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注意!!


本作、「Alternative」は以前私が投稿したSS「消沈の理由」を別視点で描いたものです。
どちらかと言うと「消沈の理由」のネタばれ気質が強い為、先に「消沈の理由」を読んで頂くと宜しいかと思います。
お手数ですが、消沈の理由を未読な方は其方からお読みください。































「なあ、ルティナ…」

声が聞こえる。

「どうして、スピリットって全部女だと思う?」

簡単だ、と僕は思った。

「どうしてスピリットってあそこまで冷遇されてると思う?」

簡単だ、と僕は思った。

「どうしてスピリットだけが戦う必要があると思う?」

簡単だ、と僕は思い、厳密にはスピリットだけじゃないけど、と心の中で付け足した。

「なあ、ルティナ、分かるか?」

人に聞いてはいるが、彼は僕がそれを答える事を望んではいない。
その事は今までの体験で充分に承知している。
その問いに対する答えを持っているか? と聞いているだけだ。
だから、僕は頷く。
彼の問いには、肯定か否定だけで、充分なのだ。

「凄いな、ルティナは。俺が知らないことを何でも知ってる。俺が持ってない物を何でも持ってる」
「――そんな事、ありませんよ」

―――だって、貴方はもっと全てを知っているのでしょう?
―――だって、貴方はもっと全てを持っているのでしょう?
―――知っていなくても何れは自分で答えを得るのでしょう?
―――持っていなくても何れは自分で手に入れるのでしょう?
―――何もかも、中途半端でしかない僕とは違って。

「どうして…そんな事を考えているのですか?」

彼はその問いに、敬語は止めてくれよ、と言って、

「気になるからさ。俺は心配性でね、分からない事が在るのが怖くて堪らないのさ」

と続けた。
それは何度も聞いた、彼の持論。
何時までも何時までも子供のような心を持っていた、僕―ルティナ=ナティヴの兄、ナナルゥ=ナティヴの言葉だ。



Alternative 第一話:見




目を開ければ、そこには文字の羅列。

「…夢、か…」

本を読んでいる最中にどうやら眠ってしまっていたらしい。
しばらくはそのまま横になって過ごすが、やる事も無くとりあえず身体を起こす。
そして顔に張り付いている読みかけの本を閉じた。
栞は挟まない。
だって、この本はもう何度も読んだ本だ。
何処の場面で閉じたのか、それが何ページ目なのか、その後の展開はどういった物か、全て分かる。
流し台の方へと歩き、コップに水を注ぐ。
ソファーまで戻ってから、半分ほど一気に飲む。
今は昼時、記憶が確かなら本を読んでいたのは昨日の夜だったから――

「…丸々半日寝てた事になるなぁ……」

思わず呟く。
もしかして夢なんて物を見たのはこの長すぎる睡眠時間の所為だろうか?
何にせよ、感心できない。
最近実に生活が自堕落だ、何とかしたい。
でも、今は…

「まだ、動きたくない…」

ソファーに倒れ込み、そのまま目を閉じる。
眠れはしないだろう。
でも、それでも身体を動かしたくない。
身体は起きている。
頭も起きている。
元々朝には強い体質だ。
それでも、起きる事を拒否しているのは、やっぱりまだ、心の中身を整理出来ていないからなのだろうか?
そんな意識を追い払い、無理矢理目を閉じて、身体を自閉させ――

