青い瞳の少女
愚かだと 愚かだと言い続ける
己すら愚かな存在だと知らぬが故に
黒白の翼 - Wings Black and White
2−3:青い瞳の少女
「“スォードダンス”」
「“天雨龍神流――春雨”!!」
舞うように繰り出される【時詠】の攻撃を、ヨシツネは体を回転させて【蒼珠】で以って薙ぎ払う。
そして生まれるのはオーラの衝撃波だ。
ヨシツネの体を守るように展開されるそれは、トキミの攻撃を阻む。
「続けて、“秋雨”!!」
声と共に放たれる突きの嵐。
それをトキミは紙一重で避わしバックステップ。
互いが間合いを外し、構えながら向かい合う。
「どうやら、“時を詠める”のと“避けれる”のとは違うようですわね」
時を読む能力と、彼女自身の身体能力は別にある。
故に例えトキミが敵の攻撃を予測できたとしても、その全てを回避する事が出来るとは限らないのだ。
その証拠にトキミの頬には一筋の赤い線が出来ている。
これこそが、【時詠】が無敵足りえない理由。
「そうですね。その通りです」
「あら、あっさり認めますのね?」
「ええ。ですが、あなたは私の【時詠】の力を勘違いしています」
その言葉と共にトキミの周囲に朱のオーラが展開される。
それに対し、ヨシツネは身構えた。
「その瞳に、何が映るのかしら?時詠の巫女」
「あなたを倒し、私がユート様を救い出し、彼が私に惚れ直す未来が」
「前半はともかく、後半はあなたの妄想ですわよね……」
「さあどうでしょう?“タイムアクセラレイト”」
声と共にトキミが消えた。
否、それは視覚で認識できないほどの超速。
時間を操作するという稀有な能力を持つ【時詠】だけが使える力。
トキミの概念のみに作用するその力は、世界における一秒を、十秒へと変える。
そして世界に生まれるのは、圧縮された十秒だ。
放たれるそれは、十倍の高速移動!!!
(来る―――!!)
ヨシツネがそう感じた瞬間にはもう一撃目が振るわれていた。
それを体を捻り紙一重で回避、腰を掠めるが致命傷には至らない。
「遅いです」
「分かってますわ!!」
叫びながらヨシツネは蒼白色の刀身にマナを集めていく。
「“五月雨”!!」
その名の通り振り乱れる蒼の斬撃。
しかしそれをトキミは難なく避わす。
そしてカウンター気味に繰り出されるのは【時詠】の攻撃だ。
それはヨシツネの頬をかすり、左腕を浅く裂く。
ヨシツネは【蒼珠】を無理矢理合わせると、刀身を弾き合わせた。
その反動で、二人の間合いは再び開く。
(反応速度はあちらが上、厄介ですわね……)
自分の中にあった認識を改め構え直す。
【時詠】の能力は「時間予測」ではなく「時間操作」だ。
今の技は自らにのみ作用する物だったようだが、他の能力がどのような物かは分からない。
なら引くか?と言われれば、その答えはNOだ。
(【時詠】を抑え付けられなければ、トウヤ様の隣にいる資格などありませんわ)
自分が並び立ちたい人物は、それこそこの【時詠】すら寄せ付けないだろう。
対接近戦で、彼より強い人物を自分は一度も見たことがなかった。
もっと強くならなければ、彼を救える者になれない。
そう―――
「地獄から、私を救ってくださった彼に……」
† † †
『三班四班は門前にて敵を迎撃しろ!二班は負傷者の手当てを!各自急げ!!』
『『『了解!!』』』
悲鳴と轟音が入り混じる。
館には火が回り、女子供は逃げ、今は鎧を着込んだ者や、それすら付けずに槍を持って館内を走り回る影が見える。
先程響くような大声で声を上げた大男は、後ろに立つ少女に向き直った。
少女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいる。
『さあ、義経殿も早く。敵が参りますぞ』
『冗談ではありません、私も戦いますわ!敵の狙いは私なのですのよ!?それなのに私だけおめおめと逃げる事など出来ませんわ!!』
男と偽った自分を捨て、いつもと同じ言葉で大男、弁慶に告げる。
煌々と燃える炎が夜を照らし、白装束の彼女を映し出した。
それを見て、弁慶は真剣な表情で口を開く。
『いけません、いけません義経殿。あなたは戦いで死んでいい人間ではない』
『ですが!!』
『分かってくだされ、皆今戦っているのはあなたにそうなって欲しくないからなのですよ』
少女の脳裏に、先程笑いながらこちらに手を振り、敵陣へと向かっていった人々の顔がよぎる。
名前を聞いていなかったことを、今更ながら後悔しながら義経は搾り出すように呟いた。
『お兄様は……私を殺すつもりなのですね?』
『……はい』
なぜこうなったのだろうか。
