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走る。
走る。
走る走る走る走る奔る奔る奔る奔る―――!!!
ただそれだけの事に。
ただそれだけの事に理由を求める。
―――私は、何をしているのだろう。
―――そんな事、私が知りたい。

「ッ…!」

石に蹴躓いて、その場に倒れこむ。
そして、起き上がらない。
無気力。
今の私を最も表している言葉だと思う。
手に持つ神剣の重みも。
膝に出来た裂傷も。
忌々しいくらいに高く、蒼い空も。
何もかもがどうでも良くなる。
―――私は、何をしているのだろう。
もう一度、自分に問う。
ルティナさんを見捨てて逃げて――何処に行くのだ。
そんな事、分かるはずがない。
自分の事だというのに。
そんな事すらも分からない。
分からないから誰かに答えを聞きたいのに、何処にも聞ける人はいない。

しばらくして、私は起き上がる。
理由なんて無い。
強いて理由を挙げるなら、そうしている事にすら疲れてしまったから。
顔を上げれば、そこは川辺だった。
石のせいで凸凹した道や、川の流れる音で気が付いてもよさそうだったが、そんな余裕は無かったのだ。
ぼんやりと、川の流れを眺める。
――と、川の異変を知る。
川の色が、うっすらと、赤いのだ。
そんなはずは無い。
川は、無色であるはずだ。
なら、この赤は何なのであろうか。
体に鞭打つ感覚で立ち上がり、上流へ。
ゆっくりと、歩く。
そして―――

私は、それを見つけた。

「消沈の理由」 第五話:消



それは、人の形をしていた。
それは、流れる川のすぐ側で倒れていた。
それは、川の水を紅く染めていた。
紅く染めるそれは、血であった。

―――――!!!!

慌てて駆け寄る。
そこまでして初めて気が付く。
倒れているモノ。
それが人間だという事に。
それが既に死んでいるという事に。
それが斧を持っているという事に。
その隣に見慣れた水筒があるという事に。
この水筒には見覚えがある。
彼が、ルティナさんが水を汲みに行くと言って持って行った物だ。
でも、この人はルティナさんではない。
服装も違えば、顔も違う。
その事実に、とりあえず安堵する。
そして次の瞬間に不安になる。

ルティナさん―――
彼は、今どうしているだろうか。
まだ生きているのだろうか。
それとも、もう…
ぱん、と思い切り両の頬を叩く。
何を言っているのだ。
見捨てて逃げ出した者の分際で。
なら、どうすれば良いと言うのだ。
今戻った所で、もうどうしようもないかもしれない。
今戻ったら、彼が私を拒絶するかもしれない。
どうしよう――
どうしよう――
頭は混乱し、膝が震える。
その場に立っていられずに、しゃがみ込んでしまう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう………
延々と思考はループし、息をする事すら苦しくなる。
とうとう、私は泣き始めてしまった。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう………
嗚咽が止まらない。
涙で前が見えない。
それを拭う事すら出来ない。
私は無力だ。
卑怯で、臆病で、世間知らずで、無礼で、無力だ。


どの位泣いていただろうか。
いつの間にか、涙は止まっていた。
死体よりも少し上流の方で、顔を洗う。
そして、もう一度両頬を叩く。
よし、落ち着いた。
考える。
私はどうしたいのか、どうすれば良いのか。
その結論は、一瞬で出た。
立ち上がる。
そして走り出す。
方角は今程とは逆の方向。
ルティナさんが、居る方へ。
今行った所でもうどうしようもないかも知れないけど。
彼が私を拒絶するかもしれないけど。
それでも。
行かずにはいられない。
結末を知りたい。
例えどんな事であったとしても。
分からない事が、嫌だから。
だから、また彼に会いに行く。
彼に謝りたいから。
そして、もっと色々な事を教えてもらいたいから。

走る。
走る。
走る走る走る走る奔る奔る奔る奔る―――!!!
ただそれだけの事に。
ただそれだけの事に理由を求める。
―――私は、何をしているのだろう。
―――決まっている。彼を助けに行くのだ。

―――居た。
全速力で走る私の目に、まだ戦っている二人の姿が映る。
でも、最早ルティナさんは限界に近いのだろう。
彼のナイフは相手に向かわず、自分の身を守る為にしか使われていない。
相手が、槍を振り上げる。
高く響く、剣戟音。
彼のナイフが宙に上がり、折れる。
拙い。
慌てて神剣を構え、彼を助けるべく魔法の詠唱に入る。
”マナよ、我が命に従え、その紅き瞳で――”
その行為は、途中で中断される。
私は見た。
彼が持っていたナイフが――金色の光に変わり、溶けて消えていくのを。
―――え!!?
その異変に気をとられて一瞬立ち止まる。
動きを止めてしまったのは私だけだったらしい。
私一人が停止していても、時間と、世界の動きは止まらない。
私が立ち止まった一瞬。
たったそれだけの時間で。
彼女は槍を振り下ろし、ルティナさんに叩きつけた。
彼の体から、力が抜けていく。
途端、全ての動きがゆっくりになる。


