貴女は何がしたいの?
それは救いではなく
それは絶望ではなく
故に我等はそれに惑いて……
Intruder
45.What do you want to do?
「無茶したねえ、また」
「無理無茶無謀は、俺の専売特許だろ」
ラキオス城内。
溜息混じりに言うヨーティアに、真夜はシャツを着ながらそう応える。
左腕の損失。これをどうにかできないかと一度こちらに戻ったのだが、答えは……
「無理だね。斬られた左腕があるならまだしも、無から有を作り出す技術はないよ」
「だよなあ……。まぁ、しょうがねえか」
「もっと凹むかと思ったんだが」
「無い物ねだりはしない主義だ」
失ったのは左腕。得たのは幻痛。
まあ、アズマリアが助かったのならそれでいい、と言うのが真夜本人の結論だった。
あの娘の命と自分の腕一本。どちらが大切なのかは、考えるまでもない。
最後にコートに手を通し、そして立ち上がる真夜の裾を、握り締める者がいた。
イオだ。
「大丈夫、ですか?」
「ん?問題ないない。こん位、いいハンデだ」
ニッと笑うと、そのまま真夜は歩き出す。
その姿を、イオは心配そうに見つめていることも知らずに。
「……大丈夫でしょうか、シンヤ様は?」
「ま、何とかするだろ。あいつは生粋のバカだからな」
「聞こえとるわコラァ!!」
耳はよかった。
Χ Χ Χ
ヨーティアの私室から出て、取り敢えず第二詰所へと向かう。
仲間には「しばらく静養していろ」、とは言われているものの、ジッとしていれないのだ。
誰かを誘って訓練でも、と思っていると、向こう側から走ってくる小さな影があった。
「シンヤ!」
「んあ?アズマリアか。どうした?」
「その…腕は」
息も荒く、アズマリアはシンヤにそう問う。
それを見て真夜は苦笑した。
気にするなと言っても、この娘は無理なのだろう。
そして、その場限りの優しい言葉で納得するような娘でないのも、真夜は良く知っていた。
「駄目だってさ。天才天才言っておいて、肝心なトコで役に立たないよな」
「……そうか」
殊更明るい口調で応えたのだが、アズマリアはそれに反比例するかのごとく意気消沈してしまう。
心配してくれるのはありがたい。
ありがたいが嫌だな、真夜は思った。
彼女は、屈託なく笑っているほうがよく似合う。
「そう暗い顔するな」
「だが…真夜がそうなったのは…私の所為だ」
「だ〜か〜ら〜」
ポリポリと頭を掻きながら、真夜は告げる。
「今回のは全部俺の責任だって。アズマリアが連れて行かれてから、終わりまで全部な。の代わり【死聖獣】だって仲間になったし、どっちかって言うと得したんだぞ俺らは」
【死聖獣】の加入と、敵主力の指揮官、ソーマ・ル・ソーマの撃退。
この二つは、帝国に大きなダメージを与えていた。
こちらもリエルラエルの防戦で消耗しているが、敵の主戦力を無力化できたのは大きい。
その点で言えば、今回の事件は吉と出たのだ。
しかし、それで納得するアズマリアではない。
今回の件でラキオスが有利になっているのは理解できる。
だが、彼女にとっての優先順位は一番最初に「真夜」が来ているのであって、それが故に彼女はそのことしか考えられない。
喩え戦争に勝とうとも、喩え自分が生き残ろうとも、彼女にとって一番大切なのは「神凪真夜」が共にいることだ。
逆に言えば、真夜さえいれば他はどうでもいいとも取れる。
失格だ。
為政者として有るまじき、有ってはいけない思考。
それでも、それだけアズマリアの内を占める真夜の存在は大きかった。
彼は彼女にとって、唯一人全てを預けられる存在なのだから。
「ったく、しょうがない奴だな」
「え?ふぁ……」
突然引き寄せられ、真夜の体の中に、アズマリアはすっぽりと収まる。
同時に感じる、真夜の鼓動と、体温。
