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不確定な空間に世界を創る。
私だけの世界を。
それは、結構楽しい。
ただ―――
人の顔がそこには無い。
誰が誰だか分からない。
名前も何も分からない。
誰もいない私の世界は、酷くツマラナイ。
「消沈の理由」 第一話:初
歩いている。
その動作に何故か理由を求める。
ああ―私はどうして歩いているのだろう。
「――ん? 疲れたかい?」
そう言って目の前にいる人間が振り返って私に声をかける。
逆光のために顔は見えない。
ああ、そうだ。
私はスピリットだったんだ。
人間に発見され、戦争の道具になるんだ。
だから今この人について歩いているんだ。
首を横に振って否定を示す。
そうだ。道具は疲れないんだ。
だから、休む必要なんて無いんだ。
「ふぅん…まあ良いさね、休もうよ。僕が疲れた」
そう行って男の人は脇道にそれて草の上に腰をおろし、そして手を振る。
…私に、どうしろと?
…とりあえず振り返してみよう。
私は同じように手を振り返してみた。
「いや、そうじゃ無くてこっち来なよって意味!!」
どうやら違っていたようだった。
言われた通りに座っている男の人の前まで行く。
「はいはい、其処に座って」
言われた通りに座る。
背中に差している神剣のせいで座りにくい。
「水飲む?」
そう言って差し出された容器。どうやらこの中に水が入っているようだ。
そして初めて――生まれて初めて見た顔。
その顔には目と、鼻と、口と、耳がついていた。
おそらくそれが当たり前であろうパーツで構成された顔は、別に感動を呼ぶような物ではなかった。
「もしも〜し、聞いていますかぁ?」
はっと我に返る。
正直慌てた。
何を聞かれたんだっけ?
「水、飲む?」
そうそう、そうだった。
首を縦に振って肯定を示す。
よろしい、と男の人は容器を差し出す。
無言で受け取ったはいいがどうすればいいのだろう。
横目で彼を見ると、彼は容器の突起を指差し、虚空を掴んで手首を捻り、続いて首と手首を同じ角度で傾ける。
………?
固まっている私を見て、良く分からなかった事を察してくれたらしい。
彼は私の手の中から容器を奪い、突起に手をかけ手首を捻り、続いて首と持っている容器を同じ角度で傾けて、中の水を一口飲んだ。
そして私の手に容器を戻す。
「分かった?」
その問いに私は頷いた。
彼の動作を真似て、突起に手をかけ手首を捻る。
「いや、蓋はもう開けてあるからもう飲むだけでいいんだよ」
あ、そうなのか。
首と持っている容器を同じ角度で傾ける。
容器の中の水が私の口に入るその瞬間に――
「実は、疲れてたでしょ」
その問いに私は首を縦に振った。
そのはずみで水がこぼれる。
…あ。
男の人は顔のパーツを全て線に変えた。
笑っているのだと思う。
「ほら見ろ。無理はしちゃいけないよ」
本来飲む予定だった量より多めに水分をとって無言で容器を返す。
「ん? 怒った?」
首を振って否定を示す。
彼はそれならいいけど、と呟き
「疲れているなら疲れていると言った方がいいよ」
と続けた。
そんな事言われてもどうしようもないので曖昧に頷いておく。
そう、どうしようもない。
私はスピリット。
人間の、道具。
だから…疲れているなんて言ってはいけないと思う。
「あー、そうだ」
突然男の人が立ち上がる。
つられて私も腰を上げる。
「まだ、名前聞いて無かったよね」
…名前?
名前って何だろう。
しばらく考え込んでいると、男の人は自分を指さして、
「ルティナ」
もう一度自分を指差して、
「ルティナ=ナティヴです、よろしく」
続いて私を指差して、
「で、君の名前は?」
「…分からない」
「分からないって……まあ、そうなのかもね」
そして彼はそのまま空を見上げる。
私も釣られて空を見上げる。
青。
青い空。
…何で、空って青いんだろう。
「そうだな…じゃあナナルゥって名前はどう?」
その声に、私は呆けた声しか返せない。
「え…?」
「いやだから名前。ナナルゥ、ナナルゥ=レッドスピリット。どう?」
再び男の人は自分を指差し、
「ルティナ」
そして私を指差し、
「ナナルゥ」
ああ、そういうことか。
私は――ゆっくりと名を口にする。
「ナナルゥ。ナナルゥ=レッドスピリットです、よろしく」
全く同じ台詞の繰り返し。
しかしそれを気にせず男の人はにっこりと笑う。
「うん、ナナルゥさんね。よろしく」
そして手を差し伸べてくる。
…私に、どうしろと?
