リ――――ンッ
「この、神剣の気配。【空虚】でも【因果】でも、【求め】でもない。一体誰の!?」
【迅雷】から流れてくる大きな神剣の気配に、【翠緑の稲妻】クォーリンは手を止めて彼方を見る。
その方角は、丁度自軍の隊長と【求め】のエトランジェが接触すると予測されるポイント。
その証拠に【因果】と【求め】の気配は近くにある。
しかし、そこに突如もう一つの気配が現れたのだ。
同様に【熱病】を下ろし、天に伸びる光を見つめながら、セリアはポツリと呟いた。
「帰ってくるのが遅いのよ、バカ……」
Intruder
32.True Night Returns
黒い髪を靡かせ、砂漠の大地を踏みしめる。
一族血統のみが持ちえる金の瞳を輝かせ、腰には黒を基調とした刀。
黒の上下という出で立ちで、その上から羽織った黒のロングコートには所々銀の装飾があしらわれている。
服の下から覗かせる素肌には、幾重にも包帯が巻きつけられていた。
「死んだんじゃ、なかったのか……」
「まだお前を止めてねえからな」
光陰の言葉に腕を組みながら答える。
それは紛れもない、神凪・真夜の声。
「真夜、生きてたのか!よかっ「行け」――へ?」
駆け寄ろうとする悠人に、真夜は一瞥することなく告げる。
「早く行けよ、助けんだろ岬を。絶対死なすなよ」
「………ああ!!」
そう言うと悠人は【求め】を鞘に納め駆け出した。
それを追うことなく光陰は真夜のほうを向く。
「参ったなあ。また順番の変更だ」
ポリポリと頭をかきながらオーラフォトンを展開させる。
口調とは裏腹に殺気を纏うそれは、煌々と夕闇を照らし出した。
「お前を殺して、悠人を殺して、それで最後に秋月だ。全く、面倒だな」
「安心しろよ、その予定は一つも達成できねえからよ」
そう言うと真夜は月光色のオーラを身に纏った。
「戦うため、護るため、救うため、繋ぎとめるため……そのために、強くなったんだ」
] ] ]
「今日子!!」
「……来たか、【求め】」
いつもと違う平坦な声、しかしその中には深い憎しみが滲み出している。
それでも悠人は呼びかけた、その奥にいる岬・今日子に
「何そんな剣にいいように使われてんだよ!戻って来い、今日子!!」
「無駄。貴様の言うこの女の意志は、今深い奥底にいる。お前の声など届きはしない」
「だったら!聞こえるまで呼び続けるだけだ!!」
吼えるように心の中に反響する【求め】の憎悪を抑え付け、オーラフォトンを展開する。
【無理だ、契約者。あの女は―――】
「無理でも何でもやるんだよ!お前は【求め】だろ!?だったら俺の求めに応えろ!!」
理性の臨界ギリギリまで、己の心を解放していく。
剣と同調させる事が力を高める事だと知っていた。
だからそうすればいい、一番大切なものを心に残して、剣と己を限りなく等しく混じり合わせる。
湧き上がる【空虚】への怒り、構わない。
【誓い】を滅ぼし、一つに帰ろうとする意志、それも構わない。
ただ、今この目の前の少女を救うための力を!!
「ハアアァァァ!!」
己の心を残したまま、限りなく全開で【求め】の力を解放する。
救うは一つ、砕くは一つ、果たす力は我にあり。
「……面白い、少しはできるようになったか。退屈させるな【求め】の主」
「今日子は、返してもらうぞ!【空虚】ぉぉぉ!!!」
] ] ]
ドガ、ゴ、ガガ!ドガガガガガガガ!!!!
