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再なる別れ


気持ちを高ぶらせながら、階段を上っていく。
最上階に到達すると向こう側に佳織の姿が見えた。
「佳織、無事か!?」
叫ぶと、瞳の中に恐怖と戸惑いを感じさせながら頷いた。
(よかった)
ホッと安心した刹那、圧倒的な圧力が襲いかかってきた。立っているのがやっとだ。
『聖賢』とどこか似ている感じ、この力は……
「久しぶりだな、聖賢者ユウト」
佳織と俺の間に闇が集まっていく。
そこから出てきたのは、杖型永遠神剣『秩序』を持ったエターナル、法皇テムオリン。もう一人(?)はスラウクとかいうスライム状の奴。
そして、黒い大剣を軽々と片腕で持っている大男――
「タキオス……」
「ほぉ、覚えていてくれたか。光栄だな」
豪快に笑って腹の辺りを撫でる。以前、俺が付けた傷の欠片も見当たらない。
「貴様につけられた傷、回復するのにご周期もかかったのだ。その間の暇な分今回も楽しませてくれような?」
…そんなこと知るかよ
タキオスの言葉を受け流してテムオリンに目を向ける。
相変わらず、人を馬鹿にしたような仕草で俺を見て欠伸をしている。
「俺が来たんだ。佳織を返せ」
静かに、怒りを微塵も出さないように必死だ。
「…いいでしょう。私達が必要なのは『求め』の欠片、その娘は差し上げますわ」
杖を横に振るうと、佳織の姿が消えて、ユーフィの後ろに出現した。
「佳織、ごめん。巻き込んでしまったな」
「え、悠人さん…?」
テムオリン達から目を離さずに謝る。
「危ないから、下がっていてくれ」
「は、はい」
素直に行動する佳織を見て、苦笑しながら『聖賢』を引き抜く。
「タキオス、今回は時深をやりなさい。スラウクは小娘を」
「キシェ!」
「テムオリン様、ですが……!!…わかりました」
タキオスの狙いは俺なのだろうが、主に命令されては、逆らうわけにもいかないだろう。
無言で頷くと、タキオスは時深に向かっていき、スラウクはユーフィ、テムオリンは俺という展開になった。
「マナよ、我が呼びかけに応えよ。聖なる衣となりて我らを包め、ホーリー!」
視界が白で覆われて全身に力が張っていく。
「はあぁぁぁ!」
白い影がテムオリンめがけて突っ走っていく。
ウィングハイロゥを展開して、アセリアは突進に近い一撃を見舞う。
それを、右足を軸に半回転すると、いくつもの剣がアセリアを取り囲む。
助けたいのは山々だが詠唱を途中でやめるわけにも行かない。耐えてくれっ、アセリア。
「マナよ、光の本流となれ……」
「…ッ!」
刃の向かう先が自分だと分かると、ハイロゥで自らを包む。
そこへ、剣が向かいハイロゥに辺り、何本かが相殺される。
「彼の者どもに究極の破壊を与えよ……」
だが、防ぎきれなかった剣がハイロゥを突き破った。それを剣で易々と薙ぎ払って再び距離をとる。
……今だっ!
「オーラフォトンノヴァッ!」
「また同じ技ですか。馬鹿の一つ覚え……!」
テムオリンの顔が驚愕に染まる。
前より規模が大きかった。
気持ちの問題だろう
だが、テムオリンが驚いたのは一瞬だけで慌てずに
「この『秩序』を甘く見ないでください」
杖を自分の頭上に垂直に放り投げると俺の放った魔法とぶつかった。
白い光が漏れる。
思わず目をつむり、開けたそこには平然と佇むテムオリンだった。
―あれを平然とうけたっ!
