真夜再来〜姫月〜
「よいのか?」
「……うん」
向かい合うのは二人の影。
一人はショートカットの金髪に赤い眼をした少女。
そしてもう一人は、長い黒髪をした、小柄な少女。
黒髪の彼女は手にした刀を、金髪の少女に手渡す。
「今『門』を渡れば、お主の体も回復するのだぞ? 磨耗した体に【天照】捨てて、どうするつもりだ」
紅蓮の瞳を不安げに揺らめかせ、エリシアは少女に問いかけた。
手にした白亜の剣が、呼応するように仄かに光る。
少女は【天照】を軽くなぜると、エリシアを見た。
浮かべる表情は、微笑みのそれ。
「ごめんね。……でも、決めたんだ。一人が嫌なのに、一人になるのが嫌だから、誰とも一緒にいれない人がいる。だから私は、その人の隣でいようって」
馬鹿だね、と少女は笑った。
「エリス。私は手にした永久を捨てるよ。でもね、彼はきっと私と同じ道を行くから。その時に、彼の力になってあげてね」
「……私“たち”が一度殺した男か」
「シアちゃんもエリスも、悪くないよ。きっとあの人は、シン君は同じカルマを生きたはずだもの」
瞳の裏に映るのは、あの日あのときの彼の残照。
クラスの誰も、否、世界すら見ていないような、虚空を思わせる目。
永久を生きて、戦って、戦い抜いた先に見た、己と同じ表情。
重ねて見えるあなたと私。
「私、今日彼に声かけてくる。どうなるか分かんないし、怖いけど……でも、きっと一緒に笑えると思うから」
だから、と少女は続ける。
心に、瞳に、光を灯して姫花は笑う。
「私が恋した、真の夜を、よろしくね」
Intruder
52.True Night Returns 2 ^princess of moon^
戦況は大きく動き出そうとしていた。
突如現れた謎の軍勢。そしてエターナルと名乗る女性、【時詠】のトキミと【沈黙】のエリシアが登場してから一月。新
たなエターナルがラキオスに到来したのだ。
一人を【聖賢者】ユート。年若い姿をした、針金のような黒髪が特徴的な少年だ。
一人を【永遠】のアセリア。紫がかった長い銀の髪。そして柄が刀身と同じほどの長さを有する、特殊な剣を持った少女。
トキミが当初、レスティーナに告げた加勢が揃い、ラキオスは遂に防衛から反攻に打って出る。
女王レスティーナ、そしてアズマリアの前に立ち、二人のエターナルは第一声を発した。
「えっと、まあ適当にユートでいいよ。聖賢者ってなんかかっこ悪いし」
「……よろしく」
取り敢えず初登場の自己紹介がこの上なく残念だったが、それはそれ。
エターナルと呼ばれる者の実力も、敵が投入したミニヨンという、強化されたスピリットの存在も知るレスティーナにと
って、彼らの援護はこちらの中核となるものだ。敵戦力の全容はまだ把握できていないが、そのエターナルが四人ともなれ
ば、停滞した戦況を一気にひっくり返すことができる。
隊の皆も彼等に友好的であるし、むしろ昔から共に戦ってきた戦友のようにも見える。
だからきっと大丈夫だと、そう確証のない確信を持つことができたのだ。
だがしかし――
――何だというのだ……?
何かが足りないと、アズマリアがそう思う。
違和感があった。なにか、“違う”のではなく、“足りない”のだ。
戦力は十分だろう。向こうに何人のエターナルがいるかは分からないが、トキミという女性が参入した二人を信頼し、か
つ負け戦をする気がないのは見て分かる。
なのにどうしてだか、自分は何かを感じているのだ。
そう。決定的に欠けた何かを。
「……どうしたの、アズマリア?」
「いや……何でもない」
違和感は自分だけのものか、レスティーナに聞いて確かめたかったが、実行はしなかった。
己が身は為政者だ。彼らたちを統べ、力を借りて頂きに立つものだ。
ならば動揺も疑心も捨て、気丈であらねばならないのが、自身の役目。上に立つものが何を理由としても動揺していては、自分を信じてくれている者達にも、それが伝播してしまうだろう。
士気は上がり、流れもこちらに傾くであろう今このときに、そのような事態は避けねばならない。
――けど……
思うのだ。
自分はこの戦争が始まってからずっと、こんな風に考えていただろうかと。
為政者でなければならないと、そしてそのように思考していただろうかと。
何かもっと、そんなものより大切な、大切な思いがあったはずなの――
『あらあら、大きな剣気を感じたと思えば……新人を連れてきましたの?』
――声。
天上、床、壁面。否、世界を揺らして響く音。それが次の瞬間に、一つの発生源を得ることとなる。
小さな少女の形をしたそれに。
「テムリオン…か……!!」
「貴方如きに呼び捨てにされたくありませんわね、【求め】…いえ、今は【聖賢者】ユートと呼びましょうか?」
手にしているのは白い杖。真白の法衣を身に纏った、幼い体がそこにある。
更にもう一人、鉈のような形状をした、大剣を担ぐ巨漢。悠人にとって忘れもしない、【無我】の剣士だ。