――突如、きん、と響く音がした。
続いて硝子が割れる時のような空気の揺れ。
微弱だが、力を感じる息吹のようなもの。
これは――

「マナ……?」

思わず、口に出てしまう。
マナの塊を感じる。
方角はここから東北に走れば五分といった所か。
マナの塊を突如感じる。
それがどういった事を意味するか。
答えはきっと、スピリットの出現を意味するのだろう。
胸ポケットに仕込んであるナイフを見やる。
それを僕に知らせた張本人はきっとこれだ。
―――君がこれを知らせたのか?
当然の如く、答えは無い。
このナイフ、これの正体は永遠神剣らしい。
本来、永遠神剣には位と名前があるが、生憎とこのナイフのそれらは分からない。
元々位も名も無いのか、僕に教える気が無いのか、僕が聞こうとしていないのか、それも分からない。
が、きっと僕が聞こうとしていないだけなのだと思う。
だって、僕の力が半端にしかないのだから。
ナティヴ家と言えば、この辺りを支配する貴族の名であり、かつてのエトランジェの子孫の家系であったらしい。
尤もそのエトランジェの子、孫、曾孫位ならまだエトランジェとしての血を残し、その威厳もあったのかもしれない。
しかし、時とは残酷なものだ。
時が移れば勇者の血も、異端の血も、変わらなくなってしまう。
近代の子孫には、その異邦人の血は蚊ほども流れていない。
だから今現在のナティヴ家は、かつての栄光を振りかざして威張っているだけの存在だったりもする。
唯一人、僕を除いて。
―――まあ、それは今は関係無い。
大切なのは突如現れたこのマナの塊――恐らくはスピリットだ―に対しての反応だ。
放って置けばその内にラキオスと呼ばれている国の兵士達がやって来てそれを確保するだろう。
でも、此処はそのラキオスの最果てである。
人間が不精して動かない可能性もある。
それどころか、この反応に気が付かない可能性すらある。
そうなると、その後の展開は二つほど予測が出来る。
虎の子の、ラキオス隊の最後のスピリットが来るか、先ほど現れたスピリットが放置されるかだ。
どちらにしても、僕にとっては厭な展開にしかなりそうに無い。
―――仕方ないか。
先ほどの水の残りを飲み干し、寝汗で不快なシャツを替え、服の上にコートを羽織る。
そして、僕は走り出す。

数えていた訳ではないが、僕の感覚ではきっちり五分走った。
誰も居ない森の中に、一人の少女が居た。
赤い長髪、レッドスピリットだろう。永遠神剣だろうか、ダブルセイバーを抱えて座っている。
俯いている為に、その顔は見えない。
すると僕に気がついたからだろうか、彼女が顔を上げた。
そして、その赤い瞳と、目が合った。
僕は何となく気まずくなって目を逸らす。
―――だって彼女、裸だもん。
抱えている神剣のおかげで要所要所は見えないが、それがかえって扇情的だったりする。
そのスピリットの目は、ずっと僕を見ているのが分かる。
何も知らない、純粋で無垢な瞳。
それが上目遣いに僕を見ている。
―――だから妖精趣味って言葉が出来るんだよなぁ。
彼女を見た時の最初の感想は、それだった。

「とりあえず、これ着て。汗臭いのはさっき走った所為だから我慢してね」

聞こえているのだろうか、彼女は僕が差し出したコートをじっと見つめて、動かない。
そして、突然コートの腕の辺りに噛み付いた。
たっぷり数秒の間があった。
続いて、空えずきの音が彼女の口から漏れる。
食べ物だと思っていた物が実は違っていた。
つまりそういう事だろう。
思わず、ため息。
彼女を立たせて、コートを着せ、その体が必要以上に露出しないようにボタンで止めてやる。
更に持っていたベルトで彼女の背中に神剣を括り付ける。
その間、彼女は只不思議そうに僕を見ていた。
全ての作業が終わり、僕は彼女に言う。

「―――よし。じゃあ、付いてきてよ」

彼女は、黙って頷き、僕の後を付いてくる。
さて、如何なることやら。



「――ん? 疲れたかい?」

心なしか歩調がゆっくりになっているスピリットに声をかける。
彼女は少しだけ沈黙、そして首を横に振る。
―嘘だな。
産まれたての癖に随分と慇懃じゃないか。流石はスピリットだ。
でも、それは僕に限っては必要ない。