「…なかなかやりますわね。完全に押さえ込めないとは」
言ってるテムオリンの服のあちこちが少し黒ずんでいた。
利くようではあるが、続けることはできない。体力が持たないだろう。
俺たちは再び、対峙することになった。
「どうしよう、ゆーくん」
不気味な物体を前にユーフィは『悠久』に尋ねる。
『こいつもエターナルだからね。ユーフォリアにとっては初めての実戦かな?』
「そうだけど、お父さん達のためにも頑張らなきゃ」
『じゃあ、あいつの攻撃をよけながら詠唱していこう』
「分かった」
『悠久』と話している内にスラウクはユーフィにかなり近づいていた。
それを警戒して、ユーフィはジリジリと足を引きずって下がる。
永遠に続くかと思ったが、先にスラウクが動いた。
「キシェシェッ!」
相変わらず人に発音できない言語を喋って地面を奔ってきた。
「うわっ!」
跳んでそれを避けると詠唱にはいる。
「永遠神剣第三位『悠久』の主、ユーフォリアの名において命じる。マナよ、私の願いを形にして立ちふさがる敵を凍てつかせよ!アイシクルフリーズ」
『悠久』を突き立てるとスラウクの周りに冷気が集束していき、凍り付く。
アセリアが得意な水系の神剣魔法を悠人から闘いについて聞いて改良した魔法、威力はかなりのモノだ。
「やった!?」
恐る恐る近づいていくと『悠久』でツンツンとつつく。
「…大丈夫かな?」
『あまり近づかないでよ』
警戒を怠らないでユーフィがツンツンを続けていると、氷がピシと鳴る。
『! ユーフォリア危ないから下がるんだ!』
最大音量で急いで警笛を鳴らすが、遅かった。
一足早く氷から脱出したスラウクがその身体でユーフィを包み込んだ。
「きゃっ!」
身体を拘束されて身動きがとれなくなった。
ユーフィが苦しんでいるのもお構いなしにスラウクはどんどん締め付ける。
「…き…ぁ…」
声を出すのも難しくなり、喘ぎしか上がらない。
どうにかこの状況を脱するため『悠久』は必死に思考を巡らせる。
『…ユーフォリア、手は動く?』
(…なんとか)
声が出せないため心話を使った。
『じゃあ、心の中でもいいから唱えて』
イメージをユーフィの中に送る。
(原…初のマナよ、我『悠久』の名において…ここに…集わん。……その力を閃光へとなれ、微々たる破壊を望む……アルトメル)
締め付けられながら心の中で懸命に唱える。
『悠久』が小さく発光しする。同時にユーフィの身体からも力が抜けていくのを感じた。
(何これ……?)
問いかけるが『悠久』からは返事が来ない。
光が徐々に強くなっていくにつれて、スラウクが苦しんでいく。
そして、目が開けられないくらいになると叫び声を上げて消えていった。
身体を構成しているマナ自体が消えていくのをユーフィは見た。
宙に浮かんでいたので、地面に軽く叩き付けられた。
「いった〜い…」
お尻をさすりながら投げ出された永遠神剣『悠久』を見やる。
「ゆーくん、一体何をしたの?……ゆーくん?」
『……………』
問いかけるが『悠久』からは意識が返ってこない。
「ゆーくん!?」
『……呼んだ?』
叫ぶとやっと返事をした。
「どうしたの?」
『…いや、さっきの神剣魔法は僕やユーフィの力をけっこう使うから色々時間がかかって…』
「ふぅん、それより、さっきのひと?もういなくなったよね」
キョロキョロと辺りを見回すが見つかるはずもない。『悠久』もしばらくスラウクの神剣の気配を探して黙っていたが、マナに還ったのを確認するとホッと安堵の息を吐いた。
『うん、もう大丈夫。……あの子を守ろうか』
先程まで悠人が気にしていた少女、佳織に意識を向ける。
「うん、お父さんの大事な人みたいだしね」
『わっ、わっ、振り回さないで』
『悠久』の願いもむなしく、ユーフィはブンブン剣を振り回しながら佳織の場所へと走っていった。
俺は焦っていた。
佳織を早くこの闘いから退けたい、その思いが剣先にも宿り、鈍らせていく。それを自覚していても気持ちばかりが先立ってしまって行動に移してしまっていた。
大きく振りかぶって上段から剣を振り下ろす。だが、あっさりとかわされて『秩序』の一撃を浅くだが喰らってしまう。
「いやああぁぁ!」
アセリアも『永遠』を振るい、テムオリンに突っかかる。だが、またもかわされ――
「くっ………」
―なかった。
回避が間に合わず、腕に切り傷をつくる。
浅くもないが、深くもない。だが、簡単に治癒できないのは確かだ。
だが、どうしてだろうか?
