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朝。
日の光に顔を照らされて私は眠りから覚めた。
爽やかな朝、とでも言うべきなのだろうか。
ベッドから起き出して体調の確認をする。
よし、特に大きな問題はなさそうだ。
そこまで確認してこれからどうするべきかを思案し、勝手に出回るわけにもいかないだろうと思いこの場での待機を決める。
ルティナさんがここに来るまで待つ事にする。
……………………
………………
…………
長い。
朝。
爽やかな朝、とでも言うべきなのだろうか。
だとすれば、あまり歓迎できない。
「消沈の理由」 第二話:知
「ナナルゥさ〜ん、まだ寝てる?」
ルティナさんは、そんな一言と共に入ってきた。
そして部屋の真ん中で立っている私を見て、
「…もしかして、僕が来るのを待ってたりした?」
頷く。
「そっか、それはごめんね。起きてくるものだと思ってさ」
あまり申し訳なさそうではない表情で言われても謝られている気がしない。
じゃあこれからは起きたら食堂まで来てよ、と言いながら部屋から出ていく彼。
そしてそれについていく私。
「…着替えないの?」
私は眠る時に彼の古着だと思われる服を身に付けていたが、まだそれを着ている。
その事について問われたのだと思うが、何か問題があるのだろうか。
私の表情から疑問に思っている事を察してくれたらしい。
彼はああ、と納得したような表情になり、今着ている服は寝る時のみに着るものである事を教えてくれた。
ならば早く着替えてしまおう。
上着に手をかけ、脱ぐ。
顔が服の中に埋もれる。
「ちょっと待って。…ここで着替えないでよ」
「何故?」
服の中で手を止めて訪ねる。
「何故も何も……女の子がそう簡単に人前で脱いじゃいけないの。ほら、早く部屋に戻る」
そんなものなのだろうか。
とりあえず言われた通りに部屋に戻ろうと踵を返す。
が、私の顔はまだ服の中であった。
つまり、前が見えない。
数歩進んだ所で壁に衝突する。
…痛い。
「ちょっと…大丈夫?」
ルティナさんが抱え起こしてくれてついでに服を着せなおしてくれる。
「痛い」
「そりゃそうだよ、頭からぶつかったんだよ。痛くないはずが無い」
そう言いながら頭を撫でてくれる。そして手の動きに合わせるように口も動く。
「痛いの痛いの飛んで行け〜」
……飛んで行く筈が無い。何を考えているのだこの人は。
「何それ」
「おまじないって奴さ。気分の問題。ほら飛んで行け〜」
繰り返して言うが飛んで行く筈が無い。
それでも痛みが和らいでいくのはただ単に時間の経過の所為か。
それとも本当におまじないとやらが効いている所為か。
おそらく前者であるだろうけど、後者であってもいいと思う。
その後、改めて部屋に戻って着替え、食堂へ向かう。
朝食はパンにベーコン、サラダに牛乳。
昨日もそうであったけど、今日もルティナさんが作っている。
この屋敷の人間は彼一人だけなのだろうか。
「ああ。そうだよ」
その問いに彼は随分あっさりと頷いた。
「そうだね…十年位前に親が死んでね、それ以来一人暮らしだ」
あ、親って分かる? と彼が付け足すように聞く。
「一応は。つまりルティナさんを産んだ人が死んだって事?」
「その通り。…あ、食事の時にする話じゃなかったかな?」
「そうなの?」
「うーん…気にする人もいるから」
「別に私は気にならないけど」
「そう? ならいいや」
そして再びパンをかじる。
私も同じようにパンをかじりながら、
「ひょうはらふぁにふふの?」
「物を食べている時は喋らない」
「ふぉめんなふぁい」
「だーかーらー…」
あ、立ち上がった。またあのぐりぐりが来るのだろうか?
慌てて飲み込む。
もぐもぐごっくん。
「ごめんなさい」
「よし。…で、何て言いたかったの?」
「今日から何するの?」
「何するのって?」
「私に色々教えてくれるんでしょ?」
ああ、そうだったね、と彼は再び席に戻る。
そしてそのまま目線を宙に彷徨わせる。
まさか忘れていたのだろうか。
「そうだね。じゃあこれを食べたら早速始めようか」
で、朝食後。
私はテーブルを前に座っていて、ルティナさんと向きあっている。
目の前のテーブルには紙とペン。
「…それで具体的には何をするの?」
「とりあえず文字を書けるようになろう」
「文字?」
「そう、この世の中は文字ばっかりだからね、読めないと困ることが多いよ」
この言葉に私は結構な衝撃を受けた。
そんな大切なものを私は知らなかったのか。
思わず緊張する。
そんな私を知ってかルティナさんは笑って言う。
「そんなに力まなくてもいいよ、ちゃんと喋れるんなら文字なんてすぐに覚えられるよ」
その言葉に、訳も無く安堵する。
なんとなく口元が緩む。
緩んだ口元は、笑いを生む。
笑い声が、私の中から生まれてくる。
一通り笑ってルティナさんの目が気になり、少しそっぽを向いて
「そう、緊張して損した気がする」
とか言ってみた。
彼の顔は良く見えないが、多分笑っていると思う。
―――何か恥ずかしい。
「そ、こんなのは緊張するだけ損だよ、始めようか」
その言葉に慌てて彼に向き合い直す。
文字とは、確かに簡単だった。
ルティナさんが発音し、その音を示す字を次々と書いていく。
私はそれを見て、同じように発音し、その音を示す文字を下手くそな線で現していく。
それでも簡単な文法を覚え、「私はナナルゥです」という文を書けるようになったのは、その日の夕方頃だった。
夕食の前にルティナさんに連れられて、私達は薄暗い倉庫のような所へ来ていた。
そこには紙を集めて出来た何かが所狭しと並んでいる。
「じゃあ、今度は本を読んでみようか」
「本?」
「そう、何の因果か知らないけどこの屋敷には大量の本があってね。僕は全部読み尽くしちゃったし、捨てるのも勿体無いしね」
そう言って私に『紙を集めて出来た何か』を手渡す。
…これが、本。
「これを読んで何が分かるの?」
そんな事を聞く私は中々可愛げが無いと思う。
その問いかけにルティナさんは手を止め、言葉を捜すように宙に目線を彷徨わせる。
「…それはナナルゥさん次第」
「…どういう事?」
「ん…例えば今ナナルゥさんが持っている本。仮に君がこれを読んで『面白い!』と思ったとしよう」
ふむふむ。
「でも僕がこれを読んだ感想が『つまらない』だった、そういう事」
…え? 終わり?