「ふぅん…まあ良いさね、休もうよ。僕が疲れた」

そう言って道の脇の草むらに腰を下ろす。
そして彼女にこちらに来い、と手を振る。
―が、残念ながらこちらの意図は伝わらなかったらしい。
彼女はしばらく考えたようなそぶりを見せた後、こちらに手を振り返してきた。

「いや、そうじゃ無くてこっち来なよって意味!!」

思わず叫んでいた。
いやまあ確かにあのスピリットは生まれたてだ。
だからこちらの動きを真似するしか選択が無いのだろう。
自分を納得させて、顔を上げると其処には件の彼女が立っていた。
僕を見るその目は、「次に何をすればいいのか分からない」と雄弁に語っている。

「はいはい、其処に座って」

こちらの言う通りに座った。
僕がベルトで背中にくくった神剣の所為で座りにくそうだ。

「水飲む?」

と聞いて水筒を差し出す。
しかし彼女はそれに目もくれずにこちらを凝視している。
――そういえば今日、まだ髭剃って無いなぁ。
その視線にたじろぎながらそう思い、続いて彼女の注意を逸らす目的で本来の話題を持ってくる。

「もしも〜し、聞いていますかぁ?」

我に返ったようだ。
別に髭を見ていた訳では無いと思う。

「水、飲む?」

と、聞きなおすと、彼女は首を縦に振った。
よろしい、と僕は水筒を彼女に渡してやる。
無言でそれを受け取った彼女は、しかし水筒の蓋を開けようともしない。
こちらを横目で見てきたので、蓋を開けてから水を飲むまでの一連のジェスチャーを取って見る。
分からなかったらしい。
固まっている彼女の手から水筒を奪い、蓋を開け、水を飲む。
そして水筒を彼女の手の中に戻す。

「分かった?」

頷いた。
彼女は蓋の空いた飲み口に手をかけて――
――っておいおい。

「いや、蓋はもう開けてあるからもう飲むだけでいいんだよ」

―――何でそんな以外そうな目でこっち見るんだよ。
本当に外部の行動を真似る以外の方法を知らない娘だ。
そんな彼女に対する悪戯心がふと、僕に発生した。
そしてそれに僕は抗わない。
彼女が僕の飲み方をそっくり真似た感じで水を口に入れる瞬間に―

「実は、疲れてたでしょ」

彼女は、首を縦に振った。
そしてその拍子に口から水がこぼれて服にかかった。
…大成功。
彼女はこちらを見る。心なしか半目な気がするのは気の所為では無いだろう。

「ほら見ろ。無理はしちゃいけないよ」

それは、僕なりの勝利宣言。
彼女の方はそれを無視する形で水を飲み、こちらに水筒を返してくる。
半目であるのは、変わっていない。

「ん? 怒った?」

彼女は首を横に振って否定を表す。
―嘘だな。
産まれたての癖に随分と慇懃じゃないか。流石はスピリットだ。
でも、それは僕に限っては必要ない。
だから僕は彼女に、こう言った。

「疲れているなら疲れていると言った方がいいよ」

彼女はその意味が分からないとでも言いたげに、しかしそれでも頷いた。

「あー、そうだ」

僕は立ち上がる。
すると彼女もつられて立つ。

「まだ、名前聞いて無かったよね」

そうだ、何時までも名前を知らぬまま、という訳には行かないだろう。
だから僕は名前を聞いてみた。
しかし彼女はそれに答えない。
目の前の人間の言っている意味が分からない、と言わんばかりに首を傾げている。
『名前』という単語の意味が分からないのだろうか。
慇懃な態度は要らないからもっと語彙を持って欲しいと思う。
仕方が無い、まずこちらから名乗るか。