真夜の拳が、光陰の作り出したオーラの障壁によって遮られる。
【月詠】は未だ抜かれず鞘に納まったままだ。
対する光陰は、一辺二十センチの五角形型の小さな障壁をピンポイントで展開させその拳を阻みつつ、展開している障壁の間から【因果】で攻撃していた。
攻と防を一体化した戦闘スタイル、ただ一人を護るために編み出した戦闘技術。
しかしそれに怯むことなく、【因果】の刃をかわしながら真夜は連撃を放っていた。
「だッッらぁ!!!」
叫ぶと同時にありったけのオーラを凝縮した右で、障壁を殴った。
その反動で光陰は砂塵を巻き上げながら大きく後退する。
「また強くなってるな。真夜」
「当ったり前だ!お袋とイリスに交互に鍛えられ、1ターム4時間の地獄の特訓!!これで強くなれなかったら詐欺だ!!」
構えを崩さず真夜は光陰に言う。
数分の攻防で分かったことは、堅い。
大振りなダブルセイバーの欠点とも言うべき攻撃の合間の一瞬の隙も、強固な防御によって防がれてしまう。
(ま、タキオスのオッサンほどじゃないがな)
あれと比べるのは極端か、と思いながら抜刀する。
少なくとも無手のまま何とかできる相手じゃなさそうだ。
【……出番?】
「ああ、頼むぞ相棒」
【…頑張るの!】
一方、光陰は真夜が日本刀型の永遠神剣を構えるのを見、考えていた。
(構えが、変わってやがる)
一度対峙したときには真夜は下段の構えを取っていたのを光陰は記憶している。
だが、今見ている構えは前回と大幅に違う。
それは剣士と言うよりは武道家の構え。
剣を持つ右手は腰程の高さでやや引かれ、左手は軽く上げられており体は自分に対して垂直になっている。
消えたと報告があって数十日、何処で何をしていたのかは知らないが―――
(あれが、あいつのスタイルか)
一般に知られ、スピリットが使用する構えは所謂既存の物、『造られた』構えだ。
だが、真夜や自分は違う。
度重なる実戦経験が生み出した唯一無二、自分自身に合った型。
自分の担ぐだけのようなこの構えも、今の真夜の構えも、我流が故に真似は出来ないが、使い手自身には最適な型だ。
「行くぞ」
「聞いてるぞ、高加速歩法。あれで来いよ」
そう言う光陰の言葉に真夜は笑みを浮かべる。
腰を落とし、マナを巡らせ―――
「ちゃんと防げよ」
ドッ!ギャッ!!ギイイィィィィ!!!!
砂塵が舞い上がるのと、膝丈よりも長いロングコートをはためかせ、真夜の持つ【月詠】の刃が【因果】の小型障壁に接触するのはほぼ同時。
それに対し、光陰はオーラに指向性を持たせ真夜の体を吹き飛ばす。
不協和音と共に刃は弾かれ、真夜は砂を巻き上げながら後退する。
―――想像以上に速い!!
加速度0(ガロ)の超高加速移動術。
報告に聞いてはいたが、最高速の上昇と共にその能力は更に凶悪な物になっている。
ほぼ反射的に防御したが、一瞬消えたような錯覚すら起こしていた。
「速過ぎて付いてけないか?光陰」
「冗談!!」
“疾空”の動きを、今度は正確に捉え光陰は攻撃を受け止める。
だが真夜は怯まない、それに加え更に攻撃を続けた。
「“死季・夏日連衝”!!」
障壁とぶつかるたび、さながら陽光の如く輝く刀身。
しかし、その五連撃も光陰の障壁を破るには至らない。
【薙ぎ払い……】
「この程度か、真夜!!」
【月詠】の言葉どおり、光陰が薙ぎ払うように【因果】を振るう。
それを跳躍でかわし、更に因果の刀身の腹に乗ると、真夜はオーラを纏った剣で斬りつけた。
ガァァンッ!!!
しかし、後一寸のところで小型の障壁によって刀身が阻まれる。
すぐさま【因果】を蹴るように跳び上がり、後退した。
「どうした真夜、さっきから全く攻撃が届いてないぞ!?」
「うるせえよ、お前だってまだ俺にかすり傷一つつけれちゃいねえじゃねえか!」
互いに互いを挑発しあいながら、光陰はマズイな、と感じていた。
これ以上戦い続ければ、この戦いが止められなくなる。
良くも悪くも、自分や真夜は戦いを楽しんでしまう。
―――迫る剣の応酬を、背筋の凍るような殺気を、自らの命を賭した戦いを。
そしてそれが自分と実力の拮抗した者なら尚更に。
今も顔がにやけそうになるのを我慢しているほどだ。
恐らく悠人や今日子の持ち得ないものだろう。
より強い誰かとの戦いを求める闘争本能。
「へッ―――」
「ハハッ!」
だが時間はかけられない。
まだ自分には止めるものと守るものがある。
時間も押し迫っているのだ。
「あんまり長引かせても何だしな。次で決めるぜ、真夜」
「そうだな、続きは今度にするか」
「続きがあると?」
「俺が勝つからな」
「はっ、言ってろ」
真夜と光陰、二つのオーラが空を引き裂かんと立ち上る。
先ず動き出したのは光陰。
頭上で【因果】を回転させると、オーラが渦巻くように光陰の周囲を包む。
対する真夜は、刺突の体勢から引き絞るように体を捻った。
「因果の海に溺れて消えろ」
「季節は四にして一なり」
声と共に更に力は膨れ上がり、圧倒的な殺意となって形を成す。
光陰の【因果】はオーラを纏い、もはや刀身すら見えなくなっていた。
それはさながら全てを貫く槍のように。
「Unlimited Ability 【break skill】………」
「Unlimited Ability 【chain skill】………」
対する真夜は先程までの力の放流が、嘘のように静けさを保っていた。
だが、体から溢れようとする力が漏れ出し、その存在そのものが圧倒的な力を纏っているのが分かる。
プレッシャーで大気は焼け、空間すら歪みだそうとする。
浮力が逆転したかのように地面の砂がゆっくりと空へと上りだした。
一瞬の静寂、それを破るように二つの咆哮が空へ響く!!
