剣聖
朝、と呼ぶには太陽の昇りすぎた時間帯。
高嶺悠人は訓練場へと足を運んでいた。
秋月瞬との遭遇、戦闘によって受けた傷はまだ癒えていない。
だが、それでも動かなければいけない、そんな気がしたからだ。
―――おかしい……
あの時は怒りに任せ、【求め】の憎悪に半ば共鳴しながら戦っていたあのときとは違い、悠人の思考は正常に機能していた。
だからこそ、瞬の変化に気づける。
確かに、気に食わない奴ではあった。
だが、それでも佳織に対する思いは真摯であったし、崇拝に近い形で彼女に恋焦がれていたのだ。
それが、あの時は違った。
少なくとも、あいつは佳織を“盾”にするような奴ではなかった筈だ。
そしてそれが示すもの。
たった一つの可能性。
―――瞬は、【誓い】飲まれてる。
それしかないだろう。
不気味なまでの笑みに、赤く輝いていた瞳。
思考が安定するほどに、予想は確信へと変わっていく。
だとすればどうする?
お前はどうする、高嶺悠人。
「………ん?」
沈思黙考していたところ、いつの間にか訓練場まで来ていたようだ。
そして、中からは断続的に剣戟音が鳴り響いている。
誰か先に来ているのか。
そう思いながら、悠人は訓練場のドアを開けた。
Intruder
46.sword master
「だらぁ!!」
「まっだまだぁ!!」
火花を上げながら、真夜とエルフィリア。両者の剣がぶつかり合う。
エルはダブルセイバーの【朱咲】を振り回し、真夜は片手で握った【月詠】ごと、独楽のように回転して、更に剣速を上げて衝突する!
「そ〜れい!!」
「うおわ!?」
だが、元来一撃に重きを置いたダブルセイバーの特性か、真夜が片手でしか剣を振れない所為か、真夜の体は浮き、そして壁に向かって吹き飛ばされる。
ズンッと鈍い音がして、真夜は壁面に叩きつけられた。
その様子を見ていた悠人は、座って真夜を見ているアズマリアに話しかける。
「だ、大丈夫か真夜のやつ?」
「む…これで本日6度目だ。問題ない……と思う」
何時ものような、毅然とした口調とは違う、少し弱弱しい声。
そこにエル以外の【死聖獣】近寄ってくる。
カムイとレインは少し怪我があるが、メルビスは無傷だ。
恐らく、朝から真夜は2人とやって、5回ほど吹き飛ばされているらしい。
「あ、ユートじゃん。おっはよー」
「体は大丈夫なのか?タカミネ」
「おはよう。まあ、大丈夫だ。チョッとジッとしてられなくてさ」
はは、と笑う悠人を、メルビスはじっと見る。
そして、何を思ったのか詠唱を開始し始めた。
「―――《ハーベスト・リジェネイション》」
個一に限定した《ハーベスト》が、悠人を包み傷を癒す。
緑のマナが淡く輝き、損傷を再構成。
痛みが少し和らぐのを感じ、悠人はメルビスに礼を一つ。
「ありがとう」
「いえ…準備運動です……」
「?」
メルビスの視線の先。
エメラルドの瞳が映しているのは、瓦礫から身を乗り出しながら駆ける真夜の姿だ。
真夜は腰を深く落とし、“疾空”の発動体制に。
そして一気に加速。エルフィリアに殺到する!