「タキ…オス……!!」
「力をつけてきたか、ユート」
エターナルが臨戦態勢になったのを見、レスティーナとアズマリアは一歩後ろへ下がった。
一目では敵だと認識できないような、そんな法王の姿。だが発するプレッシャーも、瞳の奥に潜む残忍さも、人のそれを越えていた。
圧倒たる、存在。
「お久しぶりですね、テムリオン。何周期ぶりでしょうか?」
「あらいましたのトキミさん。物事を周期で測るようになったら、女性として終わりですわよ?」
「始まる前から終わっている貴女には、言われたくないですけどね」
牽制もかねた言葉の応酬の様だが、正直隣に立っている悠人は、違った意味での威圧感を両者から感じ取った。
なんかこう、もの凄い女性のプライド的な物を。
口に出したら未来はないだろうと本能で感じ取り、悠人は空気を読むことにする。
「それで、一体何のつもりですか? まさか、今ここで全面戦争でも始めようと?」
「まさか。そんな考え野蛮な貴女でない限り、思いつきもしませんわよ。今日は、そこの新入りの顔を見に来たのと……どれぐらいできるか見学しに来ただけですわ」
瞬間、城内に圧倒たる質量と巨躯を持った存在が現れた。
中央に黒。それに追随するように立つ赤と青の……龍。
「トキミさんの十八番。少し真似させていただきました。さて、そこの【聖賢者】と【永遠】は、どこまでやれるのか。見物ですわよね?」
砲声。
空気を激しく揺らし、城を声だけで崩落させてしまうかのような、龍の叫びが響き渡る。
それに対し、悠人は【聖賢】を。アセリアは【永遠】をそれぞれ鞘から抜き、構えを取った。
トキミはレスティーナとアズマリア。二人を安全な場所まで避難させようとしている。
――さあ、どうする。
狭い城内な上に、うかつに壊せない城内という状況。
大きな神剣魔法や、破壊規模の大きな技は使えない。だから、破壊を一点に集約させて、龍のみを切り殺す。
「アセリア、左を頼む!」
「――ん」
両サイドの二匹を叩いて、最後に二人で残りを斃す。それが下した結論だ。
振り下ろされる凶悪な爪を、悠人はあえて受け止めた。そうしなければ、この城が下手をすると駄目になってしまう。
アセリアもそれは心得ているようで、城に当たるであろう攻撃は、すべて受け止めていた。
だが問題ない。いける……!
「体が軽い…! これなら!!」
求めるのは力。絶対的な攻撃。オーラを剣に乗せ、体をラキオスの流派に乗せ、悠人は竜に向け連撃を見舞った。
一撃は腕を削ぎ、二撃が足を払い、飛び上がり際の三撃目で顎を砕いて、終撃にて頭部を穿つ。
――コネディクト・ウィル。
この世界で積み上げた、悠人の磨き上げた力の集大成とも言える技だ。
石造りの城の床に、悠人が降り立つのと、龍が声すら上げず光の粒子になるのはほぼ同時。
それを見届けたアセリアも、剣と爪との力の拮抗を、力ずくではじき飛ばす。
――踏み込んだ。
「行く。【永遠】……!」
それは一歩による飛翔。全身の力とハイロゥの推進力を、刃の一転に注ぎ込む。
文字通り飛び込み、敵に一刀をたたき込むこの技は、ブルースピリットの有する初歩の初歩。リープアタックだ。
だがしかし、【永遠】の力をつぎ込んだその一撃は、ただそれだけで龍を両断してしまった。
「後一体……だ……!?」
両者に挟み込まれる形となった、最後の黒龍。それが一つの動作をとった。
体を深く倒し、鋭い牙が生えそろった顎(あぎと)を開いたのだ。
悠人はこの後の攻撃を、一度目にしたことがある。
只放つだけで、強力な破壊を可能にする攻。目にするだけで、生物としての差と、恐怖を見せつけられる撃。
龍の吐息。
「しま――!?」
「させない!」
二人の動きは速かった。ブラックスピリットにも劣らぬ。否、それ以上の速度だろう。
だがその進路上に、それぞれ阻む陰があった。
悠人の前には、双剣を持った優男。アセリアの前には、鞭を手にした銀髪の女。
「三位【流転】。水月の双剣メダリオです。お見知りおきを」
「三位【不浄】のミトセマール。折角だから楽しもうさね!」
〈法〉のエターナル。その二人が、悠人たちの前に立ちふさがった。
龍の周囲には、既に大量のマナが凝縮されようとしている。発射方向は城下だ。
あれをあのまま撃たれれば、町がすべて灰になる。
「邪魔をするな! どけぇ!!」
「なぜです? こんなにも楽しそうなこと、水を差す方が無粋でしょう?」
アセリアは【不浄】の鞭に剣をとられ、悠人は無理に通ろうとするも、メダリオの妨害に遭う。
少し離れてみていたトキミは、吐息を一つ、剣を手にした。
――ここは、二人にきめてもらいたかったんですけど……
ロウの剣が介入してきたのは、完全にこちらの計算外だった。まさか城内、しかも顔合わせでここまで規模が大きくなろ
うとは、トキミとしては思いもしなかったのだ。
視線を移すと、テムリオンが顔を綻ばせている。だがそれにトキミは妙な違和感を感じていた。
――焦っている、の?
