defend you
喩えこの身が砕けても
喩えこの心が奪われても
それでも君を、守ると誓おう―――
Intruder
44.唯君を守る為に
拘束された体が、動かない。
アズマリアは振り返れないながらも冷静に思考をめぐらせ、自分を拘束しているのがスピリットだと知る。
人を殺せるスピリット。
人を傷つけることの出来るスピリット。
言葉にすれば単純だが、それは同時に純粋な脅威となって、アズマリアを戦慄させた。
つまりそれは、今自分はこの目の前にいる男の声一つで、腕をもがれることも、一瞬で生命活動を停止させられることも在り得ると言う事。
完全に、生殺与奪の権限を、握られてしまったと言うことだ。
何時までもやってこないアズマリアに真夜は姿を探し、そしてその現状を知る。
そして、自分の失態に舌打ちした。
完全に、この【死聖獣】との戦闘が全てだと勘違いをしていた。
まさか、敵の主力がここにいるとは……
その様子に気づいたのか、皆も振り返り驚愕する。
目の前にあるのは、拘束されたアズマリアと、何人かのスピリット。
そして、黒のコートを着た、男の姿。
搾り出すように、真夜はその男に向けて声を発した。
「テメエは……」
「お久しぶりですねえ、勇者殿」
「……ピエール!!」
「違います!!」
あれ、違ったっけか?と言いながら真夜は腕を組んで考え出す。
いや、会ったのは会った。
確か砂漠で一回だけ。
名前を呼ぼうにも忘れてしまい、取り敢えずそれっぽい名前で呼んでみたのだが、どうも違うらしい。
ソープ、も違うしなあ…とぼやく真夜にカムイは溜息をついて答えを言った。
「ソーマよ。ソーマ・ル・ソーマ。敵主力の指揮官の名前ぐらい覚えといたらどうなのよ」
「いいんだよ。そういうのは、悠人とか光陰に任せてっから。あーあー思い出した」
「あなたたち、人質をとられたというのに、ずいぶんな余裕ですね……」
ワナワナと震える、ソーマ。
真夜は薄い笑みでそれに返事をするが、内心はどうするかで一杯だ。
単純に消耗しているこちらが不利な上、アズマリアを人質に取られた以上、無理な戦いは出来ない。
指揮官であるソーマを殺すか、と言われれば、勿論現状でもっとも効果のある作戦かもしれない。
が、殺したところでスピリットの動きが止まるかは分からず、更にしくじればアズマリアに危害が及ぶ。
―――八方塞だな。どうするか……
こちらが被害なく勝つには、敵主力を一瞬で潰してしまうしかない。
効果範囲の広い、神剣魔法。
だがそれにも、「詠唱しなければならない」というネックが存在する。
当然、こちらが詠唱を唱えようとでもしたなら、あちらは黙ってはいないだろう。
―――いや、まてよ……
一つある。
敵に気取られることなく、神剣魔法を完成させる方法が。
だが、真夜自身の神剣魔法は対複数には向いていない。
斬戟を放つ《夜天閃月》では、全員殺すのにアズマリアまで巻き込んでしまう。
現状を打開できる力があるのは…恐らく岬かエルフィリア。
真夜は大きく息を吸い、二人にこのことを伝えるべく動き出した。
伝わるかは分からない、一種の賭けだ。
そして、時間稼ぎをするべく、真夜はゆっくりと口を開く。
「っで、出来ればその娘を離してもらいたい訳だが」
「そう言って素直に応ずるとでも?」
「さあ?言って叶えばラッキーじゃねえか」
含み笑いをするソーマに対し、真夜は余裕を“演じ”ながら答える。
周りの仲間も、状況を理解してか微動だにしない。
だが、その中で唯一声を上げるものがいた。
レインだ。
「何故、貴様がいる…ソーマ。今回の作戦は、私たちが【来訪者】を引き付け、その隙にリエルラエルを奪還するものだった筈だが?」
「……私は別にこの戦争がどうなってもかまわないのですよ、レイン。それに、剣を飲み込んだ貴方達だけに任せて、大丈夫かと不安になりましてね?まあ、予感は的中したわけですが」
わざとらしく溜息をつくソーマに、レインは歯軋りをする。
この男は、始めからこうするつもりだったのだ。