どうして俺の攻撃は当たらないのにアセリアは当たるんだ?
下がってきたアセリアがそっと耳打ちする。
「ユート、少し落ち着け。そうじゃないとカオリも心配する」
落ち着き……
アセリアの顔を見ると、ニコッと微笑んで、またテムオリンに向かっていく。
落ち着いてから来い、アセリアの思いがその背中から伝わってくる。
(…なんでだろうな)
さっきまでの自分が馬鹿らしく思える。
どうして、佳織のことばかり考えていたのだろうか。
今の俺は『佳織の兄』ではないのだ。ちょっとかっこいい、それでいてクサい言い方をすれば『世界を守るエターナル』なのだ。
だから……
「そうだな……そうなんだよな。悲しいけど佳織との縁はここで終わらせないとな」
小さく呟くと俺は駆けていった。
心が痛まない訳がない。しかし、俺のせいで、俺の未練があったせいで佳織が攫われたのが本当ならばやらなくてはいけない。
俺の駆けた後には小さな水滴が流れていった。
カキンッ!カンッ!
金属がぶつかり合う音が何度も響く。
「ふふっ、やりますわね。なかなか楽しいですわ、ですが聖賢者が逃げた状態でどこまでもつことか……」
「ユートは逃げていない。私が、ユーフィが生きて、ここにいる限り絶対に逃げない!」
剣を繰り出しながら、アセリアは俺を信じて待ってくれていた。涙を拭って二人の間に割り込む
がきんっ!
少し鈍い音がして『秩序』と共にテムオリンは後方に弾き飛ばされた。
ふわりと優雅に着地してテムオリンは目を細めた。
「あらあら、本当に来ましたわね。熱い夫婦愛で」
最初は笑っていたが、その笑いが止む。
「ムカつきますわ」
そう言うと、『秩序』を身体の前で回す。
「…神である私の怒りを見せて差し上げましょう」
マナが『秩序』へと集まっている。
すさまじい量のマナが集まったところで、それを上に放つが……
(……何だ?)
何か違和感を感じる。
よく上を見ると空が渦巻いて閃光が降りてくる。ふと、自分の立ち位置とマナの閃光の到達位置を確かめるとずれていた。
(ここより後ろ?……!!)
狙いはユーフィと佳織か!
助けに行きたいがテムオリンに背を向けることはできない。
迷っているとアセリアが手助けしてくれた。
「ユート、行って。悔いの残らないように」
「アセリア……」
振り返らずにアセリアは再びテムオリンに単独で向かう。
俺はその背中に心の中で感謝の言葉を言うと一目散に佳織達の所へ走っていった。
悠人達が斬り合っている最中、突然空に異変が起きるのをユーフィは分かっていた。
『どうやら狙いは僕達のようだね…どうする?ユーフォリア』
まるで簡単な計算の答えを聞いてくるような口調で問う『悠久』。その中には楽しさも混じっている。
「……やるよ、ゆーくん。お父さんと約束したから佳織ちゃんを絶対に守るって」
「え……ユーフィさん?」
『わかった。じゃあ、イメージして、これから君はあのでかい光を爆発させるって……した?』
ユーフィの脳裏に次々と似たようなイメージが浮かんでくる。その中から類似しているが違うモノを消していく。残ったのが一番ユーフィにイメージしやすく、そして効果がありそうなモノだった。
「……いいよ」
『なら、いくよ!』
「やああぁぁ!」
ユーフィが『悠久』を床に突き刺した。瞬間――
ドゴオオォォッ!