昔から、兄とは折り合いが上手く付かなかった。
それはこの青い瞳。
母が持っていたこの瞳と力を、兄である頼朝ではなく自分が受け継いだから。
それでも、少しでも歩み寄りたくて、自分を認めてもらいたくて、それこそ死ぬ思いで戦ってきた。
でも………
『あなたが捕まれば、都にて首が飛ぶことになる。それを私たちはさせたくないのです。ですから……』
『……分かりました』
手にもつ小太刀が震えている。
それでも、自分のために戦っている人々のために、ここで―――
『私の死に姿。誰にも見せないで下さいませね、弁慶』
『御意に』
右に薙刀、左に大太刀を持って、弁慶は戦場へと赴く。
自分を倒した、そして幼くも優しい己が主のために。
『さあ来い、頼朝の兵ども!!この弁慶が相手になろうぞ!!!』
・
・
・
・
身を正し、小太刀を抜いて逆手にもつ。
この十七年、これが最後かと思うと、様々な思いが溢れてきた。
料理の勉強をしたかった。
女らしく、生きてみたかった。
そして自分はまだ、誰かに恋をした事すらない。
『死にたく……ない』
だが、引いても進んでも待っているのは死だけ、それが現実。
そして今この瞬間も、自分の下に集まってくれた皆が自分のために戦ってくれている。
だから、その想いに応えるために―――
『さようなら、私』
小太刀を振り下ろし―――
『お前がヨシツネか?』
閉じて瞳を開くと、誰かが自分の持つ小太刀を握り締めている。
手も平から血が流れ、刀身を伝って畳に落ちた。
後ろからの気配の振り返ると、黒い衣装に身を包んだ青年が、こちらを見ている。
『……死神?』
『遠いが、近いな。君に選択肢を与えに来た』
ゆっくりとヨシツネから小太刀を奪うと、それを青年は投げ捨てた。
微笑み、手を差し伸べる。
『君に問おう、終わりある幸いを選ぶか、終わりなき闘争を選ぶかを。永遠を歩むのなら、この手を取るといい』
『え……?』
『来ないのなら、君に幸いを与えよう。誰に追われるでもなく、ここで死んでいった者たち全ての元に訪れる幸いを。そして、もし来るのならその先にあるのは世界の真理と果て無き闘争だ。もちろん君の仲間たちも救うと誓おう。さあ、どうする?』
言っている事が、なぜだか信用できた。
決まっている。
この手を握らなければ、自分は幸せになれる。
もう戦わなくても済むのだ。
もう誰も失わずに済むのだ。
なのに……
『……来るのか?』
問うた筈の青年が、驚いたようにこちらを見る。
自分は、手を取っていた。
それが、当たり前だと言うように。
『戦いの中手に入れる幸いの方が、私には合っていますわ』
これは必然なのだろうか。
魂が告げている、この手を握れば自分はきっと戦い続ける未来がある。
そして、それでも自分がこの男に惹かれているのだという事を。
それを聞くと、青年は笑ってその手を握り締めた。
『そうか。なら誘おう、果て無き戦いの世界へと。俺はトウヤ。永遠神剣第二位【宵闇】、<真理>在籍のトウヤだ』
『ヨシツネ、ですわ。よろしくお願いします、トウヤ様』
† † †
「―――――」
鎧を、外す。
そして上の着物を脱ぎ捨てた。
下から現れたのは白の着物。
腕はあらわになり、胸元が大きく開いている。
「な、何をしているのですか!女がそんなはしたない!!」
「この程度で何を言ってるのですか?それに、これだけで男が落とせるのなら、とっくにやってますわ」
開いた胸の中央に残った刀傷を触る。
戦乱の中、一際大きく付いた怪我。
自分のコンプレックスだったそれも、自分の愛しい人は受け入れてくれた。
「いきますわよ、【蒼珠】」
【御意に】
周囲に水が生まれる。
それこそが【蒼珠】の能力。
周りのマナに干渉し、氷水を生み出す力だ。
そしてヨシツネは身を屈めた。
「――――!!」
トキミの視覚から、ヨシツネが消える。
時間を操作し、己の時間覚を十倍に引き上げる。
見えた!!
「遅いですわよ!!?」
「くっ!!」
斬戟が叩き込まれる一寸前に、トキミは全力で回避行動に出る。
そして地面を叩くように後退する。
しかし、ヨシツネはそれにピタリとくっついて並走した。
「速い!?」
「あなたの速さを三十としたら、私は百。あなたが十倍にして三百となるなら、私は三倍速く動けばいいだけの話ですわ!!」
氷と水を纏った斬戟がトキミへと迫る。
「追いかけっこでは私、お母様以外には負けたことありませんのよ?」
ヨシツネは駆ける。
母が棄てた疾風迅雷の家系、「草薙」の名をその身に秘めて。
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