「ルティナ」

自分を指差して、名を名乗る。

「ルティナ=ナティヴです、よろしく」

続いて彼女を指差す。

「で、君の名前は?」
「…分からない」
「分からないって……まあ、そうなのかもね」

生まれたばかりだからな、と納得してみる。
そしてじゃあどうしようかな、と考えつつ空を見上げる。
青空。
雲ひとつ無い、快晴。
実の所僕はあまり晴れの日は好きじゃない。
気分が良すぎるから。
気分が良いのにやっていた事は最悪な事ばかりだったから。
あの時も、あの時も、あの時も…
僕の節目となった出来事があった日は決まって天気が良かった。

「そうだな…じゃあナナルゥって名前はどう?」

ふと、そんな言葉が口から出てきた。
と、同時に撤回すべきだと言う気持ちが湧いてくる。
何故、僕はいきなり兄の名を彼女に付けようとしたのか。
しかも、もしかしたら妄想の産物かもしれない人間の。

「え…?」

しかし彼女のその反応を見て、急にそれでもいいかも知れない、と思ってしまう。
なのでそのまま通してしまう事にする。

「いやだから名前。ナナルゥ、ナナルゥ=レッドスピリット。どう?」

僕は自身を指差し、

「ルティナ」

続いて彼女を指差し、

「ナナルゥ」

彼女はどうやら納得したようだ。
数秒の沈黙の後、名乗る。

「ナナルゥ。ナナルゥ=レッドスピリットです、よろしく」

先の僕と全く同じ台詞。
しかし僕はそれを気にしない。

「うん、ナナルゥさんね。よろしく」

手を出して、握手を求めると、彼女はそれに習い手を差し出した。
―――これは分かるみたいだねぇ。
彼女の手を握り、軽く上下に振る。
――その手は、僕の手より少しだけ温かかった。





彼女を僕の住居で在る所の館へとおいて、僕は先生の元に行った。
先生とは僕の中の俗称で、本名をアルム=ハイヤーと言う。
彼は僕に戦闘技術を叩き込んだ張本人で、昔「剣聖」と呼ばれている人に師事していたらしい。
そして幸いにもあの元父親よりも僕の味方をしてくれている。
でも―――

「こんにちわ、先生」
「おや、ナナルゥ」

――でも、僕の事をナナルゥと呼ぶ。
ルティナではなく、ナナルゥと。
先生だけでは無い、兄を、ナナルゥを知っていた人間は決まって僕をナナルゥと呼ぶ。
ルティナではなく、ナナルゥと。
僕が兄を妄想の産物だと思ってしまうのはこれが原因だ。
ルティナの兄として、ナナルゥが居た。
僕の中ではそうだ。
でもそれは本当か?
ルティナという存在は本当はいないのではないか?
本当は僕はナナルゥで、兄の存在は幻想なのではないか?
その思いは、僕を常に悩ませる。

「―聞いたぞ? スピリットを拾ったそうじゃないか」

流石に堂々と道を歩けば人目にも付くか。
この人は僕の正体を知りつつも、それでも普通に接してくれた希少な人だ。
そんな人に嘘は吐きたくないので本題から切り出す事にする。

「ええ、そのスピリットの事で相談に来たんです」
「ふむ? どうするんだい?」
「…しばらく、僕が面倒を見たいんです」

先生は、少し大げさに驚く。

「何故だい?」
「スピリットというモノに付いてもっと知りたいから…という理由では駄目ですか?」
「――またそれかい。君の悪い癖だと思うぞ」

そうだ、『ナナルゥ』の悪い癖だ。
だが、周囲の人間がこの言葉に弱い事も良く知っていた。

「…ですから、しばらくの間で良い、親父殿にはこの事を伏せていて貰えませんか?」
「……伏せるも何も、君のお父上は君がここにいる事など知らないよ」
「先生が教えて無くても教えそうな人間は沢山居ますよ。いくら僕が愚鈍な代替物でもそれくらいの分別はあります」
「――ふう、君は何時からか本当に突然変わってしまったなぁ」
「…三つ子の魂百までなんて言葉は嘘なんですよ。どうやら人は何にでも成れるものらしいですよ?」
「…分かった、だが長くて一ヶ月だ。それ以上は隠し通せんよ」
「結構です、迷惑料はあの親父殿に請求して下さい」