「“死季―――」
「いくよ?《インシネレート・フレイメア》!」
連続で吹き出す炎柱。
それに対して真夜は舌打ち一つ。横に飛ぶようにそれを回避する。
そしてそのまま、技を展開した。
「秋水舞葉・弐式―――乱散葛葉”!!」
オーラで出来た残像が、同時に複数展開。
高速に乗った体がエルフィリアを取り囲む。
敵の虚をついての強襲用の技だ。
それは同時に、真夜が正面からではエルに勝てないことも意味する。
エルは己を取り囲む真夜“たち”を一瞥。
だが、怯むことなくこの場に最も合った魔法を展開する。
「《フレイムレイザー・サークレット》」
「―――!?」
円で出来た焔が、同時に真夜を焼き尽くす。
それによって、オーラで構成された真夜たちは、次々と消えていった。
しかし―――
「防御できるのは本体一人。そうだよね?お兄ちゃん!」
「チィ!!」
《アイギス》で防いだ本体だけが残り、それに向けてエルは【朱咲】を振り被る。
それに対し、真夜は“流旋”で受け流そうとする…が。
「しま――だあぁぁぁ!?」
往なし切れず、真夜の体はまた壁面へ。
まるでデジャヴュのように、吹き飛んだ真夜は壁に叩きつけられた。
「今、真夜“流旋”で防ごうとしてたよな……?」
「あれは、本人のバランス能力に依存する技だ。左腕を失った所為で、カンナギの中のバランスが崩れてしまっているのだろうな」
戦いを見ていた悠人の疑問に対し、レインはそう答える。
自分のときもそうだったのだ。
往なそうとしても往なしきれず、吹き飛ばされる。
「ハッキリ言おう。今のカンナギはお前が予想しているよりも弱くなっている」
「…………」
まず防御がままならない。
そして、力負けしてしまう。
確かに、悠人が思っていた以上に真夜の戦力は低下していた。
根本的な戦闘スタイルの変更と、“流旋”の再安定化。
これが出来なければ、真夜はまた戦場に立つことは出来ない。
「シンヤ……」
「大丈夫か?アズマリア」
彼女が、今彼の片腕になろうと必死なのは、聞いて知っていた。
しかし、戦闘に関しては別だ。
彼女では、戦いにおいて彼の左腕にはなり得ない。
「ま、大丈夫じゃない?」
「じゃない?ッてお前」
「だって―――」
カムイが指差す先、それは真夜がいるであろう瓦礫の山だ。
そして、その瓦礫が突如吹き飛び、真夜が思い切り立ち上がる。
「くそう、またやられた!!」
ついた土埃を払い、真夜は首を鳴らしながら地面に突き刺した【月詠】を抜いた。
表情は、笑みだ。
「次メルビス来い!ハッハハ!―――楽しくなってきたぞ!!」
無表情なままエルに変わって前に出るメルビス。
準備運動とはこのことか、と思いながら、真夜の状態に安堵した。
落ち込むわけでなく、逆にこの状況を楽しんでさえいる。
これでこそ、神凪真夜であろう。
「まあ、シンヤはアレだしねー」
「アレだな」
「アレだよなあ……」
「お前等聞こえてんぞゴラァ!!」
戦闘に関する貪欲さは流石ということか。
自分とは違う、彼にしかない要素に、悠人は腰に提げた【求め】を見る。
もっともっと強くなろう。
もっともっと、強くなれる。
今回は負けたが、次は負けない。
だから、次ぎ会うときに、揺るがない強さを手に入れよう。
「ま、真夜は気にしてないんだし、アズマリアがウダウダやっててもしゃーないでしょ。アンタにはアンタの出来る事があるんだから。出来る事をやりなさい」
「―――そうだな。ありがとう、カムイ」
いいわよ、と顔を赤らめながら言うカムイの姿を見て、悠人は苦笑。
そして、彼女に向けて言う。
「俺も、チョッと訓練付き合ってもらえるか?」
「……いいわよ?レインを倒した実力、見せてもらうわ」
ニヤリ、と笑うカムイに対し、悠人は無言で応える。
【求め】を抜いて、両者は訓練場の中央へと移動していった。
Χ Χ Χ
「ふぁふふぉふぁふふぁー?」
「取り敢えず、口に詰まったものを飲み込むか吐き出すかしなさい」
こめかみをピクピクさせながら拳を掲げるセリアに、真夜は吐き出す選択肢はしたくないので急いで飲み込む。
因みに、今食べていた料理を口に入れたのはアズマリアだ。
アズマリアが真夜の身の回りの世話をし始めてから数日。
最初は渋っていた真夜だが、もともと彼女の性格を知っているので、無駄だとあきらめている。
今では阿吽の呼吸で料理を運べるまでになっていた。
正確に真夜の思考を読み取って料理を取るアズマリアの姿は、微笑ましいと共に、坊主が泣いて真夜を切り殺しかねない献身さである。
