ずっといっしょ

【大丈夫】

 ああ、この言葉は一体何時聞いたのだったろうか。
 夢の中、【月詠】は次の言葉を待つ。
 言の葉を告げるのは、己が姉と呼べる人。
 己の対となる【天照】の名を持つ永遠の剣。

【話したでしょう? 私の主は、その人に恋をして、人として終わることを選んだと】

 自分がマスターと契る前の記憶だ。
 その少し前、己の主を得た姉は、しかしまた戻ってきた。
 何故だろうと【月詠】は思う。
 恋するとは、永久を捨ててまで得るほどの物なのだろうか?
 その疑問を口にすると、姉は微笑で返すだけだった。

【逢えば、きっと分かる。私が言ったその訳を】

 だから大丈夫、ともう一度姉は告げる。

【貴女が名前を呼べば、きっとその人は来てくれるから】

 その時に、

【貴女は貴女の真名を得るでしょう】














Intruder
51.with you with you...














 目を覚ます、と呼ばれる動作は人間が行うことだと【月詠】は知っている。
 そしてその動作を行った自分は、人としての体を得ていた。
 四肢は短く、体は幼い。己を良く表しているな、と【月詠】は思った。
 見回すと周囲は鬱蒼とした竹林で覆われており、自分は木で出来た屋敷の一角に横たわっているようだ。
 どこからか川の音がして、空は塗りつぶしたかのような黒一色。

「マスター?」

 声帯から声を発するという行動に戸惑いつつ、【月詠】は主を呼ぶ。
 だが返答は水の流れる音ばかりで、いつも傍にいる少年の声はない。

「ふぇ……」

 いない、と言う事実を認識したとき、漏れるのは嗚咽だ。
 どこにもいない、近くにいるときの安堵感がない。
 置いていかれた、とそんな嫌な想像が頭をよぎった。
 否、当然だろうか。
 主が求めたのは力であり、それは自分の持たないものだ。
 だから自分は今や不要であり、それ故自分はここに残され

「違うよ」
「―――」

 声。
 それは高く澄んだ女性のもの。
 振り返ると、先程までいなかったはずの空間には一人の少女がいた。
 髪は長く黒色で、容姿は今だあどけなさが残っている。

「……誰?」
「誰かな? これは貴女の世界で、彼の世界でもあるから」

 首をかしげる【月詠】に少女は苦笑。
 分かりにくい表現だね、と付け加えて言葉を紡ぐ。

「少し話をしよう? 彼のこと。貴女の知ってるシン君のこと、聞かせてくれない?」



Ж    Ж    Ж



『どうした、息が上がっているぞ人間!?』
「黙ってろ爬虫類! 舌噛んでも知らねえぞ!?」

 広大な空間を埋め尽くすのは音。
 それも甲高い金属音と、崩壊が作り出す轟音だ。
 神凪真夜が相手をするのは二体の竜。
 右に腕を振るうのは赤い竜。左で竜砲の準備を行っているのは青い竜。
 一息。吐き出すと共に周囲の動きが加速を始める。
 まず振り下ろされた爪を“流旋ストリーム”で往なし回避。勢いを止めることなく懐に飛び込み、腹に肘を打ち込む。
 鬼によって強化された力は竜の体をのけぞらせ、その動きを一瞬止めた。
 そして真夜は止まらない。そのまま“疾空アクセル”で加速度ゼロの移動を行い、赤い竜の背後に回った。
 直後起こる爆音は、青い竜の吐いたブレスが、赤竜を穿つ音だ。

『―――!』

 何とも取れる雄叫びを上げ、赤い竜が地に伏せる。
 これで撃破数二体目。今までで斃したのは赤と緑の竜だ。
 眼前、視界に納まるのは残り二体の黒と青。
 流れてきた汗を左腕で拭い、真夜は息を整える。
 そしてこう思った。自分は疲れてなどいない、と。
 願いは果たされる。想いが全てとなるこの世界は、真夜の意思を現実のものとした。
 張っていた四肢は万全となり、心臓の鼓動が止んでいく。
 その姿を見た黒い竜は口元に歓喜を浮かべた。

『この世界の理をものにしたか。流石だ人間』
「真夜だ。真の夜で、しんや。分かるかその豆粒みてえな脳みそでよう?」
『――大それた名だ、“真夜”』
「でも好きだぜこの名は。月を従えるには丁度いい!」

 青の竜が砲声を上げて突撃を敢行した。
 それに対し真夜は構えを取り、右腕を腰に回す。
 抜いた。
 微弱な光すら反射し、その存在を色濃くするのは白の短剣だ。
 それを逆手で持ち、青竜に向けて真正面から突撃する。
 世界は願いと共にあり、意思が全てを司る。
 だから真夜は叫んだ。

