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―――私は、館に居た。
―――その中で、私は本を読んでいた。
―――ふと、私は顔を上げる。
―――そこには、誰かが、居た。
―――それが誰であるかは分からない。
―――どんな顔であるかすらも分からない。
―――でも、私はその誰かを見るだけで言い様もなく安心する。
―――そして私は、再び本に視線を戻す。


目を開ければ、やはり朝であった。
ベッドから起き出し、手早く着替える。
そこまでしてから、違和感を覚える。
なにやら家具の配置が変わっている気がするが気のせいだろうか。
少し考え、気のせいだと判断。
部屋から出て、階段を降り、食堂へ向かう。
が、私の足は何故かネリーの部屋の前で止まっていた。
……ん?
おかしい。
確かにこの道順で食堂に行けた筈だが。
そして、ここでようやく私は自分の過ちに気が付く。
ここはラキオスだったのだ。
あの館ではない。
右向け右。
改めて食堂への道を歩き始める。
…が、その足が再び止まる。
ここはラキオス。
それは良い。
では、私が勘違いしていた『館』は、何時、何処にあったのだろう。

考えていてもわからない事を何時までも考えているわけにはいかないので、再び歩き出す。
扉を開ける。
そこには、ヒミカの姿があった。

「あ、ナナルゥおはよう」

頭を下げる。
ヒミカは水差しから水を入れて、私に渡してくれた。

「どうしたの? 今日は随分と起きるの遅かったね」

そう言われて、初めて気が付く。
今はもう九時。
私は普段、六時には目が覚めている。
寝坊。
それも大寝坊。

「ま、今日はお休みだから良いんだけどさ。今日は何とあのセリアもまだ起きてないんだ」

それは意外だ。

「朝ご飯食べる?」

頷いて、肯定を示す。
内容は、パンにベーコン、サラダに牛乳。

「所で、昨日寝るの遅かったの?」

パンをかじる手を止めて、ヒミカの方を向く。

「いっつも一番に起きてるナナルゥが寝坊するなんて珍しいからさ、何かあったの?」

そう言えば、普段あまりヒミカとは喋らない気がする。
問いかけに、少しだけ考えて、こう答える。

「……多分…夢見が良かったから……」
「ふーん、どんな夢?」

沈黙。
黙秘権の行使。
なんとなく今日一日分の会話を済ませた気分になる。
それはいくらなんでも早過ぎないか。
ヒミカは、まぁいいか、と呟き席を立つ。

「あ、そうだ。今一号館でエスペリアがケーキ作ってるよ、行ってみたら?」

それでネリーやシアーがいないのか。
興味を誘われたので、行ってみる事にした。
席を立ち、食器を洗って片付ける。



「………………」

一号館へ向かう途中で、アセリアと会った。
何となく、見つめ合う。

「…………………」
「………………………」
「…エスペリアのケーキ、食べに来たのか?」

何となく勝った気分。
頷いて肯定を示す。

「そう…じゃあ一緒に行こう」

踵を返すアセリアの後に付いていく。

「…ナナルゥ、何か良い事あったのか?」

そう薮から棒にアセリアが問いかけてきた。
突然そう聞かれても困るのだが…
「………何故?」と問い返す。

「何か、嬉しそうに見えるから」

嬉しそう?
問いかけの答えを探し、結局さっきと同じ答えを返す。

「……多分…夢見が良かったから……」
「……そうか」

それきり無言。

夢見が良かったから。
それは嘘ではないと思う。
ただ、夢の内容が思い出せないだけで。


「あら、アセリアと…ナナルゥ?」

着いてみれば、エスペリアの周りにはネリー、シアー、ヘリオン、ニムントール、オルファリルと予想通りの五人がいて、楽しそうに走り回っている。

「…エスペリアのケーキ、食べに来たって」
「あら、そうなの。今ちょっと材料の買い出しに行ってもらっているからちょっと待っててね」
「…ん、わかった」

私も頷く。

「あ、ナナルゥお姉ちゃんおはよう〜」

オルファリルが私に気付いてあいさつをする。
が、それに対しての返答が礼だけだったので気に障ったのだろうか。

「駄目だよ〜! 朝起きたら「おはよう」だよ!」

彼女は頬を膨らませてその場を飛び跳ねる。
ネリー達も「そうだそうだ」と加勢する。

「………おはよう…」
「駄目〜! 悪いな〜って思ったら、「ごめんなさい」って言わないとだよ!」

ネリー達も「そうだそうだ」と加勢する。
しかし私はそれに応えない。
ごめんなさい。
今、彼女達にこの一言を言うのは、何故か躊躇われる。
それは、この一言を言えなかった人がいたから。
かつて、謝りたい人がいたから。
でも、それは一体誰だったのだろうか。
何も、分からない。

「…ねえ、お姉ちゃん、何で泣いてるの?」

その声で気が付く。
私の頬を濡らす物は、間違い無く涙。

「ねえ、オルファ達悪い事言った? それでお姉ちゃん泣かせちゃった? ねえ?」

首を横に振って否定を示す。
彼女達は何も悪くない。
悪いのは私なんだ。
見捨てて逃げた、私なんだ。
でも私は、一体誰を見捨てたんだろう。
思い出す事が出来ない。
自分の事だというのに分からない。
考えれば考えるほど頭の中は熱くなり、とうとう頭痛までしてきた。

