真理という名の下に

真理トゥルー>本部・第二訓練室.....

「“ストライクラッシュ”!!!」

叫ぶルーシェの声と共に、【鏡天】が風を切って殺到。
超高速で打ち出される連撃を、しかしトウヤは全て避わす。
ルーシェはそこから大きく体を捻りこみ

「“スピニング―――!!?」

回転させようとした体が、急制動をかけられる。
それは左手。
広げられたトウヤの左手が、ルーシェの右拳に添えられ、その動きを完全に止めていた。

「誰がそんな隙だらけの技を覚えろと言った!」
「ガッ―――!!!」

右膝から繰り出された蹴りに、ルーシェは体を折りながら吹き飛ばされる。
打撃音の後床を転がって、ルーシェは腹を押さえながら立ち上がった。
その前に立つのは、【宵闇】を鞘に収めたまま悠然と立つ師の姿。

「確かに一撃に重みを乗せた技を考えろとは言った。だが、回転をかける技っていうのは、それだけで大きな隙を作る。前の敵はどうだったか知らないが、俺や上位のエターナルにはそうはいかないぞ」
「う、うっす」
「………よし、今日はここまでにしとこう」
「は、はい!ありがとうございましたっす!お師匠!!」

ちゃんとシャワー浴びるんだぞ、という声に手を振りながらルーシェは訓練室から出て行く。
トウヤは一息つくと、壁に寄りかかって座りこんだ。
そこにエメラルドの髪を一括りにした少女が、手に水のような物を持って近付いてくる。

「おっつかれ〜」
「見てたのか、エリアス」
「まあねん。どう、弟子の調子は?」

飲み物を受け取り、一口飲んでトウヤは微笑む。

「大分よくなったよ。昔は直感に任せた戦い方だったのが、今は結構考えてるみたいだ」
【まっ。まだまだ私のトウヤには敵わないけどね】
「まだ【宵闇】抜いてないものね。でも、なんで【宵闇】が威張ってるのかしら?」
【い、いいでしょ別に!?】

落ち着け、と笑いながら【宵闇】を宥め、一気に飲料水を飲み干す。
そしてシャワーでも浴びようと立ち上がったとき―――

「トウヤ君、いる?」
「リゼリル?」

<真理>の創設者にして一位神剣である【千里】を持った、リゼリルが顔を出した。















黒白の翼 - Wings Black and White
2−1:真理という名の下に














「お父さん!早く早く!!」
「分かったって。急がなくても大丈夫だから」
「ん、ユーフィはせっかち」

《グランド・ゼロ》と呼ばれる世界の崩壊を一度知った世界“ジェノバ”。
瓦礫の山、廃墟が立ち並び、そこから草木が芽吹くその世界に三人の影が歩いている。
一人は男。
針金のような頭をポリポリとかき、身の丈近い大剣を持つ青年、【聖賢者】ユート。
そしてその隣には【永遠】のアセリア。
最後にその二人を急かすように前を行くユートとアセリアの子、ユーフォリアだ。

「生き物はいないんだな……」
「ん…小さい微生物ぐらいしか生き残ってない。トキミが言ってた」
「そうか……」

《グランド・ゼロ》は四位神剣のマナ暴走による物だったと聞く。
それは<混沌カオス>と<ロウ>による物ではなかったらしいが……

「やっぱ、悲しいな」
「どうした、ユート?」
「いや、なんでもない」

こうなってしまっては、この世界に生物が再び生まれるには何周期もかかるらしい。
<法>からすれば格好の場所だ。
その証拠ついこの間まで敵のエターナルとの戦闘がここでは行われていた。
しかし、<法>もそれほどこの世界に心血を注ぐつもりは無いらしく、構成メンバーのほとんどがエターナルになりたての下位たちばかり。
二位である【聖賢】と、三位の中でも高位にある【永遠】。
更にはまだ幼いながらも高い能力を発揮するユーフォリアの【悠久】の前に儚くも散っていった。
それも終わり、新たな生物が生まれるまで<法>を牽制するだけという簡単な仕事だ。

「ま、要するに半休暇みたいなものだな」
「どうしたの、お父さん?」

思わず口に出てたか、と思いつつ近付いて来た愛娘を見る。
『お母さんみたいな綺麗な髪がいい』、と言い出して伸ばし始めた髪は、肩口まで届く頃になり、身長も大分伸びてきた。
ハイペリアで言うところの十三、四かな、と予想しつつ、この調子で成長し続けると……

(俺より見た目年上に“お父さん”と言われるのか……)

と複雑な思いに一人ザワザワしつつ、成長した分だけ若返ったりもできるようなので今のままでいてもらおう、と考えていた時だ。

「ん?」

突然現れた『門』から、見慣れた少女が現れる。
自分をエターナルにした張本人。
エターナル内では珍しく故郷が同じ世界である【時詠】のトキミだ。

「あ、久しぶり!トキミおば―――」

修羅がいた。
正確に言うと白と赤の着物姿で、懐から【時果】を抜こうとしている修羅が……

「ト、トキミお姉さん」
「はい、お久しぶりですねユーフィちゃん」

殺気全開のオーラをしまい、ニコリと笑うトキミに、ひくついた笑いを浮かべながらユーフォリアはアセリアの陰に隠れる。
その情景に苦笑いを浮かべながらユートはトキミに向き直った。