自分の制御の利かない【死聖獣】と、邪魔な【来訪者】を纏めてここで殺す。
帝国のアキヅキ・シュンはこの旨を知らないだろう。
彼は、頑なにタカミネ・ユートを殺すことを願っていたのだから。
その間、真夜はひたすら岬とエルフィリアに言葉を送っていた。
言葉と言っても、まさか敵を前にこちらの意図を伝えるわけには行かない。
だから、真夜は一つの手段をとっていた。
言葉を介さず、しかしこちらの意図を伝える方法で。
岬のほうからは何もアクションがない。
しかし、エルフィリアのほうがコクリと頷くのを背中越しに感じ取った。
これでいい、後はそれまで時間を稼ぐだけだ。
「交渉しよう。ソーマ」
「………交渉?自分の立場がお分かりになられていないようですね、勇者殿。今貴方たちは、蹂躙される立場であって、対等な立場ではない」
「まあ、そういうなよ。今ならお前の大好きな“勇者殿”に、何をしても許されるんだぜ?」
その代わり、アズマリアは返してもらう。
その最後の台詞を聞かずに、ソーマは思考していた。
敵に意図があるとあは考えにくい。
今、自分たちが何かすれば、人質の安否がどうなるか分からぬほど、あちらは浅はかではないだろう。
ともすれば、あちらの願いは一つ、アズマリア・セイラス・イースペリアの奪還。
―――子ども、ですね。
思わず笑みを浮かべそうになるが、それをソーマは必死で堪える。
こちらの要求を聞けば、人質を返すと本気で思っているのだろうか。
そんなことが叶うのは、子どもの遊びだけだ。
ここは戦場。
敵と味方だけしかいない世界。
その中で、何を以って敵に温情を与える必要があるだろうか。
だが、同時に面白いと思う。
自分が憧れ続けた存在。
届く為に、それこそ血の吐く思いで修練を積んだ自分が、とうとうたどり着けなかった存在。
それが、今自分の思いのままになると言う。
歓喜だ。
自分を占めるこの感情に、ソーマは素直に従おうと思う。
もう勝ちは決まったのだ、ならばよりこの状況を楽しまなければいけない。
「……では、勇者殿。まずは神剣を捨ててもらいましょうか」
「後ろの三人も、だよな?」
「当然」
真夜はベルトのホルダーから【月詠】を抜く。
目配せ一つ、他の三人も従わざるを得ない状況を理解し、各々の真剣を地面に捨てた。
【……だいじょうぶ?】
「ああ、ちょっと待ってろ」
【…がんばって】
ああ、と返事をし、真夜はゆっくりと【月詠】を地面に置いた。
これで神剣による加護は失われた。
今、【来訪者】たちは、唯の高校生にまで成り下がってしまっている。
単純な戦力削減。
そして、単純に今四人は一瞬で殺されてもおかしくない状況にある。
真夜は深呼吸一つ、エルを頼みに、次の言葉を待った。
「では勇者殿。腕一本、いただきましょうか」
「―――何!?」
懐から装飾剣を引き抜きながらそう言うソーマに、悠人が思わず声を上げる。
命を摘まれないまでも、腕一本もっていかれる。
それに対して、今日子は声を荒げた。
「何言ってんのよ、アンタ!」
「何と言われましても、腕を頂きたいだけですよ。他に何も理由はない」
「な……!?」
「いいって岬。俺が行く」
「し、真夜!?」
防刃加工の施された黒のコートを脱ぎ、真夜はそれを光陰に手渡す。
「いいのか?」
「安いもんだろ、腕一本ぐらいなら」
何か手がある、のだろう。
光陰は躊躇なく動く真夜を見、そう思う。
先程も、敵に気づかれないように何かしていたようだった。
だったら、自分が今出来ることは、敵を煽らないよう大人しくしている事だけ。
真夜は制服のシャツだけになると、左腕を掲げ、シャツの裾をたくし上げた。
そしてゆっくりと息を吐き、告げる。
「くれてやる」
「シン―――!!!」
アズマリアが声を上げる。
だが、真夜の名を全て呼びきる前に、真夜の左腕が宙に舞った。
二の腕半ばから切り取られた左腕が、回転しながら地面に落ちる。
ソーマが指を鳴らすと、いつの間にか詠唱を終えていたレッドスピリットが、その左腕を焼き払った。
想像以上の激痛と、切り裂かれた腕から流れ出す血に、真夜は意識が飛びそうになる。
