誰かの泣く、声がする。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
目から涙をこぼしながら必死に謝る少女。
降りしきる雨が、頬を撫でる。
体が酷く寒い。
意識がぼやけていく。
体を侵食していく、死の概念。
不思議と恐くは無かった。
いや、違う。
もう恐いと思う事さえも、できなくなってきているんだ。
『ごめんなさい…ごめんなさい……』
泣くなよ。
君が笑ってくれるなら、俺はどんな事でもするから。
君を脅かす全てを、俺が打ち払ってみせるから。
だから……
『私が、貴方を助けるから。』
決意に満ちた青い瞳を見ながら、俺の意識は閉じていった。
Intruder
30.inside world of mine
修行開始から７日目、帰還までの時間は後４日。
今日俺には【月詠】を手渡された。
お袋はいない、いてもいいかとも思うが、ここから先は人外の領域だ。
……お袋が人外でないのかと言われると即答は出来ないのだが。
【久しぶり】
「おう、よろしくな相棒」
そう言って足元に描かれた魔法陣を見渡す。
半径５メートルほどのそれは、これから始まる戦いに必要な物だ。
そう……
「準備はいいですか真夜君、これから貴方には、貴方の中にある心象世界に行ってもらいます。制限時間は１０分です」
「短いな」
「そうです、だから勝負を先延ばししないで下さい。でないと貴方が死ぬことになるでしょう」
俺の中の“鬼”を討ち滅ぼすための。
魔法陣を描き終わったイリスが、俺に方へ近付いてくる。
「今のあんたで勝率は５割以下よ、これ以上は無事戻ってきた後の調整のために先延ばしできないわ」
「ああ、鍛えてくれてありがとな。努力は無駄にさせないから」
「精々頑張ってきなさい。鬼に食われたらそこでゲームオーバーよ」
そう言うとスタスタと行ってしまった。
これでも会った頃よりはマシなものだ。
「それじゃ、始めよう」
「はい、私が言うのもなんですけど……頑張ってください」
「ああ、さんきゅ、エリシア」
短い歩幅で魔方陣の外へ出るエリシ――あ、こけた。
まったく、心配だなあと思いながら目を閉じ意識を集中させる。
「始めるわよ！」
「術式展開いきます！！」
その声を最後に、心が内に引き込まれていった。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
「無事成功です、次の工程に移ります」
そうイリスは言うと、腰に差した黒塗りの永遠神剣を抜刀する。
柄から刃先まで真っ黒なバスターソード。
それを地面に突き刺し、詠唱を開始した。
「マナよ、永遠神剣【現実】の主、イリスが命じる。その姿幾重に重なる壁になりて、彼の者を封じ込む絶対の檻となれ」
マナで出来た巨大な壁が、魔法陣を包み込むように構成されていく。
「《二十断層結界》！！」
完全に封鎖された魔法陣の中には２人、倒れた真夜と身の丈はあろう白磁の大剣を持ったエリシアだ。
のそり、と真夜が起き上がり、鞘から【月詠】を抜刀する。
その瞳は、鮮血のような赤色。
対するエリシアは一度目を閉じそして開く。
その瞳は、真夜と同様赤色に染まっていた。
「急げ真夜。人の身で“鬼”になっていられるのは、問題なく活動できる時間が５分、そこから人体が崩壊し死に至るまでが５分の計１０分じゃ」
【月詠】とこの空間一体にほどこした、“鬼”の封印式は解いてある。
そうしなければ真夜が己の心象世界に入れないから。
そして、【月詠】を持たせたままでないと、彼がその心象世界で素手で戦わなければいけないことになるからだ。
「さあこい混血の子鬼。永遠神剣第三位【沈黙】の主、真祖の姫エリシアが相手をしてやろう」
紅に侵された真夜が、殺到した。
【月詠】と【沈黙】がぶつかり合う。
しかし、身体能力を強化した真夜でさえ、真血であるエリシアには敵わない。
思い切り吹き飛ばされた体が、二十に重なったの壁にうちの一つにぶつかり、その壁が割れる。
すぐさま立ち上がる真夜だが、体勢を立て直すよりも早くエリシアが間合いを詰めていた。
「身体強化の紅鬼とはいえ、所詮は混血か。底が知れるわ！！」
顔面を掴み地面に叩きつけ、そして振りかぶり投げ飛ばす。
またも結界にぶつかった真夜は、ドサリと地面に倒れた。
