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遠い過去の日常




次の休み時間。
男子が一斉に来ないうちにアセリアを屋上に連れ出す。
春風が吹いてきて、優しくほほを突き抜ける。
春真っ直中の風は冷たいが、顔に吹き込むにはちょうど良いのが不思議だ。
「………」
無言のアセリアの隣に立って、フェンスに寄りかかる。
「さっきは悪かったな。何もしてやれなくて」
言ってから、ちらりと見る。怒っているのだろうが、顔は笑っていた。
「ユート…」
「ん?」
「さっき、私が囲まれてたとき…怒ったか?」
「……まあな」
アセリアとの会話に嘘は必要ない。
かえって、溝を作ってしまうだけ。
アセリアは俺の腕をとると微笑むんだ。
「ん、ならいい」
「…そっか」
このまま腕を抱いてもらいたいと思ったがちょうど良く。もとい残念なタイミングでチャイムが鳴ってしまった。
俺は多少、名残惜しみながらも屋上を後にした。

昼休み。
「ねぇ、高嶺君お昼どうするの?お弁当?」
午前の授業が終わった途端、今日子が尋ねてきた。
「弁当がないから、食堂かな」
「じゃあさ、あたし達と一緒に食べない?」
「別にいいけど…」
隣に目をやる。
「今日子ー、おっそいつも連れて行くのか?」
「そうよ」
今日子の後ろから声をかけてきたのは光陰だった。
近づいてくると右手を差し出し、
「俺は碧 光陰。よろしくな」
「ああ、よろしく光陰」
同じく手を出して握手をする。
「名前で呼びやがったな。ま、嫌いじゃないけどな」
「よろしく」
「ユート…」
「ん?」
服の端を引っ張り、アセリアが引き留めてくる。
「私も…行く」
子供のように小さく呟く姿を見て、つい笑ってしまう。
「わかってるよ。じゃあ、行こうか」
「うん!」
教室を出て、食堂の入り口に差し掛かったとき、
「あっ、今日ちゃん!」
ドクン!
心臓が高鳴る。
遠い過去の声と重なる。
「佳……織…」
おぼろげだが、最後に見た姿と何ら変わっていない。
微笑んで、変わらぬ日常に戻った佳織。
心の奥で何かがきしんだ。
「やっほ。佳織ちゃん」
返事をすると、佳織がすてすてとこっちに歩いてくる。
「…あれ、その人達は?」
俺とアセリアに顔を向けて、首をひねる。
「転校生。あ、この子は高嶺 佳織ちゃん、私たちの親友よ」
「初めまして、高嶺 佳織です。今日ちゃん達の友達をやっています」
ペコリと頭を下げる。
心の動揺を悟られないように顔を引き締める。
「俺は悠人。高嶺 悠人だ」
「え……」
目をパチパチさせる。
「どうしたの佳織ちゃん?」
「その名前…なんか懐か……いえ、私と同じだったものですから」
手を横に振って答える。
「そういえばそうだな。でも、偶然だろうな」
…偶然といえば、そうかもしれないが……。
「さ、早く食べよう。もうお腹ペコペコ〜」
「そうだね。行こうか」
それぞれ注文して、席を探すと、ちょうど5人分空いていたので座った。
「それにしてもあなた達、関係って言ってたけどどんな関係なの?」
ギクッ。
思わず固まってしまう。
ここで、「夫婦」と言ってしまったら今日子達だけでなく、周囲で聞き耳を立てている人にも聞こえてしまう。
どうするべきなのだろうか…。
「ん…夫婦」
アセリアがぼそっと呟いた。
………言っちまった。それもストレートに
周囲の視線が一瞬か固まり――
「………」
「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
まわりの奴ら(くどいようだが男子限定)が絶叫をあげる。
何事かと周りをきょろきょろとアセリアが見回す。
「え……夫婦ってアセリアさんと高嶺君が?」
「うん」
こくりと頷く。
…だからもう少し、曲げていってくれ。
「うおおおおおぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」
また絶叫があがり、ぎろりと睨まれる。
一人や二人はたいしたことないのだが、これだけ大勢に睨まれると怖いものがある。
「…おまえら、早く散れ」
光陰が立ち上がって促す。
渋々と引き下がる男子達の一人が俺にそっと耳打ちする。
どう見ても柄の悪そうな顔だ。
「あとで屋上にきな」
それだけ伝えると男子達に紛れて消えていった。
光陰についでに聞かされたのだが、今日転校してきたのにもかかわらず、アセリアファンクラブが結成させられたらしい。しかもその中にはこの学校で有名なワルが会長をやっていると聞いて二重に驚いた。
男子達が見えなくなったのを確認してふぅと息をつく。
どこの世界でも同じ。嫉妬や恨みは人の感情。本来なら否定したいけど、それも人を形作る要素なら俺は否定できない。
「ユート…大丈夫?」
アセリアの眼が心配そうに見つめてくる。
今日子や光陰も同じような目で見ている。
「さっきのはここのやばい奴か」
「ちょっと、大丈夫なの?初日から不良に目付けられて」
「…たいしたことないよ」
麺を頬張る。
「悠人さん。大丈夫ですか?」
佳織がアセリアと同じ質問をする。
笑いかける。
「大丈夫だって、並の人じゃどうもできないから」
アセリアはハッとすると訴えるように俺を見る。
おそらく、普通の人間相手に『力』を使うことをいっているのだろう。
もちろん、使うつもりはない。
単なる言葉のあやというものである。
アセリアに一つ頷いて、真意を告げる。
その後、食事をしながら俺たちは様々なことを話し合った。