テムオリンの神剣魔法が空中で爆発した。
どうやら、ユーフィがやったらしいが――
被害のことも考えて欲しいもんである。
「! あんな小娘に私の力が負けた……」
驚くテムオリンを尻目にアセリアは攻撃を続けた。
のんびりとしている暇はなかった。早くアセリアに加勢することもそうだが、それよりも今は、さっきの衝撃で建物の一部が崩れて佳織達目がけて落下していた。
力を使い果たしたのかユーフィはへたり込んでいた。
『大丈夫?ユーフォリア』
「……ちょっと、無理かも…あれどうしよう?」
もう何秒もない。
間に合うかっ!
佳織は上を凝視して動けないでいる。
剣の力を足にだけ廻してスピードを上げた。
ドンピシャのタイミングで迫ってきた破片をオーラを纏った剣で貫く。
「怪我はないかっ、佳織!?」
「……コクリ」
無言で頷くのを確認すると今度はユーフィを抱き起こした。
「大丈夫か?」
話しかけると弱々しい笑みを返してきた。
「えへへ、私…ちゃんと約束守れたよ。…佳織ちゃんを……」
最後まで言わずにユーフィは意識を失った。
どうやら気絶しただけのようでほっと安心する
「佳織、すまないユーフィを預かっててくれ」
ユーフィの身体を佳織に託すように渡す。
「………」
また佳織は無言で頷く。何故黙っているのか追求したいがそんなときではない。
一つ頷き返して戻っていった。
テムオリンとアセリア、二人とも息を切らして戦っていた。
「アセリア!」
叫ぶと同時に牽制の攻撃を仕掛けた。
テムオリンはとっさにオーラフォトンを展開させて防ぐが簡単にひびが入った。
「ユート……?」
先程とは様子が違う俺に戸惑っているアセリアに笑いかける。
「…早く終わらせて手料理食べようぜ」
「うん……ん!」
アセリアも決意を新たにして『永遠』を構えなおすが、足下が少しふらついている。体力の消費は隠せないだろう。
「……俺がやるから休んでいてくれ」
『聖賢』をゆっくりと両手に掴み、構える。
『ユウトよ。仲間がいるというのはいいことだな』
戦闘中だというのに『聖賢』は軽口を叩いてきた。
(…いいから力を貸してもらうぜ!)
「うおおおぉぉぉっ!」
一気に駆けだしてテムオリンの懐へ剣を突き出す。斬る、というよりは叩き付けるに近い一撃。
「……その程度ですか」
剣のオーラフォトンに阻まれ、本体には届いていない。
だが、同じだと思うなよっ!
上に斬り上げ、着地と同時にテムオリンのオーラフォトンが薄まる。俺の動きを読んだらしい。
―今だっ!
再び跳躍する。しかし先程と同じではない。
吹き上げるオーラフォトンの威力によって周囲の大気が風になり刃と化した。
薄くなったオーラフォトンにもう一度、力を入れ込み展開させる。しかし、易々と俺の剣がそれを破って踏み込んだ。
――それで終わりだった。
『秩序』を持った腕ごと叩斬ったのだ。
血の変わりに金色のマナが天に昇っていく。
その中で一人、テムオリンは笑っていた。
「ふふふ……今回はあなた達の勝ちということですか。まぁ……いいですわ……準備は整いましたから……ふふふふふ」
笑い声だけを響かせてテムオリンは消えた。それを追って斬り落とされた腕も消える。
「ふぅ……」
一息ついて姿勢を正すが、一つ忘れていた。
「…そうだ、時深!」
時深の戦闘に目を向ける。
―これは……
「どうしたこの程度か?」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
時深は肩を押さえて膝をついていた。
対して、タキオスは不適な笑みを湛えてそれを見下ろしている。
―前よりも強くなっているのか
時深ほどの者が劣勢にたたされているということはそれしか考えられない。
時深を助けなければと思い、二人の間に立ちふさがる。
「今度は俺が相手だ」
「ほぉう、やっと来たか聖賢者ユウト。さぁ、俺と戦え!もうお前しか俺の渇きを癒すことはできない。この時深でさえもこの有様なのだからな」
こいつは、こいつだけは変わっていなかった。何千年経とうともこの考え方は理解できない。
戦って一体何を得られるのだろうか?
