュ・・・・・・・シュ・・・・カン・・カンカン


 二つの影が交差し、木の棒が当たっている音だけが聞こえる。
 それを見ていた子供たちからは、驚きの声が上がっていた。

「ねぇー、ライとリース先生。・・・・何してるの?」
 
「僕にも・・・・わかりません」

「・・・・・多分・・・・凄い速さで移動してる・・・・・」

「それぐらいは、俺にもわかる」

 ネールのちょっとしたボケにすかさず、コーフはツッコミをいれた。
 そんな様子に気も留めずに、リースとライは互いにスピードの境地に達していく。
 しかし、小さき影よりも大きな影が時間の経過するにつれ、勝っていく。

(・・・・・やっぱり、リース兄ちゃんは強い。・・・・・勝てない・・・・)

 小さき影が動きを止め、息をゼハゼハっと吐きながら、膝が地面に打ちつけられる。
 大きな影も動きを止め、ライの近くで笑っていた。

「リー・・・ス兄ちゃんに勝てなかった・・・・・・」 

「当たり前だ。俺はライよりも年上だろ。年の功だけ、なんとやらと言うやつだ」 

「年の数の違いで、オイラは負けたの?」 

「そういうことだ」
(まあ、本当の理由は、ライの力を知りたかっただけだが。・・・・・・ふぅ〜結構強かったな・・・・)

 心の中で溜息をしながら、リースは座った。

「ライ、・・・・合格だよ。俺と一緒に行くか?」

 リースは笑顔でライの頭をクシャクシャ、と撫でながら言った。
 少年の顔からは、一筋の涙が零れ落ちいく。

「・・・本当に?・・やったー!!一緒に行っても良いんだよね?」
 
 涙後が晴れやかな笑顔になった。
 ライは嬉しさのあまり、走り回っていた。

「おい、ライ。そんなに走り回ると危ないぞ」

「へっへっへー、大丈夫だよーーーー!」

「・・・・・・大丈夫じゃない・・・・呪詛の鎖は輪廻の果てまで続き、紡ぐ時は言葉ではなく呪詛を、<呪封鎖>」

 
ガシャガシャガシャガシャ──────キィイイィイィイ


 耳に怪奇音波のような金属が擦れる音が鳴り響き。
 地面からリースとライを取り囲むように、黒い鎖が編まれていった。

「・・・・あっ、ミリアル先生・・・・・・」

 声のした方をアルミスが見ると、そこには少し不機嫌そうなミリアルが立っている。
 鎖の中に閉じ込められた二人も、その様子に戸惑っていた。

「・・・・・・・・ミリアル・・一体何を怒ってるんだ?」

「・・・そうだよ。いつものミリアル先生じゃない」

 リースとライの言葉に反応したように、主にリースの言ったことに・・・・・・さらに不機嫌そうになっていく。
 
「・・・・・・・・・・・おいっ!新入り〜、今何時?」

 怒気を含んだ声でミリアルは言った。
 リースは半年経った今でも、新入りと呼ばれている。ミリアル曰く「・・・・永遠に新入り・・・・」だそうです。
 びっくりしたリースは、恐る恐る答えた。

「何時か・・・・・わかりません。でも、夕方です」

答えを聞いた瞬間にニコっと微笑みながらも、鎖が段々と狭まっていく。

「ちょっと待て、俺が何をしたんだ?」
 
その発言を聞いた瞬間。ミリアルの顔が微笑みから一転し、修羅の顔になった。

「・・・・新入り・・・今日の晩御飯の当番と買出しの当番は誰?・・・・・・」

(・・・誰だったっけ?確か昨日は、シェラが料理でハミュウが買出しだったよな。・・・・・っていうことは、今日は俺が買出しだーー!)
「・・・・・・ごめんなさい。今日の買出しは俺です」

「その通り・・・・でも、時間がおかしい。・・・・材料がない」

「えっと、・・・・・・まだ買出しに行ってません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・呪詛の鎖よ。彼を束縛し、滅せよ。ライは対象外で・・・・・」