「で。【剣聖】がなんだって?」
「……ミライド遺跡に、その【剣聖】ミュラー・セフィスがいるとの報告があたのよ。だから―――」
「戦力外の役立たずに、勧誘は任せた、と?」
「はっきり言えばね」
言うなぁ、と笑いながら、真夜はコップを手に取り水を飲み干す。
【剣聖】、大層な名前だ。
だがそれを名乗り、そして認められているということは、それだけの実力が伴っていると言うこと。
―――二つ名は、己を戒めるものでもあるからな。
【蒼い牙】、【漆黒の翼】、【翠緑の稲妻】。
更に言うなら【求め】、【誓い】、【因果】、【空虚】に加え、自分の持つ【黄金漆黒】。
それは己の力の誇示と共に、多数から目を向けられる対象になる。
事実、アセリアに対しウルカは戦いを求めたし、悠人や自分は嫌でも敵視されてしまう。
常にそれを以って見られ、そしてそれが故に敵を作りやすくなる。
そして今回が【剣聖】だ。
この名を我が物にする為に、幾多の人々が戦いを挑むだろう。
そう、まさしく今―――
「シンヤ。ほら、ちゃんと野菜も食べろ」
「はいはい」
と、思考を打ち切られつつも、アズマリアが出したリクェムを頬張る。
悠人は嫌いらしいが、基本的に真夜は好き嫌いはしないタイプだ。
唯一つ、許せないとするものがあるというなら、それは納豆。
マジありえない。マジ許せない。何だあのネバネバした物体は。
と頭の中が違う方向にシフトしそうになったので、真夜は思考を元へ戻した。
「まあ、状況を考えると妥当だろな。俺と…後一応メルビス、ついてきてくれるか?」
「……了解…です」
姿勢よく食事をし、そしてそう答えるメルビスに、真夜は「さんきゅ」と礼を言う。
流石に一人では、無茶が過ぎるだろう。
現状「アズマリア自身の持つ固有の戦力」として置かれている【死聖獣】は、戦争に参加する義務は無い。
アズマリアの命令一つ、と言うわけだ。
「いいよな?マリア」
「うむ、いいが……」
「何だ?」
「手は出すなよ?」
「お前な……」
一体人のことを何だと、と思いながら、真夜は溜息をつく。
ミライド遺跡に一番近いサレ・スニルは、進行部隊の光陰が、先日落としたと報告があった。
そこにエーテルジャンプサーバーを設立し、完成と同時に飛べばいい。
まあ、楽しみだな、と呟く真夜を他所に、【死聖獣】の面々はメルビスを中心に緊急会議を開いていた。
「気を付けなさいメルビス。夜中とか二人きりになるとね。男は野獣に変貌するのよ」
「野獣…ですか……?」
「ああ。一見そうでもなさそうだが、男とはそういうものだ」
「そーそー。得にメルは無防備だからね!何ならエルも一緒に行ってあげようか?」
「…………いっぺん殴ったろうかお前等は!!!」
思い切り立ち上がった真夜を、セリアがアッパーカットで黙らせた。
隣ではアズマリアが「真夜は野獣だったのか?」と一人悶々としている。
かねがね平和だが、かねがね駄目だった。
Χ Χ Χ
数日後、ミライド遺跡入り口前にて
「ふう、意外と遠かったな」
「……はい」
「大丈夫か?割とペース落としたつもりだったんだが」
「私も…【死聖獣】の一人ですから……」
そっか、と言って真夜は目の前の建築物を見る。
城、とか言うよりも町だ。
遥か昔の町が、風化しながらもそのまま残り、遺跡と化した、と言ったところだろうか。
住むことはもう叶わないだろう。
周りは砂漠。供給ラインはなし。エーテルも恐らく通らない。
「あの……」
「ん?」
「何故……私だったのですか?…戦力としてなら、他の三人のほうが」
「ああ。……まあ、理由はあるんだが」
「………体目当てですか?」
「違うわ!!」
まあ、直ぐ分かるさ。とそう言って真夜は一歩踏み込む。
その瞬間―――空気が変わった。
殺気とは違う、もっと落ち着いたものだ。
しかし、それは圧倒的な存在として空間を埋め尽くし、世界を蹂躙している。
メルビスは眉をひそめ、真夜は口元に笑みを浮かべながら、それぞれ額から汗を流していた。
「……いますね」
「はっ!いいねえ、悪くない空気だ」
見られている、確実に。
だが、その方角が確認できない。
巧妙に気配を隠し、こちら側に感知させない。
これが―――
【左上……!】
「さんきゅ!!」
死角。
左腕が無い真夜にとって、左方向の攻撃はかなり不利な代物だ。
だが、【月詠】の予測能力でそれを補い、真夜は本来よりも早く抜刀を行う。
抜き放つよりも先、半ばまで抜かれた刀身と、影の一撃が衝突する!
