永久への道

三人寄れば姦しいとは誰が言った言葉だったのか。
どうやらその言葉は全世界というか異世界でも共通らしく―――

「うるせえ……」

まあ端的に言えば、どこの女も集まれば五月蝿いらしかった。















Intruder
50.Road to Eternity













あちらこちらに響く声。
王城の大広間を占拠して行われたのは、大規模な“送別会”だった。
ヨーティアが作り上げた装置とトキミの助力により、佳織はハイペリアに帰れるようになった。
それが、翌日。
それならと光陰が送別会を提案し、今日子がそれに乗り、どこから漏れたのかレスティーナが城の広間を使うように言って、そしてこの騒ぎ。
集まったのは第一第二詰所一同とアズマリアやレスティーナ。
それにエターナルたちも引っ張られてつれてこられている。
テーブル上、ところ狭しと置かれた料理を口にしながら、真夜はもう一度「うるせえ……」と呟いた。

「何だ真夜、辛気臭い顔して! 楽しく行こうぜ楽しく!」
「黙れロリコ○。大人しく幼女を追い回して岬に殴られとけ」
「俺、そんなにお前に嫌われてたっけ……」

まあでも、とニヤニヤしながら光陰は横目で真夜を見る。
手には酒。まあ、こんな日ぐらいは羽目を外しても構わないだろう。
そんな風に思いながら、真夜も置かれたワインに口をつけ―――

「ロリ○ンってなら、お前の方が何倍も外道だがな」
「ぶほあ!」

吐き出した。

「な、なななな何のことかな光陰君!? 俺が鬼畜とか犯罪者とか随分じゃないかな!!」
「隠すつもりがあるならもうチョッと冷静になれ。あと言ってないから」
「……誰に聞いた」
「アズマリアちゃんが言ってたぞ? 昨日お前が告白してから夜に―――」
「だああああああああ!!」

絶叫に周りの視線が集まるが構っている余裕がない。
何で喋ってんのさ!? と心で泣いて、必死の形相でアズマリアを探した。
見れば数メートル先。年少組みが集まってアズマリアの話に聞き入っている。

「それで、シンヤはもう一度好きだって言って口付けをしてな?」
「はわわわわ」
「(ごくり)」
「く、くーるだあ……」
「……シンヤ、変態」

絶望的な状況が只今絶賛展開中。
ヘリオンはてんぱってるは、シアーは生唾ゴックンだわ、ネリーは意味不明だわ、ニムントールは真っ赤になりながら真夜を睨みつけるは、正直ここで死にたかった。
よくよく見れば、周りの視線がどうも冷たい。
ああ、あいつ全員に喋ったのか。
そう思うと、もうむしろ開き直れそうである。

「で、どうだった感想は?」
「……言うかボケえええええ!!」

薄ら笑いの光陰をまわし蹴りで文字通り一蹴。
やるせなくなった真夜は、取り敢えずワインを飲むことにした。
駄目な大人の典型的な現実逃避を敢行することにした。
うっさい飲まなきゃやってられるか。

「で、どうだったんですか感想は?」
「……黙秘権を行使する」

背中からのプレッシャーに冷や汗をかきながら振り返る。
見慣れたウェーブのかかった青いポニーテール。
これで柄に差した【熱病】を握ってなかったら普通に綺麗だとは思うのだが、流石に真夜にそれを口に出す気はなかった。

「全くあなたは……」
「い、いいじゃねえか。言っとくけど無理矢理じゃねえからな」

はいはい、と軽くあしらわれるのに、真夜が言い返そうとして止める。
少し思うところがあったのだ。
こんな風に喋ってられるのも、もう今日きりだと思ったから。

「……なるの? エターナル」
「なるさ。それが必要なら」

手にしたワインが軽く揺れる。
覚悟。
左腕がない、エトランジェの力ではエターナルとは戦えない。それは何度かの戦いで知っているのだ。
越えられない壁。絶対の差。それを縮めるには、自分も同じ舞台に立つしか道はない。
だから真夜は覚悟した。忘れられる覚悟をしたのだ。

「面倒な話ね。助ける為に、捨てなきゃならないなんて」
「全くだ。まあ、なんでも手に入れるわけにはいかないだろう?」
「求めるものには代償を?」

返事の変わりに苦笑で答え、真夜は再びワインを煽った。



「イリスさん、飲まないのですか?」
「あ…私はお酒は飲めないので」

そうですか、と微笑し、イオがヨーティアの方へと歩むのをイリスは見つめる。
十分距離が離れたのち、隣にいるエリシアに小さな声で問いかけた。

「記憶の【沈黙】を解かないのですね」
「……イオは、あの娘はもう私の従者じゃないですから。元は真夜君を鍛えてもらう為に送り込んだのですけどね」

エリシアの視線の先、ビンごと酒を飲み干すヨーティアを慌てて制止するイオの姿がある。
それを見て、エリシアは微笑んだ。

「お姉さんが、忘れてしまっているのは寂しい?」
「……正直、辛いです」

腰に差した【現実】を弄りながら、イリスは顔を伏せそう答える。
けれど、彼女はすぐに顔を上げ、嬉しそうに告げた。

「でも、姉さんは楽しそうだから。だから私はこれでいいと、そう思います」
「―――そう」

頬を流れる涙を見なかったことにして、エリシアはグラスのアルコールを飲み干す。
そして、

「きゅう……」
「だ、誰ですかエリシア様にお酒を注いだのは!?」

一発で酔いつぶれたのだった。



Ж    Ж    Ж



聖ヨト暦332年ホーコの月青よっつの日
高嶺佳織、現実世界帰還日。

「アズマリアちゃんを、泣かしちゃ駄目ですよ?」
「……ベットの上限定でその約束は守れそうもない」
「そういうのは言わなくていいですから!」

顔をりんごのように赤くする佳織の姿に、真夜は苦笑する。
軽い冗談のつもりだったのだが、こうも上手くいくとは思わなかったのだ。
外道とか言うな。

「…お兄ちゃんのこと、お願いします」
「それも、微妙かなあ。あいつ俺より強いし、むしろ助けられにゃならんかもしれん」

腰に剣がない針金頭を一瞥しながらそうぼやく。
【求め】を折られ、【世界】の一部となってしまった今、高嶺悠人はスピリットにすら殺されるだろう。
だが、その状態も長く続くことはない。
この後彼は、高嶺悠人を捨てに行くのだから。
トキミとヨーティアが、佳織の周りを囲むように作られた装置を指差しながら、何事か話している。
もうすぐ時間切れのようだ。