彼が、神凪真夜がここにいるという、確たる証拠。
「俺はちゃんと、ここにいる。それじゃ駄目か?」
「……ううん」
駄目じゃない。
駄目なわけがない。
傍にいて、抱きしめてくれる。
これほどの救いが、自分にあるだろうか。
ギュっと袖を握り締め、抱きつくアズマリアの体を、真夜はより一層強い力で抱きしめた。
強く強く、けれど彼女が苦しまないように。
Χ Χ Χ
「……で、こうなった訳を聞きたいんですが、よろしいでしょうか?」
「分かったから、敬語を止めてくださいセリアさん。逆に恐いです」
「あら?副隊長に敬意を表するのは当然じゃアリマセンカ」
第二詰所のリビング。
そこには、サイレントフィールドからのヘブンズヴォード三連発よりも恐ろしい状況が展開されていた。
というか、恐らく敬意を表する相手を正座させることはないだろうし、それを見下ろすように見つめることもないだろう。
それが、今の状態。
真夜は床に正座させられ、事の経緯を話すよう詰問されている状態だった。
光陰が見たら、きっと腹を抱えて笑い転げていただろう。
まあそんなことをすれば、蹴り飛ばされるのが目に見えているのだが。
「で、一人で飛び出した挙句、片腕を切られて帰ってきたと」
「い、いや…。端的に言うとそうだけど……あ、でもな?おかげでソーマも倒せたしそれに―――」
「黙れ」
「あ、はい」
弁論の余地なしだった。
因みに言うと威厳も何もなかった。
ラキオスの勇者、二人のうち一人のこの有様を見たとき、国民はどういった感想を抱くのだろうが。
「まあまあ、いいじゃないの過ぎたことなんだし」
「そーそー。終わりよければ全てよし!」
と、そこに割って入って仲裁しようとする二人。
一人はカムイ、一人はエルフィリアだ。
しかし、セリアにとっては仲裁どころか火に油だった。
「終わりがよくないから言ってるんでしょうが!?大体、何でここにいるのよ!」
「えー、だって住むとこないし。ねえ?」
「今はエルたち、アズマリアのスピリットだし。ねえ?」
「こ い つ ら ……!!」
「抑えろセリア。取り敢えず【熱病】から手を離せ、な?」
今にもハイロゥを展開して襲い掛からんとするセリアを、真夜は後ろから羽交い絞めにしてとめようとする。
その際、髪の毛から香るいい匂いにチョッとドキドキしたのは内緒だ。
少しすると熱が冷めたのか、セリアは溜息をついて脱力した。
「ハア……もういいわ。何だかバカらしくなってきた」
「何だセリア、疲れ気味か?ちゃんと休まないと後で大変だぞ?」
「分かった。取り敢えずこっちに来なさい。引っぱたいてあげるから」
一体誰の所為で疲れているんだと思っているのだろう。
エトランジェ全員を欠いた状態での防衛戦。
強くなっていると言う自信もあったが、それでも辛いものだった。
悔しいが、彼等の力はやはり自分たちよりも上。
その強さに、少しばかり依存してしまっていたのかもしれない。
「でもさ…今回はマジで悪かった」
「いいわよ。理由が理由なんだから」
すまなさそうに笑う真夜に、セリアはそう答える。
言動などには見られないが、真夜は常に冷静だ。
だが、その真夜が心を乱した。
周りの状況も、自分の行動がどれだけ影響を与えるのかも考えず、唯一人アズマリアを助ける為に駆け出したのだ。
それだけ、彼の心の中を占めるアズマリアの存在は大きいのだろう。
だから仕方がない。
それに自分も、彼女のことが好きだから。
「それこそ、助けに行かなかったら殴り飛ばしてたわよ」
苦笑交じりにそう言うセリアに、真夜は心の中で感謝。
そして、失くした左腕を見る。
―――単純に戦力ダウンだよなあ……
まず、剣を持ったまま“鉄貫”が撃てない。
片腕でしか剣を握れない。