ガギャッギギギギギギイィィ―――!!
「んな……くそ!!」
「――――」
大股に踏み込み、真夜は片手で無理矢理相手の攻撃を引き剥がす。
その勢いのまま一気に【月詠】を抜刀。片手ながらに構えを取る。
切っ先の先には、黒の衣服を着た、銀髪の女性。
「うん、受けるか。流石は【黄金漆黒】と言ったところかな?」
「【剣聖】に知ってもらえてるとは、ここは無邪気に喜ぶ場面か?」
さあ?と微笑む女性の姿は、20台ほどだろうか。
セリアの話では、もう50は過ぎているとのことだが、とてもそうは見えない。
右手にあるのは、剣ではなく杖。
まあ何だ、舐められてるわな。と心の中で思いながら、真夜はミュラーに向けて口を開いた。
「【剣聖】、ミュラー・セフィスに頼みがある。ラキオスの訓練士として、こちらに来てくれないか?」
「………私は、戦争や争いごとに参加する気は無いんだよ。まあ、若き女王には興味はあるけどね」
「では返答は?」
「残念だけど、断らせてもらうよ」
そうか、と言う真夜に対し、メルビスは思う。
このまま、交渉は決裂か。
訓練士としてとは言え、ミュラーはこちら側に来ることを拒んでいる。
ならば、こちらの対応としては二通り。
諦めて回れ右か、もしくは……
―――諦める…はないでしょう。
一つは単純に今後の戦力として、今この人材を得られないのは痛い。
二つ目に…このカンナギ・シンヤがはいそうですかと諦めるはずがない。
なら、選択肢はもう一つ。
そして、とても彼らしいやり方。
「まあ、じゃあ……力ずくで、来てもらうとするか」
殺気を深め、オーラを展開する真夜に、メルビスは彼がここに自分を連れてきた理由を理解する。
他の皆に交渉に数日かかると報告する為。
そして、回復要員が必要だったから。
「できるかな?」
「さあてね。俺も今チョッと色々あって、慣らしていかなきゃいけないんで」
真夜の返答に対し、笑みを深めるミュラー。
左腕の損失のことは知らなかったが、何か理由があるのだろう。
そして今の言葉。
間違いない。この少年は、自分を今の状態に慣らすための“修行台”にしようとしている。
面白い。
面白い少年だ。
強くなる為に、この【剣聖】すらも踏み台にしようと言うのか。
「いいよ?君が勝ったらラキオスに行こう。でも……そうそう簡単には、いかないよ!?」
「最初から簡単にいくなんざ、思ってねえよ!!」
何も言わず一歩下がるメルビスの足音を合図に、両者は風に乗って殺到した。
轟音が、死んだ町並みの中を支配する。
<あとがき>
おしょうは納豆が大好きです。第46話「剣聖」
出ないか出ないかと思われたミュラーさんですが、ここで遂に登場。
真夜君の復帰へ向けて、利用されてしまいました。
分かってて応じるミュラーさんの気概に乾杯(ぇ
予想以上にひどい、真夜の戦力低下。
まあこんぐらいやらないとと思っていたので、別に何も思いません(まさに外道
“流旋”の使用付加は最初から頭にありました。
片腕を失くす、と言う経験は無いですが、腕一本消えるわけですから、勿論自身のバランスも崩れるわけで。
ともなればバランス感覚が命の“流旋”は使えなくなるわけで。
今の彼は、もう丸裸も同然。戦線復帰はまず無理でしょう。
こっからミュラーとの戦いの中、真夜がどういった成長を遂げるのか。
そこが書けるか書けないのか!(書けよ
と言うところで、また次回です。
では、お楽しみにノシ
-Powered by HTML DWARF-