…とりあえず差し伸べ返してみよう。
すると男の人――ルティナ=ナティヴは私の手をつかんで軽く上下に振った。
どうやら正解だったらしい。
私は今、とある館の一室にいる。
ルティナ=ナティヴに連れられて、この部屋での待機を命じられたのだ。
小さな村には似合わない程豪華な館だと思っていたが実はそうでもなかった。
まず全体的に古びている。
古いと言うよりはくたびれている、と言った方が正しいかもしれない。
床には埃がたまり、壁には何箇所ものヒビが見受けられた。
彼はお化け屋敷みたいだろ、と笑っていたがお化けとは何なのだろう。
がちゃり、と音がして人が入ってきた。
ルティナ=ナティヴだ。
何やら物凄く不機嫌そうな顔をしている。
私の視線に気づいたのか、彼は真顔になって
「じゃ、これから君の今後について説明させてもらうよ」
そして私は彼からスピリットについて、戦争について、様々な事を聞かされた。
スピリットの存在、扱われ方、神剣やハイロゥ。
だが、実の所、私はその辺りの知識を持っていたりする。
それらを知っている事は、本能のようなものであると思う。
アリが餌を運ぶ事を疑問に思わないように。
鳥が自らの翼を疑問に思わないように。
人が生まれた時に己を疑問に思わないように。
私は、私自身の存在意義を、一切疑問に思わない。
また、ここはラキオスと呼ばれる国の最果てにある村で、今後私はここに近い大きな町に移動するそうだ。
「もっとも、しばらくはここに居てもらう事になるけどね」
「なぜ?」
「いきなりスピリットが来ても受け入れに困るからさ」
更に話を聞くとここから一番近い村でも片道三日は掛かり、更にスピリットを集めているような大きな町まで行くには二週間ほど掛かってしまうそうなのだ。
つまり、往復で一ヶ月。
最低でもその間、私はここにいる必要があるのだ。
「ルティナ=ナティヴ」
「…ん? どうしたの?」
「私はその間、何をすればいいの?」
どうやら全く考えていなかったらしい。彼は天井を見上げてうーん、と唸り、
「何かしたい事ある?」
と、尋ねてきた。
その問いに対して私は彼の様に天井を見上げてしばらく考え、
「特に無い」
と実に素っ気無く答える。
その答えに彼はまた天井を見上げる。
…あ、鼻から毛が見える。
そんな事を考えていると、彼は突然こちらを見る。
「…ねえ、ナナルゥさん」
「何? ルティナ=ナティヴ」
「………」
「どうしたの? ルティナ=ナティヴ」
「君さ、どうして僕の事フルネームで呼ぶの?」
疑問。
「フルネームとは、何?」
「え?」
ルティナ=ナティヴは首をかしげる。
「フルネームとは、何?」
「…あ、ああ。フルネームってのはさっき君が呼んでたみたいにルティナ=ナティヴとかの事。
ファーストネームとファミリーネームってあって、僕の場合だとルティナがファースト。ナティヴがファミリー」
「そのフルネームで呼ぶと何か不都合があるの?」
「んー…そんな事は無いけど長ったらしいでしょ? それだけの事さ」
「なら私はルティナ=ナティヴを何と呼べばいいの?」
「…じゃあ、ルティナで。敬称は好きにしていいよ」
「敬称とは何?」
彼は再び首をかしげ、躊躇いがちにこう聞いてくる。
「ねえ、ちょっと聞くけど…ナナルゥさん、君、一般常識って何処まで知ってる?」
「一般常識?」
知らないのか、と彼はつぶやく。
私が知っている事。
スピリットとしての在り方。
その扱われ方。
永遠神剣。
ハイロゥ。
マナ、エーテル。
戦う事しか私は知らない。
でも、それで構わない。
私は兵器なのだから。
余計な事は、知らなくても構わない。
「まあいいや。何か疑問があったら遠慮なく聞いてよ。それで、敬称って言うのは…」
彼の話を要約すると。
敬称とは、名前の後につける「さん」、「君」等を指すらしい。
ならば私は彼の事を「ルティナさん」と呼ぶ事にしよう。
せっかく教えてもらった以上、使わない理由がない。
「そうだね…じゃあここにいる間君に色々と教えてあげよう」
「色々?」
「そ、色々。さっきの一般常識とか、生き物として知っておくべき事とか」
…ふと考える。
私はスピリット、人間の道具。
余計な事は知らなくても構わない。
でも、これは知らなくても構わないことなのだろうか?
その線引きを、私は行うことができない。
必要なこと、不要なこと。
その区別が出来ない。
それすらも分からない。
分からない。
だが何か疑問があったら遠慮なく聞いてくれ、と彼は言ったのだ。
なら、これが最初の疑問だ。
息を吸い、吐く。
「ルティナさん――」
何故か、緊張する。
そして、私は、本日何度目かの生まれて初めてを、実行した。
「一般常識とは、余計な事?」
その問いにルティナさんは一瞬だけ呆けた様な表情をし、次の瞬間には、
「全然、余計な事なんかじゃないよ」
満面の笑みとともに、そう答えた。
「そう、じゃあ私に色々と教えて」
「ん。分かった。それじゃあ改めてよろしく、ナナルゥさん」
彼は再び、私に手を差し伸べてきた。
大丈夫、こんな時にどうすればいいかもう私は分かっている。
私も手を伸ばして、彼の手をつかみ、上下に振る。
「いたっ…痛い! …もっと優しく…!」
ルティナさんが手を離し、「いてて」と手を振る。
……………あれ?