 沈黙が崩れ去り、鎖がリースに押し寄せてくる。
 
「俺が怪我したら、買出しに行けないぞ!」

「・・・・・・シェラに回復してもらう・・・・・今日は、新入りが遅れたから・・・・私が皆の御飯作るの遅れる・・・・私の怒り・・・・」

「・・・・・ミリアル、すまん許してーーー」

「・・・ダメ・・・却下・・・・」


ジャラジャラジャラジャラジャラ──ガ────ン。
 

 この後、鎖に押しつぶされたリースは、シェラに回復魔法をしてもらい。
 大急ぎで買出しに行ったがミリアルの機嫌が悪く、飯が貰えずにげんなりしていた。
 
 ドサッ

 リースは〔放浪〕を背中からおろし、ベッドに倒れこむ。
 
「今日も疲れたー。・・・・飯抜きだろ、あいつらは少しずつ手強くなっているし、割に合わないよな?」

 傍らに置かれた〔放浪〕に、リースは問いかけた。

《飯抜きは、忘れたお前が悪い。・・・・・子供たちは確かに強くなった。特に最近は、〔落魄〕が安定している》

「ライは強くなったよな。・・・・・今日は危なかった。あの速さには、本当に焦った」

《そんなことを言いながらも、お前は勝ったではないか。・・・我は、お前を使い手に選んで良かったぞ》 

 〔放浪〕から世辞を言われ、リースは少し照れくさそうにしていた。

「今は、ありがとう。と言っておくよ。・・・・・それよりも今は、これが問題なんだよ」

 リースの手には小奇麗な本が握られている。
 目を閉じながら、本をもらったときのことを思い出していた。

「リース先生、待ってください!」

「どうしたんだ?レイント」
 
 自分の部屋に戻る途中でレイントに呼び止められ、リースは後ろ振り返った。

「渡し忘れた物があるのです」

「渡し忘れた物?」
 
 不思議そうな顔でリースはレイントに問い掛けた。 

「・・・・これです」
 
 レイントの手には一冊の本が握られていた。
 本の表紙は黒色で何も描かれていなかった。

「俺が貰っていいのか?」

「貰って欲しいのです。.・・・私は重要な文献を読んだと言いましたよね。そして〔落魄〕や永遠神剣、エターナルの存在を知ったと・・・・・この本に書かれていたのです」

「これがそうなのか。いいのか、重要な物なんだろう?」

「いいのですよ。私が読めたのは自国語だけで、それ以外の文章はどこの国の言葉かわからないので。リース先生が持っていた方が良いと思いまして」

「だったら、貰っておくよ。ありがとうな、レイント」

「どういたしまして。それでは、お休みなさい」
 
 リースがレイントから本を受け取ると、レイントはニッコリと微笑み寝る前の挨拶をし、去っていった。
 そして、今に至るのだが。リースは表情を曇らせながら悩んでいた。

「・・・・・・何書いてるか、さっぱりわからん。レイントの言ったように少しはわかるが、後のページが解読できない。・・・・・〔放浪〕わかるか?」
 
 ベッドの上で寝ながらページを捲っていく、リースがボソリと呟いた。

《お前と同じで少しはわかるが・・・・・その本は特別だな》

「特別?・・・・・どういう意味だ?」

《特殊な力で書かれている。おそらく、この世界ができる前から書かれた物に違いないだろう・・・・・・》

「この世界ができる前から?・・・でも、レイントが解読できたのは、この世界の言葉で書かれいるからだろう。世界ができる前にこの本が存在するのは、おかしくないか?」

《我が考えるに、その本は神剣に反応し、反応した世界で解読できる文章に自動的に書き直され、文章が追加されていくように思うのだが・・・・》

「確かに、それなら話しの辻褄があう。この本は〔落魄〕に反応して、この世界に来て、世界の言葉に変換された。・・・・・しかし、そう考えてしまうと、なぜ後ろのページがこの世界の言葉に変換されてない。
 〔落魄〕のこと、永遠神剣、エターナルについて、この部分しか訳されていない。何か意図的なものが存在するのか?」
 
