虚空の町で二重奏を
「……はい。メルビスです」
『おーおー、聞こえるか?シンヤの調子はどうだ?』
交渉開始から三日目。
建物の壁にもたれ三角座り、神剣に耳を傾けながら、メルビスは【理想】から発せられるヨーティアからの通信に応える。
「今……丁度―――」
ドン!と言う音が連続で鳴り響き、戦塵が巻き上がる。
一際大きな音と共に、空中に投げ出された影は、真夜だ。
「ミュラー様にボコボコにされて…吹っ飛ばされたところです」
『あー…まあ一筋縄にゃいかないか』
メルビスの視線は、以前吹き飛ばされた真夜へ。
空中で一回転して体制を立て直すと、真夜は壁面に着地。体中をバネの様にして、再び敵に向けて殺到した。
砂塵の中からゆったりとした足取りで出てくる、ミュラーの元へ。
「まだ来るかい?」
「偉そうに! 後で吼えづらかいても、知らねえぞ!!」
互いに浮かべる表情は笑み。
片手に持った【月詠】を逆手に持ち、収束したオーラをインパクトの瞬間展開。一気に五連戟を叩き込む!
「死季・夏日連衝!!」
「一撃必殺を捨てて、連戟に重きを置くか。まあ、考えとしては妥当だろうね―――!?」
五連戟の最後の一撃。
だが振り切られたのは右腕のみで、刀は宙に浮いていた。
持ち主から離れた【月詠】の柄を真夜は咥え、そして体を大きく捻る。
振り上げた拳には、月光色のオーラが……
「誰が連戟に、重きを置くって?」
「――――」
「取り敢えず、喰らっとけ!!」
紫電が迸るがごとく、オーラが音を立てる。
空を切り裂きながら、真夜は“鉄貫”を打った。
重低音が虚空に響き、世界を揺らす。
Intruder
47.超絶技巧演習曲2^Duet in void city^
「……なぁ、あいつは何だ。化け物か?」
「化け物に言われるなら……化け物ですね」
「お前って結構毒舌だよな」
仰向けになりながら、真夜はメルビスの神剣魔法の恩恵を受けて、傷を癒していく。
フェイントから打った“鉄貫”は見事にはずされ、その代わりキツイ一発をもらってしまった。
「っつ!」
「大丈夫……ですか?」
「いや、こればっかりは仕方ないしな」
失くしたはずの左腕から来る痛み。
それに耐えつつ、真夜はムクリと起き上がった。
傷は癒えたが、疲労感と流した血が、重く体に圧し掛かる。
「少し…休憩したほうが」
「悠人たちはユウソカ進軍中。二、三週間もすりゃ秩序の壁も落ちる。それまでに戦線復帰できなきゃ、俺の存在価値がなくなんだろ」
それに、と続ける。
「理不尽な訓練は、お袋とか相手で十分体験してるからな。これ位わけないって」
真夜は笑みを浮かべ、自分の安否を気遣ってくれたメルビスに感謝。
そして、おぼつかない足取りで一歩前に出る。
十数メートル先にいるミュラーは、それを見て苦笑を浮かべた。
「無理をするね」
「よく言われる」
そうかい、と応じながら、立ち上がり杖へと手を伸ばす。
「その動き、我流だね。だが、荒さが残るものの洗練された動きだ。いい師に出会ったのだろうね」
「いい師…て言えんのかなあ、あれは。師っていうよりも、唯単にボコられてただけだしな」
一の師は父。二の師はイオ。三の師は母。
イオはともかく、他の二人は理不尽に理不尽を重ねたような教え方だった。
ともかく実戦。
殴って殴られて、蹴って蹴られて。「教わった」という記憶がない。
特に父に限っては、ほとんど帰ってくることもなく、たまに帰ったと思えばボコボコにされていただけだから、師と言えるのかも曖昧だ。
だけど、これだけは分かる。
「まあ、蹴って殴って、斬って斬られての方が、俺の性に合ってる」
小難しいのは苦手だ。
体で覚える。コレが一番手っ取り早い。
だから早く、もっと戦りあって、そしてせめて前ほどには強くなろう。
でなければ、またあの場所には帰れない。
「行くぜ……!」
帰ろう、あの場所へ。
俺がいるべきあの場所へ。
生と死が入り混じり、錆びた鉄のにおいがするあの場所へ。
生を実感するたびに、罪を、咎を、重ね続けるあの場所へ。
「見せてあげるよ、“一貫”。君にこの一撃が耐えられるかな?」
「知るか。喰らおうが、耐えられなかろうが、俺は唯、進むだけだ!!」
踏み込む土の感触を確かめる。
空気が揺れ、自分の髪がかき上げられた。
ミュラーから、他とは隔絶された闘気が発せられるのを感じる。
その情報を全て飲み込んで、真夜は全力で駆け出した。
鋭い踏み込みが、地面を深く、抉り取る。
「オオオオォォォァァ!!!」
獣のごとき咆哮と共に、真夜は空間を穿つように疾駆した。
Χ Χ Χ
同刻ユウソカ。
爆裂する焔、飛び散る血飛沫。
焦げた臭いや血の臭いの混じりあった中で…白の羽が舞い上がる。
「ああもう! 何やってるのよ、あいつは!」
目の前にいる敵は三。
セリアは体をしならせ宙に飛び、体の回転を利用し、内一人を切り裂く。
体の回転はそのまま。目に映るレッドスピリットを補足しつつ、詠唱を開始。
発動する!