ここまでやるテムリオンを、トキミは数ほどしか見ていない。元々この世界にしたって、それほど重要視しているとは思えないのだ。
だがなぜ、今回はここまで急いでことを為そうとするのか。
なにか彼女にとって、予想だにしないファクターがあるとでもいうのか。
「何にせよ、ですね」
本来なら、まだ必要十分の力は行使したくはない。だがもしここで被害が出ようものなら、全体の士気。ひいてはこの戦いそのものに、大きな影を落としかねない。
なによりそんなことがあっては、彼が、悠人が悲しむではないか。
「そんなこと…させるわけには」
「まあ待て」
しかし、その手を止める者がいた。
肩口で切りそろえた金髪に、鮮血のような赤い目。【沈黙】のエリシアだった。
「あなた今までどこに!? それより、なんで止めるんですか!?」
「がなるな小娘。こちらとて、別に町一つ消し炭にしたいわけではない」
一息。口の端をつり上げて、エリシアはトキミに告げる。
「ヒーローの、お出ましじゃ」
黒い一線が、走った気がした。
「駄目だ……!」
人の身でも分かるほどの力が、龍の口内に渦巻いていた。
エターナルの二人は、新たに現れた敵に足止めされ、スピリットでは対抗できない圧倒的な破壊が、今まさに放たれようとしている。
「駄目だ……!!」
アズマリアはそう叫ぶ。
あれが撃たれれば、たくさんの人が傷つく。たくさんの人が死ぬ。
――そう。それは自分の祖国のように。
止めねばならない。けれど自分には力がない。言葉でどれだけ相手を圧倒しようとも、それをねじ伏せる力に抗う術を、自分自身は有していない。
だから、これまでずっと自分の思いを叶えたくれたのは■■■だったではないか。
「――やめろ」
名も姿も思い出も、何一つ思い出せず、だがそれを頼りにアズマリアは言う。
助けてほしいとそう願えば、地の果てだってやってきてくれる。
守って欲しいとそう望めば、神が敵だってねじ伏せる。
そういう人が、自分の隣には、きっといたはずだから。
だから言葉に望みと願いを。きっと絶対、届くから――
「やめろぉぉぉ!!」
「ってんだろうがこの羽トカゲがぁ!!」
剛による轟音。黒の龍が、開いた顎ごと地面に叩きつけられた。
ひび割れる床と、声をあげて衝撃で体を仰け反らせる龍。鼻っ面を殴った男が、その反動で後ろに飛ぶ。
黒いコートと髪をなびかせ、金の瞳を輝かせ、神凪真夜は着地した。
そして、片足を一歩前に。
「レーズと違って、ロウのトカゲは言葉の分からんお馬鹿さんか!? 止めろってんだからよう、大人しくお座りしてろ!」
威嚇の声すら無駄だと無視し、開口一番突きつける。
一瞬空間が一時停止したかのようになったが、悠人がその静寂を破った。
「真夜……遅いぞ……」
「ヒーローはここ一番で活躍しないとだろ?」
呆れて閉口。もしかしてこいつは、このタイミングを図っていたんじゃないだろうかと、疑ってしまうほどだ。
「だれ……?」
戸惑うアズマリアの姿を見て、真夜は困ったような笑みを浮かべた。
――もしかしたらと、思ったんだけどなあ。
けれど奇跡は起こるはずもなく、いるのは自分を知らない彼女の姿。
だから、頭を軽く撫でて、考えていた言葉を彼女に言う。
「お前の。お前だけの騎士だ」
「――」
さあいこう。叶えてやろう。この娘の思う望みと願いを。
この剣は、それを為すために手にしたのだから。
鞘から白刃を抜く。それは世の不浄を否定するかのような白。鍔はつや消しされた金で、柄尻には月の色をした宝玉がはめ込まれている。
真夜は龍にその切っ先を向けた。
告げる。
「撃ってこいよ。そんで撃ったら、俺がきっちり殺してやる」
「――!」
言葉は伝わらなくとも、この男が自分を殴ったことと、今挑発していることは理解できる。
だから龍はもう一度、砲撃の体制に入った。
当初の命令は、城下を焼き払うこと。ならこの男ごと、すべて消し去ればそれでいい。