放課後。
不良に言われたとおりに屋上に向かった。
アセリアは男子に囲まれていたので、門で待っててくれと言ってから来た。
ドアを開けると俺にささやいた不良の他に7,8人いた。
つい、苦笑が浮かぶ。
前は不良とは縁の遠い話と思っていたが、力を持ってしまうと目を付けられるのだ。
後ろ手にドアを閉めて不良達と向き合う。
「何か用か?」
わかっていながら一応聞いてみる。
「ちょっとな…」
不良達は笑いながら、徐々に近づいてくる。
「お前、アセリアちゃんの男ってのホントか?」
「…ああ」
「そうか、そうか」
話している間に周りを囲まれ、逃げ道がなくなる。
「じゃあ、お前がいなくなればフリーになるって訳だな」
そこまでして手に入れたいのだろうか。
人間が皆、ファンタズマゴリアにいた人たちのような者ばかりではないことは知ってる。
こんな者達もいるのだと。
「やっちまえ!」
武器も何も持たずに素手で向かってきた。
笑って、跳躍すると輪から飛び出す。
「なっ……!」
不良の顔に驚きが張り付いた。
考えられないジャンプだったのだから仕方ないのだが。
このまま、不良を倒して去るのは簡単だが他人を傷つけるつもりはない。
(逃げるが勝ちだな)
屋上のフェンスに近づいて、フェンスの外に出る。
「へっ、てめぇから死んでくれるのかよ」
不良が鼻で笑う。
同じ仕草で返して、飛び降りた。
「マジか!」
驚いて、フェンスへと急いで寄ってくる。
下では上をあげて悲鳴を上げていた。
(しまった!)
自分が落ちるのを見ると言うことを考えていなかった。
どうしよう…。
『自力で何とかするか?』
『聖賢』が本気とも冗談ともつかないような口調で話しかけてくる。
剣の力がなければ俺は、普通の人間よりちょっと身体能力が良い人間にすぎない。
「冗談言ってないでやるぞ!」
『自業自得だが、仕方ないな』
ため息混じりに呟くと剣に力が集まるのが分かる。
これなら!
着地する前に剣を突き刺して衝撃を和らげる。
多少体にダメージとしてくるが、たいしたことはない。
着地すると同時に砂煙が上がり、それに転じて煙幕が晴れる前に急いで校門に駆け寄った。
すでにそこにはアセリアが立っていた。
「よっ、待たせたな」
「ユート!……何やった?」
「何も。ただ逃げてきただけだ」
ジィ〜と俺の目を見つめる。
誠か嘘か確かめているのだろう。
「ん……じゃあ、帰ろう」
確認が済むとアセリアは俺の手を取ってゆっくりと歩き出した。
以前、俺が住んでいたアパートを今、使っている。
多分、時深とユーフィが遊んでいることだろう。
「…大変な一日だった……」
「…そうだな」
「不良には目を付けられるし」
「…そうだな」
「佳織と会ったし」
「…そうだな」
「アセリアはヤキモチ焼くし」
「…焼いてない」
むすっと頬を膨らませた。
「冗談だよ」
言いながら、ドアを開けて中にはいる。
「お父さん、お母さん!お帰りなさい!」ドサッ
ユーフィの声が聞こえたのと俺が崩れるのは同時だった。
「ユート、どうした!?」
「……う…ぁ……ぐぅ………」
うれしさや悲しさ、寂しさが他の感情が入り交じって泣いていた。
佳織の無事、そしてもう一度話せたという事。
二度とないはずのことが叶ったのだ。
「ユート……」
アセリアは何も言わずに俺を優しく抱きしめた。
そこへユーフィも来て同じようにする。

朝食の席
朝起きたら、すでに時深達が席に着いていた。
俺は時深の向かいの床に座って、出てきたトーストを囓る。
ユーフィはトーストを食べながら、トースターをマジマジ見ていた。
「…そろそろです」
前置きもなしに時深が話を切りだす。
「マナが騒いでいますのでおそらく、終盤に入ったのでしょう。佳織ちゃんから目を離さないでください」
「…わかった」
それは言われなくてもわかってる。
俺は佳織の未来を守らなくてはいけないのだから。




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