「……気分が悪いから……ケーキはまた今度」

そう言い残して踵を返し、走り出す。
スピリットの館から外へ出て、木陰に腰を下ろす。
…らしくない。
本当に、そう思う。
何故か今日はおかしい。
本当に体のどこかがおかしいのではないかと思ってしまう。
……こんな時、どうするべきなのだろう。
誰か、訪ねる事ができる人がいた気がする。
それは、誰だったのだろう。


「ん? ナナルゥじゃんか、おーい!」

その声に顔を上げると、この国のエトランジェであるユート様が紙袋を持って歩いてきた。

「どうしたんだ、こんな所で」

紙袋をわきに置いて、私の隣に座る。
私はそれに答えない。

「いやー、ケーキの材料って結構重いんだな。知らなかったよ」

それは確かに、紙袋から溢れるだけの量を両手に抱えていれば重いだろう。

「あ、今エスペリアがケーキ焼いてるんだけどさ、ナナルゥも来ないか?」

笑顔。
そこから、何かが溢れてくる。
何かが、頭の中の霧から顕れて来る。
私は彼の笑顔から何を思い出そうとしているのか。

「よし、行こうぜ」

と、ユート様は私の手を引き、立たせようとする。
それに気が付かなかった私はつい反射的にその手を払い、尻餅をついてしまう。
まずかったのがその次。
その慣性で身体が仰け反り、頭が後ろの木にぶつかってしまう。
…正直、かなり痛い。

「お、おい、大丈夫か!!?」

ユート様が私の頭に手を乗せ、撫でてくれる。
そして手の動きに合わせるように口も動く。

「ほ、ほら! 痛いの痛いの飛んで行け〜、な!?」

それが、契機だった。

「ごめんなさい」
「へ?」
「見捨てて逃げてごめんなさい、今まで忘れていてごめんなさい…」
「お、おい、ナナルゥ…?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ルティナさんごめんなさい……」

ルティナさんの前でひたすら泣きじゃくり、私は許しを乞う。

「ごめんなさい、ルティナさん。私が嫌いでも良いから、私を疎ましく思っていても良いから、私を許さなくても良いから。だから、謝らせてよ…」
「…よし、解った」

その声で、私は正気にかえった。
私の目に入った者は、この国のエトランジェ。
そうだ、そうなのだ。
ルティナさんでは、ないのだ。
彼は、私を見据えてこう言った。

「何で謝ってるのか、どうして謝る必要があるのか、俺は知らない。でも、今ナナルゥが許しを求めていることを知った」
「………ぁ……」
「だから言う。ルティナって奴はナナルゥを許してるよ、そうじゃなきゃ俺がぶっ飛ばす」

今度こそ、本当に泣いてしまう。
結局私はまだ、夢からは覚めていなかったのだ。
彼は、生きていると信じてた。
どこかで、無事に生きてるって信じていた。
そう、夢見ていた。
でも、私は今、はっきりと確信してしまった。
ルティナ=ナティヴは、本当に、死んでしまったのだと。
つい目の前の彼に抱き着く。

「なっ…! お、おいナナルゥ…!!」
「ごめんなさい、ごめんなさいユート様。ほんの少し、ほんの少しで良いのでこうさせて下さい。
 明日から、また何時もの私に戻ります。だから、ほんの少しだけ……」
「……ああ、わかった。好きなだけこうしてていいぞ」


不確定な空間に世界を創る。
私だけの世界を。
それは、結構楽しい。
その世界の人には当然のように顔があり、声があり、名前がある。
誰かの居る世界が、これほどまでに楽しいものだという事に、私は初めて気が付いた。







――――後書き

はい、エピローグです。
とりあえず消沈の理由はこれで幕です。
これを読んだ方は一体どんな感想を持つのでしょうか?
願わくば、誰かの代わりでしかなかった青年と、彼を思い出せた少女への共感を。

で、ここから言い訳と謝罪とその他エトセトラを。
―――言い訳と謝罪の話
ぶっちゃけた話、まだ永遠のアセリア終わってません。
まだ1週目すらクリアしてないのです。
と、言うわけでキャラの台詞回しなんかを正確に把握していないのです。
特にヒミカとユートが。
と、言う事でファンの方怒らないでください。
早くゲームをクリアしますので。
また、それによって修正が入るかもしれませんが御了承を。

次。
結構色々な所で書き逃げしてます。継ぎ足ししてます。
探して見ると結構ツギハギが見つかります。
一応分からないようにはしている心算ですが…

―――その他エトセトラの話
h17:0122にこの文章を書き変えていますので初めてのお客様にはあまり関係のない話です。
それ以降に初めてこの文章を読む方は読み飛ばして頂いて構いません。
裏設定アレコレ…無くなってます。
や、自分であの矛盾の塊を晒しているのが辛くなって来まして…
…ごめんなさい。
――最近謝ってばっかりだなぁ…自業自得だけど。

―――次の話の話
言代の残響音…いえ、何とかしようとは思ってるんですよ?
話の構成は固まってるんですよ?
だけど…時間が無ぇ…



兎にも角にも、ここまで読んで下さった方に、最大限の感謝を。


――――離岸流




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