「一時の静穏。マナよ、眠りの淵へと沈め―――《エーテルシンク》!」
氷塊が打ち出され、命中。
動きは止まり、敵は凍りつき、その隙を狙って更に一人、胴から分かつ。
そして最後。《エーテルシンク》で動きを止められたレッドスピリットに、【熱病】が振り下ろされた。
ついた血を拭い、手で髪を梳きながら目は据わっている。
「行ったきり帰ってこないわ、【死聖獣】に報告は任せっきりだわ! 自分の立場ってのが分かってないのよ、あの人は!!」
「ま〜ま〜。落ち着いてください〜」
「行ったところで仕方ないでしょ? シンヤ様って、そもそもがそんなところ有るし」
イライラしながら【熱病】にマナを走らせるセリアに、ハリオンとヒミカがそう言って諌める。
現状ユウソカを攻めているのは、エトランジェである悠人と光陰の二人。
そこに第一、第二のスピリットたちが各自休憩を取りながら進軍している。
神凪真夜の戦線離脱。
これまでも何度かそのようなことがあったが、攻撃力と言う点でも、士気という点でも、彼が外れるのは大きかった。
そう、大きくなっていた。
不屈たる悠人、腰の座った光陰、持ち前の明るさで皆を引っ張る今日子。
そして、誰よりも前に立ち、どこから来るのかも分からないような自信で、前線を駆ける真夜。
「まあ、いるといないとじゃ、いてくれた方が助かるわよね」
「いつも〜言ってますもんね〜」
そう言ったハリオンの言葉に反応したのか、ネリーが勢いよく【静寂】を振り回し、そして切っ先を前に向けた。
「『殺されるな! ブチ殺せ! 負ける? 俺たちが? んなわけあるか!』」
一息。
「『信じろ、隣にいる奴を。信じろ、背中を預けられる仲間を。それができれば、俺たちは最強無敵だ!!』……だよね!」
まるで真夜のように、身振りを交えてそう言うネリーを見て、セリアたちは思わず吹き出してしまう。
よく言っている言葉だ。
いつもバカかと思ってしまうが、それでも何か、そうだと思えてしまう。
一瞬だけよぎった後姿を、首を振ってかき消す。
行こう。勝とう。彼が帰ってきたときには、もう終わってしまっているほどに。
そして帰ってきたら笑ってやろう。間抜けな顔をした、あのバカを。
「勝ちましょう」
「はい〜」
「ええ」
「それじゃ、いっくよ〜!」
向かい来る黒翼の群れに向けて、セリアたちはハイロゥを展開。
そして、一気に駆け出した。
Χ Χ Χ
時刻は夕刻。
場所は、ラキオス城内客間。
アズマリアは、イオの【理想】に耳を傾けながら、メルビスの【玄舞】越しに聞こえてくる戦いの音を聞いていた。
この音の先、真夜はずっと戦っている。
体は大丈夫だろうか?左腕は、痛まないだろうか?