しかし、体につけられた傷はすぐさま再生し、再びエリシアを殺さんと駆ける。
「……厄介な奴じゃの」
それに対し、エリシアは大剣【沈黙】を振り上げた。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
目を開くと、そこは見慣れた場所だった。
中学の校舎、自分の家、商店街、ペットショップに喫茶店。
どれもこれもが、あいつとの思い出の場所。
「……情けねえなあ、まだ引きずってんのかよ、俺は」
この三年、いろいろな事があったはずなのに、俺の心は三年前のままということか……
「吹っ切った、つもりだったのにな……」
「全く、女々しい奴だなお前は」
後ろから声がして振り返る。
そこには、俺が立っていた。
俺とは違う白髪で、俺とは違う灼眼を持った、しかし俺と同じ顔で同じ姿をしたオレが。
「お前が、“鬼”か……」
「そうだよ我が半身。何をしに来た？俺を抑え込んで何かしてたみたいだが」
「聞かなきゃ、分からねえか？」
「分からないねえ……まさかと思うが、俺を殺しに来たとか言うんじゃねえだろうな？」
答えと言わんばかりに【月詠】を抜刀し構える。
それを見た“俺”は、笑いながら剣を抜いた。
それは【月詠】と違い、柄は白、金具は灰褐色、刀身が黒の刀。
「面白い、やってみろ人間。お前にオレが殺せるか！？」
「上等！！」
月光色と、赤のオーラがぶつかり合った。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
ガッ、ドガ、ギャン、ギィンッ、ゴッ！ドガッガガガッガガガガガガガガ！！！ベキィ、斬！！ギャガァ！！！！
真夜とシンヤ、二つの剣が、拳が入り乱れる。
真夜は攻撃を受けないようぬ回避を重視して戦う、そうしなければ“鬼”であるシンヤの攻撃は、一発でも喰らえば致命傷になりかねない。
対するシンヤは攻撃を多少受けながらも攻撃の手を緩めない。
受けようと斬り付けられようと、凄まじいスピードで再生するからだ。
白刃と黒刃が火花を散らし、弾き合って距離が開く。
そして両者は同時に詠唱を開始した。
祝詞は同じ、魔方陣も同じ、同じ力の神剣魔法が
「《夜天閃月》！！」
「《ヤテンセンゲツ》！！」
ぶつかり合う二つの斬戟が霧散する。
開始数分、真夜は考えていていた。
オーラの質自体は二人は互角、そして相手は“疾空”、“流旋”は使えないようだ。
恐らく俺自身が習得した技術を、あいつは使えないのだろう。
現にこちらの攻撃を相手は往なさずオーラの障壁で防御している。
だが、【月詠】は物理防御は苦手だ。
だから―――
「“夏日連衝”！！」
「ガッ―――！！」
真夜の繰り出す五連撃が、シンヤの左腕を切り裂く。
シンヤは反撃を試みるが、真夜はそのすべてを“流旋”で往なした。
いったん距離をとるが、そこで真夜は自分の失態に気付く。
斬り飛ばした腕が再生しているのだ、圧倒的なスピードで。
（一発で仕留めねえと、簡単に再生されちまう……！！）
「どうした我が半身、こんなカスみたいな攻撃じゃ俺は殺せねえぞ！？」
「ベラベラうっせえ舌噛むぞ！！？」
刺突の体勢から体を引き絞り、オーラの制御をはずし暴走させる。
周囲の建物を凍結させながら、真夜は放った。
「“死季・冬牙穿撃”！！」
確かな手ごたえを柄から感じ、建物を崩壊させながら突き破らんとする。
そして、切っ先が校舎の壁に突き刺さり止った。
決まったかと思ったが、土ぼこりの中から腕が飛び出し、真夜の【月詠】を掴む。
誰かなど言うまでも無い、シンヤだ。
「これがお前の全力か？」
「なっ―――！？」
「足りねえなあ、俺を殺すのにはぁ！！！」
掴み上げた手で、シンヤは真夜を投げ飛ばす。
校舎を巻き込み飛ばされる体、建物の中を斜めに突き破り、屋上まで吹き飛んだ。
うめき声を上げながら立ち上がろうとする真夜の前に、シンヤが立つ。
「分かったか？無理なんだよ、鬼の俺に、人のお前が勝とうなんざな」
「う、る……せえ」
といっても状況はよくない。
よくよく見れば、世界が端から消滅していっている。
このままではこの心象世界が消え去ってしまい、その結果ジ・エンドだ。
「無理でも何でも、やるしかねえんだ……皆のところに戻るために」