「…教えてくれ。あんたは戦いに何を望むんだ?」
「何を望む?…俺が望むのは戦いという喜び、歓喜だけだ」
「…そうか」
…それでお前が救えるのなら
『聖賢』の切っ先をゆっくりとタキオスに向ける。
タキオスも『無我』のオーラを強めていった。その力に『聖賢』から感情が流れ出す。怒り、悲しみ、哀れみどれともつかないようなそんな感情。
「いくぞっ、聖賢者ユウト!」
「うおおぉっ!」
『聖賢』と『無我』から放たれた光と闇のオーラフォトンがぶつかり、開始の合図となった。
…………………………………
…どれくらいの時間が経ったのだろうか。
お互い譲らず剣を繰り出しては弾かれて……。いつしか俺達は傷だらけになっていた体力もそろそろ限界であった。
剣を握る手につく汗はすでに乾いていた。タキオスを見ると表情にこそ表れていなかったが、汗が額ににじんでいた。
すると、不適に笑って見たことのない構えをとった。胸の前に手を組んで剣を垂直に掲げている。
ドクンッ!と『聖賢』が脈打つのが伝わってくる。
(どうした?)
こんな反応は今までになかった。
『ユウト、気を付けろ。我の前の契約者もあの構えの前では意味がなくなった』
意味がなくなったというのはよく分からないがつまり負けたと言うことだろう。だが、そんなに恐ろしい技なのだろうか?
しかし、頭で思っているのとは別に身体は反応した。
「俺の全身全霊を込めて放とう。これに耐えて見せろ!俺にその様を…見せてくれ……」
「……やってやるさ」
じゃなきゃ、この世界は守れないのだから
『聖賢』に働きかけて周囲のマナを取り込む。同時に俺自身の力を高めていった。
「いくぞおぉぉっ!」
「はあぁぁぁっ!」
二人の声だけが辺りの空間を包んだ。それに呼応して『無我』と『聖賢』、二振りの神剣が光を放った。
闇の黒、光の白。それぞれの光が絡まり、神剣の本体がぶつかった瞬間――、凄まじい爆発が起きた。
俺はそのまま着地して膝をついた。
一歩間違えればやられていただろう。
『聖賢』の言葉は嘘ではなかった。タキオスの剣は俺の脇腹を剔っていた。
傷自体は疼かないが精神に受けたダメージのせいで倒れそうになる。
(俺にはまだやることがあるんだ。こんな所で倒れてたまるか!)
必死に自分を叱咤して挫けないように踏ん張った。
(…タキオスは…?)
確認するために後ろを振り向く。
そこには……
「え……?」
自分の目を疑う。
タキオスがいたはずのばしょには――
黒い永遠神剣『無我』が地面に深々と刺さっていた。
まるで墓標のように……
『ユートよ……』
『聖賢』が小さく呼んで何かを話しかけたきた。
「……わかった」
足に力を入れる。剣の重みも今は気にならないが、『聖賢』は引きずられていた。
俺は一歩一歩ゆっくりと歩いていく。
ズキッ!!!