「この剣の名は【竜殺し】だ! イースペリアの宝剣、竜すら屠る白の戦慄! その身に受けてそして死ね!!」

 名を受け取った剣は、そして力を授けられた。
 正面、突撃する竜に真夜は剣を袈裟切りに振り下ろす。
 名の通りの力を持った【竜殺し】が、青竜を切り裂くのを黒竜は見た。
 全ては一瞬にして一撃。別たれた竜の体が、金の霧に包まれ消えていく。
 空へと昇る光条の中、剣を持ち立つ真夜の姿。
 それを見て、黒竜は身を振るわせる。
 意思が全てを司るとしても、ここまでそれが叶えられるのを自分は見たことがない。
 願いを世界に反映させるには、それこそ強固な想いと強い意志が必要となる。
 だがそれをこの少年は躊躇いなく現実とした。

『それだけ、貴様の想いが強いということなのか……?』
「さっき言ったぜ黙ってろと。そしてテメエもここで死ね」

 剣を持たぬ左手で、己の胸を叩く。

「問いかけだの何だのと、面倒なのは一切なしだ。テメエなんぞに問われなくとも、答えは全部、ここにある!」

 だからやろうぜ、と真夜は白の殺意を振り被った。

「そんで返してもらう。俺の大事な姫をよお!!」

 動く。
 大気を巻き上げ大地を穿って。
 最後の一体に向けて、真夜は【竜殺し】を叩き込むべく殺到した。



Ж    Ж    Ж



「――それから、マスターがぐわーってやって敵がドカーンでズバ、だったの」
「そっかぁ」

 作られた世界の屋敷の縁側。
 そこに並んで話す二人がいた。
 月詠は対面の少女に、身振り手振りで今までの自分たちのことを説明し、それを少女は頷いて聞いている。
 動きすぎたせいで軽く頬を上気させながら、月詠は一旦話を止めた。

「うーん。やっぱりシン君、ケンカばっかりしてるんだね」
「強い人とやるときは、いっつも笑ってるの」
「バカだねえ」

 言葉とは裏腹に、少女は楽しそうに笑う。
 ほんとうに、楽しそうな顔。
 剣である月詠は視覚と呼ばれるものがないので、少女の表情の変化は新鮮だった。
 でも、と思う。
 この人の笑みに、“懐古”を感じるのは何故なのだろうか、と。

「――時間みたいだね」

 突然の言葉とアクションに、月詠の反応は一瞬遅れた。
 少女は立ち上がると庭へと歩き、そして月詠に向け振り返る。

「あなたは、あなたの主が好きですか?」

 優しい表情に、優しい問いかけが重なる。

「夜が一人にならないように、ずっと一緒にいてくれますか?」

 夜風が少女の髪を梳き、長い黒のそれがやるやかに流れる。

「永久に共に、笑ったり泣いたり、怒ったり喜んだり。そうやって傍にい続けてくれますか?」

 三度の問いは、同じもののようで。
 けれどその一つ一つに少女の真摯な想いがある。
 それを感じる。それを理解する。
 月詠は立ち上がると一歩踏み出し、少女の前へと歩を進めた。
 応えよう。
 自分の気持ちを。自分の意思を。
 私が紡げる言の葉で。

「私は、マスターが大好きです」

 続ける。

「夜が寂しくないように、真っ暗を照らす光になります」

 言いたい気持ちを、自分にある言葉で。
 精一杯、伝わるように。
 この人に、届くように。
 精一杯。一生懸命。

「きっと傍にいることが、私がこの世界に在る理由だと、思うから」

 もっと自分が賢ければ、もっと上手く伝えられただろうか。
 そう思い、そして少女を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
 告げる。最後の言葉を。

「――ありがとう」

 空が砕けた。
 生まれた亀裂は蜘蛛の巣状に伸びて広がり、そこから夜を裂く光を生み出す。
 中心点がより強く輝き、大きな穴が開けられた。
 そこから飛び出してくるのは――

「マスター!」

 傍らにいた少女の姿は、もういない。
 どこに行ったのか。その問いは降りてきた少年への歓喜によって消されてしまった。
 見れば体中傷だらけで、コートの端が千切れてしまっている。
 それでも少年は笑って、そして月の少女を抱きとめる。

「悪い。遅れた」
「……ますたぁ」

 ぬくもりが伝わってくる。
 いつもの彼の、いつもの安堵感が、月詠を包み込んでくれた。
 ここだ。月詠はそう思った。
 ここだけが、私の居たい場所。

「……マスター?」
「ん?」

 知りたい。
 この人は、私をどう思っているのだろうか。
 私と一緒にいたいと、思ってくれているのだろうか。
 怖いけど、けれど聞かなければいけない気がして。
 だから月詠は真夜にむけて、一つの問いを投げかけた。
 これが最後の試練。
 無意識に行われた、永遠神剣からの問いかけ。

「マスターは、私と一緒にいたいですか?」

 その問いの答えは、すぐさま返ってきた。
 何も考えていないからではない。
 当たり前だと、そう思っているから。

「当然だろ? 夜はずっと、月と一緒だ」
「……うん!」

 夜が明ける。











<あとがき>

大分間が空きましたが無事完成。
第51話「ずっといっしょ」。
遂に遂に、次回上位神剣登場です。
新たな力に新たな戦い。
ラストスパートをしゃかりきで頑張りたいと思います。
ではではノシ 

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