「分からねえ奴だな、無理だって言ってんだろ！！」
凝縮するマナ、下がっていく周囲の温度。
とたん真夜の瞳は驚愕に染まり、全力で防御すべく【月詠】を構える。
「“桜花・弐式――千紫万紅”！！」
「“トウガ…センゲキ”！！！」
守りに特化した桜花の花弁が、冷気を纏うオーラを纏った【ツクヨミ】の剣を受け止める。
しかし、その花びらさえも凍りつかせ、シンヤは真夜へと殺到した。
咄嗟に“流旋”で往なそうとするが、間に合わず左肩に剣が刺さる。
屋上を飛び出し、落下しながら家屋へと突っ込んだ。
土煙の中には、血のついた【ツクヨミ】を持ったシンヤと、左腕が凍りつき砕け散りながら尚も【月詠】を持って立ち上がる真夜。
「情けねえ姿だな、真夜。分かったろ、お前じゃ無理だって。さっさと元の世界に返って、ビクビクしながら戦ってろ」
意識が吹き飛びそうになるのを、必死に繋ぎとめる。
痛い、体中が軋みを上げている。
けれど立ち止まる気はならなかった。
戻らなければ、いけない……護らなければ、いけない………
「だから、俺は……」
まだ戦える、まだ負けてない。
光陰の奴をまだ殴っていないから、岬をまだ助けていないから、皆をまだ、護りきれていないから。
「あと……３分か」
「何？」
「お前が消えるまでのタイムリミット。言いたい事はないか？出来る範囲なら代わりにやっといてやるよ」
「言うじゃねえか……やれるもんならやってみろよ、兄弟！！！」
赤いオーラを立ち上らせて、詠唱を開始する。
だが、真夜はひるまない。
「永遠神剣【ツクヨミ】の主、シンヤが命じる……」
「永遠神剣【月詠】の主、神凪・真夜が命ずる……」
魔方陣が浮かび上がる。
しかし、真夜の動きには違いがあった。
指にマナを集め、文字をつづっているのだ。
「闇を切り裂く光となりて、我が片腕に滅びを与えたまえ……！！」
「〔闇を切り裂く光となりて、彼の者に滅びを与えたまえ……！！〕」
「《ヤテンセンゲツ》！！！」
「《夜天閃月・双月刃》！！！」
クロス状に撃ち出された月光色の斬戟は、シンヤの紅月を押し返す。
「何！？」
「ぶっ飛べ―――っ！！」
紅のオーラを弾き飛ばし、そのままシンヤへ殺到する。
衝撃で家屋は吹き飛び、真夜は大きくジャンプして距離をとった。
この程度で死なない事は分かっている。
だからもっと強力な一撃を見舞わなければいけない。
もっと強く、もっと鋭く。
一撃で全てを屠るための技を……
体の中からありったけの知識を繋ぎ合わせて形にする。
そう、纏め上げればいいのだ。
一つ一つは弱くとも、全てを一つにすれば――――――
「季節は四にして一なり」
体に、剣に備え付けられたストッパーを外していく。
ただ一人の敵を、一撃で倒すため。
春に咲き誇る桜花が如く―――
夏に輝く陽光が如く―――
秋に舞い散る木の葉が如く―――
冬降り積もる雪の如し―――
Unlimited Ability 【chain skill】
「“春夏秋冬の太刀”――――」
＜後書き＞
記念すべき第三十話「私の中の世界」
Unlimited Ability 【chain skill】は「アンリミテッド・アビリティ 【チェインスキル】」と読みます。
意味は「無制限の能力」といったところでしょうか。
真夜とシンヤの書き分け方ですが、ちょっと読み辛かったのは分かります、御免なさい。
でも、いままでずっと“あいつ”とかいう呼び方だったので、色々考えてこうなりました。
【月詠】と【ツクヨミ】も同様です。
お忘れの方が多いかと思いますが【月詠】の色は柄が黒、金具がダークグレー、刀身は普通の白刃です。
色を対照的にしてみました。
ちょっと余談。
エリシアが「紅鬼」と言っていましたが、“鬼”の力には二種類あります。
身体を極限まで強化し、再生能力を持った“紅鬼”。
そして移動速度に特化した“蒼鬼”です。
エリシアは赤と青両方を有しており、それぞれで性格が違います。
そのため瞳の色が変わると口調が変わるのです。
イリスはエリシアの“蒼鬼”としての力をもって作り出されたミニオンであり、真夜は血を送り込まれた際“紅鬼”の力だけを受け継ぎました。
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