「“ブリューナグ”!!!!!!」
「“死季・春夏秋冬の太刀”!!!!!!」
ぶつかり合う魔槍と氷刃、しかしそこからが違った。
ぶつかり合った“筈の”真夜は砕け消え、背後からの気配。
光陰はそれに素早く反応し、薙ぎ払うがそれも直ぐに消える。
きたのは左からの五連撃。
否、左右からの計十連撃だ。
それを何とか凌ぐが、それすら幻影、直ぐに氷となって消えていく。
真正面からの白刃を受けた瞬間、視界一杯を桜の花弁が占める。
そしてその攻撃の全てがフェイク、初めから真夜は元いた場所から動いていなかった。
桜花を突き破るように、氷を纏った刺突が放たれる。
ガゴアッ!!!!!!
爆砕音と共に砂塵が舞い上がり、その砂の一粒一粒が凍りつく。
巻き上がる砂が晴れ見えたのは、光陰の首元に【月詠】を突きつけた真夜だった。
「……なんで止めを刺さない」
「俺はお前を止めるために戦ってたんだ。殺すかよ」
それを聞いた光陰は、【因果】を地面に落とすと、腰を落とし地面へと仰向けに倒れこんだ。
「あーくっそ、俺の負けだ」
「お?もうちょっと粘るかと思ったんだが」
「粘るも何も、もう体が動かねえよ」
そう言って光陰は笑う。
真夜はそれを見ながら【月詠】を鞘に納めた。
「……俺は、間違ってたのか」
「間違っちゃいない。護る物が違うなら、戦わなきゃいけねえのは当然だ。俺と悠人の基準が違うんだよ」
「それは?」
「お前は岬を救うためだけに剣を取った。でも、俺と悠人はお前も岬も救うために戦ったんだ」
「ははっ、そりゃ敵わないな」
一際強いマナの放流が砂漠に響き渡る。
今日子と悠人のものだ。
あちらも佳境か、と思いながら真夜は歩き出した。
「そんじゃ、俺は先に行くから。回復したら直ぐに来いよ?」
「分かったよ。……大将を、よろしく頼む」
「任せろ!」
ヒラヒラと手を振りながら真夜は走り出す。
それを見た光陰は、ゆっくりと座り込んだ。
そして自分の手の平を見る。
……殺せなかった。
いくら覚悟したとは思っていても、いざそうなると体が動かなかった。
もちろんそれだけが敗因だけではなかったが、迷うことなく剣を振った真夜と、結局迷いながら剣を振った自分との差。
「護るために戦ったからか……そりゃ迷わないわな」
戦う相手を、殺すために剣を振ろうとした自分とは違う。
護るために全てをかけた真夜に、何を迷う要素があるだろうか。
ギュッと拳を握り締め、【因果】を杖にし、立ち上がる。
止めなくてはいけない、この世界を守るために、今度こそ護りたいと願った全てのものを護るために。
「面倒だが、俺がいないと駄目だろうからな」
そう言って微笑むと、光陰はゆっくりと歩き出す。
その足取りは、いつもより軽く感じられた。
<後書き>
第三十二話「真夜再来」
光陰にもオリジナルの技“ブリューナグ”を登場させました。
アンリミッテド・アビリティーはエトランジェだけが使える固有スキル。
真夜は【チェイン】、光陰は【ブレイク】です。
因みに“ブリューナグ”とは、ケルト神話に出てくる四神器の一つ、「貫くもの」の意を持つ魔法の槍「ブリューナク」から来ています。
余談ですが裏設定。
「技」の神凪と呼ばれている神凪という家系は、様々な技を持っているという意味合いとは違います。
そもそも神凪には明確な「技」という概念そのものがありません。
基盤は同じですが、一族は同族、また他の流派の者と戦うことでそれぞれの戦闘スタイルを編み出し、そのスタイルに磨きをかけます。
それは素手であったり、剣を用いたり、銃器であったり。
因みに朔夜の場合蹴りに特化した格闘術を使います。
一つの物に固執し、それを徹底的に磨き上げる。
幾重の戦闘と何年にもわたる修練で身につけた動きの一つ一つが、「技」であるのです。
その中でも真夜が使う“無双法”と呼ばれる素手と武器を併用した戦い方は、奇しくも朔夜の父「神凪・夜雅」と同じ戦闘スタイルでした。
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