「んじゃ、後はあいつと語らってこい」
「……はい!」

真夜は後ろ足で一歩後退。振り返ってソワソワしている悠人と交代する。
永久の別れだ。色々話したいこともあるだろう。

「マリアはいいのか?」
「ああ。昨夜話すだけ話した。これ以上時間を割いたら、ユートにうらまれるからな」
「そっか。何話したんだ?」

色々だ、と目を細めてアズマリアは二人を見る。

「楽しかったこと。嬉しかったこと―――」

光が、あふれ出した。
周囲の装置が喧しい音を立てる中、その光は段々とその範囲を広げていく。
これから先、再び出会うことのない、二人を別つ別離の光だ。
少しだけ、アズマリアが真夜と握る手に力を込める。
光りが全てを包む頃、アズマリアはポツリと告げた。

「これから起こる、悲しいことを」

そして視界が白で埋まる。



Ж    Ж    Ж



その夜。
鬱蒼と茂る森の中に立つ、三人の人影があった。
一人は金髪に赤い瞳の少女。
白磁の大剣を肩に担いで、その隣に立つ黒髪青眼のミニオン、イリスと共に向かい合う青年を見る。
左腕を失い、しかし眼光は鋭く強く。
双の眼は金色。夜闇を貫くそれが、青年の存在を色濃くする。
エリシアが、口を開いた。

「別れは?」
「済ませた」
「後悔は?」
「―――ない」

嘘だった。
出来ることなら、皆に忘れ去られたくない。
アズマリアに、忘れて欲しくない。
それでも必要だったのだ。
失ってでも得るべきものが。

【緊張してる?】
「柄でもねえよな」

アズマリアは、寝かしつかせてそのままだ。
最後の最後に別れの挨拶などすれば、覚悟が揺らいでしまいそうだったから。
明日目覚めたときには、彼女は自分を忘れているだろう。
それでも構わないと、真夜は思う。
きっと忘れていても、思い出してくれなくても、あの日の誓いはここにある。

「開くぞ」

エリシアの声を合図に、世界に亀裂が生じた。
それは洋館を模した扉。世界を別つ存在。
―――『門』。
一歩踏み出す。そこから先は簡単だ。
最初の躊躇いを振り払い、真夜は駆けるように入り口へ進む。

―――さあ行こう、己を捨てる為に。

突っ切った。
光が一瞬弾け、収束する頃には森が広がる光景のみ。
そこに残るのは、エリシアとイリスの二人だけだった。
否。そこにはもう一人の気配がある。
黒髪にアメジストを思わせる瞳。
その方向に視線を向け、エリシアは笑った。

「さあ始めよう。後はおぬし次第じゃぞ、アズマリア・セイラス・イースペリア?」

少女が強く、頷いた。



Ж    Ж    Ж



「……ここか?」

踏み込んだ先、無機質な床を叩きながら真夜は辺りを見回す。
草木は生えておらず、キューブの形をした物がいくつも繋がって、床を、通路を作り上げている。
五体の違和感に気付き、真夜は左腕に視線を移した。

「って! 左腕がある!?」

ソーマに切り落とされ、焼かれたはずの左腕が、当然のように繋がっていた。
力を込めると、ちゃんと五指が動く。
いきなりの状況に目を白黒させていると、真夜の前に気配が現れた。

『ここは汝求める剣の世界。意志の力こそ、ここで真価が発揮される』
「つまり、思い一つってことか」

目の前には竜がいた。
レーズとは違う、黒い皮膚をした一匹の竜。
それが悠然と真夜を見下ろしていた。
その眼光に殺意を混ぜて。

『よく来た姫を求めるものよ。茶も出せんがくつろいでいけ」
「いや、悪いけど急いでんだ。だから退け。でなけりゃ殴り倒して道開けさせんぞ」
『できると? 剣もなしに』

竜の言葉に反応し、真夜が腰に手を添える。
確かにない。
先程まで一緒にいたはずの【月詠】が、姿を消してしまっている。

「な…に……!?」
『汝が求めるものは、汝の進む先にある。ならば斃せよ阻むものを。それこそが此度の試練と知れ』

剣なしで竜を斃せと、そう言っている。
理解はした。だが可能なのか?
神剣なき体で竜を殺すことなど。

「……出来る出来ないなんて、言ってる場合じゃねえよな」

ああやろう。やってやろう。
思いが力となると言うなら、思い一つで竜すら屠れる。
いや、屠らなければ道はない。
瞳が染まる。血のような紅に。

そら見せてやる、俺の覚悟と俺の力を。

「こじ開ける!!」











<あとがき>

凄い久方ぶりになりました、記念すべき第50話「永久への道」
求める故に捨て、得る為に失う。
等価交換ってやつですね。
正直今回は悩みました。エターナルになる場合とならない場合、両方考えていたのですが、ならずに続けるのは余りに出来すぎかなあと。
次回エターナルになるべく、戦う真夜ってことで。
次の話も、サービスサービス!(しない

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