さっぱり訳が分からない。
ついつい「はぁ?」と声が漏れてしまう。
ルティナさんは私の反応を見て笑い、
「分かり難かったみたいだね…つまり物事の受け止め方なんて人それぞれなんだから、何が分かるかなんて本人でも分からないって事さ」
と、締め、立ち上がって本の山を崩し始めた。
…それならそうともっと早く言って欲しい。
一々回りくどい言い方をしなくても良いではないか。
それともこの人はわざと難しい言い方をして私を困らせているのだろうか?
何故? 何の為に?
解らない。分からない。
それは、自分の中の何かが抜け落ちているような、妙なイメージ。
分からない事がある。
それは、とても変な気がする。
それは、とてもおかしいと思う。
「とりあえずその辺からどんどん読んでいって」
突如、腕に重みが掛かった。
三冊ほどの本が私の腕に乗ったのだ。
その声と重さに私は、目線を手渡された本に移す。
そこには『四人の王子』と文字が書いてあり、三頭身位の人間が四人描かれている。
更に顔を上げ、ルティナさんを見ると、なにやら非常に嬉しそうである。
「…本、好きなの?」
「何か言ったー?」
気が付いたらどんどん奥の方へ進んでいく。
妙に行動力がある。
「本が好きなの?」
少し大きな声で繰り返してみる。
が、返事が返って来ない。
聞こえなかったのだろうか。
もう一度聞いてみようかそれともあまりしつこいのは良くないかと考えていると、返事が返って来た。
「そんな事無いよ。普通さ、普通」
その声で、正面を向いてみれば目の前に彼がいる。
そしてその手には更に何冊もの本が抱えられている。
素早い。
やっぱり本が好きなのだろう。
そうでも無ければここまでの行動力は出ないだろう。
そう指摘すると、彼はにやり、と笑って
「鋭いね、ナナルゥさん。でもやっぱりそれは外れだよ。僕が本を読むのはただの現実逃避のため。好きで本を読むのとはわけが違う」
「現実逃避?」
「そう、現実逃避。本は空想の生産地だからね。嘘で溢れた世界なのさ」
「嘘って、いけない事じゃないの?」
「時にはね。でも、本が吐(つ)く嘘は優しい嘘。人を傷つける嘘ではない」
さ、もう行こうか。と彼はそのまま倉庫を出て行こうとする。
私はもう一度後ろを振り返って山積みの本を見る。
…ん?
「ルティナさん」
「んー? どうしたの?」
「本当にここにある本、本当に全部読んだの?」
「あはは、信用無いなあ。全部読んだよー」
もう一度、山積みの本を見る。
山積み。
登山が出来そうなほど高く積まれている本の山。
…これを、全部読んだ?
本が好きか、という問いに彼は現実逃避の為だ、と答えた。
嘘だ。
現実逃避の為だけにこれだけの量を読む理由が無い。
まだ本を読んでいない私でも分かる、異常なまでの量。
やっぱりルティナさんは本当に本が好きなのだろう。
それに気が付いた事が、嬉しい。
彼が呼んでいる。
もう一度、手の中にある本を見る。
そこには『四人の王子』と書かれた本。
さあ、早く読む事にしよう。
手の中の本から目を離し、倉庫を後にする。
――――後書きそして私的解釈設定
「消沈の理由」、第二話をお送りしました。
ちなみに本文中の『簡単な文法』については日本語での『は』と『わ』の違い位に考えてください。
聖ヨト語にもそんな感じの子供が困惑しそうな箇所があると思っています。
私的解釈の第二回目はスピリットの誕生についてです。
スピリットは生まれる際、赤ん坊ではなく、すぐその場で戦えるレベルには体が成長した状態で生まれてきます。
その際に、言語能力の会得は既にしてあり、ある程度の受け答えにはすぐに応じられます。
「スピリット」と呼ばれるPCに「言語能力」や、「自分の扱い」等のプログラムをインストールしてある、とでも言いましょうか。
ただ、生まれた時の外見年齢にバラつきがあります。
外見年齢は大体10〜20歳の間で、今回のナナルゥは大体15,6歳位でしょうか。
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