そんなことを考えながら目を瞑り、アズマリアは毎日といってもいいほどに此処に通いづめていた。
「アズマリア殿、今日はもう寝たほうがいい。あんた、ほとんど休んでないだろ?」
「シンヤも休んではいない。なら、私は休まない」
「ってもねえ……」
「私はシンヤの片腕だ。真夜がまだ戦っているなら、私もまだ戦わなければ」
そんなことを言われれば、ヨーティアからは何も言えない。
不思議な娘だと、常々思う。
何も言わなくても、守ってあげたい。
頼まれたなら、救ってあげたい。
そう、思わせる魅力がある。
「イオ」
「もう少しなら、大丈夫です」
そうかい、と質問をする前に答えるイオに応える。
彼女も、ここ数日はアズマリアと一緒にこの調子だ。
アズマリアの望みに応えたやりたいのか、それとも彼女自身の意思か。
アズマリアもだが―――
「まあ、あのバカも、人を引き付けるってのは一緒かね」
『誰がバカだ誰が……』
「シンヤ!」
神剣越しから聞こえる声。
疲れきった声と共に聞こえるのは、真夜の声だ。
「大丈夫か、シンヤ?」
『まあな……。まあでも、反則だなあの強さは。楽しいからいいけどさ』
ハハッと真夜は笑う。
ミュラー・セフィスとの戦闘は、未だミュラーの優勢。
今はメルビスに傷の回復を頼んでいるところだった。
だが、傷は直せても、体力までは戻ることはない。
常時右腕だけ、と言うことは、腕一本が酷使されると言うことだ。
「少し休め、シンヤ。もう腕が上がらないのだろう?」
『―――何で分かった?』
「私はお前の片腕だぞ? それぐらい分かる」
真夜はそれに対し苦笑。
嘘はつけないな、と呟いた。
足も腕も、確かに限界。もう指一本も動かしたくない。
「すまない、シンヤ」
『……?』
「私はお前の片腕になると言ったのに…お前の為に何もしてやれない」
人である自分は戦えない。
人である自分は、彼と同じ場所にいられない。
こんなにも自分は無力で、そして…弱い。
「こんなにお前が好きなのに、こんなに一緒にいたいのに……私では…お前の隣に立てない……」
浅い息遣いだけが、聞こえてくる。
何か考えているのだろうか、と一瞬の静寂の中アズマリアは思う。
そしてその後続いたのは―――
『―――ハハ』
「……え?」
『ハッッハッハッハッハ! 何だよお前、んなこと考えてたのか?』
そうかそうか、と続く笑い声。
突然のことに、ヨーティアやイオ。そしてメルビスまで唖然としてしまう。
ひとしきり笑い声が続いた後、真夜は息も絶え絶えといったようにアズマリアに告げた。
『一緒だ』
「―――」
『手に届かなくたって、どれだけ距離が離れてたって、俺はお前の隣にいる。……だから、泣くなよ』
その言葉に、慌ててアズマリアは目元を拭う。
自分でも、気づかなかった。
自分は今、泣いていたのか。
「何で、分かったのだ?」
『決まってるだろ?お前は俺の、片腕だからさ』
だから、と真夜は告げる。
『言ってくれアズマリア。お前が言ってくれるだけで、俺はもう少し頑張れる。もう少しだけ、強くなれる気がするんだ』
何をとは言わない。
それでも分かることもある。
だから、アズマリアは凛とした声で、【理想】越しにでも伝わるように、はっきりと告げた。
「勝て、シンヤ。【剣聖】など敵ではない。お前が負けるはずなどない」
『……了解!!』
地を叩く音。
それは真夜が、思い切り立ち上がった音だ。
そして【月詠】を手に、一歩前に出る。
疲れはある。正直、もう倒れていたい。
それでも、体は軽かった。
驚くほどに、軽かった。
「勝て」と、一言言われただけだ。
だが、それだけで自分は戦える。
「んじゃ、続きといくか」
「……元気だね。大丈夫かい?」
「まあな。……勝てと、言われたもんで」
神経が研ぎ澄まされる。
笑みを浮かべながら剣を構える真夜の姿。
それは、戦闘開始当初よりも、ずいぶんと変わっていた。
腕を失ったことで崩れたバランスは、もうほとんど修正されている。
そして気迫。
体力の消耗で失いかけていたそれは、元に戻るどころか更に増している気さえする。
「勝てるのかい?」
「勝つさ」
地面を踏みしめる音。
風が唸る音。
そんな情報を遮断しながら、真夜はミュラー一点に神経を集中させた。
「アズマリアは、嘘はつかねえ。あいつが俺が勝つと言ったなら、勝つのは俺だ」
「―――そうか」
イースペリアの幼姫。
あの娘が、この少年の力。
ミュラーは手にした杖を構えた。
先程以上に気は抜けないだろう。
なぜなら、【黄金漆黒】の瞳は、以前より更に輝いているのだから。
「おいで」
「言われなくても!!」
激突する轟音が、【玄舞】越しにアズマリアまで届く。
それを聞きながら、アズマリアは手を組んで目を閉じた。
「勝ってくれ…シンヤ!!」
それに応えるかのように、再び戟音。
茜色の空が、次第に闇に飲まれていく。
白銀と黒の二重奏が、暮れなずむ空の中響き渡った。
<あとがき>
そして続く47話、「超絶技巧演習曲2〜虚空の町で二重奏を〜」
ミュラーとの戦闘はほとんどカット。
書いてもいいけど、戦闘描写しかかけない子だと思われたくないのでw
話が進んでいるような、いないような感じですが、こっから先は早いかも。
遂に4章も終わりですねぇ……年食ったー。
それでは、また次回ですノシ
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