“鬼”の力である程度は何とかなるだろうが、あれも数分だけの代物だ。
しかも、使った後やたらと疲れる。
神剣魔法主体にすればいいのだろうが、それだと自分の戦闘スタイルに合わない。
我侭かもしれないが、ガチンコのほうが性に合うのである。
「ま、言ったところで仕方ないか」
「……?」
こっちの話だ、と真夜は誤魔化し、今も戦っているであろう仲間たちのことを考える。
腕がないからなんだ。自分はまだ、十分に戦える。
だから、早く戻ろう。
死と生が織り交ざる場所。
断罪を積み重ねる領域。
……戦場へ。
「まってろ……!」
日の差す窓へと、真夜はそう言って手を伸ばした。
Χ Χ Χ
「で、どうしたの改まって」
「……むぅ」
レスティーナの私室。
今は「王女」から一人の少女として、レスティーナは対面に座るアズマリアに問いかけた。
珍しいことだ。
いつもは、むしろ自分が諭されたりすることが多いほど、アズマリアは賢く、それ故に自分に相談などしたことがなかった。
それがバツが悪そうな顔をして、言い難そうにモジモジしている。
「あのな……」
「ん?」
「レスティは、どうしたらいいと思う?」
普通なら何の事だか分からないだろうが、付き合いの長さか、レスティーナはアズマリアの問いをすぐさま理解した。
恐らく、カンナギ・シンヤのことだろう。
レスティーナ自身も、彼の今の状態は報告で聞いていた。
「アズマリア奪還に際して左腕を切り落とされた」
無茶をしたものだと思う。
単純な戦力ダウンと共に、私生活でも色々と大変になるに違いない。
そしてそれを、彼女は自分の責任だと思っているのだろう。
「そうねぇ……」
貴女の所為じゃないと言うのは簡単だ。
仕方がなかったと言うのは簡単だ。
しかし、そんな言葉は気休めにもならないだろう。
そして、彼女が求めているのは、そんな言葉でもない。
「確かに、マリアの所為でもあると思う」
「……!」
「でも、貴女の所為“だけ”じゃないでしょ?」
「……それは」
理解している、と言った表情か。
それでも、責任の一端が自分にはある、と思っているのだろう。
―――変わったね……
変わった。
アズマリアは変わった。
それは、きっと良い方ではないのだろう。
彼女は王女で、国民のことを考えなければいけない存在で、けれど思考の全てをシンヤ一人で埋め尽くしている。
―――いいなあ
羨ましい。
本当に、羨ましい。
自分がこれだけ素直で入れたら、もっと運命は変わっていたのではないだろうか。
今の自分ではない自分に、なれていたのではないだろうか。
だがそれは妄想。
けして変わることの出来ないもの。
だからこそ、止まらないで欲しい。
自分の代わりにも、彼女にはもっと笑顔になってもらいたい。
「じゃあ、アズマリアはどうしたいの?」
「……え?」
「自分の所為だと思って、責任を感じて。それで、貴女はどうしたい?」
イジワルな言い方かな、と少し思った。
けれど、彼女には一番適切な言葉だ。
自分が指し示してもいいのかもしれないが、それではきっと駄目だ。
彼女が、どうしたいのかが一番大切なのだから。
「………私は、シンヤを助けたい」
「じゃあ、それで良いんじゃないかな?」
「いいのか?」
「だって、貴女がそうしたいんでしょう?」
それが答えだ。
誰かに言われてするのではなく、自分が望んでそうすること。
簡単だけど、アズマリアが辿りつけなかった答え。
「そうか……そうなのだな。私が、したいと思ったことを」
口に手を当ててウンウン唸った後、アズマリアはガバッと椅子から立ち上がる。
そして、笑顔でレスティーナに告げた。
「ありがとうレスティ!決めた。私はシンヤのために全力を尽くそう!」
では、行ってくる!とあわただしく駆けていく彼女を見て、レスティーナは苦笑する。