「ぐぁっ!」
脇腹の傷が跳ね上がるように動く、その痛みに倒れてしまった。それでも、剣を支えにして起きあがろうとする。
治癒の神剣魔法を自分自身にかけているが、傷が深すぎるのか効果がなかった。
「悠人さん!」
時深が急いで駆け寄って来る。その肩はすでに治っていた。
時深が俺の肩を支えてくれる。
「悪いな。…あそこまで支えてくれないか?」
「どうして……」
「俺のわがままだよ」
言葉で伝えても時深は俯いたままだった。
「無理しなくてもいいさ。俺の問題だからな、俺がやる……」
『聖賢』を杖代わりにして再び歩き出そうとするが、足が動かなかった。視界にだんだん地面が見えて近づいてくる。と、動きが途中で止まった。
「……アセリア」
見ると、アセリアが俺の肩を掴んで腕を自分の肩に廻していた。
「……ん」
短く答えると俺に合わせるかのように小さな歩幅で歩き出す。
俺の身体もそれにつられて前に動く。
さっき、時深はどうしてそんな姿になってまで『無我』を還すのか、といいたかったのだろう。
俺の言葉は嘘だった。
俺のわがままではない、『聖賢』が俺に伝えたのだ。聞いている方が辛くなるような悲痛な声で。
『あれを……『無我』を砕いてくれ…頼む』
そう語ってきた。
『聖賢』と『無我』の間には何か理由があるのだろう。だが、それを聞こうとは思わなかった。いつか『聖賢』の方から話してくれるのを待っているだけだ。
俺は黙って前を見ていた。
アセリアも俺の方を見ようとはしなかった。
「ユート……」
アセリアが語り掛けてきた。その目はしっかりと前を見据えている。
「私は今までもそして、これからもユートを支える。私とユーフィと時深がいる限りユートは決して一人じゃないから一人でいようとしないで」
「………」
アセリアの言いたいことは解る。理解はできるがこれは、これだけは俺の契約した永遠神剣――いや、俺の新しい相棒の頼みだから話すことはできない。
そして、俺が返した言葉は、
「…ごめん。これだけは許してくれ。これからはもうしないと約束する」
「……ん、わかった」
アセリアに支えられながら俺は永遠神剣『無我』の前にたどり着いた。
「ユート、がんばって」
アセリアを振り向く。優しい微笑みを、何周期も俺が見て助けられた微笑みを讃えていた。
神剣を見ると、主を失った今でも剣からは闇のようなオーラフォトンが滲み出ていた。だが心なしか先程よりも弱々しく感じる。
『……………』
『聖賢』は沈黙を保っていたが、悲しみや哀れさが意識から感じ取れた。
神剣の柄に力を入れて、持ち上げる。傷の痛みを押してオーラフォトンを展開させる。
「ぐぁっ………ぐっ…」
噴き上がる力に痛みが広がっていく。
『…すまぬ、ユウト……』
珍しく、『聖賢』が素直に謝ってきた。
「気にするなって…俺の…我がままなんだから」
『………』
すべてのオーラフォトンを剣に集中して振り下ろすが――
カンッ!
―あっりと跳ね返されてしまった。もう一度、砕くべく、剣をそのまま頭上に掲げたまま、剣の力を更に高めるためにサポートオーラフォトンの詠唱を始めた。
「…マナよ……力となれ。彼の者達に宿り…ぐっ!」
「ユートッ!」
周りに広がる純粋なマナが傷に障った。
詠唱の途中で他のことを話すわけにはいかず、安心させるために笑いかけた。
「……刃の助けとなれ、インスパイアッ!」
マナがオーラフォトンに集束して、『聖賢』に吸い込まれた。そして、もう一度、神剣を振り下ろした。
パキンッ!
あっけなく、『無我』は砕け散ってそれから漏れた光が『聖賢』へと吸い込まれた。
(…やっ……たな…)
意識がなくなる前に『聖賢』に呼びかけた。
そして、俺はそのまま倒れ………
………………………
『ユウト、恩に着る』
眩しい光が暗闇に射し込んできた。黒の空間に光が来て周囲が急に明るくなる。
(おれどうしたっけ?)
「おにいちゃん…」
懐かしい呼び方。どれくらい昔だろうか。そう呼ばれなくなったのは……
「……おにいちゃん」
…………
「おにいちゃん!」
………?
「おにいちゃん♪」
……あれ?
なんか呼ぶ声が増えているような……
ドンッ!