そう言い、席を立つ。
さて、あの館に戻るとしよう。



幻想の中の僕の兄は、常に何かを探している人間だった。
分からない事があれば、その答えを求め続ける。
毎日毎日、それを飽きる事無く繰り返していた。
毎日毎日、それは止まる事なく続いた。
それが、どんなに難しい事でも、どんなに簡単な事でも、彼が気になればそれはもう「謎」だった。
それが、どんなに当たり前だろうと、どんなに当たり前でなかろうと、彼が気になればそれはもう「謎」だった。
時には人に聞き、時には文献を調べ、時には外を駆け回り、常に答えを捜し求めていた。
そして、あの日――
其処で思考を止め、僕は回想を止める。
――今は、考えなくても良い。
夢など、何時でも見れるのだから。

かちゃりと扉を開けると、そこにはやはり彼女―ナナルゥ=レッドスピリットがいた。
彼女を見て、僕は表情を緊に変える。

「じゃ、これから君の今後について説明させてもらうよ」

そして、僕の知識を総動員した、スピリットの講釈が始まった。
スピリットの存在、扱われ方、神剣やハイロゥ。
どうせ教えるのなら、徹底的に、客観的に、質問の余地が無いほど緻密に教えるべきだ。
そうすれば、疑問など持つ必要がなくなるから。
それが終わり、現在の位置とこの国の名を教えて、

「もっとも、しばらくはここに居てもらう事になるけどね」

と続ける。

「なぜ?」
「いきなりスピリットが来ても受け入れに困るからさ」

僕はここで嘘を吐いた。
受け入れに困る。
もしかしたらそうなのかも知れない。
しかし今スピリット隊は一人を除いて全滅したと聞く。
そんな状況で受け入れに困る、などと悠長な事を言ってはいられない筈だ。
更に一番近い村でも片道三日、スピリットを集めているような大きな町まで行くには二週間ほど掛かる事も付け加えておいた。
つまり、一ヶ月の猶予。
これは嘘ではない。
片道二週間の距離、国の権力が殆ど届かない、最果ての村。
権力が届かない最果ての地域だから、この辺では妙に勘違いした人間が発生してしまう。
それが、今後の問題でもあるが。

「ルティナ=ナティヴ」

彼女に声をかけられた。
それで物思いに耽っていた頭を上げ、彼女と向かい合う。

「…ん? どうしたの?」
「私はその間、何をすればいいの?」

その間、とは僕の我が儘が生んだ一ヶ月の事だ。
それに対して僕はうーん、と唸る。
が、何をさせれば良いのか思いつかない。

「何かしたい事ある?」

聞いてみると、彼女は天井を見あげ、しばらくの沈黙の後、

「特に無い」

あう。
そう返してきたか。
どうするかなー、と再び考え、ふと本当にナナルゥと言う名で満足しているのか、という疑問が湧いた。

「…ねえ、ナナルゥさん」
「何? ルティナ=ナティヴ」

―――貴方は本当にこの名前で良いのですか?

「………」
「どうしたの? ルティナ=ナティヴ」

その問いが、口から出てこない。
変わりに出てくるのは全く違う質問。

「君さ、どうして僕の事フルネームで呼ぶの?」

そこで又彼女は僕の想像を超える反応を返す。

「フルネームとは、何?」
「え?」

質問があまりにストレートすぎてその意味を理解するのに少し時間がかかった。

「フルネームとは、何?」
「…あ、ああ。フルネームってのはさっき君が呼んでたみたいにルティナ=ナティヴとかの事。
 ファーストネームとファミリーネームってあって、僕の場合だとルティナがファースト。ナティヴがファミリー」
「そのフルネームで呼ぶと何か不都合があるの?」
「んー…そんな事は無いけど長ったらしいでしょ? それだけの事さ」
「なら私はルティナ=ナティヴを何と呼べばいいの?」