素直なだけに、思ったら直ぐ行動なのが彼女らしい。
そして、誰もいなくなった私室で一人、レスティーナはポツリと漏らした。
「いいなぁ。…私も、恋したいな」
視線の先、報告書の束を見る。
恋はもう少し後でだな、とレスティーナは溜息をついた
Χ Χ Χ
「と言うわけでシンヤ、私はお前の片腕になるぞ!」
「いや、どう言うわけだよ」
第二詰所にやってきて、開口一番そう言うアズマリアに、真夜は的確にツッコンだ。
元気になったのは良いが、突然の言葉に真夜は戸惑ってしまう。
「む。お前の怪我は私の責任だ。だが、だからと言って考え込んでいても仕方がない。だから、私に出来ることをすることにした」
「は、はあ……」
因みに時刻は夕方、居間には数種類の料理が並んでいる。
片腕になった真夜では上手く調理が出来ないので、セリアが手伝って仕上げた代物だ。
今ラキオスにいるのは、セリアと【死聖獣】。そして真夜だけ。
「ねえ、何があったの?」
「知るか。まあ元気になったのはいいことだが」
「どうした?早く食べよう」
小声で話し合うセリアと真夜を訝しげに見つめた後、アズマリアは手を合わす。
それを見て、対面に座っていたエルフィリアがアズマリアに問いかけた。
「え?何それー?」
「穀物や作ってくれた人に感謝する為のものらしい。ハイペリアの風習なのだ」
「へー、面白そう!」
楽しそうにパン!と手を合わすエルフィリア。
それを見て、メルビスもそっと両手を合わせた。
「成るほど、いい風習だな」
「ま、みんなやるなら私もやっとくか」
続いてレインとカムイが手を合わし、それを見て真夜とセリアも取り敢えず手を合わせる。
「じゃ、いただきます」
真夜の一言にあわせ、周りの皆もそれぞれいただきます、と声を出す。
さて、食うか。と真夜がスプーンを取ろうとしたとき、ズイっと目の前に料理を差し出す姿があった。
アズマリアだ。
「えーと。コレはどういうことだ?」
「何だ、知らないのか?ほれ、アーンだ」
マジか……
と言いそうになるのを、真夜はギリギリで飲み込む。
いや、確かに片腕では飯を食べづらいのは事実だ。
だが、これはいくらなんでも……
「は、恥ずかしいからいいって」
「恥ずかしいことなどあるまい。ほれ、口を開けろシンヤ」
見ると、カムイとエルはニヤニヤしてるし、セリアとレインは必死に笑いを堪えている。
メルビスは無反応なのだが、それはそれで何か嫌な気分だ。
こいつら後で覚えとけ、と思う真夜に、アズマリアは心配そうに言った。
「嫌か……?」
「う、うぐ……!」
ずるいと思う。
そんな風に言われたら、断れないではないか。
スプーンを置いて一息、真夜は覚悟を持って口を開いた。
「あ、あーん……」
「うむ。あーん」
真夜は羞恥で顔を真っ赤にして、アズマリアは少し顔を赤らめて、その日の食事は流れていったのだった。
その際真夜のコメントは「食ったけど食った気がしない」だった。
<あとがき>
第45話「貴女は何がしたいの?」でした。
ていうか、何だこのラブコメは。
話は進んでいないわ夜道に気をつけろ真夜だわ、書いてて恥ずかしい率100%ですよ。軽く死ねるorz
アズマリアの在りようが示された回、でしょうか?
彼女、為政者としては完全に失格だと思うのです。
平等に何かを見なければいけないのに、真夜に依存しきっていますから。
もし真夜が外道だったら、どうするんだと小一時間。
でもきっと、彼女はそれに気づいても変えられないのだとも思います。
それがいいのか悪いのかは置いといて、それがアズマリアですからw
それでは、次回もお楽しみにノシ
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