先ほどの、見せつけるような真似とは違う。一瞬で臨界点までマナを凝縮させ、転換し、撃たんとする。
「――いくぞ【姫月】」
【御心のままに……マイロード】
それに対して真夜は、体を大きく捻って、魔法陣を展開する。
体制としては、突きに近い。そのまま言霊を削りきって、詠唱を無視した神剣魔法を発動させた。
黒と月光が城下に響くのは同時だ。
「〈詠唱破棄〉《月尖光》」
夜天が斬なら、月尖は突。一直線に伸びたオーラの刺突が、龍のブレスと衝突し、空間をねじ曲げ、消滅する。
出力を相手と合わせ、周囲に被害が及ばないよう、相殺したのだ。
何かをしたのに何も起きない。その矛盾に、龍は戸惑い一歩下がる。
「調整さんきゅ、【姫月】。俺じゃ城、半壊させてただろうからな」
【愛してますか?】
「べらぼーに」
心の底からわき上がる、この思いはなんだ。龍は目の前の男を見て動揺する。
剣が、瞳が、あの男が、自分を捉えて放さない。呼吸すら支配され、蹂躙されてしまったかのような感覚。
これは、恐怖なのか。
これが、恐怖というものなのか。
「言ったよなあ殺すって。だからテメエはここで死ね」
刃にオーラが奔る。常識をはずれたマナの集束が、世界にヒビをいれ、光となってあふれ出した。
それは月光の色。優しい光。そして、今は龍を屠る光。
逃げられない、逃げることを知らない龍は、最後の一手とばかりに、爪を振り下ろす。
だがそれすらも、光る刃によって細切れにされた。
――終わると、そう思った。思ったときには、世界がずれて見えていた。
「悪いな。お前ぐらいのとは、永久の狭間でさんざ喧嘩してきたんだ」
両断され絶命した龍に見向きもせず、真夜は鞘に、剣を戻す。
視線は既に、テムリオンの横へと移っていた。大鉈のような大剣、【無我】を持つ、タキオスに。
「倒しに来たぜあんたを」
「出来るのか?」
一拍。
表情に笑みを浮かべ、真夜は鞘に手をかける。
「――試してやろうか?」
「――試したいのか?」
石畳を叩く音がした。
メダリオとミトセマールが、悠人とアセリアから離れ、テムリオンの両脇に移動したのだ。
そして開かれるのは門。ただそれは異世界とではなく、この世界の別の場所へと繋がっている。
「ここまでに、しておきましょう。〈真理〉の新人に、【鬼姫】にまで出しゃばられては、始まる前から詰らないですわ」
「逃げんのかよ、白チビ」
「……出来れば、そこの礼儀知らずを解体してやりたいところですけども、今は時ではないですからね」
こめかみをヒクつかせながら、テムリオンはそう告げた。
メダリオたちがそこから退散する中、タキオスが去り際に振り返る。
「楽しみに待っているぞ。【聖賢者】に【姫月】」
言葉を残して姿を消す。最後に残ったテムリオンは、周囲を一瞥すると、かすかに微笑んだ。
面白いと、そう思う。
退屈なトキミとのゲームも、俄然楽しくなってきた。肝いりの聖賢の繰り手に、月の姫君に愛された少年。
永遠の戦いにも、ほんの少しだが風が吹いてきたと言うことか。
「ソーン・リームにてお待ちしています。出来る限り、あがいて下さいませね?」
最後にそれだけ残して、白い魔女は姿を消した。
これが最初の衝突。
ここから永遠戦争は、佳境へと上り詰めていくのだった。
<あとがき>
いったい前話はいつ書いたのか。ようやく登場です。52話「真夜再来〜姫月〜」
ゴタゴタした感じになってしまいましたが、用は羽トカゲと言わせたかったんだ。
引っ張っていた上位神剣も御名前のお披露目です。月詠からどうするか考えて、結果があんな感じ。正直言葉の響きで決定しました(ぇー
性格もちょっと変わって、大人の女性になりましたが、中身は変わらず、契約者ラブラブ愛してるなのです。
次回は姫月のこととか、色々説明が入りつつ、最後の決戦に入る予定。
遅筆ですが、見捨てずに読んでいただければ幸いです。
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