 〔放浪〕の考えに頷きながらも、リースは難しそうな顔をしながら考え込む。

《そう考えるのが、今のところ正しいと思う。・・・・・・ただ一つ言えることは、その本には我をも凌ぐマナが蓄えられている》

「〔放浪〕を凌ぐ程のマナが蓄えられている!!・・・・・一体、誰がこの本を創ったんだ?」
 
 リースが驚くのも無理はない。
 第二位である〔放浪〕でも莫大のマナを持っているのに、それすら凌ぐのだから、世界にどのよな異変を起こすのかわからないのだ。

《・・・・・わからんな。その本がこの世界にあるから、人はエターナルのことを忘れずに記憶に残っている》
 
 〔放浪〕が結論を言いながら、リースの考えにも賛成しようとしていた瞬間に、リースの手の中の本が空中に浮いていく。
 本のページがめくられていき、読めなかった文章が読める文章に変化していった。


「・・・・・・・・・・・・えっ!」
 
 リースは、訳されていく文章と絵を見て驚愕していた。
 
「なぜ・・・・・・〔放浪〕が描かれているんだ?」

《・・・・・・・・・・・我にもわからぬ》 

 本の中には〔放浪〕の絵が描かれており、隣には〔落魄〕の絵も描かれている。

「〔放浪〕に反応したのか?」

《・・・・そのようだ》 

「でも、少し変だぞ。どうして〔落魄〕と〔放浪〕の絵が描かれている?・・・・それに、一つに戻るってどういう意味だ?」
 
 リースが文章の一節を読み、不思議そうな顔をする。
 その文章にはこう記されていた。

<門と共に存在せし者、一つに戻さぬように。存在する者目覚めるとき、共にもう一つの存在が目を覚ます。個は全に、全は個に、一つに戻る>

《一つに戻るのは、回帰性型神剣。・・・・我に回帰の意思はない。我は常に流離うためにある・・・・》
 
 〔放浪〕が自分の在るべき意義を固定するような強い声だった。

「そうだったなっ。・・・・ふぅ〜、それにしても情報が少なすぎる。・・・・・おわっ!!」
 
 ため息混じりにリースが天井を見上げると、天井裏には実験服を着たハミュウがひょっこり顔を出していた。
 
「あちゃ〜、見つかちまったか。聞かせてもらったよ、リース君。・・・是非、君を私のモルモッ・・・いや、研究のパートナーに迎えたいのだが?」
 
 天井裏から降りてきたハミュウの顔は、裏がありますと言わんばかりの顔だった。

(なんの研究だ?・・・・話の内容が違うし、ハミュウは危険だ)
「ありがたい話しだが、遠慮しとくよ」

「まぁまぁ、そう言わずに一緒に人類の発展に協力しようじゃないかねっ!・・・・悪いようにはしないから」
 
 実験服の懐から一本の試験管を出しながら、ハミュウはリースに一歩、また一歩、近づいていく。
 
(逃げるぞ〔放浪〕!)
(《我には関係ないことだ。・・・・・・お前一人の問題だ》)
(裏切るのか?)
(《裏切るとは失礼なっ、お前が誘われているのだから、我は手を出す意味がないと言っているのだ》)
(契約者が生きるか、死ぬかの問題だぞ!)
(《・・・・・その程度で死ぬはずがなかろう・・・・・・》)
(そんなこと言わずに助けてくれ!)
(《・・・・・・・・・・・》)
(意識を閉ざしやがったなっ!・・・・・・・こうなったら、俺一人でも生き残ってみせる!!)
 
 ベッドから起き上がり青年はドアノブに手をかけ逃げようとする。
 しかし、ドアは開かなかった。

「えっ!どうして、ドアに鍵がかかってるんだ?」
  
 ガチャガチャ、っとドアノブを左右に回すも一向に開く様子がなかった。
 
「すいません〜。リース先生許して下さい〜」
「・・・・・許せ新人・・・」
 
 ドアの向こうからは女性二人の謝る声が聞こえてきた。

「シェラとミリアル、そこに居るんだったらドアを開けてくれー!!」

「・・・・開けること・・・・・・できない」

「そうなんですよ〜。開けちゃうと私達が犠牲になっちゃうんです〜」
 
 シェラとミリアルは、ハミュウの実験体から逃れるために極秘に取引をしていた。
 時間は半年前に遡る。
 ライを部屋に連れて行き、三人の女性達は自分の部屋に戻る途中だった。
 おもむろに一人の女性がこんなことを口にした。