だが、倒れそうになる体をすんでで堪え、地面を踏みしめ、己の規格を入れ替える。
人ではなく、鬼にだ。
「<紅鬼>、解禁」
血の力が、傷ついた箇所を急速な勢いで修復する。
それによって血は止まるが、それでも流した量が多すぎた。
体から力が抜け落ちるのを堪えながら、真夜は息を荒げてソーマを見る。
「片腕のエトランジェ。これで私も、英雄譚の一節ぐらいにはなるでしょうかねぇ?」
「…うっせえよ。……いいから…サッサとアズマリア返せ」
そう言った瞬間、真夜の頬をソーマが殴る。
鬼とは言え、今は体力を消耗した状態。
勢いに流されたまま、真夜の体は吹き飛ばされた。
アズマリアが何かを叫ぼうとしたが、拘束しているスピリットが口を塞いでそれを止める。
だが、真夜は見ていた。
彼女が、泣いているのを。
―――泣かせちまったな。
ふらつきながら立ち上がり、真夜はアズマリアに謝ろうかとと思う。
しかし、声が出ない。
自分が思った以上にダメージを受けていることに驚愕し、そしていつも自分を守ってくれていた【月詠】に心で一つ感謝した。
残り時間はどれぐらいだろう。
流石に、両腕を持っていかれるのかは勘弁して欲しい。
それでは、彼女を抱きしめることも、これから戦い続けることも出来なくなってしまう。
そんな様子を見て、ソーマは詰まらなさそうに鼻を鳴らす。
コツコツと音を立て歩き、そしてアズマリアの傍へと近寄った。
「全く、こんな餓鬼のどこがいいというんでしょうか?」
「―――ヒッ!」
這うように胸元を弄られ、アズマリアは小さく悲鳴を上げる。
気持ちが悪い。
こんな男に、触れられたくない。
自分に触れていいのは、自分が触れていいと許したのは、唯一人、真夜だけだというのに。
「おや、どうしました?そんなに気持ちがいいですか?」
「いや…やめて……」
「おやおや。気丈と噂のアズマリア殿も、こういった事には免疫がないようですな。まあ、これから―――」
「何して、やがる……」
湧き上がる。
殺意と怒りが混ざり合って、真夜は<紅鬼>を全開放していた。
今あいつは何をした。
アズマリアに触った、アズマリアに触りやがった。
自分が何をされてもいいだろう。
だが、許さない。
あいつに何かすることだけは、何を以ってしても許しはしない。
放たれる殺気に、ソーマは手を離し思わず後ずさりした。
そして、頭を振って思考を冷静なものにする。
何をわめこうと、自分が圧倒的上の立場なのに変わりはない。
いくら相手が怒りに震えても、否、震えているからこそ自分は喜ぶべきなのだと。
そして、冷や汗を拭いながら、ソーマは真夜に向けて言った。
「分かっていますか?貴方たちは今、私の手の中にいることを。私の命令一つで、ここにいる妖精たちが貴方たちを―――」
「《インシネレート・フレイメア》」
瞬炎。
地面から突きあがるように、幾重もの炎柱がソーマの引き連れる妖精たちを焼き尽くす。
それも、アズマリアだけ当たらぬように正確に。
ソーマは、最初何が起こったかわからなかった。
詠唱破棄、などという芸当は、報告で聞く限りカンナギ・シンヤしか出来ない。
それを見越して、彼からは神剣を手放させた。
他の者が詠唱などしようものなら、直ぐに己の妖精が殺していただろう。
だが、詠唱のそぶりも見せずに、相手は、エルフィリアは神剣魔法を放った。
一体これは―――
「ソーマ様、“刻印魔術”って知ってる?」
「……?」
「エルも最近覚えたんだけど、指で詠唱を綴って神剣魔法を発動させるの。複数同時展開が出来るからいいかなあと思ったんだけど、こういう使い方もあるんだね!」
誤算だ。
身動きの取れない【死聖獣】を、甘く見すぎていた。
手持ちのカードはこれでゼロ。
自分の引き連れていた妖精は、今の一撃で全て屠られてしまった。
取り囲んでいたはずなのに、取り囲まれている。
「我等も貴様には色々言いたいことがあるが」
「私たちより……怒ってる方がいるようなので」
「しょうがないから譲ってあげる。感謝しなさい、シンヤ」