「ぐふっ!」
衝撃が襲ってきて一気に目が覚める。最初に目に入ったのは………
アセリアの顔だった。しかも何故か口を細めて目をつむっている。
「………」
「………」
「……なにやってるんだ?」
頭にまだ血が廻っていないらしく思考が働かない。
「ユートが起きないから……キスすれば目が覚めるって言われた」
そう言って強引に唇を押しつけてきた。
柔らかい感触、……ってこの感覚は……
「現実かよっ!」
叫ぶと同時に起きあがる。俺はベッドに寝ていたようで見ると、ユーフィ、佳織が俺の身体に跨っていた。
「……お前らも何やってるんだ?」
「悠人さんが起きないからですよ」
「そうだよー、お父さん寝坊、寝坊♪」
ユーフィが嬉しそうに身体の上ではしゃぐが俺にとっては負担にしかならない。
「た、頼むから跳ねないでくれ」
ユーフィを手で押さえつけながら身体を引き抜くとベッドに腰掛けた。
そこへ、時深がスッと握った手を差し出してくる。開いたその中には『求め』のペンダントがあった。
「………」
それを黙って受け取ると、時深の顔をうかがう。すると、時深は微かにだが確かに頷いた。
俺に渡さなくても砕けるはずだが、時深なりの俺への配慮なのだろう。
それを上に放り投げる。ゆっくりとスローモーションのように落ちてくる。
剣を手に取り垂直に振り上げると音も破片もなくなくなった。
(これでいいんだ…)
俺と佳織をつなぐ唯一の思い出はなくなった。けれど、俺がその思い出を持ち続けている限り消滅したことにはならないだろう。
バカ剣とのやり取りが耳をよぎったような気がした。
「…行くか」
任務が終わった以上この世界を一刻も早く離れなくてはならない。俺の言葉を理解したようにアセリア、時深が頷いて立ち上がる。
「ユーフィ、出かけるぞ」
未だに布団の上でゴロゴロしているユーフィに声をかけて、肩に担ぎ上げた。
「は〜い!」
俺は佳織に振り向いて目を同じ高さに合わせる。
「…君の家まで送るよ」
告げてから右手を差し出す。佳織は一瞬、躊躇してからおずおずとその手を掴んだ。
佳織の家の前に着くと光陰、今日子、佳織の両親までもが玄関先に集まっていた。
「佳織!」
一早く気づいた母親が駆け寄ってきてひったくるように俺の手から引き剥がして抱きしめた。
「佳織、大丈夫なの!?酷い事されなかった?」
「お母さん、大丈夫だよ」
余りの母親の慌てようにむしろ佳織の方が戸惑っているようだ。
そんな光景を笑顔で見ていると不意に父親が俺の前に立ちふさがった。
「話は光陰君と今日子ちゃんから聞いている。君が佳織を助けてくれたんだね?」
俺は黙って頷いて、
「…殴られる覚悟ならできています」
俺のことを忘れていても父親のはずなのについ敬語を使ってしまう。
「どうして娘の命の恩人を殴らなければいけないんだい?」
発した言葉に俺は耳を疑う。
「君が原因で連れ去られたとしても、君はそれ以上に佳織の救出という大仕事を成し遂げてくれたんだ。とても殴る気にはなれんよ」
「…………」
胸の中が言葉で言い表せない思いでつまっていく。何も言わずに頭を下げると、背中を向けて歩いた。
「いつか、気が向いたらまた来てくれ。もてなしをしたいから」
そんな言葉を背中に受けながら。
悠人達が去った高峰家ではちょっとしたパーティーが開かれていた。テーブルの上には数々の料理、5人では食べきれないほどの手料理が並べられている。みんなが笑顔で食事をしている中、主役の佳織だけが重い顔をしていた。
「…お父さん、お母さん」
娘のつぶやきに両親は耳を傾ける。
すると、佳織はいきなり立ち上がって、
「私……ちょっと出かけてくる!」
そういって、ダッシュで玄関に言って靴を履く。
「30分で戻るから!」
用件も伝えずに時間だけを言うと、わき目もふらずに佳織は走り出した。
ハッハッと息が切れそうになっても足がつまずいて転びそうになっても走った。
伝えなきゃ、その思いだけが佳織を突き動かしていた。
『門』を開ける場所に来ると、そこはあの神社だった。
よくよくこの神社には妙な縁があるらしい。
いや、むしろこの場所がこの世界の入口といっても間違いではないだろう。
刻一刻と時間が過ぎている最中、アセリアが待ちの景色を眺めていた。
「寂しいのか?」
佳織に会えなくなって、とは言わない。きっとその先の言葉を分かっているはずだから。
「………ううん」
アセリアは首を横に振ると肩に寄りかかってくる。
「……ただ、私にとってもこの世界は特別な思いがあるところだから……ん」
「そうか…」
頭にピシッと何かにヒビが入るような音が木霊する。
「……来たか」
スラリと『聖賢』を抜いて時深達の所へ歩く。
剣を地面に突き刺して詠唱の言葉を唱えると、神剣に力が集まっていく。
「これで、時間になればひらく、と」
景色を目に焼き付けておこうかと思い、街を見る。視界に見慣れた姿が飛び込んでくる。
あれは……
「佳織!どうしてここに……」
階段を上りきった佳織はハァハァと乱れた息を正しながらゆっくりと近づいてくる。
「私、まだ一言もお礼を言ってないから……ありがとうございます悠人さん……ううん、お兄ちゃん」
「えっ!」
お兄ちゃん、今佳織はそう言ったのか?