「リース先生はエターナルだったか。・・・・・・二人とも、私の新薬の実験体になりたくないよな?」
 
 ハミュウの問いかけに首をコクコク、と頷く二人。

「だったら、ちょっと手伝ってくれないか?そうしたら、これからは実験体に、ならなくていいから」
 
 この悪魔の提案に二人は、目を輝かせ悪魔の誘いにのってしまった。
 確かに、ハミュウの料理=物体不明を飲まなくていいのなら、一度飲んだ人は必ず提案には賛成するだろう。
 例え、それが人(エターナル)を犠牲にしたとしても──。

「そうすれば、飲まなくていいんですね?」

 シェラが目を潤ませながら、悪魔の誘いを再度確認する。

「ああ。もちろん、君達の身の安全を保障しようじゃないか。・・・・・ミリアルはどうする?」

「・・・・・・私も・・・のった・・・」 

「そうこなくちゃっ。・・・・・・だったら、もう一度内容を確認するよ」
 
 図式を書きながら、ハミュウがリース捕獲作戦を再確認していく。
 内容は至って簡素なもので、天井からハミュウが忍び込み、ドアには外から鍵をかけ、そして・・・・・逃げれなくなった所を捕獲するというものだ。
 実際にこの作戦は成功してしまい。今、まさに狩人と獲物の構図が完成していた。
 ゆっくり、ゆっくり、狩人ハミュウは獲物に近づいていく。獲物は言わずとしれた、(放浪者)リース。
 獲物は端に追い詰められていく。

「ちょっと待って!」
(どうする、どうすれば・・・・・・・俺はこの状態から逃げれる。考えるんだ・・・・・・狩人から逃げられる方法をっ!)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
(・・・・・・・一、部屋の窓ガラスを割って逃げる。二、ドアを破壊して逃げる。三、ハミュウを倒す・・・・・)

「私的には、四、おとなしく実験体になるをお勧めするよ♪」

 既に狩人の姿は獲物の目前にあった。
  
「なんで、人の考えていることがわかるんだ?」
(今は、そんなことよりも逃げなければ・・・・・・狩られる)
(一番妥当な策は二だな。・・・・そうと決まれば脱出!)
 
 獲物は助かるために、懸命の力を込めドアに体当たりをする。
 しかし、木製のドアは壊れなかった。
 
(力一杯に当たったのに、・・・・どうして開かないんだ?)

「すいません〜〜リース先生、私がドアに守護の法を唱えたので・・・・私が許可するまでは、開かないんですぅ〜〜〜〜」

 シェラは泣きながら、解説をしていた。
 
「もう、そろそろ〜いいかな〜リース君?」
 
「ちょっと・・・・待って下さい。・・・・ドアが開くまで・・」
 
「待てないな〜〜。だって、こんなにおいしそうな、実・験・体が目の前に居るのに、手を出すなっていうのが無理だな♪」
 
 ハミュウはニタ、ニタ、笑いながらリースに近づいていった。
 獲物は小刻みに震えながら、逃げようとする。

「頼む!開けてくれー。なんでも言うこと聞くからー」

「・・・・・だったら、・・・・私達の代わりに・・・・犠牲になれ・・・」

 ミリアルが、確信を促すように呟いた。
 一瞬にして、時間が止まったように感じられた。

「・・・それ以外にしてくれ〜〜〜!」
  

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン 

 リースはドアを力一杯に叩き、助けを求める。
 しかし、それこそが無情の響きに聞こえるだろう。
 なぜなら、獲物の後ろには、既に狩人が立っているのだから。
 
「お薬の時間だぞ〜。リース君〜♪」
 
「飲みたくない〜、助け・・・・・て・・・・・・・・」

ドンドンドンドンドンドンドンドン・・・・・ドンドン・・・・・ドン・・・・・・・・・・

 ドアの音が声に比例して小さくなっていく。
 夜の静けさが戻っていく。だが、一人のエターナルには地獄の始まりだった。

「・・・・・・・グハッ・・・もう・・・飲め・・ません」 

「そんなこと、言わずに。・・・まだまだ、沢山あるぞ♪」

 ハミュウの実験服の懐には、一本だけでなく。何本も試験管が出てきた。
 それをリースの口に詰め込んでいく。
 ハミュウの顔は、嬉しそうに歓喜に浸っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・もう・・・・・無理・・・・・」