「―――ルティナさんッ!!!!」



その声に、彼が、振り向く。


その顔が作る表情は、間違い無く驚愕。


私は、彼の元へ走り出す。


ゆっくりと、しかし確実にルティナさんは倒れていく。


彼が倒れるまでの間に、色々な事を考えていた。


考えた事が多過ぎ、頭に残る時間が短すぎる為か、思考が段々暗く染まっていく。


暗く、黒い何かが、私を支配していく。


彼が、地面に伏した。


彼の呟きが聞こえる。


聞こえた筈なのに、何と言っているのか分からない。


私を支配していくものは、私の全てをどんどん侵食していく。


そこで、緑色の彼女がこちらを向いた。


笑み。


彼女の顔は、間違い無くそれを形作っている。


それが、引き金だったのだろうか。


その直後。


―――私の心は、真っ黒に染まった。




消えて行く。
色々なものが、私の目の前から消え去っていく。


まず始めに消え去ったものは、今までの日常。
ほんのさっきまで覚えていた物が消えていく感覚に、戸惑う。

続いて消えたのは、さっきまで笑っていたグリーンスピリット。
相手が武器を構えた瞬間、真っ黒に染まりゆく私のハイロゥで殴打する。
一瞬相手が怯めばそれで充分。
相手の額に手を押し当て、焔を生む。
圧倒的な爆炎と、異常とも思える熱気。
絶叫する彼女。
そこに佇む私の額からは大粒の汗が吹き出る。

その次に消えたものは、ルティナ=ナティヴという人間。
焔が収まると、彼はもうそこに倒れておらず、血の痕すら見えない。
彼は、一体何処に行ったのだろうか?

一番最後に、今現在進行中で消えているのは、ルティナ=ナティヴの顔、そして彼との思い出。
消えていく。
大切なものが、消えていく。
彼の、笑顔が、仕草が、何もかもが……消えていく。

―――いやだ………

―――そ れ だ け は … … …

―――お  ね  が  い  だ  か  ら  そ  れ  だ  け  は  …  …

その想いは、誰に向けてのものなのか。




熱気に包まれた地面に腰を下ろし、空を見上げる。
唐突に理解する。
私が神剣に呑まれたという事実を。
唐突に理解する。
彼はもういないという事実を。
……彼とは、誰だったのだろうか?
…思い出すことができない。

私の頬を伝うものは―――

涙ではなく、汗。





――――後書きそして捏造設定

全ての物事が分かる人なんていません。
例え未来から来た人がいて、その人に「俺、可愛い彼女作ってる?」とか聞いてもそんな些細で私的な事を知っている筈がありません。
そんな事は聞くだけ無駄です。
何が言いたいかと申しますと、全然伏線の回収をしていないことへの言い訳と言うか何と言うかです。
この話の主人公であるナナルゥは様々な事に疑問を持ち、それら全てに回答が用意されていて、それら全てを知りたいと思っています。
ところがフタを開けてみれば世の中そう上手くは行かない物です。
彼女自身が一生かけても分からない事や、逆に彼女にしか分からないこともある筈です。
他人が答えを知っていても、それを知る機会があるかは解らないし、自分が知っている事を他人が求めていても、それを伝える機会があるかは解りません。
それでもまあ、ナナルゥは答えを求め続けます。
その結果が、こんな結末でも。

で、第三回の捏造設定。

今回は神剣魔法、そしてイメージについてです。
イメージについて。
これまた私の自己解釈なのですが、神剣魔法とは何かにマナを干渉させる事によって、望む事象を起こす事だと解釈しています。
またそれを、数式に当てはめて考えています。

例えばファイアボール。
神剣魔法は同じ現象でも使い手が違えば千差万別となります。
とある答えを定義し、(例えば『焔=4』)その答えさえ同じであれば、それに到る式は何でも構わない事になります。
つまり、2+2で焔を生み出す事も出来れば、5−1で焔を顕現させる事も出来ます。
イメージとは、そこに到る道筋(先の例で言えば『焔=4』)を数多く知る事に繋がります。

さらに補足を加えますと、バニッシュスキルはこの場合「消しゴム」と定義されます。
例えるならば、レッドやグリーンは神剣魔法の式を鉛筆で書くので消しゴムで消す事が出来ます。
ですがブラックやエトランジェは式を書く時にボールペンを使うので消しゴムでは消せない。そんなイメージです。

私が崇拝している話の設定を私的解釈、引用している上にあまりこの設定が話に絡んでくる事もないので聞き流して頂いても構いませんが、
「ふーん、そうなんだ」程度に思っていただけると幸いです。

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