「佳織、お兄ちゃんって……」
惚けたように呟く俺に対して佳織は目の端に涙をにじませながら、
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。私のたった一人の誇れる自慢の人」
涙を流して笑う佳織。俺は抱きしめようと手を伸ばすが途中で止まる。
抱きしめたい
けど、ここで佳織を腕の中に囲ってしまったら自分の今までの信念が崩れて泣き出しそうで怖かった。
佳織に背を向けて顔を見ないようにする。
そうしないと気持ちが爆発しそうだ。
「…何しに来たんだ」
敢えて冷たい言葉を言い放つ。
だが、俺の気持ちを理解しているのか佳織が笑った気配を感じる。
「だって、お兄ちゃんったら、私が思い出したって事知らなかったみたいだったから。このまま伝えないでここを離れたらまた、伝えたかった言葉いえなくなるから…」
「………」
「お兄ちゃん、私ずっと待ってるからね。お兄ちゃんのこと覚えてなくても心がちゃんと覚えてくれるから、だから……」
佳織が一瞬言葉を止める。
そして、俺の視界が徐々に白に染められていく。
「もう、私のことよりも新しい家族のために生きてね!」
「…佳織……」
うまい言葉が口から出てこない。代わりに右手を横に振って返事をすると完全に光が視界を支配した。
淡い青で覆われた景色が目の前に広がる。しかし、俺は景色に見とれることなく頭上を仰いでいた。
「佳織……」
涙が止まることなく流れていた。
後悔はない。しかし、涙の理由は違う。
「できるわけないだろ……お前のことを忘れるなんて」
佳織は忘れてと一言も言ってはいないが、そういうことなのだろう。けど……
「俺は違うからな。大切な思い出は最後の最後まで取っておくからな」
それが、俺と佳織をつなぐ新しい架け橋になるのだから。
「ユート……」
「アセリアか…どうした?」
俺の隣に並ぶとアセリアは俺を見上げて語った。
「今回の世界に行って一つ決めた」
「何を?」
「私は今までユートのために闘うと言っていたけど……ん、これからは自分のためにも戦おうと思う。私のために戦うことがユートのためになることもあるから」
「そうか……」
手頃な段差を見つけると、俺たちはそこに座った。隣にちょこんと座るアセリアの頭を撫でる。
「あらあら、二人の世界に入りましたね」
上から二人の様子を眺めていた時深がユーフィにからかうような口調で伝える。
「いいの、お父さんとお母さんが仲良しなのは知ってるから」
「そう……じゃあ、私はここで行きますから」
「行っちゃうの?」
「ええ、お父さんに言ってください。早く家に帰ってあげてください、と」
「? 分かった」
ユーフィの返事を聞くと時深は立ち上がって神剣を手にして闇に消えた。
「また、あえるかな?」『ユーフィが願えばきっとね』「ん! 
そうだよね」ユーフィは一つ頷くと少し距離を取って悠人達の場所に向かって跳んだ。

あとがき
え〜本日はお日柄もよくこの小説もやっと終わりになりました。
けれど続きというか、今度は別の視点でのエターナルの話を書こうかと思います。
楽しみ……かどうかは、皆さんのことなのでわかりませんがそう思っているひとは楽しみにしてください。
最後に、公開するのが遅くなってすいませんでした!

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