ルティナ=ナティヴ。
姓であるからこそ名乗ってはいるが、あまり好きではない。
だから僕は、こう答える。

「…じゃあ、ルティナで。敬称は好きにしていいよ」
「敬称とは何?」

…話がループする気がしてならない。
それを断ち切るための行動はしておくべきだろう。

「ねえ、ちょっと聞くけど…ナナルゥさん、君、一般常識って何処まで知ってる?」
「一般常識?」

知らないのか、と僕は呟く。
そしてまあ生まれたばかりだからな、と自分を納得させる。
大事なのは今後なのだから、これから知っていけばいい。
あの時の、僕のように。

「まあいいや。何か疑問があったら遠慮なく聞いてよ」

その一言で、彼女の一ヶ月を決めた。

「そうだね…じゃあここにいる間君に色々と教えてあげよう」
「色々?」
「そ、色々。さっきの一般常識とか、生き物として知っておくべき事とか」

ラキオスのスピリット教育は、きっと今後変わっていくのだろう。
より攻撃的に、もっと兵器としての性質を求めていくだろう。
だからこそ、僕は彼女に当たり前を知って欲しい。
尤も、それは不幸な事だと思う。
当たり前を知っても、それを受け取る事が出来ない存在としてこの世に生を受けてしまったのだから。
だから、兵器として生きていくのも幸せの一面ではあると思う。
でも、スピリットには感情と呼ばれるものが存在するのも確かなのだから、彼女達は兵器には成れないだろう。
そう、その「感情」が壊れない限りは。

「ルティナさん――」

彼女のその声に、僕は少しぎくりとする。
思考が少し物騒な方に飛んでいたのを気取られなかっただろうか?

「一般常識とは、余計な事?」

また、その質問の意味を理解する時間が必要だった。
が、そう言えば僕そんな事言ったなぁ、と思い返し、笑顔で答えてあげる。

「全然、余計な事なんかじゃないよ」

それは、僕の中での真実。
兄である所のナナルゥが僕に教えてくれた事。

「そう、じゃあ私に色々と教えて」
「ん。分かった。それじゃあ改めてよろしく、ナナルゥさん」

もう一度握手を求める。
が、僕は彼女の無知を侮っていたらしい。
何を思ったか彼女は僕の手をかなり強い力で掴み、激しくシェイクする。
手の骨が軋んでいる。
腕がもげそうだ。

「いたっ…痛い! …もっと優しく…!」

ついつい口に出る。
それによって緩んだ手を強引に振り払い、いてて、と何度か手を振る。
―――スピリット恐るべし。
確かに無知は罪だ。早めにタブーを教えておかないと僕が死ぬ。




「…じゃあ、君は暫くここを居住地としてもらうよ、くたびれた所で悪いけど我慢してね」

そう言い、頭を下げる。
周囲の人間は僕のこの行動を見れば驚くだろう。
が、それは彼らが自らの優位を確立、確信しているからであって、自分がスピリット以下だと思う僕はこの行動に抵抗を抱かない。

「別に構わない、私はスピリット。道具に悪い、なんて感情を持つ必要はないと思うよ」

が、こんな風に無下に扱われて腹が立たないはずがない。
せっかく謝ってるんだから、そっちは受け取るなり踏ん反り返るなりしてればいい。
しかも無下の理由が「自分はスピリットだから」、では尚更だ。
頭がいい奴に「私は馬鹿ですから」、と言われた時の感覚に似ている。
過度の謙遜は嫌味にしかならない。
しかしまあそんな事を言うのも彼女に失礼なので、ナナルゥの言葉を使う事にする。
まず話す時は相手と目線を合わせる。
膝立ちになって、僕の目を彼女の目の高さまで持っていく。