殺気。
空間一体を塗りつぶすような殺意に、ソーマは身を震わせ、そして後ろを振り返った。
鬼がいる。
いつの間にか【月詠】を口にくわえ、真紅の瞳を輝かせた真夜が、ソーマを射殺すように見つめていた。
血のような赤のオーラが立ち上り、それを右腕に集中させながら、真夜は一歩ずつ前に出る。
「―――はは。結局私は、勇者に殺される身ですか」
「だから言ってんだろ。勇者だの何だの、俺らにそんなもん求めんじゃねえって」
キィィィィ、と腹の底まで響くような音がする。
集約されたオーラが、擦れ合って鳴く音だ。
失われたままの左腕を見て、ソーマは笑った。
悪くない。
生涯を生きて、エトランジェの腕を切り落とせる“人間”が、一体何人いるだろうか。
「殺しなさい」
「言われなくても、殺してやるよ」
振り被った右腕が、更に音を上げていく。
耳鳴りのような音から、それは最早電撃が迸るような音に変わり、その威力を物語っていた。
「“鉄貫”」
それは打撃音ではなかった。
何かが破裂ような音がして、ソーマの腹部に大穴が開く。
真夜の放った“鉄貫”は、完全にソーマの体を貫通していた。
その一撃はソーマに断末魔一つ上げさせず、そして一瞬でその意識を奪い去る。
ゆっくりと腕を引き抜き、血を滴らせながら真夜はソーマを見る。
「………じゃあな」
苦しみのない表情のソーマに、真夜はポツリと、そう漏らした。
Χ Χ Χ
「っぐ……!」
ガクリと片膝をつき、真夜は咥えていた【月詠】を取りこぼす。
出血量が酷い。
戦闘によるマナも使いすぎた。
今自分に意識があるのが、不思議なぐらいだ。
「―――シンヤ!!」
こちらに駆け寄ってくるアズマリアを、真夜は残った右腕で抱きとめる。
恐らく左腕の再生は無理だろう。
鬼の力は、傷ついた箇所の“修復”であって“再生”ではない。
無くなったところまでどうにかしてくれるほどの、力はないのだ。
「すまない、シンヤ。…私の所為で……私の所為でシンヤが……!」
「気にすんなって。今回のは、最初から最後まで俺の責任だ。腕一本でどうにかなるなら、安いもんだよ」
それよりも、と言葉を続ける。
「アズマリアが無事で、良かったよ」
「シンヤ……」
ゆっくりと、自分より小さなアズマリアを抱きしめる。
本当に、良かった。
この娘が傷つかなくて。
腕を失うより何よりも、真夜はそれを恐れていた。
自分の大切な何かが、“また”消えてしまうのではないかと。
だから、失わない為なら、自分がどうなろうとも構わない。
それはエゴだと、自分でも分かっている。
それでも…俺は……
「良かった」
触れることが出来る。
暖かいと、思える。
それはどれほどの救いだろう。
自分にとって、それ以上の幸福はない。
静かに、自分に抱きつきながら泣くアズマリアを見ながら、真夜は抱きしめる腕に力を込めた。
本当に良かったと、心の中で再び呟きながら。
<あとがき>
44話「唯君を守る為に」
うーん、話がさして進んでない(汗
ソーマさんがこれまでの忘れられっぷりを挽回した回ですが、一話にして御臨終。ほんとまあ、すいません。
エトランジェに焦がれる存在。そんなところを書きたかったのですが、上手く表現できているか心配です。
真夜が腕一本持っていかれました。
まあ戦闘に関しては主人公補正で何とかなるとして(ぇー
回復による復活、は現在考えていません。
このまま片腕の状態が続くかも……
何事もなかったように復活してもいいんですが、それだとチョッとなあ……と思う心がおしょうにはありまして。
そんな直ぐ直るんなら、そもそもソーマはそんなことしませんしねw
さて、これから一体どうなるのか。
概要は考えていても、細々としたところは全く考えてないのでおしょうも今のところさっぱり分かりません(ぉぃ
次回から遂に「【求め】と【誓い】篇」突入かと思われます。
いやあ、長かった(汗
それではノシ
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