「どうしたんだ、何か慌ててるみたいだけど?」
「まだ<真理>は来ていませんね?」
「え?あ、ああ。俺たち以外に神剣の気配は感じないけど……」

トキミの口から出た<真理>という名は一度聞いた事がある。
<混沌>にも<法>にも属さない、“何か”を探す第四勢力。
しかし、不戦協定さえ結べば相互不干渉であるはずだ。

「報告によりますと、近々<真理>がこちらの世界に下りるらしいんです」
「えっと……、つまり<真理>の邪魔をするなってことか?」
「逆です」

え?というユーフォリアを、いまいち話についてこれていないアセリアを見回した後トキミは口を開く。

「あちらは、不戦協定を破棄しました。それはつまり、<真理>のターゲットはあなたたちということです」
「俺、たち……?」
「誰が、かは分かりません。ですが確実に言える事は、敵が貴方たち三人を狙ってこちらに来ると言う事」

言いながらもトキミは考える。
第二位である【聖賢】を持つユート。
天位【永劫】の力を落とした姿である【永遠】を持つアセリア。
エターナル同士から生まれた子供、という極めて特異な存在であるユーフォリア。
この中から<真理>が狙うとすれば……

(【悠久】、と考えるのが妥当でしょうか)

相手は“何か”を“蒐集”しているとローガスから聞いている。
なら一番可能性が高いのはユーフォリアだろう。
エターナル同士の子供など、彼たちからしたらとても興味深い存在なのかもしれない。

「パウリコスカも後で来ます。落ち着いて戦闘準備に入ってください」

【破滅の導き】パウリコスカ
全身の“骨”が第三位神剣【破壊】で構成されている<混沌>の特攻隊長。
外見は普通の少女だが、戦闘になれば彼女程頼りになる者は無い。

「分かった。アセリア、ユーフィ!」
「ん…まかせろ。ユートは私が守る」
「私も、お父さんのこと守ってあげるからね!」
「……それだと俺が一番弱いみたいに聞こえるから止めてくれ」




†    †    †




「ごめんね、嫌な仕事だとは思うけど……」
「仕方が無いですよ。相手が【聖賢者】たちなら、必然的に【時詠】も現れる。後輩たちに任せるには不安材料が多すぎますからね」

萎れているリゼリルに微笑みながらトウヤは報告書を受け取る。
【永遠】、【悠久】はいつも【聖賢者】とセットなようだし、更に【時詠】も来るとなれば、こちらも出ざるを得ない。

「3…いや、4人で行きます」
「ルーシェちゃんも?」
「いや、あいつは前回頑張ってもらいましたし、今回の相手は<混沌>の中でも上位に位置するメンバーが多い。……エリアスとアイリス。後は」
「ふっふっふ、ここで私の出番というわけですのね?」
「【鬼姫】は別任務でしたよね?」
「うん、呼び戻そうか?」
「無視しないでいただけます!!?」

そう言われてトウヤが渋々向き直ると、そこには黒のロングヘアーに青の瞳をした、和服姿の少女。
腰に差した鞘には、日本刀が納められている。

「帰っていたのかヨシツネ」
「あの程度の任務、私にとっては余裕ですわ。それで、<混沌>と大きな喧嘩するんですのね?」
「喧嘩というか……いけるのかヨシツネ。今しがただろ、任務が終わったの」
「大丈夫ですわ。愛しい殿方のためなら、私は死ぬ思いで頑張らせていただきます」

にっこりと笑って腕に手を回そうとするヨシツネをリゼリルは遮りつつ、笑いながら(目が笑ってない)言う。

「いいよ、ヨシツネには結構頑張ってもらったから。休暇にしてあげる、5周期ほど。この任務には僕がつくから」
「あらリゼリルさん、ご心配には及びませんわ。3周期ぶっ通しでまるで誰かの意志のようにトウヤ様から離れていたんですけれど、トウヤ様の顔を見たら疲れなど遠く彼岸の彼方ですわ。貴女こそ、長なら長らしく机に座って『神々の記憶ロストレコード』の発見にいそしんでくださいな」
「……ははははは」
「……ふふふふふ」

後ろに虎と龍を浮かび上がらせながら、二人は笑う(目は笑ってない)。
それを見てトウヤは溜息をついて「またか……」と呟いた。
顔をつき合わすたびにこの調子であるこの二人は、何時もこのようにいさかいが絶えない。
その理由は実は自分にあるとも薄々ながら気付いているトウヤとしては、この事態を上手く収拾するにはどうすればいいかと思考を巡らせた。

「取りあえず落ち着け。今回の任務にはヨシツネに来てもらう。いいか?」

そう言うとパァ、と明るい顔になりヨシツネは素直に頷く。

「それから、リゼリルはここで自分の仕事を。約束だろ?」
「それは、そうだけど……でも僕だって!」
「俺は……出来ればリゼリルには戦って欲しくないんだ」

え?と言うリゼリルの頭を撫でながらトウヤは続ける。

「自分じゃ気付かないかもしれないけど、リゼリルは戦ってるとき何時も苦しそうな顔してる。そういう娘は、やっぱり戦っちゃいけないんだと、戦わせたくないんだと思ってるんだ」

<真理>を立ち上げた頃から、共に戦ってきた頃から感じていた思い。
優しすぎるのだこの少女は。
生きる物その全てに。

「お前にはお前の戦い方がある。だから戦場は俺たちに任せろ」
「……分かった」

よし、と頭をポンッと叩くと、トウヤはヨシツネを連れて「千里の間」を後にした。

「……でもね、トウヤ君。僕は戦うのは嫌いだけど、トウヤ君の隣で戦うのは嫌いじゃないんだよ?」

その言葉は、誰にも届く事はなく………

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