「…いいかい? ナナルゥさん。まず大前提として、僕はスピリットじゃない」

――絶対この子「当然だ」、とか思ってるよ。
目は口ほどにものを言う。

「…真面目に聞いてくれ。いいか、僕はスピリットじゃない。
 だけど君に近い立場である事は間違い無いんだ、だから言わせてもらう」

だって僕は、中途半端な代替物なのだから。

「一つの場所でしか生きられない生き物は、その場所でも生きられない」

目をぱちくりさせる彼女を見て、僕の顔は笑みを形作る。
立ち上がり、頭を撫でてやる。

「何を――」
「ん。いや、ただの理想論さ。でも頭の隅にでも置いておいてよ、今の言葉」

逃げるように手を離し、踵を返す。

「付いて来て、案内するよ」

うん、きっと今の僕はナナルゥに近かった。
これでいい。
僕のような人間に染まるよりも、きっといい。




「…で、ここが寝室。とりあえずナナルゥさんはここで寝泊りしてもらう事になるかな」
「妙にここに詳しいね。住んでるの?」
「うん。ここ、僕の家だからね。まあ知ってて当然な訳だよ」

――昔住んでただけで今は無断で使ってるからコソ泥臭いけどね、とは言わない。
彼女は「ふうん」、と頷き、それきり興味を無くした様だ。
正直、拍子抜け。

「…あんまり驚かないね。いつもならあんまりお金持ちっぽくない、みたいな事を言われるんだけど…」
「お金持ちとは、何?」

…そうだった、彼女はまだ何も知らないんだった。

「お金持ちを説明するよりはお金について説明した方がいいかな」

そして言葉を探す。
客観的に話し、彼女に疑問を与えないような答え。
それは、なかなか難しい。

「お金とはそんなに難しい物なの?」

考えを見透かされた。
僕は慌てて「いいや」、と返し、

「ふと思ったんだけどね…自分が当然と思っている事を知らない人に話すのって結構難しいな、って」

何を今更、と思った。
ナナルゥと話す時の苦労を忘れたのか、僕は。
そう考えながらお金についての説明をしていく。

「―――ってわけ。で、お金持ちってのはそのお金を沢山持っている人って事」
「あ…。聞いてなかった、もう一回」

―――確信犯か? この子。
何で僕がおざなりに受け答えする時だけ問題起こすんだ。
…あれ? でもそれだと僕が悪いのか?
だがそれを認めるほど僕の中の人間は出来ていない。
拳頭を彼女の額の上部に当て、そのまま手首を何度も回転させる。
何故だろう? ぐりぐり、と拳と髪がこすれる音がやたらと小気味良く聞こえる。

「これも理想論?」
「いいや、人の話はきちんと聞きましょう、って事」

拳を止めてやる。

「いい? 人に物を頼む時はお願いします。自分が悪い事をした時はごめんなさい。わかる?」

その問いに彼女は再び言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい。聞いてなかった、もう一回。お願いします」

…微妙に分かっていない気がする。
でも、まあいいか、と拳を離してあげる。
僕は、改めて、口を開く。
ナナルゥの様に話し、ナナルゥの様に振るまい、ナナルゥに成り切る。
今日と言う日は、そんな風に過ぎていく。




――――後書き

どうも、最近はKuriken様のSRC製作に一枚噛んでいる離岸流です。

「Alternative」第一話、如何でしたか?
実はルティナ君は神剣の持ち主です。
ですがどういう訳かその名前も知らず、能力も満足には使えません。
もしかしたらスピリットを拾おうとか、そのまま一緒に生活しようとか言い出すのはその辺りが背景にあるのかもしれませんね。

分かる方はこの辺で気付いたと思われますが、このSSの今後の展開は「実はこれは〜〜だった」、が延々と続きます。
完全に私自身の力量を恨むしかないのですが応援してくださると幸いです。

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