…これはなかなか難しい。
「…じゃあ、君は暫くここを居住地としてもらうよ、くたびれた所で悪いけど我慢してね」
そう言って頭を下げるルティナさん。
そんな事をされても困るのだが。
「別に構わない、私はスピリット。道具に悪い、なんて感情を持つ必要はないと思うよ」
その言葉にルティナさんは反応した。
心なしか眉尻を上げて私を見て、こちらに目線を合わせるように中腰になる。
この行為から、彼の身長の高さが良く分かる。
道を行く人達は大体私と同じかそれより高いぐらいだったが彼はそれよりさらに頭一つほど背が高い。
戦場で身長が高いことが有利かどうかをふと考えていると肩に手を置かれる。
「…いいかい? ナナルゥさん。まず大前提として、僕はスピリットじゃない」
当然だ。
私の考えを見通したのか、彼の表情が険しくなる。
「…真面目に聞いてくれ。いいか、僕はスピリットじゃない。
だけど君に近い立場である事は間違い無いんだ、だから言わせてもらう」
其処で一旦言葉を区切って息を吸い――
「一つの場所でしか生きられない生き物は、その場所でも生きられない」
…どういう意味だろう。
その意味をつかみ損ねていると、彼はにっこりと笑って立ち上がり、私の頭に手を置く。
そしてそのまま、わしゃわしゃと髪を掻き回される。
「何を――」
「ん。いや、ただの理想論さ。でも頭の隅にでも置いておいてよ、今の言葉」
何か誤魔化された気がする。髪を掻き回すことは人間の理想だとでも言うつもりか。
「付いて来て、案内するよ」
何か釈然としないが、結局何も問わないまま彼に付いていく私であった。
「…で、ここが寝室。とりあえずナナルゥさんはここで寝泊りしてもらう事になるかな」
「妙にここに詳しいね。住んでるの?」
「うん。ここ、僕の家だからね。まあ知ってて当然な訳だよ」
ふうん、と私は頷く。
「…あんまり驚かないね。いつもならあんまりお金持ちっぽくない、みたいな事を言われるんだけど…」
「お金持ちとは、何?」
ルティナさんが絶句しているのが分かる。
これも一般常識とか呼ばれるものであろうか。
だとしたら私に分かる筈が無いのだが。
「お金持ちを説明するよりはお金について説明した方がいいかな」
そこでルティナさんは言葉を捜すようにしばらく宙に目を泳がせる。
何故か時間がかかる。
「お金とはそんなに難しい物なの?」
だったら別に説明しなくてもいい、という意味を含んだ問い。
それに彼はいいや、と答え、
「ふと思ったんだけどね…自分が当然と思っている事を知らない人に話すのって結構難しいな、って」
そんな物なのだろうか。
だとするなら、スピリットの事を人間が理解するのも難しい事になるのだろうか。
だからさっきの言葉は理想論だと言ったのだろうか。
「―――ってわけ。で、お金持ちってのはそのお金を沢山持っている人って事」
「あ…。聞いてなかった、もう一回」
いけない。
どうも私は一人で考え出すと止まらないようだ。
ルティナさんはふう、と息を吐き、私の頭に軽く拳を当てる。
そして手首を左右に回す。
ぐりぐり、と音がする。結構痛い。
「これも理想論?」
「いいや、人の話はきちんと聞きましょう、って事」
そこで手首の動きを止めて
「いい? 人に物を頼む時はお願いします。自分が悪い事をした時はごめんなさい。わかる?」
そうだったのか。
人に物を頼む時はお願いします。
自分が悪い事をした時はごめんなさい。
「ごめんなさい。聞いてなかった、もう一回。お願いします」
こんな感じかな。
まあいいか、と彼は拳を私の頭から放す。
そして、再びお金についての説明が始まった。
その後、一通り館の中を回った私達は、夕食をとって眠る。
初めて人に出会い、初めて教わり、初めて怒られ、初めて物を食べ、初めてベッドで眠る。
こうして私の長い長い初めてだらけの一日が終わった。
――――後書き、そして私的解釈設定
初めまして、離岸流と申します。
このSSは私が他の作家様に影響を受けて意気込み、尻込み、咳き込んだ結果出来あがった代物です。
コンセプトととしてはナナルゥの過去を捏造してしまおう、と言った身も蓋も無いものです。
なお、確かにこれはナナルゥのSSですが、設定的にほとんどオリジナルに近いため、
「いいや、これはナナルゥじゃない!!」とか思われた方は今後読むのをお控えください。
ちなみに結構私的解釈の部分がありますのでご了承下さい。
とりあえず色々試しながらやっていきたいと思っていますので、突っ込みやフォローを入れていただけると幸いです。
で、私的解釈設定。
名前の通り私的な解釈によって生まれた設定を暴露します。
今回はスピリット発見報告についてです。
スピリットを発見した時の対処(ラキオスの場合)
一般人がスピリットを発見した場合、速やかにラキオス首都、あるいはスピリットを集めている街へ届けでる義務が生じます。
そしてその報告によってスピリットの召集令がかけられた場合、直ちにそのスピリットを引き渡します。
また、スピリットを引き渡す際に、発見した者には多額の報奨金が手渡されます。
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