 リースの意識がなくなり、ハミュウの計画が始まった。
 その計画とは、【リース先生の実験体】ハミュウが考えた計画である。
 内容は極秘、場所も不明。必要な物リース先生。
 ハミュウの目は既に、研究者の目に変わっていた。

「おーい、リース君。・・・大丈夫かね?・・・大変だ、鼓動が止まっている。私の部屋で手当てを──」
 
 そう言って、ハミュウとリースは闇夜に消えていった。
 ハミュウの自作自演の芝居を聞きながら、〔放浪〕はこう思っていた。
 
(《すまぬ・・・・・我が見誤っていた・・・生きて帰ってこい》)
 
 後に、ドアの前に居た女性達は語った。「静かになったので、ドアを開けたら居なかった」っと。
 明け方になってリースは帰って来たのだが、なぜか本人曰く。

「昨日、何かあったのか?・・・・朝起きたら、孤児院の裏に寝てたんだ。本のことで〔放浪〕と話しているのは、覚えているだが。・・・・それ以降が思い出せない」

 聞かれた〔放浪〕も応えることができなかった。
 何をされたのか知っているのは、ハミュウだけが知っている。まさに恐怖の実験。
 この時は平穏な瞬間だった。
 既に時はゆっくりと流れ始めた。〔放浪〕と〔落魄〕が出会うことにより。
 この世界の時間はリースにとっては、温かすぎるだろう。
 後に訪れる悲しみが彼を蝕んでいく、その時までは幸せなときを・・・・・・・・・・・。



<〜孤児院から数百キロ離れた帝国(シリグ)〜>

「あれは何かしら?」
「一体何が起こるんだ?」
「災厄だわ」
「国王様に報告だ」

 帝国の人々が口々にざわ、ざわ騒ぎながら空のひび割れを見ている。
 すぐにでも割れてきそうな空が、不気味な象徴をかもしだす。
 ひび割れの隙間から見えるのは刃物の先端。とても鋭く真っ赤になっていた。

「帝国軍が到着したぞーーーーー!」

 軍隊形式の足音に音楽が聞こえる。
 しかし、空のひび割れには勝てないだろうと、人々は思っていた。
 今までこんなことが見たことないから?・・・・・・違う、人の五感の全てが警報を鳴らしていたから。
 (逃げるんだ)っと、だがそれを実行に移すまでに災厄は訪れた。
 
 到着と同時にパリィ───ン、空が引き裂かれ、一人の少女が空から出てくる。
 片手には大きな鎌を持ちながら、少女が不気味に微笑んだ。

「ひぃ〜〜〜〜〜化け物〜〜〜〜〜」
「助けて〜〜〜〜」
「嫌だ、死にたくない!」
「おお〜〜〜神様じゃ」
「あれは、神じゃない・・・・・悪魔だ」
「何を言ってるの、神様だわ」

 帝国の人々は神と悪魔に意見が分かれ、祈る者、逃げる者に分かれた。
 少女にはそんなことは関係ない。
 彼女が求めるのは鍵だから。

「全軍突撃ーーーー!」

 人々が群れをなして逃げて行き、帝国軍が少女に向かって攻撃を開始した。
 だが、全てが少女には意味のないことだった。
 なぜなら少女は、歓喜していたから。

「また血が一杯飲めるね〔吸血〕・・・・・行っておいで」
  
 鎌は赤い光を出していた。
 少女が片手に握っていた鎌をどこに放り投げる。
 帝国の人々が唖然として、誰も動けなかった。
 その一瞬が全てを終わらせた。


ヒュヒュヒュウヒュウヒュヒュヒュヒュウ──── 


 鎌が竜巻を発生させ、赤色の竜巻が帝国全土を包み込む。
 その中心には〔吸血〕と少女が居たが、その姿はとても異様なものだった。
 人は原型を留めず、粉々になり、生きとし生けるもの全ての血を吸い尽くしていく姿。
 喉の渇きを潤すようにゴク、ゴク、飲んでいく。異様な中の美しさと残酷が赤色の竜巻の中心部で演じられている。
 時間にして数分。また一つの帝国が終わった瞬間だった。
 少女が探すのは鍵。鍵が世界を担っていた。
 そして、これがこの世界の悲しみに、いずれ繋がるだろう一つに・・・・・・・・・・。



〜続く〜

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